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2014年4月11日 (金)

STAP細胞と旧石器遺跡/「同じ」と「違う」(71)

理研の調査委は、小保方晴子ユニットリーダーの研究を不正と認定した。
つまり、遺伝子の実験データ画像の一部に切り貼りがあることを「改ざん」、細胞の万能性を示す画像が博士論文からの流用であるとして「捏造」と認定した。
⇒2014年4月 1日 (火):STAP論文の不正を理研が認定/知的生産の方法(84)

小保方氏にとっては、「改ざん」や「捏造」という言葉が耐えがたいものだったのだろう。
8日に、理研に「不服申立書」を提出し、9日に弁護士と共に記者会見に応じた。
⇒2014年4月10日 (木):小保方氏の研究不正認定は冤罪か?/知的生産の方法(86)

それにしても、「捏造」という言葉の響きは強い。
研究者としての生命を断つものである。
理研の調査委の調査は、クリティカル思考の三角形からみてどうなのか。
この三角形は、マッキンゼーによって、「空・雨・傘」というフレームワークとして定式化されている。
Photo
http://redwing-don.jugem.jp/?eid=617

この図に即して言えば、調査委は、STAP論文について、「科学的手順を踏んでいない」「データの信頼性を壊した」という事実認識(空模様)から、「改ざん」「捏造」(雨)と解釈・評価し、「 研究不正だ」 (傘)と判断したと言えよう。
この「雨」を予測する判断は万全だったのか?
曇り空にしても、雨が降るのかどうか、降るとしたら小雨か大雨か?
「捏造」と断ずるにはいささか弱いように思うのは素人であるからなのであろうか?

「捏造」という言葉で連想するのは、2000年11月に発覚した旧石器遺跡捏造事件であろう。
⇒2011年7月 1日 (金):日本人のルーツと旧石器遺跡捏造事件/やまとの謎(33)
旧石器捏造事件-Wikipediaでは次のように説明している。

旧石器捏造事件(きゅうせっき ねつぞう じけん) は、考古学研究家の藤村新一が次々に発掘していた、日本の前期・中期旧石器時代の遺物や遺跡だとされていたものが、全て捏造だったと発覚した事件である。中学校・高等学校の歴史教科書はもとより大学入試にも影響が及んだ日本考古学界最大のスキャンダルとされ、2000年11月5日の毎日新聞朝刊で報じられたスクープによって発覚した。
火山灰層の年代にのみ頼りがちであったことなど、日本の旧石器研究の未熟さが露呈された事件であった。縄文時代以降では、明確な遺構が地下を掘削して造られており、土の性格から直ちに真偽が判断可能なため、捏造は不可能である。

小保方氏は、藤村新一と同じなのかどうか?
STAP現象の存在は、小保方氏をはじめとする著者らが証明責任を負うが、研究不正の認定は理研側に証明責任がある。

旧石器遺跡捏造の発覚当時、刊行が始まったばかりの講談社版『日本の歴史』の第1巻が、岡村道雄『縄文の生活誌/旧石器時代から縄文時代』(2000年10月24日)であった。
岡村氏は、1976年に、大陸と陸続きだった日本列島に前期旧石器の遺跡が存在するという仮説を発表した日本の旧石器研究の第一人者であった。
だからこそ、
「常識を覆す新しい日本像」の提示を目指すという野心的な全集の第1巻という重要な位置づけを持つ書の執筆者に起用されたのであろう。

しかし、藤村新一の「捏造」が発覚したことにより、刊行したばかりであった『縄文の生活誌/旧石器時代から縄文時代』は、全体にわたって書き直しを余儀なくされた。
藤村新一の動機は「心の闇」であるが、彼の発掘の「成果」が岡村氏の仮説に沿うものであったことは間違いない。
STAP細胞についても、共著者の1人である笹井芳樹副センター長は、京都大学医学部の史上最年少教授を務めた経歴の大物である。
小保方氏が自ら認めているような不適切な論文の記述に、笹井氏らの業績に沿う形にまとめたい、という心のベクトルが働いていたのではないか?

現時点では、不正なのか不適切なのか、不明である。
小保方氏は、不適切ではあっても不正ではないと主張し、調査委は、(科学論文としては)不適切=不正と主張しているようである。
私は、不適切と不正の切り分けをすべし、という福岡伸一氏の意見に同感である。

 STAP細胞の実在性に著者らがなお信念をもっているのであれば、論文を撤回するのではなく、訂正や続報で対応すべきだ。撤回すれば、故意のデータ操作や捏造(ねつぞう)などの不正があったと世界はみなすだろう。
 不適切と不正の切り分け。つまりどこまでが過失で、どこからが作為なのか。こうした点が明確にならないと、科学界に広がった多大な混乱と浪費は回収できない。著者や理研はきちんと説明してほしい。
 さらに言えば、問われるべきは個人の資質や共著者の責任だけではない。多くのメディアは当初、ネイチャー誌やハーバード大といった権威をうのみにし、若き理系女子の偉業を翼賛称揚する一方、疑義が出てくると一転、手のひらを返した。研究内容を冷静に解読する自律性がなかった。
 また、若手を重要な地位に抜擢(ばってき)するのは推進されるべきだが、研究者の基本姿勢や倫理観を育てる科学教育のあり方は十分だったのかなど、論点は限りなくあるように思える。
STAP論文、過失と作為の切り分け明確に 福岡伸一氏

理研は、研究不正の再発を防止するため改革委員会を設置した。
委員長には、岸輝雄・新構造材料技術研究組合理事長が選任された。
岸委員長は次のように語っている。

 会見した岸委員長は「日本の科学技術をどう振興していくかが大きな目的。理研が倫理でも世界を先導してほしい」とした上で、理研の組織構造について「若手研究者が力を発揮するようになっているが、そこに問題がないか検証する必要がある」と述べた。
 必要があれば、不正認定を受けた小保方晴子氏に意見を聞く可能性もあるという。
STAP論文 1、2カ月後に結論 理研改革委が初会合

改革委の結論を待つべきであろうが、岸委員長の言葉の中に気になることがある。
「若手研究者が力を発揮するようになっているが、そこに問題がないか検証する必要がある」ということであるが、若手研究者が力を発揮することを損なうようなことであっては問題であろう。
余り作法のことをうるさく言うと、いわゆるベンチャー精神がいつまで経っても育たないことにならないか。
科学のテーゼは基本的にすべて仮説であり、時間が仮説を絞っていく。
と考えれば、不正は時が淘汰するはずと達観するという立場もあるのではないだろうか?

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