安倍晋三と岸信介/「同じ」と「違う」(68)
安倍首相が、祖父岸信介を尊敬していることはよく知られている。
岸信介は、60年安保をもの心ついてから体験した世代にはなじみがある名前である。
60年に10歳とすれば、今年64歳ということになる。
ずいぶんと時間が過ぎたものである。
岸信介は「昭和の妖怪」と呼ばれた政治家であった。
商工省の要職を歴任した後、建国されたばかりの満州国で、国務院の高官として実業部次長や産業部次長など要職を歴任し、「満州開発五か年計画」などを手がけた。
その後、日本の商工省に復帰すると次官に就任し、東條内閣では商工大臣として入閣している。
東條内閣の閣僚を務める間も、商工省の次官や軍需省の次官を兼任していた。
典型的なエリート官僚のコースを辿ったと言えよう。
戦後は、A級戦犯被疑者として逮捕されるが、不起訴となるも公職追放になった。
公職追放解除後に政界に復帰すると、「自主憲法制定」「自主軍備確立」「自主外交展開」という対米自主路線を打ち出して政界に復帰し、自由党の属した。
しかし、「軽武装、経済重視」の立場から対米協調路線を取る吉田茂首相(当時)を公然と批判したため除名され、日本民主党の結党に加わった。
保守合同で自由民主党が結党されると幹事長となった。
石橋内閣にて外務大臣に就任し、石橋湛山の病気により石橋内閣が総辞職すると、後任の内閣総理大臣に指名された。
⇒2012年10月22日 (月):60年安保と岸信介/戦後史断章(3)
⇒2013年12月 6日 (金):安全保障の名目で国を危うくする安倍一族/戦後史断章(17)
首相として、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」の成立に尽力した。
首相を退任してからも影響力を行使し、自主憲法制定運動に努め続けた。
晩年は御殿場の邸宅で過ごしたが、現在は御殿場市に寄贈され一般に公開されている。
指定管理者は羊羹で有名な虎屋のグループ会社であり、虎屋の販売所が併設されている。
いかにも瀟洒なたたずまいである。
http://www.kyu-kishitei.jp/
安倍晋三首相は、1954年生まれであるから60年安保の時には未就学児だった。
デモ隊のシュプレヒコールを真似て「アンポハンタイ」などと言って走り回っていたというから、自分の頭で考える年齢には達していない。
「週刊現代2013年12月28日号」に、田崎史郎氏と福田和也氏の対談記事『安倍晋三と岸信介-タカ派の血と、格の違いについて』が載っていた。
田崎史郎氏は、日本の時事通信社解説委員を務める政治評論家であるが、Wikipediaによれば、大学2年時に三里塚闘争へ参加して、凶器準備集合罪で逮捕のうえ13日間留置されたという履歴があるる。
福田和也氏は、慶應義塾大学環境情報学部教授というよりも文芸評論家の顔の方が有名であろう。
『悪と徳と 岸信介と未完の日本』扶桑社(2012年4月)という著書が示すように、保守派の論客と言ってよい。
2人は、特定秘密保護法の強行採決で岸政権の時のことを思い出した、ということから始める。
比べると、岸の安保改定の時の方が官邸に余裕があったという。
岸がTV の「巨人VS阪神」戦を見て、球場が満員なのを確認し、声なき大衆は自分を支持しているのだ、とした。
60年の時との大きな違いについて、次の2点を挙げている。
1.野党勢力の弱さ
2.反政府デモの持続性の無さ
田崎氏によれば、安倍首相の執務室には岸の写真が飾ってあるという。
田崎氏は、「安倍は保守派ではあるが、靖国参拝は実行していないところがリアリストである」と発言しているが、その後靖国参拝を行っている。
絶対多数という安心感がリアリストの目を曇らせたのか、その後の国際社会の評価は厳しい。
靖国参拝も、A級戦犯に問われた岸を尊敬するが故の行為であろうか。
靖国神社が、単なる慰霊だけでなく、国家のための戦争に動員するための装置であることを踏まえれば、批判が起きるのも止むを得ないだろう。
⇒2013年12月27日 (金):慰霊と顕彰/「同じ」と「違う」(66)
憲法改正に執念を燃やしているが、岸の刷り込みだろうというのが福田氏の見方である。
2人の最大の違いは、戦争体験の有無である。
死線をかいくぐって政治家になった世代とそうではない世代では、腹の据わり方が違う。
筋金入りの反共の岸にも、発禁の北一輝を読み、社会主義のこともきっちり学ぶという幅の広さがあった。
安倍には、執務室の写真で分かるように、岸と同じくらい重みのある仕事をしたいという願望がある。
それは憲法改正ということになる。
田崎氏は、安倍首相にはアクが足りないと言い、福田氏は格が違うと評する。
二世のお坊ちゃんと妖怪の差であろうか。
3月14日の東京新聞に、「祖父の幻影を追う安倍首相の迷走」という記事があった。
これに関連してジャーナリストの田中良紹氏は、「岸信介と安倍晋三はこれほど違う」という文章を書いている。
岸元総理の戦略は「アジアの日本」を固めて、日本を占領支配したアメリカからの自立を図るというものである。そのために反共主義を強調してアメリカに取り入りながら「自主憲法」を制定しようとした。従って共産中国とは敵対関係になったが、しかし「政経分離」の原則を貫き、日本の経済的利益が左右されないようにした。
ところが安倍総理がやっている事は真逆である。アメリカに取り入るためと考えたのか、中国包囲網を作ってアジアに緊張を生み出し、緊張が高まれば結局はアメリカにすがりつくしかなく、日本の自立とはまるで逆方向を向いている。またアメリカと対等になるためと称して集団的自衛権の解釈変更を目指すが、それがアジアにさらなる緊張を生み出せば、さらにアメリカにすがるしかなくなる。
安倍首相が、意図はともかく結果的に反米になってしまっているのではないか、という見方についてはすでに触れた。
⇒2014年2月20日 (木):安倍首相は反米か?/アベノミクスの危うさ(27)
安倍総理はこれからいちいちアメリカに振付けられる可能性がある。日本の対米自立などとんでもない。岸元総理との比較などとんでもない。安倍総理は、未熟さを露呈して国民の失望を買った民主党政権と同じ「政治ごっこ」をやっているに過ぎない。ところがそれに気付かない政治家や学者、評論家、メディア、国民がいる。これは日本全体が幼稚化している事を示す証拠だと私は思っている。
私は田中氏について詳しく知らないが、言うべきことを言っていると思う。
ジャーナリズムの世界に大政翼賛会的なムードが流れ始めているようだが、批判精神なきジャーナリズムに価値はないだろう。
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