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2014年3月15日 (土)

正統的二枚目・宇津井健/追悼(49)

俳優の宇津井健さんが3月14日、慢性呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。
82歳だった。

宇津井さんは、進学校として有名な千葉県立千葉高等学校卒業、早稲田大学第一文学部演劇専修中退して、1952年に俳優座養成所に第4期生として入団した。
同期には佐藤慶・佐藤允・仲代達矢・中谷一郎らの個性的俳優が揃っている。
映画の黄金時代で活躍した人たちである。

1954年に新東宝に入社し、若手スターとして活躍した。
私は、新東宝時代の宇津井さんを観た記憶があるが、当時の新東宝は子供心にも見てはいけないもののような印象だった。
新東宝が倒産した1961年に大映に移った。

その後、テレビに活躍の場を移し、1965年に開始された主演作の『ザ・ガードマン』では高い視聴率を得た。
山口百恵さんと共演した「赤いシリーズ」では、、“山口百恵の父親役”として一世を風靡したと言われているが、私はみていない。

2006年4月から放送開始した『渡る世間は鬼ばかり』の第8シリーズで藤岡琢也に代わり主人公の岡倉大吉を演じていた。
自宅にはトレーニングルームがあり、体を鍛えることが毎日の日課だったという。
中高年になってからは、役柄として、子供思いの父親または祖父役を演じることが多かった。
温厚で気が優しいが根は熱血、といった性格が風貌とマッチしていた。

大学時代に馬術部に所属し、長年乗馬を趣味としていた。

馬術の達人として知られ、映画デビュー作は馬を乗りこなすことが条件だったため、白羽の矢が立ったほど。
近年も映画「ごくせん THE MOVIE」(2009年)「沈まぬ太陽」」(09年)テレビドラマ「相棒」(10年)などに出演していた。
http://www.huffingtonpost.jp/2014/03/14/ken-utsui_n_4963572.html

死去に接し、長年の親友だった仲代達矢が「私1人が取り残された…」と故人を偲んだ。
まさに正統的な二枚目としての人生だったといえよう。
合掌。

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