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2014年2月 7日 (金)

佐村河内守代作問題/ブランド・企業論(18)

週刊文春誌が久しぶりに、驚愕のスクープをした。
現代のベートーヴェンなどと称されていた全聾(のはず)の作曲家・佐村河内守の作品がゴーストライターによる代作であることを、関係者の1人としてノンフィクション作家・神山典士氏が記事を書いたのである。
私は昨年12月に、金曜日に東京で遅くなる用事があるので、もし土曜日にいいコンサートでもあれば聴きに行こうと思っていた。
佐村河内コンサートが東京芸術劇場であることを知って申し込みをしようと思っていたが、チケットの発売期間を過ぎてしまって買いそびれた。
Photo
http://www.samonpromotion.com/jp/live/samuragochi/#l01

今回のニュースを聞いて、いかにも現代的な要素を含んだ“事件”だという気がした。
全体として、佐村河内がコンセプトを提示し、新垣隆という桐朋学園の講師が楽曲に仕上げるという関係だったようだ。
つまり2人の合作であって、最初からそう公表していれば、何の問題もないことだった。

もっとも、それでは佐村河内にまつわる“物語”が迫力を失い、結果として売れなかった(注目されなかった)であろう確率はかなり高い。
佐村河内“物語”は、以下のようなものである。

 自伝的著書「交響曲第一番 闇の中の小さな光」などによると、佐村河内さんは広島県生まれ。両親は被爆者という。4歳ごろからピアノを始め、幼時から作曲家を志望したが、音楽大に進まず、独学で作曲法を習得したとされる。17歳の時、原因不明の片頭痛や聴覚障害を発症し、「35歳のとき、私は『全聾(ぜんろう)』となりました」と記している。
 「HIROSHIMA」は2008年に広島市で開かれた主要8カ国(G8)下院議長会議の記念コンサートで初演された。その後、メディアで
佐村河内さんが紹介されると人気に火が付き、「現代のベートーベン」と呼ばれた。11年に録音された同曲のCDは10万枚を超えるクラシック音楽では異例のヒットとなった。自伝的著書の作曲リストには、ゲームソフト「鬼武者」の音楽「交響組曲ライジング・サン」や「無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌ」などが掲載されている。
http://mainichi.jp/select/news/20140205k0000e040211000c.html

私は、佐村河内-新垣の関係は、一種のOEMではないかと思う。
実際の製造は新垣氏で、佐村河内ブランドで売るという関係である。
OEMOriginal Equipment Manufacturer 】とは、発注元企業のブランドで販売される製品を製造することである。
強力なブランドが存在する場合、そのブランドを利用して販売することはよくあることだ。
私自身の体験では、鹿児島である会社を創業しようとした時のことである。
県を巻き込んだプロジェクトだったので、最初に知事に挨拶にうかがった時、静岡の企業だからということで、お茶を手土産に持って行った。
浅学にして鹿児島がお茶の大生産地であることを知らなかったのである。
知事にそのことを教えられ、なおかつ鹿児島産のお茶のかなりの数量が静岡に行っていますと付け加えられた。

佐村河内というブランドの威力は大きい。
「Time」誌(2001年9月15日号)が「現代のベートーヴェン」と紹介し、「NHKスペシャル」(2013年3月31日)が『魂の旋律 〜音を失った作曲家〜』として取り上げた。
この番組の効果で、交響曲第1番のCD売上がオリコン週間総合チャートで2位のランクされ、その後も売上を伸ばし続けて、2013年5月時点で10万枚を記録するヒット作となった。
聴力を失った「苦悩」、東日本大震災の被災者へ向けたピアノ曲「レクイエム」制作に至る経緯などが紹介され、感動的な番組として構成されていた。

また、『鎮魂のソナタ』という曲には、自身により以下のように解説されている。

ピアノ・ソナタ第2番は、当初、震災犠牲者に捧げる《レクイエム・イ短調》の拡大版として着想されました。しかし、私は、被災地に実際に足を運び、現地の方との触れあいや自分自身で見たものから、どこにもぶつけようのない悲しみや怒りの感情を直接感じたのです。私は、このソナタを、《レクイエム・イ短調》の単なる拡大版ではなく、自分が感じた被災地・被災者への強い思いを込めた、(個人ではなく)被災されたすべての方々に捧げる新たな作品として書き上げる決意をしました。その結果、新しいソナタは、壮大かつ超絶技巧を駆使した心ある鎮魂ピアノ・ソナタとして、巨大な命を持って生まれ変わったといっても過言ではありません。 この曲は、祈りと悲哀に満ちた完全調性による超絶技巧ゆえに、心技体すべてを持ち合わせたピアニストでなければ、決して弾き得ないものです。天才的な才能を持ち、また人としても非常に素晴らしいピアニスト、ソン・ヨルムに演奏されることで、この曲は初めて真価を発揮できることでしょう。彼女の特性や魅力が最大限に引き出せるこの曲は、まるでソン・ヨルムのために新たに書き上げられた鎮魂ピアノ・ソナタとも言えるのです。

ブランド戦略として大成功と言えよう。
私は、ブランディングにおける“物語性”をうまく活用した事例だと思う。
「全聾」「被曝」「クラシック」という三重のサンクチュアリーである。
ブランディングが成功するか否かは偶然性の要素が大きいが、佐村河内は必然の域に持って行ったとも言える。

しかしこれだけの情報社会である。
インチキが露見しないわけがない。
しかし、きっかけは偶然ともいえるものだった。

神山典士氏は、『みっくん、光のヴァイオリン‐義手のヴァイオリニスト・大久保美来』佼成出版社(2013年1月)という本の著者である。
ソチ・オリンピックで高橋大輔選手がSPで使用する『ヴァイオリンのためのソナチネ』も佐村河内ブランドの曲であるが、神山氏の本の主人公・みっくんのために作曲した曲であった。
みっくんという少女は義手のヴァイオリニストであり、彼女の演奏会で伴奏をしていたのが新垣氏であった。

よくできたドラマのようであるが、佐村河内がみっくんの家族に傲慢な態度に出たことが、露見の1つのきっかけとなった。
驕れるものは久しからず、である。

高橋大輔さんには気の毒としか言いようがないが、終わってから発覚したのに比べれば、と思うより仕方がないだろう。
それに、自分で納得した曲であれば、代作などどうでもいいという気がする。

もちろん他人の作品を自作だとし、ウソで味付けした物語を演じてきた佐村河内の行為は許されるものではない。
しかし、彼の持ち上げ方、叩き方には、群集心理的な面があると感じざるを得ない。
ジャンルは全く異なるが、何となく旧石器遺跡捏造事件を連想する。
「神の手」と称賛されていた男が自ら埋めていた遺物。
多くの専門家が賛美していた事実がある。
⇒2011年7月 1日 (金):日本人のルーツと旧石器遺跡捏造事件/やまとの謎(33)

旧石器もクラシックの楽曲も、まがい物との判別が難しい。
一たび業績がマスメディアで取り上げられると、マニアを中心に、プロも参加して称賛する。
やがてインチキ性が発覚し、寄って集って集団リンチの如く非難する。

インターネットを通じて情報の流通が広範囲にリアルタイム化し、大勢の人が同時的に情報を共有する。
そうなると、1人1人とは別の合成された人格が生まれるのだ。
「日経ビジネスオンライン2013年12月20日号」に小田嶋隆さんが、『謝罪したいなら地雷原を走れ』という記事の中で、次のようなことを書いている。

この20年ほど、テレビの中で、責任者がひたすらにアタマを下げるだけの謝罪会見や、吊し上げに似た議会中継が、繰り返し放映されてきた。
1997年というのは、インターネットが普及し、日本語のページが一通り揃って、掲示板文化がようやく爛熟しはじめたタイミングだ。
インターネットを通じて大勢の人間がひとつの現象を見ている時、そこにはという架空の人格が誕生する。

「群衆」という架空の人格は、一人ひとりのメンバーの標準的な性格よりも、一歩踏み込んで口汚い人々になる。
インターネットという擬似的な群衆生成装置を介して、私たちのマナーは、リアルな群衆のそれ(つまり、雷同的で、浮薄で、残酷で、偏見に動かされやすく、恥知らずで、熱狂好きな態度)に近づいている。
人間は過剰適応をしてしまったのではないか。
「フェルミのパラドックス」が、動物行動学者・岡ノ谷一夫氏の言うように、知的生命体の行く着く先であるとしたら、過度の情報化も同じことだろうが、進化を止めることはできない。
⇒2014年1月29日 (水):「フェルミのパラドックス」と「成長の限界」/原発事故の真相(103)

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