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2014年2月

2014年2月28日 (金)

ビットコイン騒動/花づな列島復興のためのメモ(313)

ネット上で流通する仮想通貨「ビットコイン」の取引所「Mt.Gox」が破綻した。
同社の代理人が28日、都内で記者会見を開き、東京地裁に民事再生手続きの開始を申請したと発表した。
システムへの不正アクセスで、ビットコインが不正に引き出された可能性があるといい、刑事告訴を検討中という。

ビットコインは、2009年から流通し始めた。
通貨の供給量を管理する中央銀行のようなものは存在せず、価値はビットコインに対する信頼度によって決まる。

東京が本拠のビットコイン取引所マウント・ゴックスのサイトがアクセスできなくなって、関係者が動揺している。
私も、マウント・ゴックスでアクセスしてみようと思ったが、できなかった。

ビットコインを入手したい人は、ネット上の専門の取引所で円やドル、ユーロといった通貨と交換する。
ビットコインがあれば、それを扱う店で買い物ができる。
日本全国では、レストランや外国語教室など約20店でビットコインによる決済ができる。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2014022702000138.html

マウント・ゴックスの顧客の大半は外国人だという。
日本で使える店が限られた少数であったことから当然であろう。
使える店は、ほとんどがIT好きの外国人が経営していたらしい。
どこも利用者は数える程度で、まだ電子マネーのような広がりはないのが実態のようで、普通の市民は手を出していないだろうから、被害が出ても範囲は限られている。

発明者(提唱者)は、サトシ・ナカモト(中本哲史)と言われている。
名前からすれば、日本人のようだが、その正体は一切明らかになっていない。
英ガーディアン紙が2013年12月9日に発表した「2013年・今年の顔」の第6位にランクされている。

   ナカモト氏は2009年、「ビットコイン:P2P 電子マネーシステム」と題した論文をインターネット上に公表した。和訳版も入手可能で、論文の冒頭にビットコインの最大の特徴、すなわち「金融機関を通さない直接的オンライン取引が可能になる」点が書かれている。政府や中央銀行の規制に縛られない斬新な通貨の理念は、金融不安に揺れた欧州を中心に海外で受け入れられ、日本国内でも専用の取引所が整備されたり、決済に取り入れる店舗が徐々に登場したりしている。2013年11月には、1ビットコイン=12万円超と最高値をつけ、この1年で世界的に「ブレイク」した感がある。
http://www.j-cast.com/2013/12/27193222.html?p=all

ナカモト氏の人物像は不明なままである。
米情報工学の権威で、「ハイパーテキスト」の生みの親であるテッド・ネルソン氏は、ユーチューブで、「ナカモト氏とは、京都大学数理解析研究所の望月新一教授だ」と断言した。
望月教授は2012年8月、数学上重要な「ABC予想」を証明する論文をネット上に公開し、世界中から大きな注目を浴びた人である。
しかし、望月教授本人は否定しているという。

ビットコインは、仮想通貨といわれるが、希少性のある物質、金とか、オランダの歴史的バブルで有名なチューリップの球根のようなものではないだろうか。
仮想にしても、なまじ通貨というから混乱が起きるように思う。
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Newsweek日本版、2014年2月25日号

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2014年2月27日 (木)

TPPに出口戦略はあるか/花づな列島復興のためのメモ(312)

大枠合意を目指してシンガポールで開いた環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の閣僚会合は、膠着状態を打開できずに終わった。
閣僚会合に先立ち21日までの5日間、各国の首席交渉官がシンガポールで協議を続けていた。
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http://digital.asahi.com/articles/DA3S10992608.html?_requesturl=articles/DA3S10992608.html&iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S10992608

現地入りしてその結果を聞いた甘利TPP担当相は、残る対立点の多さに「大筋合意ができるかどうかは、まだまだ厳しい道のりだ」と認めざるをえなかった。

TPPの理念は、中国を含むアジア太平洋地域で自由かつ公正な競争市場を設計することにある。
しかし、各国にはそれぞれ異なる事情がある。
参加国の中でGDP的に大きな比重を占めるのが、日米両国である。

日本は、コメと麦、砂糖、牛・豚肉、乳製品を「重要5項目」として、関税維持をめざす「聖域」と位置づけてきた。
これは、自民党の公約であるから、そう簡単に引っ込めるわけにはいかない。
米国は現時点で、ほぼ関税撤廃とみなせるような引き下げしか認めない考えを示している。
日米の隔たりは、表面的には大きい。
しかも、今回の閣僚会合では、マレーシアやベトナムなどのアジア新興国が、それぞれ自国の聖域を公然と主張し始めた。

しかし、TPPは国の根幹まで変えかねない広範な交渉である。
特に、農や食の分野は、文化と密接に関わっている。
この点が、工業製品と異なるところだ。
文明と文化の差ともいえる。
文明はパーツ化して移植できるが、文化はパーツに分解したら意味がなくなるものが多い。
この違いを、日米両国はどこまで認識しているのだろうか?

自動車分野については、米国が輸入車にかける関税は「最も長い期間」をかけてなくすことで昨年4月に合意した。
しかし、米国は日本車の輸入が急増したら関税をもとに戻せるなどの「制限措置」の導入を求めている。
日本が求める自動車部品の関税(2.5%)の撤廃には、あいまいな態度をとり続けている。

関税以外で交渉が難航しているのは「国有企業のあり方」と「知的財産権の守り方」の2分野である。
これらは、文明と文化の両面に関わる問題である。
先進国と新興国との間の利害が衝突する。
先進国側は、国有企業の優遇策をなくし、新薬特許や著作権の保護を強めたい。
一方、ベトナムやマレーシアなどの新興国はこれに反対している。

そもそもTPPは、2006年にシンガポールやニュージーランドなど四カ国による発足当初は「小国同士の戦略的提携により市場での存在感を高めること」が狙いだった。
2010年に米国が参加して大きく変質し、貿易・投資の自由かつ公正な競争市場づくりという名目の下、米国主導で21分野にわたる広範な交渉になった。
環太平洋地域で米国が利益を享受するために対象国の制度や法律まで作り変えるのではないかとの懸念が強い。
米国が自国のルールを、グローバル・スタンダードだとして他国に押し付けるのでは、交渉はまとまらないだろう。

日米の関税交渉は、大きな矛盾を内包している。
日本は、「聖域」を放棄して交渉をまとめようとするのか?
あるいは、あくまで「聖域」を守り抜くのか?
その場合、日本が孤立化する恐れはないのか?

まさに、国益とは何かが問われる局面である。
出口のシナリオを練っておかないと、取り返しがつかないことになる恐れがある。

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2014年2月26日 (水)

右傾化して行く日本の不安/花づな列島復興のためのメモ(311)

なんだか嫌な雰囲気が日本社会に充満してきた。
東京の公立図書館で、「アンネの日記」などのページが破られているのが相次いで見つかっている。
被害を受けた本は、アウシュビッツ強制収容所に関係するものなど少なくとも80種類に上ることが分かった。

この事件は、東京の38の公立図書館で、「アンネの日記」など合わせて300冊以上の本のページが破られているのが相次いで見つかったものです。
NHKが各図書館に取材したところ、被害を受けた本は、「アンネの日記」をはじめ、アウシュビッツ強制収容所に収容された女の子について書かれた「ハンナのかばん」や第2次世界大戦中、多くのユダヤ人にビザを発行して命を救った日本の外交官、杉原千畝の伝記など、少なくとも80種類に上ることが判りました。
いずれもユダヤ人が受けた迫害に触れたものばかりで、都内の各図書館は、これ以上の被害を防ぐための対応に追われています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140225/k10015521741000.html

今のところ、誰が、どういう意図で行ったものか分からない。
極右的な思想(親ナチ的)の持ち主の確信犯的な行為か、逆に、極右に反発心を持たせようという陰謀なのか?
あるいは、愉快犯のように、思想的立場と無関係なのか?
分からない段階での憶測は止めて、しかし、この報道に接して、なんとなく最近の世相と同期している不気味さを感じる。

私には、安倍首相の政治姿勢と無関係とは思えないのである。
今月13日、国会で安倍首相は、憲法を解釈するのは首相の権限というような答弁をした。
さすがに自民党内でも問題になってはいるようであるが、安倍氏自身はそれこそ確信的に考えているようである。
⇒2014年2月14日 (金):安倍首相の暴走をコントロールするのは?/花づな列島復興のためのメモ(307)

外からどう見られても構わない、己の信じるところであれば?
それだけではない。
公正な選挙の結果として、自分はこの国の最高責任者の座にいるのだから、それは正義でもある。
安倍氏の胸中を忖度すればこのようなところではないだろうか。
この傾向は、都知事選が終わってから一段と明瞭になったような気がする。
⇒2014年2月11日 (火):都知事選の結果と暗い予感/花づな列島復興のためのメモ(306)

憲法とは、そもそもどういうものなのか?
立憲主義とは、「政府の統治を憲法に基づき行う原理で、政府の権威や合法性が憲法の制限下に置かれていることに依拠するという考え方」である。
安倍首相の考え方は、立憲主義と真っ向から対立するものである。

ルイ14世が言った有名な「朕は国家なり」という言葉があてはまりそうである。
しかし、独裁の末路は哀れなものであるのが通例である。

NHKをめぐる一連の問題発言にも通底するものがある。
いつからこんなに品格のない状態になったのか。
私は深く憂うるものである。

私は、日本国民の1人として、「外からどう見られても構わない」とは思わない。
下記のような見方は杞憂だとは言えない。

 そこから直ちに連想されるのは「イエロー・ネオナチ」というイメージです。日本人自身が一番、裸の王様で気づかない、ご都合主義の近視眼に陥っていると思いますが、外の世間は全くそんなふうには見ない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40021?page=4

権力を持った人が、唯我独尊になるのは恐ろしいことだ。
特に、安倍首相は、裸の王様のように思える節もある。
⇒2013年10月17日 (木):安倍首相は裸の王様か?/アベノミクスの危うさ(16)
せめて自民党の中の良心に期待したいところだが、果たして・・・

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2014年2月25日 (火)

生か美か・山本兼一/追悼(46)

うかつにも、山本兼一さんの死去を知らなかった。
去年の12月に、映画『利休にたずねよ』を観た。
原作者の山本さんは、私より一回り若いから、まだまだ多くの作品を送り出してくれるものと思っていた。
2月25日付の沼津のコミュニテュイ・ペーパー「沼津朝日」の投稿文で、逝去を知った。

山本兼一-Wikipediaによると、以下のような経緯であった。

2012年10月に肺腺癌で一度入院。2013年12月中旬に病状が悪化して再入院し、病床で執筆を続けていた。2014年2月13日午前3時42分に原発性左上葉肺腺癌のため京都市の病院で死去。57歳没。
雑誌『中央公論』に2013年11月号から連載していた「平安楽土」が絶筆となった。最後となった同作の第6回を編集者に送ったのは死去前日、亡くなる約5時間半前であった。

まさに、作家魂という感じである。
映画で利休を演じたのは、市川海老蔵である。
暴力事件に巻き込まれるなどして良くないイメージもあったが、さすがに存在感のある演技であった。
また、若い利休の茶の湯の師匠である武野紹鴎役に、昨年2月に亡くなった市川團十郎が出演している。
⇒2013年2月 5日 (火):無間地獄の闘病生活・市川團十郎さん/追悼(26)

團十郎は、 息子を案じての出演だというが、次のように言っている。
  「利休を演じる海老蔵は持ち前の鋭さをもってして、美を見極めようとした利休の才能の一片を演じているのかなと、一緒に出てみて感じました」
海老蔵も本望ではなかろうか。

映画の中に黒樂茶碗が登場する。
昨年、佐川美術館や樂美術館で見たものだ。
樂家には「ちゃわん家」の暖簾がかかっていたがルーツは瓦家らしい。
⇒2013年4月26日 (金):樂美術館/京都彼方此方(5)
⇒2013年4月25日 (木):佐川美術館

「沼津朝日」の文章の筆者は、加藤靖雄さんという人で、静岡・山岡鉄舟会の会員ということである。
山本さんに、山岡鉄舟を描いた『命もいらず名もいらず』があるが、鉄舟会との因縁は深いようだ。

『利休にたずねよ』は、第140回(平成20年度下半期) 直木賞受賞さくである。
利休は、秀吉の参謀としても、その力を如何なく発揮し、秀吉の天下取りを後押した。
しかしその鋭さゆえに秀吉に疎まれ、理不尽な罪状を突きつけられて切腹を命ぜられる。

命じられた切腹は、果たして自殺なのか、他殺なのか?
江藤淳が自殺した時、 「文學界」1999年11月号で「『江藤淳の死』再考」という特集を載せた。
中では、山田潤治という人の『自決することと文学の嘘』という文章が印象的であった。...
山田氏の論考は、参照されることの多いエミール・デュルケムの『自殺論』とは別の枠組み、
「他殺-自殺」、「自然死-自殺」という2つの軸で捉えようと試みる。

「他殺-自殺」は、たとえば目の前に迫った死に対して、みずからの身体をどう処決するか、という選択である。
典型として、信長に叛旗をひるがえした松永弾正の、信長の垂涎の「平蜘蛛の釜」を信長の差し出せという命に対して、城の上から叩きつけて自害するという選択がある。
あるいは壇ノ浦で知盛の「見るべき程の事は見つ、今は自害せん」と言い残して海に没したとされる選択。
彼らは、死すべき運命を感知し、それに逆らわず死を甘受する意思を示すかのように、みずから命を絶つ。

「自然死-自殺」は、自然死の対極として自殺を捉える。
自然死という運命に逆らって先取りする自殺であり、「生」と「死」の選択肢において、「死」を選ぶという選択である。
この場合、必ずしも死は逃れられないという状況ではない。
死ぬことによってどのような評価が得られるか、他人にどのように理解されるかを判断した上での自殺である。
つまり「名」を残すために「死」を選ぶのであり、自覚的な自殺と言うことができる。

『利休にたずねよ』では、高麗の女性との悲恋が1つの鍵になっている。
政治権力は不合理な要求を突き付ける。
それに反抗するのは、死を意味する。
現代でも、北朝鮮やウクライナ等の権力者の要求と私生活。

利休は秀吉に切腹を命ぜられる。
利休は言う。
「私が額づくのは、美に対してだけだ」
この美は、女性の美か、茶碗の美か。

どちらでもいいことだろうが、映画を観ていて気になった。
早過ぎる死である。
合掌。

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2014年2月24日 (月)

ソニーはどこへ行くのか/ブランド・企業論(19)

ソニーが2013年度第3四半期の決算説明会において、PC(VAIO)事業の切り離しを明らかにした。
VAIOには私も思い出がある。
2000年の頃だったと思う。
個人用として使っていたPCが不調で、思い切って買い換えたのがVAIOだった。

VAIOはずいぶん軽量で持ち運ぶには好適だった。
しかし、VAIOの利用は長続きしなかった。
OS(Windows)の進歩が早く、その度に買い替えるほどのブランド・ロイヤリティはなかった。
価格重視で、Dell製品や台湾メーカー製品に移行せざるを得なかったのである。

ソニーがVAIO切り離しを意思決定したのは、もちろんSONY全体の経営の問題であろう。
今年1月27日、米ムーディーズがソニーの長期信用格付けを1段階引き下げて「Ba1」としたと発表した。
これは、投資不適格ということだ。
ソニーは、前CEOのハワード・ストリンガー体制下で、テレビ事業での営業赤字が11年度(12年3月期)までの8年間で計6000億円以上に達した。
2012年4月、ストリンガー氏に代わって、平井一夫氏がCEOに就任した。
2012年度(13年3月期)決算の内容は、以下のようだった。
売上高:6兆8008億円(前期比4.7%増)
営業利益:2301億円(前期は672億の赤字)
税引き前当期純利益:2456億円(同・831億円の赤字)
純利益段階での黒字5年ぶりだった。

ところが、2月6日の2013年度第3四半期決算説明会では、再び1100億円の赤字に転落するとの見通しが示された。
当初の目論見は、通期の最終損益は300億円であった。
赤字の要因は、期初に1000億円の営業利益を見込んだエレクトロニクス(エレキ)部門の赤字継続である。
10期連続の営業赤字が見込まれるテレビ事業を、14年7月をめどに分社した上で完全子会社にすると発表した。
事業の独立性を高めて経営責任を明確化すると同時に、意思決定のスピードを引き上げ15年3月期の黒字化を目指す方針だとする。

その一環として、300億円の赤字が見込まれるパソコン事業は、投資ファンドの日本産業パートナーズへ売却すると発表した。
パソコン事業はVAIOブランドで展開してきたが、欧州での人気は高かったという。
しかし、新興国向けの低価格品など普及品をつくり始めたことで、10年度には年間870万台とピークをつけたが、量を追うことが質の問題を招いた。
VAIOブランドが持っていた先進的なイメージが崩れたのである。

パソコン事業に従事している社員はおよそ1100人。
そのうち、新会社に移ることができるのは250~300人程度で、残る800人強、特に中高年社員たちは「戦力外」通告を受ける。
つまり、「キャリアデザイン室」という戦力外とされた中高年社員を集め、社内外への求職活動を行わせるために設立された部署へ配置されるという。
事実上の追い出し部屋である。

使い捨てはヒドイと考えられるは、「キャリアデザイン室」の実態について、次のような記事もある。
会社から与えられた仕事はなく、スキルアップにつながるものであれば、何をやってもいい。
多くの社員は、市販のCD-ROMの教材を用いての英会話学習やパソコンソフトの習熟、ビジネス書を読むことなどで時間を過ごしているという。
考えようによっては、ずいぶん恵まれた環境を用意されているとも言える。
キャリアデザイン室に在籍して2年が過ぎると、子会社への異動を命じられるというが、2年間と言えば大学院の修士課程に相当する期間である。

しかし、恵まれた環境とはいっても、キャリアデザイン室からは、イノベーションを起こすような発想は出てこない。
トランジスタラジオ、トリニトロンテレビ、ウォークマン、ハンディカム、プレイステーションなどの時代を画するような製品を世に送り出してきたソニーはどうなるのだろうか?

「週刊現代」3月1日号の『あぁ、「僕らのソニー」が死んでいく』によれば、ソニー凋落の原因は以下の3点に集約されるという。
・経営陣の劣化
・米国型経営の導入
・モチベーションの低下

経営陣の変質は、出井伸之氏からで、エンジニアの発言力が低くなったという。
出井氏の後がストリンガー氏である。
出井氏が社長時代に、EVA(経済的付加価値)と独立採算性である。
グローバル企業になるために必要な施策であったといわれる。

制度自体はいかようにも評価できよう。
しかし、このような制度が、数値化されない要素を切り捨て、短期的な成果を重視することになるであろうことは容易に推測できる。
ソニーが創立以来持っていたはずの、夢を追いかけるロマン主義やイノベーティブな精神とは両立しない。
ソニーの歴史的役割は終わったということなのだろうか?

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2014年2月23日 (日)

ウクライナの内戦の行方/世界史の動向(8)

ウクライナという国は、普通の日本人にどのくらい馴染みがあるのだろうか。
私は、名前はよく耳にするが、行ったことはないし、漠然としたイメージしか思い浮かばない。
中学生の頃、「ヨーロッパの穀倉」と呼ばれていると学んだ記憶がある。
位置的には下図のような場所である。
Photo

赤丸で示したのが、オリンピックが開催されているソチである。
もちろん 私の中学生の頃は、旧ソビエト連邦を構成していた。
Wikipedia-ウクライナを見てみよう。

1917年に2月革命によりロシア帝政が崩壊し、ペトログラドでロシア臨時政府が成立。
10月革命によってロシアの臨時政府が倒され、共産党のソビエト政権が誕生。
1919年から1920年にかけてウクライナの支配を巡って、諸勢力が争う。
ウクライナ人民共和国軍、ソビエトの赤軍、ロシア帝政派の白軍、白軍を支援するフランス軍・イギリス軍・ポーランド軍、ネストル・マフノ率いる無政府主義者の黒軍、ウクライナのゲリラを中心とする緑軍などである。
1920年冬に戦争がソビエトの赤軍の勝利で終結し、ウクライナ社会主義ソビエト共和国は西ウクライナを除きウクライナ全域を確保。
1922年12月30日にウクライナ社会主義共和国は、ロシア、ベラルーシ、ザカフカスと共に同盟条約によってソビエト連邦を結成。
1991年、ソ連崩壊に伴って新たな独立国家・ウクライナとなり、独立国家共同体の創立メンバーの一員となった。
2004年、大統領選挙の混乱からオレンジ革命が起き、第三回投票で勝利したユシチェンコが2005年1月、大統領に就任。
2010年、大統領選挙にて親露派のヤヌコーヴィチが勝利。
2013年11月に欧州連合との政治・貿易協定の調印を見送ったことで親欧米の野党勢力などによる反政府運動が勃発。
2014年2月22日にヤヌコーヴィチの大統領解任と大統領選挙の繰り上げ実施を決議。

まことに平沼騏一郎に倣えば、「ウクライナの天地は複雑怪奇」である。
基本的には、親欧州か親ロシアかという路線上のヘゲモニー争いである。
ロイター通信などによると、ウクライナの首都キエフでは、22日、ヤヌコビッチ政権への抗議デモの参加者が大統領府や行政機関を占拠し、市中心部を掌握した。

治安部隊の姿はほとんど見られず、事実上活動を停止している。
警察当局は「市民の願いを共有する」との声明を出した。
現実に、政権は崩壊状態ということではないか。
結果として、親欧州の西部と親ロシアの東部に国家が分裂する可能性もあると見られている。
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日本経済新聞電子版2月23日

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2014年2月22日 (土)

原発は「日本の生命線」か?/花づな列島復興のためのメモ(310)

1929年、アメリカの株価は大暴落した。
最初の暴落は1929年10月24日(木曜日)に起こった。
続いて壊滅的な下落が、28日(月曜日)と同29日(火曜日)に起こり、アメリカ合衆国と世界に広がる前例の無い、また長期にわたる経済不況の警鐘と始まりに急展開した。
いわゆる世界大恐慌である。

それは1930年以降、日本にも波及し、未曾有の大不況を引き起こした。
特に農村部の疲弊は凄まじかった。
食うにも事欠く状態で、「娘の身売り」が常態化した。

この難局を打開するための戦略として、満州に目が付けられた。
満州は軍事上の重要拠点だった。
いわゆる地政学の視点で考えると、日本の安全保障上、仮想敵国・ソ連から朝鮮半島を防衛することは最重要課題であった。
朝鮮半島防衛のためには、満州の実効支配が必須と考えられた。

また、満州は生産拠点としても魅力的だった。
撫順には炭坑(石炭)があり、鞍山には鉱山(鉄鉱石)があった。
撫順と鞍山は120kmしか離れていず、製鉄業に最適だった。

さらには、満州への移民により、農村の生活難を救うことができる可能性がある。
農村部から「満蒙開拓移民団(満蒙開拓団)」を募集し、満蒙(満州と内蒙古)に移住させた。
Photo
http://www.benedict.co.jp/Smalltalk/talk-199.htm

いろいろな意味で、満州を支配することは魅力的だった。
中国の言い方に倣えば、満蒙は日本の核心的利益と考えられたのである。

1931年1月の衆院本会議で元外交官で元満鉄理事でもあった新人代議士の松岡洋右(政友会)が幣原外相に対し質問をした。
松岡は幣原外相の国際協調外交路線を批判し、また満州・内蒙古(満蒙)問題についても日本にとって国防上、経済上の重要地域だある事を力説し積極的な進出と処理を訴えた。
この時に言ったフレーズ、「満蒙問題は日本の生命線である」が流行語になった。

「週刊現代」3月1日号に、保阪正康氏と轡田道史の対談『昔「満州」、いま「原発」-「日本の生命線」なんてウソばかり』という記事が載っている。
両氏は、松岡洋右の「満蒙問題は日本の生命線である」を引用しつつ、「満州がなくなった方が日本は発展した」という小泉元首相の言葉を紹介している。
もちろん、当時も石橋湛山元首相らの「小日本主義」のように、帝国主義的拡大路線を批判する良識的主張もあった。
小日本主義とは、日本が朝鮮・台湾などの植民地経営を行っても行政コストなどの面で出超となるので、それらの領有を放棄した方が良い。
「主権線」を内地すなわち日本本土のみとした方が軍事負担も小さく、「通商国家」として繁栄を謳歌しようという思想であった。

両氏の歴史認識に100%賛同するわけではないが、厚みのある文化教養を身につけていないと単色の愛国心を持ちがちになる、というのはその通りであろう。
軍人はその典型で、田母神俊雄氏は、単色というよりもっと単純と評している。

島国日本の生命線とは、脳の中にある。
すなわち、心、知力、想像力である。
特定の資源をさして「これが日本の生命線だ」と考えて、その入手に過剰にこだわると失敗する、というのが結論である。

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2014年2月21日 (金)

浅田真央選手の大健闘と森東京五輪組織委会長の愚劣な発言

ソチ・オリンピックも終幕が近づいてきている。
まさにスポーツは筋書きのないドラマ。
私もその1人だが、日本選手の報道に一喜一憂した人は多いだろう。

中でも女子フギュアスケートには大きなドラマが秘められていた。
期待された日本女子は、SPで意外な不振。
中でも多くのファンの期待の高かった浅田真央選手は、言葉を失うような不調で16位という誰もが予想し得なかった結果となった。

この様子について、2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相は福岡市の講演で信じられないような発言をした。

フィギュアスケート女子の浅田真央選手のショートプログラムでの演技について「頑張れと思って見てたら、見事にひっくり返ってしまった。あの子、大事な時には必ず転ぶんですよね。何でなんだろうなあ」と述べた。
また、団体で日本が5位になったことについても「あれは出なければよかった。浅田さんが3回転半をすれば、ひょっとしたら3位になるかもしれないという気持ちで浅田さんを出したが、見事にひっくり返った」とも述べた。さらに「団体戦も惨敗を喫し、その傷が浅田さんに残っていたら、ものすごくかわいそうな話だ。負けるとわかっている団体戦に浅田さんを出して恥をかかせることはなかった」とも語った。

http://www.huffingtonpost.jp/2014/02/20/yoshiro-mori_n_4826817.html

まあ森氏はもともとリップサービス精神に富んだ人である。
2000年5月15日、神道政治連盟国会議員懇談会結成三十周年記念祝賀会において、「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知をして戴く」と発言して物議を醸したことがある。
森首相は2000年4月5日に小渕恵三首相の急死により、首相に就任したばかりであった。

この発言などから急速に内閣支持率を一ケタまで落とし、6月2日に衆議院を解散した。
6月25日の投票日までの間、この発言や「無党派層は寝ていてくれればいい」という発言、あるいは総理・総裁選出の経緯など、森氏の首相としての資質が盛んに論じられた。
この解散は、森氏の自作自演である、「神の国解散」と呼ばれたことは、まだ記憶している人も大勢いるのではないだろうか。

今回の森氏の発言も、浅田選手をかばっているようにも解釈できるのかも知れない。
しかし、「あの子、大事な時には必ず転ぶんですよね」「団体戦に浅田さんを出して恥をかかせることはなかった」は、失礼な話で私としては許しがたい。
私の不安が、不幸にも早くも的中したという感じである。
⇒2014年1月22日 (水):先行き不安な森五輪組織委員会会長/花づな列島復興のためのメモ(298)

さすが「サメの脳味噌」と言われた人物である。
こんな人物が組織委会長であって、本当に大丈夫か?
私は辞任というより解任すべきだと思うが。

このような発言があったにも拘わらず、浅田選手のフリーのスケーティングは素晴らしかった。

Photo_2  史上初めて6種類の3回転ジャンプをすべて成功させた浅田。「やりきった」との思いが込み上げたのか、演技を終えた瞬間、泣き顔に。リンク上で手で顔を覆い、涙がこぼれ落ちた。
 前日のショートプログラム(SP)では予定していたコンビネーションジャンプが飛べないなど予想もしない失敗が続き、55・51点という低得点に終わった浅田。この日のフリーでは6種類の3回転ジャンプを完璧に飛び、最後の3回転ループを決めた瞬間、力強く「よしっ」とうなずいたようにみえた。
 フリーの得点は142・71点。昨年11月のNHK杯で挙げた136・33点を上回る自己ベスト。得点が出た直後、満足そうに小さくうなずき、カメラに向け手を振りながら笑顔を振りまいた。
 前日のSP直後には「自分でも終わってみてまだ何も分からない」と放心状態だった浅田。だが、この日は「私が目指すフリーの演技ができた」と胸を張った。
http://sankei.jp.msn.com/sochi2014/news/140221/soc14022102290008-n1.htm

演技終了後に、感極まった感じで涙を見せたが、すぐに笑顔に切り換えた。
大健闘した浅田選手に大きな拍手を送りたい。

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2014年2月20日 (木)

安倍首相は反米か?/アベノミクスの危うさ(27)

靖国参拝を強行した安倍首相の行動について、賛否両論が激しくなっている。
神社参拝は日本の伝統であり、他国からとやかく言われる筋合いはない、というのが賛成派の大よそのところだろう。
国のために命を捧げた英霊に敬意を表すのは当然だ。

しかし、靖国神社には、日本の伝統とは言えない一面がある。
建立の趣旨が、その霊を積極的に顕彰する場所、つまり単なる霊から英霊に転化する装置として機能することにあったことは無視しえないだろう。
したがって、西南戦争で政府軍と戦った西郷隆盛たちは、靖国に祀られていない。
⇒2013年12月27日 (金):慰霊と顕彰/「同じ」と「違う」(66)

戦後、大東亜戦争であり、太平洋戦争であり、第二次世界大戦でもあった戦争に敗れた日本は、東西冷戦構造の中で、西側の一員となった。
自発的な選択というよりも、国際的な力関係の中でそうせざるを得なかったのだろうが、結果として良い選択であった。
西側の体制の中で、軍事大国にならないで、ひたすら経済大国を目指してきたのであり、GDPの指標ではアメリカに次ぐ位置を占めるまでになった。
しかし、その段階で長期にわたる停滞を経験せざるを得なかった。

長期停滞を打ち破るべく政権復帰を果たした安倍首相は、アベノミクスという経済政策セットを掲げた。
アベノミクスは初動の段階では目覚ましい成果を上げたかのようだった。
安倍政権発足時の日経平均株価1万0230円、円ドルレート85円に対して、昨年12月30日大納会の平均株価の終値は1万6291円で実に約6割も上昇、円ドルは105円で2割強の円安となった。
黒田日銀総裁の言う「異次元金融緩和」によって、資金供給量が増えたことにより、大幅な円安と株高が実現したのである。

しかし、大幅な円安と株高というのは、あくまで現象論のレベルである。
武谷三段階論に倣えば、実体論、本質論のレベルではどうなのか?
⇒2013年8月11日 (日):三段階論という方法①武谷三男の科学的認識の発展論/知的生産の方法(71)

実体論を実体経済と考えれば、事態は楽観できるものではない。
⇒2014年1月 9日 (木):金融緩和で実体経済に資金は回っているか/アベノミクスの危うさ(24)

本質論とは何だろうか?
人によって考え方はさまざまであろうが、視野を経済の外側にまで広げ、人が生きるということの意味、あるいは幸福感にまで立ち戻って考えることではなかろうか?
都知事選はそういったことを問い直すチャンスであったが、まあ選挙の争点としては迂遠だったともいえよう。

アベノミクスは、そういう面からも検討されるべきであろう。
靖国参拝は、その1つの材料である。

西側の一員としての日本は、必然的に親米路線であった。
安倍首相も、祖父の岸信介が総理の座と引き換えにした日米安保条約を最重要と考え、折に触れ日米同盟が盤石であることを口にしてきた。
しかし、靖国参拝にアメリカが想定外(?)の反応を示した。

考えてみれば、アメリカの反応はごく自然なものといえよう。
先の戦争における日本のスローガンの1つは「鬼畜米英殲滅」であった。
Photo
http://blogs.yahoo.co.jp/seijitookane/2409607.html

靖国神社には、その戦争指導者も顕彰されているのである。
敢えて靖国参拝を強行した安倍政権は、実は反米であるという見方もある。
Photo_2
東京新聞2月8日

安倍首相の側近と言われる衛藤晟一首相補佐官が、動画サイト「ユーチューブ」に投稿した国政報告で、安倍首相の靖国神社参拝後に失望声明を発表した米国について「むしろわれわれが失望だ」と批判していた。
この動画は削除されたが、「綸言汗の如し」と言われるように、政治家の発言は削除しても消えないで一人歩きする。
NHKの会長をはじめ安倍首相のお友達人事といわれる経営委員も、品格を疑わせるような発言が続いている。
それは安倍首相の本質の影ではないだろうか。

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2014年2月19日 (水)

成熟戦略としての「原発即ゼロ」/花づな列島復興のためのメモ(309)

東京都知事選で、「原発即ゼロ」の旗を掲げた、宇都宮健児、細川護煕両候補の得票を足しても、舛添要一氏の得票に及ばなかった。
この結果を見る限り、東京都民は「原発即ゼロ」を望まなかったということになる。
現在稼働している商用の原発はゼロである。
「即ゼロ」というのは現状維持で、「即ゼロ」以外は再稼働容認もしくは推進というのが論理的帰結である。
⇒2014年2月11日 (火):都知事選の結果と暗い予感/花づな列島復興のためのメモ(306)

というのは極論だと思う。
都知事選は、原発政策“だけ”をめぐって争われたわけではないからである。
にもかかわrず、安倍政権は、都知事選の争点になるのを極力避けたうえで、選挙が終われば議論は終わったとばかりに再稼働に突き進んでいる。
安倍首相は、「安全が確認できた原発は運転を再開する」と言う。
しかし、何をもって「安全が確認できた」とするのであろう。

安全性の評価は、原子力規制委が行う。
しかし、規制委の審査で否を突きつけられた途端、電力会社は経営破たんの危機に直面する。
そして、経営破たんすれば、廃炉も不可能ということになる。
安倍政権は、廃炉への道筋をしめすことなく、再稼働させようとしているが、原発依存を段階的に縮小するという自民党の政策は、1基たりとも廃炉にする気がないということである。

もちろん、稼働に伴う使用済み燃料の問題をどうするかの問題もある。
核燃料サイクルは現実に閉じていないのである。

以上のように考えれば、「原発依存の段階的縮小」ということが、とてつもなく困難な課題であると言わざるを得ない。
「原発即ゼロ」は理想論ではなく、もっとも現実的な案なのだ。
都知事選の報道においては、新聞、TVなどのマスコミは、細川・小泉連合を、シングル・イシューと決めつけるものだった。
しかし、細川・小泉連合の発想はそれほど矮小なものではない。
「原発を続けるよりも、原発に依存しない方が成長の有利だ」という主張である。
⇒2014年2月 8日 (土):池上彰氏の解説する城南信金理事長吉原毅氏の脱原発論/原発事故の真相(104)

ここではブレーンの1人と目されている元経産省の古賀茂明氏の解説を見てみよう。
「週刊現代」誌に連載している「官々愕々」というコラムの3月1日号『第98回 成長戦略としての「原発即ゼロ」』である。
古賀氏は次のように解説している。

元総理連合の主張は、原発を止めて、「原発から自然エネルギーへの転換競争」で日本が主導権を握り、国際競争力のある産業を育成しようということだ。
自然エネルギーの分野で投資を誘発し、雇用と所得を生み出し、福祉の財源にしようということである。
原発ゼロというのは、成長戦略・雇用戦略、福祉戦略・地域政策でもある。

原発ゼロというと、苦しいけど我慢しようというイメージに繋がりやすい。
「欲しがりません、勝つまでは」というキャッチフレーズを連想しがちである。
しかし、古賀氏の解説によれば、それとは次元の違う発想ということだ。

私は基本的には、この意見に同意する。
そして、もう一歩進めて、天野祐吉氏の遺言のごとく「成長から成熟へ」を絡めて考えればいいのではないかと考える。
⇒2014年2月 3日 (月):成長から成熟へ/花づな列島復興のためのメモ(302)

すなわち、成熟戦略としての「原発即ゼロ」である。
成熟を質的成長と言い換えることも可能だとは思うが、天野氏の言葉を尊重したい。

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2014年2月18日 (火)

黒木華さんの銀熊賞受賞を賀す

子どもが小さいころ、『ちいさいおうち』岩波書店(1964年4月)という絵本を買った。
原作は、バージニア・リー・バートンという人の『The Little House』、邦訳は石井桃子さんによる。
子どものお気に入りの絵本だった。
子どもにせがまれて、何回も読んで、暗記するほどだった記憶がある。

しかし、いつの間にかどこかへ散逸してしまって、その存在すら忘却しかけていた。
近くのシネコンへ行ったとき、同名の映画が封切られていることを知った。
絵本の話ではないことは分かっていたが、それ以外の情報はないままに、観てみようということになった。
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http://www.chiisai-ouchi.jp/images/download/wall/pc/chiisai-ouchi_p_1440_900.jpg

話の内容は、「純粋な不倫」というような形容矛盾ともいうべき物語である。
不倫の当事者は、松たか子演ずる美貌の人妻・時子と、吉岡秀隆演ずる夫の会社でデザインを担当する大学出たての社員・板倉。
それだけでは通俗的な話に過ぎないが、直木賞受賞作にはそれなりの仕掛けがあった。

タキという山形出身の女中が自叙伝を書くという趣向で、現代と戦争に傾斜していく昭和の時代が交互に描かれる。
この女中(昭和前期には、立派な職業だった)が主人公であり、美貌の人妻は脇役ということになる。
昭和前期のタキを演じたのが黒木華さんで、現代のタキを演じるのが倍償千恵子さんである。
黒木華さんという女優は、朴訥な娘をうまく演じているとは思った。

この映画のオフィシャルサイトをみると、『草原の椅子』だとか『舟を編む』などに出演している。
これらの作品は観たはずであるが、余り印象に残っていない。
タキ役の黒木さんが、第64回ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞した。
日本人の最優秀女優賞は、左幸子さん(1964年)、田中絹代さん(1975年)、寺島しのぶさん(2010年)に続き4人目で、最年少受賞である。
先ずは祝福したい。

板倉は絵の才能があるが、もともとは建築家志望で、高台に建っていた赤い屋根の家に興味を持っていた。
絵本の『ちいさいおうち』を連想させる。
原作の中島さんもそれを計算に入れてタイトルにしたのだろう。
その家は上司(片岡孝太郎)の家であり、上司の家を訪ねて妻の時子と意気投合することになる。

タキは若く美しくお洒落な時子に、強い憧れを抱いていたが、板倉にも秘かに好意を寄せていた。
戦争が激しくなり、タキが山形へ戻った後、高台の家は、東京大空襲で灰燼に帰し、夫婦は防空壕で一緒に死んでしまう。
タキには、ずっと内緒にしていた秘密があった。
それはタキの又甥の健史(妻夫木聡)が・・・、これ以上の解説は止めておこう。

この映画のもう一つののテーマは、戦争ではないだろうか。
二度と戦争はすまい、という決意でスタートした敗戦後の日本であるが、昨今の安倍首相を見ていると危ういものを感じるのは私だけではないだろう。
都知事選で田母神俊雄というキワモノ的な候補者が、特に若年層からかなりの支持を集めた。
どういう思考回路で田母神氏支持にいたったのだろうか。
⇒2014年2月11日 (火):都知事選の結果と暗い予感/花づな列島復興のためのメモ(306)

「歴史は繰り返す」という有名なマルクスの言葉がある。
『ルイ・ボナパルトのブリュメール 18 日』という本の中に出てくる言葉で、次のように書いている。
「ヘーゲルはどこかで述べている、すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度あらわれるものだ、と。一度目は悲劇として、二度目は茶番(farce)として、と。」
まあ繰り返さない程度には人間の理性というものがあると信じてはいるが。

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2014年2月17日 (月)

「徴介護制」はあり得るか?/花づな列島復興のためのメモ(308)

介護の人手不足は深刻である。
介護の質を向上させるための制度改革は、研修の余力がないという理由で、延期に次ぐ延期である。
⇒2014年2月 6日 (木):揺れる介護福祉士養成制度/花づな列島復興のためのメモ(304)

一方、人口の高齢化は急速に進んでいく。
「2025年問題」といわれる問題がある。
団塊の世代といわれる1947~49年生まれの人々が、2025年には大挙して後期高齢者の仲間入りをしてくるのだ。
2025a140205
東京新聞2月5日

その結果、2012年における後期高齢者(75歳以上)は1511万人であるが、2025年には2179万人になると予測されている。
全人口に占める比率は18%と、およそ5人に1人である。
1人の現役世代が支える高齢者の数は急速に増大して行く。
Photo_3
http://www.mof.go.jp/budget/fiscal_condition/related_data/sy014/sy014f_a.htm

高齢者は75歳を境に、前期と後期に区分けされている。
要介護認定の人は、前期高齢者(65~74歳)では4%なのに対し、後期高齢者では29%だ。
75歳以上人口が増えることは、介護される側の人数がそれだけ増えるということである。
介護認定の率が高い人の人数が増えるということは、要介護者の人数の絶対値が爆発的に増大することを意味する。
介護サービスの給付(費用)も増える。
介護保険の総費用は、制度の始まった00年度の3.6兆円から、13年度に9.4兆円へと増加し、25年には約20兆円まで達する見込みだという。
どういう制度設計になっているのだろうか?

問題はいくつかあり、それらは輻輳している。
まず、介護の現場でプロとして働く介護福祉士の勤労条件の問題がある。
介護職が、低賃金後負荷労働である現実が広く認識されるようになった結果、介護福祉士の養成課程を志望する若者は非常に少ないのが現実だ。
人手不足→質の向上が進まない→勤務条件が改善されない→人手不足
こういうプロセスが、エンドレスのループになっている。

この現実をどうするか?
先日、妻と、介護の義務化、つまり徴兵ならぬ徴介護のようなことをしないと、絶対的な人手不足は解消されないのではないか、というようなことを話した。
しかし、現実には制度の設計が難しくて、実現不可能だろうということで終わった。

しかし、徴介護制を真剣に検討している人がいることを、日経ビジネスオンライン2月5日号の記事で知った。
中川雅之『「徴介護制」が問いかけるもの-カネを使わない福祉の可能性』によれば、古閑比佐志氏である。
古閑氏は脳神経外科の専門医で、『徴介護制度』という書籍が、電子化されている。

中川氏によれば、古閑氏が提案する制度の概要は、下記のようなものである。

(1)例外を除くほぼすべての国民に、一定期間の介護ボランティアへの参加を課す。
(2)徴兵制とは関係ない(兵役の代替として課すものではない。蛇足ながら、古閑氏は徴兵制に反対する立場)。
(3)専門技能がない制度参加者は、簡単な家事代行や専門職の人材の補助を中心業務とする。豊富な労働力を現場に投入して専門職の人材にかかる雑務の負担を減らし、彼らが高度な介護サービスに専念できるようにする。
(4)年金などに関連付けて、参加者の利益を担保する。

たとえば、介護を高校のカリキュラムで必修化し、大学入学の要件にすることなどである。
コストを抑えながら労働力を確保し、福祉や公共に対する生徒らの理解も深めるという一石三鳥という提案だ。
たとえばドイツでは、「良心的兵役拒否」として社会福祉への代役参加を許可しているという。
「介護施設での従事」が兵役とバーターになって、兵役を免除される制度らしい。
しかし、何の訓練も無く「徴介護制」で介護職従業者を導入したら、介護の仕事は非常に危険だ、という批判もある。

認知症の人の踏切事故などが問題になっているが、専門的な知識を持たないと、事故が多発する結果になるのではないか、ということである。
義務と責任、負担の平等、基本的人権等の、生きることの基本に関わる問題である。
否応なく生き方を再考しなければならない時のようである。

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2014年2月16日 (日)

記憶とアイデンティティ②/知的生産の方法(81)

『カノン』の主人公は32歳の女性・氷坂歌音(カノン)と58歳の男性・寒河江北斗である。
北斗は末期癌で余命はわずか。
その身体に32歳の一児の母である歌音の海馬(=記憶)が移植され、歌音の身体に北斗の海馬が移植される。

つまり、記憶と身体が別であった人格が2人誕生するわけである。
北斗の身体は間もなく死を迎えるであろうから、その期間をどう過ごすかである。
時間的に余り問題は生じないような気がするが、それでも死に行く北斗に閉じ込められた歌音の海馬が、朦朧とした状態で一人息子・達也のことを気にするようなうわ言を口に出す。
フィクションと分かっていても、ちょっと切ないシーンである。

問題がより大きいのは、<歌音(+北斗の海馬)>の方であろう。
先ず、期間が長い(はず)。
達也は未だ4歳であるから、母親がいた方が絶対的に好ましい(はず)である。
それが、脳間移植に関係者(特に元の歌音)が同意した理由である。

しかし、移植された北斗の海馬が58歳であったことに留意する必要がある。
58歳の男性の海馬が、女性として、母親として、妻としてやっていけるであろうか?
小説のかなりの部分が、この海馬の葛藤に費やされている。

もう一つが、海馬の認知能力の衰えの問題である。
北斗の父親が末期の認知症、母親が要介護2の認定を受けた認知症患者である。
歌音の父親はガンですでに亡くなっているが、母親も63歳で認知症の診断を受けている。
過剰なほど認知症が登場するが、認知症と海馬はもちろん密接な関係がある。

私たちが、日常的な出来事や勉強などを通して覚えた情報は、海馬で一度ファイルされ、整理される。
その後、必要なものや印象的なものだけが残り、大脳皮質に溜められるといわれる。
3
http://www.ninchisho.jp/bacic/01.html

<歌音(+北斗の海馬)>は、10年くらいすると急速に認知能力が衰える可能性を否定はできない。
まだその時点では、歌音の身体は十分に若いであろう。

ところで、歌音と北斗の年齢に注目してみよう。
北斗の58歳は、『カノン』を執筆していた外岡氏の年齢とオーバーラップする。
一方、歌音の32歳は、1986年に発表された『未だ王化に染はず』を執筆していた外岡氏の年齢とオーバーラップしていると考えられる。
つまり、中原清一郎名義の2つの作品の執筆年齢ということになる。

外岡秀俊という将来の作家を嘱望されていた人が、組織の一員となってペンネームで発表した『未だ王化に染はず』。
Amazon等の古書でも現在は入手できないが、別名を使用せざるを得ない事情があったのではないか。
『北帰行』の時点からの違いは、学生から社会人・組織人への移行である。
朝日新聞社といえども、外岡名での小説発表をためらわせるものがあったのではなかろうか。

海馬移植手術を終えて職場に復帰した<歌音(+北斗の海馬)>が職場でトラブルになるエピソードが描かれているが、ふと似たような体験があったのではないかと考えたくなる。
『北帰行』を書いた外岡氏は、作家志望者にとって羨望の的ではなかったか。
以下にある文学愛好者の外岡評を引用する。

いつも意識している訳ではないが、頭のどこかにひっそり存在していて、何かのはずみに思い出す人物というのが誰にでもあるはずだ。私にとって、外岡秀俊という男はそういう存在の一人である。
・・・・・・
タイトルは『北帰行』、著者の外岡秀俊は、まだ東大法学部の4年生だった。
『北帰行』は、北海道から上京した青年が東京で挫折していく姿を、石川啄木の若き日々の軌跡と重ね合わせて描いた作品で、その知的な構成と老成した文体は、文学関係者の間で高く評価された。
・・・・・・
「さあ、外岡は次にどんな作品を書くだろう」
私は期待して彼の作品を待っていた。しかし、翌年の春、意外なニュースを知った。外岡秀俊、朝日新聞に入社。
・・・・・・
現在までに外岡氏は数冊の著作を発表しているが、すべてジャーナリストとしての作品で、文学系のものは一作もものしていない。その最新作が『情報のさばき方』である。いまは編集局長という要路にあるので、小説を書く時間はないだろう。
・・・・・・
定年後になるかもしれないが、やがて外岡氏に時間ができた時、彼はふたたび筆をとり、原稿用紙に向かうだろう。こういう時代だから、パソコンに向かいキーボードを叩くのだろうけれど。

http://blog.livedoor.jp/altycarlos/archives/50691789.html

ほぼ私の記憶と似ていると思う。
しかし、私は文学とはあまり縁がなかったので、正直に言ってこれほどの思い入れはなかったのだが。
ただ、名前の記憶によって、『震災と原発 国家の過ち 文学で読み解く「3・11」』朝日新書(2012年2月)を買って読むくらいのことはした。

「北斗」という名前も、『北帰行』を連想させる。
寒河江という姓は珍しいが、寒河江市は山形県であり、北斗も山形県出身という設定である。
『カノン』は、随所に散りばめられた二重性が伏線を構成しているアイデンティティ小説である。

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2014年2月15日 (土)

記憶とアイデンティティ/知的生産の方法(80)

河出書房新社から発行されている雑誌「文藝」の春号に、中原清一郎氏の『カノン』が掲載されている。
14 表紙に、次のように書いてある。

「北帰行」から37年--。
外岡秀俊が沈黙を破って放つ
長篇650枚一挙掲載

中原清一郎の名前には覚えがないが、外岡秀俊と『北帰行』は覚えている。
1976年に東大法学部在学中に書いた文藝賞受賞作『北帰行』。
翌年朝日新聞社に入社し、小説の筆は断っていたように見えた。
⇒2011年8月 6日 (土):『北帰行』ノスタルジー
⇒2013年10月14日 (月):朝日新聞社はどうなっているのか?/ブランド・企業論(3)

しかし、1月31日の東京新聞の沼野充義氏の「文芸時評」で、中原清一郎の名前で、『未だ王化に染はず』福武書店という作品を発表していることを知った。
Amazon等の古書を当たっても、現在入手するのは難しい。

『カノン』は、近未来の東京の月島付近に住む氷坂歌音という32歳の女性と58歳の寒河江北斗という男性が、脳間移植により海馬を入れ替えるという話である。
北斗は末期癌で余命1年を宣告され、歌音は脳に異変が起き近い将来すべての記憶と判断力を失うことが避けられない。
歌音には達也という4歳になる一人息子がいて、そのために10年でもいいから生きようと手術に同意する。

今の時点では非現実的な設定のようにも、意外に近い将来こんなことが現実になるかも知れないようにも思える。
脳以外の部位については、移植はさほど珍しいことではない。
私の亡母も生前に角膜提供をすることを自分で決めていた。

しかし、脳は、やはり他の器官とは違うだろうと思う。
海馬は、記憶を司るといわれる。
海馬の働きの概要を示す図を引用する。
Photo
http://kaiwa-kouza.com/contents/wh10_2_1.html

海馬を交換した場合、アイデンティティはどうなるのか?
あるいは、「こころ」はどう変化するのか?
これらの問題を硬質の文体で描いている。

音楽にカノンという形式がある。
複数の声部が同じ旋律を異なる時点からそれぞれ開始して演奏する様式の曲を指し、ポリフォニーの1つの典型である。
歌音と北斗のアイデンティティが融合して新しいアイデンティティが形成されるという主題が、カノン形式を想起させるが、主人公の歌音(カノン)という名前になって表れているのだろう。

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2014年2月14日 (金)

安倍首相の暴走をコントロールするのは?/花づな列島復興のためのメモ(307)

都知事選に自公両党が推した舛添氏が当選したことにより、安倍首相は当面国民の声を気にしなくてもいいような情勢になった、と考えているようである。
⇒2014年2月11日 (火):都知事選の結果と暗い予感/花づな列島復興のためのメモ(306)

憲法の実質的な改正に強い意欲を見せている。
従来、集団的自衛権は行使できないというのが政府の公式見解であった。
内閣法制局の横畠裕介次長は、6日の参院予算委員会に出席し、社民党の福島瑞穂氏から集団的自衛権行使の憲法解釈について問われると、「憲法で許されるとする根拠が見いだしがたく、政府は行使は憲法上許されないと解してきた」と従来の政府見解を説明した。

集団的自衛権行使に関する政府の憲法解釈変更を目指す安倍首相は、昨年8月に、慣例を無視して、外務省出身で解釈改憲に積極的とされる小松氏を起用した。
その小松氏は、検査入院で長期不在である。
小松氏は昨年秋の臨時国会で、この憲法解釈について「政府が自由に変更できる性質ではない」としつつ、「変更が至当との結論が得られた場合は許されないものではない」とも指摘した。

政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」は、4月に報告書をまとめる。
安倍首相は12日の衆院予算委で「(内閣法制局の議論の)積み上げのままで行くなら、そもそも会議(安保法制懇)を作る必要はない」と強調し、さらに、「(政府答弁の)最高責任者は私だ。(選挙による)審判を受けるのは内閣法制局長官ではない」と述べた。
ら解釈改憲を進めるという強い意欲の表れだろう。

しかし、首相主導で解釈改憲に踏み切れば、国民の自由や権利を守るため、政府を縛る憲法の立憲主義の否定になる。
日本国憲法の三権分立の基本原則を無視するものともいえよう。
さすがに、これについては自民党内にも批判があるようである。
2140214_2  
東京新聞2月14日

安倍首相の言だと、選挙に勝てば自由に憲法を変えられるということになりかねない。
麻生氏は、目立たないように憲法を変えればいい、とナチスを引き合いに出して語って大方の顰蹙をかった。
⇒2013年8月 4日 (日):撤回では済まされない麻生副総理の言葉
安倍首相は、「積極的平和主義」というが、その実体は好戦主義である。
往々にして、「平和を実現するために」という名目で戦争が始められることは、歴史の教えるところである。
⇒2013年10月18日 (金):積極的平和主義をどう理解するか/アベノミクスの危うさ(17)

戦争はある日突然始まるわけではない。
気がついた時には始まっていたというのが実相であろう。
沼津に住んだ新興俳句の渡辺白泉の代表句に次の句がある。
⇒2007年11月16日 (金):渡辺白泉

戦争が廊下の奥に立つてゐた

白泉の句は、戦争がいつの間にかしのび寄っていたことを詠んでいる。
京大俳句事件に連座して逮捕投獄され、起訴猶予ではあったが執筆禁止処分を受けた。
戦後は、長く沼津市の高校で教鞭を取った。

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2014年2月13日 (木)

現代短歌の伝道師・小高賢/追悼(45)

歌人の歌人小高賢さんが、11日に千代田区の事務所で亡くなった。
享年69歳。
慶大経済学部卒業後、キヤノンを経て講談社に入社し、編集者となった。
1972年編集者として馬場あき子さんに会い、作歌を始めるた。

編集者としては、週刊現代編集部、講談社現代新書編集長などう務めた。
講談社で、学術局長、学芸局長、取締役、顧問などを歴任し、「選書メチエ」シリーズや「現代思想の冒険者たち」シリーズを創刊するなどの業績を遺した。
歌人としては、1978年「かりん」創刊に参加し、2000年『本所両国』で第5回若山牧水賞受賞した。
本名は鷲尾賢也、第3代日本労働組合総連合会会長を務めた鷲尾悦也は実兄である。

69歳といえば私と同級生ということになる。
気になるのは、事務所で亡くなっているのが早朝発見されたという報道である。
推測になるが、仕事をしていて突然の変調を来たしたのではないか。
まったく他人事ではない気がする。
われわれの世代は、まだまだ体力があるつもりで時間に無頓着な働き方をしがちである。

私が手にしたのは、『現代短歌の鑑賞101』新書館(1999年4月)、『老いの歌――新しく生きる時間へ』岩波新書(2011年8月)などだけであり、全体像を語るほどのものは持っていない。
しかし、『現代短歌の鑑賞101』は、広大な現代短歌の世界を代表する101人の歌人について、その代表歌30首が選ばれている。
よく編まれたアンソロジーで、俯瞰的認識を得るのに格好の書である。

老いの歌――新しく生きる時間へ』は、日本社会が急速に超高齢社会を迎えようとする現在、いろいろな意味で参考になる書であろう。
わが国の総人口は、平成24(2012)年10月1日現在、1億2,752万人で、そのうちの65歳以上の高齢者人口は、過去最高の3,079万人(前年2,975万人)となり、総人口に占める割合(高齢化率)も24.1%(前年23.3%)となった。
もはや高齢者といえども「余生」とは言えない。

余生ではない「老い」をどう生きるか?
小高さんの説くように、「私」を歌う文芸である短歌は、「老い」の表現にとても相性がいいのかも知れない。
私もいよいよ本格的な「老い」の季節である。
自分ではあまり意識しないが、客観的事実はどうしようもない。

できれば、この優れた同世代の編集者の声をリアルタイムで聞く時間をもうちょっと欲しかった。
早すぎるのではないか、残念である。
合掌。

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2014年2月12日 (水)

東電労働環境アンケートの非常識/原発事故の真相(106)

東京電力が、福島第一原発で働く作業員の待遇面など労働環境改善のために実施しているアンケートを、元請け企業を通じて回収していた。
アンケートは以下のものであると思われる。
2
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/images/handouts_120920_04-j.pdf

アンケートの趣旨については、東電として当然押さえておくべきことだろうと思う。
問題は、方法である。

「就労実態」調査は何のために実施するか?
弱い立場の作業員の労働環境を把握し、問題点を抽出するためであろう。
⇒2013年12月18日 (水):発事故収束宣言と作業員の待遇/原発事故の真相(99)
こういう調査の場合、回答者が特定されないように万全を期すのが当たり前である。

よくいじめの問題で、生徒や保護者にアンケートを行う。
その回答が氏名を特定できるようなものだったら、本当のことを記入するだろうか?
人によりけりかも知れないが、いじめられて苦しんでいる生徒が、実名で記入するのは自殺を覚悟した後ではないか。

確かにアンケートの回答用紙には、氏名等の記入欄はない。
しかし、回収は元請け任せになっている。
「作業員→所属する下請け→上位下請け→元請け」というように会社を通して回収し、東電へは元請けからまとめて郵送されるという。

 
Photo
作業員たちの話では、下請け企業の中には、作業員の回答を提出前にチェックしたり、回答の内容を指示したりするところもある。作業員からは「こんなやり方では実態は分からず、改善につながらない」という声が上がっている。
・・・・・・
 ある作業員は「(上位下請けから)下手なことを書くなというプレッシャーがある。従業員の書いた内容を全部確認してから封筒に入れ、提出させられた」と話す。線量計の不正使用を目撃しても見なかったと書くよう指示された作業員もいたという。
 東電の担当者は「回答用紙は作業員が記入して封筒の封をする。中身は(元請けなどに)見えないようになっている」と回収方法は適切だとする。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014021202000120.html

東電が本気で就労実態を知ろうと思ったら、作業員が線量計を借りに立ち寄る東電の管理施設に回収箱を置くとか、直接郵送回収するなどの方法が考えられる。
肝心なところで安易になってしまうところが、現在の東電の実態なのだろう。

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2014年2月11日 (火)

都知事選の結果と暗い予感/花づな列島復興のためのメモ(306)

都知事選は、事前の予測通り舛添氏の圧勝で終わった。
私が今回の都知事選の象徴と考えた原発の問題は、結局争点化という意味では浮上しなかった。
各候補の最終的な得票数は以下の通りであった。
Ws000001

舛添氏は、政権与党の自公両党の支援を受けていたのだから、当然ともいえる結果であった。
しかし、2010年4月、『自民党の歴史的使命は終わった』と言って自民党を離党(自民党は、新党結党首謀者として除名)した経緯を踏まえると、釈然としないのは事実である。
状況を見て、立場を変えるのを、日和見主義とか機会主義というが、私はその典型のように思う。

朝日新聞社の出口調査によると、上位4候補の年代別の得票率は以下のようであった。
Ws000002
http://www.asahi.com/articles/ASG294JLLG29UZPS001.html?iref=comtop_6_06

当選した舛添要一氏は年代が高くなるにつれて得票率が上がり、高齢層に圧倒的な強みを発揮した。
厚労相の経験者であることや自分の介護体験を訴求したことが、高齢層の心を掴んだのか?
年齢が上がるに連れ保守化する気持ちが、与党支持候補者を選択したのか?

原発ゼロ派の宇都宮、細川両氏の得票は、合わせても舛添氏に及ばなかった。
しかし、原発は都政のテーマではないという逆宣伝攻勢の中で、200万票近い得票があったことに注目すべきだとも思う。
一本化していれば相乗効果も期待されるとも考えられるが、それは言っても仕方がないことだろう。

憂うべきは、田母神氏が、61万票を獲得し、かつ若年層からの支持率が高いことである。
私は、田母神の歴史観は間違っていると思う。
⇒2009年1月11日 (日):田母神前幕僚長のアパ懸賞論文への応募
⇒2009年1月12日 (月):田母神氏のアパ論文における主張…対華21箇条要求
⇒2009年12月19日 (土):「天皇の政治利用反対」という錦の御旗(3)張作霖爆殺事件

また、素行についても、奇矯な人のような感じが拭えない。
⇒2009年1月10日 (土):田母神第29代航空幕僚長とM資金問題

若年層は、田母神氏に何を期待して投票したのでか?
社会の矛盾を鋭敏にキャッチしているのか?
ナチス台頭の基盤として、若年層の不満があったことは、ヒトラーユーゲントの存在からしても明らかである。

そして、田母神氏自身が、歴史観、国家観が安倍首相と同じと言っている。
現に、安倍首相は、都知事選翌日に早くも憲法解釈の見直しに意欲を示した。
解釈改憲である。

そして、首相のお仲間の百田尚樹氏がNHK経営委員になり、公然と田母神氏を応援しているのだ。
私は百田氏の著書については、出光興産の創業者出光佐三を描いた『海賊と呼ばれた男』講談社(2012年7月)とクラシック音楽の愛好を語った『至高の音楽  クラシック 永遠の名曲』PHP研究所(2013年11月) を読んだだけである。
しかし、田母神応援演説の内容を聞いて、この程度の歴史認識か、と愕然とした。
⇒2014年2月 9日 (日):都知事選と安倍政権批判/花づな列島復興のためのメモ(305)

右傾化と機会主義の合体。
嫌な感じである。
いわゆる大東亜戦争の実態について、私たちはもう一度考えてみる必要があうのではないか。

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2014年2月10日 (月)

高濃度汚染水の計測値隠し?/原発事故の真相(105)

東京電力福島第一原発の護岸近くの地下水が放射性物質で高濃度に汚染されている。
⇒2013年7月28日 (日):高濃度汚染水対策を急げ/原発事故の真相(74)
⇒2013年4月15日 (月):福島第一原発の汚染水は他に対策がないのか?/原発事故の真相(68)
⇒2013年8月17日 (土):汚染水対策の不安/原発事故の真相(77)

東電は、高濃度の放射性ストロンチウムを検出しても「分析中」として、長らく公表してこなかったという。
未公表にしてきた値の一部は、東電が見込んでいた値の約10倍もあった。
Ws000001
朝日新聞2月8日

東電は7月5日にくみ上げた水で1リットル当たり500万ベクレル、8月8日の水では400万ベクレルという高濃度のストロンチウムを検出した。
ところが、ストロンチウムも含めたベータ線を出す物質全体の濃度は、90万ベクレル程度だった。
ストロンチウムは、ベータ線を出す物質全体の半分程度であるから、90万ベクレルが正しければ40万ベクレル前後になるはずと予想される。

こういう事情から、東電はストロンチウムの値が高すぎると考えた。
「90万ベクレルという値が正しければ、ストロンチウムの計測が間違っている可能性が高い」と勝手に解釈して公表しなかったのだ。
原子力規制委員会の作業部会で「ベータ線を出す物質の測定は誤差が大きい。こちらを過小評価している可能性もある」と指摘された。
東電は計測に問題がないかどうかを確認した結果、基本的に計測に問題はなく、ストロンチウムの値は当初の東電の計測値で正しいと分かった。

何ともお粗末な話だと思うが、東電という会社の劣化を示しているのではないか。
検出されたストロンチウムの値が正しいとすれば、逆に、ベータ線を出す物質の濃度は公表値よりずっと高い可能性がある。
判断の前提になるデータの取り扱いがこんなことでは、東電が対策の主体になることは止めるべきではないか。

おそらく、優秀な社員の流出があるのではないか。
意識的な情報隠しではないとすれば、余計質が悪いとも言える。
メニューの表示を、虚偽表示ではなく、誤表示だと弁明していたホテルチェーンとオーバーラップするが、影響の大きさはその比ではないだろう。
⇒2013年10月25日 (金):阪急阪神ホテルズのメニュー偽装/ブランド・企業論(5)
⇒2013年11月 7日 (木):老舗百貨店よ、お前もか!/ブランド・企業論(8)

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2014年2月 9日 (日)

都知事選と安倍政権批判/花づな列島復興のためのメモ(305)

都心でも27cmの積雪で、昭和44(1969)以来45年ぶりの大雪だという。
私が社会人になって初めてということになるから、記録的であろう。
そんな中で迎えた都知事選は、日本の未来を問う性格になると考える。
⇒2014年1月23日 (木):文明や国のかたちが問われる都知事選/花づな列島復興のためのメモ(299)

アベノミクスと呼ばれるものの是非について、その危うさを何回か指摘してきた。
2013年5月29日 (水):アベノミクスの危うさ/花づな列島復興のためのメモ(221)
~2014年2月 1日 (土):官製成長戦略でイノベーションは起きるか/アベノミクスの危うさ(26)

しかし、このところ経済政策はともかく、安倍首相の政権運営は暴走というべきレベルであろう。
特定秘密法案を強行したこともそうであるが、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認することに意欲を見せている。
しかし、現在の国際情勢下で、ことさらに集団的自衛権を言わなければならないのか?
安倍首相の念頭にある日米同盟の強化は、冷戦時代のものであって、アメリカも困惑気味だという。

NHKの人事では、安倍首相の息のかかっている人に問題発言が多すぎる。
籾井新会長が、就任の抱負を語るべき記者会見で、オッサンの居酒屋談義と同じようなレベルの歴史認識を披歴した。
⇒2014年2月 2日 (日):責任野党などあり得るのか/花づな列島復興のためのメモ(301)

経営委員の中からも問題発言が続いている。
長谷川三千子埼玉大学名誉教授が、朝日新聞社で拳銃自殺した右翼の野村秋介を礼賛する追悼文を発表していた。
長谷川氏に思想信条の自由があって、それを制限されないことは当然である。
しかし、NHKの経営委員として、メディアに拳銃を携行した人間を讃えるような人に、果たして適性があるのjか疑問である。
Photo
http://mainichi.jp/graph/2014/02/05/20140205k0000m040180000c/002.html

同じく経営委員の百田尚樹氏が、都知事選で田母神俊雄氏の応援演説をした。
その中で、他の候補者たちを、「人間のクズ」と表現して問題になっている。
2月3日に新宿駅の西口で行われたものだが、民主党の有田芳生参議院議員が質問すると、安倍首相は「聞いていないから答えようがない」と答弁した。
真面目な態度とは思えない。
確認しようと思えばいくらでも確認しようがあるだろう。

私は、百田氏については、出光興産の創業者・出光佐三をモデルにした『海賊と呼ばれた男』講談社(2012年7月)、クラシック音楽愛好書『至高の音楽  クラシック 永遠の名曲』PHP研究所(2013年11月)しか読んでいないが、悪い印象は持っていなかった。
しかし、その歴史認識を含め、ガッカリした。
百田氏は安倍首相との対談本『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』 ワック(2013年12月)もあるので、お仲間ということだろう。
その百田氏が、田母神氏の応援をし、田母神氏自身が「首相と国家観、歴史観が同じ」と言っている。
⇒2014年1月10日 (金):都知事選を「勝ち抜く力」は誰に/花づな列島復興のためのメモ(291)
まあ、政治的な思想と書いたものの評価は別に考えるべきだというのが私の基本的な考えではあるが。

さて、都知事選は、改めていうが、文明のあり方、私たちの生き方を問うものであろう。

 都内の人口は東京五輪が開催される二〇二〇年以降、減少に転じます。都の推計では一〇年に20%だった六十五歳以上の割合は二五年に25%、六〇年には39%まで上昇します。超高齢化社会の本格的な到来です。
 都内の介護施設不足にどう対応するのか、人間関係の希薄さが指摘される大都会で、どうやって支え合い社会を築くのか。そのための財源をどうするのか。
 東京が先進的な取り組みを打ち出し、それを軌道に乗せることができれば、同じ悩みを抱えるほかの自治体の参考にもなります。国の政策をも動かすでしょう。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2014020902000119.html

私は、「脱原発」は、文明のあり方、私たちの生き方の象徴だと思っている。
都知事選では、複数の候補者がを掲げているが、安倍政権は、原発の是非が争点になることを嫌がったように見受けられる。
原発維持政策を継続し、再稼働に道筋をつけるためには触らぬ神に祟りなしということだったのだろう。
しかし、都知事選の結果に関わらず、「脱原発」の動きは次第に大きくなっていくであろうし、止まらないであろう。

追記
20:00に開票が始まって間もなく、舛添氏の当確が流れた。
事前の調査を踏まえての判断であり、間違いないだろう。
問題は、「脱原発」票がどの程度になるかであるが、それは最終的な開票を待とう。

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2014年2月 8日 (土)

池上彰氏の解説する城南信金理事長吉原毅氏の脱原発論/原発事故の真相(104)

東京都知事選が、明日投開票を迎える。
今日の大雪が、明日どういう影響を及ぼすか?
普通に考えれば投票率を下げる方向に作用するだろうが、それが当落に響くかどうか?

マスコミは、自公両党が推す舛添要一元厚生労働相が優勢に選挙戦を進めていると情勢分析している。
政権は都知事選を「安倍政権の中間評価として勝ちに行く」(与党幹部)という体制で臨んでいる。
争点はいろいろあるがm際立っているのが、原発推進か脱原発かであろう。
⇒⇒2014年1月15日 (水):原発を問う都知事選/花づな列島復興のためのメモ(294)
⇒2014年1月26日 (日):都知事選の争点について/花づな列島復興のためのメモ(300)
⇒2014年1月23日 (木):文明や国のかたちが問われる都知事選/花づな列島復興のためのメモ(299)

脱原発を争点に引っ提げ、細川護煕元首相が小泉純一郎元首相の支援を得て立候補している。
脱原発の旗幟を鮮明にしている候補には、他に宇都宮健児前日弁連会長が社民・共産両党の支援のもとに選挙戦を進めている。
一部の文化人と言われる人たちが、細川・宇都宮の一本化を要請していたが、成らずということで投票日を迎えることになった。

舛添氏を追う細川氏と宇都宮氏は、主要な訴えの「脱原発」の争点化がうまくいかなかったとも言われている。
舛添氏も脱原発を口にはしているが、選挙対策であることは見え透いている(ように思える)。
都民の判断はどうであろうか?
Ws000000
朝日新聞2014年2月3日

分かりやすい解説が定評の池上彰さんの『池上彰が読む小泉元首相の「原発ゼロ」宣言』径書房(2013年12月)を読んでみた。
池上さんが脱原発派であることは容易に推測できるが、細川or宇都宮のどちらを支援しているか明示的には書いていない。
しかし、本書のタイトルおよび構成を見れば、細川氏だろうなと思う。

池上さんは、自分の考え・主張を語るというよりも、インタビュアーとしてオピニオン・リーダーから話を聞き出して、読者に提示するというスタンスが基本である。
本書では、小泉氏の発言のレビューを導入部とし、池上氏が授業を持っている東京工業大学の学生との討論、マスコミでいち早く小泉脱原発発言を紹介した毎日新聞の山田孝男さんとの対談でレビューを補足している。
本書の中心は、細川氏、城南信用金庫理事長・吉原毅氏、元三菱銀行取締役NY支店長・末吉竹二郎氏へのインタビューとそれについての池上さんの解説である。
私は、吉原さんの意見に大いに感ずるものがあった。

城南信用金庫が信金の雄であることは現役の時から知っていた。
また、「3・11」の後、2012年11月に城南総合研究所というシンクタンクを設立し、脱原発の論拠となるような調査や提言を行っていることも、新聞記事で知っていた。
⇒2012年11月25日 (日):原発の立地をどう判断するか?/花づな列島復興のためのメモ(162)
しかし、その発想がどういう文脈から出てくるかについては、よく知らなかった。

吉原さんは、そもそも信用金庫という金融機関がどうしてでき、どういう性格であるべきか、から語っている。
それは働く人が自分たちの住む地域の人々の幸せのために、ということで始まった協同組合運動の1つであり、農協、生協などとルーツを同じくするということである。
しかし、現在多くの組織が、株式会社と無差別のようになっている。
城南信金の場合、創業者の遺訓として、「一に公益事業、二に公益事業、三に公益事業、ただ公益事業に尽くせ」があるそうである。
そして三代目理事長の小原鐵五郎氏の口癖が、「銀行に成り下がってはならない」であった。
半沢直樹というTVドラマが人気になったが、人気の理由は利益優先の銀行に対する反抗が、多くの人の共感を呼んだのではないか。
「銀行に成り下がってはならない」は、そういう金融機関になってはならないということだろう。

吉原さんも、「3・11」以前は原発肯定派だったという。
しかし、原発事故で大きな違和感を感じた。
これだけの事故が起きているにもかかわらず、政府も東電も誰ひとり謝らないし、責任もとらない。
テレビや新聞は、「原発を止めると日本経済は壊滅だ」というような記事を流し始める。
明らかな世論操作・誘導のように感じられる、というのが吉原氏の判断である。
原発事故で南相馬市のあぶくま信金が、採用内定を取り消さなければならないことになり、内定者の引き受けを頼まれた。
城南信金はもちろん引き受けたが、あぶくま信金は営業地域の半分が立入禁止区域なってしまっているにもかかわらず、誰からも何の謝罪もない。

金曜日の国民デモ隊にも、一員として参加している。
そして、自らを、原発反対を主張する保守主義者だという。
タヌキのような顔をした財界の代表・経団連現会長とは隔絶した見識だと見受けた。
現在の日本には稀有の、経済界のリーダーではなかろうか。

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2014年2月 7日 (金)

佐村河内守代作問題/ブランド・企業論(18)

週刊文春誌が久しぶりに、驚愕のスクープをした。
現代のベートーヴェンなどと称されていた全聾(のはず)の作曲家・佐村河内守の作品がゴーストライターによる代作であることを、関係者の1人としてノンフィクション作家・神山典士氏が記事を書いたのである。
私は昨年12月に、金曜日に東京で遅くなる用事があるので、もし土曜日にいいコンサートでもあれば聴きに行こうと思っていた。
佐村河内コンサートが東京芸術劇場であることを知って申し込みをしようと思っていたが、チケットの発売期間を過ぎてしまって買いそびれた。
Photo
http://www.samonpromotion.com/jp/live/samuragochi/#l01

今回のニュースを聞いて、いかにも現代的な要素を含んだ“事件”だという気がした。
全体として、佐村河内がコンセプトを提示し、新垣隆という桐朋学園の講師が楽曲に仕上げるという関係だったようだ。
つまり2人の合作であって、最初からそう公表していれば、何の問題もないことだった。

もっとも、それでは佐村河内にまつわる“物語”が迫力を失い、結果として売れなかった(注目されなかった)であろう確率はかなり高い。
佐村河内“物語”は、以下のようなものである。

 自伝的著書「交響曲第一番 闇の中の小さな光」などによると、佐村河内さんは広島県生まれ。両親は被爆者という。4歳ごろからピアノを始め、幼時から作曲家を志望したが、音楽大に進まず、独学で作曲法を習得したとされる。17歳の時、原因不明の片頭痛や聴覚障害を発症し、「35歳のとき、私は『全聾(ぜんろう)』となりました」と記している。
 「HIROSHIMA」は2008年に広島市で開かれた主要8カ国(G8)下院議長会議の記念コンサートで初演された。その後、メディアで
佐村河内さんが紹介されると人気に火が付き、「現代のベートーベン」と呼ばれた。11年に録音された同曲のCDは10万枚を超えるクラシック音楽では異例のヒットとなった。自伝的著書の作曲リストには、ゲームソフト「鬼武者」の音楽「交響組曲ライジング・サン」や「無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌ」などが掲載されている。
http://mainichi.jp/select/news/20140205k0000e040211000c.html

私は、佐村河内-新垣の関係は、一種のOEMではないかと思う。
実際の製造は新垣氏で、佐村河内ブランドで売るという関係である。
OEMOriginal Equipment Manufacturer 】とは、発注元企業のブランドで販売される製品を製造することである。
強力なブランドが存在する場合、そのブランドを利用して販売することはよくあることだ。
私自身の体験では、鹿児島である会社を創業しようとした時のことである。
県を巻き込んだプロジェクトだったので、最初に知事に挨拶にうかがった時、静岡の企業だからということで、お茶を手土産に持って行った。
浅学にして鹿児島がお茶の大生産地であることを知らなかったのである。
知事にそのことを教えられ、なおかつ鹿児島産のお茶のかなりの数量が静岡に行っていますと付け加えられた。

佐村河内というブランドの威力は大きい。
「Time」誌(2001年9月15日号)が「現代のベートーヴェン」と紹介し、「NHKスペシャル」(2013年3月31日)が『魂の旋律 〜音を失った作曲家〜』として取り上げた。
この番組の効果で、交響曲第1番のCD売上がオリコン週間総合チャートで2位のランクされ、その後も売上を伸ばし続けて、2013年5月時点で10万枚を記録するヒット作となった。
聴力を失った「苦悩」、東日本大震災の被災者へ向けたピアノ曲「レクイエム」制作に至る経緯などが紹介され、感動的な番組として構成されていた。

また、『鎮魂のソナタ』という曲には、自身により以下のように解説されている。

ピアノ・ソナタ第2番は、当初、震災犠牲者に捧げる《レクイエム・イ短調》の拡大版として着想されました。しかし、私は、被災地に実際に足を運び、現地の方との触れあいや自分自身で見たものから、どこにもぶつけようのない悲しみや怒りの感情を直接感じたのです。私は、このソナタを、《レクイエム・イ短調》の単なる拡大版ではなく、自分が感じた被災地・被災者への強い思いを込めた、(個人ではなく)被災されたすべての方々に捧げる新たな作品として書き上げる決意をしました。その結果、新しいソナタは、壮大かつ超絶技巧を駆使した心ある鎮魂ピアノ・ソナタとして、巨大な命を持って生まれ変わったといっても過言ではありません。 この曲は、祈りと悲哀に満ちた完全調性による超絶技巧ゆえに、心技体すべてを持ち合わせたピアニストでなければ、決して弾き得ないものです。天才的な才能を持ち、また人としても非常に素晴らしいピアニスト、ソン・ヨルムに演奏されることで、この曲は初めて真価を発揮できることでしょう。彼女の特性や魅力が最大限に引き出せるこの曲は、まるでソン・ヨルムのために新たに書き上げられた鎮魂ピアノ・ソナタとも言えるのです。

ブランド戦略として大成功と言えよう。
私は、ブランディングにおける“物語性”をうまく活用した事例だと思う。
「全聾」「被曝」「クラシック」という三重のサンクチュアリーである。
ブランディングが成功するか否かは偶然性の要素が大きいが、佐村河内は必然の域に持って行ったとも言える。

しかしこれだけの情報社会である。
インチキが露見しないわけがない。
しかし、きっかけは偶然ともいえるものだった。

神山典士氏は、『みっくん、光のヴァイオリン‐義手のヴァイオリニスト・大久保美来』佼成出版社(2013年1月)という本の著者である。
ソチ・オリンピックで高橋大輔選手がSPで使用する『ヴァイオリンのためのソナチネ』も佐村河内ブランドの曲であるが、神山氏の本の主人公・みっくんのために作曲した曲であった。
みっくんという少女は義手のヴァイオリニストであり、彼女の演奏会で伴奏をしていたのが新垣氏であった。

よくできたドラマのようであるが、佐村河内がみっくんの家族に傲慢な態度に出たことが、露見の1つのきっかけとなった。
驕れるものは久しからず、である。

高橋大輔さんには気の毒としか言いようがないが、終わってから発覚したのに比べれば、と思うより仕方がないだろう。
それに、自分で納得した曲であれば、代作などどうでもいいという気がする。

もちろん他人の作品を自作だとし、ウソで味付けした物語を演じてきた佐村河内の行為は許されるものではない。
しかし、彼の持ち上げ方、叩き方には、群集心理的な面があると感じざるを得ない。
ジャンルは全く異なるが、何となく旧石器遺跡捏造事件を連想する。
「神の手」と称賛されていた男が自ら埋めていた遺物。
多くの専門家が賛美していた事実がある。
⇒2011年7月 1日 (金):日本人のルーツと旧石器遺跡捏造事件/やまとの謎(33)

旧石器もクラシックの楽曲も、まがい物との判別が難しい。
一たび業績がマスメディアで取り上げられると、マニアを中心に、プロも参加して称賛する。
やがてインチキ性が発覚し、寄って集って集団リンチの如く非難する。

インターネットを通じて情報の流通が広範囲にリアルタイム化し、大勢の人が同時的に情報を共有する。
そうなると、1人1人とは別の合成された人格が生まれるのだ。
「日経ビジネスオンライン2013年12月20日号」に小田嶋隆さんが、『謝罪したいなら地雷原を走れ』という記事の中で、次のようなことを書いている。

この20年ほど、テレビの中で、責任者がひたすらにアタマを下げるだけの謝罪会見や、吊し上げに似た議会中継が、繰り返し放映されてきた。
1997年というのは、インターネットが普及し、日本語のページが一通り揃って、掲示板文化がようやく爛熟しはじめたタイミングだ。
インターネットを通じて大勢の人間がひとつの現象を見ている時、そこにはという架空の人格が誕生する。

「群衆」という架空の人格は、一人ひとりのメンバーの標準的な性格よりも、一歩踏み込んで口汚い人々になる。
インターネットという擬似的な群衆生成装置を介して、私たちのマナーは、リアルな群衆のそれ(つまり、雷同的で、浮薄で、残酷で、偏見に動かされやすく、恥知らずで、熱狂好きな態度)に近づいている。
人間は過剰適応をしてしまったのではないか。
「フェルミのパラドックス」が、動物行動学者・岡ノ谷一夫氏の言うように、知的生命体の行く着く先であるとしたら、過度の情報化も同じことだろうが、進化を止めることはできない。
⇒2014年1月29日 (水):「フェルミのパラドックス」と「成長の限界」/原発事故の真相(103)

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2014年2月 6日 (木)

揺れる介護福祉士養成制度/花づな列島復興のためのメモ(304)

介護福祉士の資格認定の政策が揺れている。
介護福祉士の定義は以下の通りである。

第2条(定義)
2  この法律において「介護福祉士」とは、第四十二条第一項の登録を受け、介護福祉士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもつて、身体上又は精神上の障害があることにより日常生活を営むのに支障がある者につき心身の状況に応じた介護(喀痰吸引その他のその者が日常生活を営むのに必要な行為であつて、医師の指示の下に行われるもの(厚生労働省令で定めるものに限る。以下「喀痰吸引等」という。)を含む。)を行い、並びにその者及びその介護者に対して介護に関する指導を行うこと(以下「介護等」という。)を業とする者をいう。

社会福祉士及び介護福祉士法

介護の現場に携わる専門職である。
介護業務は、介護福祉士の業務独占ではないが、介護福祉士は、資格取得者以外のものにその資格の呼称およびそれに類似したり紛らわしい呼称の利用が禁止される名称独占資格の1つである。
資格取得のためには、厚生労働大臣指定の試験機関である財団法人社会福祉振興・試験センターが実施する介護福祉士国家試験に合格しなければならない。

受験資格には、いかのような制限がある。
①3年以上の介護等業務の実務経験者(平成24年度からは実務経験に加えて、養成施設で6ヵ月以上の課程を修了することが必要)
②福祉系高等学校で所定の科目・単位数を修めて卒業した者
③介護福祉士養成施設の卒業者(平成24年度以降)

( )内は、2007年に法改正されて追加された資格要件である。
厚生労働省は、資格取得をめざす人に長時間の研修などを義務づける時期について、実施時期が2012年度から2015年度に先送りされた経緯がある。
それが、また1年先送りされるらしい。

 正直驚きました。改正法の改正法の改正法案の国会提出!
 平成27年度(平成28年1月実施)より、予定されていた、介護福祉士実務者研修の受講義務化について、1月28日の自民・公明党の厚生労働部会で1年間延期が決定されました。今後は、延長法案が国会に提出される見込みです。
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n248311

養成課程の改正は、介護の質の向上を目指して、「一定の教育を受けた後で国家試験を受ける」という形に統一するものであった。
3年以上の現場経験を積んで国家試験に挑戦する「実務経験ルート」には、450時間以上の研修を義務化し、学校の専門課程を卒業する「養成施設ルート」には、国家試験の合格を必須の条件とした。
しかし、「質の向上=資格を目指す人のハードルを上げる」ことである。
このため自民党内では、「介護福祉士を目指す人が減る」「人材の確保に逆行する」といった不満が噴出し、国会の医療・介護分野の議論の焦点の1つになっていた。

このような事情は、前回の法改正の時も同じであった。
介護分野の人手不足を理由に、実施を延期するのでは何の改善もない。
現場が混乱することは必至であろう。

質の向上か、人手不足の緩和か?
二者択一の発想では問題は解決しない。
少子高齢化の結果、総体の人口も減少していくという現実を踏まえ、介護という職業のステイタスの向上を図っていかなければ、混乱は続くだろう。

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2014年2月 5日 (水)

地方都市の人口問題/花づな列島復興のためのメモ(303)

最近、人口に関して気になるニュースがあった。
総務省が30日公表した2013年の人口移動報告によれば、静岡県は転出超過が最多の北海道に次ぎ、全国2位であった。
転出超過は2012年より増加し、人口流出が拡大している傾向がはっきり出た。
2140131
静岡新聞1月31日

なかでも、東部の中核市である沼津が、市町村別で全国第6位だった。
確かに沼津の中心市街地の商店街は、シャッターを下ろしたままの店が多い。
しかし、それは多くの地方都市に共通することだろう。
まあ、長年にわたり沼津の顔という存在であった沼津駅前の西武百貨店現状が撤退したのだから、商圏としての魅力がなくなっているということだろう。

それも気にはなるが、もっと気になることが、沼津のコミュニティ紙・沼津朝日に載っていた。
大海祥という人が寄稿した「父さん、沼津の人口は?」という文章である。
沼津市の人口が、市の発表と県の発表とで大きな違いがあると指摘されている。

住民基本台帳に基づく市の人口は、2013年12月1日現在で20万4,858人、県発表の12月1日の人口は19万5,702人で、市の発表数字が9,156人多い。
約4.7%ある。
決して誤差のレベルとは言えない数値である。

大海さんによると、沼津市の住民基本台帳ベースの人口と県発表の数値の差は、同じ基準の近隣の三島市(1.3%)や裾野市(1.1%)より大きい。
また、浜松市や近隣の清水町は、県の数値をそのまま使用しているという。

どうもミステリアスな話だが、沼津市のホームページに2つの数字があるというのだ。
国勢調査基準日である2010年10月1日時点で、国勢調査による数値が20万2,304人、住民基本台帳による数値が20万7,591人となっている。
住民基本台帳の数値が2.6%上回っている。

なぜ、放置しているのか?
人口は地方自治体の最も基本となる数値であるから、できるだけ実態に近く精度の高い数値が使われているだろうと、普通の市民はそう思うだろう。
ところが沼津市の場合、そんなことは無いようである。

大海さんは、特例市の故ではないか、と推測している。
特例市は人口20万人以上を目安としているから、20万人を割り込みたくないだろう。
しかし、現在沼津市の大きな問題になっている鉄道高架化事業の、便益と費用の比率が、この人口の差異で大きく変わってくるという。
県の(国勢調査ベースの)数字を使うと、期待便益が費用と同じ程度になり、事業推進の論拠を失いかねないらしい。
現状を正しく認識せず(あるいは意図的に正しく認識せず)、いつまでも公共事業に依存しようという姿勢でいる限り、地方都市の衰退は止まらないのではないか。

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2014年2月 4日 (火)

小川洋子『博士の愛した数式』/私撰アンソロジー(31)

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掲出箇所は、小川洋子さんの『博士の愛した数式』における「オイラーの公式(等式)」を説明しているところである。
ちなみに、「オイラーの等式」は、以下のような式である。
Photo_10
    e:自然対数の底
     i:虚数単位
    π:円周率
この等式は「数学における最も美しい定理」 (The most beautiful theorem in mathematics) と呼ばれている。

よく風景描写だとか心理描写などというが、数式描写というのは珍しいのではなかろうか。
博士の愛した数式』は、第1回本屋大賞受賞作である。
映画化もされているが、文庫化されると、史上最速で2ヵ月で100万部を突破というベストセラーになった。

記憶が80分しか持続しない天才的な数学者(博士)、彼の家の世話をする派遣家政婦(私)、その息子の10歳の少年をめぐる物語だ。
重要な脇役として、完全数、素数、友愛数、三角数・・・などの数字や公式、あるいは阪神タイガース時代の江夏豊、母屋に住む博士の義姉などが登場する。

この作品の映画化に際し、臨床心理学者の河合隼雄さんと対談した。
その対談で意気投合した2人は継続して対談を行ったが、それは河合さんの死によって、1回だけに留まった。
その2回の対談の記録に、小川さんの長い「あとがき」を加えて1冊にしたのが、『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮文庫(2011年2月)である。
これは、『博士の愛した数式』の解説書にもなっている。

河合さんはもともと数学を学んだということもあって、読みが深いということがあるが、小川さんが意識していない小説のパーツ・仕掛けを指摘している。
しかし、それは小川さんの意識の範囲を超えて、作品が自立しているということでもある。
小川さんは、派遣家政婦の息子の少年にルートというあだ名を設定した。
数学記号に因んだ名前を探していてルートに決め、そうするとルート記号のように頭のてっぺんが平らな少年という設定になった。
ここまでは小川さんの作為である。

しかし、河合さんはたとえば次のように指摘する。、
博士とルート君の間には、一瞬にして友情が成立するように描かれているが、それは2人が普通の大人ではないという共通性があるからである。
それはルーツを同じくするということである。
あるいは、最初隔てられていた義姉が住む母屋と博士の住む離れに、最後にルート(道)が開かれる。
そのことにも小川さんは無意識だったという。
単にルートという言葉が多義的であったから、掛詞のようになったとも考えられる。

また、大人になったルートと死に近づいた博士がキャッチボールをするが、キャッチボールこそ心理療法のエッセンスということだ。
偶然であろうが、偶然性こそ心理療法において重要なファクターだという。
偶然をうまく捕まえられるのは、練熟した人だけである。

河合さんは文化庁長官も務めていたが、たとえば文化財の補修で布の修理をするときに、新しい布が古い布より強いと却って傷つけることになるという例えが紹介されている。
これは、ケア(介護)というような仕事にも共通するのではないだろうか?
ケアする人とケアされる人に力関係に差がありすぎると、「なんでこんなことができないのか」と思いがちであろうし、あげくの果ては最近問題になっているように、ケアすべき人の虐待ということになり兼ねない。
理屈抜きで、同じ力で向き合うことがケアの要諦とも考えられる。

「普通の大人ではない」博士とルート君は、ある意味の障害者である。
インターネット時代において、「いいね」や「うぜえ」だけでコミュニケーションしたつもりの人たちが増えている。
しかしそれだけでは決定的に足りないコミュニケーションのあり方を考えざるを得ない。
博士とルート君は、言葉では伝えられない「情動」を瞬時に共有しているのだ。

対談で、以下のような箇所がある。

小川:・・・・・・80分で記憶が消えるということが、あまり彼らにとってのマイナス要素じゃなくなってきたのかなと思うんです。
河合:そうなんです。例えば障害のある方と親しくなっていくと、やっぱり障害を忘れますからね。・・・・・・

感動的な小説で、多くの人に支持されたのも頷ける。
高次脳機能の最高の所産ともいうべき数学の能力と、記憶が保持できないという高次脳機能のもっとも基本的な要素が損なわれるという人物設定。
それに、江夏豊の阪神タイガース時代の背番号28が完全数であることを組み合わせた時、この小説の骨格は形成されたといえよう。
もちろん、派遣家政婦(私)の誕生日の220(2月20日)と博士の学長賞の賞品の腕時計のID番号284が友愛数であることなどの、小川さんの創意工夫が随所に凝らされていることが作品の厚みを作っている。
もっと早く読んでおけば良かったと思うが、本との巡り合いも多分に偶然の要素に左右されており、読者の側にその準備ができた時に現れるものなのだろう。

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2014年2月 3日 (月)

成長から成熟へ/花づな列島復興のためのメモ(302)

昨年の10月20日に亡くなった天野祐吉さんは、『広告批評』という雑誌の創刊者である。
⇒2013年10月22日 (火):消費社会の変容と広告批評・天野祐吉さん/追悼(38)
それは、「広告批評」というジャンルの開拓者ということと同義である。

天野さんの遺言(と言うべきかどうか分からないが)『成長から成熟へ さよなら経済大国』集英社新書(2013年11月)を読んだ。
発行日からすれば校了は亡くなられる直前のことであると思われる。

同書の中で、 江藤文夫さんの「批評とはつくりかえの提案だ」という言葉が紹介されている。
つまり、商品や広告にもこの意味の批評があるべきだ、というのが天野さんの立脚点であったと言えよう。
天野さんは、広告と時代の相関関係を見る「見巧者」だった。

広告がコミュニケーションの問題であることは、代表的な広告会社である電通の企業スローガンが、「コミュニケーション・エクセレンス」であることからも分かる。
広告といえば、普通は民間企業が行うものだと考える。
しかし、1973年のオイルショックあたりから、政府広報という広告が活発化した。
政府の広報活動には、行政広報と政策広報とがある。
問題は政府が政策をPRするためにおこなう政策広報であり、意見広告である。

具体的には、1979年にアメリカのスリーマイル島で原発事故が起きた後、世の中の不安や原発反対の声を鎮めるため、原発の必要性や安全性を政府と電力会社が一体となって展開した。
分かりやすく言えば、一種の洗脳であり、世論の誘導である。
国民の税金を使って、そのようなことを行うことが許されるのか?
消費税の税率が上がることから、税の使い道に意識が向く。

都留重人さんは、1947年(昭和22年)の第1回経済白書『経済実相報告書』の執筆者として知られる。
後に日本人として初めて国際経済学連合会長を務め、一橋大学学長にもなった日本の代表的な経済学者であったが、『公害の政治経済学』岩波書店(1972年)など、社会的な問題についても発言をした。
その鶴さんが、政府が意見広告を出すことに批判的であったことが紹介されている。

福島原発事故が起きたことによって、政府の広報(意見広告)は大いに反省を迫られているはずである。
ところが現政権は、福島原発事故などなかったかのように、原発は経済成長のために必要であるという。
泉下の都留さんはさぞかし嘆いていることだろう。

もうすぐ都知事選の投票日が来る。
私は有権者ではないが、1人の国民として注目せざるを得ない。
というのは、しばらくは国政選挙が予定されていないが、首都の首長は必然的に国政や他の地方選への影響力を持つだろうからだ。
争点は候補者によって力点が異なるが、私は「脱原発」が是か非かは重要な争点だと考える。
⇒2014年1月15日 (水):原発を問う都知事選/花づな列島復興のためのメモ(294)

東京に原発は立地していない、とか、都政はシングルイシューではない、という批判はあるが、原発を問うことは生活のあり方を問うことであると思う。
⇒2014年1月26日 (日):都知事選の争点について/花づな列島復興のためのメモ(300)
有力と目されている候補者の中では、原発に対する姿勢が際立っているのが元航空幕僚長の田母神俊雄氏である。
「原発を動かして景気を力強いものにしよう」と主張しているが、田母神氏は、自ら「首相と歴史観・国家観が同じ」と語っている。

「生活のあり方を問う」という意味では、広告も同じような機能を持っている。
日本という国は、1945年8月15日を境として、「皇国」から経済至上主義の国へ転換した。
その経済至上主義が明らかに行き詰って、国民が政権交代を望んだのを待っていたかのように、2011年3月11日に歴史的な大地震が起き甚大な災害を蒙った。
しかし、その災害からどのような国として復興すべきかの合意は、まだ明確に定まっていないのではなかろうか。

現首相は、デフレ脱却という旗を掲げて、原発をゼロにすると経済が成長できないとしている。
逆に言えば、経済成長のために原発は稼働すべきだという主張である。
これに異を唱えているのが、2人の元首相である。
その1人は、都知事選は「原発ゼロでも日本は発展できるというグループと、原発なくして日本は発展できないというグループの争いだ」と主張している。
現首相と元首相が争うということは、やはり「国のかたち・生活のあり方」が問われているということだろう。

かつて宮沢政権の時、「生活大国五カ年計画」が提唱されたことがあった。
「生活大国」とはどういうことだろうか?
天野さんは、豊かさを測る指標として、「カネ」尺と「ヒマ」尺の2つを組み合わせればいいと言う。
「こころの豊かさ」は測りようがないからだ。
Photo
『成長から成熟へ』p158

「カネ」尺と「ヒマ」尺を用いれば、2つの典型として、「カネなしヒマなし」と「カネありヒマあり」を考えることができる。
1945年8月15日はまさに「カネなしヒマなし」の状態であったが、その後の日本人は「カネありヒマあり」を目指してモーレツに頑張ってきた。

しかし、実際にはみんなが「カネありヒマあり」になるなんてことは不可能である。
とすれば、「カネありヒマなし」か「カネなしヒマあり」しかない。
「カネありヒマなし」を目指すということで、エコノミックアニマルなどと言われながらやってきたが、格差は拡大し、心にはスキマ風が吹き、他人と言葉が通じないような国になっていた。
Gdp

『成長から成熟へ』p182

バブルがはじけてみると「こんなはずではなかった」ということになった。
上図に見るように、1にあたりGDPは増大しているのに、逆に生活満足度は低下している。
生活大国とは、とりあえず生活満足度が高い国と考えられる。
遺された道は、「カネなしヒマあり」ということになる。

宮沢政権が崩壊してから20年。まさに「失われた20年」である。
「3・11」によって、何が変わったのか?
都知事選の結果は、それを占うことになるであろうか?



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2014年2月 2日 (日)

責任野党などあり得るのか/花づな列島復興のためのメモ(301)

安倍首相の施政方針演説の締めの部分にでてきた「責任野党」という言葉が、代表質問の中で論議を呼んでいる。

 私たち連立与党は、政策の実現を目指す「責任野党」とは、柔軟かつ真摯(しんし)に、政策協議を行ってまいります。
http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement2/20140124siseihousin.html

全般的に言葉が先行して実態がない感じのする演説のような気がした。
⇒2014年1月25日 (土):安倍首相の施政方針演説批判/アベノミクスの危うさ(25)
「責任野党」という言葉についてはどうだろうか?

責任野党の反対語は「無責任」野党だろうか?
野党の対語は与党である。
与党は、政権を担当しているから、責任を負っているのは間違いない。
政党政治である以上、責任を共同して負うのは、連立政権に加わっている政党である。

そもそも野党も選挙で選出されている以上、有権者に対して責任を負っている。
その責任は、政権に対する批判的政策を支持して投票したものであろう。
それを踏まえれば、健全な野党とは、政権に批判的な政党ではないだろうか。
とすれば、安倍首相の言葉は、有権者を愚弄するものでもある。

しかし、野党の反応はさまざまである。
日本維新の会国会議員団の松野頼久幹事長は代表質問で「責任野党として、外交安保、憲法改正は協力する」と応じた。
みんなの党の渡辺喜美代表は「みんなの党を『責任野党』と正しく理解いただいている。首相の戦う覚悟と戦略が共通ならば協力は惜しまない」と踏み込んだ。
日本維新の会とみんなの党は、首相の蒔いた餌に飛びついたようである。
これでは政権の補完勢力、翼賛勢力ということになろう。

維新は、橋下共同代表が大阪市市長を辞任して、出直し再選挙をする意向だという。
石原共同代表は、都知事選で田母神俊雄を「個人として」応援している。
⇒2014年1月10日 (金):都知事選を「勝ち抜く力」は誰に/花づな列島復興のためのメモ(291)
もはや政党としてのアイデンティティを失っているのではないか。
みんなの党も、結いの党が分離して純化したと言っていたが、純化とは与党へのすり寄りのことであったようである。
両党とも、そんなに長い余命ではないような気がする。

一方、与党である公明党は一味違うところを見せた。
公明党の山口那津男代表は、武器輸出三原則見直しに歯止めを求め、教育委員会制度改革に疑問を呈した。

NHKの新会長に就任した籾井勝人氏は、就任の記者会見で、特定秘密保護法が「NHKスペシャル」などで一度も取り上げられていないことを問われると「一応(国会を)通っちゃったんで、言ってもしょうがない。政府が必要だと言うのだから、様子を見るしかない。昔のようになるとは考えにくい」と述べた。
これでは、報道機関の責任を放棄していると批判されても止むを得ないだろう。
かくして、批判勢力は刈り取られ、オール与党体制ができて行くのであろうか?
安倍政権は、「いつか辿った道」を歩んでいるような気がするのは思い過ごしであろうか?

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2014年2月 1日 (土)

官製成長戦略でイノベーションは起きるか/アベノミクスの危うさ(26)

小保方晴子さんらによるSTAP細胞の作製は素晴らしい成果だと思う。
素人には、正確な評価はできるはずもないが、生物学のパラダイムシフトである。
⇒2014年1月30日 (木):新しい人工万能細胞/知的生産の方法(79)

報道記事を読んでいて、この人もセレンディピティの贈り物をしっかり手にしたのだなと思った。
阿刀田高『知的創造の作法』新潮新書2013年11月)には、次のような説明がある。

なにかを執拗に探し続けていると、それとは関わりなく、特別にすばらしいものを発見することがある

2000年に、「導電性高分子の発見と発展」により、ノーベル化学賞を受賞した白川英樹さんは、受賞した時「私の研究はセレンディピティなんです」と言ったという。
また2002年に、「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」によってノーベル賞を受賞した田中耕一さんも、同様のことを言ったらしい

小保方さんの発見も以下のように報道されている。

 今回の研究のアイデアは、大学院博士課程時代に留学した米ハーバード大医学部の教授らとの議論を通して生まれた。体細胞を圧迫したり、穴を開けたり、栄養を与えなくしたり…。考えられる限りの刺激を細胞に与え、「偶然に」(小保方リーダー)酸性の溶液にたどり着いた。
http://www.kobe-np.co.jp/news/iryou/201401/0006671620.shtml

まあ、小保方さんの場合は、「偶然に」と言っても狙っていた的の範囲内なのだろうが、ノーベル賞クラスの大発見が往々にして「偶然に」なされたといえる。
つまり、従来のパラダイムを覆すような画期的な研究は、事前に予測することができないということだ。
イノベーションの本質ともいえよう。

安倍首相は、第186国会冒頭の施政方針演説で、「七 イノベーションによって新たな可能性を創りだす」としている。第百八十六回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説
また、いわゆるアベノミクスの3本の矢の3本目の「成長戦略」がこれに関連していることは当然であろう。

ところで、第185回国会においては、アベノミクスの成長戦略で日本の「新しい成長」が実現するのは、「意志の力」であるとした。
「意志の力」は不可欠だが、「意志の力」だけでは現在の困難は乗り越えられまい。
⇒2013年10月17日 (木):安倍首相は裸の王様か?/アベノミクスの危うさ(16)

「戦略」という言葉は便利ではあるが、往々にして「何を、どうやるか」ということが曖昧になりがちである。
おそらく、有望な分野を絞り込み、集中的に予算を投入する、というようなイメージであろう。
しかし、事前の予測がつかない大発見に関しては、そもそも上記のような絞込みができないだろう。

STAP細胞の可能性は大きいであろう。
小保方さんと同じ理化学研究所のスーパーコンピュータの「京」の予算が、事業仕分けの対象になったことがあった。
ある程度見通しのつけやすい分野ですらそうである。
私は、研究者の知的好奇心のままに研究を進めるのが、もっともイノベーションをもたらす道であると思う。

やはりノーベル賞受賞者の福井謙一さんは、とにかく基礎を重視した。
化学にとって基礎は物理学であり、特に量子力学である。
そしてその基礎は数学である。
しかし、数学は実用を意識しては勧められない。

海のものとか山のものとか見当がつかないような研究から、素晴らしい研究が生まれる。
決して予算獲得のプレゼンテーションの上手い・下手で予算配分を決めるようなことではならない。
戦争とは違って、イノベーションを生む戦略的ターゲットなど、プレゼンなどでは決定できないのではないか。

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