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2014年1月

2014年1月31日 (金)

三角縁神獣鏡の3Dプリントによる“魔鏡”の確認/やまとの謎(92)

三角縁神獣鏡の3Dプリンターによるレプリカが、“魔鏡”であることが確認されたというニュースで賑わっている。

Photo_3  京都国立博物館(京都市東山区)は29日、古代の三角縁神獣鏡の鏡面に太陽光をあてると、その反射光に鏡の背面の文様が投影されることを初めて確認した、と発表した。鏡面の微妙な凹凸によって像が結ばれる「魔鏡」と同じ原理で、最新技術の3Dプリンターで精巧なレプリカを作って実験した。古代の鏡は祭器とされながら、具体的な使用法などは分かっておらず、「その役目を考える上で、貴重な材料となる」としている。
http://kyoto-np.co.jp/top/article/20140129000166

三角縁神獣鏡は、銅鏡の縁部の断面が三角形状となった大型の神獣鏡で、古墳時代前期の古墳から多数出土している。
いわゆる『魏志倭人伝』の中に、「卑弥呼が魏の皇帝から銅鏡100枚を貰った」という文章があり、「卑弥呼の鏡」と解すべきか否かが争われている。
鏡が国産ならば、「三角縁神獣鏡=卑弥呼の鏡」という仮説は崩れるだろうし、魏産ならば、「三角縁神獣鏡=卑弥呼の鏡」をサポートする有力な材料になる。
⇒2008年2月17日 (日):判読と解読

三角縁神獣鏡が、卑弥呼が中国から贈られた鏡である、という前提に立って同笵鏡理論によって古代史の枠組みを考えたのが京大考古学教室の小林行雄氏である。
同笵鏡理論は大きな影響力を持ち、邪馬台国畿内説の重要な支柱にもなっていた。
⇒2008年12月 2日 (火):邪馬台国に憑かれた人…③小林行雄と「同笵鏡」論

それに対して、三角縁神獣鏡が国内からはすでに500枚以上出土しているのに対し、中国では1枚も見つかっていないのはいかにも不自然である。
その点から、「三角縁神獣鏡=卑弥呼の鏡」に疑問を投げかけたのが、森浩一氏である。
⇒2013年8月10日 (土):パラダイムに捉われない古代史家・森浩一さん/追悼(32)

今回のレプリカ制作の元になった三角縁神獣鏡は、愛知県犬山市の東之宮古墳から出土した3世紀の神獣鏡のうちの2面である。
発掘された実物の多くははさびついてほとんど光を反射せず、磨くこともできない。
東之宮古墳出土のものは比較的保存状態がよく、京都国立博物館の村上隆学芸部長がこれにレーザー光線を当てて、形を精密に計測し複製した。
鏡の断面の最も厚い部分は約23ミリ、薄い部分は約0.8ミリと差が激しい。
レプリカの鏡面を研磨していくと、レリーフの厚みに沿って見た目は分からない微妙な凹凸ができ、太陽光を当てると、その凹凸で光が集約・散乱し、反射光の中に背面の文様をぼんやりと映し出した。

Ws000000■銅鏡に詳しい大手前大総合文化学部の森下章司准教授(考古学)の話
 これまでの銅鏡研究が鏡の背面に注目するなか、最新技術で新しい切り口を生み出した。同じ古墳から数十枚が出土することもあるが、これらをいっぺんに並べて像を浮かべたのでは、などの想像も膨らむ。今後、古代の祭祀(さいし)における鏡の役割を考え直すことになる可能性もある。
 ■京都大人文科学研究所の岡村秀典教授(中国考古学)の話
 中国ではかねて「透光鏡(とうこうきょう)」と呼ばれる魔鏡の存在が知られていた。7世紀初めの隋時代の文献も、太陽光を鏡面にあてると裏の文様が映る鏡について言及している。三角縁神獣鏡にも魔鏡のような性質があると予想されてはいたが、最新技術による復元鏡を使って調べる方法はとても新鮮だ。ただ、これによって鏡をどこで製作したかなどの疑問に解答が得られたわけではない。今後、日本で作られたことがはっきりしている他の鏡でも同様の性質があるか調べ、比較する必要があるだろう。

http://digital.asahi.com/articles/ASG1X7KN6G1XPLZB01K.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG1X7KN6G1XPLZB01K

最先端技術によって、古代の技術が再生されたことにより、魔鏡のような機能が確認された。
しかし、それをどう解釈するかは今後の問題であろう。

 森下章司大手前大准教授(考古学)は「割れる危険性があるのに三角縁神獣鏡はなぜこれほど薄いのか、ずっと不思議だった。どれも薄い部分は厚さが基本的に1ミリ程度で、多くが魔鏡だった可能性がある」と話す。兵庫県立考古博物館の石野博信館長は「目の前に輝く日輪が現れ、人々はさぞ驚いただろう。女王卑弥呼のカリスマ性を高め、内乱が続く倭国をまとめるための演出に利用したのでは」と推測した。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140129/wlf14012922440026-n1.htm

当時の造鏡技術には驚くが、安易に「三角縁神獣鏡=卑弥呼の鏡」と考えると、ミスリードする可能性があるのではないか。

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2014年1月30日 (木)

新しい人工万能細胞/知的生産の方法(79)

iPS細胞に続き、新たな万能細胞が開発された。
山中伸弥京大教授がノーベル医学・生理学賞を受賞したのは2012年のことであった。
山中教授の受賞の業績は、細胞分裂による成長・発達を振り出しに戻す(初期化)する方法に成功したことだという。
信じがたいことではあるが、それこそがノーベル賞に値するものであろう。
⇒2012年10月 9日 (火):山中伸弥京大教授のノーベル賞受賞/花づな列島復興のためのメモ(148)

私も1人の脳卒中患者として、iPS細胞の応用研究には大きな期待を持っている。
⇒2013年8月31日 (土):iPS細胞から脳を作製/闘病記・中間報告(60)
万能細胞は、「STAP細胞(刺激惹起性多機能性獲得の英語の頭文字)」と命名された。

 さまざまな組織や細胞になる能力を持つ「万能細胞」を新たな手法で作ることに、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)のチームがマウスを使って成功、30日付の英科学誌ネイチャーに発表した。同様の能力を持つ人工多能性幹細胞(iPS細胞)や胚性幹細胞(ES細胞)とは違う簡単な作製法で、使う際の安全性も優れているという。人の細胞で作製できれば再生医療への応用が期待される。
 米ハーバード大との共同研究による成果。体細胞を弱い酸性の溶液に入れ、刺激を与え作った世界初の手法。「刺激惹起性多能性獲得」の英語の頭文字からSTAP(スタップ)細胞と命名した。
 チームの中心となったセンターの小保方晴子研究ユニットリーダーは「体内での臓器や組織の再生のほか、細胞へのストレスが原因になるがんの抑制など新たな医療技術の開発につながるかもしれない」と話している。

http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/140130/cpc1401300501000-n1.htm

STAP細胞は、iPS細胞を超えるかもしれないと評価されている。
しかも、大学院を修了してまだ3年の若手研究者による発見である。
小保方晴子研究ユニットリーダーは、私などの世代からすると、“お嬢さん”という感じの人である。
実験では祖母からもらったかっぽう着を白衣代わりに愛用しているという。

Photo_7 英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのクリス・メイソン教授は「また日本人が万能細胞の作製法を書き換えた。山中伸弥氏は四つの遺伝子で人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作ったが、STAP細胞は一時的に酸性溶液に浸して培養するだけ。どれだけ簡単になるんだ」と驚きのコメントをネイチャーに寄せた。 さらに「最も単純でコストも安く、早い作製法だ。人の細胞でもできれば、オーダーメード医療の実現につながるだろう」と予想した。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140130/wlf14013010490013-n1.htm

万能細胞には、受精卵を壊して作る胚性幹細胞(ES細胞)、体細胞の核を卵子に入れて作る方法(クローンES細胞)もあるが、倫理的な問題が指摘される。
iPS細胞は、特定の遺伝子を入れて作るため、遺伝子が傷ついてがん化の恐れがある。
STAP細胞は、外からの刺激で多能性を獲得し、成功率も高いことが、iPS細胞を超えるかもしれないとされるところだ。
Ws000000_2
http://mainichi.jp/shimen/news/20140130ddm003040137000c.html

iPS細胞では不可能な胎盤を含め、神経や筋肉、腸管上皮など、あらゆる細胞に分化できることを確認しているという。
培養法を改良し、ES細胞並みの高い増殖能力も実現できた。
STAP細胞は、「動物の細胞は外からの刺激だけで万能細胞にならない」という通説をひっくり返すものだ。

しかし、英科学誌ネイチャーに投稿した際は、「過去何百年の生物細胞学の歴史を愚弄していると酷評され、掲載を却下された」という。
それだけイノベーティブな研究だということだろう。
小保方さんは、「何度もやめようと思ったけれど、あと1日だけ頑張ろうと続けてきて、いつの間にか今日に至った」と話している。

ノーベル賞受賞者の白川英樹さんや田中耕一さんは、セレンディピティという言葉を使った。
阿刀田高さんは、『知的創造の作法』新潮新書2013年11月)において、セレンディピティを、発見は偶然であっても、べつなところですごい努力をしていること、と説明している。
偶然を捕まえるにも、構えができていなくては逃げて行ってしまう。
今までのパラダイムにとらわれないことが新しい地平を切り開くことに繋がったのだろう。
それも若い研究者の特権ということだろうか。

Stap
http://www.riken.jp/pr/press/2014/20140130_1/

今後の成果が大いに期待されるが、このような研究が進めば、なまじの成長戦略よりずっと効果的ではなかろうか。

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2014年1月29日 (水)

「フェルミのパラドックス」と「成長の限界」/原発事故の真相(103)

エンリコ・フェルミ(Enrico Fermi)という物理学者がいた。
ローマの出身で、妻のラウラ・カポーネがユダヤ人であったため、ムッソリーニのファシスト政権下で迫害を受け、ノーベル賞授賞式出席のためイタリアを出国した機会にアメリカに亡命した。
アメリカでは核分裂反応の研究に従事し、1942年、シカゴ大学で世界最初の原子炉「シカゴ・パイル1号」を完成させ、原子核分裂の連鎖反応の制御に史上初めて成功した。
天才集団の物理学者の中でも飛び切りの天才であった。

ビジネス・コンサルタントの世界には、「見える化」とか「地頭力(ジアタマリョク)」などという奇妙な言葉がある。
その地頭力の評価のベンチマークがフェルミ推定であるとされる。
フェルミは、正確な計算ではなく、おおよその値を計算する「概算」の達人であったといわれる。
原子爆弾の爆発の際、ティッシュペーパーを落とし、その動きから爆風を計算し、爆発のエネルギーを見積もったという逸話がある。
このような推定をフェルミ推定という。
フェルミ推定とは、実在する具体的な問題を、頭の中の存在に置き換えて、それを操作することにより実在するものの答えを導き出すことであろう。
⇒2012年11月19日 (月):地頭力とフェルミ推定と数学的実在/知的生産の方法(24)

最近小川洋子さんの対談を続けて読んだ。
博士の愛した数式 などの作品で知られる女流作家であるが、河合隼雄さんと行った『生きるとは、自分の物語をつくること』、岡ノ谷一夫さんと行った『言葉の誕生を科学する』 である。
作家である小川さんはもちろんであるが、臨床心理学者の河合さん、動物行動学者の岡ノ谷さんも言語に関わる仕事をしている。

河合さんは文化庁長官も務めているがユング派分析心理学の第一人者である。
河合さんは、心理分析の治療の現場における「物語」が重要な役割を果たすという。
「ナラティブ・ベイスト・メディシン=物語を基盤とする医療」という専門の療法もある。

岡ノ谷さんは、小鳥の歌の進化と機構から、人間言語の起源についてのヒントを得る研究で有名な学者である。
それから発展して、動物とヒトの比較研究から、言語と感情の起源を探っている。

対談に臨む小川さんの姿勢は、専門家の語る話題に見事に響きあっている。
柔軟でしなやかな感性とはこのようなことか、という感じである。

岡ノ谷さんとの対談で、「フェルミのパラドックス問題」が話題になった。
「フェルミのパラドックス問題」とは、「宇宙には沢山の生命体が存在し、知的生命体も多数あると考えられるのに、なぜ地球に飛来した痕跡が無いのか」という問題である。
もちろん、この問いに正解はないであろう。

この対談の中で、岡ノ谷さんは、「言葉を持つことが原子力の利用を可能にし、そのことで自分を滅ぼす」という「フェルミのパラドックス」に対する1つの解釈を提示した。
つまり、原子力を操作できるだけの知的生命体は、その故に滅びてしまうということである。
考えてみれば、恐ろしい話である。
水のある星に生まれた生命体。
それは35億年以上昔のことであるといわれる。

それから長い進化の歴史を経て、ヒトがチンパンジー・ボノボの祖先と別れたのは600万年前~700万年前くらいと言われている。
その人類が言語を獲得したのがおよそ4~5万年前、古くみても10万年前くらいであろうという。
そして文字の発明により、時間を超えて知識・情報を伝達することができるようになった。
人類が文字を使用するようになったのは数千年前のことと言われる。

文字を印刷する技術、あるいは通信とコンピュータ技術の進歩によって、人類の知識が爆発しているのが現代である。
その果てが、原子力の解放という両刃の剣であった。
あくなき成長を目指してきた人類の到達点は、「成長の限界」の淵ちかくということではないのか?
⇒2011年12月24日 (土):『成長の限界』とライフスタイル・モデル/花づな列島復興のためのメモ(15)
⇒2013年5月17日 (金):「成長の限界」はどのような形でやって来るか?/花づな列島復興のためのメモ(214)

岡ノ谷説は、「フェルミのパラドックス」こそ、「成長の限界」を示唆するものということだろう。
そして、福島原発事故は、それを私たちに長い歴史の時間からすれば瞬間的に、示してものであろう。
対談が行われたのが、2011年2月下旬、元になる単行本が発行されたのが4月下旬である。
間に「3・11」を挟んでいる。
暗示的というよりも啓示的ではなかろうか。

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2014年1月28日 (火)

『かぐや姫の物語』と富士山信仰/富士山アラカルト(7)

『かぐや姫の物語』というアニメ映画を見た。
高畑勲監督・スタジオジブリ制作である。
2
http://kaguyahime-monogatari.jp/

今まで、アニメなんぞ、という気でいたが、堀越二郎を描いた宮崎駿の『風立ちぬ』が良かったので、アニメを再評価したところである。
言うまでもなく、『竹取物語』を原作とした作品で、ストーリーはほぼ忠実に『竹取物語』に添っている。
しかし、今日的な解釈がされているので面白かった。

『竹取物語』は日本人なら誰でも知っている最古の物語である。
紫式部は、『源氏物語』の「絵合」の巻において、『竹取物語』は「物語のいでき始めのおや」書いた。
しかし、その作者、成立時期等は不明である。
この機会に、注釈本を頼りに、読んでみた。

エンディングの部分は次のようである。

 大臣、上達部を召して、「いづれの山か天に近き」と問はせたまふに、ある人奏す、「駿河の国にあるなる山なむ、この都も近く、天も近くはべる」と奏す。これを聞かせたまひて、 

あふこともなみだにうかぶ我が身には死なぬ薬も何にかはせむ 

かの奉る不死の薬壺に文具して御使に賜はす。勅使には、つきのいはがさといふ人を召して、駿河の国にあなる山の頂に持てつくべきよし仰せたまふ。峰にてすべきやう教へさせたまふ。御文、不死の薬の壺ならべて、火をつけて燃やすべきよし仰せたまふ。
 そのよしうけたまはりて、士どもあまた具して山へのぼりけるよりなむ、その山を「ふじの山」とは名づける。
 その煙、いまだ雲の中へ立ちのぼるとぞ、いひ伝へたる。

つまり、「ふじの山」の名前の由来が語られている。
それは、「不死の薬」の不死ではなく、「士どもを大勢引き連れて山に登った」ので、この山を「富士の山」と名付けた、としている。
その山は、「駿河の国にあなる」ということだから、世界文化遺産に登録された今の富士山に相違ない。

『竹取物語』は平安時代に成立したとされるが、平安時代を通じて、富士山はたびたび噴火を繰り返した。
竹取物語(全)』角川ソフィア文庫(2001年9月)には、およそ30年ごとに噴火したと書いてある。
富士山の噴火史-Wikipediaには、以下のような噴火があったと説明されている。

781年 (天応元年)噴火
800年〜802年(延暦19年)延暦大噴火
802年(延暦21年)1月8日 この噴火により相模国足柄路が一次閉鎖。
864年(貞観6年)貞観大噴火 青木ヶ原溶岩を形成した噴火。
999年 (長保元年)噴火
1033年初頭 (長元5年末)噴火
1083年 (永保3年)噴火

『竹取物語』の最後が、「その煙、いまだ雲の中へ立ちのぼるとぞ、いひ伝へたる」で締めくくられているのは、富士山の火山としての活動を物語っていよう。
現在の桜島のように、折に触れ、噴煙を上げていたのではないか。

1707年の宝永大噴火以後大きな噴火を経験していない現状は、平穏な時代というべきであろう。
しかし、貞観大噴火、宝永大噴火等の示すように、大規模な地震と連動して大噴火が起きている。
東北太平洋沖地震(東日本大震災)を経験したからには、油断はできない。
⇒2013年7月24日 (水):大噴火の前兆は捉えられるか?/富士山アラカルト(2)

富士市には、『竹取物語』と若干異なるかぐや姫伝説がある。
白隠禅師の「無量寿禅寺草創記」(1718年)は、「寺は雲門と名づく、赫夜姫(かぐやひめ)の誕育の跡なり、竹取翁の居所なり」と始まる。
かぐや姫は天子の求婚を振り切るために、岩窟に隠れ、コノシロと綿の実を焼いて、死を選んだと思わせ、その後、かぐや姫は富士山頂の岩窟に身を隠す。
いつしか、人々はかぐや姫のことを「浅間の大神として敬い、富士山のご神体であると思うようになった。
かぐや姫伝説

富士山が古くから信仰の対象となってきたことは世界文化遺産の登録が、「信仰の対象と芸術の源泉」となっていることでも示される。
その信仰は、「かぐや姫」の伝承と深い係わりがあった。

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2014年1月27日 (月)

マルハニチロ農薬混入事件(2)/ブランド・企業論(17)

食品大手マルハニチロホールディングス傘下の「アクリフーズ」群馬工場で製造された冷凍食品から農薬「マラチオン」が検出された事件で、群馬県警は25日、偽計業務妨害の疑いで容疑者を逮捕した。
まだ容疑者を逮捕したというだけで、動機や背景等は未詳である。
⇒2014年1月12日 (日):マルハニチロ農薬混入事件/ブランド・企業論(16)

逮捕されたのは、同工場に勤務する49歳の契約社員で、
県警が任意で事情を聴いた後、行方不明になっていた。
失踪して今月24日に発見されるまでの10日間のことは「覚えていない」と供述しているとのことである。

容疑者が浮上した決め手の1つが、マラチオンが検出された冷凍食品の製造日時だった。
マルハニチロホールディングス(HD)が混入を明らかにした9点は製造時間帯がバラバラだった。
従業員の勤務記録を精査した結果、容疑者が混入させたとしても矛盾はないと結論づけた。
つまり、現時点では、彼の容疑の蓋然性が高いというだけである。
冷凍食品の製造から出荷までの工程図は以下のようである。
写真
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014012602000108.html

容疑者はピザの生地の生成・焼成を担当していた。製造ラインには生地をねるミキサーや型抜きするカッター、オーブンなどがあり、阿部容疑者は包装前の段階での業務にあたっていた。容疑者が包装室で商品の品質確認をする場合もあったという。
Ws000001
http://mainichi.jp/shimen/news/20140126ddm041040158000c.html

容疑者はどんな人間像なのだろうか?

 近隣住民の話では、阿部容疑者はかつてカブトムシやクワガタムシを数多く飼育し、近所の子どもたちに「虫博士」と慕われていた。小学生のころにクワガタムシの育て方を容疑者宅で教わったという男性(20)は「虫専用の小部屋があって、飼育用のケースが並んでいた。面倒見のいい人で、どこでどんな虫が捕れるかも丁寧に教えてくれた」と話す。
同上

失踪直前までは普段通り出勤していたという。
年功制から能力制への給与体系の見直しに伴い、容疑者の給与は13年から減額されたらしいが、会社は要飛車会社への不満が出たことはなかったとしている。
私の経験では、契約社員が会社に直接不満をぶつけることはほとんどないと思う。

契約社員と聞いて、世間を震撼させた秋葉原の通り魔事件を思い出した。
不遇な労働条件に置かれた従業員の不満が内攻し、ある日臨界点を超えて他人が思いもよらない犯行に走る。
⇒2008年6月11日 (水):秋葉原通り魔と心の闇
⇒2008年6月22日 (日):通り魔をヒーロー視する人たち

アベノミクスは基本的に企業優遇策である。
契約社員も能力制も、制度として否定するものではないが、企業が都合のいいように運用すれば、類似の事件が増える可能性もあろう。
容疑者のような立場は、「負け組」として冷遇されることになる。
親会社のマルハニチロとアクリフーズの社長は揃って辞任するようだが、それが解決策になるとは思えない。

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2014年1月26日 (日)

都知事選の争点について/花づな列島復興のためのメモ(300)

19日に投開票された福島県南相馬市長選で、「脱原発」を訴えてきた無所属現職の桜井勝延氏が再選された。
原発立地自治体以外でも今後、脱原発や原発再稼働の是非が争点となる首長選は増えるとみられる。
桜井氏は、「脱原発をめざす首長会議」の世話人である。
自民系の候補を破っての再選であり、原発再稼働に前向きな安倍政権はどう受け止めるのか?

脱原発や原発再稼働の是非が争点となっている別格の首長選である都知事選が本番に突入した。
都知事選で原発をどう考えるか?
それは、文明を問うことであり、国のかたちを問うことである。

 安倍政権は昨年末に原発を「基盤となる重要なベース電源」とするエネルギー基本計画案を決め、都知事選後に閣議決定しようとしている。今月十五日には柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働を前提にした東電再建計画も認定した。
 関西電力大飯原発(福井県)が昨年九月に停止して以降、「原発ゼロ」の状態が続いているが、安倍政権は春以降、停止中の原発を順次、再稼働させようと手続きを進める。原発政策はいま、まさに岐路に立っている。
 「一極集中を続ける首都東京をどうするかは、文化、文明、哲学、倫理の問題として考える必要がある。その象徴が原発問題だ」
 元福島県知事の佐藤栄佐久氏はこう指摘する。原発政策はエネルギー政策にとどまらず、経済や産業、外交、暮らしに直結する。重い一票となる。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014012502000128.html

田母神氏の再稼働論は分かりやすいが、舛添氏の口先だけの脱原発論に惑わされてはならない。
各候補の原発に対する姿勢は、安倍首相との距離感ということでもある。
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東京新聞1月25日

ある意味で、都知事選は首相の信任問題でもあるといえよう。
もちろん、都知事選には争点がいろいろある。
毎日新聞が23、24日に実施した電話による世論調査では、争点の優先度は以下のようであった。

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最大の争点については「少子高齢化や福祉」を挙げた有権者が全体の26・8%でトップ、「景気と雇用」が23・0%と続き、主要候補の主張が対立している「原発・エネルギー問題」は3番目の18・5%だった。http://mainichi.jp/shimen/news/20140125ddm001010175000c.html

一方で、原発を争点にすべきか否かについては、以下のようであった。

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脱原発など国政に関わる問題が争点になることをどう思うか聞いたところ「納得できる」「どちらかといえば納得できる」が合わせて61・3%を占め、有権者の原発問題への関心の高さがうかがえた。原発を争点化することの賛否で投票先の選択に差が出ており、情勢によっては勝敗を決める大きな要因になりそうだ。
http://mainichi.jp/shimen/news/20140125ddm003010034000c.html

平日に固定電話による世論調査にどれだけの信頼性があるかは疑問でもあるが、おおよその傾向は窺えよう。
序盤戦は、舛添氏が有利だということであある。
名護市長選で敗れた自民党は、もし都知事選でも敗れたら、国会こそ多数派であるが民意は必ずしも支持が高くないということがはっきりする。
あらゆる手段を使って、世論の誘導に動くだろう。

それにしても、舛添氏は、2010年4月に自民党から除名処分を受けている。
今回は、表面的には自民党東京都連のみ支援するという形のようだが、自民党が党を挙げて支援していることは周知の事実である。
小泉進次郎政務官が、「一番苦しいときに『自民党の歴史的使命は終わった』と言って出ていった人だ。応援する大義はない」と発言したのは正論であろうが、正論を云々する余裕もないのだろう。

舛添氏は、「私も(福島第一原子力発電所事故以来)脱原発を言い続けている」と述べている。
しかし、細川護熙・宇都宮健児らとは明確に異なっている。
実際は、基本的には再稼働容認という立場である。

都知事選は、自民党のように再稼働路線を継続する道を選ぶのか、方向転換をするかの重要な岐路である。
⇒2014年1月23日 (木):文明や国のかたちが問われる都知事選/花づな列島復興のためのメモ(299)
姑息な姿勢は自民党と無差別である。
⇒2014年1月17日 (金):姑息な自民党の原発政策/花づな列島復興のためのメモ(296)

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2014年1月25日 (土)

安倍首相の施政方針演説批判/アベノミクスの危うさ(25)

第186回国会が24日に開会した。
安倍首相の施政方針演説は、次のような構成であった。
http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement2/20140124siseihousin.html

一 はじめに
二 創造と可能性の地・東北
三 経済の好循環
四 社会保障の強化
五 あらゆる人にチャンスをつくる
六 オープンな世界で日本の可能性を生かす
七 イノベーションによって新たな可能性を創り出す
八 地方が持つ大いなる可能性を開花させる
九 安心を取り戻す
十 積極的平和主義
十一 地球儀を俯瞰する視点でのトップ外交
十二 おわりに

目配りの利いたというか総花的なというか、盛沢山であるが首相の施政方針演説とはこのようなものであろう。
どこに力点があると考えられるか。
首相応援団とも言われる産経新聞は、次のように紹介している。

 安倍晋三首相は、第1次政権から取り組む「安倍カラー」の1つである教育再生に強い意欲を見せた。「学力の保障」「道徳」「英語力」を柱とする施策強化を訴え、将来の日本を支える次世代教育に注力する。
・・・・・・
 演説では、国際的な学力調査で、改正教育基本法の下で全国学力テストを受けてきた世代が過去最高の成績を収めたことを踏まえ、「やれば、できる」と強調した。英語が苦手とされてきた日本の国民性を変える英語教育の抜本改革にも着手する方針だ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140124/plc14012421570037-n1.htm

私も教育は重要課題であると考える。
しかし、その内容はいささか疑問である。
「やれば、できる」は、「八 地方が持つ大いなる可能性を開花させる」の項でも使われていて、首相の好みのフレーズのようである。
しかし、往々にして精神論に陥り、逆に「できないのは、やらないからだ」となりがちであることに気を付けなければならない。

逆に批判的なしんぶん赤旗は、次のように批判している。

 安倍首相は、昨年10月の臨時国会の開会にあたっての所信表明演説でも秘密保護法の制定に一言もふれなかったのに、突然、「国家安全保障会議(日本版NSC)」設置法と一体で秘密保護法を持ち出し、国会内外の反対を押し切り、強行に次ぐ強行で成立させました。国民と国会を軽視するあまりの暴挙に、昨年末には首相自身「説明不足」を認めていたのに、施政方針演説で一言もふれないというのは一体何なのか
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2014-01-25/2014012501_05_1.html

本件に関しては、同紙=日本共産党の言う通りであろう。
最大のウリであったアベノミクス関連では、次のような言葉がある。

 この国会に問われているのは、「経済の好循環」の実現です。景気回復の実感を、全国津々浦々にまで、皆さん、届けようではありませんか。
http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement2/20140124siseihousin.html

昨秋の第185回国会では、「成長戦略実現国会」と位置付けていたが、実体はしんぶん赤旗の言うような「秘密保護法国会」であった。
「経済の好循環国会」もどうなるであろうか?

アベノミクスは、第一の矢である「異次元金融緩和」によって、資金供給量が1年間で46%も増えた。
その効果は、株高・円安となって現れた。
円安で輸入品は値上がりし、結果として下がり続けていた消費者物価は上昇に転じた。
昨年12月24日の月例経済報告関係閣僚会議で、安倍首相は、日本経済はデフレ脱却に向けて着実に前進しているとの認識を示した。

確かに、消費者物価指数は、今のまま行けば今後も上っていくだろう。
しかし、それはいいことなのか?

指数の動向を見よう。
物価指数には、消費者物価指数とGDPデフレーターがある。

デフレ脱却へ向け「2年で2%上昇」の物価目標を掲げる日銀。採用する指標は、家計の実感に近い物価動向を示すCPIだ。国内の幅広い品目の価格動向を調べ変化を指数化して表す。生鮮食品を除いた総合指数で、7月には前年同月比0.7%増と2008年11月の1.0%以来の高さとなった。ガソリン価格や電気代など円安によるコスト上昇が効いている。
 これに対して、GDPデフレーターは計算方法が異なる。GDPが「内需」と「輸出」の合計金額から「輸入」金額を引いて計算するのと同様に、GDPデフレーターも「国内物価」と「輸出物価」指数の合計から「輸入物価」指数を引いて出す。
 つまり原油高など輸入物価の上昇は、CPIとは逆にGDPデフレーターの下落要因になる。輸入物価上昇に伴うデフレーターの下落は、輸入物価の上昇分を国内物価と輸出物価に全て転嫁しなければ解消しない。
Photo_2
http://www.nikkei.com/article/DGXNZO59432940X00C13A9SHA000/

円安によって、輸出物価を輸入物価で割った比率である交易条件は悪化している。

日本の交易条件はこの10年低下傾向が続くが、似た貿易構造を持つドイツはほぼ横ばいを維持する。Photo_3
同上

日本の実体経済は決して良くなっていないのである。
⇒2014年1月 9日 (木):金融緩和で実体経済に資金は回っているか/アベノミクスの危うさ(24)
経済の好循環は、「やれば、できる」というものではないだろう。

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2014年1月24日 (金)

富士山に降る雨は・・・/富士山アラカルト(6)

静岡新聞社から、『 みんなのふじさんカルタ』(2013年7月)発売された。
Photo
http://www.at-s.com/sbsradio/program/asa/corner/2013/08/14/744823635.php

すでに在庫がなく、Amazonを見ても、中古品の扱いになっている。
私は、発売のニュースを聞いて、2セット注文した。
1つは、5歳の孫へのプレゼントとし、1つはわが家においておいて、孫が来た時に遊ぶ材料にしようと思ったのだ。

届いたカルタは、正直にいえば、5歳児には面白くないだろうな、という感じであった。

楽しみながら富士山の歴史、文学、芸術、環境、地質学・・・と
幅広い知識が 身に付いちゃうカルタです。

同上

しかし、内山絵里加さんという女子アナの読み手CDが付いているので、勝手に1人でも遊べる。
ランダムモードにすれば、毎回違う順番になる。
孫は12月が誕生日なので、誕生祝いに孫の家に行ったところ、結構遊んでいるらしい。

そこで正月に、親戚のものが集まった時に皆で遊ぶことにした。
孫は自分なりに得意札があるようで、その札についてはとても素早く、大人でも太刀打ちできない。
得意札は、意味など余り関係がない。
たとえば次の札である。

め:明治5年 女人禁制が 解かれたよ

そのような得意札の1枚に、次の札がある。

ね:年間に 降る雨水量は 25億トン

私の住んでいるところは、富士山湧水に恵まれている。
有名な柿田川も近くにある。
この降水量と地下水はどう関係しているか?

 富士山の地下水や湧水(ゆうすい)は主に標高千~千八百メートル以上に降った雨や雪が染み込んで数十年間蓄えられたとみられることが、県の調査で分かった。また、水質汚染物質の硝酸イオンが茶畑の分布とほぼ一致する地域から比較的高濃度で検出され、地下水と人間活動との密接な関係がうかがえる結果となった。
 調査は県環境衛生科学研究所が「富士山地下水プロジェクト研究」として二〇一三年まで三年間にわたり実施。富士山の降水や周辺の地下水、湧水を分析したり、それらを基に地下水の流れを検証したりした。
 降水量などを基に、富士山に地下水として蓄えられる年間涵養(かんよう)量は二十四億トン、静岡県側は十八億トンと推定。標高五百メートル程度の降水が比較的地下の浅い部分を通って近くで湧き出し、より標高の高い場所の降水は地下深くに浸透して低いところから湧き出すという「階層構造」がうかがえた。
 富士山の地下水に多く含まれるとされるミネラル「バナジウム」は県内外の湧水と比べて濃度が高く、特に「御殿場泥流」と呼ばれる堆積(たいせき)物が広がる東側で際立っていた。
Photo_2
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20140112/CK2014011202000083.html

降水量や地下水の涵養量などは推計値であって、どの程度の精度があるのか分からないが、25億トンの雨が降って、そのうち24億トンが地下水になり、1億トンが河川水などの地表水や蒸発するのであろうか?
降水自体が、世界遺産富士山の恵みである。
⇒2009年7月30日 (木):富士山湧水の水文学
⇒2009年7月31日 (金):富士山湧水の湧出モデル
⇒2009年8月 1日 (土):富士山学の可能性

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2014年1月23日 (木)

文明や国のかたちが問われる都知事選/花づな列島復興のためのメモ(299)

今日告示された東京都知事選は、国の原発政策とどう向き合うかが大きな争点となっている。
東京都に商用の原発はないから、都知事選の争点にするのは間違っている、という人もいる。
中には、原発を争点化して勝とうとするのは「卑怯であり、いやしい」という森元総理のような人もいる。
⇒2014年1月22日 (水):先行き不安な森五輪組織委員会会長/花づな列島復興のためのメモ(298)

私は何を争点として掲げるかは、候補者の自由であると考える。
争点として相応しいかどうか、その争点に関してどの候補者を選ぶかは、有権者個々人の判断であろう。

東京都は日本全体の1割を超す1,300万人の人口を抱える。
予算規模は12兆円。
国家として見ても、スウェーデンに匹敵する規模であって、決して小さいとはいえない。
世界的に見ても屈指の規模を有する都市であることは間違いない。

そのような巨大都市はどうして形成されたのか?
いろいろな要因があるだろうが、究極的には、利便性と効率性において勝っていたからであろう。
人も企業(組織)も、利便性と効率性を求めて集積する。

その集積は、エネルギーによって支えられる。
特に、電力の使用が可能になって、人と企業(組織)はエネルギーの生産場所と離れた場所にも集積できるようになった。

原子力という効率性の高いエネルギーを手にすることによって、その傾向に拍車がかかった。
人口の集積する場所から遠く離れた場所にエネルギー基地を作り、そこから電線を通して電力を移送する。
電力は地域独占的に供給される。
大消費地東京の電力は、東京電力によって(ほぼ)独占的に供給されているのが現状である。

その東京電力が、福島第一原発の収束の見通しが立っていない。
常識的に考えるならば、存続ができないような状態なのだ。

一般論として、効率性と安全性はトレードオフである。
高い効率性は、安全性を犠牲にした上に成り立つ。

このように考えれば、原発を争点とすることは、文明のあり方、国家のかたちをどう考えるかとイコールである。
震災からの復興の仕方にも関係するテーマである。
⇒2011年3月22日 (火):津々浦々の復興に立ち向かう文明史的な構想力を

2020年には、オリンピックという最大級のイベントが開催されることが決まっている。
イベントこそ未来社会の方向性を提示する良い機会である。
とすれば、都知事選の争点として、原発はまことに相応しいのである。

有力と目されている候補者の原発に対する姿勢は以下のようである。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20140123ddm001010184000c.html

残念ながら、私は東京都民ではないから1票を投じることはできない。
しかし、結果は間違いなく私の人生にも関わってくるだろう。

はっきりした原発依存論者は、田母神氏だけである。
その田母神氏は、安倍首相と国家観、歴史観が一緒だと自ら言っている。
安倍首相の本質を示して見せたと考えられるが、森元首相にしろ田母神氏にしろ、変に韜晦しないので分かりやすいとも言える。
ちなみに田母神氏の歴史観は、たとえば以下の通りである。
⇒2009年1月12日 (月):田母神氏のアパ論文における主張…対華21箇条要求
⇒2009年12月19日 (土):「天皇の政治利用反対」という錦の御旗(3)張作霖爆殺事件

通説とは異なるものである。
安倍首相も、田母神氏と同じだとすれば、中国の到底受け入れるところではないだろう。
この主張に沿って教科書を書けば、検定すら通らないのではないか。
思想・信条の自由はあるが、首相の歴史観がそれでいいのだろうか?

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2014年1月22日 (水)

先行き不安な森五輪組織委員会会長/花づな列島復興のためのメモ(298)

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会会長に就任した森喜朗元首相は、、「サメの脳みそ、ゴリラの体」といわれる。
⇒2014年1月13日 (月):東京オリンピックの顔と課題/花づな列島復興のためのメモ(292)
この人で大丈夫なのかと思っていたが、早くも迷走気味の発言である。
迷走というよりも千鳥足か?

 森喜朗元首相は10日夜、BS日テレの番組に出演し、細川護煕元首相が小泉純一郎元首相と「脱原発」で連携し東京都知事選へ出馬する意向を固めたことについて「小泉氏の原発反対論で知事選を勝とうしている。卑怯(ひきょう)だ。フェアではない。原発を絡めて通ろうとする人は心がやましい」と批判した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140111-00000500-san-pol

いささか意味不明であるが、森氏の心を忖度すれば、以下のようなことであろうか。
原発は都政の争点ではない。
にもかかわらず、支持が高い小泉氏の原発反対論に乗っかって、知事選を戦おうとしている。
それはフェアではない。

と理解しても、やはり支離滅裂としか言いようがない。
第一。原発を都知事選の争点にするのは間違いか?
これについては既に述べた。
⇒2014年1月15日 (水):原発を問う都知事選/花づな列島復興のためのメモ(294)

東京都が東京電力の株主であるということは、枝葉末節のことであろう。
そもそも選挙で何を争点とするかは候補者の自由ではないか。
判断するのは有権者である。
それに、首都東京の影響力は大きい。
「原発ゼロでも日本は発展できるというグループと原発なくして日本は発展できないというグループの争いだ」というのは小泉氏独特のレトリックだろうが、都知事選で原発ゼロ候補が当選すれば、日本全体に波及する可能性は大きい。

第二。細川氏は、小泉氏の原発反対論で知事選を勝とうしているか?
確かに、細川-小泉のタッグプレーは、影響力が大きいだろう。
だからといって、「小泉氏の原発反対論で知事選を勝とうしている」は言い過ぎ以外の何ものでもない。
問われているのは、原発反対論が是か非か、である。

第三。原発反対で知事選を戦うことは「卑怯で、心がやましい」だろうか?
もしそう思う有権者がいれば、投票しなければいいだけであって、論外と言ってよい。

まあ、何が森氏を錯乱させているのか分からないが、次のような発言もある。

先週18日のテレビ番組では「原発ゼロなら五輪返上」とさらに踏み込んだ。原発の有無と五輪が、なぜ結び付くのか理解不能だが、歴代首相の中でも最低といわれる「サメの脳みそ」の頭では合点がいくらしい。しかし、森が本気で「五輪返上」を思っているなら、この男はやはり五輪組織委のトップは「失格」だ。
http://gendai.net/articles/view/news/147354

上記記事の通りであり、付加する言葉はない。
東京五輪招致委が作成した立候補ファイルには、「今のような原発稼働ゼロの状況でも大会運営が可能なのかというIOCの懸念に答え」「招致委は<火力発電所の増設や、火力発電所の新設>などを挙げ、<既存の配電システムで対応することができる>」としているという。
勇み足ならば、勝負には負けたが相撲には勝ったという言い方も可能である。
しかしこれでは単なる自爆であり、原発推進派も五輪関係者も迷惑だろう。

本当にこの人で大丈夫なのだろうか?
と思っていたら、事務総長に元財務事務次官の武藤敏郎氏を、副会長職の1人にトヨタ自動車の豊田章男社長を充てる方向だという。
そうだろうなあ。
Photo
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014012202000146.html

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2014年1月21日 (火)

優しさのレトリック・吉野弘/追悼(44)

詩人の吉野弘さんが15日、肺炎のため亡くなった。
私は、若い頃、日本の現代詩に親しんだ時期があったが、読まなくなって久しい。
とかく難解さを競うような現代詩の中で、吉野さんの作品は、平易な文体で新しいものの見方を見事に表現していた。
もちろん、詩作品であるから、十分に練られたレトリックであることは言うまでもない。

中でも、代表作でもあるのだろうが、「I was born」は忘れがたい作品だ。

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。
或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いて行くと 青い夕靄の奥から浮き出るように、白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。
女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。
・・・・・・
―やっぱり I was born なんだね―
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
―I was born さ。受け身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね―
その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見にすぎなかったのだから。
・・・・・・
―友人にその話をしたら 或る日、これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物をとるのに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると、その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。つめたい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね。>そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは―。
・・・・・・

教材にも取り上げられていたはずである。
親から子へ、連綿と続く生命の連鎖。
考えてみれば、この地球上に、非生命から生命が誕生したことが奇跡的なことだろうし、個体が受精するのも偶然に近いような確率である。
まさに「有難いこと」といえよう。

生命の連鎖ということで連想するのは、アメリカの哲学者のレオ・バスカーリアが、生涯にただ1冊だけ書いたという絵本のことだ。
『葉っぱのフレディ/いのちの旅』。
訳書が、童話屋という子供向けの出版社から発行されたとき、日本経済新聞朝刊のコラム『春秋』と産経新聞朝刊のコラム『産経抄』が同じ日に揃って取り上げた。
こんなことは滅多にないだろうが、全国紙のコラムニストといえば、自他共に一流の読書人と評される存在であろう。
彼らは何に感動して同書を取り上げたのか?

『葉っぱのフレディ』の中でフレディは友人のダニエルに問う。
春に生まれて冬に死んでしまう一生にどんな意味があるというのだろう?
ぼくは生まれてきてよかったのだろうか?

誕生は、意志的な行為ではない。
「僕」の言うように、「受け身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね」ということだ。
しかし、蜉蝣のように、次の世代を誕生させることは命を削るような行為でもある。
命を受け継ぐということはそういうことであろう。

吉野さんは、山形県生まれ。
晩年は、次女の家族とともに、富士市で過ごした。
富士山を毎日眺められることを喜んでいたという。
合掌。

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2014年1月20日 (月)

名護市長選の結果と安倍政権/花づな列島復興のためのメモ(297)

米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設をめぐって、政権の意向は是か否かが争われた名護市長選は、移設反対派の稲嶺現市長が勝利した。
▽稲嶺進(無所属・現)、19,839票(当選)。
▽末松文信(無所属・新)、15,684票。

稲峰氏は、共産党、生活の党、社民党、地域政党の沖縄社会大衆党が推薦、平松氏は、自民党が推薦した。
政権は、選挙結果を移設作業と切り離すという方針のようだが、はっきり民意はNoであることを突きつけられ、難航は必至と思われる。
選挙期間中、500億円の振興基金構想を表明した自民党の石破茂幹事長は、選挙結果を受けて、撤回の可能性を示した。
あたかも札ビラで靡かせるかのように、沖縄振興予算を大判振る舞いの姿勢を示し、負けたとなると引っ込めるようでは、沖縄の人心は離れる一方であろう。

昨年末に、安倍首相と仲井真沖縄県知事とのトップ会談で、辺野古埋立が県として了承された。
確かに、米軍基地の問題は国政の問題であって、自治体の首長選挙には馴染まないかも知れない。
しかし、公有水面を埋め立てて滑走路を建設するという作業が、地元自治体の意思を無視して円滑に進むとは思えない。
名護市の許可が必要な事業も少なくないのではないか。

仲井真氏は再選された2010年の県知事選で普天間飛行場の県外移設を公約した。
その後も県民の反対が強い県内移設は「事実上不可能」と繰り返し強調していた。
県内移設のための埋め立てを承認する際も、県外移設を求める考えに変わりないとしていたが、一般には「不可解」な答弁と言うべきであろう。
仲井真知事には首相の言うことを聞かざるを得ない事情もあったようであるが、問題は今後地元の意向をどこまで無視し得るかということであろう。
⇒2013年12月29日 (日):辺野古埋立承認の背景としての徳洲会/花づな列島復興のためのメモ(287)

仲井真知事は「辺野古推進」を訴える末松氏を全面支援し、当選させて承認への批判をやわらげようと図ったが、果たせなかった。
仲井真氏への逆風も強まるであろう。
12月に予定されている知事選も、自民党候補者が有利だとは限らない。

公約違反は知事だけではないからだ。
2012年の衆院選で、自民党本部は普天間問題を公約に明記せず、沖縄の同党公認候補はそれぞれ県外移設を訴えた。
昨年の参院選では党本部は県内移設を掲げたが、党沖縄県連は県外移設を「地域公約」として訴えた。
にもかかわらず、党沖縄県連は県内移設容認に転換し、仲井真知事の埋め立て許可を後押しした。
国政選挙で自民党を支持した沖縄の有権者にとって、自民党は公約違反とせざるを得ないのではないか。 

日米安全保障条約上、日本政府は基地提供の義務を負う。
米軍基地は、騒音、事故、米兵らの犯罪、戦争への加担という精神的な重圧など多くの負担を強いる。
沖縄には在日米軍基地の約74%が集中しているという現実を、そのままでいいと思う人は、本土に住む人間でも少数であろう。

危険な普天間飛行場をどうするか?
「最低でも県外」と言明した鳩山元首相は、迷走に拍車をかけたが、一義的には自民党長期政権の責任であろう。
依然として安倍政権の支持率は高いようだが、都知事選、消費税増税によってどう変わるか?
外交問題も予断を許さない。
政権の基盤は意外と脆いようにも思える。

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2014年1月19日 (日)

ロボットが東大に入る日/知的生産の方法(78)

大学入試センター試験が終わった。
1日目の昨日、静岡県ではJR線の信号故障でダイヤの乱れがあり、時間を遅らせるなどのハプニングがあった。
私たちの頃は、共通一次試験もなく、一発勝負だった。
どちらがいいのか試験制度に決定版はないだろうが、せめて入試くらいはなるべく公平な条件の下で行われるのが望ましい。
社会人になれば否応なく不公平な条件にさらされることになるのだから。

1月7日の日本経済新聞に、「人類を待つ天国と地獄-ロボットは東大の夢を見るか」という記事が載っていた。
ロボットという言葉は、チェコの作家カレル・チャペックによる造語である。
チャペックは、戯曲『R・U・R(エル・ウ・エル)』(1920年)において、「人造人間」を意味する言葉として、ロボット(robot)を使用した。
『R・U・R』とは、「Rossum's Universal Robots」の略であるが、robotは、ギリシャ語arbeit=働く、から転じたチェコ語のrebotaを語源としているということである。
⇒2010年5月23日 (日):「恐竜の脳」の話(4)山椒魚

ロボット開発の現在の焦点は、人間の脳のしくみの解明への貢献であろう。
ヒトはどうして複雑で抽象的な概念を獲得していくか?
あるいは、加齢等により次第に認知能力が衰え、認知症といわれる段階に至るか?
これらは実に興味あるテーマである。
⇒2010年6月27日 (日):赤ちゃんロボットと認識の発達過程
⇒2010年6月30日 (水):ロボットによる脳進化の理解

将棋の世界で、人とコンピュータが対戦する「電王戦」では、、第2回の昨年、コンピュータが3勝1敗1分けという結果だった。
コンピュータの圧勝と言わなくても、優位であることは間違いない。
⇒2013年5月 5日 (日):将棋ソフトの進歩と解説ソフトの可能性/知的生産の方法(52)

このように、コンピュータ(ロボット)は、脳活動のある局面ではすでにトップレベルのヒトと互角に争うレベルに達している。
経済学者のケインズは、1930年に、世界は技術革新による省力化のスピードに雇用の拡大が追いつかない、としているそうだ。
「技術的失業という病」である。
一方で、技術進歩が続けば、2030年までには、人類は労働なしで食べていけるようになるとも。

人類を待つ天国は後者であり、地獄は前者ということであろう。
実際に、和文(邦文)タイピストというのは、私の若いころ、少なくとも1970年代初頭位までは、女性の専門職の1つであった。
ひっくり返った2800程度の文字を選択して、1字ずつ印字したのだ。
活字の場所を記憶するのは必ずしも容易なことではない。
⇒2011年2月21日 (月):知的余生の方法とノマドスタイル/知的生産の方法(11)
⇒2012年11月29日 (木):日本語の表記の豊かさと仮名の創造/知的生産の方法(26)

ワープロソフトが普及し、かな漢字変換が当たり前になった今日では想像すら難しいだろう。
結果として、和文タイピストという職業は絶滅した。
朝日新聞の「天声人語」1月4日は、次のように書く。

機械の職場進出が大きく広がり、人々の雇用を奪う可能性があるという見通しに、どきっとする。もっともそんな流れはとっくにあった。まず職を失ったのが女性だったから大騒動にならなかっただけだという指摘にも、はっとする

明示的には書いていないが、「職を失った女性」の代表格が、和文タイピストと言えるだろう。

それでは、大学入試問題を解く、というようなジャンルではどうか?
「ロボットは東大に入れるか(Todai Robot Project)」は、国立情報学研究所(大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構)が中心となって進めているプロジェクトである。
Photo
http://21robot.org/

1980年以降細分化された人工知能分野を再統合することで新たな地平を切り拓くことを目的としている。
具体的なベンチマークとして、2016年度までに大学入試センター試験で高得点をマークすること、また2021年度に東京大学入試を突破することを目標に研究活動を進めている。

研究所の新井紀子教授は、「来年は箱根駅伝に出ている(名門私立)大学のA判定がほしい」とのこと。
代ゼミのセンター模試は平均点以下だったが、私立大学の学部のほぼ半数で、合格可能性80%以上のA判定を獲得した。
私の感覚では、計画通り東大に入れる学力を備えるのはほぼ間違いないと思う。
かの米長邦雄さんは、「兄弟は頭が悪いから東大に行ったが、自分は良かったから棋士になった」と言ったことがある。
⇒2012年12月19日 (水):さわやか or 泥沼流・米長邦雄さん/追悼(23)
ロボットが東大に入る時代は目の前に来ている。
その時、残る職業は何だろうか?

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2014年1月18日 (土)

残置諜者のヒロイズム・小野田寛郎/追悼(43)

小野田寛郎さんが、東京都内の病院で16日に亡くなった。
旧日本軍の陸軍少尉として派遣されたフィリピン・ルバング島の山中で、1974(昭和49)年まで約29年間潜伏し、日本に帰国した。
敗戦から帰還までの経緯は以下のようである(Wikipedia)。

1945年8月を過ぎても任務解除の命令が届かなかったため、赤津勇一陸軍一等兵(1949年9月逃亡1950年6月投降)、島田庄一陸軍伍長(1954年5月7日射殺され戦死)、小塚金七陸軍上等兵(1972年10月19日同じく射殺され戦死)と共に戦闘を継続し、ルバング島が再び日本軍の制圧下に戻った時のために密林に篭り、情報収集や諜報活動を続ける決意をする。日本では1945年9月に戦死公報を出されたが、1950年に赤津が投降したことで、小野田ら3人の残留日本兵が存在することが判明する。
・・・・・・
また、後述する捜索隊が残した日本の新聞や雑誌で、当時の日本の情勢についても、かなりの情報を得ていた。捜索隊はおそらく現在の情勢を知らずに小野田が戦闘を継続していると考え、あえて新聞や雑誌を残していったのだが、皇太子成婚の様子を伝える新聞のカラー写真や、1964年東京オリンピックや東海道新幹線等の記事によって、小野田は日本が繁栄している事は知っていた。士官教育を受けた小野田はその日本はアメリカの傀儡政権であり、満州に亡命政権があると考えていた。
・・・・・・
小野田は発見時は51歳だったが、自分の寿命は60歳と決めていて、あと9年経って60歳になったらレーダー基地に決死の突入攻撃をして果てる覚悟だったという。

私は、小野田さんが帰国した当時のことは、記憶にある。
当時大々的に報じられたが、ジャングルで孤独な戦いをしていたという人に、違和感があった。
私が生まれた頃からずっと、彼の意識においては戦闘状態だったというのである。

孤島で、限られた情報しか得られない中で、1964年東京オリンピックや東海道新幹線等の記事によって、日本が高度成長をしていることを知りながら、満州に亡命政権があると考えていたという判断。
なんとちぐはぐで、痛ましささえ感じる。
アナクロニズムであるが、ヒロイズムでもあろう。

“発見”から帰国に至る経緯は以下のようだった。
1974年2月、青年探検家の鈴木紀夫さんが会うことに成功し説得。
戦時中の上官に当たる元少佐が現地入りして3月9日、小野田さんに「任務終了と武装解除」を「命令」した結果、フィリピン軍に投降。
同12日、51歳で30年ぶりに帰国し、待ち続けていた父母と対面。
「任務終了と武装解除」の「命令」を受けて「投降」とは、なんと芝居がかったことをするのか、という印象だった。
もちろん、本人は大真面目だったのだろうが、大日本帝国陸軍の犠牲者であることは否定できない。

しかし、私たちが生きているこの日本社会こそ、虚像であると言われれば、そうかも知れないという感じもまた否定できない気もする。
かつて三島由紀夫が書いたように、日本はますます「無機質な、空っぽな、ニュートラルな」国になりつつある。
現在も、経済成長をしなければとアベノミクスを囃している。
ナショナリスムとグローバリズムが無反省に融合したニッポン。

帰国後は、ブラジルで牧場を経営し、76年に結婚。
日本とブラジルを行き来しつつ、講演活動などを続けた。
次世代育成のため、自然との付き合い方などを教える「小野田自然塾」も運営し、福島県塙町でキャンプ活動も行っていた。

小野田さんの生前の最後のインタビューが「日刊スポーツ」紙のサイトに載っている。
特に、以下の部分が心に残った。

ジャングルの中で、実は一番怖いのが雨なんです。たとえ熱帯でも、寝ている間、雨に打たれ続けたら死にますから。洞穴入ったり、掘っ立て小屋を造ったり。考えてみれば、昔から人間が一番必要としていたのは雨よけなんですね。今でも雨が降ると、あの時はあんなひどい思いをした、というのがよみがえってくる。『雨の音がしないところにいきたい』と寝言で言ったというんですから。雨音がすると、記憶が戻っちゃう。でもね、人間雨水がなければ干上がっちゃう。雨がなくては生きていけない。毎日何リットルか水分を取らなくては死んでしまう。だから、どうしても自然には従順になる。逆らっては生きていけないんです
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20140117-1245255.html

「水のある惑星」といわれるように、地球に生命が誕生する上で、水は不可欠の条件だった。
水は生存に必須の資源であると同時に、生存を脅かす存在でもある。
91歳というから、長寿化が進んだ現在でも、大往生と言っていいだろう。
合掌。

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2014年1月17日 (金)

姑息な自民党の原発政策/花づな列島復興のためのメモ(296)

都知事選の争点として、「脱原発」が大きく浮かび上がってきた。
そのような情勢をみて、安倍首相は、1月中の閣議決定を目指してきた「エネルギー基本計画」の決定を先送りするとの考えを示唆したとされる。
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1月17日

「エネルギー基本計画」は、「総合資源エネルギー調査会」の「基本政策分科会」で議論されてきた。

 最大の論点である原子力の位置づけに関して、委員の1人である辰巳菊子氏(日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会常任顧問)が痛烈に反対の意を表した。文書の冒頭で辰巳氏は「何度か分科会で申し上げた『国民の意見をきちんと聞いて欲しい』という意見は全く反映されず、このまとめに至った経緯は誠に残念です」と訴えた。
 改訂案の中にある原子力政策の方向性についても「分科会の検討事項ではないと考えます。今後、政府の責任の元、決める内容かと思いますので、削除を願います 」と要求したものの、受け入れられることはなかった。事務局を務める資源エネルギー庁と大半の委員が原子力を推進あるいは容認する中で、辰巳氏が孤軍奮闘に近い状況にあることがうかがわれる
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http://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1312/17/news020.html

「エネルギー基本計画」の原案に対しては、国民からのパブリックコメントが1カ月間に約1万9000件にものぼったことを、茂木経済産業大臣が1月10日の会見で明らかにした。
原子力発電の位置づけに関する反対意見が多数を占めているとみられる。
民主党政権は、「国民的議論」を通じて、原子力発電を2030年代までにゼロにする方針を決定した。
政府自民党はこの決定(2012年)を反故にして、新たなエネルギー計画に改定しようとしている。

しかし、政府内にも、「原子力発電を重要なベース電源に位置づける」としたことについては慎重論がある。
その上に、東京都知事選で元首相の細川護煕氏が「脱・原発」を掲げて立候補を決めた。
同じく脱・原発を訴える小泉純一郎・元首相が支援することにより、原発の問題が都知事選の主要な争点に加わることは必至だろう。

東京都には原子力発電所が立地していないとはいえ、東京電力が供給する電力の約35%を消費する立場である。
都知事選と原発は関係ない、などというのはとんでもないことだろう。
与党が推薦する舛添氏が当選すれば、予定通りエネルギー基本計画を閣議で決定し、原子力発電所の再稼働を推進しようということだろう。
パブリックコメントなど、「お聞きしましたよ」というアリバイ作りのようなものだろう。

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2014年1月16日 (木)

東電の再建事業計画/花づな列島復興のためのメモ(295)

政府は15日、東京電力の新たな総合特別事業計画(再建計画)を認定した。Ws000000_2
日本経済新聞1月16日

いくつかの疑問を感じざるを得ない。
第一は、柏崎刈羽原発の再稼働を見込んでいることである。
都知事選でも争点化しているが、泉田新潟県知事の批判するように、運転再開を議論するような状況ではないと考えるべきであろう。

新潟県の泉田知事は、柏崎刈羽原子力発電所の運転再開による収益改善などを盛り込んだ東京電力の事業計画について、「絵に描いた餅だとしか受け止められない。福島第一原発事故の総括ができない会社に原発を動かす資格はない」と述べ、厳しく批判しました。
また、泉田知事は16日、東京電力の廣瀬社長と会談することを明らかにし、福島第一原発事故の検証を十分行うよう改めて伝えるとしたうえで、原発の運転再開については議論する段階ではないという考えを示しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140115/k10014508101000.html

福島第一原発事故の収束の端緒さえ見えていない。
また、再稼働したとしても、核燃料廃棄物の処理さえできない。
⇒2012年9月 4日 (火):核廃棄物をどうするか?/花づな列島復興のためのメモ(137)
⇒2013年9月25日 (水):核ゴミをこれ以上増やすな/原発事故の真相(86)
⇒2012年6月11日 (月):電源構成と核燃料サイクル/花づな列島復興のためのメモ(83)

第二は、国と東電の責任分担をどう考えるか、という問題である。
政府は、エネルギー基本計画で原発を「重要なベース電源」と位置付けている。
その政府が東電事業計画を認定する問うことであれば、原発再稼働が盛り込まれるのは当然のこととも言えよう。
しかし、シビアアクシデントの教訓を踏まえているのか。

再建計画では、被災者への損害賠償は従来通りに東電が支払うが、電力会社が除染など事故処理の費用をすべて負担する枠組みは見直した。
除染のうち、実施・計画済みの費用は国が保有する東電株の売却益を充て、東電の負担を軽くすることとされている。
東電と国の役割分担はそれでいいのだろうか?

問題は、一企業では負担しきれない巨額費用が発生しつつあることであろう。
それが原発の1つの側面であることを、率直に認識しなければならない。
国も原発を国策として推進してきた以上、国費の投入はやむを得ないだろうが、国費を投入する以上、原発に対するスタンスについて、国民の合意を得る必要がある。
事故対応の全体像を、コストを含め、開示すべきではないか。

第三は、シェアホルダーならびに債権者の責任はどうなるのか、という問題である。
国費投入は、原発と全く関わり合いがない沖縄県民も含めて負担するということである。
融資や投資で利益を上げてきた金融機関や株主が、相応の負担をするのは当然であろう。
株主や貸主の責任を曖昧化することは、産業社会における「倫理の崩壊」に繋がるだろう。
⇒2012年7月31日 (火):山口県知事選は地殻変動の前兆か?/花づな列島復興のためのメモ(121)

第四は、東電社員の待遇問題である。
コスト削減の目標を達成した場合、年収の削減幅を縮めていくことになっている。
東電は、高待遇会社として知られる。
私の知人の話だと、企業年金も公的年金よりも多いらしい。
人材流出防止のためだというが、実態として破綻している会社の社員の待遇改善には慎重になるべきではないか。

全体として、東電と政府が馴れ合いの感じを拭えない。
国民の多数の理解を得られるだろうか。

 

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2014年1月15日 (水)

原発を問う都知事選/花づな列島復興のためのメモ(294)

細川護煕元首相の出馬で、都知事選の焦点として、原発に対する姿勢が明確になった。
小泉純一郎元首相の表現を借りれば、「原発ゼロでも日本は発展できるというグループと原発なくして日本は発展できないというグループの争いだ」ということになったと見ていいだろう。
二者択一で敵と味方を峻別する小泉流だ。
安倍首相を「抵抗勢力」とし、原発問題を一挙に都知事選の争点に押し上げた。

細川元首相には、かつての細川政権時代の関係者が再結集しているという。

Photo 細川氏を推すグループは、1992年に細川氏が結成した日本新党や、93~94年の細川政権で連携を深めたかつての新党さきがけの出身者が中心になっている。
 政策面で助言するのは、さきがけ代表代行を務め、細川内閣で首相特別補佐だった田中秀征元経済企画庁長官だ。脱原発論者の1人で安倍晋三首相が進める保守色の強い政策にも批判的な立場を取る。政策づくりには日本新党で参院議員に初当選した円より子氏らも参加している。
 細川氏に期待するのも細川政権にゆかりのある関係者が目立つ。日本新党出身の民主党の海江田万里代表、非自民8党派をまとめて細川首相擁立を主導した生活の党の小沢一郎代表らだ。ただ20年前の顔ぶれが並ぶだけに若い世代などを含めて幅広い支持が広がるか不安な要素もある。

http://www.nikkei.com/article/DGXNZO65191570R10C14A1PP8000/

上記記事で政策面で助言すると書かれている田中秀征元経済企画庁長官は、ダイヤモンド・オンライン誌の2014年1月15日号に、『都知事選は原発の是非を問う選挙になった!』という文章を寄せている。
田中氏は次のように書いている。

 これに対して安倍晋三首相は外遊先のモザンビークで記者団にこう語った。「エネルギー政策は東京都だけでなく、国民みんなの課題だ。都知事としての課題もバランスよく議論されるべきだ」
 これは日本時間13日未明の発言である。14日の両元首相の会談を強く意識し、それを牽制する狙いと受け取られる。
 安倍首相は、原発の是非が、都知事選の突出した争点となることを恐れているのだろう。
 しかし、この首相発言も逆に原発問題の争点化に拍車をかけている。
 12日と13日に実施されたANNの世論調査によると、都知事選で「原子力発電の在り方」が争点になってもよいとした人が、何とほぼ7割に達した。もはや争点化を回避できないどころか、それに異論を唱える人は「議論を封じて原発を推進する人」と見なされかねない状況となった。

細川氏の行動を批判して、甘利経済再生相は、細川氏の出自に絡めて「殿ご乱心」と皮肉ってみせた。

 甘利明経済再生相は10日の閣議後会見で、脱原発を争点に東京都知事選に出馬を検討している細川護煕元首相(75)について「殿ご乱心」と話した。
 甘利氏はその理由について、「エネルギー政策は国策として、国民の利益を考えて取り組むべきだ」と説明。全原発が停止し、代替の火力発電用の燃料となる液化天然ガス(LNG)の輸入などで、1日約100億円の国民の利益が海外に流出していると指摘し、現状を放置することは「政治家として努力が足りない」と話した。
 また、安易に火力発電に頼り続けることは地球温暖化の防止の観点でもマイナスだと指摘した。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/140110/trd14011011340006-n1.htm

しかし、田中秀征氏は上掲誌において、次のようにも書いている。

細川、小泉両氏には、原発を容認してきた「世代の責任」への痛切な思いがある。単に1人の世代人としてではなく、トップの政治指導者として容認、推進してきた反省と後悔を共有している。その深さは同じく「世代の責任」を感じる私などとは比べものにならないだろう。
 2人をよく知る私から見て、捨て身の決意で“最後の仕事”に挑む彼らの「本気」を覆すことのできる人がいるはずはない。

同感である。
政府は、「エネルギー基本計画」案で、原発を「基盤となる重要なベース電源」と規定したが、ここにきて 茂木敏充経済産業相は14日の閣議後の記者会見で、エネルギー基本計画案を修正する方針を示した。
安倍政権が原発の必要性を強調する内容を変えることはないだろうが、都知事選での争点化をできるだけミニマムにしようということだろう。
しかし、大きな争点になることはもはや避けられない。

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2014年1月14日 (火)

都知事選は国の形を変えるか?/花づな列島復興のためのメモ(293)

細川護熙元首相が、猪瀬直樹氏の辞職に伴う東京都知事選に、14日午後出馬を表明した。
脱原発で小泉元首相と連携する。
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毎日新聞1月14日夕刊

東京都内のホテルであった小泉純一郎元首相との会談後、記者団に語った。小泉氏も会談後、記者団に「原発の問題で共感できる。細川氏を強力に支援していきたい」と述べ、細川氏を全面的に支援する考えを示した。細川、小泉の両元首相の脱原発での連携で、原発政策が争点として急浮上し、安倍晋三首相の政権運営にも影響しそうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140114-00000041-mai-pol

今の一強多弱といわれる状況を揺るがすことになるだろうか。
原発に関しては安倍首相は推進姿勢を崩していない。
現首相と2人の元首相の争いという図式であり、天下を二分することにもなりかねない。
⇒2013年11月14日 (木):細川・小泉連携で「山は動く」か?/花づな列島復興のためのメモ(271)
⇒2014年1月10日 (金):都知事選を「勝ち抜く力」は誰に/花づな列島復興のためのメモ(291)

民主党は推薦などを出さずに、実質的に支援する意向だという。
民主党が推薦すると票が減るとは言わないが、菅元首相などが浮かれて出てこなければいいがとは思う。

小泉氏のバックにはアメリカの意向が見え隠れするという人もいる。
日本が原発事故をコントロールする能力がないこと、シェールガス(オイル)などアメリカの資源を売り込みたいことなどにより、アメリカは原発再稼働に積極的ではないということだ。
シェール(オイル)ガスも1つの選択肢として考えればいいのではないか。

細川氏の出馬には賛否両論がある。
首相は権力の最終到達点で、そこで引退するのが本来の姿であり、事実元首相が知事選に出た例はない。
その意味で、「憲政史」に残る出来事だというが、そんなに堅苦しく考えることはないだろう。
細川氏は、政界引退後湯河原で陶芸三昧の生活を送っていたという。

都知事選には、舛添要一元厚生労働相、宇都宮健児前日本弁護士連合会会長、田母神俊雄元航空幕僚長、発明家のドクター・中松氏らが出馬の意向を表明している。
自民・公明両党は舛添氏を支援する方針で、共産、社民両党は宇都宮氏の推薦を決定している。
情勢は混沌としている。

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2014年1月13日 (月)

東京オリンピックの顔と課題/花づな列島復興のためのメモ(292)

2020年の東京オリンピック・パラリンピックを運営する大会組織委員会の会長に森喜朗元首相の就任が内定した。
大会組織委員会はまさに、「顔」である。

海外のオリンピックでは、最近は招致委トップが横滑りするケースが多く、2012年ロンドン・オリンピックは招致委委員長だったセバスチャン・コー氏、2016年リオデジャネイロ・オリンピックも招致委会長のカルロス・ヌズマン氏が、ともに組織委会長に就いている。
しかし、東京招致委員会の会長だったのは、猪瀬直樹前東京都知事会だ。
異例の招致決定直後の辞職で、スケジュール的に停滞が許されない状況ではあった。

日本で開催された過去の五輪など大規模国際大会では、組織委トップは財界からの起用が多かった。
運営資金の円滑な調達に資するとの考え方で、1998年の長野冬季オリンピックは元経団連会長の故斎藤英四郎氏、2002年サッカー日韓ワールドカップでは、東京電力会長で経団連副会長にもなった那須翔氏が就いている。
下村文科相は、「森元首相は国際的にも日本全体にも最もネットワークを持っていて適任。当初は財界から(起用)という話があり努力したが、なかなか『これは』という人がいらっしゃらなかった」と語った。
森元首相は、下村文科相の要請に「わかりました。内諾させていただきます」と答えたという。

森氏は、2000年4月、3日前に脳梗塞で倒れ緊急入院した小渕恵三首相の後を継ぐ形で内閣総理大臣に就任した。
当時の自民党有力議員5人(森喜朗本人、青木幹雄、村上正邦、野中広務、亀井静香)が密室で談合して決めたと言われている。
当時の事情からは、何らかの機関で調整せざるを得なかったのであろうが、密室の談合で誕生したのが、「サメの脳みそ、ゴリラの体」と評されるこの人らしい。

しかし、オリンピック・パラリンピックの顔にこの人が就任するかと思うと、せっかくだが心弾んでこない。
下村文科相との会談には、JOCの堤義明最高顧問も同席したというが、未だに舞台裏で動いているのか、という感じである。
ワンマン経営舎として、コンプライアンスを踏みにじった張本人である。
東京オリンピック・パラリンピックに影を差すものと言えよう。

東京オリンピック・パラリンピックには、不祥事が付いて回っている印象である。
手始めは、女子柔道界のセクハラ・パワハラ問題である。
柔道女子日本代表の園田隆二監督が、暴力行為とパワーハラスメントを告発され、アテネ、北京の両オリンピックで金メダルを獲得した内柴正人被告が準強姦罪に問われるというありさまである。
これらは、全柔連の収拾の姿勢を含め、「体質すなわち構造」的な問題とせざるを得ないであろう。
猪瀬氏が、『勝ち抜く力 なぜ「チームニッポン」は五輪を招致できたのか』PHP新書(2014年1月)で、「じつに不愉快な出来事」と表現している。
⇒2013年2月 3日 (日):「プロセス」と「結果」の関係/花づな列島復興のためのメモ(187)
⇒2013年2月 9日 (土):コーチングと体罰/花づな列島復興のためのメモ(191)

猪瀬氏がニューヨークタイムズ紙のインタビューで、「イスラム圏で共通しているのはアラーの神だけで、喧嘩ばかりしている」とイスタンブール批判をしてしまった。
猪瀬氏の謝罪でことなきを得たが、他候補都市の批判は禁止というルールに抵触するものであった。

ついで、最終プレゼンにおける安倍首相の、「福島原発事故は完全にコントロールされている(undercontrol)」という発言。
⇒2013年9月24日 (火):「嘘も方便」首相と日本の将来/花づな列島復興のためのメモ(264)
⇒2013年10月 4日 (金):むしろuncontrolと言うべきでは/原発事故の真相(89)
⇒2013年10月17日 (木):安倍首相は裸の王様か?/アベノミクスの危うさ(16)
⇒2013年9月 8日 (日):2020年オリンピックが東京に決定/花づな列島復興のためのメモ(257)

そして、猪瀬招致委員会会長自身の辞職。
⇒2013年12月19日 (木):百条委の設置と猪瀬氏辞任/花づな列島復興のためのメモ(283)
⇒2013年12月20日 (金):猪瀬氏の決定的な勘違い/花づな列島復興のためのメモ(284)

さらには、国立競技場の建て替え問題。
景観上の問題の他、デザインコンペの要項が、都の条例の制限に反していた。
また原宿にある日本体育協会の本部ビル・岸記念体育会館(JOCやその加盟団体、記者クラブなどが入居している)も新国立競技場周辺に移転予定であるが、都の条例の規制緩和を織り込んだ計画だという。
⇒2013年12月31日 (火):今年を振り返って

森喜朗組織委員会会長では、これらの暗い影を払拭する方向に動く意志や能力を持ち合わせているとは思えない。
せめて、新都知事に期待するしかないか?

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2014年1月12日 (日)

マルハニチロ農薬混入事件/ブランド・企業論(16)

食品大手マルハニチロホールディングス傘下の「アクリフーズ」群馬工場で製造された冷凍食品から農薬「マラチオン」が検出された。
マラチオンとは以下のような構造式の物質である。
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http://www.shokukanken.com/news/topics/140103-1515.html

接触性の殺虫剤として、農耕地のアブラムシ・ハダニ・カメムシなどに用いられる他、ゴミ埋立地などのハエ・蚊の駆除や、動物用医薬品としても使用される。

苦情を受けてから自主回収まで1カ月半を要した。
余りにも遅い対応ではなかろうか。

 アクリフーズによると、最初に苦情を受けたのは11月13日。ミックスピザを購入した静岡県内の消費者から「石油、機械油のようなにおいがする」と電話があった。製造した群馬工場では、9月に設備を改修したため、同社は塗料のにおいが付着した可能性が高いとみて調査を進めた。
・・・・・・
 その後同様の苦情が増え、12月3日には計9件に。4日になってようやく外部機関に分析を依頼した。塗料、農薬などに使われる「酢酸エチル」などの混入が判明したのは、苦情から1カ月後だった。
 この段階でも、同社は「塗料の付着が原因」と考えていた。農薬によるにおいでないことを証明するため17日、外部機関に残留農薬の検査を依頼。27日、農薬「マラチオン」が検出されたとの結果が出た。28、29日、流通業者などに自主回収を要請するとともに、29日、初めて記者会見を開き、事実を公表した。

http://mainichi.jp/select/news/20140101k0000m040121000c.html

消費者から、「異臭がする」というクレームが続いた時点で、なぜ塗料の可能性以外を疑わなかったのか?
同社は、返品された商品のうち19点を国の残留農薬基準(0.01ppm)より2ケタ高い1ppmを基準に検査していたという。
広報担当者は「検査期間を早めることを優先したが、検査方法をきちんと説明すべきだった」と釈明している。

検査期間を早めることを優先した?
単純に考えて、2ケタも精度が異なるのでは検査にならないのではないか?
安全性の確保は、食品メーカーとして基本的なことであろう。
「検査期間を早める=コストダウン(安上がり)」ということではないのか?

マルハニチロホールディングスとアクリフーズ社には、農薬の混入など「あり得ないこと」という先入観があったのではないか?
「想定外の事態」である。

しかし、群馬県警は工場従業員の作業靴からマラチオンを検出した。
マラチオンは外部から持ち込まれたとの見方のようであるが、いずれにせよ工場内部にマラチオンは存在したということだろう。

不特定多数に供する飲食物への毒物混入や汚染は、りっぱな犯罪である。
流通食品毒物混入防止法という法律ができたのは、世間を騒がせたグリコ・森永事件がきっかけだった。
「かい人21面相」を名乗る犯人が、青酸入り菓子をばらまき、世の中を不安に陥れた。
未だ解決していないが、事件発生からもう30年になる。

刑法に水道などへの毒物混入や汚染を罰する「飲料水に関する罪」が制定当初からあった。
水道は、文明化の象徴であろうが、不特定多数が食べる可能性のある食物への毒物混入は想定されていなかった。
流通食品毒物混入防止法を適用するためには、農薬が流通食品毒物混入防止法に規定する毒物にあたるかどうかが問題になる。
しかし、多くの薬が毒にもなる場合があることを考えれば、毒物の範疇について、杓子定規の解釈をすべきではないだろう。

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2014年1月11日 (土)

三菱マテリアル工場の爆発事故/ブランド・企業論(15)

四日市市の三菱マテリアル四日市工場で爆発事故が起きた。
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静岡新聞1月10日

石油化学技術者として職業生活をスタートした私には他人事とは思えない。
私の勤めていた工場でも、死者こそ出ないものの、事故は起きた。
化学系の工場では、異常反応による爆発事故はつきものともいえるが、根絶を目指さなければならないだろう。
安全第一である。Wikipediaでは次のように説明されている。

安全第一 (safety-first)は、アメリカ合衆国で誕生した標語である。
1900年代初頭、アメリカ国内では不景気のあおりを受け、労働者たちは劣悪な環境の中で危険な業務に従事していた。 結果、多くの労働災害に見舞われていた。
当時、世界有数の規模を誇っていた製鉄会社、USスチールの社長であったエルバート・ヘンリー・ゲーリーは労働者たちの苦しむ姿に心を痛めていた。 熱心なキリスト教徒でもあった彼は人道的見地から、当時の「生産第一、品質第二、安全第三」という会社の経営方針を抜本的に変革し、「安全第一、品質第二、生産第三」としたのである。
この方針が実行されると、労働災害はたちまち減少した。 品質・生産も上向いた景気の波に乗り、この安全第一という標語はアメリカ全土に、やがて世界中に広まった。
日本において安全第一の標語は工事現場や工場などで掲示されており、目にすることができる。「安全」と「第一」の間に緑十字が配置されることが多く、旗や垂れ幕のほか、作業員のヘルメットや作業車両などに書かれる。

もちろん三菱マテリアル社でも安全第一は実践されていたであろうが、事故は起きた。
有名な「ハインリッヒの法則」の教えるように、事故未満のインシデントを見逃さないようにするしかないであろう。
⇒2013年5月26日 (日):放射性物質漏洩事故の認識/原発事故の真相(71)
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市消防本部によると、爆発したのは、円筒形で金属製の熱交換器。

爆発した熱交換器は同社が子会社に発注した特注品であることが分かった。同社は熱交換器のふたを取り外す際の具体的な作業マニュアルを作っていなかったが、このようなマニュアル作りは同業者や業界団体などでは常識とされていることも判明。マテリアルの安全軽視ぶりが改めて浮き彫りになった。
http://mainichi.jp/select/news/20140111k0000m040147000c.html

同工場は水素ガスとトリクロロシランという化合物を混合させ、半導体の材料などにする多結晶シリコンを製造している。
トリクロロシランというのは、下図のような化合物であり、分子構造的にも反応性が高いと推測される。
Photo_2
Wikipedia

工業的には、トリクロロシランは塩化水素のガスを300 ℃ でケイ素の粉末に吹き付けて製造する。
下式のように、トリクロロシランとともに水素が生じる。
  Si + 3 HCl → HSiCl3 + H2
この水素が、爆発したのであろうか?
正月休みにメンテナンスをすることが多いが、事故はその後の操業開始に際して起きたのであろうか?

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2014年1月10日 (金)

都知事選を「勝ち抜く力」は誰に/花づな列島復興のためのメモ(291)

猪瀬前知事が辞職するのと同期するかの如く発売された本のタイトルは、「勝ち抜く力」だった。
⇒2013年12月19日 (木):百条委の設置と猪瀬氏辞任/花づな列島復興のためのメモ(283)
猪瀬氏にとっては余りにも間が悪いというべきだろうが、版元はしてやったり、だろうか?
辞職に伴う都知事選の告示(23日)を控え、候補者を擁立する動きが賑やかになってきた。
以下のような名前が挙がっている。
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静岡新聞1月10日

1自治体とはいえ、首都の顔である。
各党は、勝敗が党勢を左右することにもなるので、勝てる候補者の擁立に向けて慎重になっているようである。

都議会自民党は、9日の総会で舛添要一元厚生労働相(65)の推薦を決めた。
これから石破茂幹事長ら党本部の執行部との調整を進める。
しかし、一度離党して他党の党首になった人間を担ぐとは、自民党も人材不足である。

後だしジャンケンと言われるように、近年の都知事選では告示間際まで出馬表明をしないでいる候補が当選したのは事実である。
石原慎太郎氏などの高い知名度を持つ候補の戦略と言えるだろう。
そういう風潮の中で、いち早く出馬を表明したのは、前回次点だった宇都宮健児氏である。
前回2011年は、「人にやさしい東京をつくる会」からの支援を受、キャッチコピーとして「東京なのに宇都宮、弁護士なのに健児」を標榜して脱原発、福祉の充実、格差是正などを訴えたが、石原後継の猪瀬氏に敗れた。
今回出馬にあたっての基本的なスタンスは、以下のようである(Wikipedia)。

決まってしまったもの(2020年東京オリンピック)を今から覆すのはさすがに難しい。なるべく税金の無駄が少ないコンパクトなオリンピックを目指すべき。東京での開催に向け周辺国との緊張を緩和し、平和の祭典としてのオリンピックを目指す。安倍政権は特定秘密保護法案や集団的自衛権行使の容認に向けた動きなど、戦争できる国づくりを急速に進めている。このままでは、日中戦争開戦で開催できなかった1940年の“幻の東京オリンピック”の二の舞いになるかも。平和と友好というオリンピックの理念の下、東アジアの緊張緩和を目指すべき

私も基本的には同感である。
しかし、氏は前日弁連の会長であるが、政治家として見た場合、華に欠けるような気がする。
大衆的な支持はどうだろうか。

猪瀬氏を後継に指名した石原氏は、何の反省もなく、田母神俊雄・元航空幕僚長(65)を推薦するという。
維新の会共同代表という立場であるが、維新の会も弱っているのではないか。
かつての颯爽ぶりも今や単なる耄碌したボケ老人である。

「話のキャッチボールがまともにできないんです。自分の話を始めると、どんどん脱線し、延々と昔話を続ける。会議でも記者会見でも、みんな『また始まった』とうんざりしています。TVでは発言を短く切って放送するので、まだしっかりしているように見えますが、“ボケ老人”そのものですよ」(維新関係者)
http://gendai.net/articles/view/news/147092

まさか田母神氏が当選することは万に一つもないであろうが、「都民の安心・安全のために、自衛隊中心の救助体制を整える必要がある」と主張しているので、安倍首相の支持層と重なることは注意しておく必要があろう。
田母神氏については、私の評価は、単なる泡沫である。
⇒2009年1月10日 (土):田母神第29代航空幕僚長とM資金問題
⇒2009年1月11日 (日):田母神前幕僚長のアパ懸賞論文への応募
⇒2009年1月12日 (月):田母神氏のアパ論文における主張…対華21箇条要求
⇒2009年12月19日 (土):「天皇の政治利用反対」という錦の御旗(3)張作霖爆殺事件

台風の目になるかもしれないのが、細川護煕元首相(75)である。

 細川氏は脱原発を主張しており、原発ゼロの立場を取る小泉純一郎元首相に支援を取り付けたい意向とされる。知名度の高い首相経験者2人が連携すれば、選挙戦の台風の目になる可能性が高い。
 細川氏周辺によると、細川氏は今年に入ってジャーナリストの池上彰氏(63)と会談し、出馬を打診したが、池上氏は逆に「細川氏が出た方がよい」などと立候補を促したという。細川氏らは「池上氏が最適の候補者だ」として、引き続き出馬を要請している。
 細川氏が出馬する場合は無所属で臨む意向のため、民主党が出馬を打診したものの固辞。小泉氏の対応や他候補の動きを見極めながら、来週にも最終判断するとみられる。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140110/stt14011007290000-n1.htm

細川-小泉連携が成れば、以前書いたように「山が動く」ことになるかも知れない。
⇒2013年10月27日 (日):小泉元首相の脱原発論/アベノミクスの危うさ(18)
⇒2013年11月14日 (木):細川・小泉連携で「山は動く」か?/花づな列島復興のためのメモ(271

しかし、細川氏は現職とするにはいささか高齢のように思う。
池上氏は、猪瀬氏の末路を見たら、ジャーナリストとして二の足を踏むのではなかろうか。
私は斬新な顔を期待するが、まだまだ告示までに何が起きるか分からないと思う。

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2014年1月 9日 (木)

金融緩和で実体経済に資金は回っているか/アベノミクスの危うさ(24)

昨年4月に始まった黒田日銀の「異次元金融緩和」によって、資金供給量は、2013年末は2012年末に比べ、46%も増えた。
その結果、大幅な円安と株高が実現した。
安倍政権発足時の日経平均株価1万0230円、円ドルレート85円に対して、昨年12月30日大納会の平均株価の終値は1万6291円で実に約6割も上昇、円ドルは105円で2割強の円安となった。
しかし、実体経済に対しては、どの程度の効果と言えるのだろうか?

GDPは、大きく分けると、個人消費(民間最終消費支出)、民間住宅投資、民間設備投資、政府支出(消費と公共投資)、純輸出(輸出-輸入)から成り立っている。
2014年度にGDOにとってマイナス要因になると予想されるのが、個人消費、民間住宅投資と公共投資で、プラス要因が民間設備投資と純輸出。

2014年度のGDP成長率はどうなるであろうか?
下表は、各経済研究所の予測値である。Photo_2
http://diamond.jp/articles/-/46660

政府の実質成長率は1.4%であるが、それは研究所の予測値の中で最上位のメリルリンチ日本証券と同じである。
逆にニッセイ基礎研究所の予測では、0.2%に過ぎない。
消費税増税による個人消費の減少を大きく見ていることと、公共投資のマイナス影響が大きいと予想していることによる。
他の機関は、この中間にばらついている。

問題の中心は、4月から消費税率が5%から8%に引き上げられるので、この消費税増税によって個人消費がどの程度落ち込むと見るかであろう。
公共投資について政府は13年12月に5.5兆円規模の経済対策を決めたが、前回の10兆円と比べれば規模が小さくなるので、どの程度の寄与になるか。

金融緩和が波及していくシナリオは、下図のように想定されている。
Photo_5
http://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_pol_seisaku-kinyusyoken20130417j-03-w440

しかし、肝心の金融機関の貸出残高は停滞している。
Photo_6
東京新聞1月8日

これでは実体経済への影響は疑問視せざるを得ないだろう。
メリットを享受しているのは、輸出企業に留まり、結果として、株高と円安"だけが起きているのではないか。

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2014年1月 8日 (水)

関西の「いき」を体現・やしきたかじん/追悼(42)

歌手や司会者などとして幅広く活躍してきたやしきたかじん(本名・家鋪隆仁)さんが、3日亡くなった。
私は、リハビリ専門病院に入院中に、ST(言語聴覚士)の才媛に教えられて、静岡のローカル局で、 「たかじんのそこまで言って委員会」を放映していることを知った。
退院後の数少ない視聴する番組の1つとなっていたが、体調不良で休んでいたので気になっていた。
タイトル通り、たかじんさんが仕切ってこその番組である。

出演者はライトよりの人が多く、たかじんさん自身もそういう傾向だったようであるが、反中央・反権威主義的なところは大いに同感する部分があった。
たかじんさんの本業は、歌手である。
しかし、私は歌っているシーンは記憶にない。
やしきたかじん-Wikipediaには、次のような話が紹介されている。

普段のしゃべる時のだみ声の地声と、歌うときの高く澄んだ甘い歌声とのギャップがあまりにも大きいため関西以外ではたかじんが歌手であることを疑われることが頻繁にあり、関西では「スズムシの声を持ったゴキブリ」と呼ばれていた。上岡龍太郎はたかじんを評して「普段のしゃべり声は芸人の声、歌っているときの声は歌手の声」と言った。

確かに、司会をしている時のたかじんさんの声から歌手を想像することは難しい。
一緒に番組を視聴している妻は、歌手とは思っていないかも知れない。
東京嫌い(=反権力)は以下のように徹底していた。

上岡龍太郎と同じく大の東京嫌いのため、在京局の番組での出演は非常に少なく、全国ネットの出演番組も多くはない(なお、上岡は1987年から2000年の引退まで全国ネット番組には出演していた)。かつて『たかじん胸いっぱい』(関西テレビ)の全国ネット化をキー局のフジテレビから打診され、また『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ)もキー局の日本テレビからゴールデンタイムでの全国ネット化を熱望されたが、たかじんが「関東には絶対流さない」「関東で放送されるくらいなら辞退する」と言い(『そこまで言って委員会』の宮崎哲弥も同様に埼玉・千葉・神奈川では辞めないにしても、東京で放送したら辞めると宣言している)、在京キー局(関東)ではネットされていない(全国ネットではない)現状である。

数多くの武勇伝が知られているが、割愛する。
歌手の堀内孝雄とは桃山学院高校時代の同級生だという。
高校時代は新聞部の部長を務め、新聞記者志望だったという。
しかし、多くのいざこざから自らの手で新聞部を廃部にし、同校の卒業名簿の著名な卒業生一覧から「やしきたかじん」の名は抹消されている。
なお、桃山学院高校の新聞部は現在も廃部の状態であるという。

お笑い番組の名プロデューサー沢田隆二氏は、以下のように哀悼している。

芸が円熟していくころだけに残念だ。達者なしゃべりとともにテレビで見せるアクの強さ、歌手としては二枚目的というギャップも、大阪で好まれたのだろう。東京集中が進むテレビの世界で、東京に背を向けて大阪流を貫いた最後のスターかもしれない
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140108/wlf14010811010010-n1.htm

すべてが東京一極に集中していくかの感がある中で、際立った存在だった。
関西(大阪≒反東京)のダンディズム・「いき」の精神を体現した人だった。
合掌。

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2014年1月 7日 (火)

半導体戦争における巨艦日立の沈没/ブランド・企業論(14)

かつて半導体が「産業のコメ」と呼ばれた時代があった。
「産業のコメ」とは、産業の中核を担うものの意味である。
幅広い分野で利用され、産業全体の基盤となり、生活に必要不可欠なものをいうが、高度成長期は鉄鋼、1970年代後半以降は半導体がそう呼ばれた。

半導体が「産業のコメ」の時代、半導体製造企業は花形だった。
成績優秀な学生は、競って半導体製造企業を目指した。
ところが、国際競争が激化し、サムソンをはじめとする韓国勢の台頭とコスト競争が激化し、日本企業は苦戦を強いられるようになる。
NEC・日立・三菱と、代表的な国産半導体製造企業集結してしてエルピーダメモリ社が発足したが、業績不振で会社更生法の適用を受ける有様だった。
Photo
⇒2012年2月28日 (火):硅石器時代とエルピーダの破綻/花づな列島復興のためのメモ(29)
⇒2012年1月13日 (金):経済産業省審議官の法律感覚

かつての花形事業が、統合して新会社を作らざるを得なくなった末に会社更生法を適用されるまでに至った経緯はどういうことか。
それでも、1990年段階では、日立製作所は、世界第4位の位置にあった。
19902
http://www.nikkei.com/news/print-article/?R_FLG=0&bf=0&ng=DGXDZO64880830U4A100C1TY8001

日立は、もともと東京電力などに発電設備を納める重電事業が主流であった。
歴代トップは、ほとんど重電出身者が占め、1950年代に始まった半導体は、伸び盛りの事業として目立ってはいたが、社内の基盤は弱かった。

日立が営業利益で最高益を上げたのは、今から23年前の1991年3月期。当時の稼ぎ頭はメモリーであり、半導体部門が全社の収益を支えた時代もある。それでも、半導体プロパーで社長はおろか副社長になった人はいない。専務も牧本1人にとどまる。
同上

半導体の世界には、「ムーアの法則」と呼ばれる有名な経験則がある。
⇒2013年7月 5日 (金):ビッグデータ・ブームは本物か/知的生産の方法(66)

Photo
Wikipedia-ムーアの法則

一般には、集積回路上のトランジスタ数は「18か月ごとに倍になる」と表現される。
したがって、臨機応変、状況に応じて変わることが重要である。
日立の社風の大きな特徴は予算主義であるといわれる。
各事業部門が次の年度の売上高や利益、投資額などの詳細な予算を立て、その達成度合いを評価指標とする。
この予算主義は、重電には馴染むが、市況の変化しやすい半導体や家電には馴染まない。
急成長したサムスン電子はカリスマリーダーのもとで、市況が低迷している時にあえて巨額の投資をした。

予算主義の会社では、赤字の事業部門は新規投資をし難い。
急速に進む技術革新のダイナミズムにおいて行かれることになるのは、ある意味で必然である。
を経営陣がどこまで理解したかが、彼我の格差を生んだ大きな要因だ。する逆張りの発想で成功した。
いわゆる事業ポートフォリオを一律の基準で考えてはいけないということだろう。
Photo_2
技術革新の早い分野でどう事業を構築するかは、アベノミクスでは解けない日本の産業界の課題であろう。

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2014年1月 6日 (月)

核燃料サイクルをどう考えるか?/花づな列島復興のためのメモ(290)

エネルギーは、生活・生産に不可欠である。
将来のエネルギー源の構成をどう考えるか?
産経新聞の1月4日付の社説(主張)欄は、「原子力による電力供給が「ゼロ」」という今年の年始を「異例」と表現した。

 国内50基の原発が昨秋以来、すべて停止しているためである。
 昨年7月、原発の新規制基準が施行され、第1陣として北海道、関西、四国、九州の電力4社が、計12基の原発の安全審査を原子力規制委員会に申請した。
 半年が経過し、審査の完了した原発は1基もない。牛の歩みを思わせる緩慢さだ。電力会社への資料提出の求め方などに手際の悪さがあるのでないか。規制委は外部とのコミュニケーションを密にして的確な審査を円滑に進めるための改善努力が必要だ。
http://mugentoyugen.cocolog-nifty.com/blog/cat45844246/index.html

果たして原発の安全審査は、牛の歩みを思わせる緩慢さだろうか?
そして、審査の遅いことは悪いことであろうか?

同紙は、「原発の再稼働が1日遅れるごとに、50基合計で毎日100億円の国富が消える」と書くが、その根拠の数字は何か?
原発の発電コストをどう見ているのか?
⇒2013年1月23日 (水):原発は本当にコスト優位性があるのか?/花づな列島復興のためのメモ(182)
⇒2013年8月23日 (金):政府は非常事態宣言を発するべき/原発事故の真相(80)

電源別の発電コストは以下のように説明されている。
Photo
http://www.shins.com/nuclear/nuclear0140.html

産経新聞の「主張」は上表に基づいているのかも知れない。
しかし、実際に掛かっているコストは下表のようである。
Photo_2
http://www.shins.com/nuclear/nuclear0140.html

この数値は、実際に東電が原発の設置許可申請書に記載した発電原価である。
一番安い原発でも10.32円、高いものでは19.71円も必要であり、他の電源よりむしろコスト高である。
上記は発電コストであるが、原発の場合、実際に利用される都市部には設営する事が出来ないので、遠距離の送電費用を算入することが必要である。
つまり、利用するためには、この他に、廃炉費用や核燃料の再処理費用などが必要である。
それはどう見積もっているのだろうか?

何よりも、福島原発事故は未だ収束していないし、収束の見通しも立っていないが、事故対応コストはどこまで見込んでいるのか?
核燃料サイクルが未完成では、コストも算出しようがないのかも知れないが、だからネグレクトしていいというわけではないことは、当然であろう。
事故対応だけでも、東電という巨大企業でも負担しきれないのが現実である。
現実を見据えた場合、どこから考えても、産経新聞の「主張」は成立しない空論ではないのか。

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2014年1月 5日 (日)

戦後政治の価値意識/花づな列島復興のためのメモ(289)

一強多弱といわれる政治状況の中で、安倍政権が戦後レジーム否定の旗幟を鮮明にしつつある。
一昨年末の総選挙、昨夏の参院選が現在の一強多弱をもたらしたわけであるが、その2つの選挙で問われたのは何で、問われなかったのは何か?
デフレ脱却という経済政策と民主党政権に対する信任であり、安倍首相が現在進めていることについて、国民が白紙委任したわけではないだろう。

デフレ脱却と民主党政権への期待外れが、結果として自民党の地滑り的勝利をもたらした。
安倍政権は、2006年からの第1次安倍政権の時、「美しい国づくり内閣」を標榜し、戦後レジームからの脱却を目指したが、体調不良により退陣を余儀なくされた。
その無念を晴らそうとするが如く、実に分かりやすく、戦後的価値の否定の姿勢を明確にしている。

特定秘密保護法、靖国参拝等の先に見据えているのは、憲法第9条の否定を軸とした改憲であろう。
ところが、戦後政治を主導してきた自民党は、必ずしも改憲一色ではない。
自由民主党は、1955年に自由党と日本民主党が、保守合同して誕生した。
つまり、保守-革新という図式で言えば、保守政党であるが、戦争体験によって、大東亜(太平洋)戦争に対する見方は異なっていた。

自民党には、大東亜戦争を明確に否定する立場と、肯定しようという立場があった。
保守合同は、冷戦構造という外的要因の中で、反共親米を共通項として成立した。
したがって、大東亜戦争に対する賛否は、伏流せざるを得なくなっていた。

大東亜戦争に対する否定派の源流は吉田茂であり、肯定派の源流は岸信介であろう。
吉田茂は、1946年(昭和21年)5月、自由党総裁鳩山一郎の公職追放にともなう後任総裁への就任を受諾し、内閣総理大臣に就任した(第1次吉田内閣)。
その後、社会党政権である片山内閣や芦田内閣を経て、1948年第2次内閣、1949年に第3次内閣を組閣した。
吉田茂は外交官の出身で、終戦後の1945年(昭和20年)9月、東久邇宮内閣の外務大臣に就任したことからも、根っから親米的であったといえよう。

1949年(昭和24年)3月、GHQ参謀第2部のチャールズ・ウィロビー少将に次のような書簡を送った(吉田茂-Wikipedia)。

日本の共産主義者の破壊的かつ反逆的な行動を暴露し、彼らの極悪な戦略と戦術に関して国民を啓発することによって、共産主義の悪と戦う手段として、私は長い間、米議会の下院非米活動委員会をモデルにした『非日活動委員会』を設置することが望ましいと熟慮してきた。

そして、1952年に破壊活動防止法と公安調査庁、内閣調査室を設置・施行されるきっかけを作った。
いわゆる冷戦という戦後体制の中で親米反共の立場は揺るがないものであったが、大東亜戦争に対しては、批判的であった。

太平洋戦争開戦前には、ジョセフ・グルー米大使や東郷茂徳外相らと頻繁に面会して開戦阻止を目指すが実現せず、開戦後は牧野伸顕、元首相近衛文麿ら重臣グループの連絡役として和平工作に従事(ヨハンセングループ)し、ミッドウェー海戦大敗を和平の好機とみて近衛とともにスイスに赴いて和平へ導く計画を立てるが、成功しなかった。

これに対し、岸信介は、A級戦犯容疑に問われたことからも理解できるように、親米反共ではあるが大東亜戦争を否定はしていない。
私なりに戦後体制をポジショニングしてみれば以下のようになろう。
Photo

ソ連邦崩壊、冷戦の終焉と共に、容共派はほぼ国内で絶滅した。
現在の一強多弱状況を崩すためには、対立軸が何かを明確にしなければならないだろう。
大東亜戦争に対する姿勢はその1つであると思うが、、国会議員の中で、終戦の前に生まれたのは68人、戦後生まれは654人だという。
圧倒的多数が、戦後民主主義を空気のような存在として過ごしてきたのではなかろうか。

私も、戦後民主主義を空気のような存在として過ごしてきた者の一人である。
私は、昨年の天皇誕生日における天皇の言葉を、戦後的価値の擁護として捉えた。

平和と民主主義を,守るべき大切なものとして,日本国憲法を作り,様々な改革を行って,今日の日本を築きました。

私もまた、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして位置づけたい。
そのためには、自民党の中の護憲派的勢力を含めた再編成を目指すべきであろう。
イシューとしては、経済政策、原発問題、外交等が考えられる。
戦後民主主義を空気のように当たり前の前提としてきた世代が、それを失わせて、いつか来た道を辿るようなことがあってはならないであろう。

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2014年1月 4日 (土)

現代軍師論/花づな列島復興のためのメモ(288)

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』が明日から始まる。
黒田官兵衛、つまり黒田孝高(くろだ よしたか)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名である。
出家後の号である黒田如水が有名であり、「水五則」の作者であると言われているが、真偽は分からない。
⇒2012年8月20日 (月):三分一湧水と先人の知恵

豊臣秀吉の側近として仕え、調略や他大名との交渉などに活躍した。
先ごろ公開された映画『清須会議』でも、寺島進が存在感を出していた。
そんなこともあって、12月頃から書店には黒田官兵衛関連本が溢れていた。
文藝春秋 SPECIAL」2013年12月号は、日本の軍師100人と銘打っている。
その中で、半藤一利氏と保阪正康氏が「軍師の条件」という対談において、日本の軍師ベスト10を選んでいるが、読者の投票において1位を得たのが黒田官兵衛である。

同誌に掲載記事の中で面白いと思ったものの1つが、後藤謙次氏の『菅義緯』である。
副題は、「「鳥の眼」と「虫の眼」を併せ持つ安倍政権の軍師」である。
言わずと知れた現内閣官房長官である。

官房長官というのは、Wikipediaによれば以下のような職務である。

内閣官房の事務は行政のほとんどすべての領域に及びうる為、それを統括する官房長官の職務も極めて広範に渡りうる。今日の官房長官が果たしている特に重要な機能として、以下のようなものが挙げられる。
 内閣の諸案件について行政各部の調整役。
 同じく諸案件について、国会各会派(特に与党)との調整役。
 日本国政府(内閣)の取り扱う重要事項や、様々な事態に対する政府としての公式見解などを発表する「政府報道官」(スポークスマン)としての役割。
・・・・・・
閣議では進行係を務める。
このほか、内閣府(大臣委員会及び特命担当大臣の所掌部署を除く)の事務の総括整理も担当することとされており(内閣府設置法8条)、具体的には大臣官房、賞勲局、迎賓館、官民人材交流センター、再就職等監視委員会、国際平和協力本部、宮内庁、公正取引委員会などを所管する。

私は安倍政権の政策と国会審議の進め方に多くの疑問を持っている。
しかし、衆参両院の選挙で圧勝し、世論調査でも近来にない高い支持率を維持していることは素直に認めたい。
そして、それに大きく貢献しているのが、菅義緯氏であることは間違いないだろう。

菅義緯は、昭和23(1948)年、秋田県の農家に生まれた。
高校卒業後上京し、生活に苦労しながら法政大学の夜間部を卒業する。
卒業後、中曽根派の中堅幹部だった小此木彦三郎の事務所に入り、小此木や小此木の盟友梶山静六の政治手法に影響を受ける。
政治家デビューは38歳の時の横浜市議であり、90年に横浜市長に当選した高秀秀信の相談相手として頭角を現す。
海部退陣のきっかけとなった小選挙区比例代表並立制法案を「審議未了、廃案」として葬ったのが、小此木国対委員長と梶山のコンビだった。

まあ、ジャーナリストの人物評は、立ち位置により極端に変わるのが常であろう。
後藤氏の「菅評」も菅氏に非常に甘いものであるが、「安倍-菅」体制は近来の政権としては最も強靱であるように見える。
菅氏が、自ら大将になろうとせず、黒子役が自分の役柄であると自覚しているからであろうが、強靱であることがいいとは限らない。
安倍政権は、亡国の政権になる可能性が高いと思う。
⇒2013年12月 6日 (金):安全保障の名目で国を危うくする安倍一族/戦後史断章(17)

戦後の名官房長官として定評があるのは中曽根政権の後藤田正晴氏であろう。
私はそうは願わないが、安倍政権が長期化すれば、菅氏も後藤田氏のように名官房長官と言われるようになるかもしれない。

軍師といえば、今風にいえば「参謀」であろう。
トップと参謀すなわち補佐役はミッションが異なる。
先ごろ都知事辞職を余儀なくされた猪瀬直樹氏はトップにならなければ良かったのに、と思わざるを得ない。
副知事としてはきわめて有能であったと思う。
⇒2013年12月20日 (金):猪瀬氏の決定的な勘違い/花づな列島復興のためのメモ(284)

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2014年1月 3日 (金)

食材偽装問題とブランドの役割/ブランド・企業論(13)

去年もまた企業不祥事が数多くあった。
中でも記憶に残るのが、食材偽装であろう。
名門という評価を得ていたホテルや百貨店も、偽装を行っていたことが判明したのである。
⇒2013年10月25日 (金):阪急阪神ホテルズのメニュー偽装/ブランド・企業論(5)
⇒2013年11月 7日 (木):老舗百貨店よ、お前もか!/ブランド・企業論(8)

「ダイヤモンド・オンライン2013年12月18日」号に、 水村典弘・埼玉大学経済学部准教授の、『食材偽装問題の根っこは「ブランド乱立」にあり!-数百ページの再発防止策より大切な“シンプルルール”』 という記事が載っている。
同記事は、ダイヤモンド・オンライン編集部のインタビューをまとめたものである。

今回の偽装問題の特徴は、件は、過去における賞味期限切れ食材の提供事件や食中毒事件といった、「食の安全」を脅かす事件とは異なっている。
健康被害はほとんど確認されておらず、問われたのは、企業の倫理観であった。
消費者が企業により深い倫理観を求めるようになっている。

特に名の知れたホテルや百貨店のレストランの場合は、当然のことながら期待値も高い。
場合によっては、10~15%前後のサービス料も一律にとられる。
接客サービスの基準が上がり、ホテルや百貨店の側は、利用客の期待以上のものを提供する義務を負う。
ビールを注文しても発泡酒が出てくるような居酒屋で食材偽装が発覚しても、利用客は怒らなかった可能性もある。
何事も織り込み済みだからである。
ブランドを前面に出しているからこそ、問題が大きくなった。

現場の事情はどうか?
今回の場合、メニュー表作成時には、食材の原料原産地・銘柄や調理法をメニューやラベルに書いていたケースが多いようだ。
それが時間の経過とともに事実確認が疎かになり、事実と異なる食材の原料原産地・銘柄や調理法がメニューに記載されても気にならなくなってしまった。
「産地が違っていても、品質が悪くなく、口にして美味しければ、お客様の期待を裏切ることはない」という卸売業者の判断や仕入れ担当者の判断もあるだろう。
人の倫理観は時間の経過とともに薄れてやがて消えていく、といわれる。
「倫理観のフェーディング」と呼ばれる組織人の多くに見られる倫理観の欠如現象である。

メニューやラベルの表示が事実と異なっていた点について、企業の説明は、「行き違い」「誤認」「コミュニケーション不足」「悪意はなく誤表記だった」というものが多かった。
つまり、「偽装」ではなく「誤表記」だという説明である。

ユネスコの無形文化遺産に「和食」が仲間入りすることになったことでも理解できるように、日本人は食に対する意識が非常に高く、産地や銘柄に敏感だ。
それが、ご当地食材としてブランド化することになった。
しかし流通経路が複雑化し、食材の銘柄やブランドが溢れるようになって、責任の所在が曖昧になった。
川上から川下に至るすべての業者が誠実な態度でブランド管理に臨まなければ、ブランド価値は保てない。

どう対応するか?
水村氏は、原料原産地・銘柄や調理法の表示が法令で義務付けられていないものについては、メニューやラベルに「○○産」「○○肉」といった情報を載せなければよいのではないか、という。
「○○産」「○○肉」などを明記すれば、食材の原料原産地から流通・加工の全行程の詳細を調べ上げる必要性が出てくる。
「食品トレーサビリティーシステム」の導入も考えられが、食材のすべてを網羅できていないので、初めから、メニューやラベルに細かな情報を書かなければそれで済む。

基本は企業の倫理観の欠如であるが、それをしている人は、生活者・消費者でもある。
私はどちらかと言えば、「ビールを注文しても発泡酒が出てくるような居酒屋」でも構わないタチであるが、要は自分が旨いと思えれば、あるいはコストパフォーマンスに納得ができればいいのではないかと思う。
ブランド情報に依存し過ぎな生活を顧みることも必要ではないだろうか。

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2014年1月 2日 (木)

租税回避地を使い節税(?)する東電/ブランド・企業論(12)

果たして節税という言葉が相応しいのであろうか?
東京電力が複雑なスキームを使って、免税制度のあるオランダに利益を蓄積していた。
海外の発電事業に投資して得た利益である。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2014010102000105.html

オランダは、タックスヘイブン(租税回避地)の1つである。
AIJ投資顧問という会社がケイマン諸島でやっていたことと同じことではないか。
⇒2012年3月 3日 (土):AIJ投資顧問をめぐる闇/花づな列島復興のためのメモ(31)
⇒2012年3月30日 (金):AIJ投資顧問をめぐる闇(4)ケイマンによる「見えさる化」/花づな列島復興のためのメモ(42)

タックス・ヘイヴンといえば、通常は、英国領ケイマン諸島のような、国際金融取引の単なる中継地として利用されることを想定したような、それ自体は特に見るべき産業のない島国が想定される。
しかし、現在の国際金融取引においては、租税負担の軽減を目的として、多くの資金がタックス・ヘイヴンを経由して動いているとされる。
一部のタックス・ヘイヴンには、本国からの取締りが困難だという点に目を付けた、暴力団などの反社社会的勢力の資金なども流入しているといわれている。

東電が通常の企業ならば、タックス・ヘイブンを利用することもいいだろう。
電力会社は代表的な公益企業である。
公益企業には一般の私企業に比べ、より大きな社会的責任があると考えられる。
その存立の基盤を自ら放棄する行動といえよう。

確かに、外形上は「現行税制では合法」かも知れない。
しかし、東電は福島原発事故の対応のため、公的支援を受けている。
つまり、右手で国民の税金を受け、左手で自らの税金を隠しているようなものではないか。
東電担当者は「多額の税金が投入されていることは、十分認識している。国民負担最小化をはかる観点から、海外投資子会社の内部留保の有効活用は引き続き検討したい」としているが、空々しい。

東電をどうすべきか?
⇒2013年11月20日 (水):東京電力をどうすべきか?/ブランド・企業論(10)
東電と原子力損害賠償支援機構が策定し政府に12月27日に提出した新しい再建計画では、株主・貸し手責任に踏み込まない内容になっている。

それでいいのか?
原発再稼働に積極的な安倍政権は、国民支持が根強いことを背景に、東電の経営体質や原発問題への批判に対し、新たな対応策を立てる動きをみせていない。
この再建計画に墨付きを与えるならば、「原発復権」の勢いが加速することは間違いない。
ここでは原則に立ち戻って、株主や債権者に相応の責任を負わせるべきではないか。

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2014年1月 1日 (水)

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。
2014年が始まりました。

平成26年ですが、日本は年号を使用している数少ない国です。
平成も既に四半世紀を閲したことになります。
「平成」の出典は、「史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、『書経』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「内外、天地とも平和が達成される」という意味、だとされます(Wikipedia)。
この四半世紀で、果たして、「内外、天地とも平和が達成され」たと言えるでしょうか?

今年も、ちょっと風は強いような感じですが、清々しい富士山を拝むことができました。
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わが家では、およそ20分後くらいに、箱根山から陽が昇ります。
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初日に照らされる富士を拝み、初日の出を拝んでいると、太陽信仰という言葉も腑に落ちてくるような気がします。
富士山は世界遺文化産に登録されましたが、その文化を後世にどのように伝えて行くか、これからが本番です。

同じく新たにユネスコ文化遺産に登録された「和食」ですが、「おせち」と「雑煮」は多くの家庭で味わう和食だと思います。
日本経済新聞の「春秋」が、吉田健一のエッセーを引いています。

 元旦の穏やかな気分を言いあらわして絶妙な文章が、作家の吉田健一にある。おせち、といってもゴボウやサトイモ、コンニャクの煮しめなんぞを肴(さかな)に、ゆっくりと飲む朝の酒。まあ、何のことはないが「それはほのぼのでも染みじみでもなくてただいいもの」なのだ。
▼「もし一年の計が元旦にあるならばこの気分で一年を通すことを願うのは人間である所以(ゆえん)に適(かな)っている。その証拠にそうしているうちに又眠くなり、それで又寝るのもいい」(「私の食物誌」)。独特の吉田節だが、これぞ正月というものだ。どんな時代でも、けさのこの心持ちがずっと続いてほしいと人は望みをかける。

和食の世界にも、昨年は偽装表示の波が押し寄せました。
有名ホテル、有名百貨店というブランドを誇るべき企業が、軒並み謝罪する姿は、「皆で渡れば・・・」という感じでした。
春秋氏は、また明治のコラムニスト斎藤緑雨から、「家内安全、商売繁盛、願ひは平凡なるものなり」「平凡なる願ひのために、平凡ならざる闘争をつづけて、人は顧みざる者なり」を引いています。
明治が平成になっても、事情は変わらないようです。

何はともあれ、今年こそ、内外、天地とも平和が達成される年になって欲しいと思います。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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