ファクトとエビデンスと創作性と嗅覚/知的生産の方法(77)
都知事を辞任した猪瀬氏は、次のように語った。
これからは都政に携わった経験も生かし、一人の作家として、都民として都政を見守り、恩返しをしていきたい
私は必ずしも猪瀬氏の良い読者ではないが、『昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)』(2010年6月)や『ミカドの肖像 (小学館文庫)』(2005年3月)等で、緻密で幅広い調査力と読み手を引き込む文章力に惹かれた。
優れたリサーチャーという印象である。
それは将としての資質ではなく、参謀としての資質のように思われる。
⇒2013年12月20日 (金):猪瀬氏の決定的な勘違い/花づな列島復興のためのメモ(284)
猪瀬氏の作風の特徴は何か?
自身が言うように、「ファクトとエビデンス」に基づくもの、といえよう。
「ファクト(事実)とエビデンス(証拠)」も猪瀬さんの口癖だそうだ。作家として旧住宅・都市整備公団を取材していたとき、空室率を調べるため夜に明かりのついた部屋を確認し、郵便受けも一軒ずつチェックしたという
事実と証拠に基づいて真実を明らかにする。その姿勢は、都議会の答弁からはうかがえなかった。よもや辞職すれば追及から逃れられるとは考えていまい。会見でも、説明は続けると約束していた
http://www.topics.or.jp/meityo/news/2013/12/13874964478059.html
「週刊現代2014年1月4・11日号」で、曽野綾子氏が『猪瀬さんを見て思うこと』という一文を寄稿している。
冒頭で、某新聞に載ったという川柳を紹介している。
作家だろ もっと上手に嘘つけや
ここでは作家の本質を、虚構(フィクション)の創作として考えている。
フィクション(虚構)と「ファクト(事実)とエビデンス(証拠)」はおよそ対蹠的なものではないだろうか?
つまり作家という言葉の内容が、人によって異なっているのである。
「作家=もの書き=ライター」は、2つのタイプに分けられる。
フィクションのライターとノンフィクションのライターである。
川柳の作者は、フィクションのライターを想定している。
曽野氏は、将来事件を起こしたら、2つのことを心がける、としている。
1.捨て身になって本当のことを語る
2.文学として通用する構成された嘘を作る
作家という一般的な語感は、川柳作者のように、「2.」を業とする人のイメージであろう。
曽野氏は、作家は政治家とは対極にある職業だとして次のようにいう。
作家は一人で仕事をする。
そして、作家は市民の代表ではない。
浪費家だったり、ケチだったり、バクチにはまったり、異性にだらしがなかったりすることは、作家としてマイナス点にはならない。
作家であるための必要条件は、自分の弱いところや汚いところから目をそらさず向き合い続け、作品を生み出すことだ。
究極の私人であって、公人の最たるものとしての政治家とは根本的に方向性が異なる。
猪瀬氏は、フィクションのライターではない。
それは今までの作品からも、自身の「ファクト(事実)とエビデンス(証拠)」という口癖からも明らかである。
中日新聞のコラム「中日春秋」の12月20日に、香りのプロのことが載っている。
香りのプロともなると、天然と人工合成の香料を、二千五百種ほどもかぎ分け、記憶しているという
・・・・・・
▼猪瀬直樹さんのインタビュー集『日本凡人伝』に出てくる化粧品会社の調香師の体験談だ。その道のプロの技の妙を伝える本は少なくない。だが、この本ほど、語り手の息遣い、その人に染み込んだ時代の空気までをも活写している本は、そうない▼猪瀬さんの作家としての嗅覚は脱帽ものだ。
・・・・・・
▼政治をめぐるカネの腐敗臭は、それほど優れた嗅覚をも狂わせてしまうのか。「徳洲会」グループから五千万円を受け取った疑惑で、猪瀬さんが都知事の座を降りた▼すべて疑うのが、作家。自分自身を疑うだけでは、十分ではない。権力機構までをも抱え込みつつ、自分自身を疑えば、感性が研ぎ澄まされる-とは、猪瀬さんが『東京の副知事になってみたら』に記した言葉。作家猪瀬直樹はいま、政治家猪瀬直樹をどう見ているのだろう。
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2013122002000108.html
猪瀬氏が今後「一人の作家として」活動していくとしたら、やはり「ファクトとエビデンス」に基づく作品を書くしかないのではないか。
曽野氏のいうように、「自分の弱いところや汚いところから目をそらさず向き合い続け、作品を生み出すこと」しか、「恩返し」の道はないと思われる。
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