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2013年12月29日 (日)

辺野古埋立承認の背景としての徳洲会/花づな列島復興のためのメモ(287)

沖縄県の仲井真知事が、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の移設に向けた政府の同県名護市辺野古の埋め立て申請を承認した。
これにより、1996年に日米両政府が返還に合意して以来、17年にわたり懸案となってきた同飛行場の移設問題は、辺野古移設に向かって進むことになった、と言えるだろうか?

 仲井真氏は記者会見で、移設を容認する理由について「現段階で取り得ると考えられる環境保全措置などが講じられており、(公有水面埋立法の)基準に適合していると判断し、承認することとした」と語った。
 安倍政権が示した米軍基地負担の軽減策に関しては「普天間飛行場の危険性除去は最大の課題。首相の強いリーダーシップにより、5年以内の運用停止の道筋が見えつつある」などと評価した。政府が示した沖縄振興策に関しても「内閣の沖縄に対する思いが、かつてのどの内閣にも増して強いと感じた」と語った。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20131227-OYT1T00967.htm

普天間基地の返還要求運動は、1995年(平成7年)の沖縄米兵少女暴行事件きっかけに大きなうねりとなった。
1997年(平成9年)には、移転先候補地が名護市辺野古付近に固まった。
2004年(平成16年)に沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件が起きたことで地元の返還要求が強まり、米軍海兵隊のグアム移転問題と絡めて解決することが検討された。
2006年(平成18年)に2014年(平成26年)までに代替施設を建設し、移転させるというロードマップが決まったが、2009年(平成21年)に鳩山由紀夫内閣が成立し、移設案が再度審議されることになった。

2009年8月の総選挙で民主党に政権が交代した。
民主党は、あえてマニフェストには普天間県外移設と記載しなかったが、鳩山代表は、7月19日に那覇市で開催された集会において、移設先は「最低でも県外」にすると宣言した。
政権が発足すると、現実には県外移設が困難であることが認識されることになった。

しかし、鳩山首相はオバマ大統領に対し、11月13日に行われた日米首脳会談で、“ Trust me”"と、2010年12月末までに移設問題の解決を約束した。
にもかかわらず鳩山首相はまとめきれず、2010年5月4日、沖縄を訪問して仲井眞知事と会談し、日米同盟の関係の中で抑止力を維持する必要があるとして、「(選挙前に掲げた)すべてを県外にというのは現実問題として難しい」として事実上の県外全面移設の断念を明らかにした。

自民党が政権に復帰して、仲井真知事は辺野古埋め立てを承認したが、移設先の市民は強く反発している。

 辺野古命を守る会の西川征夫代表(69)は、テレビで知事の承認会見を見た。「実に恥ずかしい。名護の思いを完全に踏みにじった。自身の考えだけで、市民のことは考えていない」と語り「知事には、一度でいいから辺野古の浜に足を運んでほしかった。あとは名護市長選の勝利しかない」と声を強めた。
 出先のテレビで知事の会見を見た市内の男性(45)は「がくぜんとした。負担軽減は担保されたというが、実効性があるとは思えない」と不信感を示し「北部振興というが、その基本に平和がなければ成り立たない」と語った。

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=59685

移転先の名護市長選は、1月19日に投開票される。
「反対」を強く訴えている現職の稲嶺進氏と、「推進」派の前県議・末松文信氏の一騎打ちである。
立候補表明していた前市長・島袋吉和氏は、菅官房長官や石破茂幹事長の一本化要請を受け入れ出馬を見送った。
名護市長選で、市民はどう判断するかが大きな節目となる。

仲井真知事の安倍首相に対する評価は、意外と思えるほど高いものだった。
それは鳩山氏をはじめ民主党政権の不甲斐なさの裏返しかとも思えるが、ここにも徳洲会が絡んでいるらしい。
植草一秀の『知られざる真実』の12月25日に「仲井真知事が辺野古埋立申請を一蹴できない理由」と言う記事があり、次のようなことが書かれている。

仲井真弘多沖縄県知事が2006年12月の知事選で辛勝した決め手になったのは、徳洲会の全面的な選挙支援であったと伝えられている。
・・・・・・

この時期に世間を賑わした大きなニュースがあった。

徳洲会病院による生体腎移植の問題である。

刑事事件に発展する様相を示していたが、沖縄知事選が終了するのと同時に、潮が引くようにこの問題も報じられなくなった。

徳洲会に大きな力が加えられ、そのなかで、徳田毅氏が自由連合を離脱して仲井真氏支持に回ったと見られる。

このときの首相が安倍晋三氏である。
・・・・・・

2012年12月総選挙における徳洲会による選挙違反事案がこの時期に表面化した最大の狙いは、仲井真弘多氏に対する揺さぶりにあるというのが私の見立てである。
・・・・・・

2006年の安倍政権にとって、沖縄県知事選は負けることのできない選挙であった。

そこで、かなり強引な方法で仲井真氏を勝たせる手を打ったのだと思われる。

2010年の知事選では前宜野湾市長の伊波洋一氏が立候補して、辺野古移設反対を主張した。

仲井真氏を再選させるために、基地反対票を分断する候補者が擁立されたが、米国は仲井真知事の再選を最優先事項に位置付けたと思われる。
・・・・・・

名護市長選があるのだから、埋め立て許可の判断は名護市長選の結果を踏まえるべきことは当然だ。

ところが、仲井真氏の挙動が不審である。

仲井真氏は12月25日に安倍首相と会談し、同日にも、辺野古埋め立て許可を出す可能性がある。

これを実行したら、仲井真氏はおしまいである。

晩節を汚すとはこのことを言う。

こういう背景だとすれば、仲井真知事の分かりにくい態度も腑に落ちる。
果たして検察庁はどこまで闇を解明できるであろうか?

安倍首相は、特定秘密保護法を成立させて以降、靖国参拝、辺野古移転のための海面埋立許可と急ピッチで施策を展開している。
大納会を前にして、株価も16,000円を超え、アベノミクス効果を喧伝しているが、自信過剰になっているようにも見える。
私の鏡中には、「驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」という平家物語の一節が過るのだが。

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