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2013年11月28日 (木)

華麗なる文化人実業家・堤清二(辻井喬)/追悼(41)

堤清二さんが、25日亡くなった。
流通大手のセゾングループ元代表で、辻井喬のペンネームで文芸作品も発表していた。
86歳だった。

父は西武グループ創業者で衆院議長を務めた堤康次郎で、東急グループとの宿命的な対決で知られ、五島慶太と「強盗慶太・ピストル堤」と並び称された。
「強盗慶太」はごろ合わせ的であるが、「ピストル堤」は、非合法的な強欲の匂いがする。
いずれにしろ、強引な企業買収を表現したものだろう。

清二氏は、1927年、康次郎と康次郎の妾(後に本妻)・青山操の間に生まれた。
青山は当時康次郎と内縁関係にあったが(のち入籍)、康次郎は5人の女性との間に5男2女を持ち、放銃ともいうべき女性関係の持ち主だった。
処女小説『彷徨の季節の中で』(1969年)は、このような父との葛藤が主要なテーマになっていた。
私は同書が刊行された年に社会人になったが、まだ学生気分の残っているときに読んだ記憶がある。
父との軋轢・反抗が、日本共産党入党や文学への傾倒へのきっかけとなっていった。

三島市に、かって「三島市民サロン」というものがあった。
1974(昭和49)年、映画監督で俳人としても知られる五所平之助氏を顧問に、市民有志が「ふるさと三島に、市民の手による市民のための文化を築こう」ということで発足したという。
私が三島市の会社に関係を持ったのは1980(昭和55)であったが、発起人の1人に誘われて何回か催しに参加したことがある。

その中の1回に堤清二氏の講演があった。
まだ、実業家・堤清二の名前が有名で、文人としての辻井喬の名前は一般にはあまり知られていなかったように思う。
私は『彷徨の季節の中で』と思潮社版『辻井喬詩集』を持参してサインを頂いた。詩集まで所有していたのが好感されたようで、すこぶる愛想が良かった記憶が残っている。
その時の印象は、至って穏やかでビジネスの最前線にいるという雰囲気はなかった。

その後、西武百貨店に長く勤めていた人から、「苛烈な上司」という人物像を聞いたが、うまく結びつかなかった。
まあ誰にでも二面性はあるのだろうが、極端だったのだろうか?

堤清二-Wikipediaによれば、以下のような略歴である。

東京府立第十中学校(現東京都立西高等学校)、旧制成城高等学校を経て、東京大学経済学部入学、日本共産党に入党。
1950年、所感派・国際派へと分裂すると国際派の東大細胞に属し、党中央から除名される。
1951年東京大学経済学部卒業。その後、肺結核の療養を経て、衆議院議長だった父・康次郎の秘書を務める。
1954年に西武百貨店に入社、1955年から取締役店長として百貨店を任される。
1964年、康次郎が死去し、西武グループ総帥の座は、異母弟の堤義明が継ぐことになる。
1969年、池袋西武の隣にあった百貨店「東京丸物」を買収し、府立十中の同級生だった増田通二を使いパルコを展開。デベロッパーである西洋環境開発を通じ、ホテル経営、リゾート開発へも乗り出すなどセゾングループを形成していく。

ビジネスマンの一時期、私はセゾンが開発したゴルフクラブのメンバーになっていた。
また、その関係で有楽町マリオンの地下にあった会員制施設を利用することがあり、堤氏の他、五木寛之氏などを見かけた。
バブル経済華やかなりし頃のことである。

バブル崩壊により、金融機関からの借り入れに依存して事業の急拡大を進めていたセゾングループの経営は破綻を迎え、堤氏は、1991年に同グループ代表を辞任。
2000年には西洋環境開発(同年清算)を含むグループの清算のため、保有株の処分益等100億円を出捐し、セゾングループは解体された。
また、1995年に堤清二名義で学位請求論文として中央大学に提出した『消費社会批判』により、経済学博士号を取得した。

詩集『動乱の時代』などを読むと、現代詩人としての豊かな感受性としっかりした表現技術を持った人だったことが理解できる。
そういう人がビジネスリーダーとなり得るのか、人間の不思議さと可能性を覚える。
合掌。

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