『清須会議』に見るプレゼンとロビー活動/知的生産の方法(76)
天正10(1582)年6月2日、京都・本能寺に滞在していた織田信長は、天下統一を目前にして、明智光秀に急襲され嫡男信忠と共に殺害された。
日本史上有名な「本能寺の変」である。
その時、羽柴秀吉は、備中高松(岡山県)で毛利方の城を、河道を堰き止めて水攻めしていた。
後に石田三成が、武州・忍城(のぼうの城・埼玉県)攻略において、手本にした戦法である。
明智光秀は、備中から素早く戻った秀吉によって、あっけなく京都山崎において討たれてしまう。
「本能寺の変」からわずか11日後のことであった。世に言う秀吉の「中国(備中)大返し」と光秀の「三日天下」である。
それにしても、信長の信頼が篤かったとされる光秀は、なぜ裏切り行為に走ったか?
永遠の謎であるが、「週刊日本の歴史 01号 織田信長の見た「夢」」に、諸説の紹介がある。
1.光秀単独犯行説
11.怨恨説
12.野望説
13.悲観説
14.四国政策説
2.黒幕説
21.朝廷説
22.足利義昭説
23.羽柴秀吉説
24.徳川家康説
3.その他の説
垣根涼介『光秀の定理』角川書店(2013年8月)は、タイトルが示すように、明智十兵衛光秀を主人公とする小説であるが、必ずしも新しい歴史像を提示しようというものではない。
もちろん、信長殺害に至る心理についての解釈はあるが、そういうことが本題ではない。
光秀犯行説の新解釈といえようか。
「本能寺の変」後の問題は、第一に信長の跡継ぎを誰にするか、第二に遺領(主がいなくなった領地)の配分をどうするか、である。
それを決める会議が信長ゆかりの清須城で開かれた。すなわち「清須会議」である。
三谷幸喜『清須会議』幻冬舎文庫(2013年7月)は、「清須会議」に関連する人たちの動きを描写した小説である。
会議が主題の時代小説というのは、余り例がないのではないか。
しかし、本書の価値はそこにあるのではない。
会議に関連する人物たちの心理・意識の流れが描かれているのであるが、その描写方法にとんでもない工夫が凝らされているのである。
たとえば、登場人物のモノローグを、「現代語訳」という意表を衝く形で表現する。
モノローグだけではない。訓示、心の声、回想、日記(の抜粋)等々が「現代語訳」で描かれる。
「現代語訳」は、ごく自然な現代語である。
まあ、現代人(言ってみればネイティブである)が書いているのであるから、当たり前のことである。
しかし、一般に、時代小説はいかにして当該時点の雰囲気を再現しようかということに腐心して、言葉遣いも、時代考証に耐えられるように努める。
それが一挙に「現代語訳」である。
言ってみれば特許に値するような工夫であり、時代小説の新しい「ビジネスモデル」と言ってもいいのではないか。
なお、『清須会議』は、三谷幸喜氏の脚色・監督で映画化され最近封切られている。
キャスティングは、役所広司、大泉洋、佐藤浩一、小日向文世、鈴木京香ら。
小説の場合、「現代語訳」ということで切り抜けた言葉の不自然さが、映画俳優たちのセリフがやや中途半端なように感じられた。
オリンピック招致活動を通じて、大きな話題になったのが、「プレゼン(テーション)」と「ロビー活動(根回し)」である。
両者は、プレゼンが表面に出ている活動、ロビー活動が水面下に隠れた活動というような関係にある。
この書は、この2つに関する格好のテキストとしても読める。
会議の席上のやり取りはプレゼンに相当すると考えられる。
林寧彦『歴史を動かしたプレゼン』新潮新書(2010年5月)でも、事例の1つとして取り上げられている(こちらでは「清州」という表記を使っている)。
ロビー活動についてはどうか?
他の出席者が城内に宿泊しているのに、秀吉だけが別に城下の西覚寺という寺に宿泊する。
何故か?
ロビー活動がし易いからである。
林氏には『歴史を動かしたロビーイング』とでも題する姉妹書を書いてもらいたい気がする。
オリンピックの種目からレスリングが外されそうになったとき、ロビー活動が不足しているのではないかと言われていた。
実際は水面下のことなので、よくは分からないが。
プレゼンもロビー活動も、周到な準備と緻密な実行がキモである。言い換えれば、計画とリハーサルである。
ということは、今回のオリンピック招致でも良く分かったが、分かっているけど実際は難しいことである。
そんな教訓的なことはともかく、三谷幸喜氏は、この「ビジネスモデル」によって、読者を抱腹絶倒させてくれる。
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