« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »

2013年11月

2013年11月30日 (土)

猪瀬都知事の徳洲会からの金銭借用/花づな列島復興のためのメモ(276)

猪瀬東京都知事が、選挙前に医療法人徳洲会からの金銭借入の問題がクローズアップされている。
猪瀬直樹-Wikipediaには、以下のように記述されている。

2013年11月に明らかになった報道によれば、2012年の都知事選前の2012年11月に、医療法人徳洲会グループ創設者の徳田虎雄に「都知事選に出ます」と挨拶し、徳田毅衆院議員を通じて「余ったら返すのでまずは1億円をお願いしたい」と電話し、1億円の資金提供を要求していた。この件で市民団体が告発状を提出し、マスコミに報じられた。
猪瀬知事は受け取った資金について、「借入金」であると説明し、「徳洲会側から申し出があり、厚意を断るのは失礼だと考えて借りた。5000万円という額になった理由は分からない」と説明している。
・・・・・・
2013年11月29日の定例都議会で、医療法人「徳洲会」グループから5000万円を受け取った経緯などを説明したのに対し、各会派や傍聴席から「不十分」「納得できない」と批判の声が相次いだ。猪瀬知事には、「職員なら、懲戒免職なんだよ」などと、容赦なく、やじが浴びせられ傍聴者の1人が守衛によって議場の外に出された。共産党は、地方自治法に基づき、議会が直接、調査を行う「百条委員会」を設置し、疑惑の徹底解明を求める方針を示した。

私たちその道の素人にも、「選挙には金がかかる」という認識はある。
昔は井土塀政治家などといわれる人もいた。
政治家になってから、選挙のたびに金を使いはたして、井戸と塀しか残らなくなったという政治家のことを指す。
藤山愛一郎氏が典型で、藤山財閥とまで言われた莫大な資産を政治家になったばかりに失い、最後に残ったホテルニュージャパンも乗っ取り屋として名高い横井英樹の手に渡った。

まあ、上掲Wikipedia記事がどこまで信頼できるかということは措くとしても、猪瀬氏が都知事選を前にして、徳田虎雄氏に資金の相談(提供を持ちかけ)、徳田毅氏を通じて5,000万円を受領していたことは間違いない。
問題の選挙は、2012年12月16日に行われた。
猪瀬氏が史上最多の433万8936票を獲得し、当選したことは記憶に新しい。
徳洲会からの5,000万円の借入金は、どこでどう使われたのだろうか?

借入時期が都知事選の直前であるから、普通に考えれば「選挙のための資金」であろう。
しかし、猪瀬氏は、公職選挙法違反に問われかねないため、「個人の借り入れ」と主張し、証拠に「借用証」を提示して疑惑払拭しようとした。
この「借用証」が疑惑を拭うどころか、増幅させることになった。

金銭の貸借は、一般に「金銭消費貸借」と呼ばれ、「金銭消費貸借契約書」と呼ばれる契約書を交わす。
もちろん、口頭だけの契約でも貸借関係は有効であるが、一般に5,000万円という金銭ならば形式を整えようとするだろう。
しかし、猪瀬氏が、「これが借用証だ。文句ないだろう」という顔をしながら提示した借用証は余りに素人っぽいものだった。
Photo
http://gendai.net/articles/view/life/146240

金銭消費貸借に携わったことのある人なら、びっくりするような代物である。
1.返済期日が明示されていない
2.無担保である
3.無利息である
4.捺印がない
5.漢数字を使用していない
6.収入印紙が貼付してない

この借用証は法的には有効であろうが、問題はそこにはないだろう。
本来認証に印鑑を重視する印鑑主義が未だに日本では一般的である。
出来合いの印鑑を三文判というが、三文判すら捺印していない借用証で5,000万円の金銭が動いたならば、世の中に悪影響を及ぼしかねない。
偽造や偽装が容易だからだ。

猪瀬氏の著書については、『昭和16年夏の敗戦  (中公文庫)』(1006)や『ミカドの肖像  (小学館文庫)』(0503)等を読んだ。
緻密で幅広い調査力と読み手を引き込む文章力の持ち主であり、有能なリサーチャーになり得た人だと思った。
⇒2012年5月25日 (金):維新連合成否のカギ握るブレーンの力/花づな列島復興のためのメモ(73)

猪瀬氏は優秀な参謀ではあっただろうが、将としては、果たしてどうであろうか?
現在の都議会は、今年6月行われた選挙で、自民党と公明党が全員当選を果たし、それぞれ第1党、第2党となっている。
自民党は、藪蛇を恐れてか疑惑追及に及び腰であるようだ。
第3党にまで躍進した共産党のみが地方議会の「百条委員会」の設置に積極的である。
猪瀬氏は、434万票の票の重みをしっかりと受け止め、疑惑に対し謙虚に説明することを期待されていることを自覚すべきである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月29日 (金)

秘密法案の審議で参院の存在意義を示せ/花づな列島復興のためのメモ(275)

現在、参議院が「良識の府」などと思っている人はほとんどいないであろう。
かつての「緑風会」のように、政党の枠組みとは一線を画した矜持が、参議院の議員にはあった。
いまや衆議院議員とまったく無差別である。

それでも、衆議院と参議院で多数政党の構成が異なる場合は、衆議院決定が優先されることがあるにしても、参議院が一定のチェック機能を果たした。
いわゆる「ねじれ」の意義である。
ところが、7月の参議院選挙の結果として、自民党が圧倒的な第1党になった。
⇒2013年7月21日 (日):衆参のねじれが解消されて参院の存在意義は?/花づな列島復興のためのメモ(247)

国民の選択ではあるが、本当に今のような状態でいいのだろうか?
自公が政権与党を構成している。
公明党の立党の精神として、、「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」が掲げられている。
この言葉を心底から信じている公明党の国会議員がいるであろうか?

「維新」や「みんな」は、特定秘密保護法案で自民党にすり寄る姿勢を隠そうともしない。
わずかに存在する批判者に対しては、処分も辞さずの構えである。
かくして、自・公・維・みという翼賛体制である。

民主党は、せっかく政権交代を果たしながら、拙劣な政権運営で政治に対する国民の期待を根底から失わしめた。
翼賛体制成立の第一の責任は民主党にあると言える。
特に、福島原発事故の対応において、決定的な汚点を残した。
「パニックにならないように」という理由で情報隠蔽を重ねてきたことが、特定秘密保護法案に反対する行動を縛っている。
⇒2011年7月 5日 (火):官邸は誰の責任で情報を隠蔽したか?/原発事故の真相(4)
⇒2011年8月20日 (土):菅批判を始めた松本健一内閣官房参与
⇒2012年10月 5日 (金):隠されていた(?)双葉町の高線量/原発事故の真相(48)
⇒2013年11月 1日 (金):秘密保護法案と知る権利/花づな列島復興のためのメモ(270)

東日本大震災が民主党政権時代に発生したことは、不幸なことであったといえよう。
特に、なまじ理工系の大学出身である菅元首相は、原発事故についても半可通的な対応に陥った。
その菅氏は、自身のブログで、「みのもんた氏は東電と安倍首相を批判し失脚した」と見当違いな(?)陰謀説を披瀝し、話題になっている。

菅氏は、「私はみのもんた氏の息子の事件に関しては、マスコミ報道以上のことは知らない」とした上での発言であり、論拠薄弱な一種の妄想なようなものであろう。
菅氏の言い分は、みの氏が汚染水問題などで東京電力と安倍首相を批判していたことから、「原子力ムラ」に陰謀を仕掛けられ失脚した」ということであるが、みの氏の批判が「原子力ムラ」の脅威になるほどのものだったのか。
私には、床屋政談程度のようにしか感じられなかったが。

社民党には、55年体制の時の社会党のような勢力基盤もなければ、人材もいない。
⇒2010年8月 2日 (月):理想と現実との乖離(2)/社民党の場合
⇒2013年11月14日 (木):細川・小泉連携で「山は動く」か?/花づな列島復興のためのメモ(271)

共産党がわずかに存在感を示しているともいえるが、絶対的な少数政党から抜け出ることはあり得ない(だろう、少なくとも近未来においては)。
特に、60年安保前後から、いわゆる新左翼系の学生層と激しく対立してきたことは、歴史的にどう評価されるのであろうか?
⇒2007年10月13日 (土):『されど われらが日々--』
⇒2013年9月 9日 (月):ゼンガクレンという伝説/戦後史断章(13)

意外なような感じがするのが、政策的な一致点が多いのが、生活の党である。
⇒2013年7月21日 (日):衆参のねじれが解消されて参院の存在意義は?/花づな列島復興のためのメモ(247)
⇒2013年7月25日 (木):アイデンティティなき民主党の末期/民主党とは何だったのか(11)
小沢一郎氏には不透明感が拭えないが、いわゆる「陸山会事件」によって、政治生命を事実上大幅に制限された。
この事件の深層(真相)も秘密のままに閉ざされることになるのであろうか?

それにしても、おそらく参議院での審議は“粛々と”進み、特定秘密保護法案は会期中に予定調和の如く成立するであろう。
その結果、参議院不要論が取り沙汰されることにもなるだろう。
私は、参議院に、衆議院とは別の機能を期待したいが故に、残念なことである。

ただ、ノーベル賞受賞者の益川英俊、白川英樹氏らを含む学者が「特定秘密保護法案に反対する学者の会」を結成して、28日に声明を発表したというニュースに注目したい。

 声明は「情報の開示は民主的な意思決定の前提で、同法案はこの原則に反する」「与党の政治姿勢は、思想の自由と報道の自由を奪って戦争へと突き進んだ戦前の政府をほうふつとさせる」などと訴え「憲法の定める基本的人権と平和主義を脅かす立法」と結論づけている。
 同会には、樋口陽一・東北大名誉教授(憲法学)▽加藤陽子・東京大教授(歴史学)▽姜尚中・聖学院大教授(政治学)▽佐和隆光・京都大名誉教授(経済学)−−ら、さまざまな分野の学者が参加。304人の賛同者が集まっているという。
http://mainichi.jp/select/news/20131129k0000m010094000c.html

ノーベル賞学者の発言といえパグウォッシュ会議のことが想起される。
1957年7月7日、カナダ・ノバスコシア州のパグウォッシュに、湯川秀樹博士や朝永振一郎博士を含む10カ国22人の科学者たちが集まって第1回の会議が開かれ、すべての核兵器は絶対悪であるとされた。
安倍首相の祖父である岸信介首相の時代であったことは、偶然か必然か?

不易流行という言葉がある。
「不易」はいつまでも変わらないこと、「流行」は時代々々に応じて変化すること、と解説されている。
私が考える衆参の棲み分けのイメージは、衆議院は「流行」を反映し、参議院は「不易」を反映する、という感じである。
とすれば、参議院は選挙には馴染まず(折しも7月の参院選について違憲判決が出された)、目先の実利に焦点を合わせている財界人等を含まない(真の)学識経験者等から選出されるべきかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月28日 (木)

華麗なる文化人実業家・堤清二(辻井喬)/追悼(41)

堤清二さんが、25日亡くなった。
流通大手のセゾングループ元代表で、辻井喬のペンネームで文芸作品も発表していた。
86歳だった。

父は西武グループ創業者で衆院議長を務めた堤康次郎で、東急グループとの宿命的な対決で知られ、五島慶太と「強盗慶太・ピストル堤」と並び称された。
「強盗慶太」はごろ合わせ的であるが、「ピストル堤」は、非合法的な強欲の匂いがする。
いずれにしろ、強引な企業買収を表現したものだろう。

清二氏は、1927年、康次郎と康次郎の妾(後に本妻)・青山操の間に生まれた。
青山は当時康次郎と内縁関係にあったが(のち入籍)、康次郎は5人の女性との間に5男2女を持ち、放銃ともいうべき女性関係の持ち主だった。
処女小説『彷徨の季節の中で』(1969年)は、このような父との葛藤が主要なテーマになっていた。
私は同書が刊行された年に社会人になったが、まだ学生気分の残っているときに読んだ記憶がある。
父との軋轢・反抗が、日本共産党入党や文学への傾倒へのきっかけとなっていった。

三島市に、かって「三島市民サロン」というものがあった。
1974(昭和49)年、映画監督で俳人としても知られる五所平之助氏を顧問に、市民有志が「ふるさと三島に、市民の手による市民のための文化を築こう」ということで発足したという。
私が三島市の会社に関係を持ったのは1980(昭和55)であったが、発起人の1人に誘われて何回か催しに参加したことがある。

その中の1回に堤清二氏の講演があった。
まだ、実業家・堤清二の名前が有名で、文人としての辻井喬の名前は一般にはあまり知られていなかったように思う。
私は『彷徨の季節の中で』と思潮社版『辻井喬詩集』を持参してサインを頂いた。詩集まで所有していたのが好感されたようで、すこぶる愛想が良かった記憶が残っている。
その時の印象は、至って穏やかでビジネスの最前線にいるという雰囲気はなかった。

その後、西武百貨店に長く勤めていた人から、「苛烈な上司」という人物像を聞いたが、うまく結びつかなかった。
まあ誰にでも二面性はあるのだろうが、極端だったのだろうか?

堤清二-Wikipediaによれば、以下のような略歴である。

東京府立第十中学校(現東京都立西高等学校)、旧制成城高等学校を経て、東京大学経済学部入学、日本共産党に入党。
1950年、所感派・国際派へと分裂すると国際派の東大細胞に属し、党中央から除名される。
1951年東京大学経済学部卒業。その後、肺結核の療養を経て、衆議院議長だった父・康次郎の秘書を務める。
1954年に西武百貨店に入社、1955年から取締役店長として百貨店を任される。
1964年、康次郎が死去し、西武グループ総帥の座は、異母弟の堤義明が継ぐことになる。
1969年、池袋西武の隣にあった百貨店「東京丸物」を買収し、府立十中の同級生だった増田通二を使いパルコを展開。デベロッパーである西洋環境開発を通じ、ホテル経営、リゾート開発へも乗り出すなどセゾングループを形成していく。

ビジネスマンの一時期、私はセゾンが開発したゴルフクラブのメンバーになっていた。
また、その関係で有楽町マリオンの地下にあった会員制施設を利用することがあり、堤氏の他、五木寛之氏などを見かけた。
バブル経済華やかなりし頃のことである。

バブル崩壊により、金融機関からの借り入れに依存して事業の急拡大を進めていたセゾングループの経営は破綻を迎え、堤氏は、1991年に同グループ代表を辞任。
2000年には西洋環境開発(同年清算)を含むグループの清算のため、保有株の処分益等100億円を出捐し、セゾングループは解体された。
また、1995年に堤清二名義で学位請求論文として中央大学に提出した『消費社会批判』により、経済学博士号を取得した。

詩集『動乱の時代』などを読むと、現代詩人としての豊かな感受性としっかりした表現技術を持った人だったことが理解できる。
そういう人がビジネスリーダーとなり得るのか、人間の不思議さと可能性を覚える。
合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月27日 (水)

特定秘密保護法案衆院通過、参院審議入り/花づな列島復興のためのメモ(274)

外交や安全保障上の秘密を漏らした公務員らを処罰する特定秘密保護法案が、11月26日夜の衆院本会議に緊急上程され、自民、公明、みんなの党の賛成多数で可決した。
3党とともに法案修正に加わった日本維新の会は、採決の前に途中退席したほか、みんなの党からも3人が離反した。
131127
東京新聞11月27日

「みんな」や「維新」との修正協議は出来レースという感じであったが、それぞれの党内の反対者を振り切ってまで強行を急いだのはなぜだろうか?
各党の法案に対するスタンスは以下のようであった。
Photo_7
東京新聞11月27日

今後の投票等の時の判断材料として、忘れないようにしよう。
自公(み)は、日増しに反対論が強くなるとみて、力ずくでく反対論をねじ伏せたように思える。
25日には福島で地方公聴会が開かれ、首長や学者ら7人が意見を述べたが、賛成者は1人もいなかった。
本会議上程の経緯は以下のようである。

午前中に開かれた衆議院の国家安全保障特別委員会で、安倍晋三首相らが特定秘密保護法の修正法案について質疑に応じた。野党議員の質問が終了後、与党側から質疑を打ち切る動議が出され、民主党議員らが委員長席を取り囲む中、自民、公明の与党両党とみんなの党の賛成多数で可決した。維新は「審議が不十分」などとして退席した。
与党は26日午後1時から衆院本会議を開会しようと、議院運営委員会理事会の開催を野党に呼びかけたが、同日中の採決に反対する民主、社民、共産や維新は反対し、開会が遅れた。自民、公明、みんなの3党は伊吹文明衆院議長と会談し、法案の採決を要請。伊吹議長が野党各党の国対委員長と会談後、午後6時すぎから議運理事会が開かれ、本会議開会が賛成多数で決まった。
午後6時45分に始まった本会議で、国土強靱化基本法案の採決の後、自民、公明、みんなの3党が特定秘密保護法案の修正案を緊急上程した。3党とともに法案の修正に関わった維新は「審議が不十分」として、緊急上程後に議場から退席した。
http://www.huffingtonpost.jp/2013/11/26/secret-law-diet-pass_n_4342140.html

特定秘密保護法案を急ぐ理由は、「国家安全保障会議(日本版NSC)の審議をより効果的に行うためには、情報保全に関する体制が整備されることが重要である」ということである。
⇒2013年11月 1日 (金):秘密保護法案と知る権利/花づな列島復興のためのメモ(270)
つまり、国家安全保障会議とセットであるからである。
11月25日の参議院国家安全保障特別委員会で、日本版NSC設置法案が採決された。
現行の安全保障会議を改組して、米国のNSCをまねて首相官邸の外交・安全保障に関する司令塔機能を強化しようというものだ。

21日の参院国家安全保障特別委員会では、西山太吉・元毎日新聞記者が参考人として意見を述べた。
西山氏は、沖縄返還(1972年)に伴い日米政府が交わした密約を示す外務省の公電を入手して国家公務員法違反で有罪の確定判決を受けている。
西山参考人は、「日本の協力は絶対要るという視点から、(アメリカは)情報を出したり引っ込めたりするというおそれがある」「この国家安全保障会議というものを舞台にして、この日米の軍事力の共同体化というものが、一層促進されていくという。そうすると、日本の主体性が果たして本当に発揮できるかどうか、という非常に重大な問題が出てきます」と述べた。

記憶に新しいところでは、イラク戦争のとき、日本はアメリカのイラクに大量破壊兵器があるという虚偽の情報を元に、イラク戦争を即支持し、自衛隊をイラクへ派遣した。
小泉政権時代であるが、誤った情報にのせられ、誤った戦争に加担したことは事実である。
小泉語録として、戦闘地域と非戦闘地域の境界について質問され、「自衛隊の活動しているところが非戦闘地域である」という同義反復的な回答をせざるを得なかったことが、日本の主体性が危ういことを証している。

世論はどうか?
1つのデータとして、特定秘密保護法案への賛否や意見を募る朝日新聞デジタルの「投稿マップ」を挙げよう。
14日夕までの1191件の投稿の傾向である。
全体の8割超が反対派で、賛成派の間でも「一定期間後には公開すべきだ」「機密指定の範囲の限定を」など、注文をつける声が目立つ。
Ws000000
http://www.asahi.com/politics/update/1114/TKY201311140322.html

法案は参議院に送付され、27日午前の参院本会議で早速審議入りした。
安倍晋三首相が出席し、趣旨説明と与野党の質疑が行われた。
同法案は、12月6日の会期末までに成立する見通しとなった。
しかし拙速感は否めず、将来的に禍根を残すことになりはしないか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月26日 (火)

福島首長選結果は事故対応不信の表れ/原発事故の真相(95)

福島県の首長選で現職の落選が相次いでいる。
24日に行われた二本松市長選と広野町長選でも、いずれも現職が新人に敗れた。
今年度になってからの福島県下の首長選の結果は以下の通りである。
Photo
http://senkyo.mainichi.jp/news/20131125ddm041010104000c.html

福島県の市町村図は下記のようである。
Photo_2
http://www.mapion.co.jp/map/admi07.html

良く知られているように、県域は「浜通り」「中通り」「会津」に分けられる。
県内の都市人口は下表のとおりっである。
Ws000000_2
福島県-Wikipedia

主要都市はいわき市、福島市、郡山市といっていいだろうが、この3市および二本松市の全市で現職が敗退している。
普通、首長選では、よほどの多選批判がない限り、いいか悪いかは別として、現職が有利である。
それがこういう結果であるということは、当然理由のあることである。

まず考えられることは、原発事故に対する行政の対応に、住民が「No!」という判断を突き付けているということだろう。
たとえば除染である。
福島市では除染対象の住宅が115,000世帯に上るが、市の除染が終わったのは18%にとどまっている。
放射性物質の汚染土を入れた土嚢の保管場所の手当てがつかないことが理由である。

除染に限らず、生活再建の道筋がついていない被災者も多いだろう。
自治体だけの責任ではなく、国が前面に出ないと、復旧さえままならないだろう。

放射能汚染の問題は、国が全面的に取り組むべきだ。
除染廃土だけでも手こずっているのに、廃炉が本格化すれば、廃炉廃棄物の問題が出てくる。
そういう状況のなかで、原子炉を稼働させて廃棄物を積み増しして、将来世代に対しどう顔向けできるのだろうか?
小泉首相を含む脱原発論者を飯島勲内閣官房参与は次のように批判している。

「ゴミ捨て場がないんだから原発は止めよう」なんて論法はおかしいよ。そういう話を聞いたのなら、国内外を問わずに適地を懸命に探し、答えを見つけようと努力するのが政治家というものの責任感だろう。
⇒2013年10月27日 (日):小泉元首相の脱原発論/アベノミクスの危うさ(18)

除染廃棄物さえ、捨て場がないのである。
もはや論理的帰結も民意も明らかである。
安倍首相は、即原発ゼロ宣言をすべきであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月25日 (月)

原発事故と甲状腺ガンの発生確率/因果関係論(23)

福島県が11月12日、「県民健康管理調査」検討委員会において、福島原発の事故発生当時に18歳以下だった子供の甲状腺検査の結果を明らかにした。
甲状腺は、のど仏の下にあり、気管を囲むように張り付いている蝶のような形の小さな臓器で、そこで作られる甲状腺ホルモンの機能は、”全身の代謝の調節” といわれる。
Photo_3
http://utida-naika.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/07/post_c9a9.html

上図に見るように、男女で位置に若干の差異がある。
2011年度から2013年度の3年間の間に検査を受け、結果が判定された約22万6000人のうち、甲状腺がんやその疑いがあると診断された人は59人だったという。
果たしてこの数値は事故がない場合との比較において、有意差があるのかないのか?

一般に甲状腺がんは被爆後、4~5年後に著しく顕在化してくる。原発事故による甲状腺がんのデータはチェルノブイリ原発のものがあるが、現時点では福島のデータと同じ条件で比較することはできない。ただ一般論として考えれば、今回の調査結果はかなり深刻なものと捉えてよいだろう。
被爆がない場合、子供に甲状腺がんが発見されるのは100万人あたり17人程度であり、59人という数字はそれよりも高い。しかも59人というのは3年かけて30市町村で検査した累計であり、各年度での母集団が異なっている。確率を考えるのであれば、年度ごとに区切った方がより正確であり、その場合、最もサンプル数の多い2012年度では100万人あたり317人ということになる。

http://www.huffingtonpost.jp/2013/11/18/fukushima-chernoby-children-cancer_n_4294415.html

以下のようなデータがある。
Photo_2
http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2013/02/3.html

チェルノブイリ周辺と福島の検診人数を四角形で、確定甲状腺がん数を黒丸、甲状腺がん疑い数を灰色丸で表示したものである。
チェルノブイリでは、原発事故から4~5年たって甲状腺がんが発生しており、専門医は「被曝から3年以内に発生する可能性は低い」と分析しているという。

しかしもし継時的に発症数が増えるとすれば決して楽観視できないだろう。
福島県の甲状腺検査のあり方には従前より疑問が投げかけられていた。
⇒2012年10月 6日 (土):福島県の健康(甲状腺)検査の実態/原発事故の真相(49)

福島県の甲状腺検査の進展状況は以下のようである。
Photo_2
東京新聞11月24日

統計的検定をするとどういうことになるのか分からないが、10/41,493=0.024%、16/197,292=0.0081%であって原発近くの市町村の方が3倍程度多いということになる。
福島県立医大の鈴木真一教授は、「チェルノブイリでは事故発生後4年経過してから甲状腺ガンが出た(から福島原発事故との因果関係はない)」としているが、果たしてそう言い切れるのか?
福島のデータは、5年後にはさらに大きくなる可能性は十分にある。
Photo_3
http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2013/02/3.html

チェルノブイリ調査は、子どもたちに甲状腺がんが急増した時期に実施されたのに対し、福島調査は、チェルノブイリでわずかに甲状腺がんの増加が見られ始めた時期に実施されているが、すでに、チェルノブイリ事故の高汚染地域に匹敵する頻度で甲状腺がんが発生しているからである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月24日 (日)

脱減反で日本の農業は甦るのか?/花づな列島復興のためのメモ(273)

減反政策が見直されることになった。
与党(自民党・公明党)は11月20日国会内で農業政策担当者の実務者協議を開き、減反補助金を半減することで合意した。
いままで、コメ農家に10アール当たり15,000円を支払ってきたが、来年度から7,500に引き下げるという。

減反政策は、基本的には米の生産を抑制するための政策である。
具体的な方法として、米作農家に作付面積の削減を要求するため、「減反」の名が付いた。
戦後の農地改革により自作農が大量に発生し、食糧管理法(食管法)によって米は政府が全量固定価格で買い上げることなっていたため、農家は意欲的に生産に取り組んできた。
そして農業技術(肥料や農業機械)の進歩によって、生産性(土地および労働)が向上し、生産量が著しく増加した。
一方で、日本国民の食事の欧風化などに伴って、米の消費量は漸減したため、政府が過剰な在庫を抱えることとなり、他方で他の農作物の自給率は100%に達しない状況が続いた。
政府は1970年に、新規の開田禁止、政府米買入限度の設定と自主流通米制度の導入、一定の転作面積の配分を柱とした本格的な米の生産調整を開始した。

そして平成6(1994)年には、食糧管理法が廃止されて食糧法が施行された。
食糧法では、政府の米買入れ目的は価格維持から備蓄に移行して、買入れ数量は大幅に削減した。
米の価格は原則市場取引により形成されるようになり、生産数量は原則生産者(実際は農業協同組合を中心とする生産者団体)が自主的に決定することになった。

稲作は、日本という国家が成立する前から、日本という風土に根差した農作物として栽培されてきた。
このため、減反政策によって、日本の原風景が失われた。
また、水田の農業以外の機能、たとえば保水機能、生態系保全機能等が失われ、伝統的な農業文化も失われてしまった。

これらの評価は難しい。
たとえば、「耕して天に至る」という言葉を思い起こさせるような棚田の風景は、私たちの世代にとってはノスタルジーを覚えるものであるが、生まれた時から都市的生活様式になじんできた人たちにとっては異なるであろう。

『古事記』に、日本は「豊葦原の瑞穂の国」という表現がある。
豊かな広々とした葦原のように、みずみずしく美しい稲穂が実る国という意味だとされる。
河川の氾濫原や湿地などが、米作りに適した土地として、豊かさを象徴する存在であったと思われる

しかし、現実にコメは余っている。
だから、コメが豊作だからといって祝うこともはばかられるようになってしまった。
私自身のことを考えても、身体障害者としては三度の食事もパンの方が食べ易いのが事実である。

そもそも、どう考えても、耕作を放棄した農家に補助金を出すという減反政策というのはおかしいだろう。
どうすればいいか?
農業は太陽と大地と水の産業である。
その土地の気候風土に合わせることが重要であり、農業者の自主性が重要である。
同時に、都市と農村の連携がカギでり、農業者だけの問題ではない。

基本的には、藻谷浩介、NHK広島取材班『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く角川oneテーマ21(2013年7月)などに描かれているように、農業者の創意工夫と消費者の価値意識の問題だと思う。
フィクションではあるが、楡周平『プラチナタウン祥伝社文庫(2011年7月)を付け加えよう。

金融資本主義の行き詰り・限界がはっきり見えた2011年3月11日以後の社会のあり方が問われている。
⇒2009年1月 2日 (金):人口減少社会の到来とグローバル市場主義モデルの終焉
⇒2011年3月22日 (火):津々浦々の復興に立ち向かう文明史的な構想力を
われわれは、どのような社会を構想し、実現していくのか、根源的に考えなければならない時だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月23日 (土)

被曝基準の実質緩和/原発事故の真相(94)

原発事故による放射線量は、どの程度まで許容されるべきか?
福島原発後に菅政権は、福島県内で子どもたちが学校で安全に過ごすための放射線量の限度について「年間20ミリシーベルト未満」という目安を発表した。
また、通常人の年間被曝量を20ミリシーベルト/年という値に引き上げた。
これは従来の1ミリシーベルト/年の20倍である。
内閣参与を務めていた小佐古敏荘・東京大学大学院教授(放射線安全学)が、「行き当たりばったり」の破綻した政策だとして、参与の職を辞任し、抗議の声明を発した。
⇒2011年4月30日 (土):小佐古・内閣官房参与が辞任/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(19)

1ミリシーベルト/年はICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に基づくものであるが、その根本に「放射線は浴びないのに越したことはない」という発想がある。
ICRPは、「緊急時」においては、原発の周辺に住む人たちの被曝が、1ミリシーベルト/年以下に抑えられない場合、多くても20ミリシーベル~100ミリシーベルトの範囲にとどまるよう対策を講じるべきだとしている。
20ミリシーベルトはあ、この下限の数値ということである。
ICRPは、「事故が収束したあとの復旧期」に住民がその土地に住み続ける場合、年間の被曝量は多くても1~20ミリシーベルトにとどめるべきだ、としている。
20ミリシーベルトはこの上限値ということになるが、この範囲で出来るだけ低い値でという条件が付いている。

避難指示区域への住民帰還の目安となる線量は、民主党政権時代に「20ミリシーベルト/年以下」とし、これを除染によって、1ミリシーベルト/年以下にすると定められた。
その解釈が、地元では「1ミリシーベルトを超えれば危険」ということになり、早期帰還や復興の足かせとなっていた。
規制委は「1ミリシーベルトは安全と危険の境界ではない」としたうえで、空間線量ではなく個人線量計で測った実測値に基づくという見解を政府として初めて明示した。

Photo_2
 ヘリコプターや放射線監視装置(モニタリングポスト)などで測った空間線量をもとに被曝線量を推定する場合、屋外に長くとどまったりするなどの仮定を置くため、線量が実測値の3倍から7倍程度と高めに出ていたとされる。
 規制委は同時に1ミリシーベルトの目標は長期で達成することも明確化。除染だけでなく、健康診断や食事管理などの対策を組み合わせて数十年かけて実現する。避難指示解除の必須条件として被曝量が「20ミリシーベルト以下」になることも改めて確認した。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDF20004_Q3A121C1MM0000/

線量を正確に把握することには賛成である。
しかし、「不必要な被ばくはできるだけ避けるべきだ」という原則を忘れてはならない。
田村市で11月1日に避難指示を初めて解除することを目指していたが、線量が1ミリシーベルトまで下がっていないことを理由に住民の反発が根強く、避難指示の解除を先送りしていた。
被曝基準の緩和が除染費用の圧縮を狙いとするものだとすれば論外であろう。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2013年11月22日 (金)

リンカーンとケネディ/「同じ」と「違う」(64)

今日は、ジョン・F・ケネディが暗殺されてからちょうど50年、半世紀が過ぎたことになる。
⇒2013年11月17日 (日):ケネディ暗殺とアメリカの闇/戦後史断章(16)
「週刊ポスト」11月29日号に、「暗殺の世紀」と題して、20世紀のさまざまな暗殺の瞬間の写真が載っている。
ケネディはそのトップである。

しかし、20世紀がことさらに暗殺の世紀ではないだろう。
アメリカ大統領として最初の暗殺犠牲者は、エイブラハム・リンカーンである。
ケネディもリンカーンも人気の高い大統領である。

アメリカの歴代大統領の中で、もっとも偉大な大統領は誰か?
こういうようなアンケートで、上位に入る常連メンバーは、ジョージ・ワシントン、エイブラハム・リンカーンおよびフランクリン・ルーズベルトの3人である。
ケネディも人気は高いがこの3人に次ぐ位置のようである。
もちろん、初代のジョージ・ワシントンは1789年の就任であり、現在の第44代バラク・オバマまで220年余の時間があるので、環境や課題はまちまちであるから、比較にどの程度の意味があるのかということではあるが。

ワシントンについては、アメリカ独立戦争のの立役者として知られるが、子供のとき桜の木を切ったことを父親に正直に話したら、かえって褒められたという話が有名である。
しかし、ワシントンが子供のころアメリカ大陸には桜の木はなかったとされ、「嘘をついてはいけない」という教訓のために書いた作り話であるとも言われている。
ワシントンは黒人を奴隷として所有していたのと同様に、アメリカ先住民族であるインディアンを人間扱いしていなかった。
“Indian’s and wolves are both beasts of prey, tho’ they differ in shape.” 「姿こそ違えど、インディアンは狼と同様の猛獣である。」という言葉が遺されており、現在の感覚からすれば「偉大な」という形容がそぐわない感じもする。

フランクリン・ルーズベルトは32代大統領である。
世界恐慌、第二次世界大戦時のアメリカ大統領であり、ニューディール政策と第二次世界大戦への参戦による戦時経済はアメリカ合衆国経済を世界恐慌のどん底から回復させたことが評価の主な理由である。
アメリカ政治史上で唯一4選された大統領である。後に憲法が改正され(1951年)、正式に大統領は2期までと定められた。
アメリカ史上唯一の重度の身体障害を持つ大統領でもある。

エイブラハム・リンカーンは、第16代大統領である。
偉人伝等に描かれているのは、丸太小屋に育ち、斧で樹を伐ることにすぐれ、敬虔、素朴、質実、健全という辺境生活が培った美徳とユーモアのセンスを豊かに持っていた人物である。
「奴隷解放の父」、有名なゲティスバーグ演説、南北戦争による国家分裂の危機を乗り越えたことなどが評価されている。

私は、1980年にアナハイムにあるディズニーランドを初めて訪れた。
その時、リンカーンの人形が立ち上がって演説するのを見て、驚いた記憶がある。
迫真の人形が見事に喋るのであるが(私のヒヤリング能力ではほとんど聞き取れなかった)、それがウォルト・ディズニーが開発したオーディオアニマトロニクスという技術であった。
オーディオ(音:Audio)、アニメーション(動き:Animation)、エレクトロニクス(電子工学:Electronics)を組み合わせた造語で、音と動きを同調させるように制御されたシステムである。
東京ディズニーリゾートでも、「カリブの海賊」「ホーンテッドマンション」などのアトラクションでお馴染みである。

第16代のエイブラハム・リンカーンと第35代のJ・F・ケネディの大統領就任には100年の時間差がある。
この両者には、偶然とは思えないほどの共通性があることが知られている。
両者ともに格調高い演説で知られるが、「リンカーン大統領とケネディ大統領の共通点」というWikipediaの項目があるほどである。

このサイトから抜粋してみると以下のような項目についての共通性の記述がある。
・家族
・経歴
・暗殺
・暗殺者
・名前と文字数

これらの中にはこじつけに近いものもあるが、暗殺された大統領であるというのは紛れもない事実である。
暗殺犯についてみると、以下のような共通性が指摘されている。
・2人の暗殺者の生まれ年は39年である。
-リンカーンを殺したジョン・ウィルクス・ブースは1839年生まれ
-ケネディを殺したリー・ハーヴェイ・オズワルドは1939年生まれ
・最期
-ブースは劇場でリンカーン暗殺後、倉庫(納屋)に逃げ込んで射殺された
-オズワルドは教科書倉庫からケネディを暗殺し、劇場で逮捕され、射殺された

もちろん、リンカーンとケネディには多くの相違点も指摘されている。
上記サイトでも以下の諸点を挙げている。
・リンカーンはイギリス系のプロテスタント教徒であり、ケネディはアイルランド系のカトリック教徒
・リンカーンは大統領就任2期目の1865年に暗殺され、ケネディは1期目の1963年に暗殺された
・リンカーンは屋内で、ケネディは屋外の自動車上で暗殺された。
・ブースはフォード劇場の俳優であり、オズワルドは元海兵隊員で職業や経歴は全く違う
・ブースが用いたのは拳銃であり、オズワルドが使ったのは小銃である。
・ブースとオズワルドには射殺による死以外の共通点はない。
・ケネディの弟ロバートは司法長官に就任し、大統領候補となった1968年に暗殺されたがリンカーンにそのような例はない。

アメリカという国は、現在世界の強国としてわがもの顔でふるまっている。
しかし、建国してわずか200年余の歴史の浅い国である。
1980年にアナハイムのディズニーランドに行ったときには、まだ200年足らずに過ぎなかった。
暗殺という手段によって何かを変えようというのは、未熟の証のようなものであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月21日 (木)

違憲(状態)の国会で重要法案を決めるのか?/花づな列島復興のためのメモ(274)

1票の格差が、最大2.43倍だった昨年12月の衆院選は違憲だとして提訴されていた訴訟の最高裁判決が示された。
「違憲とまではいえず、違憲状態にとどまる」という判断である。
全国各地の高裁で次々に「違憲」判決が出されている。
それは政治の怠慢を指摘していたのではなかったか。
⇒2013年3月26日 (火):衆院選無効の高裁判決/花づな列島復興のためのメモ(202)

高裁判決に比べると、最高裁判決は後退しているように見える。
保守的であり、微温的とも言えよう。
しかし、法的判断には常に保守的要素が付きまとう。
先を行く時代の潮流を汲み上げて法に反映させるのは立法の役割だろうが、自分たちの身分が違憲状態の選挙によるものだとしたら、早く状態を変えたいと思うのが通常人の考えだろう。

ところがこともあろうに、あわよくば憲法を改正しようというのだから驚く。
伊坂幸太郎『魔王講談社文庫(2008年9月)という小説がある。
『魔王』と『呼吸』という2つの5年の時間を隔てた連作の物語で構成されている。
『魔王』は安藤兄弟の兄が中心人物であり、『呼吸』は弟が主人公である。

そして、兄と弟は、性格がおよそ正反対であるが、ある種の超能力を備えている(のかも知れない)ところが共通点である。
話題の中心は、たとえば憲法改正である。
『呼吸』の中で、弟(潤也)の口から次のような言葉が出る。

「可能であれば」潤也君はさらに言う。「一度目の改正で、憲法改正の要件を、つまり九十六条を変えることができれば、もっと都合が良い。二度目以降の国民投票をやりやすくしておくわけだ。とにかく、賢明で有能な政治家であれば、唐突に大胆なことをやるのではなく、まずは楔を打ち、そこを取っ掛かりに、目的を達成する。そうする。俺ならそうする」

既視感のようなものを覚えるのは私だけではないだろう。
安倍政権が、九十六条の先行改正を口にしていたことは記憶に新しい。
改憲が簡単には進まないと見たのであろうか、内閣法制局長官、NHK経営委員会委員等の人事を自分のシンパで固めるという鵜飼作戦も併用しているようだ。

 財界代表格として任命された日本たばこ産業(JT)顧問の本田勝彦氏は安倍首相の小学生時代の家庭教師だった。小説家の百田尚樹氏は文化界の代表的右翼だ。韓国に対する「ヘイトスピーチ」を日常的に行う日本の右翼団体「在日特権を許さない市民の会」に対し、「在特会がしていることを国家単位でやっているのが韓国」という言葉をはばからない。少し前に彼が書いた太平洋戦争当時の日本の特攻隊員の活躍を描いた『永遠の0』はベストセラーになった。
  哲学者である埼玉大学名誉教授の長谷川三千子氏は安倍首相を熱烈に支持する保守論客だ。日本国内の右翼をひとつにまとめ理念的論理を提供する団体である日本会議の代表委員だ。海陽学園海陽中等教育学校長の中島尚正氏は安倍首相のブレーンである葛西敬之JR東海会長が設立に関わった学校の関係者だ。
  彼ら新経営委員が持つ意味は大きい。NHKの会長人事を経営委員が決めるためだ。東京新聞は、会長選任は12人の経営委員のうち9人以上の賛成が必要とし、これは逆に言えば新たに任命された安倍首相側近4人が反対すれば選任されないということと解釈した。

http://japanese.joins.com/article/506/178506.html?servcode=A00&sectcode=A00

私の身近な選挙区である静岡5区、6区でも1票の格差は2倍を超えている。
Photo
東京新聞11月21日

魔王の言葉をもう1度引用しよう。

「昔、子供の時に観たテレビドラマで、『マクガイバー』っていうアメリカのやつがあったんだ」
「安藤にもそういう時代があったわけか」
「『冒険野郎マクガイバー』だよ。マクガイバーはさ、身近な物を武器にして戦うんだ。まあ、工夫が得意なんだな。で、その主人公がよく困難にぶつかると、自分に言うんだ」
「何て」
「『考えろ考えろ』ってさ。よし、考えろマクガイバー。自分に言い聞かせるわけだ」
「妙に、内省的な冒険野郎だな、そいつ」
「粗筋はまったく覚えていないのに、あの、主人公の台詞はよく思い出すんだ。考えろ考えろ」

「考えろ考えろ」
マクガイバーの声は、われわれにとても重く響く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月20日 (水)

東京電力をどうすべきか?/ブランド・企業論(10)

日本経済新聞の「経済教室」欄に、9月24、25日に「東電をどうすべきか」が掲載された。
筆者は、安念潤司中央大学教授と山内弘隆一橋大学教授である。
両先生はどうすべきだと言っているのであろうか?

安念教授は、東電を再生させるためには、「稼ぐ手段」を回復しなければならないが、それは原発再稼働であると言う。
東電の保有する原子炉は、17基ある。
このうち、福島第一と第二で10基、柏崎刈羽で7基である。

そして福島の再稼働は見込めないので、柏崎刈羽を早く稼働させるべきだと言う。
柏崎刈羽は現在運転停止中であるが、本来稼働させるべきものなのだと言う。
なぜならば、運転中の原子炉を停止させるためには、当局が運転停止命令を出すか原子炉設置許可を取り消さなければならないが、現状はそうではないからというのがその理由である。
電力各社には、原発の運転を停止していなければならない法律的義務はない。

安念教授はさらに東電の損害賠償責任の有無・範囲を確定せよという。
たとえば、被災住民の移転、休業などの損害や除染などの費用を東電が負担するのは疑問だとする。
原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)には、「異常に巨大な天災地変」については電力会社の免責規定があるからである。
東方地方太平洋沖地震は、「異常に巨大な天災地変」であって免責条項が該当するはずだ。

除染については、除染の基準である1ミリシーベルトと原子力事故との間には「相当因果関係」がないから、東電は損害賠償責任を負わないという。
こうして東電の責任範囲を限定していけば、再稼働の利益で弁済可能になるというのが安念教授の主張である。

こういうのを石頭というんだろうなあ。
法律的に禁止されていなければ何をやってもいいじゃないか、というのと何ら変わらない。
法律の上位に、人としての行いを律する規範があるはずである。
安念教授、知識はあっても知性はないという感じである。
安倍政権も、道徳の必須化と言うのならば、安念教授のような人に率先して教育すべきだろう。

東電を再生させるために、損害賠償の範囲を限定し、柏崎刈羽の再稼働を急げ、というのは究極の本末転倒というべきではないか。

山内教授の論旨は以下のようである。
東電は、円安による燃料費の高騰もあって、このままでは14年3月期に最終赤字を計上する恐れがある。
それは、形式的には東証の上場基準基準に抵触する。
そこで東電を会社更生法により処理するか?
会社更生法による法的処理をした場合のメリット・デメリットは次のように考えられる。

メリットは、経営者と株主の責任が明確になる。
バランスシート上の改善を通じて再建も容易になる。
デメリットは、東電が果たすべき賠償、廃炉、除染、汚染水対策への影響が懸念される。
東電の社債発行残高は極めて大きく、社債市場・金融市場の混乱は必至である。

これらのメリット・デメリットを勘案して、山内教授は結論づける。
政府が責任を持つべき範囲と事項を明確にして、東電の経営の安定と持続性を確保した上で、負債を返済するほうが社会全体への負荷が小さいのではないか。

東電と政府の役割分担で問題になる1つに除染の費用負担がある。
1ミリシーベルト以下の線量にするための費用は10兆円規模と想定されており、東電の返済能力を大きく超えている。
国民生活の基本的な安全性確保のためであるとするならば、公的負担も1つの考え方である。

シンプルに考えて、上場基準に抵触するならば上場廃止にすべきであろうし、事故処理の費用を私企業で負担しきれないのなら、破綻処理するのが最も自然ではないか。
原子力発電にはそういうリスクが付随するということである。
それでもなお、原発を続けようというのは、何らかの公正でない扱いがあると考えられる。

私は一度東電は破綻処理をして責任を明確にし、そのうえで必要な賠償、廃炉、除染、汚染水対策と電力供給をどういう体制で行うのが望ましいかを検討すべきだと考える。
両教授の主張するように、影響が大きいからといって東電の法的処理を行わないならば、社会的公正を損なうことになる。
株券や社債が紙切れになるとしても、それは自己責任であって過大に評価すべきではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月19日 (火)

廃炉への長い工程と脱原発/原発事故の真相(93)

福島原発4号機からの燃料取り出しが始まった。

東京電力は福島第1原発事故から2年半以上たった18日午後、破損した原子炉の一つから燃料を取り出すという困難で危険を伴う作業を開始した。1年以上かかるとみられるこの作業は、30―40年を要する廃炉に向けた最初のステップだ。
http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702304894104579206713118322306.html

ようやく廃炉に向かう第一歩を踏み出せた。
しかし、廃炉作業には21世紀半ばまでかかると予想されている。
当初の廃炉の中長期工程は、下記のように想定されていた。
Photo
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2011071002100004.html

前倒しされたとはいえ、気が遠くなるような将来である。
私が生きている間には、廃炉の完了はないのだろう。

今後13カ月をかけて、合わせて1533体の使用済みと未使用の燃料集合体を取り出して、福島原発の6基の原子炉用につくられた共用プールに移して保管する。
燃料集合体は、燃料ペレットの入った60―72本の燃料棒から成り、重さ550ポンド(248キログラム)ある。
これを損傷させないように細心の注意を払いながら、1㎝/秒の速度で慎重に吊り上げるのだ。
もし損傷させると、連鎖的な核反応が起きる可能性もある。

廃炉に向けた作業は、溶融燃料の状態の把握や遠隔操作ロボットの開発など技術的な課題も多い。
汚染水漏れなどトラブルが多発していることを考えると、計画通りに進むかは不透明であるが、何とかオールジャパンというか世界の力を借りてでも廃炉に漕ぎつけてほしい。

また、原子炉内の部品や制御棒など、解体後に出る「廃炉のごみ」の問題もある。
Photo_2
http://www.asahi.com/articles/TKY201311170282.html

廃炉が決まっている日本原子力発電東海原発が、来年度から予定している原子炉の解体作業を先送りした。
廃炉のゴミを埋める処分場がいまだに決まっていないからだ。

廃炉は長く困難な工程であるが、これが完了しない限り事故の収束と言うべきではないだろう。
そして事故が収束をみないうちに、軽々に再稼働など口には出せないのではないか。
福島第一原発事故は、原発による電力を享受してきた世代の、将来世代への債務であると認識すべきだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月18日 (月)

JR北海道の民営化は間違いではなかったか?/ブランド・企業論(9)

JR北海道の不祥事が多発している。
同社は、1987年4月1日日本国有鉄道(国鉄)から鉄道事業を引き継いだ旅客鉄道会社の一つであり、北海道全域と青森県のごく一部をエリアとする。
北海道旅客鉄道-Wikipediaによると、営業概況は以下の通りである。

北海道全体の人口は、1987年の会社発足時と2012年現在との比較においてほぼ横ばいから微減傾向であるが、札幌都市圏への人口流入・一極集中の傾向が続いており、道内地方都市では深刻な過疎化が進行している。他のJRグループ各社と比較しても過疎地域を走る路線が大半を占め、加えて全道が豪雪地帯・寒冷地のため除雪や車両・施設の維持管理に膨大な経費を要し、経営基盤は非常に弱い。2013年3月期の連結決算では、営業収益約1,650億円に対し、営業利益ベースで約241億円もの大幅な赤字となっており、後述する経営安定基金の運用益収入などの政策的補填による営業外収益(約259億円)により、辛うじて経常利益ベースでは黒字(約17億円)を確保しているが、最終的な純利益ベースでは赤字(約26億円)となっている。

このような営業的に厳しいことは、会社発足当初から予想されており、国による政策的経営支援スキームとして、経営安定基金(元本6,822億円。元本の取崩しはできず、運用益配当のみ営業外収益に計上される)が設けられている。
さらに固定資産税減免などの各種支援措置を受けている。

しかし、JR北海道を巡る不祥事(事故、インシデント)の多発は、経営管理・安全管理面等の鉄道会社としての存立に関わるものである。
2011年5月27日には石勝線で特急「スーパーおおぞら14号」の脱線火災事故(負傷者39名)を起こした。
その後も信号故障や運転士の居眠り、三六協定違反といったことが次々と発覚し、国土交通大臣から事業改善命令を受けている。

また、2011年9月、当時の代表取締役社長であった中島尚俊が行方不明になり(後に遺体となって発見)、後任人事が難航し、前任者の小池明夫が就任するが、その間約2か月間にわたり社長不在という異常事態となるなど、企業統治全般において問題を残す状況が続いた。
今年に入ってからも、特急列車の出火や発煙、保線ミスによる走行中の貨物列車脱線、運転士の覚醒剤使用、運転士が車両に搭載のATSを破損させる、などの事故や不祥事が続いている。
9月には、レールの異常を放置した問題で鉄道事業法に基づく再度の特別保安監査が入った。

そして国による監査の直前に、データを改竄するという信じられないようなことをやっていた。

JR北海道では、ことし9月の脱線事故のあと社内調査をしたところ、合わせて270か所で補修が必要なレールの幅などの異常が放置されていました。
ところが、社内調査に対し「異常はない」と報告した一部の現場の部署が、脱線事故後に行われた国土交通省の特別保安監査の直前、異常が見つかったレールの幅などの検査データを、基準以内に収まるよう数値を改ざんしていた疑いがあることが関係者への取材で分かりました。
・・・・・・
複数の関係者はNHKの取材に対し「脱線事故のあと、国土交通省の特別保安監査が実施されることになったため、その直前に、基準内に収まっているように数値が改ざんされた。さらに問題が発覚しないよう関係する書類を捨てるなどの隠蔽も行われていた」などと証言しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131111/k10015971091000.html

エータ改竄が特別保安調査の直前だけではなく、常態的なものであったことが新たに報じられている。

函館保線管理室での改ざんについて、JR北海道の社内調査は、今年度のデータを対象にしていましたが、函館保線管理室では、過去にも、異常があったレールの検査データを基準内に収めるため、たびたび数値を改ざんしていた疑いがあることが、関係者への取材で新たに分かりました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131117/t10013125351000.html

社会的責任という言葉が相応しい旅客運送業において、まったく社会的責任と相反するような行為が行われていたということになる。
背景には何があるのだろうか?
兼ねてから指摘されていることは、労組の力である。

にわかには信じがたいことだが、JR北海道の社員の8割が革マル系の北鉄労(北海道旅客鉄道労働組合)に加入しているという。
革マルといえば教条主義的な極左という印象があるが…
組合の力が会社を上回り、アルコール検査でさえなかなか実施できなかったという。
アルコール検査などは、主義・主張と関係ないはずであるが。

もう1つは、経営安定基金の運用収益がデフレ経済下の低金利で低下しているため、資金的に行き詰っているということだという。
利回りが7.3%の予定から4%程度に下落しているらしい。
4%の利回りといえば立派なものだと思うが。運用収益が500億円/年から300億円/年に低下した。
不足分は、人員削減や保線・機材交換の削減などによっているという。
JR北海道は、民営化すべきではなかったのではないか?

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2013年11月17日 (日)

ケネディ暗殺とアメリカの闇/戦後史断章(16)

新しい駐日米大使のキャロライン・ケネディさんが、15日赴任した。
初めての女性の米大使であるが、父親は元米大統領のジョン・F・ケネディであり、知名度は抜群に高い。
ということもあるが、ケネディ家はアメリカ屈指の名門血族であると言った方がいいだろう。
Photo_2
http://www.asahi.com/articles/TKY201311150461.html

ジョン・F・ケネディは第35代アメリカ合衆国大統領である。
1960年アメリカ合衆国大統領選挙に民主党指名候補として出馬し、共和党のリチャード・ニクソンを僅差で破った。
1960年は私が高校に入学した年である。
日本社会の空気は、「60年安保」の対立の構図から、この若々しい大統領への期待に一変した。
政治意識に乏しい田舎の高校生にも、何となく新時代の到来を告げているように感じられたことを憶えている。

期待にそぐわず、大統領在任中にピッグス湾事件、キューバ危機、ベルリンの壁の建設、米ソの宇宙開発競争など多くの歴史的事件に精力的に取り組んだ。
しかし、1963年11月22日にテキサス州ダラスで遊説中に暗殺され、犯人として逮捕されたリー・ハーヴェイ・オズワルドは、2日後にジャック・ルビーによって射殺された。
1963年は私の大学入学の年であるが、たまたま叔父の家で、日米間テレビ宇宙中継の実験放送中を見ていた時に、ケネディ大統領暗殺が中継された。
幼いキャロラインの姿が涙を誘った。
Photo_3
キャロライン・ケネディ-Wikipedia

素朴にも、民主主義の国と思っていたアメリカで、このような暗殺事件が起きたことはショックであった。
それにしても、「ケネディ暗殺事件」は多くの謎を秘めたまま今日に至っている。
ケネディ暗殺の真相さえ明らかにし得ぬのは、現代アメリカの暗部であり恥部でもあろう。

ケネディが暗殺されたのは、ダラスの市内をオープンカーでパレード中のことであった。
FBI、ウォーレン委員会、下院暗殺特別委員会のいずれもオズワルドによる単独犯行であるという結論を出しているが、暗殺者と暗殺理由は多くの説がある。
証拠物件は政府によって2039年まで不自然に制限されたり、また大規模な証拠隠滅が行われたと推測できる事象が多くあるともいわれる。

謎のいくつかを「ケネディ暗殺の真相」のサイトから要約する。

ケネディ大統領の頭蓋骨に命中した弾丸によりケネディ大統領は死亡したとされるが、公表された銃弾は新品のようだった…
オズワルドには銃を撃った後に検出されるはずの硝煙反応が検出されなかった・・・
オズワルドの位置からは木が邪魔をして撃つことが出来なかった・・・
また、ケネディ大統領は前から撃たれ 後ろに倒れたが、仮にオズワルドが撃ったなら後ろから撃ったはず・・・
大統領の車が通る予定のルート変更が 突然変更になったのも不自然・・・
21人の目撃者・関係者がいるが、4年以内に全員亡くなっている・・・

これくらいで十分であろう。
エイブラハム・ザプルーダーという人によって撮られた暗殺の瞬間の8ミリ映像には、ケネディ大統領の頭部は致命的と見られる射撃によってひどく破壊され、後方に動いている。
直後にケネディ夫人が動揺した様子で後方に目を移し、オープンカーの後方部分に這い出て、護衛にすぐ引き戻されている映像が独立した複数の映像から確認できる。
ケネディ夫人自身はその行動を認め、後方に吹き飛んだケネディの頭部破片を拾うために這い出たことを後に裁判で証言している。

これらは、射撃はすべて「後方から」リー・ハーヴェイ・オズワルド1人によって行われたとする暗殺真相究明委員会(ウォーレン委員会)による政府側報告書と矛盾している。
ケネディ大統領の急進的なベトナム戦争撤退の方針が政府側もしくは軍産複合体の利害と対立して、暗殺につながったという説など、様々な陰謀説が存在するのも根拠なしとは言えない。

ケネディ大使は、19日に天皇陛下に信任状を奉呈する予定で、安倍首相らへの挨拶を済ませてから活動するという。
奇しくも22日はケネディ元大統領の50年目の命日にあたる。
真相は2039年の証拠物件の開示によってはっきりするのであろうか?
ここにも情報開示がカギを握っている問題がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月16日 (土)

情報の公正な保秘と公開/花づな列島復興のためのメモ(272)

情報については、常に保秘と公開が議論の的になる。
株式市場におけるタイムリー・ディスクロージャー(企業等が何らかの重要な活動を実施することを決定した、あるいは何らかの重要な事象が生じた際に適宜行われる情報開示)はその代表例であろう。

今国会で政府が成立を目指している特定秘密保護法案も、保秘と公開の基準を巡って論議されている。
保秘の対象となる情報の基準。
保秘すべき情報を漏洩した場合の処罰範囲。
保秘の期限。
・・・・・・

問題は、特定機密保護法案が、日本版NSCと称される国家安全保障会議の創設と一体のものとされている点であろう。
国家安全保障会議は、先の総選挙において、自民党の公約に設置が謳われていたから、結果的には国民の選択だったということになる。
また、民主党も「「防衛計画の大綱」見直しに関する提言」において、国家安全保障室(NSO)創設を提言しているほか、国家安全保障会議(日本版NSC)創設を提言している。
各国の状況を見ても、何らかの安全保障組織は必要だとは思う。

しかし安倍政権は、アメリカとの軍事的な同盟体制において、保秘の体制がしっかりしていないと・・・、ということに偏重しているのではないか?
アメリカは世界中の保秘情報を、他国の首脳の電話を盗聴するという手段を講じてまで集めているのだ。
⇒2013年11月 6日 (水):「アメリカの時代」の終焉と日米同盟/世界史の動向(2)

秘密情報はアメリカとの間では、バリアフリーになるということだろう。
一方、日本国民には、保秘の基準の設定の仕方によっては、永遠に闇の中ということになる。
特に、期限が明確に設定されないで期限の更新が可能であるとすれば、歴史の検証も不可能であろう。
⇒2013年11月 1日 (金):秘密保護法案と知る権利/花づな列島復興のためのメモ(270)
⇒2013年11月10日 (日):秘密保護法案の霞が関「非」文学/アベノミクスの危うさ(21)

文書や画像の管理がデジタル時代になって、保秘と公開の問題はより複雑化している。
国家安全保障会議は、安全保障上の脅威が発生した場合、外交交渉を継続するか武力の行使に踏み切るかの判断をすることになる。
大日本帝国憲法における統帥権に該当する。
昭和の初期において、統帥権が暴走して、先の戦争に至った。
⇒2012年10月26日 (金):菊田均氏の戦争観と満州事変/満州「国」論(7)
⇒2012年6月27日 (水):「昔陸軍、今〇〇」/花づな列島復興のためのメモ(95)

国家安全保障会議の事務局になる国家安全保障局(NSA)の初代局長に谷内正太郎氏が内定したという。
谷内氏は、元外務次官で現内閣官房参与である。
まあ妥当な人事という評判のようだが、人に依存するようでは危ない。
システムとして基本はオープンな体制でないと、歴史が繰り返すことになる恐れがある。
マルクスの言葉として伝えられているが、「歴史は二度繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」。
そうならないようにと願う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月15日 (金)

国土強靭化の実態/アベノミクスの危うさ(22)

東日本大震災の甚大な被害を見て、防災・減災を願わない人はいないだろう。
そんな中で、国土強靱化(レジリエンス)という魅力的なコンセプトが浮上してきた。
提唱者は、藤井聡京都大学大学院工学研究科教授、同大学レジリエンス研究ユニット長。
藤井氏は、第2次安倍内閣の・内閣官房参与に就任している。

私も、藤井氏の『列島強靱化論―日本復活5カ年計画 (文春新書)』(1105)を読んでみた。
次のように説明されていた。

まとめていうなら、「天変地異を乗り越える」ために必要なのは、
①致命傷を避ける
②「傷」を小さくする
③「傷」を早く回復する
という3つの条件だ。我が国がどんな危機に対しても、この3つの条件をもつことができるなら、我が国は、極めて「強靭な国」だということができよう。
ここで、この「強靭さ」という言葉を英訳すると「レジリエンス」(resilience)という言葉になるのだが、これは「弾力性」ということを意味している。ところが、「1強靭」という言葉は、しばしば、全く「弾力性」をもたない「強固」という言葉と混同されてしまう場合もある。

⇒2011年10月29日 (土):猿橋の「用」と「美」と「レジリエンス」/花づな列島復興のためのメモ(10)

言われていること自体はその通りだろう。
ところが、安倍政権の進めようとしている「国土強靱化計画」の実態はどうか?
いわゆる脱藩官僚の1人古賀茂明氏が、「週刊現代11月8日号」の「官々愕々」という連載コラムの『「海峡道路構想」の復活』に、霞ヶ関文学的に解説している。

1987年に策定された「四全総:第四次全国総合開発計画」において萌芽し、1998年の「五全総:第五次全国総合開発」において調査が本格化した構想-「海峡道路構想」。
・東京湾口道路(横須賀市~東京湾~富津市)
・伊勢湾口道路(渥美半島~伊勢湾島嶼部~志摩半島)
・紀淡海峡道路(和歌山市~紀淡海峡~洲本市)
・豊予海峡道路(大分県~豊予海峡~愛媛県)
・関門海峡道路(北九州市~関門海峡~下関市)
・島原天草長島連絡道路(島原半島~天草~鹿児島県長島)
これらの構想は、2008年に「凍結」とされた。

全国総合開発計画は、下表に示したように、1962年以降全部で5回策定されている。
1003komine
http://www.jcer.or.jp/column/komine/index181.html

全国総合開発計画を所管する国土交通省の国土計画局長であった小峰隆夫氏は、「「第四次全総」のあたりまでは大いに注目されたが、「21世紀の国土のグランドデザイン」になると、注目度、影響力は格段に低下」し、「05年3月に国土総合開発法が改正されて、全総そのものが廃止されるに至った」と言っている。

「海峡道路構想」について、古賀氏は次のように解説する。
「四全総」では、四国地方について、「長期的な視点から、本州、九州との広域的な・・・・・・交通体系について検討」とだけ書いてある。
一般人には、なんとも漠然とした記述に見えるが、官僚にとってはこれがお墨付きになって、調査予算を組む。
そして、「五全総」では、「紀淡連絡道路の構想については・・・・・・構想を進める」となって、着実に前進するということになる。
しかし、「紀淡海峡大橋」は全長2.5kmの長大橋であって、財政事情からして無理だし人口減社会を想定すれば必要性も疑わしい。

ということになれば、普通に考えれば、計画は取りやめということになる。
ところが、官僚的には、あくまでも計画は「凍結」されたに過ぎない。
安倍政権で「国土強靱化計画」の推進気運が高まると、ゾンビのように息を吹き返しているという。
アベノミクスの2本目の矢として挙げられている「機動的な財政政策-大規模な公共投資(国土強靱化)」の実態である。
原資は消費税の増税である(金に色はついていないが、限られた財源の配分である)。
「昭和の三大馬鹿査定」という言葉や「コンコルドの錯誤」という言葉が連想される。
⇒2013年10月 5日 (土):コンコルドの錯誤/知的生産の方法(74)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月14日 (木)

細川・小泉連携で「山は動く」か?/花づな列島復興のためのメモ(271)

「動かざること山の如し」
武田信玄の風林火山で有名だが、出典は『孫子』・軍争篇第七の「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」である。
山は、動かないもの、崩れないものの代表ということだけど、最近の山地における土砂災害の多発を鑑みると、必ずしも適切とは言えないようだ。

1989年の第15回参院選において、社会党が改選議席の倍以上を獲得、改選分では社会党が第一党、総議席では自民党が過半数割れの比較第一党という結果となった。
現在の社民党からは想像しにくいような大躍進である。
この時、土井たか子社会党党首が、「山が動いた」の名文句を発した。
「動くはずのない」山が動いたという感慨があったのだろう。
消費税・リクルート事件の追及の際に強化された社公民路線を基礎とし、連合の会候補を3党が推薦するといった選挙協力体制が功を奏したといわれる。

しかし、自民・社会のいわゆる「55年体制」は、、1989年(平成元年)秋の東欧革命から1991年(平成3年)12月のソ連崩壊により自ずから崩壊を余儀なくされた。
つまり「55年体制」は東西冷戦の鏡だった。
土井社会党も、1991年の統一地方選挙で敗北し、土井は委員長を引責辞任した。
「山が動いた」ように見えたのは、束の間の幻覚のようなものであった。

さて、衆参のねじれを解消して、安倍自民党に死角はないように見える。
少々のムリを通しても、何とかなるというような強気が窺われるのも、議席数において圧倒的多数を占めているからであろう。
まさに安倍自民党は、山の如し、であろうか?

細川護煕氏と小泉純一郎氏の2人の元首相が、「脱原発」で歩調を合わせつつあることが報じられている。
⇒2013年10月27日 (日):小泉元首相の脱原発論/アベノミクスの危うさ(18)

小泉氏は、12日東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見し、「安倍首相に原発ゼロの方向に権力を使ってほしい」と政策転換を促した。

 小泉氏は首相の権力と世論の力を示す事例として、自らが首相時代に衆院を解散し、いったん廃案になった郵政民営化法を成立させた経緯を紹介。「全政党が反対で(民営化法案は)参院で否決された。国民が支持してくれ、参院の(自民党)反対派議員も賛成に回った」と述べた。
 安倍首相が原発ゼロを決断する必要性では「(原発ゼロを望む)世論は軽視できない。首相も国民の声を聞かざるを得ない時期が来る」と主張。「野党は全部、原発ゼロに賛成。反対は自民党だけだ。こんなに恵まれた環境はない」とも指摘し「首相が決断すれば(自民党内の反対派も)従う。自然を資源にする国家をつくろうという方針を決めれば、もう反対できない」と指導力発揮を求めた。
 原発を稼働しながら依存度を減らしていく方法には「再稼働すれば核のごみが増える。最終処分場も見つからない。すぐゼロにした方がいい」と反対論を唱えた。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013111390070917.html

小泉氏の発言内容は、少なくとも文言的にはその通りであって、否定する要素はない。
Photo_2
東京新聞11月13日

一方、細川元首相も、安倍政権の原発再稼働路線を「犯罪的な行為だ」と批判し、「原発ゼロ」に向けた活動を国民的な運動に発展させたい考えを示した。

 細川氏は、安倍政権の原発推進政策に関して「ごみの捨て場がないのに再稼働しようとするのは、理解できない。原発について、根本から問い直さなければいけない」と強調した。
 「原発ゼロ」を目指す活動について「政局的な連携でない方が広がっていく。幕末も薩長土肥が攘夷(じょうい)で一致した」と、政党レベルではなく、国民運動として発展させていくべきだと訴えた。
 小泉氏とは約一カ月前に会談した。具体的な会談の内容は明らかにしなかったものの、「核廃棄物の最終処分場がないのにもかかわらず、再稼働を進めることに反対なのは、小泉さんと同じだ」と述べた。
 ただ、「政局レベルの話ではない」と、自らの政界復帰や小泉氏と脱原発新党を結成することは否定。「原発ゼロ」を訴えることで連携し、国民運動推進の一翼を担っていく考えを示した。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013111202000129.html

細川氏も小泉氏も一筋縄では捉えられない人だから、表面的な言葉の意味だけでは考えられないだろう。
ただ、ともに世論に敏感な政治家が脱原発の方向で一致したことは、社会的な動きがそちらの方向に向かっていることを如実に示しているとも考えられる。
小沢・生活の党代表が言うように、「高い立場から冷静に考え、原子力はやめた方がいいという思いに至ったと思う」ということかもしれない。

とすれば、民意はすでに「核のごみの処分」「原発のコスト」「原発事故の影響」を冷静に判断しているということになる。
安倍首相がいつまでも再稼働にこだわっていると、それこそ「裸の王様」になってしまうだろう。
⇒2013年10月17日 (木):安倍首相は裸の王様か?/アベノミクスの危うさ(16)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月13日 (水)

原発事故収束宣言のもたらしたもの/原発事故の真相(92)

福島第一原発(イチエフ)事故の現場の作業にあたっていた人の表現が話題になっている。
1つは、漫画週刊誌に掲載の『いちえふ』である。
作者は、48歳の新人竜田一人(たつたかずと)。
もちろんペンネームで、「たったひとり」とも読める。
はてなキーワード > 竜田一人には、次のような説明が載っている。

元福島原発作業員の漫画家。
第34回MANGA OPENにて大賞を受賞した『いちえふ ~福島第一原子力発電所案内記~』が、2013年10月3日発売の「モーニング」44号、「週刊Dモーニング」44号にカラーページ付きで掲載。これが商業誌デビューとなる。
ルポマンガが大賞を受賞するのは初めてで、新人賞の受賞作をカラーで掲載するのは異例。

原発事故の後、福島第一原発で作業員として働いた経験をつづった漫画で、作業員の立場からここまでリアルな現実を描いたのははじめてという。
講談社の担当は「撮影を禁止されている区域は、漫画だからこそ再現できる。遠いフクシマのことが身近に感じてもらえる、読み応えのある作品です」と思いを語った。(http://www.huffingtonpost.jp/2013/10/03/ichiefu-comic-morning_n_4034313.html
私は、漫画週刊誌を読まないが、誰かの紹介でこの作品のことを知り、コンビニに行ってみたが間に合わなかった。

もう1つは、ハッピーという人の、『福島第一原発収束作業日記: 3.11からの700日間』河出書房新社(2013年10月)である。
3.11からほぼ毎日のようにツイッター上で綴られた、福島第一原発作業員による事故の収束作業日記である。
Amazonに寄せられた書評の1つ。

本書にはドキュメンタリー的な要素が生々しく書かれており
マクロな視点で書かれた本ではなく、ミクロな視点まさしく現場という本である。
現場の混乱、必至な対応、そして落ち着いてきて指揮系統の矛盾。
東電、政府の現場への対応と、とてもわかりやすく描かれている。
・・・・・・

野田佳彦前首相が、「収束宣言」をしたのは、2011年12月16日のことであった。
⇒2011年12月17日 (土):フクシマは「収束」したのか?/原発事故の真相(14)

しかし、決して「収束」などしていないことは、その後の経緯からして明らかである。
⇒2013年8月20日 (火):福島第一原発事故の“収束”は何時になるのか?/原発事故の真相(78)
⇒2013年8月29日 (木):原子力市民委員会の緊急提言/原発事故の真相(81)

それでは、野田前首相は、なぜ「収束宣言」を出したのか?
野田前首相は、「福島原発事故が冷温停止状態に達し、事故そのものは収束した」と宣言した。
つまり、「事故そのものが収束」というレトリックで、あたかも事故が終息したかのような印象を敢えてしたのではないか。
⇒2013年7月28日 (日):高濃度汚染水対策を急げ/原発事故の真相(74)
⇒2011年12月18日 (日):収束と終息/「同じ」と「違う」(37)

ハッピーさんが作業員の視点から指摘する。
「収束宣言」により原発事故の緊急作業は終了した建て前となった。
その結果、作業員の危険手当等が削減され、事実として賃金が大幅にカットされた。
作業は、東電の作成した仕様書に基づいた作業しかできなくなった。
これは、汚染水漏れのような緊急事態に臨機応変に対応できなくなったことを意味する。
万が一緊急対応して被曝しても、勝手にやったことで補償の対象にはならない。

野田前首相は、自身のことをドジョウになぞらえた。
ドジョウは、お世辞にも格好いいとは言えない。
泥臭いが、悪さはしないというようなイメージであろうか。
実際に野田氏の風貌は、善意の人のように見える。
私は野田氏が善意の人だとは思うが、「地獄への道は、善意で敷き詰められている」というカール・マルクスの言葉を思い出さざるを得ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月12日 (火)

特定秘密保護法とスパイ防止法/「同じ」と「違う」(63)

安倍政権は、特定秘密保護法案をを今国会で成立させようとしている。
現在の国会状況からすれば、決して不可能なことではないだろう。
⇒2013年11月10日 (日):秘密保護法案の霞が関「非」文学/アベノミクスの危うさ(21)

こうした安倍政権の姿勢が、1980年代の中曽根康弘政権を彷彿とさせるという見方がある。
1985年の第102通常国会、中曽根政権の時代に、衆議院に議員立法として提出された通称「スパイ防止法案」は、審議未了廃案となった。
この法案の概要は、以下のようであった(Wikipedia-国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案)。

全14条及び附則により構成される。外交・防衛上の国家機密事項に対する公務員の守秘義務を定め、これを第三者に漏洩する行為の防止を目的とする。また、禁止ないし罰則の対象とされる行為は既遂行為だけでなく未遂行為や機密事項の探知・収集といった予備行為や過失(機密事項に関する書類等の紛失など)による漏洩も含まれる。最高刑は死刑または無期懲役(第4条)。
憲法が保障する言論の自由、報道の自由に対する配慮から、第14条において「この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない」と定められているが、あくまでも政府の努力義務とされており、法律の適用により、一般国民の人権が侵害された際の救済措置がない点が特に批判の対象とされた。
なお、本法の名称について、マスコミなど反対勢力は「国家機密法」などと表記していた(同様の例は通信傍受法などにも見られる)。

前史としては以下のような経緯がある。
1972年、参議院予算委員会で佐藤栄作首相(当時)は、西山事件に際して、「国家の秘密はあるのであり、機密保護法制定はぜひ必要だ。この事件の関連でいうのではないが、かねての持論である」と主張した。
佐藤栄作は安倍晋三首相の祖父・岸信介の実弟である。
西山事件とは、1971年の沖縄返還協定にからみ、取材上知り得た機密情報を国会議員に漏洩した毎日新聞社政治部の西山太吉記者らが国家公務員法違反で有罪となった事件である。

特定秘密保護法案の国会審議を担当する森雅子少子化担当相は、記者会見で、沖縄返還に伴う密約を報じて記者が逮捕された西山事件は同法の処罰対象になるとの認識を示した。
こういう流れから考えれば、「特定機密保護法案」が「スパイ防止法」の生まれ変わりであることが良く分かる。
佐藤発言からすれば実に40年来の悲願ということができる。
であれば、安倍政権が中曽根政権と似てくるのは必然と言えよう。
Photo
東京新聞10月30日

スパイ防止用案は、世論や野党の反発に加え、自民党内の慎重論も強く、実質審議されずに廃案になった。
自民党内の慎重論者の代表は、谷垣禎一現法務大臣である。
谷垣氏の「中央公論」1987年4月に発表した論文の骨子は次の通りである。

▽自由と民主主義に基づく国家体制を前提とする限り、国民が防衛情報を含む国政の情報にアクセスすることは自由であるのが原則
▽刑罰で秘密を守る場合は、秘密を限定しないと人の活動を萎縮させる。萎縮効果の積み重ねこそが自由な社会にとって一番問題
▽情報収集は国民の自由な活動に属する。処罰は本来のスパイ活動に限定すべきだ

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013103002000114.html#print

今回、自民党内に慎重論は広がっていない。
谷垣氏は法案の閣議決定で署名ているが、「当時は情報公開の仕組みが整備されていなかった。当時と変わってきた」と釈明している。
では、情報開示に問題はないか?
「何が秘密か、それは秘密だ」ということではマンガであろう。
私には、変わったのは谷垣氏自身のように見える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月11日 (月)

『清須会議』に見るプレゼンとロビー活動/知的生産の方法(76)

天正10(1582)年6月2日、京都・本能寺に滞在していた織田信長は、天下統一を目前にして、明智光秀に急襲され嫡男信忠と共に殺害された。
日本史上有名な「本能寺の変」である。
その時、羽柴秀吉は、備中高松(岡山県)で毛利方の城を、河道を堰き止めて水攻めしていた。
後に石田三成が、武州・忍城(のぼうの城・埼玉県)攻略において、手本にした戦法である。

明智光秀は、備中から素早く戻った秀吉によって、あっけなく京都山崎において討たれてしまう。
「本能寺の変」からわずか11日後のことであった。世に言う秀吉の「中国(備中)大返し」と光秀の「三日天下」である。
それにしても、信長の信頼が篤かったとされる光秀は、なぜ裏切り行為に走ったか?
永遠の謎であるが、「週刊日本の歴史 01号 織田信長の見た「夢」」に、諸説の紹介がある。
1.光秀単独犯行説
11.怨恨説
12.野望説
13.悲観説
14.四国政策説
2.黒幕説
21.朝廷説
22.足利義昭説
23.羽柴秀吉説
24.徳川家康説
3.その他の説

垣根涼介光秀の定理』角川書店(2013年8月)は、タイトルが示すように、明智十兵衛光秀を主人公とする小説であるが、必ずしも新しい歴史像を提示しようというものではない。
もちろん、信長殺害に至る心理についての解釈はあるが、そういうことが本題ではない。
光秀犯行説の新解釈といえようか。

「本能寺の変」後の問題は、第一に信長の跡継ぎを誰にするか、第二に遺領(主がいなくなった領地)の配分をどうするか、である。
それを決める会議が信長ゆかりの清須城で開かれた。すなわち「清須会議」である。

三谷幸喜『清須会議幻冬舎文庫(2013年7月)は、「
清須会議」に関連する人たちの動きを描写した小説である。
会議が主題の時代小説というのは、余り例がないのではないか。
しかし、本書の価値はそこにあるのではない。
会議に関連する人物たちの心理・意識の流れが描かれているのであるが、その描写方法にとんでもない工夫が凝らされているのである。

たとえば、登場人物のモノローグを、「現代語訳」という意表を衝く形で表現する。
モノローグだけではない。訓示、心の声、回想、日記(の抜粋)等々が「現代語訳」で描かれる。
「現代語訳」は、ごく自然な現代語である。
まあ、現代人(言ってみればネイティブである)が書いているのであるから、当たり前のことである。
しかし、一般に、時代小説はいかにして当該時点の雰囲気を再現しようかということに腐心して、言葉遣いも、時代考証に耐えられるように努める。
それが一挙に「現代語訳」である。
言ってみれば特許に値するような工夫であり、時代小説の新しい「ビジネスモデル」と言ってもいいのではないか。

なお、『清須会議は、三谷幸喜氏の脚色・監督で映画化され最近封切られている。
キャスティングは、役所広司、大泉洋、佐藤浩一、小日向文世、鈴木京香ら。
Photo
小説の場合、「現代語訳」ということで切り抜けた言葉の不自然さが、映画俳優たちのセリフがやや中途半端なように感じられた。

オリンピック招致活動を通じて、大きな話題になったのが、「プレゼン(テーション)」と「ロビー活動(根回し)」である。
両者は、プレゼンが表面に出ている活動、ロビー活動が水面下に隠れた活動というような関係にある。
この書は、この2つに関する格好のテキストとしても読める。

会議の席上のやり取りはプレゼンに相当すると考えられる。
林寧彦『歴史を動かしたプレゼン』新潮新書(2010年5月)でも、事例の1つとして取り上げられている(こちらでは「清州」という表記を使っている)。
ロビー活動についてはどうか?
他の出席者が城内に宿泊しているのに、秀吉だけが別に城下の西覚寺という寺に宿泊する。
何故か?
ロビー活動がし易いからである。
林氏には『歴史を動かしたロビーイング』とでも題する姉妹書を書いてもらいたい気がする。

オリンピックの種目からレスリングが外されそうになったとき、ロビー活動が不足しているのではないかと言われていた。
実際は水面下のことなので、よくは分からないが。
プレゼンもロビー活動も、周到な準備と緻密な実行がキモである。言い換えれば、計画とリハーサルである。
ということは、今回のオリンピック招致でも良く分かったが、分かっているけど実際は難しいことである。
そんな教訓的なことはともかく、三谷幸喜氏は、この「ビジネスモデル」によって、読者を抱腹絶倒させてくれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月10日 (日)

秘密保護法案の霞が関「非」文学/アベノミクスの危うさ(21)

「霞ヶ関文学」という言葉がある。
法案や公文書作成における官僚特有の作文技術を指し、文章表現を微妙に書き換えることで、別の意味に解釈できる余地を残したり、中身を骨抜きにするなどを狙った言葉の使い方である。
⇒2011年7月11日 (月):震災復興会議の提言と「霞ヶ関文学」/花づな列島復興のためのメモ(2)
⇒2012年10月10日 (水):「霞ヶ関文学」と「東大話法」はメダルの表裏/花づな列島復興のためのメモ(149)

特定秘密保護法案が7日の衆院本会議で審議入りした。
野党は対象になる情報の範囲が広すぎ、政府が情報隠しに使えるなどと追及している。
国家の秘密というものはあるだろう。
それを無制限に漏らしていい、ということではない。

しかし、民主党の渡辺周氏は衆院本会議で、別表に「その他」という言葉が多いと指摘したが、実に多くの「その他」という単語が使用されている。
Photo
東京新聞11月8日

「その他」という言葉は便利である。
ビジネスではよく、「MECE」ということが言われる。
Mutually Exclusive and Collectively Exhaustiveの略で、「相互に排他的な項目」による「完全な全体集合」を意味する言葉、 要するに「重複なく・漏れなく」という意味である。
Mece
この「漏れなく」であるためには、「その他」を用いれば良い。

しかし、「その他」というのは極めて曖昧な言葉である。
言い換えれば、恣意的な運用の余地がある。
恣意的な特定秘密の指定を防ぐため、政府は有識者の意見を踏まえて統一基準をつくるという。
しかし、基準は基準であって、その解釈にも当然幅が生まれる。

政府はこれまでの国会答弁でも線引きを説明してきた。自民党もホームページ上で法案にない具体例を掲載して理解を求めるが、曖昧さはなお残る。例えば、原発の事故情報は対象外だが、原発の警備状況は「テロ防止の措置にあたる」(同法案を担当する森雅子少子化相)として対象になり得るとの見解だ。
http://www.nikkei.com/article/DGXNZO62279870Y3A101C1EA1000/

所管の森雅子少子化担当相の発言からして、ブレている。

 森氏は環太平洋連携協定(TPP)交渉内容について「(特定秘密に)なる可能性はある」と明言した。
 だが、「特定秘密の対象とはならない」とする政府見解との食い違いを指摘されると、その日のうちに訂正した。
 また、沖縄返還に伴う日米密約を報じた記者が、外務省の女性事務官をそそのかしたとして逮捕された西山事件のような取材活動は処罰対象になるとの認識を示したが、批判を受けて「私は過去の事件を述べる立場にない」と軌道修正した。
 さらに原発情報に関し「警察の警備実施状況は特定秘密に指定され得る」と述べたが、これは礒崎陽輔首相補佐官が先に「原発情報が指定されることは絶対にない」と明言したことと食い違う。
 これでは一体、誰の説明を信じればよいのか。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/502394.html

それだけ、曖昧で恣意的な解釈が可能だということである。
別の意味に解釈できる余地を残すのが霞ヶ関文学であるにしても、このように「その他」を多用しては、別の意味どころではないだろう。
レトリック以前の問題であり、霞ヶ関文学というよりも霞ヶ関「非」文学ではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 9日 (土)

薄幸の昭和の歌姫・島倉千代子さん/追悼(40)

歌手の島倉千代子さんが8日、肝臓がんのため亡くなった。
享年75歳。
1955(昭和30)年、「この世の花」でデビューし、1957(昭和32)年、「東京だョおっ母さん」が大ヒットした。
デビューしたのは私の小学生の時であり、ラジオから流れてくる歌声が原体験のように耳に残っている。

あかく咲く花 青い花
この世に咲く花 数々あれど
涙にぬれて 蕾のまゝに
散るは乙女の 初恋の花

身の回りは皆貧しかった。
後で考えると、わが家は特に貧しかったのだが、そんなことを気にもしなかった。
平成の時代にも活躍していたのだが、この人の歌唱は昭和のものといっていいだろう。

昭和の歌と言えば古賀政男である。
5000曲の歌を作ったと言われているが、いろいろな歌手がカバーしている。
島倉さんもその1人である。
⇒『島倉千代子古賀メロディを唄う  (2003)

私が半年近くの長期入院を余儀なくされた時、知人たちが身体不如意を慮って、片手で操作できるiPodをプレゼントしてくれた。
何人かの人が、それぞれ「これを」と思う曲を入れてくれていた。
その中に、島倉千代子のカバーする古賀メロディがあった。
山中の電波事情も良くない病棟で、iPodは消灯後の貴重な友となった。
ちなみに消灯は21時である。
発症前はしばしば夜更かしもする生活だったので、病院生活に慣れるに従い夜が長すぎた。

島倉さんの歌う古賀メロディは、嫋々としている。
特に西条八十作詞の「誰か故郷を想わざる」などは、心境に訴えた。

花摘む野辺に日は落ちて
みんなで肩を組みながら
唄をうたった帰り道
幼馴染のあの友この友
ああ 誰か故郷を想わざる

彼岸花の咲く頃、亡くなった竹馬の友のことなどが想い浮かんだ。
栗本慎一郎氏の言うように、脳の海馬と昔の仲間の記憶には、何らかの関係があるのかも知れない。
⇒2011年8月 7日 (日):「花背」の思い出と往時渺茫たる長期的記憶の秘密/京都彼方此方(2)

五木寛之さんの小説に、「艶歌」を主題にしているものがある。
馬渕玄三というディレクターをモデルにしたといわれる「艶歌の竜」こと「高円寺竜三」の世界である。
⇒2011年11月16日 (水):『湯の町エレジー』と古賀メロディ/私撰アンソロジー(12)
消灯後の病棟で聴く古賀メロディは、まさに「艶歌」であった。

「艶歌」は<つやうた>と読めば、<みだらな歌。情事に関する歌。猥歌。春歌>ということになるが、五木さんの「艶歌」はそうではない。
デジタル大辞泉の次の解説のような歌である。

明治10年代に、自由民権運動の壮士たちが、その主義主張を歌にして街頭で歌ったもの。のちに政治色が薄くなり、悲恋・心中の人情歌をバイオリン・アコーディオンなどに合わせて歌う遊芸になり、「艶歌」とも書かれるようになった。
日本調流行歌の一。小節(こぶし)をきかせた浪曲風メロディーで二拍子、短調の曲が多く、義理人情を歌う。

島倉さんの歌の思い出は数々あるが、「人生いろいろ」は小泉元首相の語録によっても人口に膾炙した。
2004年に、民主党の岡田克也代用との党首討論での発言である。

人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ。岡田さんの会社だって、みんながみんな同じように働いてるわけじゃないでしょう?

原発推進から脱原発に転じたといわれる小泉氏の面目躍如という感じである。
⇒2013年10月27日 (日):小泉元首相の脱原発論/アベノミクスの危うさ(18)
一般論として言えば「人生いろいろ」というのは、全く正しいだろう。
問題は、個別具体論である。

出身地品川区の京浜急行電鉄青物横丁駅の電車接近メロディに採用されているという。
離婚、借金、ガン・・・
何よりも島倉さんの実人生がまさに「人生いろいろ」だったと言えよう。
数多くのヒット曲に恵まれたが、薄幸という言葉が拭えない感じのする人だった。
合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 8日 (金)

山西省太原市の連続爆発事件/世界史の動向(3)

北京市の天安門前車両突入事件に続き、中国山西省の省都、太原市中心部にある共産党委員会建物前で連続爆発が起きた。

 中国北部の山西省太原市にある同省中国共産党委員会の庁舎前で6日、連続爆発が起きた。国営新華社通信によると、この爆発で1人が死亡し、1人が重傷、7人が軽傷を負った。現場では爆発物の破片とみられるくぎや直径2センチ前後の鋼鉄球、電子基板などが多数見つかっており、複数の手製の小型爆弾を使った計画的な犯行の可能性が高い。
・・・・・・
中国では10月28日、北京の天安門前にウイグル族とみられる3人が乗った車両が突入し、炎上する事件が起きている。今回の爆発事件との関連は不明。共産党は9日から、重要会議である第18期中央委員会第3回総会(3中総会)を北京で開く予定で、治安維持に神経をとがらせていた。
 太原市は山西省の省都で人口約425万人。石炭採掘や鉄鋼などが代表的な産業。北京の日本大使館によると、在留邦人は約50人。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/131107/chn13110701120002-n1.htm

山西省というところは行ったことがないが、脳力開発という言葉の造語者・城野宏氏の著書等で読んだ記憶がある。
日中戦争終結後、日本軍と在留邦人が戦争終結の帰国命令に従うことなく現地にとどまり、そのうち約2600人は中国国民党軍の閻錫山が指揮する軍隊へ編入され、終戦後も4年間にわたり戦闘員として中国共産党軍と戦った。
城野氏は、山西日本軍の代表格だったらしいが、その経緯については諸説があるようである。
しかし、山西省には反・中国共産党の伝統があるのではなかろうか?

城野氏が創設した情勢判断学会のサイトに載っている城野氏の履歴の中に、以下のようなことが書かれている。

1941年(昭和16年)
陸軍中尉に昇進、第1軍参謀部に転じる。
山西産業・河本大作と出会う。
山西省政府の顧問補佐官として、民政・警察・軍隊を主管した。
1945年(昭和20年)
大東亜戦争の終結。
戦後も「祖国復興・山西独立」をスローガンに、「李誠」の名で資源確保のために閻錫山の山西野戦軍(約6万人・5個師団)を指揮し、日本軍の残留部隊(約1万5千人・1個師団)と共に、毛沢東が率いる中国人民解放軍と戦う。
1949年(昭和24年)
2月に米国ヘラルドトリビューンのシモンズ記者が太原訪問。
閻錫山と城野先生(李将軍)に会見、米国でライフ誌に大きく掲載された。日本では、読売新聞が翻訳記事を掲載した。
4月、山西省郡都太原が陥落。中国人民解放軍の捕虜となる。
中国人民共和国特別軍事法廷で禁固18年の判決を受ける。
太原・北京・太原・撫順と15年間監獄生活を送る。
収監中も、中国語による三国志講談、牢名主になるなど多忙。
1964年(昭和39年)
4月最後の中国3戦犯として、51歳で帰国。
1969年(昭和44年)
城野経済研究所発足。情勢判断学・脳力開発を提唱。

まあ、日中の謀略の渦中に生きたことは間違いないだろう。
山西省というのは、次のような位置にある。

北は万里の長城を挟んで内モンゴル自治区と、東は太行山脈を挟んで河北省と、南は黄河を挟んで河南省と、西は北上した黄河を挟んで陝西省とそれぞれ接している。山西高原は黄土高原の東部に当たり、北部では海河水系の滹沱河や桑乾河が東へ流れ、中部から南部は黄河水系の汾河が貫いている。主要都市は太原以外には大同がある。
Photo_4
Wikipedia-山西省

事件の背景は分かっていないが、北京の天安門前の車突入事件が発生したばかりであり、共産党施設の前で爆発が起きたことで、習指導部の威信失墜につながると見られる。
9~12日に、中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議(三中全会)が開催されることになっている。
一方、官僚不正や土地強制収用に怒った庶民が、政府施設や路線バスで“自爆”するといったことが増えているといわれる。

天安門といい、太原市といい、何やら風雲急を告げているような感じでもある。
中国の共産党独裁の、いよいよ、終わりの始まりということだろうか?
⇒2013年11月 4日 (月):天安門自爆テロ?/世界史の動向(1)

| | コメント (0)

2013年11月 7日 (木)

老舗百貨店よ、お前もか!/ブランド・企業論(8)

食品・食材の偽装表示の問題が果てしない広がりを見せている。
⇒2013年10月25日 (金):阪急阪神ホテルズのメニュー偽装/ブランド・企業論(5)

高島屋、三越伊勢丹、そごう西武、大丸松坂屋、小田急などの老舗の名門百貨店でも、総菜売り場やおせち料理における食材の不適切表示が明らかにされた。
Ws000000
http://www.asahi.com/articles/TKY201311060463.html

老舗百貨店といえば、消費者が最高度の信頼を寄せる売り場であったはずである。
百貨店とは、Wikipedia-百貨店によれば、日本では以下のような業態のものである。

日本では経済産業省が実施する商業統計調査の基準によれば、百貨店は「衣・食・住の商品群の販売額がいずれも10%以上70%未満の範囲内にあると同時に、従業者が常時50人以上おり、かつ売り場面積の50%以上において対面販売を行う業態」としており、「品揃えは百貨店と同定義であるが、対面販売の比率が50%以下である」と定義された総合量販店と区別が為されている。

日本の百貨店の多くは呉服店あるいは鉄道会社(私鉄)を起源としており、ほとんどの百貨店は呉服系と電鉄系のどちらかである。
両方とも、ブランドを大事にして長い間商売をしてきたはずである。
上表の名前を見ても、経営統合の様子が窺えるが、2000年代後半に、日本の百貨店業は再編された。
厳しい冬の時代においては、矜持とか誇りなどに構っていられないということであろうか。

 不適切表示が確認されたうち、総菜売り場(高島屋日本橋店)で販売されていたのは、フランスの高級食品店フォションの「車海老のテリーヌ」(税込み578円)。実際には、ブラックタイガーが使用されていた。同種のテリーヌは大丸松坂屋でもおせち料理の中に入っていたとされる。
 高島屋によると、フォションのレシピは車エビを使用する内容だったが、日本でのライセンス契約を持つ高島屋のグループ会社などがさまざまなエビで試作を重ねた結果、ブラックタイガーを使うことになったという。
 高島屋は「ブラックタイガーは、クルマエビ科に属する。形や味が似通っている上に、価格も安く車エビに代わるものとして選ばれた」と説明する。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/131105/trd13110522360013-n1.htm

Photo_3
日本経済新聞11月7日

謝罪をする人に共通するのは、決して意図的にごまかそうとした(虚偽表示)のではなく、誤って表示した(誤表示)のだ、という主張である。
まあ、解釈の違いということになるのかも知れないが、誤るのなら、コストの高いものに誤ってもいいのではないか。
誤差論のように、ランダムにプラス・マイナスが出現するとは思わないが・・・・・・

おせち料理を作る人も 少なくなっているのであろうが、百貨店の「おせち」は激減するに違いない。
手作りに戻るという人も少ないであろうから、日本の文化・伝統がまた危機を迎えることになる。
老舗の栄光よ、いまいずこ?
百貨店が、「品揃えは百貨店と同定義であるが、対面販売の比率が50%以下である」と定義された総合量販店(総合スーパー)と区別が為されている」とされているのは、「お・も・て・な・し」の違いを意味しているのではなかろうか。
「お・も・て・な・し」の心を世界にアピールしたところだが、足許が揺らいでいることは否めない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 6日 (水)

「アメリカの時代」の終焉と日米同盟/世界史の動向(2)

私は昔、馬野周二アメリカ落日の論理 』ダイヤモンド社(1981年12月)という本を読んだことがある。
私にとっては長期の1カ月余のアメリカ出張中のことであり、ホテルの便箋に読後感をメモした。
社内報に読書案内的なコーナーがあったので、それに載せるつもりだったように記憶している。
当時の感想を復元して見ると、大要次のようだった。

馬野氏は、元々は化学工学の研究者・技術者であったが、歴史を数理的な手法で解析した著書で知られる。
化学工学というのは、化学というより機械の一分野であり、原理よりも現象が優先された(ように思う)。
化学装置の中は一種のブラックボックスであるが、インプット(原材料)とアウトプット(製品)の関係をできる限り正確に推測することをミッションとしている(ように思う)。
システム工学は、化学工学から発展した。
⇒2011年6月22日 (水):西村肇さんの放射性物質の放出量の推算/原発事故の真相(1)

馬野氏には『石油危機の幻影』ダイヤモンド社(1980年)などを読んで大いに啓蒙されていた。
アメリカ落日の論理 』では、実体験を基に日米両国の相対的位置関係の著しい変化と両国の政治経済の将来について、ユニークなシナリオを描いてみせていた。
馬野氏の論点は多方面に及んでいるが、そのロジックの基礎は以下のとおりである。

国家にはそれぞれ固有のライフ・サイクルがあり、その盛衰には必然的な法則性がある。
第1次産業革命以後の工業国家においては、その国力は例えば鉄鋼生産量のシェアを指標として表すことができ、過去のデータを基にロジスティック関数のパラメータを決めることにより、将来の国力関係をかなり高い精度で予測し得ると考えられる。
銑鉄生産量のデータを基にした図は、各国の位置関係が驚くべき的確さで表現されているように思われる。
特に、2国の曲線の交点の近辺に、必ず両国の関係している戦争・争乱が生起している事実については、不気味な程の精度と言って良い。

日米の関係については、石原完爾の世界最終戦争論が有名である。
石原は、古来よりの用兵の進歩と兵器の発達の分析から戦争の形態の将来像を洞察し、1964年から1984年の間に日米間に「世界最終戦」が勃発するであろうことを予言した。
昭和5(1930)年頃のことであるが、日米共に必ずしも世界の大国とは言えない当時においては、極めて特異な見方であった。
実際には1941年に日米は開戦し、日本の敗戦に終わった。

石原の予見は、当たったのか外れたのか?
第2次世界大戦の終結後には「世界最終戦」と呼び得るような戦争は起きていない。
馬野氏の見方は、第2次大戦が時期尚早に勃発したため、世界最終戦の予防効果をもち、ある意味ではそれが日本の全くの壊滅を防いだともいえ、敗戦に終ったことはむしろ好運であったとも考えられる、としている。
ちなみに、馬野氏が描いた銑鉄生産量を基にした国力推移図の交点は1971年である。
偶然かも知れないが、石原の予言の中間点である。

馬野氏によれば、1971年のニクソン・ショック、1973年、1979年のオイル・ショックは、戦争技術の発達により大国間の本格的軍事戦争が不可能になったため、軍事から経済へ形を変えた日米の戦争である。
従って持久戦の形態とならざるをえないが、いずれも、アメリカ・エリートの日本の経済力の破壊を意図した策謀である。
しかし、これらは結果的には、日本の産業構造の高度化、日本工業製品の大量輸出という形でアメリカの意図を裏切った。

アメリカの情報機関が世界の指導者の電話などを傍受していたとされる問題がニュースになっている。
ドイツのメルケル首相などの携帯電話が米国家安全保障局(NSA)に盗聴されていた疑惑である。
ドイツ誌シュピーゲル(電子版)は、NSAが10年以上にわたり、メルケル氏の携帯電話の通信内容を傍受していた可能性があると報じている。

 同誌は、NSAの機密データを入手したとし、これによると、メルケル氏が首相に就任する3年前の2002年から、メルケル氏の携帯電話がNSAの監視対象になっていたことが確認された。メルケル氏は02年当時、野党だったキリスト教民主同盟(CDU)の党首を務めていた。
 メルケル氏の携帯電話の番号は、オバマ米大統領訪独(今年6月)の数週間前まで、監視対象のリストに載っていたという。

http://news.livedoor.com/article/detail/8196568/

このニュースに接し、アメリカという国には、われわれと基本的な価値観の違いがあると思わざるを得ない。
アメリカの諜報活動は、エシュロンという名で知られている。

「米、英、加、豪、ニュージーランドの英語圏5カ国で構成される盗聴組織の暗号名。主に赤道上に配置された商業通信衛星インテルサットの電波を地上で受信(盗聴)している」といわれている。しかしマイクロ波などの地上波無線、短波無線や携帯電話などの電波も盗聴している。
http://www.kamiura.com/abc33.html

ドイツは日本と同じように敗戦国であるから、諜報組織の仲間入りはさせてもらえず、諜報される側である。
事実上の敗戦国であるフランスも同様ということであろう。

安倍首相は、60年安保の一方の主役である岸信介元首相を祖父とする。
であるかどうか分からないが、著しくアメリカ偏重政策をとっている。

特定秘密保護法案が論議の対象になっているが、安全保障分野の機密保護が目的であるとされるが、それは日米同盟の軍事的強化と同義であろう。
経済的には金融資本主義であり、それは日本の伝統とは相容れないことが多い。
TPPの内容もよく分からないが、果たして国益に適うのか?
一般には“保守”といわれる人たちであるが、何を保ち守るのかいささか疑問である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 5日 (火)

ブラック企業対策にぬかりはないか?/アベノミクスの危うさ(20)

ブラック企業の問題が社会的関心を集めている。
ブラック企業とは、以下のような法人を指す。
Wikipedia-ブラック企業

労働法やその他の法令に抵触し、またはその可能性があるグレーゾーンな条件での労働を、意図的・恣意的に従業員に強いたり、関係諸法に抵触する可能性がある営業行為や従業員の健康面を無視した極端な長時間労働(サービス残業)を従業員に強いたりする、もしくはパワーハラスメントという心理的、暴力的強制を常套手段としながら本来の業務とは無関係な部分で非合理的負担を与える労働を従業員に強いる体質を持つ企業や法人(学校法人、社会福祉法人、官公庁や公営企業、医療機関なども含む)のことを指す。

ブラックの基準は一義的には決められない。
特に、裁量と強制の関係には、幅広いグレーゾーンが存在する。
あからさまな強制でなくとも、その企業に所属する限り心理的に受ける強制があると思われるが、その線引きには個人差がある。
ハラスメントの問題も同様である。
セクシャル・ハラスメントの問題も、同じ行為であっても日頃好意をもたれているか否かによって、捉え方が異なるのは良くあることであろう。

有名な事例としては、ユニクロなどを展開している株式会社ファーストリテイリングがある。
文藝春秋社が発行している「週刊文春」2010年5月6、13日合併号と書籍『ユニクロ帝国の光と影』において、国内のユニクロの店長や中国の生産工場で働く工員に過酷な長時間労働をさせていると表現したことに対し、名誉を傷付けられたとして同社に損害賠償などを求める裁判を提起した。
株式会社ファーストリテイリングは、柳井正社長の革新的な経営で有名であるが、果たしてどう考えるべきか?
なぜユニクロだけ“ブラック叩き”にあうのか

アベノミクスでは、企業が活動しやすいことが優先されていると言ってよいだろう。
政府は5日の閣議で、特定の地域を指定して医療、教育、農業などの分野で規制緩和を行う国家戦略特区法案を決定した。
特区を安倍政権の経済政策「アベノミクス」の柱である成長戦略の目玉と位置づけており、法案の今国会成立を目指すとしている。
Photo_4
http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2013110500701

結果的に法案には盛り込まれなかったが、雇用規制緩和の導入がなされる予定であった。
特区においては、解雇要件を事前に明確化すれば解雇を自由とするというものである。
しかし、全国一律の雇用ルールを求める厚生労働省が慎重な姿勢を示したことや、解雇が容易になるとして労働組合が強く反対したことなどから、結局、導入を断念したという経緯である。
これは政権の考え方を端的に示していたものといえよう。

また、限定社員制度の導入も検討されているという。
限定社員とは、、仕事の中身や勤務地を予め限定して会社と契約して働く正社員のことである。
すでに類似の制度は、「エリア社員」「地域限定社員」「限定正社員」「エリア総合職」「エリア限定社員」等の名称で、多くの企業が実施している。

いわゆるワーク・ライフ・バランスへの関心の高まりなどを背景に、こういった限定社員・地域限定社員が見直されてきているといわれる。
価値観も多様化し、昇進・昇給を優先することから、家庭と仕事との両立、プライベートの優先などに重きを置く人が増えているという社会背景がある。
従来、個別企業の制度として、そのような要求に対応してきた。

それでは、なぜ新たにこのような制度を導入するのか?
以下にような見方がある。
限定正社員制度の本質は、正社員の賃金を下げ、かつ正社員を『解雇しやすいものにすることである。
例えば、限定した勤務場所を会社の方針で閉鎖なりした場合には、閉鎖のみを理由にして当該労働者を解雇することができるようになり、企業にとっては、今まで以上に都合良く人員削減、人件費削減ができる。
131105
東京新聞11月5日

もちろん、どんな制度にも、プラスの面とマイナスの面とがある。
それは立場により、あるいは価値観により評価が分かれるところであろう。
ファーストリテイリングにしろ、高く評価する人もいれば否定的に考える人もいる。
朝日新聞の天声人語は、公平な目配りが必要なような言い方をしているが、強者と弱者が同じ土俵で戦うことが公平とは言えない。
⇒2013年10月14日 (月):朝日新聞社はどうなっているのか?/ブランド・企業論(3)

特に、セクシャルハラスメントのような問題は、被害者が声を上げにくい。
週刊朝日の編集長やみのもんた氏の「疑惑」が、長年水面下で燻っていたのは、被害側が弱者であるからであろう。
アベノミクスが強者をより強くしようということにのみ目を向けていると、ブラック企業がはびこるのを助長しかねない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 4日 (月)

天安門自爆テロ?/世界史の動向(1)

北京の天安門広場で28日、自動車が群衆に突っ込んだ後に炎上した。
市公安当局は、ウイグル族が関与していると見ているようだ。

 北京中心部の天安門前の歩道に28日、車が突っ込んで炎上、43人が死傷した事件で、北京市公安局が車内で死亡した3人を含む少数民族ウイグル族などの8人前後が関与した疑いを強め、行方を追っていることが29日、公安関係者への取材でわかった。
 車内から爆発物の破片などが見つかっていたことも共産党関係者への取
材で判明した。
 警察・司法を統括する党の中央政法委員会は同日の会議で、事件がテロ行為との見方を固めたという。中国からの独立を求めるウイグル族独立派の犯行との見方だが、犯行声明などは出ていない。
 
Photo
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20131029-OYT1T01463.htm

現時点では、事件か事故か、事件とすれば新疆ウイグル族が関与しているのか等について憶測するのは慎むべきであろう。
亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル議長は、中国側の見解をうのみにはできないとして、国際的な調査を実施するよう求めた。

この件にウイグル族が関与しているかどうかを問われ、「関与したかもしれないし、しなかったかもしれない。中国政府がこの事故に関する情報を厳しく管理しており、現時点ではよく分からない」と指摘。そのうえで、もしウイグル族の関与があるとすれば、共産党体制を通じた漢民族の支配下で不当な扱いを受けており、その是正を訴えるための手段がなかったことが原因だとの見方を示した。
http://www.newsweekjapan.jp/headlines/world/2013/10/112942.php

公安当局は、天安門の事件に関し、ウイグル独立派が指示したウイグル族による「組織的かつ計画的なテロ」などと発表している。
これに対し疑問の声を挙げているウイグル族の学者が公安当局から脅されたと報じられている。

 北京の天安門前で発生した突入・炎上事件後、海外メディアの取材に応じた北京在住のウイグル族学者イリハム・トフティ氏が2日、乗用車で自宅を出た際、公安当局の車に追突された。公安当局者はその際、メディアの取材を受けないよう脅した。人権派弁護士らが3日明らかにした。
 追突された際、イリハム氏は妻や子供2人と一緒だった。追突したのは「国内安全保衛大隊(国保)」に属する公安関係者3人。妻の携帯電話を奪ったという。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013110300197

私が直近に天安門広場を訪れたのは、天安門事件から20年後の2009年6月であった。
発症する半年前であるが、観光客として故宮なども見学した。
その時は、つぎのような事件20周年ということもあっての厳戒かと思ったが、常時のことらしい。
⇒2009年6月 5日 (金):天安門の“AFTER TWENTY YEARS”

今や中国はアメリカと並び、世界の2大国を自負しているし、GDP等の経済指標を見ればそうであるとも言えよう。
Gdp
http://nappi10.files.wordpress.com/2010/09/gdp35b65d.gif

上図を見れば、2040年代初頭には世界No.1ということになる。
しかし、果してこのままのトレンドが30年も続くであろうか?
もちろんそれは分からない。
次のような見方がある。

IMFによると、中国の購買力平価ベースのGDPは約7兆ドルで、約14兆ドルの米国に次いで、既に世界第二位である[International Monetary Fund (2008) World Economic Outlook Database]。中国の経済成長が著しいことから、2026年には、中国の購買力平価ベースのGDPは米国のそれを追い越すかもしれないとする予測もある[Economist.com(2006)The world in 2026]。中国が今後も現在の経済成長のスピードを維持することができるかどうかは、はなはだ疑問であるが、では、もしも、中国のGDPが、購買力平価ベースで、さらには名目でも、米国のそれを追い越したなら、そのとき、中国は米国に取って代わる覇権国家になれるだろうか。
私はそうは思わない。なぜなら、GDPが世界一であることは、覇権国家であるための必要十分条件ではないからだ。
・・・・・・
私は、この観点から、覇権をめぐる列強の争いを、次の三法則で説明してみたい。
1.
その時代が要求する先端技術のパラダイムで主導権を握った国が、覇権国家となる。
2.先端産業の担い手を迫害する国は権力を弱め、彼らが移住した国は権力を強める。
3.古い技術から新しい技術へとパラダイムが変化する時、古いパラダイムで成功した国は、変化に乗り遅れやすくなる。
・・・・・・
以上、私は、覇権国家の盛衰を、三つの法則で説明してきたが、基本的な考えは「先端産業で主導権を握った国が覇権を握る」という第一法則で尽きている。そして、この法則に基づいて、中国が2020年までに覇権国家になるということはまずないと判断できる。
中国は人口が多いので、優秀な人材も多く、彼らが米国で先端的な科学技術を学んでいるのは事実であるが、それにもかかわらず、中国国内ではいっこうに先端産業が育っていないのは、人材や技術に問題があるからではなくて、社会システムに問題があるからだ。

http://www.systemicsarchive.com/ja/a/hegemony.html

技術あるいは先端産業とは何か、という問題はあるが、私も上記見方に賛成である。
中国が引き続き成長していくためには、社会システム(端的には共産党独裁)がネックになる。
しかし、あれだけの領土と人口を統治していく代替的な社会システムも、現時点ではないようである。
中国は、いずれかの時点、おそらくは20年くらいの間に自壊することになるのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 3日 (日)

魂の勝利・東北楽天ゴールデンイーグルス/ブランド・企業論(7)

日本シリーズを東北楽天ゴールデンイーグルスが制した。
シリーズ最大のポイントは、田中投手が複数勝利を挙げられるかどうかであったが、そう簡単には許されなかった。
去年の8月から続いていた連勝は、30でストップした。
⇒2013年10月26日 (土):田中将大と稲尾和久/「同じ」と「違う」(61)

まあ、永久に不敗ということはあり得ないので、いつかは負ける日が来るが、第6戦という大一番にそれが当たった。
続く第7戦をイーグルスは美馬投手を立て、ジャイアンツに挑んだ。
美馬投手が期待に応えてが好投、6回までゼロ封して則本に繋ぎ、さらに田中がクローザーとして9回を締め、胴上げ投手となった。

自ら志願しての登板だという。
田中は、昨日160球を投げたが、敗戦のままでは終われないという心境だろう。
美馬→則本→田中と、まさに「魂」の継投であった。
MVPは、無失点の美馬が獲得した。

イーグルスは、2004年創立の最も新しい球団である。
対するジャイアンツは、プロ野球チームとして最も長い伝統を誇る。
いわば伝統の強豪と新興の争いであったが、球史に残る名勝負といっていい展開だった。

普段は野球を観る習慣のない私も、TV観戦を楽しんだ。
3勝2敗で先に王手をかけたのはイーグルスであったが、第6戦を不敗のエース田中将大で落とした。
結果的には、それが却って最終戦を盛り上げることにもなった。

イーグルスと言えば、やはり東日本大震災との関係が思い起こされる。
イーグルスの本拠地は、仙台市の日本製紙クリネックススタジアム宮城(Kスタ)である。
同球場は、県営宮城球場の愛称であるが、ネーミングライツ保有者の日本製紙は契約を更新しない予定だという。
つまり、来季から名称が変わるわけである。
⇒2013年2月 6日 (水):自治体のネーミング戦略/花づな列島復興のためのメモ(188)

仙台市は東日本大震災で被災した。
震災当日、楽天は兵庫県立明石公園第一野球場でオープン戦を行っていた。
翌12日以降、オープン戦が中止となるなか、楽天は各地で練習試合を行っていたが、試合に集中できる状況ではないこともあって、なかなか勝つことが出来なかった。
また、被災地への移動もままならないような交通状況ではなかった。

そんな中で、4月2日の北海道日本ハムファイターズ戦に先立って行った嶋基宏選手のスピーチが印象的だった。
嶋選手は、日本野球機構の職員よりスピーチの内容をもらっていたが「自分たちの思いを伝えたい」という理由により、その内容を自分の言葉に変えてスピーチを行ったといわれる。
「見せましょう、野球の底力を」は、この年の流行語大賞にノミネートもされたが、嶋選手は、「底力」という言葉に、「こういう時こそ野球界が一丸となって戦っていきたいという意味」を込めたという。

なお、嶋選手は2012年12月6日、阪神タイガースの新井貴浩の後を継ぎ、パ・リーグ生え抜きの選手として初めて、労働組合日本プロ野球選手会の第8代目会長に史上最年少の27歳で就任した。
元楽天監督の野村克也氏は、「捕手は頭脳が良くなければいけない」という持論から、コーチに頼んで正捕手候補数名の中学時代の通知票を取り寄せたところ、嶋がオール5だったことからルーキーでの一軍起用を即決したという。
中学時代はオール5の成績で、生徒会長も務めたという。
嶋捕手の頭脳が、田中投手の不敗記録を支えたのは想像に難くない。

今やイーグルの代名詞になった感のある「魂」という言葉である。
お立ち台に立ったイーグルスの選手は、ほとんどがこの言葉を口にする。
たとえば、日本シリーズ第5戦で決勝打の銀次選手:「魂しか、ありませんでした」
同じく第5戦で先制打の岡島選手:「魂込めて打ちました。何としても先に点を取りたいと思っていたので、打てて良かったです」
第3戦で先制打の藤田選手:「チームメイトがチャンスで回しくれたので魂で打ちました」
CSの対ロッテ戦でピンチに登板した斎藤投手:「魂込めて投げましたよ」
同じくCSの対ロッテ戦で決勝打の嶋選手:「魂で打ちました」

安易に多用すると軽くなりがちな言葉であるが、今季のイーグルスには相応しいといえるだろう。
第6戦で負けはしたが、田中将大投手も9回を1人で投げ切り、見事に第7戦の幕を引いた。
昨年リーグ4位の成績からすれば、日本シリーズに出場しただけでも良しとすべきところだろう。
しかし、東北のチームということや田中投手の目覚ましい戦績などから、世間の期待値が上がっていたと感じられる。
被災地にとっては何よりのプレゼントだっただろう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2013年11月 2日 (土)

田中正造と山本太郎/「同じ」と「違う」(62)

山本太郎参院議員が、赤坂御苑で行われた天皇、皇后両陛下主催の秋の園遊会で、天皇陛下に福島原発事故の現状をつづった手紙を手渡す行動に出た。
この行為は、田中正造の直訴状事件を連想させる。
⇒2013年9月 4日 (水):田中正造没後100年/花づな列島復興のためのメモ(256)
⇒2012年7月11日 (水):渡良瀬遊水地と福島原発事故/花づな列島復興のためのメモ(107)

しかし、気持ちは分からないでもないが、大きな勘違いがあると考える。
田中正造は、手だてを尽くしてできる行動はやった上での直訴であった。
1901(明治34)年のことである。

12月10日、帝国議会開会式からお帰りになる途中の明治天皇の馬車に、紋服姿の白ヒゲの老人が走り寄り、 直訴を企てたが、護衛にさえぎられた。
老人は2か月前代議士を辞職したばかりの田中正造。 栃木県を流れる渡良瀬川が上流の足尾銅山から出る鉱毒によって汚染され、魚が捕れなくなったり、 農作物が年々減るなどして沿岸の農漁民を悩ませている実情を知り、代議士として10年間、対策を訴え続けてきたが、 政府に無視され、ついに直訴という非常手段に訴えた。 この直訴をきっかけに、世論も盛り上がり、政府はやっと鉱毒除去に乗り出したが、抜本的解決には至らなかった。
http://www.c20.jp/1901/12jikis.html

言うまでもなく、田中正造が直訴に出たのは「大日本帝国憲法」の時代であった。
明治維新により、さまざまな改革が行われたが、憲法が施行されたのは明治23(1890)年のことであった。
この憲法は立憲主義の要素と国体の要素をあわせもつ欽定憲法であった。
すなわち、立憲主義によって議会制度が定められ、国体によって議会の権限が制限されるという折衷的なものであった。
たとえば、天皇は天皇大権と呼ばれる広範な権限を有した。
立法権を有するのは天皇であり、帝国議会は立法機関ではなく立法協賛機関とされた。
Photo
Wikipedia-大日本帝国憲法

これに対し現行の「日本国憲法」は、「国民主権」、「基本的人権の尊重」、「平和主義」の3つをもって三大要素」としており、性格をまったく異にしている。
Photo_2
Wikipedia-日本国憲法

つまり、参議院議員である山本太郎氏は、国民から立法権を付託されている身である。
田中正造が立法権者である天皇に直訴したのとはまったく事情が異なっている。
国会こそが彼の主張を生かす場である。

現在の議席数は、圧倒的に与党が多数である。
しかし、それは山本氏が選出されたのと同じく、選挙結果である。
それを否定しては、山本氏自身を否定することになり兼ねない。

また、山本氏に好意的な見方をすれば、「人間天皇」に対して共感を求めたとも言える。
しかし、直訴まがいの行動は、天皇の政治利用のスタンドプレーと捉えられるに違いない。
なぜ、天皇陛下に頼るのか?
軽挙により活動が制限されることになれば、票を投じた人々をも裏切ることになろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 1日 (金)

秘密保護法案と知る権利/花づな列島復興のためのメモ(270)

安倍内閣は10月26日、「特定秘密保護法案」を閣議決定し、国会に提出した。
「国家安全保障会議(日本版NSC)の審議をより効果的に行うためには、情報保全に関する体制が整備されることが重要だ、という趣意である。
法案の早期成立に向けて努める」と述べ、国家安全保障会議設置法案とセットで今国会成立を目指す意向を表明した。

同法は、国の機密情報を漏らした公務員らへの罰則を強化するものだが、秘密の指定範囲や基準があいまいで恣意的な運用の恐れがあるとされる。
取材・報道の自由に配慮するとはいうものの、線引きに明確な基準はない。
「国民の知る権利」を阻害するという批判は多い。
131026
東京新聞10月26日

各紙は、報道のレーゾンデートルに関わることもあって、基本的には批判的である。

 日本と米国の軍事的協力関係が深まり、機密の共有化が進む。サイバー空間での情報戦が国際的に激しくなる中、情報を安全に管理することが信頼関係を保つためには欠かせない。それは責任ある国家の姿勢として当然のことだ。
 だが、市民活動を通じ、情報を取得しようとする側も処罰の対象だ。公務員だけでなく、広く国民が刑事罰に問われかねない立法によって担保されるべきかどうかは別問題だ。
 特定秘密の対象となる分野は、防衛はじめ外交、スパイ活動、テロ活動と4分野にわたり、別表で規定された項目は極めて広義だ。定義の仕方があいまいなものも含まれる。

毎日新聞10月21日付社説

 取材活動については「著しく不当な方法でない限り正当な業務」と規定した。これも「著しく不当」の内容が不明確だ。そもそも何が正当な取材行為かは、国が決めるようなものではないだろう。
 取材する側が原則として罰則の対象外になったとしても、公務員の側は罰則の重さから取材への対応をためらってしまいかねない。必要な情報まで開示されなくなってしまう恐れがある。
 政府は、国の持つ情報は本来、国民のものであるとの大原則に立ちかえり、いま一度法案を見直してほしい。これと並行して、公文書の適切な作成・管理や、使い勝手のいい情報公開の仕組みを整える努力も怠ってはならない。

日本経済新聞10月20日社説

その中で、やや前向きなのは産経新聞である。

 安倍晋三政権が年内発足を目指す国家安全保障会議(日本版NSC)創設に欠かせない法制である。今国会での成立を図ってほしい。
 制度の運用に当たって政府には、「国民の知る権利」を担保する「取材・報道の自由」への十分な配慮を強く求めたい。

産経新聞10月22日主張

しかし、産経新聞の主張には基本的な矛盾がある。
「取材・報道の自由」への十分な配慮といっても、情報を知ろうとするのは「取材・報道」機関だけではないし、「取材・報道」機関の範囲も曖昧である。
記者クラブ加盟機関“だけ”配慮することにならないか。
それでは結局は、仲間主義であってご都合主義になることは目に見えている。

保秘の対象を政府が決めるというのも、恣意的になることが予想される。
同法担当の森雅子少子化担当大臣は、処罰される事例に元毎日新聞記者西山太吉さんの沖縄密約報道を挙げているが、私は、沖縄密約報道こそジャーナリストの意地ではないかと考える。
子息の不祥事の渦中にいるみのもんた氏は、自らをジャーナリストとして規定しているようだが、であるならば首相と会食したことを自慢げに喋るのではなく、権力と対峙する姿勢であるべきだろう。

小沢氏の強制起訴という問題の端緒になった西松建設の献金問題に関する漆間官房副長官(当時)の発言をめぐって、「知る権利」のあり方が問題になったことがある。
オフレコとされた発言について、実名報道が許されるか否かである。
⇒2009年3月12日 (木):情報源の秘匿と知る権利

一般論として言えば、情報を独占している側は、とかく恣意的で一方的な情報コントロールしようとするだろう。
民主党政権時代には、特に情報秘匿の記憶が強い。
⇒2010年12月23日 (木):インターネット時代における情報の保秘と公開
⇒2011年7月 5日 (火):官邸は誰の責任で情報を隠蔽したか?/原発事故の真相(4)

こうした経緯から、民主党が自縄自縛になってしまったている。
しかし、だからと言って安易に安倍政権に追随するならば、民主党の存在意義はないとしるべきだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »