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2013年10月 6日 (日)

籠神社と伊勢神宮の関係/やまとの謎(89)

伊勢神宮の式年遷宮行事は、内宮に続き5日外宮でも「遷御の儀」が営まれた。
131006
http://sankei.jp.msn.com/life/news/131005/trd13100521520013-n1.htm

今年は伊勢神宮の式年遷宮だけでなく、出雲大社の「平成の大遷宮」の年でもあった。
5月に出雲大社の「本殿遷座祭」が行われ、御祭神を仮殿から改修が完了した本殿へ再び遷座したが、出雲大社の遷宮は概ね60〜70年毎に行われているというから、ある意味で「当たり年」であったと言える。
先ごろ行われた伊勢神宮の「遷御の儀」の様子は、TVで広く伝えられた。
⇒2013年10月 3日 (木):伊勢神宮の起源/やまとの謎(88)

ところで、日本三景の1つである天橋立の近くに籠神社という神社があって、元伊勢と呼ばれている。
Wikipedia-籠神社を見ると、次のように解説されている。

籠神社(このじんじゃ、こもりじんじゃ)は、京都府宮津市にある神社。式内社(名神大社)、丹後国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。
元伊勢の一社であり、元伊勢籠神社とも称する。元伊勢根本宮、内宮元宮、籠守大権現、籠宮大明神ともいう。丹後国総社は不詳だが、当社が総社を兼ねたとする説もある。

私は、肌着メーカーのグンゼの会社見学をした折、天橋立に足を伸ばし、籠神社にも立ち寄ったことがある。
しかし、その頃、神社仏閣よりも、企業経営の方が関心が高かったので、さしたる印象は残っていない。
P10002722

P10002672

Wikipedia-籠神社の解説によれば、以下のようである。

社伝によれば、豊受大神は本来真名井原の地(現在の奥宮)に鎮座し、匏宮(よさのみや)または与佐宮と呼ばれた。『神道五部書』の一つの「豊受大神御鎮座本紀」によれば、崇神天皇の時代、天照大神が大和笠縫邑から与佐宮に移った際に豊受大神から御饌物を受けた。その4年後、天照大神は伊勢へ移り、後に豊受大神も伊勢神宮へ移ったため、当社を「元伊勢」という。

しかし、伊勢神宮と籠神社の間には、相当の距離がある。
2_2

伊勢神宮と籠神社にはどのような関係にあるのか?
1つの見方が、熊野本宮を入れた3地点が、2等辺3角形を成すというものである。
Photo
http://ninja250ksr.blog.so-net.ne.jp/2011-11-06

上図の2等辺3角形の精度がどの程度のものか?
また、古代において、ナスカの地上絵のような位置関係を測量する技術があったのであろうか?

籠神社の存在する地域は、与謝という地名で知られる。
現在の与謝郡は、舟屋で有名な伊野町と与謝野超町から成る。
俳人・与謝蕪村との縁も深い。
⇒2009年10月20日 (火):マルチアーチストとしての蕪村
⇒2009年10月21日 (水):マルチアーチストとしての蕪村(2)
丹後の地は、なかなか味わい深い所のようである。

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コメント

福知山市大江町にも元伊勢神宮が有りますが、どういう関係なのでしょうか。

投稿: beneford | 2014年3月12日 (水) 12時13分

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