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2013年10月14日 (月)

朝日新聞社はどうなっているのか?/ブランド・企業論(3)

朝日新聞といえば、名実ともにわが国のオピニオンリーダーであることを、自他ともに信じてきただろう。
私も、子供の頃最初に意識した新聞が朝日だったし、長じて独立した家計を営むようになってからも、朝日を購読していた時期があった。
私の高校時代の親友の1人が記者になっており、彼と会えば朝日の悪口は言っても、それは信頼感を前提としたものであった。
名文家として知られる伝説的な記者の疋田桂一郎氏の文章はお手本だったし、外岡秀俊氏は朝日入社前から注目の人だった。
⇒2011年8月 6日 (土):『北帰行』ノスタルジー

それがいつの頃からであろう、朝日新聞の論調に違和感を持つようになったのは。
私の親友は40歳代の若さでガンを発症して亡くなったが、その前か後かはっきりした記憶はない。
しかし、夕刊の配達が翌日の朝刊と一緒のような地方都市に転居した時代に、朝日の購読を止めたような記憶があるから、だとすれば多分友人の死の以前である。
朝日の個別の記事には、さすがにと思わせられるものもあったが、社全体の記事の雰囲気に馴染めなくなっていた。
⇒2012年7月12日 (木):民自公翼賛体制と朝日新聞の変質/花づな列島復興のためのメモ(108)

それでも、新聞本体とは相対的に独立して、「週刊朝日」には読ませる記事が多かったような気がする。
その「週刊朝日」がオカシイ。
「週刊朝日」(朝日新聞出版)の小境郁也編集長が、10月8日付で懲戒解雇された。
小境氏は、昨年、佐野眞一氏の橋下徹大阪市長に関する連載中止事件の後、同誌立て直しのために就任した。
その彼が懲戒解雇された理由に驚かされる。
重大なセクハラ疑惑だというのだ。

9日発売の「週刊文春」(文藝春秋/10月17日号)は、小境氏が行った社会人としてあるまじき行為について触れているが、その問題の核心的な部分は、「週刊朝日」を発行する朝日新聞出版の採用試験の面接に来た女性が選考から漏れたが、面接官だった小境氏が後でその女性に接触し、自分と交際すれば採用することを持ちかけ、非正規雇用で採用したというものだ。
http://biz-journal.jp/2013/10/post_3091.html

まったく聞くだけで不快になるような行為であるが、中小零細企業ではありがちなことなのかも知れない。
私の見聞の範囲でも、類似のようなことのウワサに接したことはある。
しかし、天下の朝日が、である。

看板コラムの「天声人語」にも首を傾げたくなるような文章がある。
10月5日掲載分である。

 弱い立場にある労働者の権利を脅かすのか、能力の高いエリートに自由を与えるのか。必要のなくなった従業員を解雇しやすくするのか、よりよい職場を求めるやり手社員が転職しやすくするのか。考える角度によって正反対にも見える議論である。
 安倍政権の成長戦略のひとつとして、雇用に関するルールを特定の地域に限って緩めようという話が進んでいる。たとえばいま企業は簡単には社員をクビにできない。裁判になれば、その解雇が正当かどうか、様々な側面から検討される。
・・・・・・
 特区の作業グループはきのう、新ルールの対象になるのは弁護士や公認会計士、あるいは博士号の持ち主などに限ると言い出した。要は外資やベンチャーでばりばりと働く高給取りの話なのだ、と。残業代ゼロの方は引っ込めてしまった。
 批判や抵抗に気を使ったのだろうか。とはいえ強者のルールがいつか弱者に及ばないとも限らない。

どんな議論にも、「考える角度によって正反対にも見える」要素はある。
オピニオンは、その「考える角度」こそが重要であり、どちらの側から見て判断するかが問われる。
中立なような意見は、「強者」の側に立つものと言って間違いない。
しかし、ここにも「ハインリッヒの法則」(⇒2013年10月12日 (土):水俣条約と真情に欠ける安倍首相の言葉/アベノミクスの危うさ(15))が働いているのだ、と指摘している人がいる。
同社OBの井上久男という人である。

・・・・・・端的に言えば、重大事故は組織や職場が抱える課題や病巣の「氷山の一角」なのである。
「週刊朝日」の「小境編集長懲戒解雇事件」は、組織の病巣の一部が現れたにすぎないのではないか。
・・・・・・
 今の朝日新聞では、メディアの置かれている環境が激変している時代に、どのような取材をしてどのような記事を打ち出していくかといったことを自分たちの頭で突き詰めて考えていく本質的な議論よりも、「ニューヨークタイムズはこうやっている」「ヤフーから学ぼう」といった浅い議論が好まれる傾向にあるという。
・・・・・・
 戦略に欠けるだけならまだしも、新聞社として生き残るために何をなすべきかの気概すらも欠けているように見える。
・・・・・・
 さらに、読者の知る権利に応えるという新聞社としての本質にこだわって活動する記者や編集者は、正論を吐く煙たい存在として中枢からは遠ざけられ、当たり障りのない迎合型、さらに悪く言えばゴマすり型人材が重用される傾向にある。

http://biz-journal.jp/2013/10/post_3091.html

消費税増税には賛成だが、新聞の購読料は軽減税率を適用して欲しい、などという志の低さが根底にあるのではないか。
⇒2013年9月10日 (火):新聞界に競争原理は不要なのか?/花づな列島復興のためのメモ(258)

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