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2013年10月22日 (火)

消費社会の変容と広告批評・天野祐吉さん/追悼(38)

広告を商品の宣伝としてではなく、批評の対象として位置づけた天野祐吉さんが、20日午前くなった。
享年80歳、TVで拝見する限りだが、まだまだお元気そうだった。
雑誌「広告批評」を1979年に創刊した。

広告は、消費社会のあり方と共にある。
わが国で、消費者像をめぐって、電通と博報堂の間で、「少衆・分衆」論争が繰り広げられたのは、1980年代中ごろのことだった。
よく知られているマズローの「人間の欲求の発展段階説」によれば、人間の消費欲求は段階的に高度化していく。
それを、ライフスタイルの変化として捉え、マーケティングによってその変化の様相を捉え、的確な広告を打つことが、広告会社のミッションである。

電通の藤岡和賀夫氏は、1984年のベストセラー『さよなら、大衆。―感性時代をどう読むか PHP研究所で、成熟消費社会における少衆化現象を摘出した。
一方、博報堂生活総合研究所は、『「分衆」の誕生―ニューピープルをつかむ市場戦略とは』で、少衆ではなく分衆という概念を提起し、世にいう「少衆・分衆論争」が巻き起こった。

その後、マーケティングの研究者片山又一郎氏は、1986年の『ニューファッション化社会』ビジネス社においてファッションについて次のように述べた。

服という形をとっているが、本質的にはコミュニケーションというソフトのメディアであり、デザイナーはデザインを通して信号を送る。それをキャッチし、共鳴した消費者は、その服を身につけることでデザイナーの思想を共有する。さらに、彼らはその服を通して、自分がその思想に共鳴していることを訴えるのである。その意味で、デザイナーが作り、消費者がまとっているのは、ハードとしての服ではなく、ソフトとしての情報なのである。

いわゆるDCブランド(ディーシーブランド)は、こうした文脈で理解できよう。
Wikipedia-DCブランドに、次のような解説がある。

この用語がいつ頃から使われ始めたかは明らかではないが、1979年(昭和54年)の新聞に、渋谷PARCO PART2の地下1階メンズフロアの広告として、「デザイナーブランド(ただしアルファベットではDesigner's BrandのちにDesigners' Brand)」の名のもとに、松田光弘・菊池武夫・三宅一生・川久保玲・高橋幸宏(年齢順)の名およびメンズファッションへのコメントを載せたことが、この用語を社会認知させる最初のものであった。

1979年の「広告批評」の創刊は、このような社会事象と同期していたわけである。
ところで、わが国のGDP成長率の推移は下図の通りである。
Photo
http://www.tuins.ac.jp/~ham/tymhnt/butai/keizai2/shotoku/prefincm/ch_gnp.html

いわゆる高度成長の時代は1973年のオイルショックで終わりを告げた。
10月6日に第四次中東戦争争(6日〜26日)が勃発し、10月16日に、石油輸出国機構 (OPEC) 加盟産油国のうちペルシア湾岸の6ヶ国が、原油公示価格を1バレル3.01ドルから5.12ドルへ70%引き上げることを発表した。
石油価格の上昇は、1次エネルギー源を石炭から石油に置き換えていた(いわゆるエネルギー革命)日本に大きな打撃を与えた。
日本の消費者物価指数は、1974年(昭和49年)は23%上昇し、「狂乱物価」という造語が生まれた。
インフレーション抑制のために公定歩合の引き上げが行われ、企業の設備投資などを抑制する政策がとられたので、1974年(昭和49年)は-1.2%という戦後初めてのマイナス成長を経験し、高度経済成長が終焉を迎えた。

しかし、オイルショックは、社会の根底的なところで進んでいた変化を顕在化させる要因に過ぎなかったのではないか。
永遠に高度成長を続けることは不可能である。
それはわれわれの社会総体が変容していくすることを意味する。

吉本隆明は、『超西欧的まで 』弓立社(1987年11月)などで、日本社会を捉える認識の枠組みを、現代モデルから現在モデルへの遷移として説明している。

 つまり、あいかわらず、この商品はいいよとという宣伝をしているコマーシャルもありますが、それとは全然関係ないイメージを付け加えているコマーシャルもあります。あるいは逆に、商品なんか売れる、売れないはどうでもいい、とおもっているんじゃないかと見まがうばかりの宣伝・広告も出現しているのです。

あるいは山崎正和は、『柔らかい個人主義の誕生―消費社会の美学中公文庫(1987年3月)で、時間を効率的に使うことを第一義に考える「生産的人間」から、「時間を楽しむ過程重視の「消費的人間」への変化とした。
このような宣伝・広告の状況にいち早く着目したのが、天野祐吉さんであった。
「広告批評」は、2009年に休刊したが、天野さんと共に同誌を生み、育てた島森路子さんの闘病と関係しているとのことである。
島森さんも今年の4月に亡くなられている。
天野さんにとっては、「やるべきことはやった」ということであろう。
合掌。

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