川端康成『雪国』/私撰アンソロジー(30)
いわゆるバブルの頃、リゾラバという言葉が流行った。
デジタル大辞泉には、以下のような説明が載っている。
《(和)resort+lover から》つかの間の恋を楽しむためにリゾート地で作る恋人。
斎藤美奈子さんは、斬新なものの見方・考え方をする文芸評論家、つまり馴質異化と異質馴化を自在に操る人としてかねがね敬服してきた。
⇒2011年1月29日 (土):異質馴化-斎藤美奈子さん江/知的生産の方法(8)
その斎藤さんの『文学的商品学』紀伊国屋書店(2004年2月)に以下のようなことが書いてある。
ホテル小説というジャンルがある。
異国情緒にあふれたリゾートホテル系と生き馬の目を抜く都会を舞台にしたシティホテル系、客側から見た表舞台系と経営者側から見た舞台裏系などのタイプがある。
「リゾートホテル系-表舞台系」の1つのタイプがリゾラバ物で、山田詠美『熱帯安楽椅子』などの作品が該当する。
そして、斎藤流のものの見方が躍如というかんじがするのが、川端康成の『伊豆の踊子』も『雪国』も、「リゾートホテル小説=リゾラバ物」という指摘である。
疲れた都会人が、異次元空間である旅の宿で、野性的な異性と出会う-『熱帯安楽椅子』の構図とそっくりというわけである。
主人公が男性/女性、相手の肌の色が白い/黒い、逗留地が雪国/熱帯、という正反対のシチュエーションであるが、『雪国』の現代版が『熱帯安楽椅子』ということになる。
今まで気がつかなかった視点といえるのではないだろうか。
川端康成の代表作『雪国』は、1935年(昭和10年)から各雑誌に断続的に断章が書きつがれ、初版単行本は1937年(昭和12年)に刊行された。
しかし、最終的な完成には、さらに約13年の歳月が傾けられた。
冒頭部分の「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。………」という文章は特に有名である。
和田勉さんの、この部分の文体模写が秀逸である。
絶妙の遊び心の味わいがあり、その一部を紹介したことがある。
⇒2012年2月13日 (月):『雪国』と文体/知的生産の方法(17)
掲出部分はその少し後の部分であるが、美しい描写でこの作品の中でも有名な箇所である。
列車の窓がハーフミラーのように機能して、外の景色と社内が二重写しになっている。
ちなみにハーフミラーは、 デジタル大辞泉に次のように説明されている。
入射する光の一部を反射し、一部を透過する鏡のうち、入射光と透過光の強さがほぼ同じものを指す。半透鏡。半透明鏡。
この部分を読むと、『雪国』と笹倉明『新・雪国』の関係を連想する。
『新・雪国』は『雪国』とは全く異なろストーリーの小説であるが、あたかもこの部分に描かれているように、二重写しで読まれることを意図したものといえよう。
⇒2012年2月 9日 (木):『雪国』と『新・雪国』/「同じ」と「違う」(41)
掲出部分後段の描写、夕方、ものの色彩が消えて形が次第に不分明になっていく時間帯が、私は好きである。
たそかれ(どき)、暗くなって人の顔がわからなくなってくる時間である。
それは、「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いであって、どういう意味合いがあるのか知らないが、黄昏と書く。
昼から夜に移行する時間帯であって、昼と夜が二重性を帯びている時間である。
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