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2013年9月 9日 (月)

ゼンガクレンという伝説/戦後史断章(13)

かつて、全学連という組織が一定の社会的影響力を持っていた時代があった。
現在は、ニュースの前面に出ることもない。
全学連とは何か?
Wikipediaを見てみよう。

全日本学生自治会総連合(ぜんにほんがくせいじちかいそうれんごう、英 All-Japan Federation of Students' Self-Governing Associations)とは、1948年に結成された日本の学生自治会の連合組織である。略称は全学連(ぜんがくれん)。分裂を繰り返してきた経緯により、現在5つの団体が「全学連」を名乗っており、それぞれが自らの正当性を主張している。
・・・・・・
全学連は1948年に145大学の学生自治会で結成され、当初は日本共産党の強い影響下にあったが、1955年の六全協以降は日本共産党への批判派が主流派となった。更に主流派各派間で全共闘も結成され、1960年代から1970年代にかけて安保闘争などで激しい学生運動を展開した。1970年代以降は新左翼各派の影響が高まったが、安保の成立や、党派間の内ゲバや連合赤軍事件などもあり運動は退潮となった。
2012年現在は、5つの「全学連」が存在している。5つある「全学連」の中で最大勢力の日本共産党系の「民青系全学連」でも、活動実態のある加盟学生自治会数は10程度とされる。

1944年生まれの私は、60年安保の年に高校に入学し、70年安保の盛り上がりの中で修士課程を終えた。
つまり高校・大学という多感な時期が、2つの安保の間の期間と重なる。
しかし、大学に入った1963年には60年安保の高揚は既に過去のものであった。
70年安保は、自分の関心から外れていた。

初代の全学連委員長は武井昭夫である。
私は、大学入学後、吉本隆明との共著『文学者の戦争責任』淡路書房(5609)で名前を知った。
⇒2012年3月17日 (土):論争家吉本隆明と複眼的思考/知的生産の方法(19)

初期の全学連は、日本共産党の強い影響の下にあった。
上記Wikipediaによれば、この時期に全学連で活動した者として以下のような名前が挙がっている。

後の日本共産党議長不破哲三と副委員長上田耕一郎兄弟、後の日本社会党副委員長の高沢寅男、第3回全学連中央委員会で委員長に選出され、京大天皇事件を引き起こした米田豊昭や映画監督の大島渚、田中角栄秘書となる早坂茂三などがいた。

京大天皇事件とは、1951年11月12日、関西巡幸途上の昭和天皇が京都大学に来学した時に起きた出来事である。
京大の学生自治会である同学会は、天皇制反対を声高に訴えるのでなく、「歓迎もしなければ拒否もしない」「(天皇を)一個人として迎える」という態度を取り、学生と天皇との会見を要求していた。
Wikipedia-京大天皇事件 には以下のような記述がある。

同学会は5ヵ条からなる「公開質問状」を作成し、天皇に渡すことを計画していたが拒否された。「私達は一個の人間として貴方を見る時、同情に耐えません」で始まるこの質問状は、当時学生であった中岡哲郎(のち大阪市立大学教授)の執筆によるもので、先述のように現実の社会矛盾が取り繕われ隠蔽されたなかで天皇が多額の公費により巡幸を行っていることを悲しむとともに、米軍占領下での再軍備や朝鮮戦争が進行していた当時の情勢を踏まえ、日本が戦争に巻き込まれそうになった時の対応などを問う内容であった。また「貴方が今又、単独講和と再軍備の日本でかつてと同じような戦争イデオロギーの一つの支柱としての役割を果たそうとしている」とあるように、天皇の戦争責任や政治利用というタブーにも言及していた。

見方を変えれば一種の直訴であり、訴え出た人は死罪ということになる。
起草者の中岡哲郎氏は、身を隠したと言われる。
米田豊昭氏は同学会の中心人物ではあったが、無期停学中であり必ずしも首謀者ではなかったらしい。
というよりも、天皇事件が計画的というよりも多分に偶発的なものだったようである。

私は、米田豊昭氏の設立したシンクタンクと仕事を共にしたことがある。
⇒2009年9月19日 (土):八ツ場ダムの入札延期 その8.奈良忠さん
米田氏と「犬猿の友」榎並公雄氏については、機会を改めて触れたいと思う。
それにしても、田中角栄の辣腕秘書、後には政治評論家となった早坂茂三氏が全学連の闘士だったとは知らなかった。
もっとも、森田実氏など、往時全学連の闘士であった政治評論家には少なくないようであるが。

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