« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »

2013年9月

2013年9月30日 (月)

川端康成『雪国』/私撰アンソロジー(30)

Photo_4
いわゆるバブルの頃、リゾラバという言葉が流行った。
デジタル大辞泉には、以下のような説明が載っている。

(和)resort+lover から》つかの間の恋を楽しむためにリゾート地で作る恋人。

斎藤美奈子さんは、斬新なものの見方・考え方をする文芸評論家、つまり馴質異化と異質馴化を自在に操る人としてかねがね敬服してきた。
⇒2011年1月29日 (土):異質馴化-斎藤美奈子さん江/知的生産の方法(8)
その斎藤さんの『文学的商品学』紀伊国屋書店(2004年2月)に以下のようなことが書いてある。

ホテル小説というジャンルがある。
異国情緒にあふれたリゾートホテル系と生き馬の目を抜く都会を舞台にしたシティホテル系、客側から見た表舞台系と経営者側から見た舞台裏系などのタイプがある。
「リゾートホテル系-表舞台系」の1つのタイプがリゾラバ物で、山田詠美『熱帯安楽椅子』などの作品が該当する。

そして、斎藤流のものの見方が躍如というかんじがするのが、川端康成の『伊豆の踊子』も『雪国』も、「リゾートホテル小説=リゾラバ物」という指摘である。
疲れた都会人が、異次元空間である旅の宿で、野性的な異性と出会う-『熱帯安楽椅子』の構図とそっくりというわけである。
主人公が男性/女性、相手の肌の色が白い/黒い、逗留地が雪国/熱帯、という正反対のシチュエーションであるが、『雪国』の現代版が『熱帯安楽椅子』ということになる。
今まで気がつかなかった視点といえるのではないだろうか。

川端康成の代表作『雪国』は、1935年(昭和10年)から各雑誌に断続的に断章が書きつがれ、初版単行本は1937年(昭和12年)に刊行された。
しかし、最終的な完成には、さらに約13年の歳月が傾けられた。

冒頭部分の「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。………」という文章は特に有名である。
和田勉さんの、この部分の文体模写が秀逸である。
絶妙の遊び心の味わいがあり、その一部を紹介したことがある。
⇒2012年2月13日 (月):『雪国』と文体/知的生産の方法(17)

掲出部分はその少し後の部分であるが、美しい描写でこの作品の中でも有名な箇所である。
列車の窓がハーフミラーのように機能して、外の景色と社内が二重写しになっている。
ちなみにハーフミラーは、 デジタル大辞泉に次のように説明されている。

入射する光の一部を反射し、一部を透過する鏡のうち、入射光と透過光の強さがほぼ同じものを指す。半透鏡。半透明鏡。

この部分を読むと、『雪国』と笹倉明『新・雪国』の関係を連想する。
『新・雪国』は『雪国』とは全く異なろストーリーの小説であるが、あたかもこの部分に描かれているように、二重写しで読まれることを意図したものといえよう。
⇒2012年2月 9日 (木):『雪国』と『新・雪国』/「同じ」と「違う」(41)

掲出部分後段の描写、夕方、ものの色彩が消えて形が次第に不分明になっていく時間帯が、私は好きである。
たそかれ(どき)、暗くなって人の顔がわからなくなってくる時間である。
それは、「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いであって、どういう意味合いがあるのか知らないが、黄昏と書く。
昼から夜に移行する時間帯であって、昼と夜が二重性を帯びている時間である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月29日 (日)

リニア新幹線と本州中央部の地質構造/花づな列島復興のためのメモ(265)

JR東海は9月18日、東京から名古屋までの区間を対象としたリニア中央新幹線の環境影響評価準備書を公表し、詳細なルートや駅の位置を明らかにした。
Photo
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/const/news/20130918/632629/?bpnet

2027年の開業を目指し、2014年度に着工するという。
品川-名古屋間の工費は5兆4300億円を見込み、JR東海が全額負担する。
リニア新幹線は車両を浮上させるため「超電導磁石」を車両に搭載している。
地震が多いので浮上ギャップを100ミリほどと大きめにしている。
このため強力な磁石が必要になり、常電導方式だと浮上用の電力を常に供給しなければならない。
これを避けるため超電導方式を世界で初めて採用した。
まさに夢の技術の実用化である。
2027年まで生きていられるかどうか分からないが、この目で確かめてみたい気がする。

しかし、ルートをみて、いささか懸念するのは、地質的に大丈夫なのであろうか、ということである。
というのは、代表的な断層帯のフォッサマグナをほとんどはトンネルで横切ることになる。
⇒2011年4月23日 (土):暘谷(フォッサマグナ)論/やまとの謎(30)
⇒2011年11月 7日 (月):諏訪大社(4)地質構造とパワースポット/やまとの謎(43)
また中央構造線も含まれている。
⇒2011年11月 6日 (日):諏訪大社(3)地質構造と鉱物/やまとの謎(42)

この辺りの地質構造は複雑である。
Photo_2
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/knp/column/20090701/533704/?ST=print

これらの断層が、トンネル工事により、また運行後、どういう影響を受けるのか、素人が云々すべきではないだろうが、気になることではある。
それより、これから急速に人口減少が予想される中で、品川-名古屋を短時間で結ぶ需要が あるのかどうか。
少なくとも、途中駅での乗降客がそんなにいるとは思えない。
⇒2013年8月30日 (金):人口減少時代と加工貿易/花づな列島復興のためのメモ(254)
⇒2009年1月 2日 (金):人口減少社会の到来とグローバル市場主義モデルの終焉

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月28日 (土)

原発の地元とは?/原発事故の真相(88)

NHKの朝ドラ『あまちゃん』が好評裡に終わった。
私は、朝ドラとか大河ドラマは基本的に見ないが、妻が見ているので、たまに一緒に見ることがある。
『あまちゃん』もはじめ、まったく見るつもりはなかったが、ふとした時から引き込まれてファンになった。

『あまちゃん』にはいろいろな仕掛けがあり、脚本の宮藤官九郎氏の腕の見せ所となっていたが、AKB48のようなアイドルグループとして、GMT47というのが登場する。
47都道府県の「地元アイドル」が所属するアイドルグループである。
主役の天野アキもその1人だった。
GMTは「地元」の意で、当然町興し的な役割も期待されている。

地元とは何か?
辞書には次のようにある。

1 そのことに直接関係ある土地。「―の意見を聞く」
2 その人が居住している土地。また、その人の勢力範囲である土地。「―の候補者」
各電力会社は、原発の再稼働を急いでいる。
火力発電だと燃料費が経営を圧迫するという判断のようだ。
しかし、原発のリスクを本当に評価して経済性に換算しているのか、疑問である。
⇒2013年9月27日 (金):事故収束のメドも立たないのに再稼働か?/原発事故の真相(87)

再稼働の上で1つのハードルが「地元の同意」である。
この「地元の同意」は、法律上明記されたものではなく、同意なくして再稼働も可能という見方もあるが、現政権はその前提として同意は必要との認識を示している。
問題は地元の範囲が曖昧なことである。

昨年4月大飯原発の再稼働が問題になっていた時、滋賀県の嘉田知事は、「地元」の範囲について問題提起をした。

 嘉田由紀子知事は2日の定例記者会見で、大飯原発3、4号機の再稼働判断で焦点となっている「地元」の範囲を巡り、「被害を受けるかもしれない『被害地元』を新たな概念として出していきたい」と述べ、立地より被害の観点から主張していく考えを示した。
 嘉田知事は県が独自実施した放射性物質拡散予測で、原発30キロ圏の緊急防護措置区
域(UPZ)を超えて影響が広がる可能性が示されたことに言及。「立地自治体だけが『地元』ではかなり狭い。福島の事故の教訓を学ばないのは被害を受けた方々に申し訳ない」と語った。
http://onodekita.sblo.jp/article/54794215.html

しかし、電力会社にとって、交渉相手は少ない方がいいのは当然である。

 「安全協定上の『事前了承』は、もともと再稼働とは関係ないですよ」
 佐賀県伊万里市の古賀恭二総務課長は、玄海原発(同県)をめぐる九州電力との交渉でこう言われた。伊万里市は市内全域が原発から三十キロ圏内で、立地自治体並みの安全協定を求めている。
 九州電力が玄海町や県と結ぶ安全協定には、原発の新増設や改修の際、同町の事前了解が必要と定められている。その意味を九州電力は「工事車両の出入りなどで原発近隣に迷惑を掛けるからだ」と説明したという。

東京新聞9月25日

原発事故の場合、大きな影響を受ける地域として、周辺自治体がある。
たとえば、福島第一原発の場合、立地している自治体は、大熊町と双葉町である。
しかし影響を受けるのは、もちろん両自治体に留まらない。
Photo
Wikipedia-福島第一原子力発電所事故の影響

私は原発再稼働は、核燃料廃棄物問題が解決しない限りあり得ないと考えるが、少なくとも影響を受ける自治体の同意は必要であろう。
⇒2013年9月25日 (水):核ゴミをこれ以上増やすな/原発事故の真相(86)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月27日 (金)

事故収束のメドも立たないのに再稼働か?/原発事故の真相(87)

中部電力が、静岡県御前崎市にある浜岡原発を再稼働するため、今年度中に安全審査を申請するという。Photo
静岡新聞9月26日

中部電力だけではない。
東京電力も柏崎刈羽原発の2基について、運転再開の前提となる安全審査を原子力規制委員会に申請した。
両社が申請を急ぐのは、原発に代わる火力発電の燃料費負担がかさみ、経営を圧迫しているからだ。
中部電力は、来年4月をめどに電気料金を値上げする方針だが、業績改善には原発の再稼働が欠かせないという判断のようだ。

浜岡は東京電力福島第1原発の事故後に、菅直人首相(当時)の要請で全面停止した原発である。
懸念される南海トラフ巨大地震の震源域の真上に立地し、地震に伴う大津波に襲われる可能性もある。
東西を結ぶ大動脈である東名高速道路や東海道新幹線が近くを通っている。
ここで万が一にも大きな事故が起きれば、日本列島が分断され、文字通り日本沈没といった事態になろう。
さまざまな失態はあるにせよ、とりあえず浜岡の停止を求めたのは、菅氏の功績といえよう。
⇒2011年5月12日 (木):地震の発生確率の意味/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(26)

両社共に、政権が原発再稼働に前のめりになっているのを見てのことであろう。
しかし、浜岡のような危険な場所にある原発は、再稼働を考えるよりも廃炉を考えるべきだ。
中部電力には、率先して廃炉のパイオニアになる栄誉の道を選ぶべきではないか?

浜岡の危険性が、安全対策により回避されるとは思えない。
地元の自治体も概して再稼働に反対のようである。
Ws000000
静岡新聞9月26日

原子力損害賠償法は、事故による損害の賠償責任を電力会社に負わせている。
その責任は一私企業では背負い切れないほど重いのは、東京電力の現状からして明らかである。
中部電力の経営者は、合理的な判断として、再稼働よりも廃炉を選ぶべきではなかろうか。
安倍首相も、オリンピックのプレゼンで、原発の比重を軽減し、代替エネルギー源を増やすと表明した。
その道筋を早急に示さないと、信用を毀損することになろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月26日 (木)

消費税増税のために復興法人税を廃止という怪/アベノミクスの危うさ(12)

政府・与党は、来年4月の消費税増税を控え、復興特別法人税を1年前倒しで廃止する方向で検討に入ったという。
景気の腰折れを防ぐ経済対策の一環と位置付けて実施しようということだ。
経団連のタヌキみたいな容貌の会長は、「非常に喜ばしいことだ」と相好を崩しているが、志の低さを恥ずべきではないか。

財務省は増税が自己目的化し、「予算配分の原資」が増えれることが必要だということだろう。
しかし、こんな経済対策をしてまで消費税増税をすべきなのか?
その論理でものごとが決まって行くとしたら、日本社会には、「義」も「理」もなくなり、「利」だけが残るということにならないか?

復興特別税は、東日本大震災からの復興施策に必要な財源を確保するという名目で課されることとなった。
復興特別法人税と復興特別所得税から成る。
消費税は逆進的であるが、法人税や所得税は応能的である。
復興財源確保のために復興特別税という形が良かったのかどうかという議論は置いておくにしても、消費税を上げるので法人税だけ下げるというのは、訳が分からない。
復興特別税全体ならまだしも、法人税は廃止して所得税は存続するという理路はどうなっているのか?

消費税を増税すると、景気が腰折れする?
そんなことは最初から自明のことではないか。
ビル・トッテン 『課税による略奪が日本経済を殺した 「20年デフレ」の真犯人がついにわかった!』ヒカルランド(2013年2月)は、消費税がデフレの真犯人だと指摘している。
税率を上げても税収が増えなければ何の意味もない。
⇒2013年9月13日 (金):何のための消費税増税か?/花づな列島復興のためのメモ(260)

そもそも経済対策が必要になるなら、それは消費増税法の景気条項で定めた、引き上げの条件である「経済の好転」とまではいえないのではないか。
腰折れの懸念があるのなら、消費税の増税を思いとどまるべきである。
アベノミクス効果は、消費税増税に耐え得ないということだろう。
少なくとも、現時点ではそういうことになる。

成長戦略はこれからだ、というのであれば、その効果を確認すればいいではないのか。
骨子だけを抜き出せば、以下のようである。
3%の消費税増税は経済に悪影響を与える。
それを吸収するためにが5兆円規模の経済対策が必要だ。
さらに復興法人税を撤廃すれば、企業にとって悪影響は出ないだろう。

それでは、改めて問おう。
「社会保障と税の一体改革」という当初の目的はどこへ行ってしまったのか?
消費税を増税しながら、公共事業は大盤振る舞いし、法人税は引き下げる。
いつまでも、輸出大企業が主役だと思っていると、大きな勘違いということになるだろう。
⇒2013年8月30日 (金):人口減少時代と加工貿易/花づな列島復興のためのメモ(254)
財政再建方策を根本から考え直した方がいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月25日 (水)

核ゴミをこれ以上増やすな/原発事故の真相(86)

原発には様々な課題がある。
福島第一原発の事故収束が焦眉のテーマではあるが、根本的には、核燃料サイクルが完成していないという問題がある。
⇒2013年9月21日 (土):福島第一原発の全号機廃炉は当然だが・・・/原発事故の真相(85)
⇒2013年5月18日 (土):「もんじゅ」22年間の運転の実態/原発事故の真相(70)
⇒2012年6月11日 (月):電源構成と核燃料サイクル/花づな列島復興のためのメモ(83)
⇒2012年9月 4日 (火):核廃棄物をどうするか?/花づな列島復興のためのメモ(137)

使用済み核燃料は、それで役割を全うし、ご苦労様でしたというわけにはいかない。
原子炉で使用された後の燃料棒は、ウラン・プルトニウムを大量に含む高レベル放射性廃棄物である。
その危険性と処理の困難さのため、その処理が世界的な問題となっている。
また、使用済み核燃料からウラン及びプルトニウムを抽出することで核兵器への転用も可能である。

福島第一原発では、そもそも核燃料がどういう状態になっているかということが分からない。
メルトスルーして地中に浸透しているともいわれる。
⇒2013年9月24日 (火):「嘘も方便」首相と日本の将来/花づな列島復興のためのメモ(264)

正常な運転では、使用済み核燃料が原子炉から出される。
その中から使用可能なウラン、プルトニウムを取り出す施設が再処理工場である。
日本の再処理工場の現状は次のように説明されている。

日本の再処理工場は茨城県東海村の旧動燃東海事業所にあるが、実験的な工場であるため規模が小さく、年間200トンU程度の処理能力しかない。
現在青森県六ヶ所村に建設中の日本原燃の再処理工場は、年間800トンUの処理を見込んでいるが、溶接不良に起因する不具合・構造上の不具合によって試験計画が何度も延期されている。2005年12月現在、劣化ウランを使用したウラン試験がほぼ終了しており、2006年には実際の使用済み核燃料を使用したアクティブ試験が開始される見込みである。ガラス固化体を作るガラス溶融炉のある小部屋で3回にもわたって高濃度レベル廃液が漏れていた。
よって、日本で発生する使用済み核燃料の再処理はその大部分をフランス(COGEMA社)やイギリス(BNFL社)に委託している。

要は、日本国内では、使用済み核燃料は処理できていないのである。
原発が稼働すれば使用済み核燃料が発生するのは必然であるが、それが処分できないまま、増え続けているのが現状である。
各原発の貯蔵量の様子は下図の通りである。
130924
東京新聞9月24日

このような状況で、なお再稼働しようとする神経が分からない。
貯蔵されている使用済み核燃料といえども、安全ではないのだ。
活断層だらけの日本の国土に、1万7千トン以上が当てもなく貯蔵されており、なおそれを増やそうとするのは常軌を逸していると言うしかない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年9月24日 (火)

「嘘も方便」首相と日本の将来/花づな列島復興のためのメモ(264)

安倍首相はオリンピック招致のプレゼンで、福島原発事故の影響について、「状況はコントロールされている」「汚染水は港湾内で完全にブロックされている。健康問題は今もこれからも全く問題ないことを約束する」とスピーチした
殆どの国民が、ビックリしたというか、そんなはずはないのに・・・、と思ったのではないか。
⇒2013年9月11日 (水):人災と不起訴の間/原発事故の真相(84)

私も一日本人として、オリンピック招致成功は祝福したいと思う。
しかし、安倍首相のスピーチは引っ掛かる。
折角のオリンピックに暗い影を落とすものと、敢えて言っておきたい。

安倍首相が、正直に、「福島原発事故はまだコントロールできているとは言えない。汚染水も相当量が外洋に流出している可能性がある」と語っていたら、招致は失敗に終わっていただろうか?
それは誰にも分からない。
しかし、私は正直に言うべきだったと思う。
たとえ招致できなくても、この国の将来にとっては、その方が良かったと考える。

「嘘も方便」という言葉がある。
解説を見ると、「目的を遂げるために、時には嘘をつくことも必要になるという意。 「方便」とは、仏教用語で、衆生を真の教えに導く為に用いる仮の手段のこと。」とある。
オリンピック招致という目的を遂げるために、「福島原発事故は、コントロール下にあり、汚染水はブロックされている」という手段(ウソ)が許されるということを意味しているか?

英語で相当する表現として、下記が挙げられている。

The end justifies the means.
(目的は手段を正当化する)
He that cannot dissembble know not how to live.
(偽ることのできない人は、生き方を知らない人である)
A lie does good how little a while soever it be believed.
(嘘は信じられる時間がどんなに短かろうと、役立つものだ)

いずれも肯定的であるといえよう。
だが、「目的は手段を正当化する」という命題は常に真か?
そんなことはあるまい。
少なくとも、目的と手段が「比べられる:comparable」ものでなければ意味があるまい。
オリンピック招致と原発事故の現状は、果たしてcomparableであろうか?

福島原発事故の現状をどう認識するか?
元東芝の原子炉格納容器設計者である後藤政志氏は、汚染水問題に関し次のような認識を示している。
Photo_3
http://blog.livedoor.jp/home_make-toaru/

つまり、実態がよく分かっていないのである。
一説によれば、メルトスルーした核燃料は、地下へ突き進んでいるらしい。
その状況すら分かっていない。少なくとも開示はされていないはずだ。
核燃料がマントルにまで達したら、果たしてどういうことになるのであろうか?

それよりも、先ず汚染水対策であろう。
水冷という方式自体が暫定的なもので、恒久対策としては他の方策で対処することが必要ではないか?
⇒2013年4月15日 (月):福島第一原発の汚染水は他に対策がないのか?/原発事故の真相(68)
⇒2013年8月22日 (木):福島原発事故の新段階/原発事故の真相(79)
⇒2013年8月23日 (金):政府は非常事態宣言を発するべき/原発事故の真相(80)
⇒2013年9月21日 (土):福島第一原発の全号機廃炉は当然だが・・・/原発事故の真相(85)

そもそも、水収支からして、水冷では限界があることは明らかではないのか?
⇒2013年8月 7日 (水):福島第一原発の汚染水の水収支/原発事故の真相(76)
⇒2013年8月17日 (土):汚染水対策の不安/原発事故の真相(77)
⇒2013年8月23日 (金):政府は非常事態宣言を発するべき/原発事故の真相(80)

オリンピック招致は喜ばしいことではあるが、招致という目的が原発事故の現状についてウソをいうという手段を正当化しはしない。
それが最高責任者の言葉だとすれば、この国の将来はどうなるであろうか?
目的が手段を正当化するという考え方は原理主義である。
原理主義は現実とは相容れないであろう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年9月23日 (月)

園児津波訴訟と原発事故不起訴/花づな列島復興のためのメモ(263)

石巻市の私立日和幼稚園の園児5人が、東日本大震災の津波に巻き込まれた送迎バスに乗っていて亡くなった。
遺族が、園の対応に安全配慮義務違反があったとして損害賠償を求めた訴訟において、仙台地裁は、園側の法的責任を認めて計約1億7700万円の支払いを命じた。
送迎バスが津波に巻き込まれた経緯は以下のようである。

日和幼稚園は、標高23メートルの場所にあった。
送迎バスは山側と海側の別々のルートを運行していたが、大震災前に一本化された。
犠牲になった5人の園児らは全員山側に住んでいたから、園にとどまっていれば津波を免れた。

園の防災マニュアルは、園で保護者に園児を引き渡すと定めていた。
園側は、「みぞれのなか園庭で寒そうにしていた園児を早く保護者に送り届けたかった」し、大津波の予見可能性はないと主張した。
しかし、判決は「千年に1度」の巨大地震の発生を予想できなかったとしても、実際に体感した以上、津波の危険性があることを考慮すべきだったと指摘した。

もちろん、園には園児の為に良かれと思う気持ちはあっても、悪意のあろうはずがなかった。
しかし、判決は「津波の危険性は予見できた」とした。
何とも悩ましい判断であるが、遺族の立場に立てば、園の責任は当然であろう。
幼稚園児にとっては、園の判断以外に頼るものはなかったのである。

まだ、判断能力のない園児が津波に巻き込まれ、マニュアル通りに対処していれば避けられたのである。
私は昨年石巻市を訪ねた折、日和山から被災地を見たことがある。
Photo_2

幼稚園は、日和山の一角にあるのであろうか。
大川小学校では、胸の痛くなるような衝撃も受けた。
⇒2012年8月27日 (月):大川小学校の悲劇と避難誘導の難しさ/因果関係論(20)・みちのく探訪(1)

幼稚園にとっては厳しい判決である。
しかし、原発事故訴訟では、誰も起訴されていない。
⇒2013年9月11日 (水):人災と不起訴の間/原発事故の真相(84)
「想定を超える津波だから、刑事責任を問えない」ということである。

幼稚園と原発施設では、比べようもないかも知れない。
しかし、少なくとも原発施設に関する注意義務は、レベルが異なっていることは確かである。
改めて、不起訴でいいのか、ということが問われるべきではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月22日 (日)

ランドセル俳人・小林凛/私撰アンソロジー(29)

Photo_5
ランドセルは小学生の代名詞ともいえる。
震災直前の時期に、タイガーマスク・伊達直人を名乗る匿名の人たちの善意の輪が急速に拡がったのも、ランドセルというモノの訴求効果が一役買ったと思う。
⇒2011年1月12日 (水):出口の見えない菅政権と民主党解党という選択肢
⇒2011年6月 3日 (金):金子詔一さんの『ランドセルの歌』

そのランドセル商戦が年々早まり、最近は帰省中の孫にプレゼントをしたいとお盆期間中の売れ行きが好調だという。
赤や黒といった定番よりも、光沢のあるピンクやパープルといった個性的な色で、刺しゅうや縁取りが入ったデザイン性の高い商品が人気らしい。
ランドセルは夢と希望のシンボルでもある。

ランドセル俳人は、小学生の俳人である。
しかし、ランドセルは、彼の場合夢と希望の象徴とは言えない。

小林凜(本名:凛太郎)は、2001年5月生まれ。
朝日俳壇で、たびたび入選作となり注目されるが、まだ小学生、つまりランドセル俳人というわけである。

彼が句作に打ち込んだのには「いじめ」を受けていたという背景がある。
未熟児として生まれた彼は、発達が遅れたため、小学校でいじめを受ける。
幼稚園では友達と遊ぶのが大好きだったというのに。

小学校の教師は、いじめを見て見ぬふりをし、隠蔽に終始した。
楽しみにしていた小学校は、凛少年にとっては、地獄のような日々であった。

実態を知った母は、自発的不登校という選択をする。
いじめというのは、実態の把握が難しい問題である。
⇒2010年11月10日 (水):いじめと自殺の因果関係
⇒2010年11月27日 (土):いじめと自殺の因果関係(続)/因果関係論(8)

しかし、いじめの第一義的な救済者は、教師であるべきだろう。
⇒2012年7月18日 (水):教師は聖職ではないのか?/花づな列島復興のためのメモ(114)
教師が救いの手を差し出さいとしたら、不登校という選択もありうるのだろうが、それを選択できるのは限られた親子だけではないか。

それにしても、俳句の鑑賞は難しい。
ランドセル俳人の句と有名俳人の句との「違い」が良く分からないのは、私の鑑賞力が未熟ということもあろうが、桑原武夫の「第二芸術論」を思い出した。
⇒2007年8月24日 (金):俳句評価の難しさ
⇒2007年8月25日 (土):第二芸術論再読
⇒2007年8月26日 (日):第二芸術論への応答

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月21日 (土)

福島第一原発の全号機廃炉は当然だが・・・/原発事故の真相(85)

安倍晋三首相は19日、福島第1原発を視察し、5号機と6号機を廃炉するよう東電に指示した。
東電が拒否することはないだろうから、全6基の廃炉は確実だといえよう。
というか、福島第一原発が再稼働される見通しが全くないことを考えれば、東電は主体的に廃炉を決定すべきだった。
56_2
http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2013091900873

1~4号機の廃炉方針については、事故発生から3週間後の2011年3月末、東電の勝俣恒久会長(当時)が意向を表明する一方で、5、6号機は再稼働の可能性が全くないにもかかわらず東電が廃炉を決定していなかった。
引当金不足のためである。

経産省の試算によると、国内全50基の廃炉を決定した場合、業界全体で4兆4000億円規模の損失が発生し、東電を含め電力6社が債務超過に陥る。そうした事態に至る可能性はほとんどないとはいえ、活断層の有無の確認や巨大地震・津波への備え、安全性に関する最新の知見の反映などを求める新規制基準に基づく審査の結果、再稼働が不可能になり、まだ動かせるとみていた原発が「突然死」を迎えるリスクが従来に比べ高まっている。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE98I06020130919

東京電力は、福島第1原発の廃炉に備えた放射能汚染水対策などの費用として、新たに1兆円を確保する方針を表明した。
東電の広瀬直己社長は、今後10年程度で、コストダウンや設備投資の抑制などで資金を捻出すると説明しているが、既に大規模な合理化を実施中であり、さらなる資金確保が可能かは不透明なであるし、巨額の新たな負担は経営再建にとって重荷となる。

現行の会計制度では、設備の減価償却や廃炉費用の積み立てが終わっていない原発を廃炉にすれば一度に巨額の損失処理を迫られ、財務が急激に悪化する。
ただ、経済産業省は、廃炉費用の分割処理を認めるなど、電力会社の負担を軽減する新制度を近く導入する見通しだ。
5、6号機の廃炉に適用されると、東電の財務負担は軽減されるが、廃炉費用は電気料金に転嫁される。
結局消費者にしわ寄せが来ることになる。

ざっと考えただけでも、廃炉の技術的・制度的問題以外に、福島第一原発事故の収束には以下のような課題がある。
【汚染水対策】
⇒2013年7月28日 (日):高濃度汚染水対策を急げ/原発事故の真相(74)
⇒2013年8月17日 (土):汚染水対策の不安/原発事故の真相(77)
⇒2013年8月23日 (金):政府は非常事態宣言を発するべき/原発事故の真相(80)

【除染】
⇒2013年1月11日 (金):除染の実態/原発事故の真相(53)
⇒2013年1月14日 (月):除染の実態(続)-汚染の拡散と健診の不正/原発事故の真相(54)
⇒2013年3月25日 (月):自主避難者への支援をどう考えるか?/原発事故の真相(63)

【賠償】
⇒2013年9月14日 (土):損害賠償は実態に即した運用を/花づな列島復興のためのメモ(261)
⇒2011年5月20日 (金):東電の賠償スキームをめぐって/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(33)
⇒2013年3月13日 (水):原発関連自殺の実態/原発事故の真相(58)

【核燃料取出し】
⇒2012年6月22日 (金):原子炉の内部の状態/原発事故の真相(38)
⇒2011年9月14日 (水):静岡空港の廃港と福島第一原発の廃炉

さらに根本的な問題もある。
【核燃料サイクル】
⇒2012年6月11日 (月):電源構成と核燃料サイクル/花づな列島復興のためのメモ(83)
⇒2013年5月18日 (土):「もんじゅ」22年間の運転の実態/原発事故の真相(70)
⇒2012年9月 4日 (火):核廃棄物をどうするか?/花づな列島復興のためのメモ(137)

これらを総合的に推進する原発事故対応庁のような組織が必要なのではないか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年9月20日 (金)

ファミコンで新時代を開く・山内薄さん/追悼(35)

任天堂の山内薄相談役(前社長)が、19日亡くなった。85歳だった。
京都の企業である任天堂は、永く花札、トランプ等のメーカーだったが、山内氏がファミコン(ファミリーコンピュータ)を開発と市場導入に成功し、電子ゲーム業界の雄になった。
Photo
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD1009J_Q3A710C1XX1000/

特に「スーパーマリオブラザーズ」は、ゲーム機に消極的だったわが家でも購入し、一家で楽しんだ。
上図を見ると、「スーパーマリオ」の発売は1985年である。
私の中で、戦後史の画期となるような事件が不思議にこの年に集中している。
⇒2010年8月12日 (木):転換点としての1985年

吉崎達彦氏の『1985年』新潮新書(2005年8月)によれば、以下のような年であった。
1.政治-中曽根政治とプラザ合意
2.経済-いまだ眩しき「午後2時の太陽」
3.世界-レーガンとゴルバチョフの出会い
4.技術-つくば博とニューメディア
5.消費-「おいしい生活」が始まった
6.社会-『金妻』と『ひょうきん族』の時代
7.事件-3つのサプライズ
「3つのサプライズ」とは、JAL機の御巣鷹山への墜落、阪神タイガースの優勝、三光汽船の倒産である。

さらに付言すれば、マイクロソフトがWindowsを発売した年でもあった。
Windowsは、パーソナルコンピュータのデファクト・スタンダードとして長らく君臨したが、スマートフォン、タブレットがPCに取って代わるようになってきて、戦略転換を余儀なくされている。
⇒2013年9月 5日 (木):タブレット市場とマイクロソフトの戦略転換/ブランド・企業論(1)

電子ゲームの世界は高度化して、スーパーマリオの時代のように私たちの世代が楽しめるものではなくなってしまっているようである。
山内氏は、1992年、米国大リーグ球団シアトル・マリナーズの経営危機に際し、個人的な資金でマリナーズ運営会社の株式を購入して、大リーグ史上初の非白人オーナーとなった。
「長い間米国任天堂を置かせてくれたシアトルへの恩返し」といわれる。
現在は、任天堂が山内氏の株式を買い取り(持株比率が50%を超え)、マリナーズ運営会社The Baseball Club of Seattleは任天堂の持分法適用会社となっている。

1つの時代を画した経営者といえよう。
合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月19日 (木)

海賊と呼ばれた男/戦後史断章(14)

石油は、現代文明にとって必需品である。
エネルギー源として、あるいは原材料として。
第一次世界大戦でドイツの猛攻にあったフランスの首相クレマンソーが、「石油の一滴は血の一滴に値する」とアメリカ大統領ウィルソン宛に打電したことは有名である。
また、日本が、ABCD包囲網(アメリカ(America)、イギリス(Britain)、オランダ(Dutch)、中国(China))を突破しようと、無謀な開戦に踏み切らざるを得なかったのも石油が命綱だったからである。

戦後は、米ソ冷戦の中で、トルーマン大統領による反共封じ込め政策「トルーマン・ドクトリン」が発表され、日本の経済自立化が図られた。
しかし、石油政策は、原油輸入重視、外資系元売り重視であったために、民族系の会社は、製品輸入、特にガソリン輸入を要求した。
その代表が、出光興産である。

1951年(昭和26年)から1952年にかけて、石油業界では原油輸入か製品輸入かをめぐって激しいやり取りが行われた。
時を同じくして、1951年9月にサンフランシスコ講和条約が締結され、1952年4月発効して日本の主権が回復した。
1952年5月、出光興産は外貨の割り当て50万ドルを受け、アメリカ西海岸から神戸に高オクタン価ガソリンを日章丸でを運び、おおきな話題になった。
また、世界の石油を牛耳っていた国際石油カルテル(メジャー)を不条理だとして、イランのモサデクは、1951年に石油国有化政策を行った。
しかし、メジャーに刃向かってイラン石油からの購入者はなかなか現れなかった。

そんな中、出光は、イラン石油購入の意志を固め、1952年(昭和27年)暮れから1953年2月にかけ、イラン政府との困難な交渉の結果、購入契約の調印にこぎつけた。
秘かに神戸港を出港した日章丸は、イギリス海軍の警戒網をかいくぐり、イランのアバダン港に到着する。
多数のイラン人が集まり、イギリスとの紛争のさなか、石油買い付けに来た日本船と日本人に非常に好意を寄せ、イラン経済に希望を与えるものだと賞賛された。
2

1953面5月、川崎港に入港した石油製品満載の日章丸を待ち受けたていたのは、関係者と共に出光の快挙を記事にしようと集まった多くの報道陣だった。
出光は、メジャーに締め出されたイラン石油を購入しすることによって、国際石油カルテルに牛耳られている世界の石油市場に一石を投じたのであった。
また、この「日章丸事件」は、まだ敗戦の虚脱状態から抜けきれないでいる日本国民に対し、独立を回復した日本の姿を国際舞台に示し、自信と勇気を与えるものでもあった。

百田尚樹『海賊とよばれた男』講談社(2012年7月)は、出光興産の創業者・出光佐三をモデルにした人物が主人公である。
小説では、国岡鐵造(出光興産は国岡商店)という名前になっているが、政治家、官僚、外国人関係者などはほとんど実名のようである。

主人公の名前で分かるように、当然脚色されている部分もあるだろうが、話の大筋は事実に基づいていると思われる。
今年の4月9日に発表された第10回本屋大賞の第1位になった作品である。
本屋大賞は、「全国書店員が選んだいちばん! 売りたい本」がキャッチコピーの賞であり、書店員こそが本と読者を「最もよく知る立場」にあると位置づけ、投票資格者を書店員主体にしている。
以上のような点からすれば、本屋大賞で1位になるということは、ベストセラーを約束されているようなものである。
逆に、書店員の視点で考えれば、売れそうな本ということができよう。
この本も版を重ねているようで、出版不況が言われる中で、出版業界活性化に大いに貢献している。

 時は1953年3月某日。一隻のタンカーが神戸港を出港した。当時日本で唯一米国メジャーと提携関係になかった民族系石油元売会社〈国岡商店〉の日章丸である。コロンボ沖にて暗号電文を受信した同船は急遽目的地を変更してイラン・アバダン港に入港。そして復路はマラッカ海峡を迂回するなどして英国海軍の追撃をかわし、積載したガソリン1万8000キロリットル等と共に無事川崎港に帰港した。
 国や家族にすら秘めざるをえなかった彼らの挑戦を、世に〈日章丸事件〉という。当時イランの石油利権を巡っては国有化を認めない英米が経済封鎖に踏み切るなど、緊張が走っていた。そんな中、イラン側と密かに接触し、両国民の幸福のために石油を買いに行ったのが、『海賊とよばれた男』こと〈国岡鐡造〉である。

この事件は、かって石原慎太郎氏が『挑戦』というタイトルで、1960年に小説にしている。
まだ20代の頃であり、1968年の参院選で政治家デビューするずっと前である。
『太陽の季節』を引っ提げて登場した石原氏は、価値紊乱者を自称していた。
「日章丸事件」は、石原氏の潜在的な愛国心を刺激し、保守政治家へ転回していく1つのきっかけになったのではないかと推測される。
1961年に、新藤兼人脚本、須川栄三監督で、『「挑戦」より 愛と炎と』として映画化されている。
キャスティングは、三橋達也、司葉子、白川由美、藤田進、森雅之などである。
さすがに時代が違うというか、懐かしさが一杯というキャスティングではあるが、私は映画を見ていない。

原作の『挑戦』は私の好きな石原作品の1つである。
『石原慎太郎文庫3 挑戦 死の博物誌』河出書房(1965年1月)の日沼倫太郎氏の解説によれば、「この作品に登場してくる主要な人物たちは、何れも現代のシジフォスとして描かれている。・・・・・・そして問いかける。現代において愛は不可能なのか、連帯は可能でないのか、と。たぶん可能ではあるまい。」というようなテーマである。

話がだいぶ脱線した。
出光佐三は、民族会社として日本人による日本人のための会社として、西欧の巨大石油会社からの役員、銀行からの役員すら受け入れないという方針を貫いた。
戦後の石油業界のことを多少でも知れば、ほとんど無謀というべきであった。
その思想的バックボーンは『マルクスが日本に生まれていたら』春秋社(2013年7月)として上梓されている。
1966年出版の新版であるが、百田氏の本の読者から問い合わせが多くあったので、新版として刊行された。

石原氏もそうであるが、出光佐三あるいは日章丸事件というのは、民族派の血を騒がせるようだ。
私は、民族派ではないが、愛国心は人並みに持っているつもりだ。
オリンピック招致をきっかけに、愛国心について再考するのもいいかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月18日 (水)

カネボウの栄光と迷走/ブランド・企業論(2)

カネボウ化粧品の商品が問題になっている。
販売している美白化粧品を使用すると、肌がまだらに白くなるという被害である。
美白成分ロドデノールを含有している化粧品ということである。
Photo_3
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20130913/1052178/?n_cid=nbptrn_top_bunya&rt=nocnt

美白化粧品とは、しみ、そばかすの原因となるメラニン色素の生成を抑える機能などを備えた化粧品である。
乳液や化粧水など基礎化粧品が多く、化粧品各社は独自の有効成分を開発して販売競争を繰り広げている。
Photo_3
http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20130724072938420

自主回収をしているが、親会社である花王の業績にも影響するのではないかと言われている。
経緯は以下のようである。
130912
静岡新聞9月12日

旧カネボウが解体されて9年、名門ブランドがまた深い傷を負った。
2007年に開かれた厚生労働省の審議会で白斑の原因とみられる美白成分「ロドデノール」の安全性に疑問が示されていたことが当時の議事録で分かったが、提示された安全性問題について議論しないまま審議会は終了し、美白化粧品は医薬部外品として承認されたという。 

株式会社カネボウ化粧品は、旧カネボウ株式会社から化粧品事業を切り離して2004年(平成16年)5月に発足した。
花王株式会社の完全子会社である。

子供の頃、近所に鐘紡の工場があって、構内で遊んだことがある。
当時はセキュリティなどをいう人もなかった。
静岡県裾野市であり、現在はショッピングセンターになっている。
蚕が飼われていたが、子供のことゆえ具体的にどのような事業が行われていたかは、知る由もなかった。

そういう懐かしさもあって、カネボウが破綻した時、少し事情を調べてみたことがある。
『裾野市史・通史編Ⅱ』(裾野市)によれば、大正12(1923)年にできた蚕種製造所を、鐘紡が昭和8(1933)年に買収し、昭和産業静岡蚕種製造所となった。
『鐘紡製糸四十年史』(非売品)の「事業場史」の部分に、「静岡蚕種製造所」という項目がある。
「当時鐘紡の定款には蚕種製造の事業項目がなかったので、表面上は昭和産業名義を用いたが実質的には鐘紡の一事業場として扱われてきた」と記述されているように、地元では鐘紡の工場と呼ばれていた。

蚕は桑の葉を食べて成長し、繭を作る。
繭糸を束ねて生糸にし、さらに撚糸等の工程を経て絹糸ができる。
今では、生糸生産といっても余り馴染みがないけど、生糸生産が日本の産業の中核を占めていた時代があった。
わが国の生糸生産は、20世紀初頭には7千トン程度だったが、大正、昭和の初めにかけて急増し、昭和9年に4万5千トンのピークを迎えた。
つまり、裾野の蚕種製造所を鐘紡が買収した頃が、生糸生産も最盛期だったということになる。

戦時中は低迷したものの、昭和30年代以後は2万トン水準を維持していた。
しかし、昭和50年を境に減少を続けてきた。
現在の状況は、正確には分からないらしい。
Wikipedia-絹には、以下のように説明されている。

2010年現在では、市場に提供する絹糸を製造する製糸会社は、国内では2社のみとなっている。2社の年間生産量は不明であるが、現在国が発表している「絹」生産量を賄うのは、社員数や資本金から推測して不可能に思われる。「国産の絹」と称するものについては、どの段階(製糸、織布)での国産なのか、注意するべきであろう。

往時は輸出産業の花形でもあった。
昭和1ケタ台においては、生産量の3分の2に当たる年3万トン強が輸出にあてられていた。
当時の外貨獲得額の3割強を稼ぎ出しており、わが国の近代化に大いに貢献したといえよう。
ナイロンやポリエステルなどの化学繊維の登場など、技術革新の影響をまともに被り、衰退を余儀なくされた。
たかだか1世紀の間に蚕糸産業ほど激しい消長を示した産業は例が少ないのではないか。

裾野市には鐘紡町という名前はなかった。
しかし、山口県防府市、滋賀県長浜市、富山県高岡市などには、今でも鐘紡町という地名が残っているという。

山口県防府市鐘紡町 - かつて同地にカネボウ防府工場があったが、カネボウの経営再建中に閉鎖された。跡地はベルポリエステルプロダクツの工場となったほか、2008年3月14日、跡地の一部にロックシティ防府(現・イオンタウン防府)が開店した。
滋賀県長浜市鐘紡町 - カネボウの繊維事業を承継したKBセーレン工場がある。
富山県高岡市鐘紡町 - カネボウ製薬を承継したクラシエ製薬の工場がある。

もちろん、企業城下町だから、という側面もあるのだろうが、地元から好意的に受け止められていなければ、地名として使われるということもないだろう。
34年間会社経営に携わり、「経営家族主義」と「温情主義」を提唱・実践して日本的経営論を考案した武藤山治以来のヒューマニズムの伝統によって、地域社会に溶け込む努力が図られたということだろう。
なお、武藤山治は政界に進出するとともに、言論人としても活躍した。

Wikipedia-武藤山治には以下のような記述がある。

『時事新報』の編集者として渋沢栄一の系譜に繫がる「政商」や、徳富蘇峰などの御用新聞記者を攻撃。「政・財・官」の癒着を次々と暴き、連載『番町会を暴く』で「帝人事件」を告発。権力者から付け狙われ、(昭和9年)3月9日)福島新吉に北鎌倉の自宅近くで狙撃され、翌10日に亡くなった。

今日、CSR(corporate social responsibility:企業の社会的責任)が喧伝されているが、鐘紡の経営は先駆的だったともいえよう。
それが再びのブランド失墜的事態である。
ブランドを維持し続けるのは至難のことといえよう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2013年9月17日 (火)

若山牧水/私撰アンソロジー(28)

Photo

今日は、若山牧水の命日である。
1928年(昭和3年)9月17日に、静岡県沼津市の自宅で亡くなった。
Wikipedia-若山牧水には、次のような記述がある。

旅を愛し、旅にあって各所で歌を詠み、日本各地に歌碑がある。大の酒好きで、一日一升程度の酒を呑んでいたといい、死の大きな要因となったのは肝硬変である。ちなみに、夏の暑い盛りに死亡したのにもかかわらず、死後しばらく経っても死体から腐臭がしなかったため、「生きたままアルコール漬けになったのでは」と、医師を驚嘆させた、との逸話がある。自然を愛し、特に終焉の地となった沼津であは千本松原や富士山を愛し、千本松原保存運動を起こしたり富士の歌を多く残すなど、自然主義文学としての短歌を推進した。

生涯に残した七千首あまりの歌のうち酒を詠んだ歌が二百首はあるそうだ。
⇒2012年9月24日 (月):秋の夜は「牧水」がいい

牧水の歌は青春の歌である。
口誦性がよく、難解な語彙は少ない。
口ずさむと、なんとなく「自分もこう言いたかったんだ」という気になる。
井上靖の旧制沼津中学時代を描いた『夏草冬涛』の主人公たちも、牧水調の歌を詠んだ。
⇒2007年11月 5日 (月):私の『夏草冬涛』

沼津の千本松原をこよなく愛し、ついの棲家を沼津に定めた。
千本公園内に上掲中の「幾山河・・・」を刻んだ歌碑がある。
Photo
http://www.tokaidou.jp/sennbonnmatubara.html

沼津の近辺の足跡を尋ねた岡野弘彦、村山道宣『若山牧水―伊豆・箱根紀行 (伊豆・箱根名作の旅)』木蓮社((2003年12月)がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月16日 (月)

猛暑の夏と電力需給/花づな列島復興のためのメモ(262)

今年の夏といえば、猛暑と豪雨で記憶されることになろう。
9月に入ってからは竜巻が加わり、昨日からは台風18号に対し、初めて特別警報が出された。
⇒013年8月28日 (水):異常気象頻発の夏と特別警報/花づな列島復興のためのメモ(253)

TVの映像で、四条大橋や渡月橋の様子を写していたが、ちょっと記憶にないような増水である。
特に猛暑はすさまじかった。
四万十川で史上最高の気温を更新した。
東京の最低気温は 30.4度で、史上最高の値となった。
これだけの猛暑だと、電力需給はどうなのか、ということになる。

昨15日、唯一稼働中だった大飯原発4号機が発電停止作業に入った。

 国内で唯一稼働していた関西電力大飯原発4号機(福井県おおい町)は定期検査のため、15日午後11時に出力がゼロになった。16日午前1時ごろには原子炉が完全に停止する見通し。3号機も2日に停止しており、1年2カ月ぶりに国内の稼働原発が再びゼロになる。定期検査は来年1月中旬までの見込み。
 東京電力福島第一原発事故の後、国内で初めて大飯3、4号機が昨年7月に再起動。3号機は今月2日から定期検査に入った。
 大飯原発をめぐっては今月2日、敷地内の断層について、原子力規制委員会の専門家会合が「耐震設計上、考慮する活断層ではない」と判断。規制委は3、4号機の新規制基準への適合審査の再開を決めた。ただ、関電は大飯原発付近を走る三つの活断層が同時に動いた場合の影響評価などを規制委に報告しておらず、定期検査終了後の再稼働時期は見通せていない。
http://www.asahi.com/business/update/0915/OSK201309150121.html

まあ、停電という事態にならなかったのは幸いである。
東電管内の電力需給について、以下のような図が示されている。
1309162
東京新聞9月16日

結果論ではあるが、「厳しい」とされる95%越えの日は1日もなかった。
もちろん、だから余裕があるということではないが、東電が柏崎・刈羽原発の再稼働を急がなければならないということでもない。

電力需給に対しては、需要ありきで供給を計画してきた。
そろそろ需要に対する計画にシフトしたほうがいい。
たとえば次のようなことも選択肢にいれるということである。

 最も好ましいのは、「需給調整契約」という臨時措置なしで、あらかじめ電力を抑制することだ。特に、家庭でなく企業で。
 これは要するに、「夏休み(バカンス)を増やす」ということだ。そうすれば、お盆休みや週末みたいに、電力が一挙に 1000万kW 以上も激減する。このような効果は、スマートメーターによる節電ではとうてい不可能だ。
 
 結局、夏の電力不足に対する最大の対処策は、「夏休み(バカンス)の普及」である。政府はこの方針で制度をとと述べるべきだろう。たとえば、「夏休み(バカンス)を2週間以上取る企業には減税」というふうな。
 この場合、減税は、「国民の間で富の配分を変える」というがあるだけだ。(「実施していない人々 → 実施している人々」というふうに金が移動する。) だから、たとえ 1000億円をかけても、その金は国全体では1円も無駄にはならない。コストはゼロである。
 一方、スマートメーターの場合には、機器の製造費用がかかる。これは莫大なコストになる。1000億円のコストをかければ、まるまるコストとなり、国民の負担(つまり損失)となる。
 ただ、官僚と業者だけは、その 1000億円を食い物にして、1000億円の売上げと、数十億円の利益を得る。……しかし、これはあまりにも非効率だ。「1000億円をかけて 数十億円の利益」というのはね。
 それでも、「1000億円の損があっても、それはオレの損じゃない。他人の損だ。それよりは、おれが数百万円の利益を得ることが大切だ」と思うエゴイストが多い。そのせいで、スマートメーターは普及しつつある。
 で、その利権構造のために、朝日新聞が利用される。朝日新聞は「エコです」と告げると、とたんにルンルンと浮かれて提灯記事を書く。で、朝日に「スマートメーターはエコですよ」という記事を書かせて、「国民の 1000億円を無駄にして、かわりに自分の財布を豊かにする」という利権構造が、実現するのである。
 かくてスマートメーターばかりが焼け太る。

http://openblog.meblog.biz/article/18182305.html

人間の生きる意味は、経済だけではない。
アベノミクスは成長戦略を第3の矢としているが、成長神話とも決別する時ではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月15日 (日)

井上靖『シリア沙漠の少年』/私撰アンソロジー(27)

Photo
井上靖は、『敦煌』、『楼蘭』などの西域を舞台とした小説で一世を風靡するベストセラー作家になった。
⇒2012年9月26日 (水):井上靖『氷壁』/私撰アンソロジー(16)
小説家ではあるが、22冊もの詩集を発行している詩人でもあった。
というより、井上文学の根幹に流れる詩情には、詩人としての資質と訓練があったと考えられる。

ここで描くシリア沙漠は、『敦煌』、『楼蘭』などで描いたシルクロードの“向こう”にあるエキゾチックな場所である。
Photo_3
http://www37.tok2.com/home/tourfortwo/syria/guidepage.htm

上図で見るように、シルクロードの果ての砂漠地帯から地中海沿岸部に到る。
海外旅行者が増えた現在でも旅行者はさほど多くはないであろう。
その意味でも異域的であるが、中東が産油国として重要な地域であるから、わが国も大いに関係がある。

そのシリアに関し、アメリカのケリー国務長官とロシアのラブロフ外相は、アサド政権が保有する化学兵器について、国際機関による査察を行い来年半ばまでにすべての化学兵器の廃棄を目指す枠組みで合意したと発表した。
この合意により、アメリカなどによるシリアへの軍事行動は当面回避されることになった。
そのことは良いことであろうが、本質的な解決ではないだろう。

シリアを巡る勢力の構図は次図のようである。

Photo_2
http://www.geocities.jp/teru_teru_funi/siria.html

複雑に絡み合っているので簡単には解きほぐせないだろう。
オバマ大統領も定見の無さをを露呈した感じで、影響力は低下せざるを得ない。
ジャスミン革命といわれたチュニジアの軍事政権の崩壊は、“アラブの春”を予感させたが、なお春は遠いのだろう。
Photo
http://overrev21.blog67.fc2.com/blog-entry-268.html

それに、化学兵器はもちろんだが、核兵器廃絶の展望をどう描くか。
日本人としては、オウム真理教によるサリン事件により化学兵器の恐ろしさを世界に知らしめたが、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマと核の恐ろしさを訴求し続けていく責務もある。

掲出の詩は、井上靖の散文詩集『北國』東京創元社(1958年3月)の中の一篇である。
後に『シリア沙漠の少年―井上靖詩集 (ジュニア・ポエム双書 (32))』教育出版センター (1985年8月)という題の詩集も出版されている。
静岡県の長泉町にある井上靖文学館が、開館40年に合わせ、銀の鈴社(神奈川県鎌倉市)に働きかけて『シリア沙漠の少年』が復刊された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月14日 (土)

損害賠償は実態に即した運用を/花づな列島復興のためのメモ(261)

最近、損害賠償に関して気になるニュースがあった。
1つは、認知症の男性が電車にはねられたのは見守りを怠ったからだとして、電車の遅延の賠償金約720万円を遺族からJR東海に支払うように命じた判決である。
事故に至る経緯は以下のように整理されている。
Photo_4
http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2013082902000002.html

名古屋地裁は、以下のように判断を下した。

医師の診断書などから男性の徘徊(はいかい)は予見できたとした上で、介護体制などを決めた横浜市の長男を「事実上の監督者」と認定。男性の要介護度が上がったのに、家に併設する事務所出入り口のセンサー付きチャイムの電源を入れるなどの対策をせず、妻も目を離すなど注意義務を怠った結果、男性が第三者に与えた損害は償うべきだとして、JRの求める全額の支払いを二人に命じた。遺族の代理人やJRによると、認知症の人による列車事故の損害賠償請求訴訟の前例は把握していないという。
同上

遺族は控訴しるが、この判決は、認知症の人の閉じ込めという結果にならないだろうか?
徘徊歴のある高齢者の家族は、すべて事故時に責任を負わされるおそれがあるということであり、介護のあり方にも大きく影響することになろう。
極論すれば、認知症の人は拘禁状態下に置けというようなことになる。

もう1つは、福島原発事故で生じた損害賠償をめぐる問題である。
民法に規定は以下のようである。

第七百二十四条  不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
この規定を杓子定規に適用すれば、東京電力に対する請求権が来年3月以降に失効することになる。
原発事故は、民法の想定している通常の不法行為とはかけ離れた災害である。
当然、実態に即すような立法措置が必要だろう。
法律が事態の後追いとなることは避けられない。
その間隙を埋めるのは、適切な政治判断と行政措置である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月13日 (金)

何のための消費税増税か?/花づな列島復興のためのメモ(260)

政府は、来年4月に消費税率を現行の5%から8%へ予定通りに3%分引き上げる方針を固めた。
デフレ脱却の芽を摘むことがないよう、2%の増税分に相当する5兆円規模の経済対策を行うという。
130913
東京新聞9月13日

こういうのを、「デキレース」というのだろうか。
「社会保障と税の一体改革」という大義はどこに行ったのだろう。
オリンピック招致が決まって、こわいものはなにもない、ということだろうか。
消費税を上げれば景気が悪くなることは当然である。
だから景気対策で、2%の増税分を還元する?

そもそも消費税増税は、財政赤字の中で、将来の社会保障のために行うものではなかったか。
将来世代にツケを回さないということだったのではないか。

 消費増税には、現役世代に偏った社会保障の負担を広く分かち合い、子育て世代への支援を強める狙いもある。社会保障の安定、世代間の公平に向けた重要な一歩だ。
朝日新聞9月11日社説

それを、経済の後退を防ぐために、公共事業等の回すというのでは本末転倒というべきであろう。
ビル・トッテン
課税による略奪が日本経済を殺した 「20年デフレ」の真犯人がついにわかった!』ヒカルランド(2013年2月)の冒頭に次のような記述がある。

 1971年から1988年、日本のGDPは年間10%で成長した。
 1989
年から1996年には、日本のGDP成長率は年間4%まで減速した。
 そして、1997年から2010年、日本のGDPは毎年縮小した。
 一方、1989年4月には3%の消費税が導入された。1997年4月には消費税は5%に増税された。

つまり、3%の消費税導入により、経済成長率が10%から4%になり、5%への増税により、ゼロ成長になった。
もちろん、経済成長には他の要因も関係してくることは当然であるが、少なくとも現象的には、消費税と経済成長は相関している。

消費税増税の本質はなにか?
上掲書のp46に載っている図を見よう。
Photo
輸出上位30社の合計は、日本の総輸出額の52%を占めている。
その30社の従業員数は、日本全体の就業者のうちの1.3%に過ぎない。
30社の売上はGDPの13%に相当するが、法人税は3%しか納めていない。
法人税がGDPに占める割合は8%であるが、30社については売上に対する法人全の割合は1%に過ぎない。

輸出企業にとって、非常に優遇された税になっていることが分かる。
しかも消費税は輸出品には課税されない。
輸出企業が仕入れをするときには、消費税分を業者に払っているが、その分は税務署から輸出業者に還付される。
輸出戻し税である。
しかも、実態的には、輸出大企業は、中小企業や下請けに納品の際に、消費税を口実に単価を買いたたいている例も多いらしい。

上記を見れば、いくつかの疑問も氷解する。
1.景気に悪影響を与える消費税増税に経済界が賛成する理由
⇒2012年7月 5日 (木):経団連が消費税増税に賛成する理由/花づな列島復興のためのメモ(103)
2.アベノミクスが円安を誘導する理由
⇒2013年7月 2日 (火):円安は良いことか?/アベノミクスの危うさ(9)
3.デフレの要因
⇒2011年10月18日 (火):日本経済のクァドリレンマ/花づな列島復興のためのメモ(8)

デフレの要因については、消費税の導入の影響が大きいとは思うが、人口動態との関連性もあるとは思う。
⇒2010年10月25日 (月):人口転換理論とデフレ経済

税を支払い能力との関係でみると、大きく2つに分けられる。
A.累進税と比例税
B.逆進税
要は、累進的にか比例的にかはともかく支払い能力に応じて課税するか、支払い能力に無関係に課税するか、ということである。
消費税は、逆進税の代表である。

今さらではあるが、消費税法案を決めた時に、全体の税体系に関する議論が不十分だったように思う。
財務省を中心とするプロパガンダが浸透し、いずれにしろ消費税を上げることになるというムードに流されたのではないか。
その第一の責任は時の首相の野田佳彦氏にあるとは思うが、自公民は共同正犯である。
結果として自民党が圧勝して、昔ながらの景気対策と称する公共事業に大盤振る舞いになるとは。

社会の格差を表すとされるジニ係数の推移は下図のようである。
Photo_2
http://tmaita77.blogspot.jp/2012/11/blog-post_30.html

注)ジニ係数とは、主に社会における所得分配の不平等さを測る指標。係数の範囲は0から1で、係数の値が0に近いほど格差が少ない状態で、1に近いほど格差が大きい状態であることを意味する。

安倍首相よ!
あなたは、格差が増大する社会を好ましいと考えておられるのだろうか?
消費税増税により、所得・富の格差は増大するに違いない。
それはいずれ経済活動を停滞させることになるはずでる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月12日 (木)

全国学力テスト静岡県の乱/花づな列島復興のためのメモ(259)

文部科学省が、4月に実施した2013年度全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果を公表した。
静岡県は、国語Aが都道府県別最下位で、正答率は全国(公立)平均より5ポイント低く、ブービーの沖縄県と比べても0.6ポイント下回った。
Photo_2
http://www.at-s.com/news/detail/744827390.html

この結果が、川勝平太静岡県知事を激怒させた。

 川勝平太知事は9日の定例記者会く見で、本年度の全国学力テストで県内公立小学校の国語A(基礎問題)が都道府県別で最下位だった結果を「子どもではなく教員に責任がある」と批判し、国語Aの平均正答率が県内下位100校の校長名公表を検討する考えを明らかにした。
 現行の学力テストの実施要領では、自治体による学校別結果の公表を禁じている。文部科学省の担当者は取材に対し「校長名は学校名と同じで実施要領に反する」と述べた。
 知事は「校長の責任は大きく、反省材料にしてほしい」と説明。実施要領が学校名を非公表としている点には「それならば、校長は…」と話した。また、下位の学校に優秀な教員を配置するアイデアを示し、「学力はスポーツや芸術の出来不出来と同じように捉えるべき。学力が人格の大半を支配するかのように点数を隠すことで、かえって偏差値教育を助長している」と強調した。
・・・・・・
 知事の発言に対し、県校長会の渡辺勉会長は公表の賛否に関する明言は避け、「危機感を鼓舞するという意味で捉えたい。対策にいっそう力を入れる」と述べた。県教職員組合の小山悟書記長は「学校現場に混乱を招く可能性がある」と懸念を示した。

http://mugentoyugen.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-520d.html

川勝知事は学者出身であり、「読み・書き・ソロバン」という情報リテラシーの中でも最も基本的な読解力がワーストだという結果が許せなかったのであろう。
⇒2009年7月 6日 (月):静岡県知事選挙の結果と自民党の迷走
⇒2013年8月 2日 (金):川勝平太静岡県知事の生態史観図式論/梅棹忠夫は生きている(6)

文部科学省は学力テストの実施要領で学校名を明らかにした成績の公表を禁じている。
テスト成績の扱いについて、公表しても罰則がないために秋田県が市町村別に公表したことがあり、佐賀県武雄市は昨年12月に学校別で公表した。
文科省の方針は過度な成績競争を防ぐためで、1960年代に続いた学力テストをやめる大きな理由になった。知事は「校長名の公表は問題ない」と言うが、校長名が分かれば学校名もわかるので、実質文科省に対するアンチテーゼである。

私は、学力テストの平均点にどのような意味があるかをもっと吟味してからでも、と思うが、「全国最下位ではねえ」という声が聞こえるのも事実である。
最近、おおたとしまさ『子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?荒俣宏、内田樹、瀬戸内寂聴、坂東眞理子、福岡伸一、藤原和博、茂木健一郎、養老孟司 8人の識者に聞きました』 日経BP社 (2013年6月) を読んだ。
登場する8人は、いま最も“旬”といっていい識者だろう。
いずれも、真摯に、全力で、回答している。

川勝知事の持ち味はいささかスタンドプレーに偏りがちなところだろうが、「なぜ勉強しなければならないのか?」を真剣に考える機会になれば幸いというべきであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月11日 (水)

人災と不起訴の間/原発事故の真相(84)

東京電力福島第一原発事故をめぐり、業務上過失致死傷容疑などで告訴・告発されていた全員を、東京地検は9日不起訴にした。
「刑事責任を問うのは困難」という判断である。
国会事故調が明確に「人災」としていたことを考えれば、誰1人責任を問われるべき人がいないというのは、釈然としないものが残る。
Photo
東京新聞9月11日

事故により大量の放射性物質をまき散らされ、福島県民約14万7千人が避難生活を強いられている。
また、環境が激変した避難先での病死や自殺など、原発事故関連死に追いやられる人が後を絶たない。
原発事故は「安全神話」にとらわれ、津波対策を怠った「原子力ムラ」が起こした「人災」ではないのか?

福島第1原発は未だに廃炉作業どころか、汚染水漏れが続き、国内外の不安を増幅している。
収束などという状況には程遠い。
せっかくのオリンピック招致に水を差すわけではないが、安倍首相のプレゼンテーションも勇み足ではなかろうか?
東電の記者会見の内容とも齟齬をきたしている。

東電は「汚染水が港湾内で留まっている」という点に関して、シルトフェンスの内と外での放射性物質の濃度は5倍程度の違いがあり、港湾の外での濃度は告示濃度を下回っているということから、「外洋への影響は少ない、あるいは無い」とした。しかし、海水をシルトフェンスで止めることは出来ず、トリチウムは水とともに移動するため、「海水の行き来がゼロになるとは思っていない」「シルトフェンスでもトリチウムを止める力はない」と話している。
http://www.huffingtonpost.jp/2013/09/09/fukushima_nuclear_power_polution_n_3896462.html

明らかに「完全にブロックされている」という状況ではない。
汚染水の漏出問題を見ても、「状況はコントロールされている」わけではない。

検察は、予見可能性の有無を「一般通常人の能力を基準」として判断している。
そのような現状がある一方で、もちろん、いたずらに責任追及をしてみても事態が改善されるわけではないが、これだけの事故に対して、果してそれでいいのだろうか?
刑法は個人の過失を問うが、組織については過失は問われないらしい。

たとえば大津波の予測である。
JR福知山線の事故でも、山崎社長(当時)個人の予見可能性ということが問題にされた。
しかし、個人の問題ではなく、組織の問題であることは当然であろう。
⇒2012年1月14日 (土):JR西日本福知山線事故判決の法理に対する疑問

特に原発事故のように影響が広範で深刻なものについて、「一般通常人の能力を基準」として判断すべきではないだろう。
現実に有罪化するのは困難かも知れないが、検察の判断の根拠が納得し難いのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月10日 (火)

新聞界に競争原理は不要なのか?/花づな列島復興のためのメモ(258)

2020年のオリンピック東京開催が決まり、9日発表された第1四半期の国内総生産(GDP)が上方修正された。
来年4月からの消費税増税にとっては、“追い風”が吹いていると、一応は言ってよいであろう。
しかし、消費税率アップが本当に税収増になるのか、疑問が残る。
⇒2013年8月19日 (月):消費税増税は財政再建に資するか?/花づな列島復興のためのメモ(252)

消費税が上がれば、富裕層以外は消費を抑制せざるを得ず、景気は後退してトータルの税収も下がる可能性があるのではないか。
仁徳天皇の故事に倣えば「民のかまど」から煙は未だ上っていないように思う。
それはそれとして、オリンピック招致が決まったのは日本時間の8日早朝であった。
それを伝えるべき9日は、なんと新聞休刊日である。
各紙が一斉に休刊するというのは、まさに談合に他ならないだろう。
自らは談合しつつ、他の業界については厳しく追及するとしたら、ダブルスタンダードと言わざるを得ない。

新聞の論調は概して、消費税に関して、増税積極論だったといえよう。
しかし、新聞については「軽減税率を適用せよ」というのだから、これもダブルスタンダードではないか。
社団法人日本新聞協会の「聞いてください!新聞への消費税軽減税率適用のこと」というキャンペーンを見てみよう。
新聞協会は、論拠をQ&Aの形で述べているが、Aの大要は次のようである。

消費税は、誰にでも同じ税率が適用されるため、低所得者の負担が大きくなる。
だから、食料品などの生活必需品には、その他の商品より低い税率を適用して消費者の負担を軽くする制度がある。
それが軽減税率だ。
新聞界は、購読料金に対して軽減税率を求めている。ニュースや知識を得るための負担を減らすためである。
読者の負担を軽くすることは、活字文化の維持、普及にとって不可欠だと考える。
新聞協会が実施した調査でも、8割を超える国民が軽減税率の導入を求めていて、そのうち4分の3が新聞や書籍にも軽減税率を適用するよう望んでいる。

私も、活字文化の維持、普及は大事であるし、ニュースや知識を得るための負担は軽いほうがいいと考える。
活字文化が衰退すれば、瀬戸内寂聴流に言えば、「心が栄養失調になる」だろう(おおたとしまさ子どもはなぜ勉強しなくちゃいけないの?荒俣宏、内田樹、瀬戸内寂聴、坂東眞理子、福岡伸一、藤原和博、茂木健一郎、養老孟司 8人の識者に聞きました』日経BP社 (2013年6月)。
しかし、新聞の購読料を軽減税率の対象にしろ、というのはどうか?

注目すべきは、あの読売新聞が、社説で「来春の消費税増税は見送るべきだ」としていることである。

 日本経済の最重要課題は、デフレからの脱却である。消費税率引き上げで、ようやく上向いてきた景気を腰折れさせてしまえば元も子もない。
 政府は、2014年4月に予定される消費税率の8%への引き上げは見送るべきだ。景気の本格回復を実現したうえで、15年10月に5%から10%へ引き上げることが現実的な選択と言えよう。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20130830-OYT1T01397.htm

もっとも、新聞への軽減税率適用もしっかり書いている。

 15年10月に消費税率を10%に引き上げる際は、国民負担の軽減が不可欠だ。税率を低く抑える軽減税率を導入し、コメ、みそなどの食料品や、民主主義を支える公共財である新聞を対象とし、5%の税率を維持すべきだ。
同上

生活必需品として、「コメ、みそなどの食料品」という辺りが大時代的な感じもするが、現在の(読売)新聞が本当に「民主主義を支える公共財」として機能しているかどうか、自らの紙面あるいは自社の体制をもう一度見つめ直したら如何?
「ニュースや知識を得るための」源として、新聞のポジションはどの程度なのかも。
時代のトレンドにマッチできないだけではないのか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年9月 9日 (月)

ゼンガクレンという伝説/戦後史断章(13)

かつて、全学連という組織が一定の社会的影響力を持っていた時代があった。
現在は、ニュースの前面に出ることもない。
全学連とは何か?
Wikipediaを見てみよう。

全日本学生自治会総連合(ぜんにほんがくせいじちかいそうれんごう、英 All-Japan Federation of Students' Self-Governing Associations)とは、1948年に結成された日本の学生自治会の連合組織である。略称は全学連(ぜんがくれん)。分裂を繰り返してきた経緯により、現在5つの団体が「全学連」を名乗っており、それぞれが自らの正当性を主張している。
・・・・・・
全学連は1948年に145大学の学生自治会で結成され、当初は日本共産党の強い影響下にあったが、1955年の六全協以降は日本共産党への批判派が主流派となった。更に主流派各派間で全共闘も結成され、1960年代から1970年代にかけて安保闘争などで激しい学生運動を展開した。1970年代以降は新左翼各派の影響が高まったが、安保の成立や、党派間の内ゲバや連合赤軍事件などもあり運動は退潮となった。
2012年現在は、5つの「全学連」が存在している。5つある「全学連」の中で最大勢力の日本共産党系の「民青系全学連」でも、活動実態のある加盟学生自治会数は10程度とされる。

1944年生まれの私は、60年安保の年に高校に入学し、70年安保の盛り上がりの中で修士課程を終えた。
つまり高校・大学という多感な時期が、2つの安保の間の期間と重なる。
しかし、大学に入った1963年には60年安保の高揚は既に過去のものであった。
70年安保は、自分の関心から外れていた。

初代の全学連委員長は武井昭夫である。
私は、大学入学後、吉本隆明との共著『文学者の戦争責任』淡路書房(5609)で名前を知った。
⇒2012年3月17日 (土):論争家吉本隆明と複眼的思考/知的生産の方法(19)

初期の全学連は、日本共産党の強い影響の下にあった。
上記Wikipediaによれば、この時期に全学連で活動した者として以下のような名前が挙がっている。

後の日本共産党議長不破哲三と副委員長上田耕一郎兄弟、後の日本社会党副委員長の高沢寅男、第3回全学連中央委員会で委員長に選出され、京大天皇事件を引き起こした米田豊昭や映画監督の大島渚、田中角栄秘書となる早坂茂三などがいた。

京大天皇事件とは、1951年11月12日、関西巡幸途上の昭和天皇が京都大学に来学した時に起きた出来事である。
京大の学生自治会である同学会は、天皇制反対を声高に訴えるのでなく、「歓迎もしなければ拒否もしない」「(天皇を)一個人として迎える」という態度を取り、学生と天皇との会見を要求していた。
Wikipedia-京大天皇事件 には以下のような記述がある。

同学会は5ヵ条からなる「公開質問状」を作成し、天皇に渡すことを計画していたが拒否された。「私達は一個の人間として貴方を見る時、同情に耐えません」で始まるこの質問状は、当時学生であった中岡哲郎(のち大阪市立大学教授)の執筆によるもので、先述のように現実の社会矛盾が取り繕われ隠蔽されたなかで天皇が多額の公費により巡幸を行っていることを悲しむとともに、米軍占領下での再軍備や朝鮮戦争が進行していた当時の情勢を踏まえ、日本が戦争に巻き込まれそうになった時の対応などを問う内容であった。また「貴方が今又、単独講和と再軍備の日本でかつてと同じような戦争イデオロギーの一つの支柱としての役割を果たそうとしている」とあるように、天皇の戦争責任や政治利用というタブーにも言及していた。

見方を変えれば一種の直訴であり、訴え出た人は死罪ということになる。
起草者の中岡哲郎氏は、身を隠したと言われる。
米田豊昭氏は同学会の中心人物ではあったが、無期停学中であり必ずしも首謀者ではなかったらしい。
というよりも、天皇事件が計画的というよりも多分に偶発的なものだったようである。

私は、米田豊昭氏の設立したシンクタンクと仕事を共にしたことがある。
⇒2009年9月19日 (土):八ツ場ダムの入札延期 その8.奈良忠さん
米田氏と「犬猿の友」榎並公雄氏については、機会を改めて触れたいと思う。
それにしても、田中角栄の辣腕秘書、後には政治評論家となった早坂茂三氏が全学連の闘士だったとは知らなかった。
もっとも、森田実氏など、往時全学連の闘士であった政治評論家には少なくないようであるが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 8日 (日)

2020年オリンピックが東京に決定/花づな列島復興のためのメモ(257)

国際オリンピック委員会(IOC)が、9月7日(日本時間8日)、2020年の第32回夏季オリンピック競技大会(五輪)を東京で開催することをブエノスアイレスで開かれた総会で決めた。
東京開催は56年ぶりということになる。
日本国としての慶事であり、関係者の尽力に敬意を表したい。

過去にオリンピックが複数回あったのはアテネ、パリ、ロンドン、ロサンゼルスの4都市である。
アテネはオリンピック発祥の地として別格であるが、パリ、ロンドン、ロサンゼルスは、自他ともに認める都市であり、東京もその仲間入りという、よりもアジアで初と言うべきであろう。
前回は1964年、私の大学2年であったことはすでに触れた。
⇒2013年9月 6日 (金):オリンピック招致と福島原発事故/原発事故の真相(82)

2020年まではあと7年である。
開催地東京、とりわけベイエリアがどう変貌を遂げるのか、楽しみである。

平均余命からいえば、2020年に生きている確率は高いとは思うが、想定外のことが起きるのが世の中である。
想像だにしなかった(単に想像力が足りなかっただけであるが)脳梗塞を発症してしまった実績がある。
しかし、発症したことによりかえって健康意識が高くなって、暴飲暴食を慎んでいる。
是非、この目で東京オリンピックを見てみたいと思う。

そして、やはり東京で開催することの意義は大きかったと実感できる大会になってほしい。
1964年の東京オリンピック招致が決定したのは、1959年(昭和34年)5月26日に西ドイツのミュンヘンにて開催されたIOC総会においてであった。
前史として、1940年大会の開催権返上、1960年のオリンピック開催地投票でローマに敗れるという過程を経ての開催だった。

1956年昭和31年)7月に発表された「経済白書」において、「もはや戦後ではない」と記述され、一種の流行語になったが、招致が決まった1959年は、戦後復興の時代から高度成長への転換を模索していた時代であった。
60年安保で岸信介首相が退陣し、池田勇人に替わって高度成長の時代になる。
1964年のオリンピックは、日本の高度成長路線が定着し、それを象徴するイベントであった。

国家的イベントは、時代の思潮を映し出す鏡となる。
2020年の東京オリンピックのコンセプトはこれから検討されていくことになろうが、東日本大震災からの復興という視点を抜きにしては考えられないであろう。
これからの国のかたちを示すようなコンセプトが求められる。
⇒2011年3月11日 (金):大規模地震で日本国はどうなるのか?
⇒2011年3月22日 (火):津々浦々の復興に立ち向かう文明史的な構想力を

東京オリンピックは、デフレ脱却を目指す安倍晋三首相の政策「アベノミクス」を後押しする経済効果を期待する声が大きいようである。
オリンピックは、アベノミクスの4本目の矢というわけである。
もちろん、経済効果もあるであろうし、あった方がいいと思うが、そろそろ「〇〇の経済効果」でイベントを評価する発想から転換すべきではないだろうか?

1964年の東京オリンピックは「成長の時代」に行われた。
すでに「成長の時代」は終焉し、「成熟の時代」と考えるべきだ、という見方もある。
そのような観点からは、何を指標として考えるべきか?

また、安倍首相は、福島原発汚染水について、「完全にコントロールされているから、絶対に大丈夫だ」と見栄を切った。
各種の報道は、むしろコントロールされていないことを示しているのではないか?
本当に大丈夫なのか、私は、今までの経緯からして不安である。

そして、東京オリンピックは、決して東京のものだけでないことは、招致活動が示している。
東京と日本の各地域の関係はどうあるべきか?
特に、地域的な受益と負担のアンバランスは、福島原発事故や沖縄基地問題に現れている。
安倍政権が具体的な道筋を示しているようには見受けられない。

震災、なかんずく福島原発事故を踏まえ、新しい文明のあり方に意味のある大会であってほしい。
日本文明というものがあるのか?
それはどういう特性を持っているのか?
経済に対比して使われるのは文化であるが、文明と文化の関係は?
そして、東京と他の地域との関係は?
2020年に向けて、どのような論議が交わされるであろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 7日 (土)

大飯原発活断層判断の怪/原発事故の真相(83)

関西電力大飯原発の重要施設の直下を走る断層について、9月2日、原子力規制委員会の専門家会合は、耐震設計上考慮する活断層ではないとの見解で一致した。
大飯原発は、国内で唯一運転中の原発である。
問題の断層「F‐6破砕帯」は、大飯原発3、4号機用の重要施設「非常用取水路」の真下を横切るもので、活断層ならば2基の運転は認められない。
⇒2012年11月 3日 (土):大飯原発の活断層をどう考えるか/花づな列島復興のためのメモ(157)

これにより、定期検査のため、3日に稼働を停止した3号機、15日に停止する予定の4号機は、多分再稼働させるという方向になるのだろう。
しかし、判断の仕方に釈然としないのは私だけであろうか?

問題のF-6破砕帯は下図のようである。
Photo
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-18/2012071801_01_1.html

より広域的に、福井県内の活断層を図示しよう。
Photo_2
http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/46990909.html

大飯原発の間近まで海底のFO-B、FO-A断層が伸びている。
2つの図を眺めてみて、「F-6破砕帯が活断層とは言えない」という結論になったとしても、大飯原発を再稼働させようという気になるものかどうか?
私には、蛮勇としか思えない。
ちなみに辞書(デジタル大辞泉)には次のようにある。

事の理非や是非を考えずに発揮する勇気。向こう見ずの勇気。

そもそも、活断層であるか否かと(再)稼働の関係は、否というのが必要条件(予選を通る)であって、十分条件(優勝)でないことは明らかである。
Photo_4
http://jyukenblog.cocolog-nifty.com/math/2008/12/post-8bc9.html

しかもメディアの報道の仕方にも問題がある。

マスコミ各社は「会合で『活断層ではない』という見解で一致」とする記事を一斉に報道。しかし会合では、渡辺満久氏(東洋大教授)をはじめ複数の有識者から、「活断層の可能性を否定できない」とする反論が出るなど意見は割れており、島崎委員も「見解が一致」とは発言していない。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/99778

福島第一原発の現況の報道に接するにつけ、原発の再稼働を安易に容認しようという姿勢に疑問を拭えない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 6日 (金)

オリンピック招致と福島原発事故/原発事故の真相(82)

東京オリンピックが開催された昭和39(1964)年、私は大学の2年だった。
京都の下宿で、小母さんと一緒にTVを見ていた記憶がある。
遥かに遠い出来事であり、競技についても断片的なことしか覚えていない。
しかし、東京オリンピックが社会を大きく変えたという事実はしっかりとした記憶がある。

もちろん、東京に行く機会もなかったので、都市としての東京の変容を実感することはなかった。
しかし、オリンピック開会の直前に東海道新幹線が開通し、京都への列車の便は格段に良くなった。
入学試験の時はもちろんであるが、入学してからも帰省するのに東海道線(在来線)を使っていた。
貧乏学生であるから、夜行列車を利用することが多く、少し贅沢をする時でも準急だった。
最初は、新幹線がとてつもない贅沢に思えたが、次第に慣れて当たり前になった。

また、名神高速道路は、前年に一部開通していた。
クルマとは縁がなかったので利用する機会がなかったが、マイカーを所有している同じ学科の友人に乗せてもらって走行したのは、翌年ではないかと思う。
名神が全線開通したのは1965年7月であるが、京都から関ヶ原辺りまでをドライブしたような気がする。
いずれにしろ、計画して行動するというのではなく、何かの拍子に、「それじゃ行こうか」というのが常であった。

このようなインフラの整備は、日本社会の高度成長に拍車をかけることになった。
時空旅人Vol.15 「日本戦後史」』(2013年9月号)に載っている図を引用する。
Gdp3

オリンピックの開催されたのは、上図の赤棒の年であり、こういう指標で見ればまさに別国というべきであろう。
現在、オリンピック招致活動がクライマックスである。
私は日本国民の1人として、2020年のオリンピックをこの目で見てみたいと思う。

しかし、一方で不安が拭えないのも事実である。
福島第一原発事故が収束のメドがついていないことである。
東京、マドリード、イスタンブールの争いとなっている2020年の夏季五輪開催地は、7日(日本時間8日未明)、ブエノスアイレスでの国際オリンピック委員会(IOC)総会で、IOC委員約100人の投票で決まる。
そこで、原発の汚染水漏れ事故が、焦点になっているという。

 5日朝、東京招致委の記者会見に日本を代表する新旧の選手たちが並んだ。事故についての最初の質問は元レスリング選手の馳浩衆院議員が答えたが、その後、司会者が「関連の質問がある人は後ほど広報担当者まで来て下さい」と質問を封じる作戦に出た。
http://www.asahi.com/national/update/0905/TKY201309050388.html

フェアプレイを訴求していたはずなのに、質問は後ほど・・・、というのではさまにならない。
海外メディアの目は厳しい。

東京招致委にとって、汚染水事故への海外の厳しい見方は想像以上だった。
「水や食べ物は安全」「住民は普通に生活している」「東京は全く問題になっていない」――。招致委は8月下旬、想定問答を作った。政府が3日、計470億円の対策を発表すると「これで説明できる」と余裕も見せていた。
だが、現地初の記者会見で海外メディアの質問6問のうち4問が汚染水対策に集中し、竹田恒和理事長は答弁に困窮。「厳しい。この説明では納得してもらえないのか」。招致関係者は国内外の温度差を感じた。
会見に出た海外の記者は「失望した」「意図を理解しない答え」と突き放した。東京と福島の距離を強調する姿勢に「東京だけ安全ならいいとも聞こえ、福島の人々への配慮が足りないのではないか」との声もあった。

http://www.huffingtonpost.jp/2013/09/05/olympic_candidate_n_3876459.html

東京電力が5日、福島第1原発で汚染水漏れが起きたタンクの南側に掘った観測孔から4日に採取した水を分析したところ放射性物質を検出したと発表した。
タンクから漏れた汚染水が土壌に浸透し、地下水に到達した可能性があるとしている。
汚染水対策も新しい発想が必要ではないか。

にもかかわらず、がれきの撤去作業に使っている大型クレーンが、途中から折れ曲がり先の部分が地面に落ちるトラブルがあった。
核燃料サイクルが完結しない状態での原発の稼動は、トイレのないマンションでの生活に譬えられる。
同様の言い方をすれば、マンションのトイレが故障して汚い水が溢れているのに、直す道具が壊れたようなものである。
こんな状態で、客を招いていいものかどうか?
「政府が対応するから大丈夫」などといっても、不安は拭えないのが普通の神経というものであろう。

9月4日の9時過ぎ、鳥島近海を震源とする地震があった。
ゆっくり揺れる感じの地震で、同室で作業していた女性は、私に言われて「そう言えば揺れてる」という程度の体感であった。
遠隔でかつ深度が深かったため微弱な揺れであったが、福島第一原発の近傍で発生しないとは言い切れない。

今までに体験したことのないような豪雨や竜巻も頻繁に起きている。
日本列島全体が、異変の中にあるような感じもする。
大事が起きないうちに収束すればいいが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 5日 (木)

タブレット市場とマイクロソフトの戦略転換/ブランド・企業論(1)

先日、友人がマイクロソフトの新しいタブレット型端末「Surface」を買った。
聞くところでは、ネットブックPCの一種であるとおもわれるが、多分にタブレットを意識した製品のようである。
Surfaceのサイトには、次のようにある。

Surface は、技術と芸術を融合させた、Microsoft の革新的な新型タブレットです。ケースには、超軽量で耐久性に優れたマグネシウム製ケースを使用。Surface は、仕事と遊びの世界を一新します。Office アプリ を実行したり、色鮮やかな HD ムービーを観たり、友達や家族と会話したり。 そのすべてを、緻密に設計された 1 つの美しいデバイスから行うことができます。
http://www.microsoft.com/surface/ja-JP

2012年6月、MS社は、タブレット端末やスマートフォンなどポストPCの戦略を大きく転換した。
6月18日(米国時間)に、自社開発のタブレット端末「Surface」を発表した。
長年、PCメーカーにOSをOEM提供する水平分業を手がけてきたMSだが、タブレット端末に関しては、MS自身がハードも含め開発する垂直統合モデルを採用した。
Ms_2
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20120702/406759/

かつては、IT市場は、PCを軸として展開されていた。
マイクロソフトは、WindowsというOSによりPC市場でガリバー的な地位を占めた。
それが、スマートフォンなどの端末とクラウドサービスに市場の軸が移行するとともに、マイクロソフトのプレゼンスが薄れ、戦略転換が必要になった。

9月3日に発表されたマイクロソフトによるフィンランドのノキアの携帯電話事業買収のニュースも戦略転換の一環であろう。
Ms
静岡新聞9月4日

これにより、マイクロソフトは、アップルやグーグルといった自社のハードウエアの設計も手掛けるスマホ向けソフトウエアメーカーの仲間入りをすることになる。
PCのバリューチェーンの概念図は以下のように考えられる。
Pc
http://blog.livedoor.jp/uii57002/archives/12165284.html

パソコンの世界では、大量のウィンドウズ対応ソフトがマイクロソフトによる支配確立を後押しした。
だがスマホの世界では、逆転している。
今年6月までの1年間の世界のスマホ向け基本ソフト(OS)市場では、グーグルのアンドロイドが75%、アップルのiOSが17%のシェアを占め、マイクロソフトのウィンドウズフォンのシェアは、ノキアの「ルミア」シリーズが多少売れたにもかかわらず、わずか3%にとどまった。

基本ソフトの市場動向は以下のように考えられる。
Os
http://blog.livedoor.jp/uii57002/archives/12165284.html

基本ソフトのシェアを何とか向上させなければ、マイクロソフトの展望は拓けないのは明らかである。
ノキアの主力事業を取り込むことによって、基本ソフトと端末の統合を図り、先行するアップルやグーグル陣営を追撃しようということであり、Surfaceはそのような戦略的使命を帯びた商品ということであろう。
Surfaceのポジショニングは下図のように考えられる。
Photo
http://blog.livedoor.jp/uii57002/archives/12165284.html

一方のノキアは、一時期、世界の携帯電話の40%、フィンランドの輸出の20%、国内総生産(GDP)の4%を占めていた。
有為転変、IT企業の栄枯盛衰はドラスティックである。
ノキアの失敗は、アップルの「iPhone(アイフォーン)」や、スマートフォン(多機能携帯電話)革命の脅威を認知するのが遅れたことにあると言われる。
市場の認識力におけるミスと言えばそれまでだが、多分に運の要素もあるような気がする。

Surfaceは、私のように、もちろん開発者ではなく、また業務用として使うわけでもなく、さりとて主目的がネット検索、ショッピング、ゲームなどでもないユーザー、過去のものも含めてOfficeの資産(遺産?)を利用したいユーザーにとっては、いささか惹かれる製品である。
起動が早く、キーボードなどの操作性が良ければ好適であろうか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年9月 4日 (水)

田中正造没後100年/花づな列島復興のためのメモ(256)

今日9月4日は田中正造の命日である。
田中正造は、足尾銅山鉱毒事件を告発した政治家として知られるが、天保12年11月3日(1841年12月15日)に生まれ、 1913年(大正2年)9月4日に亡くなった。
足尾銅山鉱毒事件は、日本初の公害事件と言われている。
⇒2012年7月11日 (水):渡良瀬遊水地と福島原発事故/花づな列島復興のためのメモ(107)

福島原発事故の収束の見通しの立たない現在、田中正造の姿勢に学ぶものは多いのではないだろうか。
田中の出身地である佐野市を中心に、さまざまな顕彰事業が行われている。
たとえば、「田中正造翁没後100周年記念顕彰事業実行委員会」が主催する講演会と特別展が、ゆかりの加須市で開催される。

 「真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし」。鉱毒の被害農民とともに闘い続けた田中正造。足尾鉱毒事件で、県内で最も被害を受けたのは渡良瀬川と利根川に挟まれた旧利島(としま)・川辺(かわべ)村(現加須市北川辺地域)。農作物が全滅する事態になり、農民が集団で国会へ請願しようと決起した。
 その指導者が田中正造で、両村の遊水地化案が出た際は反対運動に奔走した。正造の死後に栃木、群馬、埼玉各県の六カ所に分骨された墓の一つが、加須市の北川辺西小学校敷地内にある。
 講演会は北川辺文化・学習センター「みのり」で午後一時半から、田中正造研究の第一人者とされる小松裕(ひろし)・熊本大学文学部教授(日本近代思想史)が「田中正造の生涯とその思想」と題して講演する。
 特別展は、鉱毒事件や正造の生涯を説明する資料、直筆のはがきなどの写真、市内のゆかりの場所などをパネル展示している。十八日まで北川辺スポーツ遊学館、二十日~九月一日は展示を充実させて「みのり」で、九月三~十日は北川辺郷土資料館で開く。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20130816/CK2013081602000147.html

かつて、第三次全国総合開発計画(三全総)において、流域圏が唱えられたことがあった。
Wikipedia-流域圏では次のように解説されている。

三全総(1977年)は、ポスト「日本列島改造論」の計画として、高度成長から安定成長へ、そして田園都市・定住圏構想がテーマとされた。定住圏構想は水系に着目しており「流域圏」構想でもあった。 流域圏構想は、乱開発・高度成長への歯止めも意識したものであったという。しかし、三全総においては思想としては生活と環境との調和を掲げたものの、政策の実施に当たってはなお「開発・経済発展」の思想を引きずらざるを得ず、地方圏もそれを求めた。具体的には交通・輸送基盤や情報通信網が整備の重点とされた。結果的に、「流域圏」構想はごく一部の地域でしか実施されなかった。

世界四大文明が河川と共に誕生したと言われるように、河川の流域と人間生活とは不可分の関係にある。
その、河川の流域および関連する水利用地域や氾濫原などの一定の範囲の地域(圏域)が流域圏である。
水質保全、治山・治水対策、土砂管理や、森林、農用地等の管理などにおいて、地域の共同性は重要であり、共同して諸問題にあたることが必要である。
その観点からは、流域圏に着目した三全総の考え方は正しかったといえよう。

足尾鉱毒事件は、上流-下流の地理的関係が、鉱毒の加害-被害の関係として現れた典型例であろう。
足尾銅山は江戸時代から採掘が行われていたが、1877年(明治10年)に古河市兵衛が経営に着手することになった。
数年間は全く成果が出なかったが、1881年(明治14年)に有望鉱脈を発見、その後産出量を急増させ、20世紀初頭には日本の銅産出量の1/4を担うほどの大鉱山に成長した。
しかし、急激な鉱山開発は公害を引き起こし、下流域の住民を苦しめることとなった。

下流の肥沃な土地であった谷中村は、渡良瀬川が氾濫するたびに鉱毒により大きな被害を受けた。
さらに下流の東京などの都市部を守るため、谷中村を廃村として遊水地とした。
福島第一原発事故は収束どころか、汚染水漏れにより再び深刻な事態を迎えつつある。

「真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし」という田中正造の言葉は、福島原発事故についてもそのまま当てはまるのではないか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年9月 3日 (火)

市原市の稲荷台遺跡/やまとの謎(87)

先日、35、6歳の知人が、子供たちと某高原に出かけて、「生まれて初めて天の川を見た」と言ったので驚いた。
福島県の出身で、別に大都会で生まれ育ったわけではない。
彼のもの心がついたのは、1985年頃であろうか?
もうその頃は、地方都市も結構明るかったということだろう。
私が子供の頃はごく普通に天の川は夏の空に見えた。
田舎に転居したのが1970年代末であり、その頃も良く見えた記憶があるので、1980年代前半に社会生活の大きな変容があったと考えられる。

JR東海の広報誌「ひととき」の9月号の「アキツシマの夢」は、酒井育代さんという人の『北斗七星に祈りを-神秘の稲荷台遺跡』である。
同遺跡は、五井駅からバスで行く。
Ws000000_2

私は学校を卒業して初めて就職したのが五井駅の隣の八幡宿という駅だったので懐かしい。
五井駅は小湊鐵道の始発駅である。
小湊鐵道線は、非電化・単線の路線で近代化されていないため、首都圏にありながら駅舎や車両など古くからの雰囲気を残している。
そのため近年ではテレビコマーシャルやテレビドラマ、カラオケ等の撮影で使用されることが多いという。
私は、後年、何回か養老渓谷付近のゴルフ場でプレーしたことがある。

稲荷台古墳群は、5世紀から6世紀頃の築造とされる13基の円墳が確認されている。
1号墳からは、「王賜」の銘の入った鉄剣が出土している。
有名なさきたま稲荷山古墳の鉄剣より古いという。

稲荷台古墳からは、呪術的な祭祀を窺わせる遺物が出土しているが、誰が何のための祭祀を行ったのか不明のようだ。
千葉県教委庁の西野雅人氏は、「稲荷山古墳群が北斗七星に見たてられた祭祀が行われていた」という説を発表している。
その理由について、西野氏の講演を聞いた人のサイトに要領よくまとめられている。

 これまでの議論からその祭祀は「せきてん」と言って孔子とその弟子を祭る儀式である可能性と、「こうし」と言って円丘上で犠牲獣をささげ、天と先帝を祭る儀式の可能性があげられた。
 しかしながら、「せきてん」であれば高級な緑釉土器が大量に出土した理由がわからないし、わざわざ古墳の上で行われた理由が説明できない。
 「こうし」であれば、日本で過去3回しか行われていない重要な儀式が、都から遠く離れた上総国で行われた理由が説明できない。
 
 出土した墨書土器の「丸」の字は円丘、「丸上」は円丘上を意味し円丘祭祀に使われたと推定される。
 「繰り返し祭礼・儀式が行われたのはこの地が何か特別な場所であったに違い無い。」と考えて地図を見ると・・・。
Photo_2
 古墳群2号-5号-6号-7号-9号-3号-4号の7基の円墳を直線で結ぶと北斗七星によく似ている。同様の星の並びはキトラ古墳の石室天井壁画にも見られる。
 また、地図上で1号古墳-国分尼寺金堂-国分寺7重搭と、3号古墳-国分尼寺金堂-国分寺金堂を結んだ線は一直線になる。これは偶然の一致とは考えられない。
 このことから、当時の人々に北斗七星信仰があり、古墳が北斗七星状に並んでいることを知っていて国分尼寺と国分寺を建設したのではないかという仮説が成り立つ。天皇位の象徴たる北辰を輔弼する北斗の生地が国分寺・国分尼寺と完璧に並ぶ様は鎮護国家を具現したものとして特別視されていたに違いない。
 それを裏付けるように、国分寺建立前後から平安初期にかけて、国司長官に有力者の名前が見える。また、下総や常陸の国司に武官が多いのに比較して、上総国司には文官が圧倒的に多い。これは武力ではなく別の役割を期待されていた可能性がある。その後平城朝まで、有力者が上総国司を務めている。
http://akira52seki.blog130.fc2.com/blog-entry-99.html

9世紀後半から大規模な宗教施設化していく背景には、相次ぐ俘囚の反乱や天変地異があった。
⇒2007年10月 1日 (月):歴史の転回点
現在はゴルフ場とコンビナートのイメージの市原市にも、やはり深い歴史の痕が刻まれていたのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 2日 (月)

高橋治『風の盆恋歌』/私撰アンソロジー(26)

Photo
越中八尾のおわら風の盆をテーマにした高橋治『風の盆恋歌』 新潮文庫(改版1987年8月)の一節である。
Amazonの紹介文は以下の通り。

死んでもいい。不倫という名の本当の愛を知った今は――。ぼんぼりに灯がともり、胡弓の音が流れるとき、風の盆の夜がふける。越中おわらの祭の夜に、死の予感にふるえつつ忍び逢う一組の男女。互いに心を通わせながら、離ればなれに20年の歳月を生きた男と女がたどる、あやうい恋の旅路を、金沢、パリ、八尾、白峰を舞台に美しく描き出す。

舞台設定がいささか非日常過ぎるが、清冽な不倫の愛(?)を描くためには、それくらいのことは必要ということだろう。
ところで、不倫とは何か?
倫理的ではない、ということだろうが、そもそも倫理とは社会的な規範であって、吉本隆明的にいえば共同幻想であり、男女の愛という対幻想とはベクトルが違うのではなかろうか?

おわら風の盆は、二百十日の暴風を鎮める祭りとして発展した。
⇒2010年9月 1日 (水):「防災の日」と「風の盆」
八尾の中心街、11町内の人たちが、9月1日から3日間、街筋を練り歩きながら踊り、歌い明かす。
編み笠に隠れた女の人は、きっと美人に違いないという思いにさせられる。
ここ何年か同じようなポスターのようだが、かつてのような訴求力に欠けるように感じる。
今年のポスターは以下のようである。
Photo_2
http://www.yatsuo.net/kazenobon/poster/index.html

ここから本文エリア現在位置asahi.comトップ > トラベル > 愛の旅人 > 記事にあらすじが載っていたので引用する。

 都築克亮は約30年前の旧制高校時代の仲間だった中出えり子と、富山・八尾の「おわら風の盆」で愛し合う。都築は大手新聞社の外報部長で妻は弁護士。えり子には心臓外科医の夫と大学生の娘がいる。
 思いを寄せるえり子から遠ざかったのは仲間と訪れた風の盆の夜の出来事が原因だった。都築の勤務先のパリで再会したふたりは、誤解が生まれたいきさつを知り、急速に近づく。えり子は「もう一度でいいから、あなたと風の盆に行ってみたい」。
 八尾の諏訪町の一軒家でえり子を待つ都築。えり子が京都から来たのは4年目の風の盆だった。列車が駅に止まるたびに降りて戻ろうかと思ったえり子は、「足もとで揺れる釣り橋を必死で渡ってきたのよ」。ふたりは3日3晩、美しいおわらに酔いしれる。「おれと死ねるか」と聞く都築に、えり子は「こんな命でよろしかったら」とこたえる。翌年も風の盆で会うが、えり子は不倫を娘に知られてしまう。
 3度目の逢瀬になるはずだった風の盆の初日の夜、原因不明の難病に侵された都築は八尾の家で息絶えた。駆けつけたえり子は、「夢うつつ」と染め抜いた喪服姿で都築に寄り添い睡眠薬自殺する。

掲出部分は酔芙蓉の描写である。
都築が借りた一軒家に、えり子が勝手に植えたものだ。
朝は白いが、夕方には酔ったように赤くなり、揚句は1日で散ってしまう。
不倫の愛を象徴する小道具である。 のトップ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 1日 (日)

関東大震災から90年に思う/花づな列島復興のためのメモ(255)

今日から、越中八尾おわら風の盆である。
高橋治さんの『風の盆恋歌』新潮社(新装版2003年6月は、私の愛読書の1冊である。
10年位前に八尾を訪れたことがあるが、すごい人出で身体不如意の現状では、再訪はムリであろう。

風繋がりというわけではないが、先日、評判になっている宮崎駿の『風立ちぬ』を観た。
零戦の設計者として有名な堀越二郎のエピソードと、堀辰雄の『風立ちぬ』『菜穂子』などの小説のプロットを合成したような内容である。
アニメの映画を観るのは久しぶりだったが、考えさせられることがいくつかあった。

最初の部分で関東大震災のシーンが描かれている。
堀越二郎は、1903年6月22日生まれだから、1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災の時は、二十歳だったことになる。
1914年~1918年の第一次世界大戦が終わり、戦後恐慌に陥っていたところへ、震災が起きた。
多くの事業所が被災し、壊滅したことから失業者が激増した。
さらに震災の被害によって決済困難に陥る約束手形(震災手形)が莫大な額に上ったことから、震災直後の7日には緊急勅令によるモラトリアムが出された。
震災手形割引損失補償令が出されて震災手形による損失を政府が補償する体制が取られたが、その過程で戦後恐慌に伴う不良債権までもが同様に補償されてしまい、これらの処理がこじれて昭和金融恐慌を招いた。

それから、昭和初期の暗い時代までは、一瀉千里という感じである。
端的に言えば、関東大震災による不況が、軍国主義増長の1つの要因になったとも言えよう。

東日本大震災から2年半が過ぎた。
長く続いたデフレが、アベノミクスによって終止符を打ったのではないかと言われている。
私自身は、余り景気が良くなったという実感はないし、アベノミクスと呼ばれる政策体系に必ずしも得心しているわけではない。
⇒2013年5月29日 (水):アベノミクスの危うさ/花づな列島復興のためのメモ(221)

⇒2013年8月 9日 (金):1人当たりGNI150万円増は可能なのか/アベノミクスの危うさ(11)

一番単純な指標として、日経平均株価の推移を見てみよう。
Ws000000

第2次安倍政権発足時から順調に上昇していたが、5月23日に暴落して以降パッとしない。
消費増税の影響を検証する政府の集中点検会合が31日終了した。
有識者といわれる60人から意見を聴取し、そのうち7割超の44人が予定通り消費税率を引き上げることに賛成だった。
安倍首相がどう判断するかは分からないが、景気に悪影響を与えることは間違いないだろう。
税収が増えるかどうかも疑問であると思う。
⇒2013年8月19日 (月):消費税増税は財政再建に資するか?/花づな列島復興のためのメモ(252)

いささか理解に苦しむのは、メディア(新聞社)の姿勢である。

  政府が消費税増税の是非を判断するために有識者から意見を聴く集中点検会合で、日本新聞協会の白石興二郎会長(読売新聞グループ本社社長)が新聞を対象に「軽減税率」の導入を求めた。
   2014年4月の消費増税をきっかけに、新聞社の経営がさらに厳しくなることがあるとみられるが、許されてよいものなのか。
・・・・・・
 新聞を読む人は減少傾向が続いており、新聞各社は発行部数を減らしている。2000年以降は平成不況と少子高齢化の影響に加え、インターネットの普及などメディアの多様化にともなって、購読料と広告料による収益構造が不安定化した。中小の地方紙や業界紙の休刊、廃刊が目立ち、休刊に至らなくても、夕刊を廃止した朝夕刊紙も多い。
http://www.j-cast.com/2013/08/31182658.html

経営がさらに厳しくなるのは新聞社だけではあるまい。
政治権力と距離を置くことがジャーナリズムの基本ではないか?
政府にお願いをして、批判精神が保たれるのか?
夕刊を廃止しても、購読者は一向に困らない。

それにしても、東日本大震災、とりわけ福島第一原発事故は、収束どころか新たな段階を迎えている。
汚染水漏れが、なぜこれほど深刻な事態になったのか。
原発事故が発生したのは民主党内閣のときで、民主党内閣は原発事故の責任と対応をすべて東電に負わせたが、それが事態を悪化させてきた。
⇒2013年8月22日 (木):福島原発事故の新段階/原発事故の真相(79)
⇒2013年8月23日 (金):政府は非常事態宣言を発するべき/原発事故の真相(80)

安倍内閣は、政府が本腰を入れて取り組むことを表明したが、速やかに具体的な行動に入らなければならないだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »