« 政府は非常事態宣言を発するべき/原発事故の真相(80) | トップページ | 余りに文芸的な・大河内昭爾さん/追悼(34) »

2013年8月24日 (土)

スターリン極秘指令による抑留と人道に対する罪/戦後史断章(12)

広島や長崎への原爆投下は、許されるか?
アメリカ側の世論としては、広島、長崎への原爆投下を「日本に無条件降伏を促すためにした」と正当化するものが多数だという。

原爆投下無罪論の根底には、戦争自体は犯罪ではない、という考えがある。
戦争による殺人について、何の罪科を問うのか?
いかなる証拠が違法なのか?
原爆投下についても、この投下を計画し、その実行を命じ、これを黙認した人は具体的にいるのであるが、戦争における殺人を肯定するならば、原爆も同じことではないか?

しかし、軍事戦略思想家のベイジル・リデル=ハートは、アメリカによる日本への原子爆弾投下について、日本の降伏は既に時間の問題となっていたので、このような兵器を用いる必要性は無かったと批判している。
さらに、連合国側の無条件降伏要求が、戦争を長引かせる一因となり、何百万人もの犠牲を余分に出す結果になったとも論評している。

また、ラダ・ビノード・パール判事は、「(米国の)原爆使用を決定した政策こそがホロコーストに唯一比例する行為」と論じ、米国による原爆投下こそが、国家による非戦闘員の生命財産の無差別破壊としてナチスによるホロコーストに比せる唯一のものであるとした。
パール判事の意見は、現在の時点で考えれば、きわめて穏当なものであったように思える。
⇒2013年8月 6日 (火):沖縄基地問題の出口は?/花づな列島復興のためのメモ(251)
ナチスのホロコーストと同じように、原爆投下も、人道に対する罪に相当するのではないか?

同じように、「人道に対する罪」の問われるべきものとして、スターリンによるシベリア等への抑留を挙げることができると思う。
「シベリア等への抑留」とは、約60万人の関東軍兵士がソ連・モンゴルへ送られ、強制労働に従事した出来事である。

第二次世界大戦での日本軍とソ連軍の戦闘は、1945年8月9日から始まった。
広島・長崎の原爆投下でさえ、客観的に見ればこのような兵器を用いる必要性は無かった。
まして、原爆投下がされた後でのソ連の対日参戦の必要性は、日本の敗戦という意味ではなかったはずである
ソ連の参戦には、敗戦を見越したうえで、戦後に対する思惑があった。
⇒2007年8月10日 (金):ソ連の対日参戦

そのシベリア抑留は、8月23日、ポツダム宣言に反したスターリンの極秘指令「国家防衛委員会決定NO.9898」による。
ソ連軍は、約60万人の関東軍兵士を捕虜としてソ連・モンゴルへ移送し、ソ連で重労働に従事させた。
抑留者は1949年12月までに日本へ帰還されたが、抑留期間中の死亡者は約6万人に上るという。
また戦犯容疑を疑われた者は、日ソ共同宣言が結ばれる1956年まで抑留された。

国際法理的にどう解釈すべきかは不知であるが、常識的に考えれば不法行為とせざるを得ない。
シベリアやモンゴルの抑留犠牲者の遺骨が納められている千鳥ケ淵戦没者墓苑で、スターリンの指令が発せられた23日、追悼集会が開かれた。

 民間団体シベリア抑留者支援センターなどの主催。スターリンが1945年、旧日本軍捕虜のシベリア移送を命じる「極秘指令」を出した日に合わせ、2003年から追悼集会を開いており、今回が11回目。 厚労省によると、シベリアやモンゴルには約60万人が抑留され、約5万5千人が栄養失調などで死亡した。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130823/trd13082315030016-n1.htm

亡くなった人の数すら明確ではない。
原爆投下に比べ、シベリアやモンゴルへの抑留はフォーカスされ難いように感じる。
歴史認識の一環として、もっとしっかりと目を向けるべきではなかろうか?
もちろん、日本の戦争責任ももっと明確にすべきだとは思うが。

|

« 政府は非常事態宣言を発するべき/原発事故の真相(80) | トップページ | 余りに文芸的な・大河内昭爾さん/追悼(34) »

ニュース」カテゴリの記事

戦後史断章」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/53011902

この記事へのトラックバック一覧です: スターリン極秘指令による抑留と人道に対する罪/戦後史断章(12):

« 政府は非常事態宣言を発するべき/原発事故の真相(80) | トップページ | 余りに文芸的な・大河内昭爾さん/追悼(34) »