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2013年8月11日 (日)

三段階論という方法①武谷三男の科学的認識の発展論/知的生産の方法(71)

いくつかのジャンルにおいて、「三段階論」と呼ばれる理論や方法論がある。
それぞれのジャンルにおいて有名であり、有効性を発揮してきたといえよう。
なかでも物理学者・武谷三男の定式化は、元祖三段階論というべき位置を占めている。

わが国の科学研究史において、最も輝かしい業績を誇るものが、湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一、武谷三男ら京都大学素粒子論グループの研究であろう。
湯川秀樹は、日本人初のノーベル賞受賞者として、敗戦後の日本社会に明るい灯を点した。

朝永振一郎は湯川秀樹と京都大学の同期である。
ノーベル賞を受賞したのは1965年で、湯川よりだいぶ遅れたが、私は高校生の頃(1964年?)、講演を聞いたことを覚えている。
ノーベル賞を受賞する前のことであるが、田舎の高校生でも名前を知っていた。
猫に小判のようなものであろうが、実に魅力的な穏やかな話しぶりであり、本当の学者とはかくの如きものかと思った。

坂田昌一は、長く名古屋大学にあって、素粒子論研究の拠点を形成した。
2008年のノーベル賞受賞者である小林誠、益川英俊は、坂田の薫陶を得ている。
このように、京都大学の素粒子論研究グループは、ノーベル賞研究者を輩出した学者集団である。

彼らの研究を方法論的に支援したのが、武谷三男の三段階論であると言われる。
武谷三段階論とは、科学的な認識の発展には次の3つの段階があるとするものである。

第1段階:現象論的段階
 現象の記述、実験結果の記述の段階
第2段階:実体論的段階
 現象が起こるべき実体的な構造を知り、この構造の知識によって現象の記述が整理されて法則性を得る段階
第3段階:本質論的段階
 任意の構造の実体が、任意の条件の下にいかなる現象を起こすかを知る段階

抽象的記述ではいささか分かりづらい面があるが、武谷は、ニュートン力学の形成史を例にとって以下のように説明している。

現象論的段階:ティコ・ブラーエによる天体の運動の詳細な観測の段階
実体論的段階:ケプラーによる地動説の提唱。すなわち太陽系モデルによる観測結果の整理の段階
本質論的段階:ニュートンにおける力、質量、運動等の法則の確立。演繹的推論による発見の段階

ここで特に重要なことは、実体論的な段階を明確に位置づけたことことであるといわれる。
湯川の日本人初のノーベル賞受賞として結実した中間子論は、中間子という実体概念の導入によりなされた。
そして、実体論的段階から本質論的段階への道を開いたとされる。

本質論的段階に至って、未知の現象を予測しうることになる。
科学と呼ばれるに相応しい段階といえよう。
武谷三段階論が、研究の位置づけと方向性の提示において、有力かつ有効な役割を果たしたのである。

なお、武谷三男は、戦中に特高警察に拘束されている。
そういう思想的な背景もあるのだろうが、素粒子論グループは戦後民主化運動にも深く関与した。
民主化の運動体的性格をも持っていた素粒子論グループは、悪化した研究環境を立て直し、新たな研究制度創出に貢献するなど、研究体制の革新の上でも大きな役割を果たした。

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