川勝平太静岡県知事の生態史観図式論/梅棹忠夫は生きている(6)
部屋を片付けようと古雑誌を整理していたら、「文藝春秋2013年新年特別号」に目が止まった。
「創刊90周年記念」と銘打って、完全保存版とある。
そういうわけにもいかないので、保存しておきたい記事は、PDF化することになろうが、電子化するとパラパラと眺めてみるということができない。
検索パワーはずいぶんと強化され、記憶に残っていることの検索はできるが、自分で意識していないような“発見”の楽しみは、紙媒体に劣るのではないか。
上記の「文藝春秋」誌に、「激動の90年 歴史を動かした90人」という企画特集がある。
文春誌が生まれてからの90年で、世界を瞠目させた日本人を、90人の識者が書いている。
その中に、川勝平太静岡県知事の「梅棹忠夫-フィールドワークの目線」がある。
川勝氏には、『文明の海洋史観 (中公叢書)』中央公論社(1997年11月)という著書があるので、梅棹忠夫の影響を受けていることは明らかである。
川勝氏は、梅棹の『文明の生態史観』の書き出しを引用して、次のように書いている。
この出だしの文章にすでに梅棹の面目があらわれている。音読される漢字は平易なものをのぞいて漢字のままに書かれ、訓読できる漢字はひらがなで表記される。そのために梅棹の文章は漢字が少なく、ひらがなが多いので、中学生でも読める。また、日記のごとき書きぶりであり、同時に紀行文であり旅行記である。
こう書き写してみれば、川勝氏自身、梅棹のような書き方をしようとしていることが窺われる。
川勝氏は、梅棹の学問の方法はフィールドワーク(現場での観察)であるという。
そして、フィールドワークをもとに、ユーラシア大陸で繰り広げられた歴史のパターンを、簡潔な2図にまとめたとする。
『東南アジアの旅から』で提示されているA図、B図である。
『梅棹忠夫著作集第5巻 比較文明学研究』中央公論社(1989年10月)に、『東南アジアの旅から』が収録されている。
同論文は、「中央公論」誌の1958年8月号に掲載された。
A図は以下のようである。
梅棹は、文化伝播の起源によってわける系譜論ではなく、共同体の生活様式のデザインを問題にする機能論で、社会を見るという立場をとる。
旧世界全体を細長い横長の楕円であらわして、左右の端に近いところで垂直線をひく。
その外側がが第一地域で内側が第二地域である。
第一地域は、塞外野蛮の民としてスタートし、第二地域からの文明を導入し、封建制、絶対主義、ブルジョワ革命を経て、資本主義による高度の近代文明を持っている。
第二地域は、もともと古代文明発祥の地域であるが、封建制を発展させることなく、巨大な専制帝国をつくり、多くが第一地域の植民地ないしは半植民地となった。
A図を修正したものがB図である。
A図の乾燥地帯の外側には、準乾燥地帯と湿潤地帯があるというのが生態学的な構造である。
そこで、その境界線を書き加えたのがB図である。
この図によって、東南アジアの位置がはっきりする。
旧世界の東部の湿潤地帯にある地域である。
中国世界から東南に突き出た三角形の地域は、いわゆる嶺南の地である。
梅棹自身、「こういうかんたんな図式で、人間の文明の歴史がどこまでも説明できるとは、わたしももちろん思っていない。こまかい点をみてゆけば、いくらでもボロがである」と言っている。
しかし、川勝氏は次のように書いている。
ユーラシア各地にかかわる万巻の書を読んでも、そこから得られる知識は、二図のなかに収まる。
残念ながら、梅棹忠夫はもういない。
しかし、彼の思索の跡は幸いにして多くが言語化されている。
私たちにとって、それは汲めども尽きない叡智の泉である。
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