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2013年7月29日 (月)

加藤コミッショナーへの不信任決議と戦後日本との訣別

プロ野球の統一球問題で、みずから“不祥事”を招きながら、“不祥事”とは思っていない、と強弁していた加藤コミッショナーに選手会からレッドカードが付きつけられた。
⇒2013年6月13日 (木):「飛ぶボール」釈明の不可解/花づな列島復興のためのメモ(229)

私は、加藤コミッショナーは、自発的に辞任するかと思っていたが、どうやらしぶとく居座るつもりらしい。
ファンの反応は正直で、加藤氏がグランドに姿をみせると、スタンドからはブーイングが浴びせかけられた。
そして、オールスター戦の際開催された選手会の総会で、加藤氏に対し、全会一致で不信任を表明した。

 労組・日本プロ野球選手会は19日、札幌市内で臨時総会を開き、NPBの加藤コミッショナーの不信任を確認した。
 選手会長の楽天・嶋基宏捕手(28)は「選手にとって命であるボールが変わったという重大なことを、『知らなかった』で済まそうというのが信用できない。そこが一番、不信任にあたる」と痛烈に批判した。
 また、NPBが唐突に打ち出した、試合中のベンチ前でのキャッチボールを禁止する方針について、選手会として断固反対することも確認した。
 松原徹事務局長は「とにかく米国と同じにやればいいと思っている。真似はいいけど、(投手がマウンドで)投球練習が5球はそのまま。そこが抜けちゃう」と指摘。加藤コミッショナーの現場の実情を無視したメジャー追従にあきれ気味だ。
http://www.zakzak.co.jp/sports/baseball/news/20130721/bbl1307210728002-n1.htm

加藤氏は、駐米大使を務めたほどの人だから、官僚としては優秀だったのだろう。
しかし、いつまでも対米追従の時代ではない。
官僚主導型のシステムは、さまざまなところで戦後を牽引してきたが、いまや機能不全を起こしていると言わざるを得ない。
それを顕在化させたのは、東日本大震災だった。

東日本大震災が発生すると、堺屋太一氏が、直ちに『第三の敗戦』講談社を刊行した。
奥付の発行日は2011年6月3日となっているが、5月の終わり頃には書店に並んでいたと思われる。
印刷・製本の時間を考えると、発災後さほど時間が経っていないうちに脱稿したのであろう。
ということは、かねて堺屋氏が考えていたことということである。

堺屋氏は、1935年大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業とともに通産省(現・経済産業省)入省。
通産省時代に日本万国博覧会を企画、開催にこぎつけた。
その後、沖縄観光開発やサンシャイン計画を推進し、78年、同省を退官、執筆・講演活動に入った。
私は、1975年に出版された『油断』を興奮して読んだ記憶がある。

日本に石油が途絶えたら、という仮定のシミュレーションを小説の形で発表したものである。
現役の通産官僚だったことになるが、元になる調査は通産省が実施したものであろう。
ほぼ全量を輸入に頼っている石油が途絶(すなわち油断)したらどうなるか?
繁栄しているかのように見える高度成長期の日本が、砂上のような脆弱な基盤の上に成り立っていることを示したのである。
私は第1次石油危機の直前に、藤原肇『石油危機と日本の運命―地球史的・人類史的展望』サイマル出版会(1973)を読んでシンクタンク業界に転職をしたが、堺屋氏の描いてる世界がリアリティをもって迫って来た。

第三の敗戦』で、堺屋氏は、「失われた20年」と表現されている衰退の末に迎えた東日本大震災を、徳川幕藩体制の崩壊、太平洋戦争に次ぐ「第3の敗戦」と位置づけた。
確かに、トップがコロコロ替わるなど、幕末と太平洋戦争の時期と現在は似ているともいえる。
国家の体制が根本的に変わるのは、その時の支配階級の文化が国民全般に信じられなくなったときであると堺屋氏はいう。
幕末では「武士の文化」、太平洋戦争では「軍人の文化」が終焉した。

第3の敗戦で終わりを告げるのはなにか?
「戦後日本」である。

戦後日本は官僚の基準が絶対的であった。
官僚主導により、資源多消費型の工業社会を発展させてきた。
東日本大震災は戦後日本の「終わり」なのか、あるいは「終わりのはじまり」過ぎないのかは、まだ分からない。
しかし、戦後日本を清算する日が迫っていることは確かである、と堺屋氏はいう。

同様のことはつとに1985年に刊行された西村吉雄『硅石器時代の技術と文明―LSIと光ファイバーがつくる"新農耕文化"』日本経済新聞社で鮮やかに指摘されていた。
東日本大震災は、戦後日本の工業化路線が転換期を迎えていることを改めて示したともいえよう。
⇒2011年7月20日 (水):梅棹忠夫は生きている

加藤氏は「地位に恋々とはしない」と言っている。
だったら、選手会から不信任を突き付けられたのを機に、みずから職を辞するべきだろう。

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