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2013年7月

2013年7月31日 (水)

東京電力のPRの姿勢/原発事故の真相(75)

福島原発事故による汚染水の流出が深刻だ。
⇒13年7月28日 (日):高濃度汚染水対策を急げ/原発事故の真相(74)

東電は、「海への汚染は限定的」と強調するが、その言葉とは裏腹に状況が分かれば分かるほど由々しき事態であることが明らかになりつつある。
この期に及んでもなお、東京電力の広報は誠実な姿勢で国民に向き合おうとしていないようである。
広報、すなわちPRというのは、public relationsの略であるはずである。
PRの解説をみると、次のようにある。

パブリック・リレーションズ(英語:public relations、略称:PR)とは、個人ないし国家や企業その他の組織体で、持続的または、長期的な基礎に立って、自身に対して公的な信頼と理解を獲得しようとする活動のこと。宣伝活動または広報活動のことでピーアールと主に呼ばれている。
パブリック・リレーションズ - Wikipedia

東電の広報には、「自身に対して公的な信頼と理解を獲得しよう」とする姿勢がみられない。
「分かるように伝え」なければならないことは、コミュニケーションに基本であるはずである。
しかし、わざわざ難解な用語を使って、伝わりにくくしているのだ。

例えば、「PCVから大気へのアウトリーク」と言われて、すぐに状況が思い浮かぶ人は、よほどの専門家ではなかろうか。
どういうことかと言えば、「格納容器から、内部の気体が外部に漏れている」ということらしい。
格納容器の内部には、大量の核燃料が存在することは広く知られている。
そこから外部に漏れているということは、危機的状況ということだろう。

幸いにして、漏れている気体の中の放射性物質は微量のようである。
しかし3号機原子炉建屋から発生している湯気の発生原因の説明としては、明らかに事態を軽微なものに思わせようという意図が丸見えである。
汚染水の海への流出の問題も同様である。「地下水が開渠内の海水と行き来している」という表現で、海に汚染水が漏出していることを理解しろ、というのは常識的ではない。
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東京新聞7月30日

危機的事態ならば、よけい分かりやすく伝えるべきだ。
私は東電の広報のあり方から、地震発生当時の官邸のや東電の発表を連想せざるを得なかった。
⇒2011年3月15日 (火):地震情報と「伝える力」
⇒2011年3月16日 (水):『日本沈没』的事態か? 静岡県東部も震源に/因果関係論(9)
⇒2011年3月25日 (金):原子力安全・保安院(NISA)のミッションについて
⇒2011年3月29日 (火):不確かな情報の開示の仕方
⇒2011年4月17日 (日):原発報道の大本営発表/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(9)

東電の広報は、情報をわざわざ分かりにくくしている。
いわば迷彩を施していると言ってよい。
迷彩 - Wikipediaによれば、次のような説明が載っている。

敵の目を欺くためのカモフラージュ技術の1つで、表面に塗装や染色などされた模様である。装備等への塗装による迷彩を迷彩塗装、迷彩が施された服(特に戦闘服)を迷彩服と言う。

自衛隊の戦闘服に使われている以下のようなパターンは馴染みがある。
Photo

情報の迷彩を施したものが暗号である。
セキュリティの問題から暗号技術は重要になっており、高度化・複雑化している。
古典的な暗号としては、シャーロック・ホームズのシリーズにおける『踊る人形』がある。
下図のような、一見すると何の意味がないような人形の絵が、メッセージを伝えるものだったという内容である。
Photo_2

暗号は、そのルールを知っている人だけに意味を伝えるものである。
一般の人には、その意味が分かりにくいものほど良くできた暗号ということになる。
東電の広報は、広報する相手を、「敵」だと認識し、自分の行為を「カモフラージュ」しようということだろうか。
公に自分の信頼と理解を得るどころか、不信感の種を蒔いているようなものだろう。

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2013年7月30日 (火)

物価上昇はハッピーな事態なのか?/アベノミクスの危うさ(10)

安倍政権の経済政策「アベノミクス」は、デフレ脱却が最大の眼目である。
デフレスパイラルといわれるような状況が好ましくないことは、多くの人のコンセンサスであろう。
Photo
⇒2013年7月 1日 (月):金融緩和の効果と影響-アベノミクスの危うさ(8)/花づな列島復興のためのメモ(239)

アベノミクスの効果であろうか、6月の消費者物価指数が、前年同月比で1年2か月ぶりにプラスに転じた。
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東京新聞7月27日

2009年以来、基本的には前年同月比でマイナスであった。
すなわち継続的な物価の下落であり、デフレであったのが、脱却できたのか?

その前に、この消費者物価の上昇の内訳をみてみよう。
物価上昇は円安を受け、電気料金など光熱費が大幅上昇したことが主な原因である。
Photo
同上

上図を見れば、上昇しているのはエネルギー関連品目である。
電気代の前年同月比上昇率が9.8%、都市ガス代も4.7%であり、共に5月に引き続いてさらに上昇率が大きくなっている。
灯油とガソリンも、5月は前年同月比が横ばいに近かったのが、6月はかなり大きく上昇している。
円安による原料の輸入コストが上昇したためであろう。

円安は、日本経済にどういう影響を与えるか?
端折っていえば、輸出側にとってはプラスであり、輸入側にとってはマイナスである。
そして、輸出は大企業に多く、輸入のマイナスを受けるのが、家計や中小企業である。
現状は、輸入物価の上昇→家計の圧迫→消費の冷え込みという面が出ているように思える。
⇒2013年7月 2日 (火):円安は良いことか?/アベノミクスの危うさ(9)

デフレの主因は、デジタル家電の価格低落といわれる。
ところが、テレビのマイナス幅が5月に比べて4.1縮小している。
Photo_2
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2013072702000136.html

ただ、需要は伸びておらず、デフレ克服が進んでいるとは言い難いといわれる。
物の需要は、よほど革新的な製品が供給されないかぎり、限界がある。
物価上昇を喜ぶのは早計のようである。

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2013年7月29日 (月)

加藤コミッショナーへの不信任決議と戦後日本との訣別

プロ野球の統一球問題で、みずから“不祥事”を招きながら、“不祥事”とは思っていない、と強弁していた加藤コミッショナーに選手会からレッドカードが付きつけられた。
⇒2013年6月13日 (木):「飛ぶボール」釈明の不可解/花づな列島復興のためのメモ(229)

私は、加藤コミッショナーは、自発的に辞任するかと思っていたが、どうやらしぶとく居座るつもりらしい。
ファンの反応は正直で、加藤氏がグランドに姿をみせると、スタンドからはブーイングが浴びせかけられた。
そして、オールスター戦の際開催された選手会の総会で、加藤氏に対し、全会一致で不信任を表明した。

 労組・日本プロ野球選手会は19日、札幌市内で臨時総会を開き、NPBの加藤コミッショナーの不信任を確認した。
 選手会長の楽天・嶋基宏捕手(28)は「選手にとって命であるボールが変わったという重大なことを、『知らなかった』で済まそうというのが信用できない。そこが一番、不信任にあたる」と痛烈に批判した。
 また、NPBが唐突に打ち出した、試合中のベンチ前でのキャッチボールを禁止する方針について、選手会として断固反対することも確認した。
 松原徹事務局長は「とにかく米国と同じにやればいいと思っている。真似はいいけど、(投手がマウンドで)投球練習が5球はそのまま。そこが抜けちゃう」と指摘。加藤コミッショナーの現場の実情を無視したメジャー追従にあきれ気味だ。
http://www.zakzak.co.jp/sports/baseball/news/20130721/bbl1307210728002-n1.htm

加藤氏は、駐米大使を務めたほどの人だから、官僚としては優秀だったのだろう。
しかし、いつまでも対米追従の時代ではない。
官僚主導型のシステムは、さまざまなところで戦後を牽引してきたが、いまや機能不全を起こしていると言わざるを得ない。
それを顕在化させたのは、東日本大震災だった。

東日本大震災が発生すると、堺屋太一氏が、直ちに『第三の敗戦』講談社を刊行した。
奥付の発行日は2011年6月3日となっているが、5月の終わり頃には書店に並んでいたと思われる。
印刷・製本の時間を考えると、発災後さほど時間が経っていないうちに脱稿したのであろう。
ということは、かねて堺屋氏が考えていたことということである。

堺屋氏は、1935年大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業とともに通産省(現・経済産業省)入省。
通産省時代に日本万国博覧会を企画、開催にこぎつけた。
その後、沖縄観光開発やサンシャイン計画を推進し、78年、同省を退官、執筆・講演活動に入った。
私は、1975年に出版された『油断』を興奮して読んだ記憶がある。

日本に石油が途絶えたら、という仮定のシミュレーションを小説の形で発表したものである。
現役の通産官僚だったことになるが、元になる調査は通産省が実施したものであろう。
ほぼ全量を輸入に頼っている石油が途絶(すなわち油断)したらどうなるか?
繁栄しているかのように見える高度成長期の日本が、砂上のような脆弱な基盤の上に成り立っていることを示したのである。
私は第1次石油危機の直前に、藤原肇『石油危機と日本の運命―地球史的・人類史的展望』サイマル出版会(1973)を読んでシンクタンク業界に転職をしたが、堺屋氏の描いてる世界がリアリティをもって迫って来た。

第三の敗戦』で、堺屋氏は、「失われた20年」と表現されている衰退の末に迎えた東日本大震災を、徳川幕藩体制の崩壊、太平洋戦争に次ぐ「第3の敗戦」と位置づけた。
確かに、トップがコロコロ替わるなど、幕末と太平洋戦争の時期と現在は似ているともいえる。
国家の体制が根本的に変わるのは、その時の支配階級の文化が国民全般に信じられなくなったときであると堺屋氏はいう。
幕末では「武士の文化」、太平洋戦争では「軍人の文化」が終焉した。

第3の敗戦で終わりを告げるのはなにか?
「戦後日本」である。

戦後日本は官僚の基準が絶対的であった。
官僚主導により、資源多消費型の工業社会を発展させてきた。
東日本大震災は戦後日本の「終わり」なのか、あるいは「終わりのはじまり」過ぎないのかは、まだ分からない。
しかし、戦後日本を清算する日が迫っていることは確かである、と堺屋氏はいう。

同様のことはつとに1985年に刊行された西村吉雄『硅石器時代の技術と文明―LSIと光ファイバーがつくる"新農耕文化"』日本経済新聞社で鮮やかに指摘されていた。
東日本大震災は、戦後日本の工業化路線が転換期を迎えていることを改めて示したともいえよう。
⇒2011年7月20日 (水):梅棹忠夫は生きている

加藤氏は「地位に恋々とはしない」と言っている。
だったら、選手会から不信任を突き付けられたのを機に、みずから職を辞するべきだろう。

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2013年7月28日 (日)

高濃度汚染水対策を急げ/原発事故の真相(74)

野田前首相が、「福島原発事故が冷温停止状態に達し、事故そのものは収束した」と宣言したのは、2011年12月16日のことであった。
当初から、「事故そのものが収束」というレトリックが、事態を誤認させるものではないかと指摘してきた。
⇒2011年12月17日 (土):フクシマは「収束」したのか?/原発事故の真相(14)
⇒2012年3月28日 (水):冷温停止の大本営発表/原発事故の真相(22)
⇒2013年1月 7日 (月):『原子力と日本病』/原発事故の真相(52)

一般的な言葉遣いをすれば、福島第一原発事故が、収束したとはとても言えない状況である。

 国際原子力機関(IAEA)が、東京電力福島第1原発事故の「収束への最大の壁」と呼んだ汚染水。これまで一応管理できているとされてきた放射性汚染水が、海に流出しているという。今そこにある「汚染水危機」の実態は? 防止策はあるのか。
・・・・・・
 現在原子炉建屋には、1日約400トンの地下水が流れ込んでいるとみられている。建屋は1〜4号機とも事故時に大きく破損しているが、線量が高すぎて近寄れず、詳細はいまだに分からない。
 汚染水はどんなルートで海へ流出しているのか。東電は「タービン建屋から海へトレンチ(配管などを通しているコンクリートのトンネル)がのびている。そのトレンチにたまった汚染水が流出している可能性がある」。トレンチの汚染水は事故時に大量に水が漏れたり、海水を取り込んだりしたもの。原子炉建屋から汚染水が漏れ続けているわけではないと主張する。だが、専門家の間で意見は分かれているのが実情だ。
 国の汚染水処理対策委員会の大西有三委員長(67)=京都大名誉教授=は東電の主張を肯定し「正確には分からないが、爆発した原子炉建屋から今も流れ出ているわけではないと思う」と話す。建屋の中の水位を周囲の地下水の水位より低くすることで、水圧を低くしていることが理由だ。「原子炉建屋のあちこちに亀裂ができ、そこから地下水が流れ込んでいるだろうが、逆に外へはあまり流れ出ていないはずだ」と話す。
 一方、二見教授は「原子炉建屋で溶けた燃料に触れて汚染された水が、現在もタービン建屋を伝ってトレンチに流れ出ている可能性がある」とみる。Photo_5
http://mainichi.jp/feature/news/20130726dde012040094000c.html

汚染水の流出経路さえ特定できていない状況なのだ。
2011年4月時点で、汚染水を海に放出せざるを得ない事態になって物議を醸した。

 東京電力は、韓国・中国など周辺諸外国への通報無しは言うに及ばず、周辺地域や漁業者にも伝えないまま『低濃度』放射能を含む「汚染水」を大量に排出することを決め、政府・経済産業省・原子力安全保安院がこれを直ちに認め、排出に踏み切った。
 関連自治体や地域住民には、事実上事後通告のような結果となった。
 しかし、東京電力や政府が言う『低濃度』『低レベル』というのは、今起こっている炉心溶融に伴う汚染水が規制値の何百万倍という超高レベル放射能に汚染されているのと比べて『低い』と言うだけの話であり、その『低レベル汚染水』でも規制値の何百倍もの高濃度なのである。

Photo_4
 『低レベル汚染水』と言うのは、全くのまやかしである。
 東京電力の言い分は、より高度に汚染された廃水を海に流さないようにするための次善の策だというが、『次善』どころではない。 
 強いて言えば『次悪』とでも言わなくてはならない

http://blog.goo.ne.jp/junsky/e/bdf8d16104b22b9f5a88d02fefb65bc3

今回の汚染水は、放射性セシウムの濃度は1リットル当たり計23億5000万ベクレルで、半減期が約30年のセシウム137は16億ベクレル、半減期が約2年のセシウム134は7億5000万ベクレルだった。
まさに高濃度である。
汚染物質が「制御不能」になっている可能性が高いのではないか。

野田前首相の収束宣言とはまったく逆に、福島第一原発事故は、いま手を打たないと取り返しがつかなくなる危険性があるように思う。
もはや一私企業の問題ではない。
収束・廃炉に向けて、きわめて緊急性が高い「国家プロジェクト」と位置づけるべきだろう。

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2013年7月27日 (土)

讃岐うどんと讃岐富士/富士山アラカルト(3)

先日、丸亀製麺といううどんのチェーン店に入ったら、下図のようなポスターが目に入った。
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讃岐富士はいわゆる郷土富士、ご当地富士の1つであって、本名が飯野山である。
⇒2009年8月 3日 (月):固有名詞としての富士山と普通名詞としての富士山
Wikipedia-飯野山には以下のような説明が載っている。

讃岐平野にそびえ、近くには西に土器川、東に大束川が流れている。山が侵食によって、屋島のような台地状のメサと呼ばれる状態になり、その後さらに侵食が進み、ビュートと呼ばれる孤立した丘となった。麓付近は花崗岩で、中腹から上には硬い火山岩であるサヌカイト(安山岩の一種)で、山頂付近ではそのサヌカイトが風化した赤い粘土が堆積している。その整った形から地元住民の移動の目印となっている。
山麓には古くから飯依比古を祭る飯神社と坂元神社が鎮座し、麓から山腹にかけてはモモなどが栽培されている。山頂には巨人伝説で伝えられる巨人おじょもの足跡や、薬師堂、不動尊などがある。北には高松自動車道の坂出ジャンクションがあり、東西に高松自動車道が通り、北に瀬戸中央自動車道(正確には坂出ICまでが高松道の坂出支線)が分岐している。
2010年に丸亀市観光協会が4月22日を讃岐富士の日と制定した。

丸亀製麺というから丸亀市に本社のある会社かと思うと、なんとうどんのチェーン展開をする前は、ヤキトリ屋が本業だった。
株式会社トリドールという東証一部上場企業である。
同社サイトの沿革を見ると、昭和60年8月に焼き鳥居酒屋として創業している。
丸亀製麺としての展開は、平成12年11月の「丸亀製麺加古川店」(兵庫県加古川市)が1号店のようだ。

ポスターに掲出されている歌は、西行が詠んだものである。
讃岐では朝げにうどんが一般的なのだろうか?
知人の話だと、とにかく、うどんを良く食べるようである。

また、富士山麓の都市富士吉田市も、うどんで有名である。
太宰治風にいえば「富士にはうどんがよく似合う?」。
Photo
http://blog.goo.ne.jp/green2466/e/3e206828a263ffc05d521098ec907105

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2013年7月26日 (金)

安定か不安定か?/花づな列島復興のためのメモ(249)

参院選で自民党が圧勝したのは、国民が安定を望んだ結果である、というのが大方の見方のようである。
私も、不安定な政治よりも安定した政治が好ましいと考える。
しかし、不思議なことに、内閣支持率は急落した。

共同通信社が参院選直後の2013年7月22~23日に実施した全国緊急電話世論調査によると、安倍内閣の支持率は56.2%で、前回6月調査の68.0%から11.8ポイント急落した。支持率が50%台となったのは12年12月の第2次安倍内閣発足以来、初めて。不支持率は31.7%で、前回(16.3%)からほぼ倍増した。
http://www.j-cast.com/2013/07/24180064.html

まあ、自民党を勝たせすぎたという気持ちもあるのかも知れない。
あるいは、参院選は、自民党の圧勝というよりも、野党の圧敗(?)というべきかもしれない。

野党第一党の民主党の体たらくについては既に触れた。
⇒2013年7月22日 (月):参院選の最終結果/花づな列島復興のためのメモ(248)
⇒2013年7月23日 (火):民主党はどうなるか?/民主党とは何だったのか(10)
⇒2013年7月25日 (木):アイデンティティなき民主党の末期/民主党とは何だったのか(11)

菅氏は、党員資格停止3カ月とする処分で落着したらしい。
しかし、火種が消えたわけではなさそうである。
日本維新の会の橋下徹共同代表は、参院選後の会見で、維新でも、みんなの党でも民主党でもない新たな政党の必要性を訴えた。
橋下氏はその新政党のキーマンは民主の前原誠司元代表だという。

民主党は、非改選議席のお陰で当面野党第一党ではあるものの、このまま行けば次の国政選挙までその座を保ち得るのか疑問である。
前原氏も、その辺りの読みはしているのであろう。
確かに今の野党で存在感があるのは共産党のみと言って良い。
共産党が政権を握ることは、私が生きている間には起こりそうもないから、政権を担える党が出現するのは望ましいことである。
現状では、自民以外はみな諸派、といった感じである。

みんなの党では、渡辺喜美代表と江田憲司幹事長が路線闘争の様相だ。
25日に開かれたみんなの党の両院議員総会で、渡辺氏と江田氏がともに退席を求められるという異例の事態になった。
渡辺氏は、「今すぐ政界再編を仕掛けるというのはあまりにも拙速だ」として、野党再編に向けた動きを加速している江田氏を批判した。
江田氏は、維新や民主の一部との連携に動いており、党の独自路線に重きを置く渡辺氏との対立は深まる一方のようである。

社会民主党の福島瑞穂党首が、7月25日付で党首を辞任したという。
既に歴史的使命を終えている党とはいえ、かつての日本社会党を知る者にとっては、余りにも存在感が無さ過ぎた。
私は、福島氏が、「TPPに入れば瑞穂の国は壊れる」と自分の名前に掛けて安倍首相を批判している演説の様子をTVで視聴したが、寒々とした感じしか覚えなかった。

みどりの風は、参院選の結果により政党助成法に基づく政党要件を失うことになった。
自身も落選した谷岡代表は、22日名古屋市内で記者会見し、代表辞任を表明した。
谷岡氏は、「みどりの風は役割を終えた」との認識を示したが、党の解散に関しては「残った人たちが決める問題だ」と述べた。

生活の党は両院議員総会で、小沢一郎代表の続投を全員一致で確認した。
小沢氏は参院選での自民党圧勝について「(批判票の)受け皿として野党が結集できなかったことが大きな敗因だ」と述べ、次期衆院選に向けて野党再編を実現する意欲を重ねて示した。
ここにも、野党再編のマグマが存在する。

内閣支持率が急落したのは、いわゆる無党派層が増えているのではないか。
野党間の調整がどうなるかはまったく分からないが、何らかの動きが出てくることは間違いないだろう。
一党独裁的な状況は決して好ましいことではないだろう。
そう言えば、民主党から追放されかかった菅氏が、首相在任中、次の総選挙までの間は独裁が許される、という論理をふりかざしたことがあったなあ。
⇒2011年8月14日 (日):退陣菅内閣の「7つの大罪」論と後継内閣の責務

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2013年7月25日 (木)

アイデンティティなき民主党の末期/民主党とは何だったのか(11)

民主党が菅元首相の処分をめぐって、揺れている。

 民主党は24日、常任幹事会を2時間半にわたって開いたが、菅直人元首相の処分問題に関する結論を持ち越した。党執行部は参院選の東京選挙区で、公認を取り消した無所属候補を菅氏が支援したことを「重大な反党行為」と問題視し、海江田万里代表が常任幹事会に先立って菅氏と会談した。菅氏本人が出席した常任幹事会で結論は出ず、選挙で惨敗した民主党の混乱はおさまりそうもない。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2401M_U3A720C1000000/

いよいよ民主党の寿命が尽きようとしていると思った人は多いだろう。
最後くらい立派な姿を残してもらいたいと思ったが、命の終わるときはこんなものなのだろうか。
4年前、圧倒的な支持を得て政権交代を果たしたことが、夢幻のように思われる。

民主党が政権交代を果たした時、出自も思考も異なる3人が中枢にいた。
鳩山、菅、小沢の3氏であり、トロイカ体制と呼ばれた。
鳩山氏は政界を引退したが、TPOをわきまえない発言で物議を醸している。
小沢氏は、民主党と袂を分かったが、衆院選・参院選を経て、昔日の影響力を失っていることが明らかであろう。
そして菅氏である。

細野幹事長は、ツイッターに「この二人を乗り越えない限り、民主党に未来はありません。惨敗の総括も、自己否定を伴います」と書いたそうだが、「この二人」とは菅氏と鳩山氏のことである。
海江田-細野の執行部は、菅氏が離党を受け入れなければ除籍(除名)処分も辞さない構えだったが、菅氏が自らアクションを起こすことは考えていないとして、常任幹事会での議論となった。

常任幹事会では、出席者から、「除名はひどいのではないか」との意見もあって、週内に再度、常任幹事会を開いて対応を最終決定する、としている。
ちなみに菅氏を擁護したのは、岡田克也最高顧問、横路孝弘元衆院議長、江田五月元参院議長らだという。
いずれも、かつて民主党の顔であった人たちである。
今や民主党には凝集力がまったく働いていない状態といえよう。

それにしてもお粗末ではあるが、そもそも公示日2日前の大河原雅子候補の公認取り消しということが、政党として如何なものか、ということであろう。
公認を取り消された大河原氏が納得せず(言い換えれば、説得できず)、無所属で出馬した。
菅氏は、原発ゼロや改憲反対などを掲げる大河原氏の主張が、鈴木氏の政策より民主党の公約に近いとして、街頭演説などで応援を続けた。
2人の主張は以下のようである。
Ws000007
東京新聞7月25日

「民主党の公約」というよりも、菅氏の考え
に近いというべきだろう。
そして、共産党や生活の党などにも近いであろう。

小沢氏率いる生活の党の政策は、意外に(?)共産党に近いのである。
⇒2013年7月21日 (日):衆参のねじれが解消されて参院の存在意義は?/花づな列島復興のためのメモ(247)
小沢氏のイメージは、共産党とそぐわないのであるが。

民主党執行部は、「苦渋の選択」で、大河原氏ではなく鈴木氏を公認した。
民主党が共産党のように民主集中制を謳っているのかどうかは知らないが、政党の機関決定であればそれに従うべきであろう。

大河原氏の主張と鈴木氏の主張が二者択一だとすれば、明白な路線の違いということになる。
そうであれば、菅氏は、やはり離党すべきであり、自ら離党しないのであれば除名処分もやむを得ないのではないか。
その場合、岡田克也最高顧問、横路孝弘元衆院議長、江田五月元参院議長らはどう考えているのだろう?
おそらく心情的に菅氏と苦楽を共にしてきたことから、「除名はひどいのではないか」というような擁護論になったと思われるが、そこははっきりと、路線(未来図)が違うことを認識しなければ、どちらの側も将来はない。

ところで、結果論であるが、両候補の得票数は以下のようであった。
Ws000006
合計票の789,667票は、最下位の自民党の武見敬三候補はもちろん、共産党の吉良氏や無所属の山本氏よりも多い。
単純な計算通りにはいかないだろうが、分裂のイメージも避けられたということを考慮すれば、民主党の候補の得票数がさらに上乗せされていた可能性だって十分に考えられる。

自民党の圧勝をもたらしたのは、民主党の政党としての統制の無さであるといえる。
しかし、もともとアイデンティティなき寄せ集めの党だったからなあ。
⇒⇒2011年3月 1日 (火):「民主党A」と「民主党B」について/民主党とは何だったのか(3)
⇒2013年1月13日 (日):綱領なき悲喜劇-繰り返された内ゲバとまやかしのマニフェスト/民主党とは何だったのか(8)
⇒2011年8月24日 (水):綱領なくして漂流する民主党の出口戦略を問う

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2013年7月24日 (水)

大噴火の前兆は捉えられるか?/富士山アラカルト(2)

「3・11」の直後の15日に、富士宮市を震源とするかなり強い地震が起きた。
⇒2011年3月16日 (水):『日本沈没』的事態か? 静岡県東部も震源に/因果関係論(9)
私が住んでいる三島市でもかなり大きな揺れで、市役所の震度計では震度4だったということである。

まだ「3・11」の被害の全貌も良く分からないときだったので、いよいよ『日本沈没』に描かれたような現象が現実化するのかと思った。
しかし、その後富士山は噴火するということもなく、今夏は、世界遺産効果もあって空前の富士登山ブームになっている。
⇒2013年7月17日 (水):富士山はどうしてできたか?/富士山アラカルト(1)

東京新聞で、「3・11後を生きる」という連載をやっている。
7月20日は「富士山②」で、前兆現象が捉えられるか、という問題をテーマにしている。
富士山周辺地域で、少なからぬ異変が見られる。
⇒2012年1月31日 (火):活火山・富士山周辺で起きている地震
⇒2012年9月30日 (日):「火山の冬」と富士山噴火の可能性/花づな列島復興のためのメモ(147)
⇒2013年4月 7日 (日):河口湖の水位低下の原因は?/花づな列島復興のためのメモ(205)
⇒2013年4月 8日 (月):箱根の群発地震と富士火山帯の活動/花づな列島復興のためのメモ(206)
⇒2013年4月23日 (火):伊豆東部火山帯と大室山さくらの里/花づな列島復興のためのメモ(210)

富士山は、直近の大噴火である1707年の「宝永噴火」からすでに300年以上経過している。
富士山のマグマの量は100年あたり、約1億立米を出しているのだという。
これは大噴火を引き起こすのに十分な量ということだ。
300年たてば、いつ大噴火しても不思議ではないだろう。

科学雑誌「Newton」の2013年8月号は、富士山を特集している。
よく知られているように、静岡県東部地域のあたりは、3枚のプレートが重なっている。
ユーラシア、北米、フィリピン海で、3つのプレートが衝突しているのは、この地域だけである。
Photo
東京新聞7月13日

フィリピン海プレートが北米プレートに衝突しつつ、ユーラシアプレートの下に沈み込んでいるのだという。
そのため、フィリピン海プレートが股裂き状態になって、その裂け目からマグマが上昇しやすくなる。Photo_2
「Newton]2013年8月号

かくして富士山は噴火を繰り返し、噴出したマグマが成層して、日本一の高さになったのである。
富士山の一生からすれば、現在のような均整のとれた姿は妻の間の姿である。
それを見ることができるわれわれは、幸せな時代に生まれ合わせたということだろう。 
そういう地質学的時間のスケールで考えると、人間の営みは、幻のようなものだ。

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2013年7月23日 (火)

民主党はどうなるか?/民主党とは何だったのか(10)

参院選では、予想通り民主党が惨敗した。
この結果を受けて、細野豪志幹事長は8月末をめどに、幹事長を辞任することを明らかにした。
役員会では慰留の声もあったようだが、応じなかったという。

 細野氏は「17議席の結果にとどまったこと、(候補者を一本化した)東京選挙区で勝利させられなかったことは私に責任がある」と理由を述べた。
 この日の党役員会では、慰留の声があがり結論は出ず、その後に細野氏と海江田氏が2人で会談。その場で、海江田氏が、約1カ月かけて参院選の総括と党再建策をまとめた後に辞表を受理することを了承したという。

http://www.asahi.com/politics/update/0723/TKY201307230284.html

機を見るに敏な細野氏のことだから、民主党の行く末に見切りをつけたのかも知れない。
それにしても、 民主党とは何だったのかと、改めて思う。
私は、衆院選の大敗の総括をした民主党党大会の様子の報道を見て、次のような感想を持った。

民主党が掲げた政治主導、天下りの根絶、地域主権等の公約は、基本的には間違っていないだろう。
問題は、掲げた旗と実際にやっていることが全く異なっていたことだろう。
民主党が国民に見放されたのは、改革の道から逸脱し、そのことにあまりにも鈍感であったからではないか?

「原点を見つめ直す」ことは必要だろうが、掲げた理念をどう共有し、具現化していくのか?
このままでは、野党としての存在感も示せないだろう。
そして夏の参院選でも、後退を余儀なくされることは必定である。
⇒2013年3月 2日 (土):民主党は再生できるか?/民主党とは何だったのか(9)

にもかかわらず、民主党の反省は生ぬるいものだった。
もっとラジカルに総括しなければならなかったはずである。

民主党が政党の体をなしていないことは、3人の首相経験者の言動をみれば明らかである。
鳩山氏は、尖閣諸島が、中国側から「盗まれた」と言われることを理解すると発言した。
また、「尖閣諸島は係争地」だと発言した。
これを認めると、一国が勝手に他国の領土に領有権を主張すれば、いくらでも領土問題が発生し、係争地が続出することになる。
尖閣諸島の歴史にはいろいろな見方があり得るだろうし、鳩山氏が尖閣問題についてどう考えようと、ある意味では自由である。
しかし、首相経験者の海外での発言としては如何なものだろう。

民主党は公示2日前に東京選挙区で候補者を鈴木寛氏に一本化した。
菅氏は、公認から外れた大河原雅子氏の応援演説を行うなどした。
結果的には、公認候補の鈴木氏も、無所属で出馬した大河原氏も落選してた。
党東京都連は「反党行為に当たる」として菅氏の処分を執行部に求めており、党内では処分の中で最も厳しい除籍(除名)とするよう求める声も上がっているという。
菅氏個人が誰を応援しようと構わないが、自党の公認候補と対立している候補者を応援するならば、民主党を離党してからすべきである。

野田氏は、民主党を下野させた張本人である。
自分のことを「ドジョウ」にたとえたときから胡散臭かったが、衆院本会議の論戦でこぼした恨み節で、「歌の文句じゃありませんけれど、だました人が悪いのか、だまされた私が悪いのか……」と口にした。
前首相が国会で言うことではないだろう。
地元・千葉県船橋市のJR船橋駅前の演説では、「最近、一番、聞かれることがあるんです。総理公邸に幽霊は出るんですか? 見てません! 安心してください。でも、幽霊より怖いのはやっぱり人間だなあと思います」。
何とも格調とは縁遠い人である。

首相経験者が揃ってこの調子である。
今さらではあるが、お粗末な党であった。

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2013年7月22日 (月)

参院選の最終結果/花づな列島復興のためのメモ(248)

参院選の最終的な当落が判明した。
Photo
http://plaza.rakuten.co.jp/tamirion/diary/201307220000/

事前の予測通りだったわけだが、やはり民主党の惨敗ぶりが目を引く。
昨日引用した「週刊現代」記事は、大手3紙の予測の集約であるが、民主は19~20と予測されていた。
結果は17だったから、さらに厳しい審判ということだ。

改選議席は44だったから、半減では止まらなかった。
3年余の民主党政権に対する国民の怒り・失望の大きさを改めて感ずる。
自民党圧勝の功労者は、安倍総裁、石破幹事長よりも民主党かもしれない。

私は、脱原発の旗幟を鮮明にしていた、生活とみどりが議席を得られなかったのが残念である。
しかし、東京選挙区(定数5)で、脱原発東京選挙区(定数5)で、「脱原発」を掲げた俳優・山本太郎氏が当選したことは注目すべきだろう。
東京選挙区は、やはり今回選挙の性格を象徴的に示している。

東京選挙区は20人が立候補し、自民党が2議席を獲得した。
27年ぶりだという。
民主は現職が2人いた。
公示直前に党公認の一本化で議席死守を目指したが惨敗した。
昨年の総選挙や都議選の結果をみて、急きょ判断を蹴ったのだろう。

民主党の細野豪志幹事長は20日、東京選挙区で議席を獲得できなかった場合の自らの進退について「私の仕事は東京選挙区をとることだ。すべての責任は私にある」と述べ、幹事長を辞任する意向であったが、現実に議席を失ったことを受け、どうするのだろう。
無所属で出馬した大河原雅子氏は、「公示2日前の公認取り消しはないでしょう」と恨み節を口にした。

民主党が相次ぐ選挙で敗北しているのにもかかわらず、危機意識が薄いことが如実に現れている。
共産党新人の吉良佳子氏が議席を得た。
共産党は、事前予測4~6であったからそれ以上であった。
改選議席3に比べれば倍以上であるが、何しろ絶対数が少ない。

国民の選択の結果である。
尊重すべきだとは思うが、投票率の低さは問題であろう。

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2013年7月21日 (日)

衆参のねじれが解消されて参院の存在意義は?/花づな列島復興のためのメモ(247)

参院選の投票日である。
投票締め切り直後の20::00には、自民・公明の与党圧勝が報じられた。

事前の予測は、自民党の圧勝というものがほとんどであった。
1307270803
週刊現代7月27・8月3日合併号

最終結果はほぼこの線になるのであろう。
何も波乱は起きなかったということである。
結果として、「ねじれ構造」が解消されたということである。

つまり、政権与党にとって、政策推進上の障害はなくなったということである。
それで、参議院の役割はどうなるのであろうか?
かつては良識の府といわれ、それなりの存在感を持った院であった。
しかし、現在は衆議院との差別化がなくなっているのではないか。
改めて、存在意義が問われることのなろう。

私などは、参議院といえば緑風会を想起する。
緑風会は、1947年(昭和22年)4月の第1回参議院議員選挙で無所属で当選した山本勇造(有三、『路傍の石』などで知られる作家)らが中心になって結成された。

5月20日に第1回参議院本会議が召集されると、緑風会は92人となって、最大勢力となった。
10月20日には、田中耕太郎の草案を元に、綱領を制定した。
緑風会は基本的に保守政党に協力したが、参議院のみの会派であり、衆議院に候補を立てることも、政権獲得を目標とすることもしなかった。
法案に対しては、「是々非々」を旨とし、与党にいる間も含め、党議拘束を設けなかった。
そのため、同じ法案に緑風会から賛成、反対両方の討論を行ったこともある。

山本は、「緑風会」の名の由来を次のように説明している。
・緑風会が発足したのは暦の上では初夏であり、また日本国憲法公布後の初の国会(第1回参議院本会議)が召集されたのは5月20日である。緑風の名は夏風にふさわしく、新しい国会発足を象徴するにもふさわしいこと。
・緑は七色の虹の中央に位置することから、右にも左にも傾いていない。さらに、清新・静寂・平安・沈思を連想させる色であり、第二院である参議院の性格に通じるばかりでなく、会の精神を暗示していること。
・国会に新鮮な風を送り込みたいという希望を持ったこと

今回の選挙でも「みどりの風」と「緑の党グリーンズジャパン」が候補者を立てている。
緑はエコロジーのシンボルカラーであるが、確かに山本のいうように、虹の7色の中央に位置している。
⇒2013年6月26日 (水):言葉はデジタル/知的生産の方法(63)

私は、参議院のモデルの1つはこの緑風会ではないかと思う。
政党化のトレンドによって緑風会は消失した。
しかし、衆議院は政党、参議院は政党の枠を超えて、議員個々人が自分の信念に基づいて行動するということがないと、2院制である必然性が良く分からない。

政党の決定のままに行動するから「ねじれ構造」が問題になるのである。
現実に多くの争点があるなかで、特定の政党に100%満足して投票することはあり得ないのではないか。
130720
東京新聞7月20日

やむを得ず消去法で選ぶことになるが、投票率が低くなるのも分かるような気がする。

この選挙結果によって、たとえば原発の再稼働に向かうのであろうか?
電力各社は原発再稼働を一斉に申請している。
安倍首相も再稼働に前向きである。
⇒2013年6月29日 (土):原発再稼働と安倍政権/花づな列島復興のためのメモ(238)

もちろん再稼働するまでには紆余曲折が予想されるが、ゴミの始末の仕方が決まっていないのに稼働させようというのは、正気の沙汰とは思えない。

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2013年7月20日 (土)

またエチオピア航空のボーイング787機から出火

ロンドンのヒースロー空港で7月12日(現地時間、以下同)、駐機中のエチオピア航空(ETH)のボーイング787-8型機が出火した。
ボーイング787機は、ボーイング社が開発・製造する中型ジェット旅客機で、中型機としては航続距離が長く、今までは大型機でないと飛行できなかった距離もボーイング787シリーズを使うことにより直行が可能になった。
これにより、大型機では採算ベースに乗りにくい長距離航空路線の開設も可能となったとされる。

同機は、炭素繊維を使用した炭素繊維強化プラスチック(カーボン)等の複合材料の使用比率が約50%であり、残り半分が複合材料に適さないエンジン等なので、実質機体は完全に複合材料化されている。
787-8型機は、座席数223座席(3クラス制)であり航続距離8,500海里(15,700km)の787型機の基本型であり、最初に開発されたモデルであり、B787として実際に製造されている唯一のモデルである。
期待が大きい機種であるが、試験飛行中からトラブル続きで、初飛行は1年以上遅れ、結果として全日本空輸に初号機が引き渡されたのは3年以上遅れの2011年9月だった。

2011年10月26日、全日本空輸が成田-香港間で、B787型として世界初の商業運航を行った。
就航当初日より機材トラブルによる遅延や運休が度々見られていた。
今年に入って、ブレーキの不具合、バッテリーからの出火、燃料漏れ、潤滑油漏れなどのトラブルが相次いだ。
バッテリーからの出火事故では、連邦航空局(FAA)が耐空性改善命令を発行し、1979年のマクドネル・ダグラスDC-10以来の、運航中の同型機すべてが世界中で運航停止になるという事態となった。

今回の事故について、英国航空事故調査局(AAIB)は18日、航空機用救命無線機(ELT)が出火原因となった可能性が高いとの報告書を公表している。
ELTは航空機が墜落や遭難時に遭難信号を発報するもので、当該機のELTはハネウェル・インターナショナル製である。
機体後部の上側で広範囲に激しい熱損傷が見られており、この付近にはELT以外に火元となる可能性のあるシステムはないという。

なぜ、最新鋭機でトラブルが続くのか?
私は、同機が相次いだことに関連して、複雑系に対してはまだまだ科学的・技術的知見が十分に蓄積されていないのではないか、としたことがある。
⇒2013年1月18日 (金):ボーイング787機の不具合と「キレ」の思考の限界/知的生産の方法(29)

「キレ」の思考とは、村山昇氏が、『「キレ」の思考 「コク」の思考』東洋経済新報社(1211)で鮮やかに提示された思考の型である。
「キレ」と「コク」はビールのCMで有名になった対語であるが、思考領域について、この言葉を適用した村山氏の慧眼は見事であると思う。
⇒2013年1月17日 (木):「キレ」の思考と「コク」の思考/知的生産の方法(28)

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2013年7月19日 (金)

GNIとGNP/「同じ」と「違う」(59)

参院選が目前である。
期日前投票を済ませた人もかなりの数いるようであるが、私は誰に(どの党に)投票すべきか決めきれない。
民主党への政権交代の失敗が、私の投票行動のブレーキになっている。
もちろん、100%任せること、つまり白紙委任ははなから考えない。
同時に、棄権という権利放棄もしたくはないのだ。

争点は、アベノミクスと称する安倍政権の経済政策の評価のようである。
しかし、私は現時点では評価のしようがないと思う。
株や不動産が値上がりしても、それだけでは実体経済に好影響を与えるとは考えられない。
また、その先行きに少なからぬ危うさを感じている。
⇒2013年7月 2日 (火):円安は良いことか?/アベノミクスの危うさ(9)

アベノミクスの喧騒に、他の争点が埋没してはいないか?
私は、原発再稼働に前のめりになっている安倍首相に違和感を感じる。
しかし、脱原発依存を唱える他の政党も、いわゆる「諸派」という感じであることは否めない。
小異を捨てて大同団結しなければ、「諸派」の域を脱することができないのではないだろうか?

それはともかくとして、アベノミクスという中で気になるのは、「1人あたり名目GNI(国民総所得)を10年後に150万円以上拡大する」ということであろう。
アベノミクスの「3本の矢」の中で、もっとも重要なのは第3の矢と呼ばれる「成長戦略」であるというのは多数の考えであろう。
安倍首相自身、次のように述べている。

最も重要なKPI(Key Performance Indicator=重要成果目標)とは何か。それは“1人当たり国民総所得”であると考えています。なぜなら、私の成長戦略の目指すところが、意欲のある人たちに仕事をつくり、頑張って働く人たちの手取りを増やすことにほかならないからです。つまりは、家計が潤うこと。その一点です。
http://biz-journal.jp/2013/07/post_2524.html

国民総所得(Gross National Income)、略してGNIという指標が注目されるようになった。
以前は、国民総生産 (GNP, Gross National Product)が経済活動の指標として使われていたが、現在は、国内総生産 (GDP, Gross Domestic Product)の方が使われている。
GDPとGNPの関係は、次の通りである。

GDPは国内で一定期間内に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額。
“国内”のため、日本企業が海外支店等で生産したモノやサービスの付加価値は含まない。
一方GNPは“国民”のため、国内に限らず、日本企業の海外支店等の所得も含んでいる。
現在は国内の景気をより正確に反映する指標としてGDPが重視されている。

それが、GNIに重心が置かれるようになった背景は次のようである。
日本は2005年に総人口が減少をはじめているなど高齢化や人口減少が今後も進むことが見込まれるため、今後は労働力人口の減少から国内総生産をベースとした高い経済成長は難しい。
こうした中でも対外資産から得られる利子や配当などの所得が増えることによって、国民総所得をベースとした経済成長が持続する。
2006年に経済産業省の産業構造審議会新成長政策部会がとりまとめた新経済成長戦略などで、国民総所得 (GNI) を重視すべきであるという提言が行われるようになっている。
三面等価の原則によりGNI=GNPである。

上記安倍首相の言葉からすれば、1人当たりGNIの増加は、「頑張って働く人たちの手取りを増やすこと」に帰属しなければならない。
ところが、GNIは家計の所得そのものを指す経済指標ではない。
1人当たりGNIが10年間で150万円以上増加することは、家計の所得が150万円増加することを担保するものではない。

シンプルに考えてみよう。
GNIの帰属先は、家計か企業である。
家計は、GNIの約半分(48%)程度であるから、150万円の約半分の75万円程度潤うと考えていいか?
GNIのうち個人の所得のほとんどを占める「賃金・俸給」は、企業が従業員に支払うものだ。
安倍首相が打ち出す政策が成果をあげ、GNIが拡大したとしても、企業が従業員に対して給与を引き上げるなど所得の分配を行わなければ、個人所得の増加には結びつかない。
Gni130717
東京新聞7月17日

あたかも国民個々人の所得が、「1人当たり150万円/10年間」増加するようなレトリックであるが、決してそんなことはないと考えるべきであろう。

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2013年7月18日 (木)

監視国家の時代?/花づな列島復興のためのメモ(246)

エドワード・ジョセフ・スノーデンという1人のアメリカ人が世界の注目を集めている。
6月に香港で取材やインタビューを受け、アメリカ国家安全保障局(NSA)による個人情報収集の手口を告発した。
6月22日、米司法当局により逮捕命令が出され、エクアドルなど第三国への亡命を検討しているとされるが、詳細は不明である。

スノーデン氏は、元米中央情報局(CIA)職員で、米国家安全保障局(NSA)で契約職員として働いていた。
NSAと米連邦捜査局(FBI)が、「プリズム(PRISM)」と呼ばれるプログラムを通じて、大手インターネット関連企業9社のサーバーから直接利用者のデータを収集しているとされている。
グーグル、マイクロソフト、アップル、ヤフーなどである。

このニュースに接して、G.オーウェルの『1984年』を想起した人は多いだろう。
オーウェルは、高校英語の副読本などに使われ、幅広い読者を持つ『Animal Farm(動物農場)』で知られる。
第2次世界大戦が終了して間もない1948年に発表された『1984年』と題する未来小説を発表した。
『1984年』は、ディストピア小説であるといわれる。
7月14日の日本経済新聞の文化欄に、鴻巣友季子という人が、「それぞれの1984年」という文章を寄せているが、鴻巣さんによれば、「ディストピアとは荒廃した反ユートピアではなく、むしろ理想郷の管理がゆきすぎた状態を指し」ということである。

1948年は、連合国側に立った旧ソ連が大戦の勝利で発言権を増し、社会主義国が世界地図の上に一定の勢力圏として示されるようになった時点である。
当時、社会主義国は、理想郷(の近似解)という見方が一定の影響力を持っていたことを考えれば、近未来のディストピアを描こうとしたオーウェルの意図もよく分かる。

 
『1984年』は改めて紹介するまでもないであろうが、以下のようなあらすじの一種の寓意小説である。
1984年、オセアニア国のロンドンという都会は「ビッグブラザー」に支配されていた。
「ビッグブラザー」は、誰も見たことがないが支配階級の顔として、国民の愛と恐怖の中心として存在する。
主人公W.スミスは真理省に勤務し、新聞のバックナンバーを改訂することを仕事としている。
すなわち、過去の出来事さえも国家に管理されているのである。

1984年時点で世界は3つの超大国に分かれて戦争をしている。
戒厳令は恒久化し、警察が絶対的な権力を握り、テレビの受像機には視聴者を監視するモニター装置がついている。
個人的な愛やセックスは非愛国的な行為であり、恋をすることは国家に対する反逆者となることである。
にもかかわらず、スミスは恋に陥る。
電子苦痛装置にかけられ、人間の心の奥に存在する恐怖心を利用した拷問に耐えられず、スミスは「ビッグブラザー」を敬愛する人間に変えられてしまう。

私は、1985年が戦後史の転換点であったように思う。
それは、以下のような出来事を根拠としている。
1.ゴルバチョフの旧ソ連書記長就任により、「東の世界」の崩壊の起点となった
2.プラザ合意が成立し、ドル安円高へトレンドが変わった
3.わが国の1人当たりGNPが1万ドルを超え、高度消費社会に入った

それに加え、当時は、現実の1985年は『1984年』と異なったものとなっていたことを挙げたが、今考えるとそれは早計だったようだ。
北朝鮮は、絵に描いたような独裁管理社会のようである。
それに加え、アメリカ合衆国が、国民の隅々まで監視できる体制になっていたとは!

国家というものは、畢竟個人の自由とは対立するものなのであろう。
それが、吉本隆明のいう共同幻想と自己幻想の逆立というテーゼとどう関連しているかはよく分からないが。

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2013年7月17日 (水)

富士山の世界遺産登録と登山ブーム/富士山アラカルト(1)

世界遺産への登録効果であろうか、富士山に登る人が急増しているようだ。
登山は中高年の間では根強い人気で、山岳事故のニュースも高齢者が多かった。
しかし、最近は、山ガールとかで、ファッショナブルな格好で山へ行く若い女性が増えているという。
それにしても富士山はやはり高山である。
それなりの準備は必要であろう。

 山梨県富士吉田市は10日、7月1日の山開きから7日までの1週間で、富士山の吉田口から入山した登山者が計1万5146人で、昨年の約1.5倍だったと発表した。また山小屋に泊まらずに登る“弾丸登山”と思われる午後9時から午前0時までの登山者数は2192人で、昨年の約1.8倍だった。
Photo
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130710/trd13071020540012-n1.htm

しかし上の写真のような様子を見ると、どんなものかと思ってしまう。
まさにラッシュである。
現在使用されている主な登山道には、静岡県側の「富士宮ルート」・「須走ルート」・「御殿場ルート」、山梨県側の「吉田ルート」の4ルートがある。
私も中学生のとき初めて登頂した。
最後は2001年であるが、その間に計10回ほど登っている。
登りは須走ルート、下山は御殿場口が多い。
御殿場口は大砂走りが豪快であるが、もうチャンスはないだろうなあ。

東京方面からの登山者は、吉田ルートが利用しやすいので、最も多い。
一般的な富士登山の期間は、山開きの7月1日から8月下旬までであるが、「梅雨明け10日」の間が最も気候が安定している。
新入社員教育の一環として富士登山をしていたこともある。
柔道部出身という猛者が、意外に高山病に弱かったりして、個性を把握するには好い機会だったが、事故のリスクから反対する意見があり、3年くらいで取りやめになった。

富士登山を安易に考えている人は多い。
富士山は、5合目までの道路や登山道も整備されていることから、登山知識を持たず高山の過酷な環境を知らずに登ろうとする者も多く、遭難の多さにつながっているといわれる。
弾丸登山という言葉を聞くが、やはり4000m近くの高山である。
それなりの準備は欠かせない。

また富士山は、遠方から眺めると優美であるが、登山道では一面が火山灰と溶岩の世界である。
「富士山は遠くから眺めるための山であり、登るための山ではない」と言われ、「1度も登らぬバカ、2度登るバカ」などとも言われる。
しかし、頂上に立った時の気分は格別である。
私は日本人のみならず、世界の人々が登頂する体験をしてほしいと思う。

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2013年7月16日 (火)

祇園祭と災厄祓い/京都彼方此方(7)

連日の猛暑であるが、京都の夏も殊の外暑い。
祇園祭は14日が宵々々山、15日が宵々山、16日が宵山、そして17日が見せ場の山鉾巡行となる。
京都出身で3連休を実家で過ごした人の話では、やはり大変な人出のようである。
八坂神社への参詣は諦めたと言っていた。

京都八坂神社のお祭りである祇園祭は、疫病退散を祈願した祇園御霊会が始まりだそうである。
『方丈記』の養和の飢饉の項に、惨憺たる都(平安京)の様子が描かれている。

 ついには笠を着て、足を隠し包み、立派な姿をした者、ひたすらに食料を求めて、家々を乞い歩く。途方(とほう)に暮れてさ迷いながら、歩くかと見ていれば、たちまちに倒れ伏せる。築地(ついじ)[屋根付きの土塀]にもたれ、あるいは道ばたに飢え死んだ者たちの、数さえ分からないくらいである。
 取り捨てる方法も知らないので、腐敗した死臭は世に満ちあふれ、死人(しびと)の朽ちてゆく姿、そのありさま、目もあてられないことばかり。まして、賀茂(かも)の河原などには、馬や車の行き交う道さえないほど、遺体があふれている。あやしげな賤(しず)[労働に従事するような下層の者ども、身分の低い者、賤民(せんみん)]、山がつ[木こりなど山に生計を求める労働者]さえ力尽きて倒れ、薪さえ乏しくなりだせば、頼りどころを持たない人は、みずからの家を壊して、市に持ち出して売りつける。しかし、ひとりが持ち込んだだけの値(あたい)で、一日の命をつなぐことさえ出来ないのだ。
http://reservata.s123.coreserver.jp/kobun-houjouki/houjouki-gendai.htm

まさに地獄絵のような様である。
養和というのは、治承の後、寿永の前の元号で、慌ただしい改元のため1年足らずの元号である。
治承5年7月14日(ユリウス暦1181年8月25日) 改元
養和2年5月27日(ユリウス暦1182年6月29日) 寿永に改元
慌ただしい改元は、天変地異と疫病が続いたためである。

養和の飢饉というのは以下のように説明されている。

前年の1180年が極端に降水量が少ない年であり、旱魃により農産物の収穫量が激減、翌年には京都を含め西日本一帯が飢饉に陥った。大量の餓死者の発生はもちろんのこと、土地を放棄する農民が多数発生した。地域社会が崩壊し、混乱は全国的に波及した。
・・・・・・
こうした市中の混乱が、木曾義仲の活動(1180年挙兵、1183年上洛)を容易にする遠因となっていたことも考えられており、寿永2年(1183年)5月の砺波山の戦い(倶利伽羅峠の戦い)まで平氏・頼朝・義仲の三者鼎立の状況がつづいた背景としてもこの飢饉の発生が考えられる。
しかし、こうした状況のなかで入洛した義仲軍は京中で兵糧を徴発しようとしたため、たちまち市民の支持を失ってしまった。

Wikipedia-養和の飢饉

祇園祭の由来を見てみよう。
貞観5年(西暦863年)に平安京の広大な庭園だった神泉苑で、仏教経典の読経、神楽・田楽や踊りなども行う御霊会が行われた。
しかし、疫病の流行は続いたため、貞観11年(西暦869年)に、インドの祇園精舎の疫病神「牛頭天王」を祀り、御霊を鎮めた。
やがて平安末期には疫病神を鎮め退散させるために神輿渡御や神楽・田楽・花笠踊りや山鉾を出して市中を練り歩いて鎮祭するようになった。
この神仏習合の御霊会が祇園御霊会で、祇園祭の起源とされる。

祇園御霊会祇園祭は応仁の乱や第二次世界大戦で一時中断したが、平安京から1000年以上も続いている。
現在のような山鉾は、桃山時代から江戸時代にかけ祇園囃子を奏で、形造られた。
中国、インド、ペルシャなどからシルクロードを経て持ち込まれたタペストリーや京都の金襴・西陣織などの懸装品、左甚五郎作などの優れた彫刻や精緻な欄縁金具などの工芸装飾品で豪華絢爛に飾られ、「動く美術館」と称される。

京都の国際性と先進性の歴史は古い。

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2013年7月15日 (月)

日本の政治は政党制なのか?/花づな列島復興のためのメモ(245)

参院選に向けての論戦が活発化しているが、身の周りでは今一つ盛り上がっていないようだ。
多党化によって論点が拡散してしまい、分かりにくいのが原因の1つだろう。
そんな中で、下記図式は、各党の立ち位置の分かりやすい整理と言えよう。

Or
東京新聞7月13日

すなわち、下記2軸によるポジショニングである。
A:財政出動に積極的か否か
B:その財政を企業支援に使うか家計を重視して使うか

アベノミクスは、3本の矢の1本が、「機動的な財政出動」であるから、財政出動に積極的である。
⇒2013年7月 1日 (月):金融緩和の効果と影響-アベノミクスの危うさ(8)/花づな列島復興のためのメモ(239)
そして、「日本が世界で一番企業が活動しやすい国を目指す」としているから、企業支援にプライオリティがある。

みんなの党と日本維新の会は、法人税の大幅減税など、より民間企業の側に立つ。
企業収益が向上して初めて、従業員の賃金も上昇するという循環を描いている。
もちろん、企業支援か家計重視かというのは順番の問題であって、自民党やみんな・維新といえども家計を軽視してよいとするものではないだろう。

他の野党は逆に、人々の賃金回復と家計重視を優先する。暮らしが上向くことで消費を喚起し、企業の生産が増えるという順番だ。
 賃上げ優先の姿勢は公明党も似た立場にある。山口那津男代表は「働く人に分配される仕組みを」と、政府と労働者、経営者が賃上げを協議する場の実現を急ぐ。
 暮らしの改善に向けて、各党はあらゆる対策を打ち出した。聞き心地のよい政策が多いが、その元手は国のお金だ。「財政出動」は、なにも公共事業などハードへの投資に限ったことではない。
 民主党は、農業者戸別所得補償の法制化に加え、畜産・酪農所得補償制度の導入も検討する。生活の党は「子育て応援券」の創設や高校授業料無償化の堅持を訴える。共産党やみどりの風は就学援助の拡充、社民党は住宅支援制度の創設などをそれぞれ掲げる。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2013071302000137.html

1つの図ですべてを仕分けはできないが、自民党だけが他の政党と差異がある。
この図をみていて、日本の政治体制として、果たして政党制という言葉が相応しいのか、疑問に思えた。
つまり、自民党のポジションがユニークであるのに、民・公・生・共・社・みどりが同じゾーンに位置している。

大きなシェアを占めている自民党が差別化戦略?
予想でも自民圧勝と見られている。
しかも政権は、ポジションが異なる自・公が連立している。
今の日本は、政党政治とは言えないのではないか。

自民党は、企業など民間の資金を引き出し、歳出削減につなげようということである。
しかし、それが可能なのか?
余資があれば借り入れの返済を図るのではないか。

結果として、「大胆な金融緩和」されたカネはどこへ向かうのか?
株と土地ではシャレにならないだろう。
「国土強靱化の推進」という名目で巨額の財政が投入されると、土建国家のままである。
小さな政府を志向すると、格差社会を助長する可能性がある。

家計重視の諸政党は、財政再建の道筋をどう考えるのか?
どこか、腑に落ちてくる経済政策を提示する政党はないだろうか?

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2013年7月14日 (日)

猛暑の原因と日本の気象/花づな列島復興のためのメモ(244)

暑い。
連日異常な暑さである。
例年ではまだ梅雨が明けていないだろう。

Ws000001
13日は、全国35地点で猛暑日を記録し、東京都や三重県では、熱中症とみられる症状で、3人が死亡している。14日も、関東から西の予想最高気温は33度前後で、引き続き、熱中症に注意が必要となる。
13日も、西日本を中心に暑い1日となり、三重・熊野市では37.1度を観測するなど、全国35カ所で35度以上の猛暑日となった。
三重・紀宝町では、山林で伐採作業をしていた31歳の男性が、熱中症の疑いで死亡し、東京都内でも、80歳の女性と高齢の男性が、熱中症とみられる症状で死亡している。
14日も朝から気温が高く、関東から西の予想最高気温は33度前後と、相変わらず厳しい暑さが続く。
水分補給を行うなど、熱中症には十分な注意が必要となる。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00249850.html

熊野や新宮は、この間のゴールデンウィークに訪れたところだけに目が止まる。
猛暑は一般名詞である。
とは平常の気温と比べて著しく暑いときのことであり、酷暑、炎暑、炎熱、酷熱、極暑などの類義語がある。
世界気象機関が推奨する定義としては「最高気温の平年値を、連続5日間以上、5℃以上上回ること」である。
日本国内においては2007年以降、1日の最高気温が35℃以上の日のことを「猛暑日」と言うと定められた。

この暑さの原因はどう考えられるか?
先ず第一に、温暖化のトレンドが考えられる。

 気象庁は12日、昨年の「気候変動監視レポート」を公表し、気温35度以上の猛暑日の年間日数は、年ごとのばらつきをならすと10年に0・5日の割合で増加していると明らかにした。国内の観測点のうち、都市化の影響が小さい15地点を選んで平均しており、地球温暖化が原因とみられる。
 昭和36~平成24年の観測値から算出した。都市化の影響が大きい都市部はさらに増加の割合が高く、いずれも10年で名古屋市は2・3日、京都市は2・1日、東京都心は0・7日、福岡市は1・3日増えた。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/130712/trd13071220490021-n1.htm

しかし、地球温暖化と決めつけるのは早計のようである。
今年の猛暑はどう考えられるか?
梅雨の時期には、次の4つの気団が日本列島付近にある。
・揚子江気団
・オホーツク海気団
・ 熱帯モンスーン気団
・小笠原気団
⇒2013年7月 8日 (月):早くも梅雨明け宣言

梅雨が明けると、小笠原気団(太平洋高気圧が主役の座を占める。
今年はそれに加え、チベット高気圧の勢力が強い。
早い梅雨明けもその影響だ。
例年だと梅雨空に遮られている長い日照時間が直接作用するのだから効果は大きい。
Ws000000
東京新聞7月12日

気象庁によれば、向こう1か月全国的に平年より気温が高い。
東日本太平洋側は、特に期間の前半はかなり高くなる可能性があるとして注意を呼び掛けた。
電力需給が心配ではあるが、日本経済にとっては悪いことではないという。

第一生命経済研究所の嶌峰義清・主席エコノミストは、7月から9月の平均気温が摂氏1度上がるごとに、個人消費が5000億~7000億円増えるんだそうだ。要するに、暑い(時期が長い)と個人のカネ遣いが荒くなる、いろいろ出費せざるをえなくなるワケである。
http://www.j-cast.com/tv/2013/07/09178991.html

しかし、それをもって景気回復と判断されると違うんじゃないか。
酷暑による出費は、好んでするものではないからである。

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2013年7月13日 (土)

ニーズとウォンツ/「同じ」と「違う」(58)

ビジネスにとって、人間の欲求をどう捉えるかということは、根本的な問題である。
ドラッカーは、企業の本質的な機能は、マーケティングとイノベーションであると言っている。
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http://blog.livedoor.jp/yukug-management/archives/8100841.html

つまり、既にある欲求に係わるものがマーケティングであり、まだない欲求に係わるものがイノベーションである。
欲求に関連した言葉として、ニーズとウォンツはある。
マーケティングでは、ニーズとウォンツは似て非なるものとされている。

ニーズは日本語に訳すと「必要性」である。
日常生活を送る上で欲求がなくなることはない。
お腹が空けば何か物が食べたいという欲求は現れるし、夜遅くなれば眠りたいという欲求が現れる。
人はこのように24時間、自分の生活に充足できていないもの求める願望を持っている。
この「何か物が食べたい」とか「眠りたい」という漠然とした願望がマーケティングでいうニーズである。

ウォンツは日本語に訳すと「欲望」である。
一見ニーズと同じように感じるがマーケティングの定義上、ウォンツはニーズよりももっと踏み込んだ願望ということができる。
「何か物が食べたい」というのではなく、寿司が食べたいとか、ラーメンが食べたいというようにより具体性を持った欲求である。
あるいは、寿司を食べるにしても、一流のすし屋なのか、回転すしなのか。

あるいは、禁煙について考えてみよう。
健康のためには禁煙の必要性(ニーズ)がある。
しかし喫煙者のほとんどが禁煙をしたいのに、今すぐ禁煙にトライしようとは思っていないという。
禁煙がウォンツではないということだろう。
かくいう私も何回かの挫折の末に、現在は吸いたいという欲求が消え失せてしまっている。

マズローの欲求段階説というものがよく知られている。
表現に微差はあるが、おおよそ下図のような図式で表現される。
Photo
http://ch.nicovideo.jp/minobe/blomaga/ar204859

ニーズとウォンツの軸で、市場を分けることができる。
Photo_3
http://bazubu.com/23timesres-5873.html

ニーズとウォンツの状況によって、打つ手は変わってくる。
上図の「今すぐ客」になれば商談のクロージングは近いと言える。

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2013年7月12日 (金)

治験とクリティカル思考/知的生産の方法(69)

製薬会社ノバルティスファーマが販売する降圧剤ディオバン(一般名・バルサルタン)の臨床研究データに人為的な操作がなされていたらしい。
京都府立医大の松原弘明元教授が実施したもので、府立医大が11日に発表した。
高血圧治療薬は、脳卒中を防ぐ効果が期待されている。
その効果が、実際より高く見せかけられていた可能性が強いということだ。

医療の世界でEBM(Evidence-Based Medicine)という言葉が使われる。
evidenceというのはすでに日本語化しているが、証拠・根拠・証明といった意味である。
つまり、EBMというのは、根拠に基づいて医療を行うということである。
裁判が法と証拠に基づいて行われなければならないといわれるように、医療も、科学的根拠に基づいて行いましょう、ということである。
当たり前のことではあるが、最近の医者は、検査データがなければ診断できないのかと思うくらい、検査を重視する。
患者の側からすると、検査疲れをしてしまうという感じである。

Evidence-Basedというのは、言い換えれば、クリティカル(ロジカル)思考のことである。
クリティカル思考の骨格は、次のような三角形の構造で説明される。
Ws000003
http://www.bzcom.jp/category_1/item_93_2.html

いわゆるロジカル思考の三角形の構造である。
その根本であるデータが操作されていたとは!

 問題の臨床研究は、高血圧の日本人約3千人が対象。ディオバンを飲むと、ほかの高血圧治療薬だけを飲んだ場合に比べて脳卒中や狭心症を防ぐ効果が高いとする論文が2009年、欧州心臓病学会誌に発表された。だが外部からデータに疑義があることを指摘され、同大が今年3月に調査を始めた。
Ws000004
 発表によると、調査委員会が患者のうち223人分のカルテを調査したところ、34人で脳卒中などが起きていないのに発症したとしたり、逆に発症したのに、起きていなかったとしたりする不正操作があった。血圧の数値の追加や修正も223件あった。カルテなどから改めて解析し直すと、ディオバンとほかの薬との間で、効果の差は見られなくなったという。
Ws000005
http://www.asahi.com/national/update/0711/OSK201307110086.html

脳卒中患者にとっては、こんなことがあるなんて信じたくはないことである。
今回の研究にはノバルティス社の社員が参加し、大学側に寄付金を出している。
松原元教授はすでに2月に退職しているが、大学側の調査に「操作はしていない」との趣旨の発言をしている。
真相はどうか?
産学協同のあり方が問われているといえよう。

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2013年7月11日 (木)

違いがわかる男とは/知的生産の方法(68)

インスタント・コーヒーのCMで、「違いの分かる男のゴールド・ブレンド」というものがある。
従来のインスタント・コーヒーとは一線を画したもの、すなわち差別化している、ということを訴求したものである。
調べてみると、1970年の松山善三さん(映画監督)から始まり、次の1971年は黛敏郎さん(作曲家)等の著名人が起用された。
いかにも「違いが分かりそうな」人たちのラインナップだった。
⇒2009年8月 8日 (土):「同じ」と「違い」の分かる男

最近は、私のTV視聴時間の関係から余り記憶に残っていない。
2010年が 大沢たかおさん(俳優)、2012年が吉田美和・中村正人さん(DREAMS COME TRUE)である。
Photo
http://media.yucasee.jp/r/detail/18943

しかし、本当に違いが分かるならば、インスタントで良しとするものなのかどうか。
昔からの疑問であるが、それは置いておこう。
そもそも「違いがわかる」とはどういうことだろうか?

われわれは、サルの顔はみな同じように見える。
すなわち無差別である。
しかし、京都大学の研究者たちはサルの顔(人相ならぬ猿相)を識別することにより、社会構造などを研究した。
⇒2013年6月18日 (火):AKB48と個体識別/知的生産の方法(61)

「分かる」という言葉は、「分かつ」が語源であるといわれる。
辞書(デジタル大辞泉)で「分かつ」を見ると、以下のような解説が載っている。

[動タ五(四)]
1 一つのものを離して二つ以上にする。別々にする。分ける。「軍勢を二手に―・つ」
2 (「頒つ」とも書く)それぞれに分けて配る。分配する。「希望者には実費で―・つ」
3 見分けて決める。判断する。「理非を―・つ」「黒白を―・つ」
4 仕切る。区別する。「昼夜を―・たぬ突貫工事」
5 同じ感情をお互いに持ち合う。「悲しみを―・つ」
6 (「袂(たもと)をわかつ」の形で)人と別れる。また、同じ行動をしてきた仲間と縁を切る。「僚友と袂を―・つ」

「分かつ」ことの出発点は、特徴を捉えることである。
すなわち、「違い」が「分かる」ことである。
そして、その「違い」を記憶しやすくするために、特徴を捉えてネーミングする。
高崎山のジュピターは、それに相応しい風格を持っていたのであろう。

しかし、「同じ」と「違う」は相対的ともいえる。
自民党と公明党は、明らかに違う政党である。
理念も個別の政策の中身においても、「違う」ところは多々ある。
しかし、連立を組んで政権を担っている限り、与党という括りでは「同じ」政党ということになる。

小異を捨てて大同につくということであろうが、行き過ぎると、何のための政党か、ということになり兼ねない。
しかし、政党(より広くは政治結社あるいは団体)は、近いものほど同じ層を奪い合うので、手を組みにくいということもある。
合従連衡は世の常ということであろうか。

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2013年7月10日 (水)

死の淵の人・イチエフ元所長吉田昌郎さん/追悼(31)

昨日書いたが、2011年3月の東京電力福島第一原発事故当時、同原発所長を務めていた吉田昌郎さんが、食道がんのため、東京都内の病院で亡くなった。

 吉田さんは1979年に東電に入社してから一貫して原子力畑を歩み、2010年6月に同原発所長に就任。事故発生後は原子炉の冷却や、炉内の圧力を下げるベントという作業などについて陣頭指揮を執っていたが、11年11月に食道がんが見つかり、翌月に所長を退いた。
 事故以降の被曝量は70ミリ・シーベルトで、東電は「医師の判断では、事故による被曝と食道がんとの因果関係はない」と説明する。
 吉田さんは12年7月に脳出血で緊急手術を受け、病院や自宅で療養していた。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130709-OYT1T00914.htm?from=ylist

上記記事によれば、吉田氏の病状は11年11月に見つかり翌月所長を退いたことになっており、私もそう思っていた。
ところが、事故発生時にはすでに病魔に冒されていたらしい。

吉田氏は2011年3月11日以降、病気を抱えたままで事故収束に向けて第一線に立ち続けた。休日に帰京する際は通院していたが、同年12月1日付で現場を離れがんの治療に専念していた。
・・・・・・
吉田氏は現場の最高責任者として首相官邸や本社との対立を恐れずに指揮を執り続けた。東電本社が「首相の了解が得られていない」として海水注入の中止を命じたのに対し、吉田氏はこの指示を無視して注水を継続し被害の拡大を防いだ。 
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MPNTC76K50Y801.html

もし、この記事の通りとすれば、自分の命を犠牲にして事故の拡大の防止に尽力したことになる。
Wikipedia-吉田昌郎 では、次のように書いている。

原子炉への海水注入の中断を求める東電本店の指示を無視し、独断で注入を続けるなど毅然とした態度が評価される一方、震災前に第1原発の津波対策の拡充を見送ったことが批判されることもある。事故後、「想定が甘かった部分がある。」と述べ、謝罪した。

事故の実相をもっとも良く知る人として、後世のためにもっと肉声を聞きたかった。
TVの報道では、自身が事故記録を整理している途中だったらしい。
もう少しの猶予はならなかったものかと思うし、ある意味で壮絶な戦死であり、原発事故関連死でもあるだろう。

以下は、7月9日最終更新のWikipedia-吉田昌郎 の<福島第一原子力発電所事故>の項の引用である。

  • 2008年に東京電力社内で、福島第一原子力発電所に想定を大きく超える津波が来る可能性を示す評価結果が得られた際、原発設備を統括する本店の原子力設備管理部が、現実には「あり得ない」と判断して動かず、建屋や重要機器への浸水を防ぐ対策が講じられなかった。その時の原子力設備管理部長が吉田である。
  • 東日本大震災による福島第一原子力発電所事故では事故発生当時の福島第一原子力発電所所長として対応に当たった。当時原子力安全委員会委員長を務めていた班目春樹東京大学大学院工学系研究科教授は、所長の吉田が東京電力本店の命令に反して注水作業を続けていなければ、東北・関東は人の住めない地域になっていただろうとする。
  • 3月12日、海水注入開始後に、開始したことを知らされていない首相の菅直人が海水注入による再臨界の可能性について会議で取り上げたことを受けて、官邸の了承を得ず海水注入を開始したことを問題視した東京電力フェローの武黒一郎は、吉田に海水注入の中止を命じた。吉田はこの命令を受領しておきながら、独断で続行を決意し、現場の作業員に「今から言うことを聞くな」と前置きしたうえで作業員に「注水停止」を命令し、実際には注水を継続させた。(注水継続の根拠たるデータ等の客観的証拠は未だ示されず、あくまでも吉田自身の証言に基づくマスコミ報道による。)証言については、直前のテレビ会議で武黒一郎らなどの注水停止命令に対し吉田は継続を一言も主張もせず、その後、注水を停止したと長らく証言し、国際原子力機関(IAEA)の査察団が来日した際に注水を継続していたと翻意し、客観的データもなくその後、証言が二転三転したと信用性に疑問も呈されている。吉田は、翻意の理由を官邸や東電本社は信用できず、国際調査団なら信用できると最終的に述べているが、不自然さは残るとされている。またメルトダウンが起きた後なので、証言を仮に注水停止したとしていても継続していたと言った方が得だと言う批判も残っている。
    • 会社内では普段「親分肌」、「温厚」な性格だとされていたが、原発事故の発生後は感情を表に出すことが増えた。4月上旬、1号機の格納容器が水素爆発するのを防ぐため、テレビ会議で本店から窒素ガス注入を指示された際には、「やってられんわ! そんな危険なこと、作業員にさせられるか」と上層部に関西弁で声を荒らげた。翌日には抗議の意味を込めてサングラス姿でテレビ会議に出席し、役員らを驚かせた。一方で、免震重要棟の廊下で眠る作業員に「もう帰れ」と声をかけるなど部下思いのため、現場の信望は厚い。以前は原発のスタッフを近隣の街に連れ出し、酒を酌み交わすことも多かったという。
    • 2012年6月11日、福島原発告訴団が東電役員等33人を業務上過失致死傷と公害犯罪処罰法違反の疑いで刑事告訴したが、そのなかに吉田も含まれている。
    • 2011年4月4日夜に吉田が放射性汚染水の海洋に放出する「ゴーサイン」を出した内容を含んだ社内テレビ会議映像が2012年11月30日に公開されたが、放出までの政府と東電の経緯は含まれておらず、詳細は不明のままである。

私は、門田隆将『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』PHP研究所(1211)を読んだ程度で、吉田氏の実像を知る由もない。
しかし、上記Wikipedia-吉田昌郎 に出てくる、斑目春樹、菅直人、武黒一郎などの諸氏との対比において、人間的魅力に富んでいたような印象を受ける。

この人間的魅力とは何だろうか?
幕末維新史における西郷隆盛のような存在である。
坂本竜馬や高杉晋作に自身を擬する政治家は多いが、人望において西郷を凌駕した志士はいないようである。
民主党政権に決定的に欠けていた存在であろうが、人間的魅力を分析的に捉えることは難しい。

気になるのは、2012年7月の脳出血の発症である。
極限的なストレスが原因であろうとは推測できるが、因果関係を証明することはできないだろう。
過労死がなかなか労災認定されないのと同じことである。

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2013年7月 9日 (火)

規制委の安全性審査は必要条件ではあるが十分条件ではない/花づな列島復興のためのメモ(243)

福島第一原発事故の収拾に向けて陣頭指揮を執った吉田昌郎元所長が亡くなった。
9日午前に東京都内の病院で食道がんのため。享年58歳だった。
当然、被曝量は一般人よりも多いだろう。
因果関係はあるのだろうか?

東京電力によりますと、事故発生から退任までに吉田元所長が浴びた放射線量はおよそ70ミリシーベルトで、東京電力はこれまで、「被ばくが原因で食道がんを発症するまでには少なくとも5年かかるので、事故による被ばくが影響した可能性は極めて低い」と説明しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130709/k10015922331000.html

直接的には東電の説明の通りだとしても、極限的な状況である。
何らかの要因が複合して発症したと考える方が合理的なように思う。
事故に対する東電の対応には違和感を覚えることが多いが、現場で文字通り必死の覚悟で困難に立ち向かっていた姿は良き日本人の姿としてわれわれの記憶の裡に留めておきたい。
⇒2011年5月27日 (金):情報の秘匿によりパニックは回避されたのか?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(37)
⇒2011年10月 2日 (日):2号機の真実は?/原発事故の真相(9)

吉田元所長の死を聞いて、原発再稼働に前のめりになっている政権与党の姿を残念に思う。
しかし、最終的な判断はわれわれ主権者であるわれわれ国民である。
いろいろな形で意思表示をすべきであろう。

アベノミクスばかり表面に出ているが、原発再稼働に対する姿勢も参院選の大きな争点として位置づけるべきである。
折しも、国内の原発に対する新規制基準が8日施行された。
大幅な安全強化を義務づけたことは当然のことではあるが、「事業者の虜」から抜け出し第一歩としなければならないだろう。

新基準での審査に、まず4電力会社が5原発10基について申請をした。
⇒2013年7月 6日 (土):東京電力の原発再稼働の可能性/花づな列島復興のためのメモ(242)
原子力規制庁は、現在80人の審査態勢だという。
果してそれでどの程度効果的な審査ができるのだろうか?
余計な心配ではあるが、率直にそう思う。

マスメディアの報道を見ていると、電力会社は、<審査基準に通ること=ゴーサイン>と考えているようである。
あるいは、電力会社だけでなく自公両党も、「原子力規制委員会が安全と判断すれば」再稼働を認めるとしている。
しかし、安全審査基準に適合していることは再稼働の必要条件であっても、十分条件ではないことは当然のことであろう。
必要条件と十分条件の関係は下図のようである。
Photo
ここで、再稼働のゴーサインをAとする。
安全審査基準は、Aに対してBに範囲に入っていることが必要である。
つまり、必要条件であるが、ちょっと分かりづらい。
必要条件というのはnecessary condition の訳だという。
むしろ必然条件と訳すべきだという意見もある。


安全審査基準はもちろん満たさなければならない。
しかし、それだけで安全性が担保されていると言えるのか?

狭い地域で複数の原発を稼働させるリスクについては、個別の炉の安全審査では不十分なことは当然である。
複数の炉で事故が起き太場合はどうなのか?
あるいは1基が放出する放射性物質によって、周囲の原発に運転員や作業者が近づけなくなる場合は考慮されているのか?
集中立地、複数稼働が抱えるリスクは、規制委でまともに議論されてこなかったといわれる。

あるいは、地元自治体との同意。
先の泉田新潟県知事だけではなく、自治体には説明不奥という声が多いようである。

全国知事会議が8日、愛媛県松山市で2日間の日程で始まった。原発再稼働をめぐる議論では、本県の泉田裕彦知事が原子力規制委員会の対応について「立地地域に説明をしない」と批判。福井、愛媛などほかの原発立地県からも「再稼働のプロセスが不透明」などと国への不満が相次いだ。9日に提言を取りまとめる見通し。
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/politics/20130708053533.html

何よりも核燃料サイクルの見通しが立っていない。
⇒2013年5月25日 (土):核燃料リスクをどう軽減するか?/花づな列島復興のためのメモ(219)
現状で原発を稼働させれば、放射性廃棄物は溜まっていく一方である。
いつまでもトイレのないマンションに住み続けるわけにはいかない。

この期に及んで、安くて安定した電源という神話を信奉するのかと問わねばならない。

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2013年7月 8日 (月)

早くも梅雨明け宣言

今日は真夏のような日差しだった。
と思っていたら、早くも梅雨明けとのことである。
気象庁は8日午前、静岡県内を含む東海地方が梅雨明けしたとみられると発表した。
昨年より15日早く、平年より13日早い。
統計開始以来、東海では5番目に早い梅雨明けであるという。

18時の天気図は以下のようであり、北海道や東北地方北部を除いて太平洋高気圧が覆っている。
Ws000002
http://tenki.jp/past/detail/?year=2013&month=7&day=8

富士山が世界遺産に登録されたことにより、例年に比べ富士登山が人気のようである。
私も地元民の1人として、中学生のときから7、8回登頂している。
一番天候が安定していると言われるのが、「梅雨明け10日」の期間である。
さぞかし大勢の人が押し掛けるのであろうが、どうか登山のマナーを守って安全な登山をしていただきたい。

梅雨というのは東アジアに広範にみられる現象である。
Wikipedia-梅雨によれば、その原因とメカニズムは以下のようである。
Photo

梅雨の時期には、以下の4つの気団が東アジアに存在する。
・揚子江気団
中国北部・モンゴルから満州にかけての地域に存在。暖かく乾燥した大陸性の気団。移動性高気圧によって構成される。
オホーツク海気団
オホーツク海に存在。冷たく湿った海洋性の気団。
熱帯モンスーン気団
インドシナ半島・南シナ海から南西諸島近海にかけての地域に存在。暖かく非常に湿った海洋性の気団。インド洋の海洋性気団の影響を強く受けている。 
小笠原気団
北太平洋西部に存在。高温・多湿で海洋性の気団。

春から夏に季節が移り変わる際、東アジアでは性質の違うこれらの気団がせめぎ合う。
中国大陸方面と日本列島・朝鮮半島方面ではせめぎ合う気団が異なる。
中国大陸方面 : 北の 揚子江気団と南の 熱帯モンスーン気団が接近し、主に両者の湿度の差によって停滞前線が形成される。
日本列島・朝鮮半島方面 : 北の オホーツク海気団と南の 小笠原気団が接近し、主に両者の温度の差により、停滞前線が形成される[2]。

性質が似ていることや、距離が離れていて干渉が少ないことなどから、北側の気団同士・南側の気団同士の間には、前線は形成されない。
北と南の気団が衝突した部分には東西数千kmに渡って梅雨前線ができ、数か月に渡って少しずつ北上していく。
この前線付近では雨が降り続くが、長雨の期間は各地域で1か月–2か月にもなる。これが梅雨である。

梅雨はツユと発音する。
露は少ないもの、はかないことを表現するのにも用いられる。

わずかなこと。「―の情け」「―の間」
はかなく消えやすいこと。「断頭台の―と消える」「―の命」
デジタル大辞泉
今年の梅雨は長雨という感じではなかった。
露のような梅雨だったといえようか。

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2013年7月 7日 (日)

ICTとマーケティング/知的生産の方法(67)

ICTの進歩により、世の中の景色も一昔前とはだいぶ変わった。
電車に乗れば、多くの人が、スマホを操作している。
座っている人の何割かは、タブレットである。
とうぜん、広告とかマーケティングのあり方も変貌せざるを得ない。
ビッグデータが注目されるのも、こういった変化があればこそであろう。
⇒2013年7月 5日 (金):ビッグデータ・ブームは本物か/知的生産の方法(66)

ドラッカーは、企業の目的は顧客の創造であり、企業の本質的な機能はマーケティングとイノベーションであると喝破した。
Mc
http://blog.livedoor.jp/yukug-management/archives/8100841.html

それでは、ビッグデータの時代と言われるような時代の変化は、企業のマーケティング活動にどう影響するであろうか?
DMP(データマネジメントプラットフォーム)というのが1つのキーワードのようである。
DMPとは何か?

概念としてのDMPは、大きくふたつに分けられる。ひとつは広告配信先のデータセラーとしてDMP、もうひとつは企業が自社でデータを格納するプライベートDMPだ。もうひとつの見方でいうと、広告だけのためのDMPと、広告配信も含むがもっと多くのマーケティング施策を最適化するためのDMPである。1http://g-yokai.com/2013/04/dmp.php

ICTといわれる時代になって、Webマーケティングの世界でも、パラダイムシフトが起きているといわれる。
広告に仕方が、メディアや代理店主導から、広告主主導へ転換しつつあるのだ。
従来のマス媒体(TV,ラジオ、新聞、雑誌の4媒体)の場合には、出稿した広告の反応を広告主自身が分析することには限界があった。
また、媒体の枠自体も、代理店に頼らざるを得なかった。

しかし、今や状況は変わりつつある。
クリックしたクッキー、ビュースルーしたクッキー、それらの反応が良い掲載面、悪い掲載面、配信タイミング、地域、配信環境等が、広告主でも管理できるのだ。
自分でお金を出した買った広告配信の結果データは、自身のデータ格納装置に貯めて、分析、学習し、次の配信をより最適化するために使うようになるのは当然の流れであろう。
そのためには、データ分析のスキルが自社になければならない。
そして、データ分析は、目的-手段の体系に沿って、インテリジェンスに高められることが必要である。
ドラッカーの言うように、ITのTの論理よりもIの論理ということである。

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2013年7月 6日 (土)

東京電力の原発再稼働の可能性/花づな列島復興のためのメモ(242)

ドラッカーの名言の中でも、企業の目的が、利益の追求ではなく顧客の創造である、という言葉は広く人口に膾炙している。
Photo
http://blog.livedoor.jp/yukug-management/archives/8100581.html

東京電力の社長が泉田裕彦新潟県知事と面会した様子を見ていて、この言葉を思い出した。
電力会社は公益企業の代表格である。
利益の追求に必死という姿勢だけが浮き彫りになっていた。地域独占だから、顧客の創造という視点など眼中にないということだろうか。

 泉田知事は、廣瀬社長に対し、再稼働を急ぐ理由を繰り返し質した。これに対し、廣瀬社長は、「準備ができたため」などと回答した。また、泉田知事が、新潟県と東京電力との間で結んでいる協定を根拠に、安全審査を申請する際には、地元の事前了承が必須であることを繰り返し述べたのに対し、廣瀬社長は事前了承によって再稼働の行程が遅れることを懸念し、地元理解を得る作業と同時並行で、安全審査を申請したい考えを示した。
・・・・・・
 泉田知事が、東京電力側に報告するよう事前に求めていた、福島第一原発事故の発生時に東京電力が行ったベント作業状況についての説明も行われた。この中で、東京電力の担当者が技術的な回答に終始したのに対し、泉田知事は、周辺住民の避難確認や国民への公表が適切に行われたかという点を、東京電力側に質した。しかし、担当者からの回答によって、当時の不十分な対応ばかりが浮き彫りになったことから、泉田知事は、「ベントの設備で、放射性物質を放出するものを造ろうというときに、『(国に)チェックしてもらいます』というメカニカルな話じゃない」と述べ、技術的な問題以上に、著しく信頼性に欠ける東京電力の体質や姿勢こそが、根本的な問題であることを示した。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/89011

原発の新規制基準は8日から施行される。
再稼働申請を北海道、関西、四国、九州の4電力会社が5原発10基の再稼働申請を発表している。
Photo_2
http://qbiz.jp/article/20134/1/

申請してから可否の決定までに半年程度かかるといわれており、東電は、バスに乗り遅れたくないということだろう。
しかし、東電という会社の存立の基盤から再考する姿勢がないと、理解は得られまい。
原発再稼働は、何事もなかったかのように既定のことになっているかの感がある。
安倍首相も前のめりになり過ぎると、命取りになるのではないか。

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2013年7月 5日 (金)

ビッグデータ・ブームは本物か/知的生産の方法(66)

ビジネスの世界で、「ビッグデータ」という言葉が一種の流行語になっているようである。
今までの大量データと区別して「ビッグデータ」というのは何故か?
「ビッグデータ」の特徴は何か?

世紀の変わり目の頃、「IT革命」という言葉が流行した。
当時の首相が「イット革命」と言ったそうである。

 世界中で爆発的にインターネットの普及が進んでいた2000年、森政権下でも国を挙げてIT産業を盛り上げようとしていた。その頃、ズバッとひと言。
「イット革命」
 仮にも一国の首相である。意図しての“読み間違い”に違いない。いや、そう信じたい。そのお陰でこの言葉は光通信以上の速さで全国に伝わり、ITに対する国民の認識を広げてくれた。
http://getnews.jp/archives/264067

その後、ITという言葉に替わって、ICTが使われるようになっている。
ITはInformation Technologyの略であるが、ICTはInformation and Communication Technologyの略である。
コミュニケーションが加わった分、他者との共同性がより意識されているのかも知れない。

ICTの発展・普及の背景には、「ムーアの法則」と呼ばれる半導体の進歩に関する経験則がある。
一般には、集積回路上のトランジスタ数は「18か月ごとに倍になる」。
Photo
Wikipedia-ムーアの法則

具体的には以下のような結果が示されている。
Photo_3
http://jp.fujitsu.com/solutions/convergence/bigdata/

データは意味を持ってこそ価値が出る。大量のデータも、そのままでは無価値である。
大量のデータからどういう意味を引き出すか。
そのために必要な技術は、超並列データベース、データマイニング、グリッド、分散ファイルシステム、エンタープライズサーチ、クラウドコンピューティングプラットフォーム、インターネット、大規模記憶装置などであると言われる。
また、これらの技術スキル、機械学習などの数学や統計を用いたデータからの学習(意味の取り出し)スキル、などを持つデータサイエンティストと呼ばれる人材の確保、育成も必要になる。
Photo_4
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20120207/380351/

かつてドラッカーは次のように言ったことがある。
新しい情報革命は、データの処理にかかわるものではなく、情報のコンセプトにかかわる革命である。
これまでITはT(テクノロジー)を中心としていたが、これからはI(情報)に焦点を合わせたものとなる。
ビッグデータが流行現象の1つに過ぎないか、社会に対し本質的な影響をもたらすかの岐路はその辺りにあるのではなかろうか。

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2013年7月 4日 (木)

参院選とねじれの構造/花づな列島復興のためのメモ(241)

第23回参院選が公示され、21日の投開票に向けた選挙戦が始まった。
今回の参院選から、インターネットを使った選挙運動が解禁されたのが1つの話題である。
しかし、何がどこまで許されることになったのだろうか。
Photo_3
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1307/04/news022.html

上図は総務省のチラシである。
従来は公示とともに候補者がTwitterへの投稿などを停止していたが、参院選からはWebサイトやブログ、TwitterやFacebookなどのSNSを選挙運動に活用することが可能になった。
政党・候補者に加え一般の有権者も選挙運動に利用することができるが、メールの利用は政党・候補者のみ認められ、有権者は禁止されている。
候補者から支持を訴えるメールを受け取った場合、これを友人などに転送することは禁止となるということだ。
Facebookのメッセージ、LINEなどのメッセンジャーは「メール」ではなく「Webサイト」に含まれるため、利用は可能である。

メールの内容をコピーしてSNSで友人とシェア(転送)するのは問題ない。
メールは禁止なのにSNSは認められるとは分かりづらいが、両者の通信方式が異なるというのが理由だ。
SNSは有権者も解禁の対象となるウェブサイトに含むという認定である。
候補者からメールを受け取り、添付された公約やポスターを印刷して配布した場合は違反。
境界が分かりづらいのは確かと言えよう。

それはともかく、衆参のねじれが解消されるか否かが、今後の政治のあり方に大きな影響を及ぼすことになる。
ねじれの構造は6年前の安倍政権下の参院選で生まれたものであり、安倍首相は、ねじれの解消は自分のミッションだという感じである。
確かに、ねじれによって、決められない(決まらない)政治が続いた。
⇒2013年6月28日 (金):失われた6年間/花づな列島復興のためのメモ(237)

しかし、それをどう評価するかは別の問題である。
国政のイシューは多岐にわたっているが、政党の姿勢そのものが、明確に分かれているわけではない。
たとえば「憲法96条改正」「原発」「TPP」という3つの争点について、各党のスタンスは下図のようである。Photo
東京新聞7月4日

政党のスタンス自体がねじれていると言った方が正確であろう。
注目すべきは、原発については自民党だけが際立って他党と異なる姿勢であることである。
他の2つの争点については、維新とみんなが比較的自民党に近い。
しかし、原発については、明らかに自民党と一線を画している。

私は、核燃料サイクルが完結しない限り稼働できないと考える。
そして、現実にその見通しは立っていない。
⇒2013年5月25日 (土):核燃料リスクをどう軽減するか?/花づな列島復興のためのメモ(219)
つまり、原発には期待しないという立場である。

もちろん、安定的なエネルギー供給は大切である。
しかし、そろそろサプライサイドに立った政策ではなく、デマンドサイドに立った政策に重心を移すべきだろう。
つまり省エネである。
省エネを我慢して行うのではなく、一定の快適性のレベルは維持しつつ、使用エネルギーを減らすための技術開発を応援するようなスキームである。
いわゆるグリーンデバイスは、日本の得意とする分野である。
エネルギー原単位をどこまで減らせるか、それを追求することなしの原発再稼働は本末転倒というべきである。

政党政治ではあるが、民意は政党では括れないのではないか。
ねじれていることが、むしろ健全のような気がする。

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2013年7月 3日 (水)

東電が原発再稼働申請/花づな列島復興のためのメモ(240)

東京電力が柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働を原子力規制委員会・原子力規制庁に早期に申請する意向を表明した。
規制委が定めた新規制基準が今月8日施行された後に、安全審査の申請を速やかに行いたいということだ。
第一印象は、なぜそんなに急ぐのか、そこまで追い詰められているのか、ということである。
Photo
東京新聞7月3日

地元新潟県の泉田裕彦知事は「立地地域との信頼関係を構築する意思がないものと受け取らざるを得ない」などとコメントし、強い不快感を示した。 

新潟県の泉田知事は、柏崎刈羽の再稼働の是非について「福島第1原発事故の検証・総括が必要」との考えを繰り返し指摘しており、東電から再稼働申請の動きがあった場合は「信頼関係を破壊する」(6月12日の記者会見)と、強い口調で警告していた。また、規制委が策定した新規制基準についても「福島事故の検証・総括なくしてなぜ安全基準が作れるのか」と否定的な見解を示してきた。
新規制基準によると、柏崎刈羽原発など「沸騰水型軽水炉」では、緊急時に原子炉格納容器の圧力を下げるために蒸気を外に放出する際に放射性物質を取り除く「フィルター付きベント設備」の設置が再稼働時点で必要となる。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE96108220130702

ベント設備等に△印が付いているように、見切り発車であることは明らかである。
東電は3期連続の赤字で、今年3月期は6852億円という巨額であった。
柏崎刈羽を稼働させないことには、企業として存続できないということだろうが、福島第一原発事故が収束していないことはもはや隠しようもない。
地元自治体の同意が得られる見通しはまったくないのではないか。
130703_2
静岡新聞7月3日

将来のエネルギーのあり方は、極論すれば、下記のいずれかである。
1.化石エネルギー依存
2.原子力依存
3.再生可能エネルギー依存(可能な限りの省エネ前提)
⇒2013年6月19日 (水):高市発言の思考の文脈/原発事故の真相(73)

化石エネルギーは有限であり、CO2の問題もある。地域的に偏在しているので、常に地政学的問題がつきまとう。
原子力は、少なくとも核燃料サイクルにメドがつくまでは封印すべきであろう。
省エネの可能性を真剣に検討すべきではないか。

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2013年7月 2日 (火)

円安は良いことか?/アベノミクスの危うさ(9)

いわゆるアベノミクスの「3本の矢」の1本として、黒田日銀総裁が「次元の違う」金融政策を打ち出したのは4月4日のことだった。
すでに政権交代必至と見られていた昨年11月段階から、株価と円安はかなり進んでいたが、それが一段と加速した。
「スピード違反」との声もあったが、マスメディアはおおむね好意的に論評していたのではないだろうか。
ところが、5月23日に日本の株式市場は突然変調をきたし、せっかくの異次元緩和の効果はほとんど無に帰してしまった。
⇒2013年5月29日 (水):アベノミクスの危うさ/花づな列島復興のためのメモ(221)
⇒2013年6月15日 (土):アベノミクスの危うさ(7)/花づな列島復興のためのメモ(231)
130702
伊藤隆敏「経済教室」・日本経済新聞7月2日

5月23日以降の変調は一過性のものなのか?
4月4日~5月22日の円安・株高と5月23日~現在の円高・株安をどう見るか?
それは、今後2年間でマネタリーベースを2倍に増加させ、消費者物価指数上昇率を2%にするとした日銀の金融政策にムリがあるのだろうか?

「円安が進行して輸出が増大する。輸出関連企業の利益が増大し、株価が上がる。日本経済は長く続いた停滞から脱却しようとしている」と見るべきなのか?
円安は、国民にとってプラスの面が大きいのか?

7月になって、さまざまなモノが値上げとなった。
この夏値上げされる品目は以下のようにまとめられている。
Photo
東京新聞7月1日

円安がアベノミクスの効果だとして、円安はもろ手を挙げて歓迎すべきことなのか?
円安の日本経済への影響はどうか。
もちろん、プラスの面もマイナスの面もある。
130701
東京新聞7月1日

問題は、上記図式の「明」は大企業であって、圧倒的多数を占める中小企業や家計は「暗」の側に位置することである。
タイムラグを伴って、中小企業や家計にも波及するという説明がされる。
私には、格差の拡大・固定化が進んでいるように見えるのだが。

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2013年7月 1日 (月)

金融緩和の効果と影響-アベノミクスの危うさ(8)/花づな列島復興のためのメモ(239)

7月4日に公示される参院選の争点はなにか?
憲法改正を含めいろいろあるだろうが、先ずは安倍政権の経済政策「アベノミクス」だろう。
デフレ脱却を目指し、「3本の矢」と呼ぶ政策セットを打ち出した。
Nipponcom_2

その効果はどうか?
もちろんデフレ脱却の答えはそう簡単には出ない。
現時点ではどうだろうか?
株価と為替(円相場)の推移は下図の通りである。
Ws000000_3

株価と為替はほぼ連動している。
円が安ければ株は高い。
ただしこの株価は、日経225の値であって、上場企業の代表的銘柄の平均値である。
輸出型の企業が多いのではなかろうか。

ところでデフレはなぜ良くないのか?
デフレとは、継続的な物価の下落のことである。
物価は安いに越したことはない、と思うがそうでもないらしい。
デフレがデフレを呼んで、スパイラル的に進行する。
Photo
http://www.ykk-nenkin.jp/lifeplan/pop/popup_okane23.html

つまり、デフレにより物価が下がると、企業の業績が悪化し、物価だけでなく従業員の賃金が下がったりリストラなど雇用調整が行われ失業率も高くなる。
企業は設備投資を抑え、個人も消費を抑えるから、お金を使わなくなり、ますます物が売れなくなり・・・ということになる。
だから、デフレは良くない、ということになっている。

「3本目の矢」は成長戦略である。
企業が積極的に設備投資をしなければ成長はあり得ないだろう。
2007年以降の設備投資の様子は下図のようである。
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野口悠紀雄-ダイヤモンドオンライン6月28日号

野口氏は、以下のように解説している。

設備投資は、四半期ベースで、製造業が3兆円程度、非製造業が6兆円程度でほぼ一定である。
利益が増加しても、企業はそれを内部留保に回し、借入を減らして、設備投資に回らないだろう。
いかに異次元緩和でマネタリーベースを増やそうとも、銀行貸出を減らすだけで、経済活動を活性化する効果は生じないだろう。

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