電王戦の記者会見における塚田九段の涙/知的生産の方法(57)
昨日(6月2日)の東京花壇に、佐々木幸綱選で、次の歌が第一席の選ばれていた。
トップ棋士を遂に超えしか電脳は口惜しけれどもフリーズも無し
埼玉県草加市 神保公一
(評)大ニュースとして報道された将棋電王戦である。そういえば昔のコンピュータはよくフリーズしたっけ。
「新潮45」の6月号は、「反ウェブ論」が特集である。
その中に、『われコンピュータ将棋と引き分けたり』という塚田泰明九段の手記が載っている。
先ごろ行われた電王戦の第4局で、「Puella α」という将棋ソフトと引き分けた対戦を巡ってである。
⇒2013年5月 5日 (日):将棋ソフトの進歩と解説ソフトの可能性/知的生産の方法(52)
第2回電王戦のプロの5人のメンバーは、去年の6月ごろには内定していて、7月頃から準備を始めたそうである。
私はもう少し直前になるまで決まっていないのかと思っていたが、第1回電王戦で米長永世棋聖が破れたことから、慎重に臨んだのであろう。
プロ棋士の中から公募するという形をとって選考されたのだが、コンピュータ将棋に詳しい棋士は、みな応募しなかったということである。
負ける可能性が高いことを知っていたからである。
塚田九段は、米長永世棋聖の敗因は、米長さんの間違いにあって、正しく指せば棋士に負けはない、と解釈していたらしい。
塚田九段は、1980年度(昭和55年度)にプロ入り(四段に昇段)した花の「55年組」の1人である。
「王座」のタイトルを獲得したほか、名人戦A級通算7期、竜王戦1組通算9期という歴戦の強者である。
塚田九段も、去年の内定から、将棋ソフト相手にいろいろ研究を行い、対策を練ってきた。
しかし、実戦で「想定外」のことが起こった。
塚田九段が予習していた将棋ソフトでは指さないような手を指してきたのである。
塚田さんは騙されたような気がしたと言っているが、将棋ソフト側がソフトを公開していれば、そんな気もしなかったのであろうが。
それは下図のような局面であった。
将棋の戦法に、「入玉」というものがある。
一方の玉将(玉)または王将が敵陣(相手側の3段以内、自分の駒が成れるところ)に入ることである。
将棋の駒は、玉将・飛車(竜王)・角行(竜馬)以外のほとんどの駒は前方には強いが後方には弱い。
その上、敵陣内では歩兵・香車などを容易に成らせることができるため、相手の玉将が入玉し、後方に陣取られてしまうと、詰めるのが非常に困難になる。
塚田九段は、研究の結果、比較的コンピュータが苦手な序盤で優勢を築き、できるだけ殴りあうような局面を避けて戦うという戦略で臨むことにした。
将棋ソフトの研究家である飯田弘之六段からは、入玉のチャンスを狙えというアドバイスもあり、機会を捉えて入玉作戦を実行中であった。
しかし、125手目で、思いもかけないような手を「Puella α」が指してきたのだ。
塚田九段が研究してきた将棋ソフトには、入玉を目指すという発想はなかった。
そのことを、騙されたような気がする、と言ったわけである。
もし双方の玉将が入玉したときは、両者の合意によって対局を中断して点数計算を行う。
点数計算は、自分の盤上の駒と持ち駒を、大駒(飛車・角行)を5点、玉将を0点、小駒(金将・銀将・桂馬・香車・歩兵)を1点として合計して計算する。
それまで駒を損しながら入玉作戦をとっていた塚田さんは、一挙に絶望的な状況に追い込まれてしまった。
ところがコンピュータが絶対的に強いはずの終盤に、「Puella α」が変調をきたした。
駒数勝負という評価関数が入っていなかったので、自分の王様が安全と考えると、無意味な「と金」を作り始めたのである。
素人目にも奇妙な棋譜といえよう。
しかし、このような「Puella α」の行動によって、必敗の情勢だった塚田九段に、引き分けに持ち込むという希望の灯がともったのだ。
最終的には「引き分け」という結果に終わった。
それは決して「美しい」とは言えない棋譜だった。
しかし、チームのために負けられないという思いから、人間相手には決して選択をしない筋悪の手を指さざるを得なかったのだ。
プロとしては、マンガチックな手を止むに止まれず指した。
塚田九段が対戦後の記者会見で、「投了を考えませんでしたか?」と問われ、涙を流した背景である。
「美学」、「意地」、「自己犠牲」・・・
このような思考は、やはりコンピュータにはない、人間のものであろう。
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