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2013年6月

2013年6月30日 (日)

視力と分解能/知的生産の方法(65)

言葉は事象を分ける。
ある事象を言語化するということは、他の事象と違うことを認識するということである。
たとえば、1年の季節は、4つに分けられるが(四季)、24にも(24節季)72にも(72候)分けられる。
⇒2013年6月21日 (金):言葉の解像力/知的生産の方法(62)

世の中の事象は無数にある。
言い換えれば、継ぎ目なしに連続している。
一方、言葉の数は有限である。
いくらボキャブラリーが豊富な人でも限りがある。
であるから、分け方には限界があるし、同じ言葉で違う事象を表現しなければならないこともある。

この分ける力の限界が分解能である。
どこまで識別できるかは、視力検査のことを思い浮かべれば分かりやすい委だろう。
おなじみの視力検査の図である。
Photo_11
http://kimoto.hatenablog.com/entry/2013/01/28/120028

ランドルト環と呼ばれるもので、次のように説明されている。

ランドルト環は黒色の円環で、円環全体の直径:円弧の幅:輪の開いている幅=5:1:1のサイズである。視力は分単位で表した視角の逆数で表す。例えば、5mの距離から約1.45mmの切れ目を判別できると視力1.0となる。日本では直径7.5mm、太さ1.5mm、の円の一部が1.5mm幅で切れている環を5m離れたところから見て正確に切れている方向がわかる能力を「視力1.0」としている。ISOでは直径7.272……(循環小数)mm、太さ1.4544……(同左)mmという数値が規定されている。
Wikipedia-視力

この切れ目のどこまで見ることができるか。
それによって視力を測定する。

学生時代はずっと良かった視力が、加齢によって次第に衰えてきた。
クルマの運転免許証に、眼鏡使用が条件となって久しいが、現在は更新保留中である。
今の身体状況では返上せざるを得ないだろうが、やはりちょっと寂しい感じはする。

 

 

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2013年6月29日 (土)

原発再稼働と安倍政権/花づな列島復興のためのメモ(238)

安倍首相は原発再稼働に向かって前のめりのようである。
自民党内には有志でつくる「電力安定供給推進議員連盟」(会長・細田博之幹事長代行)があり、 「(再稼働を)大きな世論の流れにしていかないといけない」としている。
再稼働推進派のが6日に開いた会合で、はこう強調した。
議連のメンバーには細田氏の他に、大島理森前副総裁(衆院青森3区)や高木毅国対筆頭副委員長(衆院福井3区)ら地元に原発がある有力議員が入っている。

それぞれの選挙区事情があるのだろうが、こうした動きについて、自民党の中からさえも、疑問の声が上がっている。

党政調幹部の一人は「参院選を戦う上で議連の動きはマイナスだ。全体として票が減る」と戸惑い気味。「福島が収束してもいないのに日本の原発が世界一安全と言えるわけがない。調子に乗っているのではないか」。党内からはこんな声も漏れている。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201306/2013060800209

安倍首相地震も再稼働に意欲的だ。
5月15日の参院予算委員会で、次のように答弁している。
「原発再稼働に向けて政府一丸となって対応し、できるだけ早く実現していきたい」

明確な“再稼働ありき”の意思表示である。
デフレ経済からの脱却が安倍政権のミッションであって、そのためには「3本の矢」の中でも、「成長戦略」を実体化していかなければならない。
しかし、「再稼働による経済成長」か、それとも「脱原発による経済停滞」かの二者択一が正しい問題の立て方だろうか?

もちろん、安倍首相も、「原発については安全第一が原則だ。その安全性については原子力規制委員会の専門家に判断を委ねる」として、新規制基準を満たさない限り再稼働しないとしている。
しかし、上記の議連の動きは、規制委に圧力を加えようとしているのではないか。

また、原発の輸出にも熱心である。
あたかもトップセールスが自分の役割と思っているようである。

5月、2011年の東京電力福島第1原発事故後初の原子力協定にアラブ首長国連邦(UAE)、トルコと署名。サウジアラビアとも協議開始で合意した。5月29日にはインドのシン首相と会談し、原子力協定に向けた交渉再開で合意した。6月にはチェコなど東欧4カ国を訪問するが、ここでも原発輸出が主要テーマになる。
http://biz-journal.jp/2013/06/post_2298.html

福島原発事故のような重大な事故を繰り返してはならない。
そのためには、事故が起こった原因を疑問の余地なく明らかにしなければならないだろう。
それがなされない限り、「安全」と言えないことは論理の帰結だろう。

おそらく、安倍首相ががセールスを行わなくても、世界の原発は増えていくだろう。
中国をはじめ、インド、インドネシア、ブラジルなどの人口大国は、原発に依存せざるを得ないと考えているはずである。
原爆の惨禍を体験し、さらに福島原発事故を起こした日本の役割は、脱原発を図りつつ、成熟経済を実現する方向性の提示にあるのではなかろうか。

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2013年6月28日 (金)

失われた6年間/花づな列島復興のためのメモ(237)

参院本会議で、生活、社民、みどりの風の3党が提出した安倍首相の問責決議案が、民主党、みんなの党、日本維新の会が賛成に回って、賛成多数で可決した。
問責の趣旨は以下の通りである。

安倍内閣は、参議院規則第38条第2項に則り正式な手続きを経て開催された参議院予算委員会の出席要求を拒否し、6月24日、25日の両日に渡って同委員会を欠席しました。これは、国務大臣の国会への出席義務を規定した日本国憲法第63条に違反する許しがたい暴挙であります。憲法第九十九条  は、我々国会議員に、そして総理をはじめとする国務大臣に憲法を尊重し擁護する義務を課しております。憲法改正を声高に叫ぶ安倍内閣総理大臣が、憲法違反の行為を平然と行うことを我々は決して黙認してはならないのであります。
http://blogos.com/article/65041/

これにより国会は最終日に空転し、成立予定だった電力システム改革を進める電気事業法改正案や、生活保護の不正受給対策を強化する生活保護法改正案などの重要法案が廃案になる方向だという。
各党の言い分はそれぞれにあるのだろうが、田舎芝居を見せられているような感じは拭えない。

 民主党の海江田万里代表と細野豪志幹事長は26日午前、国会内で記者会見し、問責決議可決の場合、法案審議に応じない考えを表明した。参院で少数の与党は、残る重要法案成立のため民主党に協力を求めたが受け入れられなかった。自民党の脇雅史参院国対委員長は参院議員総会で、残る重要法案は廃案になると説明した。
 今国会では、区割り改定法に加え、社会保障や税に関する個人情報を1つの番号で管理する共通番号「マイナンバー」制度の関連法などが成立した。
 一方、国家安全保障会議(日本版NSC)を設置するための関連法案や、緊急時の在外邦人の陸上輸送を可能とする自衛隊法改正案は継続審議となる。
 国会閉幕を受け、安倍晋三首相は26日夕、首相官邸で記者会見する。与野党は参院選に向けた会合を開き、結束を確認する。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20130626/plt1306261707006-n1.htm

これにより、参院選のモードにギアが入れ替わるのだろう。
しかし、国民の側は一向に盛り上がっているようには感じられない。
参議院の任期は6年だから、改選されるのは2007年の選挙で選ばれた議員である。
奇しくも、その時も安倍内閣だった。
⇒2007年8月12日 (日):戦後レジームについて

郵政造反組復党問題や年金問題、相次ぐ閣僚の不祥事等が重なったことを主要因として、自由民主党の獲得議席数は37議席と第15回参議院議員通常選挙(1989年)以来の歴史的大敗を喫し、1955年結党以来初めて他党に参議院第一党の座を譲った。改選議席数の確保を目指していた公明党は神奈川県・埼玉県・愛知県の各選挙区で現職議員が落選、比例でも票が伸びず議席を減らした。
一方、野党第1党の民主党は追い風を受け60議席を獲得し、参議院で第一党となった。自民・民主の二大政党の争いに埋没した共産・社民両党は苦戦し、議席を減らした。国民新党は現有議席数を維持し、新党日本は1議席を確保した。非改選議席と合計すると137議席となり、野党は参議院における安定多数を確保した。

Wikipedia-第21回参議院議員通常選挙

その当時とは状況がまったく違う。
私がこの日記(ブログ)を書き始めたのは2007年8月だからその直前ということになる。
この選挙の大敗の影響もあったのだろうが、安倍首相は9月には体調を崩したことにより、退陣を余儀なくされた。
⇒2007年9月13日 (木):安倍辞任をめぐって

記憶をたどれば、当時は長く続いていた自民党中心の政治に倦んでいたといえよう。
その結果が、歴史的ともいえる自民党の大敗であった。
それは2009年の政権交代に繋がっていくが、交代した民主党が余りにお粗末だった。

今、アベノミクスを標榜して、安倍首相は意気軒昂のようである。
前哨戦といわれた都議選も、自公の完勝であり、民主党は共産党よりも少数政党になってしまった。
この情勢のまま、参院の勢力図も定まるのであろうか?
しかし先の静岡県知事選のように、地方では自民党も結構負けている。
⇒2013年6月17日 (月):静岡県知事選の結果と浜岡原発/花づな列島復興のためのメモ(232)

この6年間の政権は下記のようである。
6
東京新聞6月26日

思えばこの選挙が衆参の「ねじれ」の始まりだった。
安倍首相は「ねじれ」が諸悪の根源であるかのような口ぶりであるが、むしろ健全な判断の結果ではなかろうか?

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2013年6月27日 (木)

色の名前/知的生産の方法(64)

家の書棚にあった『週刊 日本の歳時記 10 明け急ぐ夜』をパラパラと拾い読みをしていたら、今の時季が緑色系の季節によく馴染むことを知った。
近くの三嶋大社には、夏越の祓いのための「茅の輪」が設えてあるが、その茅の色が深い緑である。
Photo

上掲歳時記の巻末に「色の名前」という連載記事がある。
6月17日発売号だったこの巻は「苔色」であり、「水無月の長雨にうたれて青さを増す緑」というキャプションが付いている。
今年は梅雨入り宣言をした後、なかなか雨が降らず空梅雨の感じだったが、今週はかなりまとまった雨量があったのではなかろうか。

苔も雨の中で一際緑色が冴える。
京都の名刹・西芳寺は、別名の苔寺の方が有名であろう。
Photo_2
http://teienmeguri.kyotolog.net/

この見事な苔は、紅葉のときは以下のようになる。
3
http://photograph.pro/wallpaper/11114544_FHD.html

四季のある日本という国の恵みである。
私も久しく訪れていないが、40年ほど前から予約しなければ拝観できないようになった。
写経が義務である。

苔の保護のためには致し方ないのだろうが、私のように無計画な人間には面倒なことではある。
もっともそのバリアが来訪者を抑えるのは、世界文化遺産の登録が決まった富士山の入山料と同じことであろう。
⇒2013年6月23日 (日):富士山世界遺産登録を寿ぐ/花づな列島復興のためのメモ(234)

京都といえば、この間訪れた東福寺の「青々とした緑」の印象が新しい。
⇒2013年5月 9日 (木):東福寺の「青々とした緑」/京都彼方此方(6)
この「青々とした緑」について、以下のような解説があった。

 もともと「みどり」は、みずみずしさを意味する語であったという。新生児を「みどりご」とよび、艶やかな黒髪を「みどりの黒髪」というのは、そのためだ。これに漢名の「緑」をあて、公式の色名としたのは平安時代で、律令の施行細則を記した「延喜式」には深緑、中緑、浅緑、青緑の名がみえる。
 ところが古代日本では、寒色系の色を総じて「青」とよんだ。よって、緑色も通俗的には「青」であり、逆にかさねの色目にみえる「青」は、実は緑色をさしている。青山、青田、青葉といった言葉は、緑色を「青い」と形容した名残である。これで「青々とした緑」という表現にも合点がいく。

確かに合点がいった。
同書には、伝統の色として下記が示されている。
4

左から、「青緑」「緑・翠・碧」「苗色」「草色」「苔色」である。

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2013年6月26日 (水)

言葉はデジタル/知的生産の方法(63)

私たちは「虹は7色」と思っている。
それは、可視光を7つに分解して見ているということである。
すなわち、短波長側から、紫・藍・青・緑・黄・橙・赤である。
Photo_9
http://www1.c3-net.ne.jp/kato/colcube/

光のスペクトルが7色だと主張したのはニュートンである。
彼は、音楽理論 との関係を意識したのだと言われる。
しかし、光のスペクトルはデジタル量ではない。
連続した波長の変化であるから、区分の仕方は任意である。

たとえば、黄と緑の間には黄緑がある。
そして、黄緑と黄の間には黄黄緑が、黄黄緑と黄の間には黄黄黄緑が、というようにいくらでも細分できる。
その、どこまでを識別できるか?

おそらく、それは名前と関係するのではないか。
黄緑系の色見本を検索すると、以下のようなものがある。
Ws000000_2
http://www.maku-main.net/creating/color/lyme.html

いずれにしろ言葉の数は有限であるから、デジタル(離散的)に波長を区切ることになる。
色相環は、紫・藍・青・緑・黄・橙・赤に赤紫を加え、環状に配置したものである。
Photo_12
http://www2s.biglobe.ne.jp/~yoss/color/colorkiso.html

色相環の対角線上にある色が補色である。

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2013年6月25日 (火)

復興庁幹部職員の処分/花づな列島復興のためのメモ(236)

こういう問題は風化させてはいけないと思うので、改めて取り上げる。
復興庁の幹部職員の暴言ツィートである。
先日、「『左翼のクソども』などと市民団体への中傷を行なっていたのであるが、表面上の発言“だけ”を問題にしていても、それこそ氷山の一角であって、真の問題は水面下の方にある」と書いた。
⇒2013年6月19日 (水):高市発言の思考の文脈/原発事故の真相(73)

復興庁が懲戒処分にした。
これで一件落着のつもりだろうか?

 復興庁は21日、短文投稿サイト「ツイッター」で暴言を繰り返した水野靖久参事官(45)を停職30日の懲戒処分とした。水野氏は同日付で出身官庁の総務省へ異動した。
 中島正弘事務次官と岡本全勝統括官も職員の指揮監督や服務指導が不十分だったとして文書戒告の懲戒処分とし、根本匠復興相は給与1カ月分の自主返納を表明した。
 復興庁によると、水野氏が同庁に出向した昨年8月からことし6月中旬までにツイッター上で発言した約600件のうち勤務時間内が23件、同庁の信頼を傷つける内容が6件あり、それぞれ国家公務員法が定める職務専念義務違反、信用失墜行為に当たると判断した。
 復興庁は21日付で職員がインターネットで情報発信する際の留意事項を記した内規を定めた。根本復興相は記者会見で「全職員一丸で信頼回復に努める」と話した。

http://www.kahoku.co.jp/news/2013/06/20130621t71030.htm

復興庁(政府)の早く処分を済ませて、参院選への影響を回避したいという思惑が透けて見える。
処分の内容を見ると、ツイッターの使い方が間違っていたので処分し、これからは間違えないように内規を設けた、ということに尽きる。
だが、それは表面上のことに過ぎず、むしろ本質から外れていると言わざるを得ない。
もちろん、意図してのことであろうが。

 この職員は総務省キャリアの水野靖久・復興庁参事官(45)。千葉県船橋市の副市長を経て昨年8月同庁に出向し、東京電力福島第1原発事故で約15万人が避難する福島県の支援を担当。超党派の議員立法で昨年6月に成立した「子ども・被災者生活支援法」に基づき、具体的な支援策を定める基本方針のとりまとめに当たっている。
 水野氏は今年3月7日、衆院議員会館で市民団体が開いた集会で、同庁側の責任者としてとりまとめ状況を説明。同日「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会に出席」とツイートした。翌8日には「今日は懸案が一つ解決。正確に言うと、白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意」と、課題の先送りを歓迎するかのような内容をツイートしていた。
http://togetter.com/li/517873

重要なのは、この参事官が「課題の先送りを歓迎する」ことをホンネで表明していたことである。
いわばサボタージュの自白である。
結果として、「何も進まぬ1年」である。
130622
東京新聞6月22日

復興予算の盛大な無駄遣いをする一方で、やるべきことをやらない。
政治の責任か、役人の本質か、あるいは結局われわれ有権者の問題か。

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2013年6月24日 (月)

風疹の流行に手をこまねくのか?/花づな列島復興のためのメモ(235)

風疹が流行している。

Photo_3
http://www3.nhk.or.jp/news/stopfushin/

アメリカの疾病対策センター(CDC)は19日、風疹の流行が続く日本への旅行者に渡航注意情報を出した。

 注意情報は、東京や大阪などで多くの風疹患者が確認され、今後も流行が続くと指摘。妊娠初期の女性が感染すると赤ちゃんに障害が残る場合があるため、風疹の予防接種を受けた経験や風疹にかかった経験がない妊婦には、流行が収まるまで渡航を延期するよう勧告している。それ以外の旅行者には、渡航前に予防接種を受けるよう呼びかけた。
 CDCの渡航注意情報は、レベル1(低リスク)、レベル2(中リスク)、レベル3(高リスク)の3段階に分かれており、今回はレベル2。日本と同様に風疹が流行中のポーランドにも同日、レベル2の注意情報を出した。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130620-OYT1T01021.htm?from=main6

これに対し、厚生労働省はどう対応するのか?
田村憲久厚生労働相は閣議後の記者会見で「特別な対応を取るところまでは来ていない」と述べた。
アベノミクスでも医療を重点成長分野としているにもかかわらず、国内で風疹の大流行を放置するということでいいのか?

臨時接種というお話も要望の中で頂いてますけれども、ちょっとそれは例の鳥インフルエンザ、この間は豚インフルエンザでしたっけ。そういうような緊急時のですね、外からパンデミックのおそれがあるようなですね、そういうものに対してという話でございまして、なかなか風しんが今現状そのような状況ではないと。確かに例年と比べればかなり多いということは確かなんですれども、他の予防接種、まだ定期接種化されていない予防接種の感染者等々の数と比較してもですね、爆発的に多いというわけではないわけでございまして、御要望は御要望で真摯に受け止めさせていただかなきゃならんと思いますけれども、なかなか財政的な措置をしてですね、他の予防接種の疾病といいますか、それと特別な対応というところまでは来ていないと。数的にもそういう状況にあるということであると思います。
http://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/2r98520000034ta3.html

確かに他の疾患との患者数とのバランスといったことはあるであろう。
しかし、風疹はワクチン接種を受ければほとんどの確率で防ぐことができるといわれる。
少子化が問題になっている一方で、釈然としない。
今後の日本の人口の推移は次のように推定されている。
Photo_5
http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2005/17WebGaiyoh/html/hg110300.html

安心して妊娠できないでは、少子化対策の本気度が問われよう。

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2013年6月23日 (日)

富士山世界遺産登録を寿ぐ/花づな列島復興のためのメモ(234)

国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会が、日本が推薦していた富士山について、「荘厳な姿は信仰の対象と芸術の源泉で、西洋芸術の発展にも顕著な影響をもたらした」と高く評価し、世界文化遺産への登録を決定した。
三保松原についても、重要な資産として一体として登録すべきだとした。
130623
東京新聞6月23日

静岡県民の1人として、素直に喜びたい。
三保松原については、諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)は除外を勧告していたが、「教理が離れている」などの理由は、日本人の感覚からすれば違和感のあるものであった。
それが認知されたということであろう。
⇒2013年5月 2日 (木):富士山を見るための距離と視角/知的生産の方法(51)

海を背景にして松林の中に設えられた舞台で、薪能を見たことがある。
演目に、『羽衣』が入っていた。
⇒2011年10月 9日 (日):三保松原で薪能を観る

 国内の世界遺産は2011年の「小笠原諸島」(東京都)、「平泉の文化遺産」(岩手県)に続いて17件目で、文化遺産としては13件目。同委の審議が終わる26日に正式登録される。
 世界遺産としての正式名称は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」で、標高約1500メートル以上の山域のほか、富士五湖や周辺の浅間神社など25の構成資産から成る。
 イコモスは4月、富士山が登録にふさわしいと勧告する一方、三保松原は「信仰と芸術の山として不可欠な要素とは言えない」として、除外を登録条件とした。
 政府代表団はプノンペン入り後、委員国に三保松原の重要性などを個別に説明。22日の審議では、ほぼ全ての委員国が富士山の登録に賛意を示し、三保松原についても「重要な資産で一体として登録すべきだ」との意見が相次いだ。
 登録に当たり、同委は増加が予想される来訪者対策などを盛り込んだ保全状況報告書を16年までに提出するよう日本政府に求めた。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013062200216

世界遺産登録の意義が後世に伝えていくということであるならば、これからが本番である。

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2013年6月22日 (土)

清少納言『枕草子』/私撰アンソロジー(24)

2_2

昨日が夏至。
これから、昼の時間は短くなり、夜は長くなっていく。
しかし、実際に体感するのは、これからが夏本番で、また猛暑か、省エネか、ということである。

夏の季語として、「短夜」がある。
文字通り、夜が短いのが夏の特徴だ。
夏としては、その夜がが一番だ、というのが清少納言の主張である。

何の根拠も示されていない。
論理的とは言えない。
論理的な思考としてよく解説されているのは、三角構造である。」
Photo_2
工藤順一「国語専科教室」

清少納言『枕草子』は、「根拠」を示さない。
どういう思考の道筋でそう考えたのかはどうでもいい。
とにかく「夏は夜」なのだ。

「具体例」は、「蛍が飛び違うさま」であろうか。
確かに夏の風物ではあるが、それだけでは十分とは言えない。
ちなみに、「春はあけぼの」「秋は夕暮れ」「冬はつとめて」である。
きっぱりと、自分の好みを主張している。

松岡正剛氏は、「千夜千冊・枕草子」で、切れ味よく。次のように解説している。

清少納言の話題はほとんど「好み」に類する。何が好きで何が嫌いなのかをはっきりと言う。そのときすばやく比較を入れる。これはのちのちの数寄の文化の先駆ともいうべきで、「好み」の「取り合わせ」がさすがなのである。それが世事に速く、ファッショナブルで、かつそれでいて大胆に斬る。
 
リストのあげかた、それを答える手順、順序、序破急、守破離が巧みなのである。わかりやすい例でいえば、猫は背中全体が黒くて腹が真っ白なのがいいと書いたあと、雑色や随身はちょっと痩せて細身なのがとてもよくて、あまり太ると眠たくていけないなどと続け、小舎人童(ことねりわらわ)は髪の先がさっぱり落ち細って、やや青みがかっていると色っぽい、などと付け加えるのだ。こんなコメンテーターはめったにいない。

私の記憶では、1970年代まではまだ自然の中で蛍を見る機会があった。
最近では、「ほたる祭り」などのイベントでしか見る機会がない。

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2013年6月21日 (金)

言葉の解像力/知的生産の方法(62)

今日は夏至である。
夏至は24節季の1つである。
Wikipedia-夏至を見ると、以下のような説明が載っている。

夏至(げし)は、一年中で一番昼が長い日。
二十四節気の第10。五月中(旧暦5月内)。
現在広まっている定気法では太陽黄経が90度のときで6月21日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とし、日のほうは夏至日(げしび)と呼ぶ。恒気法では冬至から1/2年(約182.62日)後で6月22日ごろ。
期間としての意味もあり、この日から、次の節気の小暑前日までである。
西洋占星術では、夏至を巨蟹宮(かに座)の始まりとする。

季節といえば四季すなわち春・夏・秋・冬である。
24節季は、1年を24に区分して捉えるものであるから、四季に比べれば、6倍の細かさである。
さらには24節季をそれぞれ3分して、72候として捉えることもある。
2472
http://www.athome-academy.jp/archive/culture/0000000138_all.html

24節季には、立春、啓蟄、清明などなじみがあるものもあるが、72候となるとなかなか聞いたことがない。
俳句の季語は、規則的に分けるものではないが、数の多さは各種の歳時記を見れば瞭然である。

この細かく分けるということは、解像力が高いということである。
kotobank > 解像力では、以下のように説明されている。

たとえば、レンズがどれだけ細かいところまで再現できるか、ということの度合いを示したもの。絞り開放で撮った場合、解像力は低く、そこからある程度までは絞り込むほど解像力は向上するのが一般的なレンズの特性とされる。ただし、さらに最小絞りまで絞り込んでもさほど解像力は向上しない。

似たような言葉に解像度がある。
kotobank > 高解像度では、以下のように説明している。

画面や印刷が精密なこと。通常解像度は単位長あるいは単位面積あたりの画素数で表わす。
(1)コンピュータのディスプレイの場合画面を構成する画素数が多いこと。Macintoshの場合、640×480ドットや800×600ドット、1024×768ドット、1280×960ドット、1280×1024ドット、1600×1200ドットなどさまざまな解像度が使用される。
(2)プリンターの場合は1インチの長さに印刷できるドット数を解像度と呼ぶ。単位はdpiで表わし現在標準的なレーザープリンターの解像度は600dpi程度。
(3)スキャナーの場合は、原稿を1インチの長さあたり、どのくらい数の画素が割り当てられるかを言い、dpiあるいはppiの単位で表わす。読み取る原稿の大きさによって解像度の違いがあり、低価格のA4等の反射原稿を読み取るフラットベッドスキャナーでは400dpiから1200dpiが標準的。

ビットマップ画像のイメージは以下のようであり、高解像度画像の方がシャープである。
Photo_7
http://nanapi.jp/87471/

あるいは、分解能という言葉もある。
顕微鏡や望遠鏡などの光学装置で、対象を測定または識別できる能力のことである。

モノ・コトの捉え方についても、解像力、解像度、分解能などの言葉を使う。
Photo_8
http://codezine.jp/article/detail/6350

上記のマンガで、「物を見る時の分解能」と言っているのは、どれだけ細やかにモノ・コトを認識できるかということである。
豊かな語彙が、解像力・分解能を高めるといえよう。

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2013年6月20日 (木)

原発の出口戦略をどう考えるのか/花づな列島復興のためのメモ(233)

問題になった高市早苗自民党政調会長の発言の要旨は次のようであった。

日本に立地したい企業が増えているが、電力の安定供給が不安要因だ。原発は廃炉まで考えると莫大(ばくだい)なお金がかかるが、稼働中のコストは比較的安い。東日本大震災で悲惨な爆発事故を起こした福島原発も含めて死亡者が出ている状況にない。そうすると、最大限の安全性を確保しながら(原発を)活用するしかないのが現状だ。火力発電も老朽化し、コストがかかる。安いエネルギーを安定的に供給できる絵を描けない限り、原発を利用しないというのは無責任な気がする。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013061902000104.html

「福島原発も含めて死亡者が出ている状況にない」という部分が批判を受けて、撤回するに至ったが、「原発は廃炉まで考えると莫大なお金がかかるが、稼働中のコストは比較的安い」という部分はどうであろうか?
廃炉まで考えないでコスト計算をして、「比較的安い」と言ってみても意味がない。
高市氏は、ライフサイクルコストという概念を知らないのであろうか?
Wikipedia-ライフルコストを見てみよう。

ライフサイクルコスト(Life cycle cost)とは、製品や構造物などの費用を、調達・製造~使用~廃棄の段階をトータルして考えたもの。訳語として生涯費用ともよばれ、英語の頭文字からLCCと略す。
製品や構造物などの企画、設計に始まり、竣工、運用を経て、修繕、耐用年数の経過により解体処分するまでを建物の生涯と定義して、その全期間に要する費用を意味する。建物以外には土木構造物(橋梁、舗装、トンネル)等にも適用されている。
費用対効果を推し量るうえでも重要な基礎となり.初期建設費であるイニシャルコストと、エネルギー費、保全費、改修、更新費などのランニングコストにより構成される。
ライフサイクルコストの低減を図るには、企画・計画段階から全費用を総合的に検討することが必要といわれる。

廃炉までのことはあえて考えないというのだろうか?
こういうスタンスを、出口戦略がない、ということだろう。
日中戦争、太平洋戦争の最大の教訓は、出口戦略の不在だともいう。

戦争に限らず、何か(経営計画も然り)を計画するということは、最初から最後の姿がどうなるかを想定の上、どういう可能性があるのか、熟慮した上で行うべし。
戦争なら、戦争を始める前に、どういうときに戦争を終結するか、(どういう状況になったら、戦争をやめるか等も含む)、いわゆる出口戦略を考えた上で行動すべきである。

http://kaikoku-japan.net/column/4909

出口戦略とは、ビジネス用語としては、市場から撤退する際などに使われる。
⇒2011年8月24日 (水):綱領なくして漂流する民主党の出口戦略を問う

原子力規制委員会が、19日に新規制基準を決定し、7月8日から施行されることになった。

新基準の施行日は7月8日とし、閣議で正式に決定する。新基準施行後は国内の6原発12基で安全審査への申請が出される見通しだ。
規制委の田中俊一委員長は同会合で、新基準について「現時点でみれば、国際的にみてもきちっとした体系はできているが、真価が問われるのはこれからの審査の中で魂が入るかどうかだ」と発言した。
停止中の原発が再稼働するためには新基準が要求する性能を満たしていることが求められる。福島事故の直接的な原因となった津波への対策では、各原発ごとに過去最大を上回る「基準津波」を設定し、防潮堤などの防護対策を要求するほか、原子炉建屋など重要施設の設置は、耐震設計上考慮すべき活断層がない場所とする。

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE95I03B20130619 

現在運転中の原子炉はどうなるか?
関西電力大飯原発3、4号機(福井県)が唯一である。
原子力規制委員会は、新制基準にほぼ適合し、安全上重大な問題はないとの報告書案をまとめたらしい。

報告書案は20日の会合で公表される予定。今月中にも規制委に提出され、了承される見遠し。定期検査に入る9月まで、運転が継続することになる。
http://mainichi.jp/select/news/20130620k0000m040142000c.html

また、規制委は大飯3、3号機の間を通る断層(破砕帯)を調査しているが、活断層かどうかの判断は、規制基準の施行後にする方針だという。
田中委員長の言うように、「真価が問われるのはこれからの審査の中で魂が入るかどうかだ」であろうが、その言葉と、活断層かどうかの結論を棚上げしたまま、運転継続の可否を判断することとは、矛盾するのではないだろうか。

しかし、当然、新規制基準の施行により運転が難しくなる原発が出てくるであろう。
そうなれば、廃炉ということが課題になってくる。
廃炉への見通し(費用、工程・・・)はあるのだろうか?
再稼働の前にしっかりした出口戦略を考えるべきではないのか?

 

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2013年6月19日 (水)

高市発言の思考の文脈/原発事故の真相(73)

自民党の高市早苗政調会長の発言が物議を醸している。
総選挙後の自民党は、比較的失言が少なかった印象であるが、やっぱり馬脚というか衣の下から鎧というか、本音が表れたということだろう。
Ws000000
東京新聞6月19日

原発容認のスタンスの読売新聞は次のように報じている。

 自民党の高市政調会長は17日、神戸市での講演で、「悲惨な爆発事故を起こした東京電力福島第一原発を含め、それによって死亡者が出ている状況ではない。最大限の安全性を確保しながら活用するしかない」と述べ、原発再稼働を容認する党の立場を説明した。
 この発言に対し、野党は18日、「いまだに避難生活を余儀なくされている人々が数多くおられる状況下にあって、常軌を逸した発言だ」(みんなの党の渡辺代表)などと反発。高市氏は同日、国会内で記者団に、「被曝ひばくを直接の原因として亡くなった人はいないが、安全基準は最高レベルを保たなければいけないと伝えたかった」と釈明した。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130618-OYT1T00985.htm

まさに「釈明」ということだろうが、問題にしたいのは、高市氏の個々の言葉使いということではなく、そういう発言が出てしまう思考のあり方である。
言葉は思考の産物(アウトプット)であり、同時に思考を動かすエンジンでもある。

「いつやるか? 今でしょ!」で大ブレイクした林修氏が「日経おとなのOFF7月号」で次のように言っている。
言葉は「事」の「端っこ」に過ぎない。

復興庁の幹部職員官が、Twitter上で「左翼のクソども」などと市民団体への中傷を行なっていたことも同じことである。
表面上の発言“だけ”を問題にしていても、それこそ氷山の一角であって、真の問題は水面下の方にある。
水野という参事官も、高市総務会長もお粗末ではあるが、それが復興庁という役所の幹部職員であり、自民党の政調会長なのだ。

水野参事官が現場の責任者として関わっていたのは、「原発事故子ども・被災者支援法」である。
同法が成立から1年間店晒しになっているというが、ツィートという水面上に現れた問題の下部に、復興庁あるいは政府・自民党の本音がある。
それは、高市氏の、釈明のしようのない発言で明らかである。

原発事故は偶発的なものである。
事故はやがて風化するであろう。
一方電力は恒常的に必要であり、電力の供給は至上命題である。
であれば、原発再稼働に向けた環境整備を図ることは優先されるべきだ。
それ以外のことは、できる限り後回しだ。

高市政調会長は、「発言を慎むように」と注意を受けただけで、それ以上のお咎めはないらしい。
私たちは、福島第一原発事故を風化させてはならない。
脱化石・脱原発の方向性に歩み始めなければならない。
Photo
http://www.iae.or.jp/publish/kihou/28-3/03.html

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2013年6月18日 (火)

AKB48と個体識別/知的生産の方法(61)

6月8日に開票が行われた「AKB48 32ndシングル選抜総選挙」で、HKT48の指原莉乃さんがセンターの座に輝いた。
15万570票という得票数は、これまでの最高得票数だそうである。
今までは、前田敦子さんが記録を持っていた。

前田敦子さんは、岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』ダイヤモンド(0912)の映画化で主役を務めたことで、広く知られるようになった。
私はAKB48のメンバーの中で唯一アイデンティファイできるメンバーであったが、「卒業」によって再び無差別状態になった。

指原さんは、大分市の出身で、市の観光大使を務めていることから、高崎山のサルの1匹の名付け親になった。
雌のサルで、「さしこちゃん」と命名されたが、2012年12月13日に死んでしまった。
われわれ普通の人間は、サルの顔は無差別で、判別できない。
Photo_6
http://miyamakirishima.blog70.fc2.com/blog-entry-297.html

どの顔も同じように見えるのである。
ところが、サルの個体の違いを認識して、サルの群れの社会構造や社会変動を研究した人たちがいた。
京都大学の伊谷純一郎さんたちのグループは、高崎山のサルを対象にして個体識別という方法論を確立した。
はじめは外国の研究者などは信じなかったらしい。
しかし、解像力・分解能は、興味・関心の関数であって、一般人には無差別のように見えても、わずかな差異を認識するのである。

伊谷さんたちは、この集団において「ボス猿」という呼称を日本で最初に使った、。
1950年代に行われた生態調査で、後にジュピターとネーミングされたサルが、約160頭の群れを率いていることが確認されたのである。
ジュピターは、ローマ神話の主神ジュピターのような風格を持っていたということである。

HKT48というのは、福岡・博多を拠点とするアイドルグループである。
指原さんは、AKB48から、以下のような事情でHKT48のメンバーになった。

2012年6月15日付(6月16日未明)放送の『AKB48のオールナイトニッポン』において、『週刊文春』(2012年6月21日号、文藝春秋)で、過去に元ファンの男性と交際していたと報じられた記事に関して、事実でないことも記載されているとしたものの、その男性が友人であったことは認め、ファンや関係者に向けて謝罪した。プロデューサーの秋元康は「明日から」HKT48に移籍するように命じる。
Wikipedia-指原莉乃

つまり、不祥事を起こして、左遷されたということだろう。
ファンの間では、そういう人間がセンターになっていいのか、という疑問の声もあるようである。
あるいはそれも戦略のうちなのだろうか。
深入りするほどの関心も知識もないのではあるが。

HKT48は下記のようなメンバーである。
Hkt48_2
http://www.hkt48.jp/profile/

私には、集団の中で、指原嬢を識別する自信はない。
しかし、総選挙の投票者たちは、ちゃんと識別しているのだろう。

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2013年6月17日 (月)

静岡県知事選の結果と浜岡原発/花づな列島復興のためのメモ(232)

静岡県知事選の最終的な結果が判明した。
Photo
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20130617/CK2013061702000094.html

注目すべきは、川勝氏が自民党の支持した広瀬氏の3倍以上の投票数を獲得したことである。
投票率は50%を割る低率だったが、川勝氏の得票数は2001年の石川嘉延氏の102万余票を上回り、戦後の知事選で最多だという。
川勝氏は連合静岡をはじめ、民主党やみんなの党の県選出国会議員らの支援を固めた。
一方、元多摩大教授の広瀬氏を擁立した自民党県連は「参院選の前哨戦」と位置付け、党幹部も応援に入ったが、歯が立たなかった。

自民党本部が推薦ではなく支持にとどめたのは、今春以降の地方選で取りこぼしが多く、静岡も情勢不利と見たからだという。
静岡県では昨年の衆院選で、自民党は8つの小選挙区で6勝2敗だった。
2敗の選挙区は、細野豪志、渡辺周氏が当選した選挙区であるが、両方とも自民党候補は比例当選している。
本来なら、直近の力関係では自民が圧倒している。

しかし、なぜこれだけの大差がついたのか?
自民党の石破茂幹事長は、16日夜、「準備不足と知名度不足に尽きる。内閣や自民党支持率が高くても準備不足だと、このような結果に終わるのは当然だ。大きな戒めになる」と語った。
一方、東北大大学院情報科学研究科の河村和徳准教授は原発推進、環太平洋連携協定(TPP)交渉参加決定などが関係自治体に反発を広げていると指摘。「そうした不満が原因で自民党が敗れたケースもある」と分析する。

4月以降、自民党が推薦や支持をした市長選で、4分の1で負けている。
名古屋市やさいたま市といった政令市長選で敗北している。
河村たかし名古屋市長は早速、浜岡原発の廃炉について、川勝知事に連携を持ちかけている。

 16日投開票された静岡県知事選で、現職の川勝平太氏(64)が再選したことを受け、名古屋市の河村たかし市長は17日の定例記者会見で、中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)を廃炉にし、御前崎へ火力発電所を建設することを実現させるため、川勝氏に連携を働きかける考えを明らかにした。
 河村市長は「雇用が守れる」などとして、御前崎への火力発電所の建設を主張しており、この日の記者会見では「中部地区が原発のリスクのない地域になると、そちらの方が経済的にも意味がでかい」などと語った。連携に関しては、浜岡原発が立地する周辺自治体の首長らも交えて組織を作ることを検討しているという。
 また、川勝氏が実施を掲げる原発再稼働の是非を問う県民投票については「大変いいんじゃないか。ぜひやってほしいと思う」と改めて支持する意向を示した。
http://mainichi.jp/select/news/20130617k0000e040167000c.html

浜岡原発の再稼働問題は、争点がはっきりしない県知事選の中で、わずかに対立軸らしきものであった。
再稼働の是非を問う住民投票実施に、川勝氏は積極的、広瀬氏は消極的だった。

これまでは内閣、自民党支持率が高く、平均株価も上昇基調にあった。
首長選で、自民党が推す候補が敗北すると、「中央での好景気が地方に浸透していない」と分析されてきた。
しかし、5月23日以降、日経平均株価が乱高下を繰り返し、内閣支持率も緩やかな下降線をたどり始めた。
県知事選のトリプルスコアという結果には、こうした最近の状況の影響もあるのではないか。

アベノミクスの「3本の矢」を射てしまったが、市場の反応は「出尽くし感」の方が強いようである。
安倍氏は、原発再稼働に積極的だが、それが命取りになるような気がする。
⇒2013年2月23日:東京都は太陽光利用でイニシアティブを取れるか?/花づな列島復興のためのメモ(194)
⇒2012年12月29日:安倍政権と原発政策/花づな列島復興のためのメモ(179)

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2013年6月16日 (日)

静岡県知事選の結果と参院選は相関するか?

任期満了に伴う静岡県知事選挙は、今日投票が行われた。
TVを見ていたら、意外に早く川勝平太氏の当選が報じられていた。
当選の判定は11時頃かと思われていたが、9時のニュースでは確実とされていた。
開票率は1%くらいである。

最近は、事前の世論調査、当日の出口調査、期日前投票者に対する調査などで、開票前にかなりの精度で予測が可能らしい。
私はいずれの調査の被調査者になったことはないが、どの程度のサンプル数なのだろうか?

前回は2009年7月5日投開票だった。
考えてみれば、私にとっては発症前のことであり、この間の時間の経過の速さに驚く。
川勝氏の対抗馬は、自民・公明が推薦した坂本由紀子氏だった。
東大法学部を経て労働省(現厚生労働省)のキャリア官僚の道を歩み、1996年には、石川知事の下で副知事に就任した後、厚生労働省に局長として戻り、2004年の参院選挙で静岡選挙区から立候補して当選した。
任期途中での知事選出馬だった。
得票率の差が0.8ポイントという接戦だった。
⇒2009年7月 6日 (月):静岡県知事選挙の結果と自民党の迷走

2009年といえば、あの歴史的な政権交代選挙の起きた年である。
すでに、アンチ自・公の風が吹いていたと、今の時点からは言えるだろう。
静岡県は、日本の縮図の要素を持っているといわれており、マーケット・リサーチの対象地域に選ばれることも多い。
その意味では国政選挙の前哨戦の性格があるといえよう。

静岡県知事選の争点は何だったのか?
無所属新人の元多摩大教授広瀬一郎氏(自民党支持、同党県連推薦)、共産党新人の党県副委員長島津幸広氏、再選を目指す無所属現職の川勝平太氏の争いであった。

 中部電力浜岡原発(御前崎市)の再稼働をめぐる住民投票の是非、原発立地県としての南海トラフ巨大地震に備える防災対策などが争点となる。
 広瀬氏は駿河区の公園で県議会で過半数を占める自民党県連とともに戦う立場を強調し「静岡の底力を見せましょう」と訴えた。
 島津氏は葵区の党事務所前で「浜岡原発は廃炉を訴え、暮らしを心配する県民の声を受け止める」と支持者らに呼び掛けた。
 川勝氏は葵区の静岡市役所前で「浜岡原発は徹底的に安全を検証する。今は再稼働できる状況ではない」と防災対策の推進を主張した。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013053002000239.html

川勝氏は、中部電力浜岡原発(同県御前崎市)の再稼働の是非について、県民投票で判断する方針を掲げた。
川勝氏の当選によって、中部電は南海トラフ巨大地震に備え安全対策を2015年春までに終える方針だが、再稼働には今後、県民投票という高いハードルが立ちはだかる。

次は23日投開票の東京都議会選挙が潮流の指標となろう。

 主要各党の候補者の内訳は、民主党44、自民党59、公明党23、共産党42、日本維新の会34、地域政党の東京・生活者ネットワーク(生活者ネット)5、みんなの党20、生活の党3、社民党1、みどりの風1となっている。このほか、諸派・無所属21。
 主要各党の現有議席は、民主43、自民39、公明23、共産8、維新の会3、生活者ネット2、みんな1など。
 自民は前回選挙で、1965年の出直し選挙以来、初めて「都議会第1党」の座を明け渡したが、今回は第1党奪還を目指す。民主は現職を中心に候補者を絞り込み、「現状維持」が目標。維新の会など大量擁立した「第3極」が支持を集めるかどうかも焦点となる。
http://www.yomiuri.co.jp/election/local/news/20130614-OYT1T00446.htm

参院選の争点として、原発はどの程度のウェイトとなるのであろうか?

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2013年6月15日 (土)

アベノミクスの危うさ(7)/花づな列島復興のためのメモ(231)

日本の株式市場は、5月23日(木)に、日経平均が15,942.6円とほぼ1万6千円の高値を付けたあと、14,483.98まで急落した。
終値は、5月22日が15,627円だったから、1,143の下げ幅である。
下落率ランキングでみると下表のようである。
Ws000008
http://indexes.nikkei.co.jp/nkave/archives/record

5月23日の下落率は、10位に位置している。
過去1か月間の足取りは下図のようである。
Ws000009_2

先のことは神ならぬ身には分からないが、5月23日にトレンドが転換し、下降基調にあるといっていいだろう。
5月23日から、6月13日までの4週間で、下落幅で3200円弱、下落率で20%強の低落である。

しかし、突然の変調とはいえない面もある。
5月23日の前、4月15・16日の2日間で、NY金相場が13%も急落したのである。
Ws000003_4
金市場の方が規模が小さく、敏感に変化を受けやすいので、炭坑のカナリヤだという人もいる。
http://diamond.jp/articles/print/36929

炭坑のカナリヤというのは、カナリヤの異変敏感性を炭坑の爆発予知に使うということである。
⇒2012年1月3日:ぼんやりした不安の時代

言い換えれば、先行指標としての性格があるということである。
この先はどうなるのだろうか?
やはり神ならぬ身には分からないが、5年間ののチャートは以下のようである。
Ws000010_2
http://netnavigate.net/kikinzoku/

円相場も黒田緩和による円安効果は打ち消されている。
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東京新聞6月13日

長期保有が前提となる生保の外債投資なら持続的な円安が期待できる。だが短期売買中心のヘッジファンドだと、再び円高に転じる可能性が高まる。実際、異次元緩和後に1ドル=100円に迫った円相場は4月16日に一転して95円台に急騰。緩和後の円安分は帳消しになり、個人の外為証拠金(FX)取引では多額の損失を被る人が続出した。
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http://www.nikkei.com/money/investment/mandi.aspx?g=DGXZZO5615290013062013000000&df=3

アマチュアの参加しにくい状況であるが、プロの読みも当てにならなくなっているのではないか。

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2013年6月14日 (金)

アベノミクスの危うさ(6)/花づな列島復興のためのメモ(230)

安倍首相と「次元の違う」金融政策を実施した黒田日銀総裁のコンビを、「アベクロ」というそうである。

安倍首相の経済政策であるアベノミクスにおいては金融緩和が重要となっており、それを主導する黒田総裁の2人の名前にちなんで、マスコミなどはこれを「アベクロ」と呼んでいる。この政策によって動く円相場は「アベクロ相場」、それに伴う好景気は「アベクロ景気」と呼ばれる。
Wikipedia-アベクロ

アウトドアスポーツ衣料品ブランドのアバクロ(Abercrombie&Fitch)をもじったか、ユニクロをもじったか、はたまたは、人気アイドルグループのももいろクローバーZをもじったのか。
そのアベクロ相場が乱調をきたしている。
130614

昨年末の第2次安倍政権以来好調に推移してきた株価も、5月23日の暴落以来、不安定な動きになっている。
昨日は、840円強と今年2番目の下げ幅だった。
いずれも、木曜日というのが気になるところである。

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日本経済新聞6月14日

「次元が違う」政策の効果も2か月で終わりということだろうか。
5月下旬からの相場乱調の要因は、日本経済新聞によれば、次の3点である。
①ヘッジファンドなどの短期売買を重ねる投資家の影響拡大
②米連邦準備委員会(FRB)の金融緩和の早期縮小観測
③新興国からのマネー逆流

新興国の株価動向は、昨年9月い合いの低水準である。
Photo
日本経済新聞6月14日

政府の経済財政諮問会議(議長・安倍晋三首相)は6日、経済政策の基本方針を示す「骨太の方針」の素案をまとめた。
これまでの財政再建目標は維持したものの、社会保障などの予算を減らしたり抑えたりする具体策は示さず、7月の参院選後に先送りした。
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http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201306060709.html

アベノミクスの「3本目の矢」が12日に発表された。
経済の活性化に力点が置かれているようである。
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日本経済新聞6月13日

しかし、長期的な人口減少社会が到来している中で、実質GDP成長率2%が実現できるのか、政策と現実の結びつきがよく分からない。

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2013年6月13日 (木)

「飛ぶボール」釈明の不可解/花づな列島復興のためのメモ(229)

「飛ぶボール」について、日本野球機構(NPB)の加藤コミッショナーが、記者会見する様子をTVで視聴していて、驚いた。

 会見の冒頭、加藤コミッショナーは統一球の仕様を変更していたことについて謝罪した。「私を含めボールの変更はないと説明してきたが、実際には(コルク芯を覆う)ゴムの成分に変化があった。選手の皆さま、球団の皆さま、関係各位におわび申し上げます」。ここまでは普通の謝罪会見だった。だが、その後は、驚くような釈明が続いた。
 理解に苦しむような食い違いだった。前日、下田事務局長は「コミッショナーには相談して進めていた」と、コミッショナーの了承を得ていたと明かした。しかし、加藤コミッショナーは「私は昨日まで全く知りませんでした。(下田事務局長から仕様を変更する)経緯、経過、説明を受けたという認識はありません」と、関与を真っ向から否定し、下田事務局長の独断だったと説明した。
 加藤コミッショナーは今季本塁打が増えたことについても「疑問はありませんでした。選手の能力に信頼を置いているし、工夫したというのもあるのだろうと思った」と話し「知っていれば公表していた」と繰り返した。結果的には組織のトップとして「ガバナンス(統治)」の問題を認めただけ。「批判には値すると思うが、隠蔽(いんぺい)ではない」「不祥事だとは思っていません」など、開き直りとも受け取れるような言葉を連発した。
 もう1つ不可解だったのは、井原事務局次長が公表した経緯と事実関係の説明。前日に報道陣に対して下田事務局長が発言した内容とは大違い。下田事務局長は、前日に発言した内容のほとんどを修正、または撤回する形となった。これについて、下田事務局長は「確かに昨日はそういう趣旨の発言をしたが、私も(記憶が)混乱していた。コミッショナーにご迷惑をかけた。すべて私の責任です」と、頭を下げ続けた。さらに、下田事務局長は進退について「コミッショナーの判断にお任せしますが、私の心の中では当然考えている」と、辞任を示唆した。

http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20130613-1141707.html

下田事務局長は、まるで殿をかばって、一切の責任を負おうとする武将のようではないか。
コミッショナー (commissioner) とは、組織における最高の権限を有する責任者であると説明されている。
NPBのコミッショナーは素人のようであるから、実務的なことにはタッチしていないのかも知れない。
だが、これを不祥事と言わずして何を不祥事というのだろう。

こういう問題で個人の履歴等を持ち出したくはないが、余りに他人事のようであって、当事者意識に欠けていると思われるので、人物像を探ってみた。

成蹊高等学校を経て東京大学法学部を卒業。1965年(昭和40年)に外務省入省。
・・・・・・
駐米大使としては戦後最長となる6年半に亘る任期を務め上げ、日米関係の発展に尽力した。アメリカのシンクタンクは加藤の功績を称えて「加藤良三記念賞」を創設した。
・・・・・・
2008年7月、日本野球機構のコミッショナーに就任(根來泰周代行の後任)。
野球に造詣が深く、公邸にはサインボールなどのコレクションを100点以上展示していた。駐米大使時代はブッシュ大統領に堂々と「野球のファンだ」と言い切り、2002年にソフトバンク監督王貞治とコリン・パウエル国務長官との会談の席を設けるなど野球外交を展開。ワールド・ベースボール・クラシックや大リーグで始球式を務め、日米のホームラン王であるハンク・アーロンと王を日本大使公邸に招いてパーティーを開くなど、野球界に広く通じていた。
Wikipedia-加藤良三

まあ、エリート中のエリートである。
「野球界に広く通じていた」とはいうものの、選手やファンの心理には「広く通じては」いなかったのだろう。
昨季までの「飛ばないボール」は加藤氏主導で採用が決められたという。
そのメンツがあって、「変えた」と言えなかったのだろうか?

記者会見で、加藤氏は、混乱を招いたことについて謝罪する一方で、加藤氏主導で変更が進められていたという下田事務局長の主張に対して「昨日まで全く知りませんでした」と真っ向から否定した。
せめて部下の不始末があっても、自分の責任であると言い切る上司に仕えたいと思う。

それにしても、統一球(飛ばないボール)と飛ぶボールの差はごくわずかである。
Photo
静岡新聞6月13日

トップ級の選手たちがギリギリの条件でゲームをしているのが分かる。
だからこそ、透明性を確保して欲しかった。

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2013年6月12日 (水)

NPB(日本野球機構)よ、お前もか?/花づな列島復興のためのメモ(228)

何とも不可解な印象を受ける。
日本野球機構(NPB)が、飛距離を抑えることなどを目的に2011年から導入していた統一球を、今季から変更していたことを認めたと報道されている。
130612
東京新聞6月12日

プロ野球では今季、昨年までの2シーズンに比べて本塁打が増加傾向にある。
仙台市で11日に行われた日本プロ野球選手会との事務折衝で統一球の検証と説明を求められ、経緯を明らかにしたものである。

つとに一部では指摘されていたことである、
Ws000000
東スポ4月7日
http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/151822/

不可解というのは、いままでNPBが「統一球の仕様は変更していない」と、説明していたことである。
なぜ、そういう説明をしてきたのか?
何が都合が悪いのだろう?
しかもメーカーのミズノに、「全く変わっていない」と答えるように指示していたという。

普通に考えて、プロ野球はスポーツ性とエンターテイメント性を併せ持っている。
スポーツ性とは、端的に言えば、フェアプレー、ファインプレーの具現化であろう。
それは、健全性の精神の具現化でもある。

オリンピックがスポーツの祭典になっているのも、フェアプレー、ファインプレーが行われるという前提があるからである。
最近は、オリンピックもビジネス性が重視されるようであるが、それはあくまで運営サイドの話であって、競技者、あるいは観衆にとっては、第一に考えることではないだろう。

しかし、プロ野球も「プロ」であるからには、お客さんを楽しませることも必要だろう。
エンターテイメント(エンタメ)性である。

将棋の世界において、将棋ソフトと棋士との戦いを許可制にして厳しく制限したのは、昨年亡くなった米長邦雄永世棋聖であるという。
コンピュータとの戦いが「売り物」になると考えたからだという。
さすがに「読み」が深いというべきだろう。
米長さんの読み通りに、将棋ソフトと棋士が戦う「電王戦」は、幅広い注目を集め、ファンの裾野を広げることに貢献しつつある。
⇒2013年4月 4日 (木):佐藤可士和さんの「キレ」と「コク」/知的生産の方法(46)
⇒2013年5月 5日 (日):将棋ソフトの進歩と解説ソフトの可能性/知的生産の方法(52)
⇒2013年6月 5日 (水):将棋ソフトにおけるイノベーション/知的生産の方法(58)

そういうエンタメ性のために、投高打低といわれる状況よりも、もっと打が有利な方が好ましい、という判断は首肯できるものであろう。
別に秘密にしておかなければならない理由はない。
別にコアなファンでなくとも、今年はホームランが多いなどの現象には気がついていた人は多いのではないか。
その人たちも、飛ぶ球に仕様変更したことについて、「やっぱり」と思っても、「ケシカラン」とは思わないだろう。
しかし、虚偽の説明をしてきたことについては、「ケシカラン」というだろう。
これは、イエローカードというよりも、レッドカードである。

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2013年6月11日 (火)

整理のカギは「3」にある?/知的生産の方法(60)

私は身の回り、机の周りなどの整理が下手である。
現在は、片麻痺だから、と言い訳しているが、発症前からのことである。
実際、片麻痺だとちょっと重い本は重労働になるし、書類のファイリングなども厄介であることは事実である。しかし、整理ベタなのは、たとえば学生時代の下宿の様子などをみれば一目瞭然といったところである。
この性格は、遺伝的なものなのだろうか、それとも後天的なものだろうか。

「断捨離」というような本も参考にはしてみたが、なかなかうまく行かない。
そもそも「整理」とはどういうことだろうか?
調べてみると、以下のような説明が載っている。

1 乱れた状態にあるものを整えて、きちんとすること。「資料を―する」「気持ちの―がつく」「交通―」
2 無駄なもの、不要なものを処分すること。「人員を―する」
3 株式会社が支払不能・債務超過に陥るおそれまたはその疑いがあるとき、再建を目的として裁判所の監督の下に行われる手続き。商法に規定があったが、平成18年(2006)5月、会社法の施行に伴い、この制度は廃止された。
4 新聞編集において、原稿や写真などを取捨選択し、見出しを付け、紙面を構成すること。またその業務を行う部署。「編集局―部」
[用法]整理・整頓――「部屋の中を整理(整頓)しなさい」「書棚をきちんと整理(整頓)する」など、整えるの意では相通じて用いられる。◇「整理」は、「交通整理」「感情の整理がつく」のように、混乱しているものをきちんとした状態にする意。また、無駄なもの、余分なものを除く意もある。「人員整理」「蔵書を整理する」など。◇「整頓」は乱れているものの位置を元にもどし、整えること。「教室の机を整頓する」「乱れた資料の順序を整頓する」
デジタル大辞泉

よく、工場や工事現場などで、下図のような看板を見る。
Photo
整理と整頓はほとんど同義語のようにも思えるが、整頓は物理的に整理する、というようなニュアンスであろうか。
私の場合は、整理も整頓も悪いが、より強くは整頓が悪いのだろう。

私の知人に、私以上に机の上が乱雑な人がいる。
彼自身は、これで必要な資料はどこにあるか全部把握しているから、別に問題がないと言っている。
事実、不思議な能力を持っていて、彼が探し物をするところを見たことがない。
しかし、たとえばISOの認証などは、絶対に得られないであろう。

私は、「整理」ということを考えると、「3」という数字がカギになるように思う。
というのは、モノゴトの成り立ちについて、3分割することが基本にされてきたからである。
例えば、音楽のソナタ形式は、提示部・展開部・終結部の3つに分かれている。
ヘーゲルの弁証法は、正・反・合という3つのステップを踏む。

「3」という数字は、単純なものの終わりであり、かつ複雑なものの始まりである。
つまり、2分割では不十分な感じがし、4分割以上だと整理が足りないように感ずる。
人間が抵抗なく受容できる事柄の数は3つが限度だともいう。
4つになると急に複雑さが増すように、心理的に感じられるということである。

これは、要素間の関係を考慮すると、納得的である。
Photo_3
http://www.issj.net/mm/mm0301/mm0301-8.html

力学系でも、厳密な計算が可能なのはせいぜい2体問題までであって、3体問題になると、いかに近似の精度を高めるかということが重要な問題になるという。
ちなみに3体問題以上を多体問題という。
「3」は複雑な系の始まりなのである。

一方、複雑なものを「3」に集約することも日常的な言語の中でよく行われていることである。
「天・地・人」「過去・現在・未来」「上・中・下」「遠・中・近」「前・中・後」「初級・中級・上級」「心・技・体」「守・破・離」……。
ものごとを構造的,過程的に捉えようとすると、「3」は最も基礎的な数値ということができる。
プレンゼンテーションにおいては、3つに分けて説明することが説得力を持つと言われている。

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2013年6月10日 (月)

非常時における状況認識の重要性と電源喪失の教訓/原発事故の真相(72)

「孫子の兵法」の中の有名な言葉に、「彼を知りて己を知れば百戦して殆うからず」がある。
戦いにおける「情報」の重要性を指摘した例として引用されることが多い。
しかし、「彼を知り己を知る」ことは、まさにマーケティング活動そのものであろう。
よく使われるフレームとして、SWOT分析とか3C分析があるが、これらは「彼を知り己を知る」ことといえよう。
Swot
http://www.s-naga.jp/k-page/10swot.html

ところが、東電という会社は、マーケティングが必要ないせいか、どうも「情報」活動がお粗末なようである。
広告宣伝費には巨費を投じ、マス媒体を事実上買収して、原発の安全神話を作り上げてきた。
その辺りのからくりは、本間龍電通と原発報道――巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配のしくみ』亜紀書房(2012年6月)に載っている。
ちなみに、本間氏は元博報堂社員であるが、原発に関しては、電博に違いはないようである。
⇒2012年8月23日 (木):将来の原発比率に関する民意/花づな列島復興のためのメモ(134)


福島第一原発では、3月18日に停電事故が発生した。
原因は、ネズミのような動物のためではないかと報道されている。
⇒2013年3月20日 (水):福島第一原発の停電事故/原発事故の真相(60)

真因は確定されたのだろうか?
私は報道に接した記憶がないが、もしそうだとしたら、余りにお粗末な現場の状況が目に浮かび、恐ろしい。
現に1日400トンもの汚染水を発生し続けている現場である。
もし、他の原因ならば?

原因が特定されていないのであれば、的確な対策がとれるのかどうか、別の意味で恐ろしい。
あるいは、別の原因を隠蔽していることはないのか?
まさかとは思うが、何しろ国会事故調という最上級の権威を有する調査団に対して平気でウソをつき、隠蔽するような体質である。
⇒2013年2月 7日 (木):情報の漏洩と事実の隠蔽/原発事故の真相(56)

停電の復旧作業が遅れた一因として、仮設配電盤付近がPHSのエリア外だったことが挙げられている。
停電発生時には3号機などでWebカメラなど一部の遠隔監視システムが動作しなくなり、作業員が現場に行って確認する必要が生じた。
原発内では主要な連絡手段としてPHSを使用しているが、放射線量の高い3号機山側の仮設配電盤付近ではアンテナや基地局の増設が進んでいなかったという。
現場の作業員が重要免震棟の対策本部に連絡するには通信可能な場所まで移動する必要があり、状況把握に手間取ったとのことだ。
福島第一原発の停電、PHSがつながらずに状況把握が遅れる

福島第一原発と第二原発の「3・11」のときの大きな違いは、電源の有無であった。
第一は、電源を喪失して、炉の状況が分からなかった。
第二は、炉の状況把握が可能で、優先順位の判断もできた。

この教訓も生かされていないのだろうか?
停電に備えて、バックアップ用の非常電源を用意できないのだろうか?
それとも、停電事故は「想定外」ということなのか?

マスメディアは、巨額の資金によって、買収に近い状態になっている。
その辺りの事情は、本間龍『電通と原発報道――巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配のしくみ』亜紀書房(2012年6月)が明らかにしている。
⇒2012年8月23日 (木):将来の原発比率に関する民意/花づな列島復興のためのメモ(134)

東電単独では、事故は「収束」しないのではないか?
⇒2013年4月 9日 (火):東電の当事者能力の欠如/原発事故の真相(66)
マスコミも電博などの大手広告会社の影響力が強いとしたら、信頼できる情報はどこから得られるのであろうか?

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2013年6月 9日 (日)

DJポリスのクリエイティブ・コミュニケーション/知的生産の方法(59)

W杯アジア最終予選第7戦・豪州戦は、まさに劇的というに相応しい終わり方だった。
日本は試合終了間際に獲得したPKを、本田(CSKAモスクワ)が真ん中に蹴り込んで1-1の引き分けに持ち込み、3大会連続の予選通過1番乗りで本大会切符をつかんだ。
⇒2013年6月 4日 (火):アベノミクスの危うさ(5)/花づな列島復興のためのメモ(226)

本田選手が真ん中に蹴り込んだのも、翌日の共同インタビューでチームメイトそれぞれの課題を具体的に指摘していたのも、さすがと思わせるものだった。
特に、サッカーのようなチーム競技において、個の自立性を強調していたことは、チームプレーに力点が置かれがちな中で、よくぞいいける、といった感じであった。

試合終了後、例によって渋谷駅周辺に若者中心のファンが集まった。
こういう場合、群集心理というのだろうか、とかく乱暴狼藉が起きがちである。
事実、過去の節目の試合終了後、荒れた時もあった。
今回も懸念されていたが、1人の警察官の見事なアナウンスが群集を鎮めた。
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東京新聞6月7日

DJポリスと呼ばれることになったこの警察官は、警視庁機動隊員だという。
われわれの世代にとっては、機動隊は余りいいイメージではない。
私も、学生時代に行ったデモで、頑健な機動隊員に蹴散らされた記憶がある。

しかし、このアナウンスは、ユーモアも織り交ぜて見事なものだったと言えよう。
「サポーターのみなさんは12番目の選手です。ルールとマナーを守って喜びをわかちあいましょう」
「通行妨害してはイエローカードですよ。2枚目が出る前に歩道に上がってください」
「目の前の怖い顔したおまわりさんも、みなさんが憎くてこういうことをやってるわけじゃありません。心の中ではきょうの日本代表のW杯出場を喜んでいるんです」

「機転でコントルール」と見出しにあるが、機転の効いたセリフが、論理だけではなかなか動かない群集をコントロールし得た。
まさにコミュニケーションの神髄である。
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http://www.manglobe.com/news/detail_226.html

扁桃体に働きかけたクリエイティブの勝利ではなかろうか。
⇒2013年3月 9日 (土):論理が先か感情が先か?/知的生産の方法(40)
⇒2013年4月20日 (土):脳の3層構造とコミュニケーション/知的生産の方法(49)

よく、「スポーツは筋書きのないドラマだ」といわれる。
先ごろ国民栄誉賞を受賞した長嶋茂雄さんの語録にも「メークドラマ」という言葉がある。
「英語ではそういう言い方はしない」とか、「MAKE DRAMA=負けドラマ」などと言う人もいたが、長嶋さんの伝えたいことは伝わる。
コミュニケーションでは「正しいかどうか」も重要であるが、「伝わるかどうか」がより重要である。
W杯豪州戦は、試合後の展開も含めて、「筋書きのないドラマ」だった。
 

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2013年6月 8日 (土)

「親鸞/完結篇」への期待

五木寛之さんの『親鸞』の完結篇が来月から掲載になる。
第一部、第二部を経ての完結篇である。
私はこれまでの部分を読んでいないが、これを機会に平行になるだろうが、読んでみようかと思っている。

それにしても親鸞というのは不思議な人物だ。
私が何らかの形で影響を受けた吉本隆明氏、古田武彦氏が共に親鸞を対象としたことがある。
先ごろ亡くなった三国連太郎氏も、自らメガホンをとって映画化した。
⇒2013年4月16日 (火):存在感の際立った「怪優」・三國連太郎/追悼(30)
これらの方々を惹きつけた親鸞の魅力はどこにあるのだろうか?

親鸞は法然の弟子である。
法然は、1133年に生まれ、1212年に没した。
親鸞は1173年生まれ、1262年没であり、親鸞は法然より40年遅い生まれである。
⇒2013年5月11日 (土):鴨長明『方丈記』/私撰アンソロジー(21)

法然の誰でも死後には必ず浄土に迎えられるという教えは、当時の支配階級あるいは既存仏教と衝突するものでもあった。
⇒2012年3月13日 (火):五木寛之と親鸞の思想/花づな列島復興のためのメモ(38)

2人の生きた時代は、鎌倉幕府成立の前後である。
変動の激しい時代であった。
「親鸞/完結篇」の案内を見てみよう。
親鸞の生涯は「35歳までの京都時代」「流罪となった越後や関東での生活の時代」「60歳をすぎてから亡くなるまでの晩年の京都時代」の3つに分けられる。
Photo

完結篇は、晩年の京都時代になる。
権力の所在が貴族から武士へ大きく動いたが、同時に地震等の天変地異が多発したことは『方丈記』の記すとおりである。
『方丈記』に出てくる地震は、文治地震ではないかと言われている。

文治地震は、元暦2年7月9日午刻(ユリウス暦1185年8月6日12時(正午)頃、グレゴリオ暦1185年8月13日)に日本で発生した大地震である。
地震は元暦年間に発生したが、この天変地異により後の8月14日に文治に改元されたので、文治地震と呼ばれる。
中世の日本においては合戦や政変によるものより、地震や疫病流行など自然現象のもたらす災害による改元の方が多かった。
つまり、改元(「空気」を変えるために元号を変えることが行われた)するくらいの地震だったということである。

このような大きな影響を与えた災害が、仏教を大衆的なものに改革する変革者としての法然や親鸞を生んだ。
またその一方で、無常観に満ちた鴨長明の『方丈記』を生んだといえよう。
稀有のストーリーテラーの五木氏が描く親鸞像はどのようなものになるのであろうか、楽しみである。

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2013年6月 7日 (金)

地域政策の象徴としての「むつ小川原」/花づな列島復興のためのメモ(227)

原発依存度を考える際に、欠かせないのが核燃料サイクルであろう。
原発からは、使用済み核燃料が出てくる。
使用済みといっても、放射能のある現役の放射性物質である。
事故を起こした福島第一でも、使用済み燃料が大きな問題として残っている。
⇒2013年5月25日 (土):核燃料リスクをどう軽減するか?/花づな列島復興のためのメモ(219)

この使用済み燃料を再処理して、原発の燃料としたり、高速増殖炉で使うというのが「核燃料サイクル」であう。
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東京新聞6月5日

ところが、この核燃料サイクル計画が、絵に描いた餅と化している。
⇒2012年6月11日 (月):電源構成と核燃料サイクル/花づな列島復興のためのメモ(83)

 核燃料サイクル政策の要である青森県六ケ所村の再処理工場も、福井県敦賀市の高速増殖炉原型炉もんじゅも、トラブル続きで実用化のめどが立っていない。使用済み核燃料の全量再処理を目指した現行の原子力政策には、そもそも無理があったと言わざるを得ない。
 さらに、小委員会の検証作業では他の二つの処理方法と比べて最もコストがかかることも判明した。
 こうしたことから「再利用」路線は、技術的にも経済的にも継続させる根拠が見いだせなくなっている。定期検査で停止している原発の再稼働はもとより、新設計画もままならない現状を踏まえれば、従来政策の見直しは自明の理といえる。

http://www.topics.or.jp/editorial/news/2012/05/news_13378212013.html

むつ小川原は、戦後の地域政策を象徴する場所と言える。
1969年の閣議決定で、「新全国総合開発計画」に指定された。
全国総合開発計画は、この新全総や三全総の頃までは、社会的な注目度も高かったように思う。
Photo
小峰隆夫の地域から見る日本経済

Wikipedia-むつ小川原開発計画を見てみる。

むつ小川原開発計画(むつおがわらかいはつけいかく)は、1960年代末より青森県上北郡六ヶ所村を中心とする一帯に石油化学コンビナートや製鉄所を主体とする大規模臨海工業地帯を整備することを目的とした開発計画。「世界最大の開発]と言われたがコンビナートは実現せず、のちに原子力関連施設が進出することとなった。
1968年12月23日、当時の通商産業省(現・経済産業省)は、太平洋ベルト地帯に集中していた重厚長大型産業を過疎地に移し、公害や過密問題を解決すべく、下北半島における工業地帯開発計画の構想試案を発表。1969年5月30日に閣議決定された新全国総合開発計画(新全総)に、同計画が盛り込まれた。
当初は天然の良港である陸奥湾や、工業用水の取水源としての小川原湖の活用が考えられていたが、陸奥湾でのホタテの養殖に成功した漁業者の強硬な反対や、小川原湖の湖水に塩分が含まれることが判明し、どちらも開発から除外され、県の部署の名称も「陸奥湾・小川原湖開発室」から「むつ小川原開発室」に改められた。1971年8月に公表した開発対象区域は陸奥湾沿岸を除いた1万7千ヘクタールであったが、2ヶ月後には7千900ヘクタールに修正。さらに1972年6月には製鉄所計画を撤回し、面積を六ヶ所村中心の5千500ヘクタールまで縮小した。日産200万バレルの製油所、エチレン換算年間400万トンの石油化学工場、1千万キロワットの火力発電所を建設するとしたが、1973年の第1次オイルショックで製油所100万バレル、石油化学160万トン、火力発電320万キロワットまで縮小。さらに1979年の第2次オイルショックで頓挫した。

時代の変化とのミスマッチということになるが、それは結果論というものであろう。
そして、石油から原子力に方針転換が図られる。

1984年4月20日、平岩外四電気事業連合会会長は県に対し、核燃料サイクル施設・ウラン濃縮施設・低レベル放射性廃棄物貯蔵施設の建設協力を要請。農・漁業者による反対運動、住民投票条例制定運動もあったが北村正哉知事は翌年4月9日に受け入れを回答、原子力関連施設がむつ小川原開発計画の一部として盛り込まれた。これを受け、反核団体は4月9日を「反核燃の日」と定め、抗議を強めたが、その後六ヶ所村は原子力関連施設を次々に受け入れた。
日本原燃のウラン濃縮工場は1988年10月14日に着工。1991年9月27日に原料の六フッ化ウランの搬入を開始し、1992年3月27日に操業を始めた。低レベル放射性廃棄物埋設施設は1990年11月30日に着工、1992年12月8日に操業開始。高レベル放射性廃棄物の貯蔵管理施設は1992年5月6日着工、1995年1月18日に完成。同年4月25日に予定していた高レベル放射性廃棄物のガラス固化体陸揚げの際、木村守男知事は国に対し青森県を最終処分場としない旨の確認を求め、輸送船の接岸を一時拒否する一幕があった。核燃料再処理工場は1993年4月28日着工。2006年3月に試運転を開始したが、廃液漏れや耐震設計ミスなどが発覚し、完成時期を延期。2011年8月現在、完成には至っていない。プルサーマルに使用されるMOX燃料工場は2010年10月に着工。2016年3月の竣工を目指している。

言ってみれば、使用済み核燃料は原発から出る廃棄物、生物に例えれば排泄物である。
稼働する以上、どこかに処理施設がなければならない。
原発から出る使用済み核燃料が処理できない状況は、「トイレなきマンション」に喩えられる。
アベノミクスが原発推進というエネルギー政策を転換しない限り、成功する見通しはない。

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2013年6月 6日 (木)

「いき」の構造の「見える化」久保田万太郎/私撰アンソロジー(23)

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6月2日の東京新聞の「東京歌壇」欄の佐々木幸綱選に、次の歌が選ばれていた。

傘雨忌の神楽坂ゆく宵灯江戸の名残を映すひととき

神奈川県平塚市 升永昭夫
(評)傘雨忌は久保田万太郎の忌日で五月六日。万太郎は、劇作家、小説家でもあったが、レトロな俳句で知られる俳人でもあった。

私は、久保田万太郎の本業(?)である戯曲や小説を読んだ記憶はない。
ただ、何人かの傘雨忌に因んだ俳句や、小島政二郎『俳句の天才―久保田万太郎』 彌生書房(1997年7月) などを通して、万太郎の句に自分の考える俳句の理想形のようなものを感じている。
といっても、俳句の実作を試みるわけではないので、あくまでも「何となく」である。

その理想形を言葉にしてみるというのも野暮なことだが、「巧まざる感じの情緒・心情の表出」とでも言えようか。
「巧まざる感じ」というのは、要するにごく自然なように、ということであって、俳句が文芸作品である以上、巧んで作られるものであることは間違いないだろう。
実際に小島政二郎の上掲書の中に、次のような逸話が紹介されている。

戦争中の話である。
小説家が何人かで陸軍病院へ慰問に行った。
相手は、病気や怪我をしている兵隊である。
万太郎が小島に聞いた。
「小島君、一体どんなことを喋ったらいいんだ?」

病院生活の慰めとして俳句は格好のものだろうから、俳句の作り方の初歩の話がいいんではないか。
万太郎は演壇に上がるとすぐに、窓の外に見える庭に視線を向けるように聴衆に要求した。
そして、何に着目するかは自由であるが、自分は藤の花に注目しようといって、即興で一句作って見せた。

五七五で季語も入っているし、「かな」という切れ字も使っている。
まあ、初心者が誰でも作りそうなものだった。
万太郎は、それがいかに「俳句らしいけれど、本物の俳句ではない」かということを説明する。
自分の作ったものだから、いくら悪口を言っても角が立たない。

そして、直ちに改作してみせる。
「これで幾らか俳句らしいものになりましたが、まだ俳句らしい、という欠陥が残っている」
そして、俳句らしさになっている余分なものを削除して見せる。

それによって、藤の花を見ていない人もひとりでに、藤の花が目に浮かんでくるようになる。
小島によると、それはいわゆる写生句だった。
万太郎は、「これでは不十分で、気持ちも一緒に感じさせる方がいい」としてさらに改作をして見せた。

小島は、「迂闊にも」と自ら書いているが、この改作の記録を筆記するのを忘れていた。
しかし、雰囲気は伝わってくる。

別の箇所で小島は次のように書いている。
「俳句の大道は写生であります」という虚子の言葉が信じられて、俳句が抒情詩ではなくなってしまっている。
そういう大勢の中で、抒情詩である俳句を作っていたのが万太郎だった。
Wikipedia-久保田万太郎には次のようにある。

久保田 万太郎(くぼた まんたろう、1889年(明治22年)11月7日 - 1963年(昭和38年)5月6日)は、浅草生まれの大正から昭和にかけて活躍した俳人、小説家、劇作家。生粋の江戸っ子として伝統的な江戸言葉を駆使して下町情緒と古典落語を愛し、滅びゆく下町の人情を描いた。俳号は暮雨、傘雨。筆名は千野菊次郎。
1889年(明治22年)に浅草田原町三丁目に生まれる。生家は「久保勘」という袋物製造販売(足袋)を業とし、店にはいつも15、6人程の職人が働いていた。馬道の市立浅草尋常高等小学校を卒業し、東京府立第三中学校に進む。一級下に芥川龍之介が居た。

かつて吉本隆明は、『芥川竜之介の死』と題する文章の中で、芥川の不安は、下町の中産下層の出自とインテリゲンチャとしてそこから抜け出そうと葛藤した結果としての、神経的な不安だとした(『藝術的抵抗と挫折』未来社(1963)所収、初出1959年)。
⇒2012年1月 3日 (火):ぼんやりした不安の時代

万太郎と芥川の生まれ育った環境は同じだったのである。
それは巧まずして「いき」を体現している世界であった。
⇒2013年1月27日 (日):『「いき」の構造』に学ぶ概念規定の方法/知的生産の方法(33)

そして、「いき」という現象は、典型的にスキルというよりもセンスが問われる世界である。
万太郎俳句の「巧んでいるにもかかわらず、巧まざる感じ」は、まさにこのような「いき」の世界の1つの特質であるように思う。

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2013年6月 5日 (水)

将棋ソフトにおけるイノベーション/知的生産の方法(58)

電王戦は、将棋ソフトとプロ棋士が正式に対局するということで注目を集めた。
「人間VS工知能」という興味である。
第2回電王戦は、将棋ソフトの圧勝であった。
⇒2013年4月 4日 (木):佐藤可士和さんの「キレ」と「コク」/知的生産の方法(46)
⇒2013年5月 5日 (日):将棋ソフトの進歩と解説ソフトの可能性/知的生産の方法(52)

将棋ソフトが一気に人間の強さに近づいたのは「Bonanza」の登場によってであるといわれる。
「Bonanza」の開発者は、保木邦仁さんという化学反応の専門家だ。
将棋が格別強いよいうわけではない。むしろ、定跡や形勢判断にさほど明るくないことが、「Bonanza」にそれまでの将棋ソフトと「次元が違う」強さをもたらしたらしい。

「Bonanza」は、それまでの将棋ソフトのレベルを突破しイノベーションを起こした。
将棋でいえば、今までの「定跡」を破って新しい「定跡」を編み出したことに相当するのであろうか?

「Bonanza」の開発については、保木さんと渡辺明九段の共著『ボナンザVS勝負脳―最強将棋ソフトは人間を超えるか』角川oneテーマ21(2007年8月)に詳しく解説されている。
渡辺九段は、永世竜王の称号を持ち、ポスト羽生世代を代表する人と言われている。

初心者だった保木さんは、2つの新規性のあるアルゴリズムを採用した。
「全幅探索」と「評価関数の自動生成」である。

「全幅探索」というのは、「選択探索」に対比される言葉で、1手ごとに指せる可能性のある手をシラミ潰し的に検討するという方法である。
チェスでは常識になっている方法だそうであるが、将棋では探索する対象となる「場合の数」が膨大すぎて効率的ではないだろうと考えられていた。

そこで、将棋ソフトでは、なるべく効率的な「選択探索」、つまり有効な手をいかに選ぶか、ということに主眼が置かれていた。
人間の将棋上達法に倣ったのである。
人間は、基本的には「選択探索」を洗練させていくことによって上達していく。
将棋ソフトの開発も、この人間の上達法をいかに真似るか、に主眼が置かれてたといえよう。
「Bonanza」は(というよりも保木さんは)、そこを「逆転の発想」で突破したというわけである。

もう1つの「評価関数の自動生成」の「評価」というのは、局面の評価ということである。
言い換えれば、ある局面になったとき、有利なのか不利なのかという情勢判断である。
今までの将棋ソフトは、棋力の強い開発者が、どう評価するかをアルゴリズム化していた。

ところが、保木さんは、さほど棋力のレベルが高くなかったので、過去のデータから1手ごとに評価するという方法を採用した。
過去のデータというのは、6万局の棋譜である。
こうすることにより、局面ごとに評価し直すことになって、臨機応変に判断ができるようになったというわけである。

人間には6万局の棋譜を暗記することは不可能である。
そう考えれば、それでようやくプロ棋士並みの棋力に近づいたということだから、逆に人間の能力の高さに驚くべきだろう。
しかも、将棋ソフトは、将棋においてはプロ棋士並みの棋力を持っても、チェスや囲碁は打てない。
大局観、構想力、新規な発想をもたらす柔軟性などは、人間に叶わないと考えられる。

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2013年6月 4日 (火)

アベノミクスの危うさ(5)/花づな列島復興のためのメモ(226)

ちょっと危うかったけど、創作したシナリオのような劇的な形でワールドカップ出場を決めた。
サッカーだけではなく、スポーツの世界では紛れもない大国になっているといえよう。
それに比し、政治経済の世界はどうであろうか?
危うさを乗り越えることができるであろうか?

改めてアベノミクスと言われるものの内容を確認しておこう。
Wikipedia-アベノミクスでは、以下のように整理されている。

アベノミクスは、下記の3つを基本方針としており、安倍はそれを「三本の矢」と表現している。
  大胆な金融政策
 機動的な財政政策
 民間投資を喚起する成長戦略
個別の政策としては、下記などが提示、あるいは指摘されている。
 2%のインフレ目標
  円高の是正
 無制限の量的緩和
 大規模な公共投資(国土強靱化)
   日本銀行の買いオペレーションを通じた建設国債の買い入れ・長期保有
 政策金利のマイナス化
 日本銀行法改正
経済政策を進めるために、甘利明経済財政政策担当相の下に日本経済再生本部を設け、さらにその下に経済財政諮問会議、産業競争力会議を設置している。

これらをワンセットで遂行しようということであるが、それらが整合性のある体系なのか?
それはひとまず置くとして、象徴的なものといえば、「2%のインフレ目標」ということになろう。
デフレ経済からの脱却ということが主張されているからである。
だがしかし、うまく2%というところに誘導できるものであろうか?
そして、「2%のインフレが達成されれば、全てが丸く収まる」のであろうか?

私などの世代は、インフレと聞くと余り良いイメージは抱かない。
事実、終戦後のインフレには、父母の世代は苦労したはずだ。
Photo
http://www.dai-ichi.co.jp/gold/pickup/201302.asp

「次元の違う」金融緩和政策によって、ハイパーインフレのおそれはないのか?
デフレが長期化し、失われた20年が過ぎていく中で、インフレ待望論が主流となっている。
言われているデフレの悪とは以下のような点である。

1) デフレ化では現金の価値が上昇する。
2) 企業や個人は現金(預金)を保有するだけで実質金利が得られる
3) デフレ化では、借金は逆に実質金利が上昇する
4) 企業は借金を返済し、預金や現金を保有する
5) 結果的に投資が減少し、デフレがさらに深まる

http://green.ap.teacup.com/pekepon/1000.html

デフレ下では、物価がトレンドとして安くなるので、「待っていればもっと安くなる」という意識が働き、需要が顕在化しにくい。
その結果、企業の売り上げも伸びない。

しかし、最近の情勢をみると、誘導しなくてもインフレが進行しているのではないか?
原因は複合的であろうが、根底に円安による輸入品の値上げがあるだろう。
消費者物価指数の推移は下図の通りである。
Photo_2
唐虚新聞2013年6月1日

アベノミクスとしては、金融緩和によって賃金が上昇して購買力が増加した結果として、物価上昇が起きる、というシナリオを想定していた。
しかし、今起きていることは、むしろ購買力低下に繋がるインフレだろう。
Photo_3
東京新聞2013年6月1日

「想定外」などと言いださないことを祈る。

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2013年6月 3日 (月)

電王戦の記者会見における塚田九段の涙/知的生産の方法(57)

昨日(6月2日)の東京花壇に、佐々木幸綱選で、次の歌が第一席の選ばれていた。

トップ棋士を遂に超えしか電脳は口惜しけれどもフリーズも無し

埼玉県草加市 神保公一
(評)大ニュースとして報道された将棋電王戦である。そういえば昔のコンピュータはよくフリーズしたっけ。

「新潮45」の6月号は、「反ウェブ論」が特集である。
その中に、『われコンピュータ将棋と引き分けたり』という塚田泰明九段の手記が載っている。
先ごろ行われた電王戦の第4局で、「Puella α」という将棋ソフトと引き分けた対戦を巡ってである。
⇒2013年5月 5日 (日):将棋ソフトの進歩と解説ソフトの可能性/知的生産の方法(52)

第2回電王戦のプロの5人のメンバーは、去年の6月ごろには内定していて、7月頃から準備を始めたそうである。
私はもう少し直前になるまで決まっていないのかと思っていたが、第1回電王戦で米長永世棋聖が破れたことから、慎重に臨んだのであろう。
プロ棋士の中から公募するという形をとって選考されたのだが、コンピュータ将棋に詳しい棋士は、みな応募しなかったということである。
負ける可能性が高いことを知っていたからである。

塚田九段は、米長永世棋聖の敗因は、米長さんの間違いにあって、正しく指せば棋士に負けはない、と解釈していたらしい。
塚田九段は、1980年度(昭和55年度)にプロ入り(四段に昇段)した花の「55年組」の1人である。
「王座」のタイトルを獲得したほか、名人戦A級通算7期、竜王戦1組通算9期という歴戦の強者である。

塚田九段も、去年の内定から、将棋ソフト相手にいろいろ研究を行い、対策を練ってきた。
しかし、実戦で「想定外」のことが起こった。
塚田九段が予習していた将棋ソフトでは指さないような手を指してきたのである。
塚田さんは騙されたような気がしたと言っているが、将棋ソフト側がソフトを公開していれば、そんな気もしなかったのであろうが。

それは下図のような局面であった。
1

将棋の戦法に、「入玉」というものがある。
一方の玉将(玉)または王将が敵陣(相手側の3段以内、自分の駒が成れるところ)に入ることである。
将棋の駒は、玉将・飛車(竜王)・角行(竜馬)以外のほとんどの駒は前方には強いが後方には弱い。
その上、敵陣内では歩兵・香車などを容易に成らせることができるため、相手の玉将が入玉し、後方に陣取られてしまうと、詰めるのが非常に困難になる。

塚田九段は、研究の結果、比較的コンピュータが苦手な序盤で優勢を築き、できるだけ殴りあうような局面を避けて戦うという戦略で臨むことにした。
将棋ソフトの研究家である飯田弘之六段からは、入玉のチャンスを狙えというアドバイスもあり、機会を捉えて入玉作戦を実行中であった。
しかし、125手目で、思いもかけないような手を「Puella α」が指してきたのだ。

塚田九段が研究してきた将棋ソフトには、入玉を目指すという発想はなかった。
そのことを、騙されたような気がする、と言ったわけである。
もし双方の玉将が入玉したときは、両者の合意によって対局を中断して点数計算を行う。
点数計算は、自分の盤上の駒と持ち駒を、大駒(飛車・角行)を5点、玉将を0点、小駒(金将・銀将・桂馬・香車・歩兵)を1点として合計して計算する。

それまで駒を損しながら入玉作戦をとっていた塚田さんは、一挙に絶望的な状況に追い込まれてしまった。
ところがコンピュータが絶対的に強いはずの終盤に、「Puella α」が変調をきたした。
駒数勝負という評価関数が入っていなかったので、自分の王様が安全と考えると、無意味な「と金」を作り始めたのである。
Photo_3

素人目にも奇妙な棋譜といえよう。
しかし、このような「Puella α」の行動によって、必敗の情勢だった塚田九段に、引き分けに持ち込むという希望の灯がともったのだ。
最終的には「引き分け」という結果に終わった。
それは決して「美しい」とは言えない棋譜だった。

しかし、チームのために負けられないという思いから、人間相手には決して選択をしない筋悪の手を指さざるを得なかったのだ。
プロとしては、マンガチックな手を止むに止まれず指した。
塚田九段が対戦後の記者会見で、「投了を考えませんでしたか?」と問われ、涙を流した背景である。
「美学」、「意地」、「自己犠牲」・・・
このような思考は、やはりコンピュータにはない、人間のものであろう。

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2013年6月 2日 (日)

アベノミクスの危うさ(4)/花づな列島復興のためのメモ(225)

今日の東京新聞の「日曜訪問」欄は、平川克美さんのインタビュー記事である。
「アベノミクス幻想に警鐘」と、大日向公男記者がまとめている。
平川さんは、(株)リナックスカフェの代表取締役としてビジネスの現場に身を置きつつ、文明批評的な著書を書いている。

平川さんの見方の基盤は、経済成長の時代は終わり、均衡的な経済状況に入っているという時代認識である。
東日本大震災の発生する少し前に刊行された『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』筑摩書房(2010年9月)は、著者自身が「まえがき」で、「どう見積もってもビジネス書という範疇にには入らないだろう」「結果的には戦後精神史論」になったと書いている。

それは、文筆家としてのデビュー作『反戦略的ビジネスのすすめ)』洋泉社 (2004年11月)以来、一貫している。
Amazonの内容紹介を引用しよう。

当今、ビジネスの世界では、グローバリズム・スタンダードを意識した、短期的な将来に目的を設定する「戦略論」「ゴール思考」といった思考法が流行している。この思考法では、ビジネスは敵を出し抜き、勝ち負けを決める戦争であると考えられているが、しかし、本当にそうだろうか?  本書では、攻略しないという方法にこそ成長のヒントがあることを、「仕事とは何か」「会社とは何か」「人はなぜ働くのか」「なぜ人はお金を欲望するのか」「モチベーションはどこから来るのか」などの本質的な考察を通してビジネスというものを再定義することによって証明し、反戦略的なビジネスのあり方といったものを提案する。 また、畏友・内田樹(神戸女学院大学教授)とのビジネスをめぐる特別対談も収録。

経営戦略をはじめとして、ビジネスの世界では好んで戦争とのアナロジーが使われる。
言葉の使い方は思考そのものであるから、ビジネスをそういうものとして考えるという風潮が一般的ということである。
しかしビジネスとはそういうものか?
勝ち負けをはっきりしなければならないものなののか?

そのような思考態度を持つ平川さんは、アベノミクスは、「株価や為替レートで景気を図る」典型であるという。
それは庶民とは直接関係がないうわべだけの経済成長である。
格差はそのままで、市場に金をばらまき、小金持ちにバブルの幻想を持たせる。
証券や株など金で金を買うアメリカ式の金融ビジネスで、貯蓄した金を蕩尽させるものである。
佐伯啓思氏の用語によれば「砂漠の経済学」である。

その対案として平川さんが提起するのは、ヒューマンスケールの経済や生き方である。
重要なのは、経済合理主義やマネジメントではなく、騎手が馬の調子と相談しながら走るような「折り合いのメソッド」である。

「3・11」は、経済システムや都市集中システムを見直す大きな契機となった。
しかし、金銭一元的な価値観を、十分に改められたとは言えないのではないか。

私には、「瑞穂の国の資本主義」の具体的あり方はまだ明確ではない。
しかし、平川さんの提起している方向性が、1つのあり方を示唆していることは間違いないように思う。
それはアベノミクスとは重ならないように見えるのだが。

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2013年6月 1日 (土)

アベノミクスの危うさ(3)/花づな列島復興のためのメモ(224)

佐伯啓思氏は、「新潮45」の6月号の「反・幸福論」の第29回『「砂漠の経済学」と「大地の経済学」』において、資本主義には本来バブル要素がある。
それは、もともと不毛の地において、無から出発する。
だから、無に帰しても元に戻るだけだ、と考える。
つまり、「砂漠の経済学」である。 

ホリエモンこと堀江貴文氏や村上ファンドを率いた村上世彰氏の行動様式は、それを目指したものといえよう。
それに対して、伝統的な日本人の経済観念は、土地と結びついている。
豊葦原瑞穂の国とは、葦が茂った場所で、稲穂が生い茂る国の意である。
米作りは、日本人にとっては神と共にある生活であり、農と村と祭りは不可分だった。

土地がある程度安定した形で価値を生み出すという考えは、「砂漠の経済学」とは大きく異なる。
失敗したら無に帰すのではなく、土地が残り、辛抱強く待てばまた富は生みだされてくる。
そこでは、利益よりも、一緒に汗を流して働くことの方が重要である。
すなわち「大地の経済学」である。

われわれのエートス(社会集団・民族を支配する倫理的な心的態度)は、ヘッジファンドに代表されるような狩猟的な富の獲得というエートスにはなじめないものだろう。
ホリエモンや村上ファンドが一時的にはもてはやされたものの、結局は断罪されたのは、日本人のエートスの生み出す「空気」と相容れなかったということではないか。
罪刑法定主義とはいうものの、司法判断に世論が大きな影響を持つのはよくあることである。

安倍首相は、『新しい国へ 文春新書(2013年3月)で、「瑞穂の国の資本主義」を主張している。
「瑞穂の国の資本主義」は、「農」を土台にし、その上に「工」が乗り、その上に「商」が乗り、さらにその上に「金融」が乗る、という構造である。
豊饒な大地をベースにした構造であり、不毛の土地で展開される金融中心の強欲資本主義とは違うというわけである。

現在はグローバル化の時代であるといわれる。
企業経営者は口を揃えて、グローバル化の必要性を説く。
はなはだしくは、社内の公用語を英語にして、日本人同士のコミュニケーションも英語で行うという。
経済の世界での主流は、グローバル資本主義である。
利益優先的であり、バブル的であり、刹那的である。
強欲資本主義に近づいている。

「大地の経済学」は苦境に立たされている。
確かに、言われているアベノミクスは、グローバルスタンダードを目指しているかのようである。
佐伯氏も、アベノミクスが好調ならば、われわれの本来持っている経済観念が見えなくなる、という。

佐伯氏は、アベノミクスの「成長戦略」のひとつとして、TPP交渉参加があるという。
それは「農」を破壊するものだ、と言っているから、佐伯氏は、TPP交渉参加に反対のようである。

そこで私は、理解できなくなる。
アベノミクスと「瑞穂の国の資本主義」は、どこで折り合いをつけているのであろうか。
ダブルスタンダードということではないのか?
私の
疑問である。

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