無類の知の渉猟者・山口昌男さん/追悼(29)
文化人類学者の山口昌男さんが、10日亡くなった。
私が初めて山口さんの著書を手にしたのは、多分『本の神話学)』中央公論社(7107)ではないかと思う。
その読書の幅の広さと量に圧倒された。
最初にその名前を目にしたのは、週刊の「日本読書新聞」掲載された吉本隆明『共同幻想論』河出書房新社(1968)の書評である。
内容のことはともかく、その頃学生の間で人気の高い吉本さんを、ほとんど全否定してみせた腕力に、先ず注目させられたのである。
『人類学的思考』せりか書房(7103)の初出一覧の項を見ると、1969年1月~3月に掲載されている。
山口さんは、1931年8月生まれだから、30代後半だった。
印象としては、ずっと成熟した雰囲気を醸していたような記憶があるが、今にして思えば、若気の気負いもあったように思える。
『人類学的思考』の「幻想・構造・始原-吉本隆明『共同幻想論』をめぐって」を見てみると、冒頭に次のように書いてある。
ひとあたり読んでみて、良くわからない部分の多いのに先ず驚いた。私にとってこれは最近珍しい体験である。これは昔前、田舎の中学生として小林秀雄の文章に初めて接した時の驚き、あわてふためきようにも似てないとは言えなかろう、と思われるのである。
これには、思わずニヤリとしてしまった。
ついこの間、二人の分かりにくさについて書いたばかりである。
⇒2013年3月 4日 (月):小林秀雄と吉本隆明の「キレ」と「コク」/知的生産の方法(38)
山口さんの業績は次のように要約されている。
60年代からナイジェリアや、インドネシアで人類学的調査を実施。そのフィールドワークを基に「中心と周縁理論」や道化の役割を考察した「トリックスター論」など独自の文化理論を構築した。
雑誌「現代思想」などで構造主義や記号論を紹介。75年には記念碑的作品「道化の民俗学」「文化と両義性」を発表した。自ら「トリックスター」を体現し、国内外の気鋭の学者と積極的に交流、学際的に知の世界を刺激。硬直化する日本のアカデミズムに風穴を開けた。さらに80年代に一世を風靡(ふうび)した浅田彰さん、中沢新一さんら若手の学者や文化人による「ニュー・アカデミズム・ブーム」を生む契機ともなった。また、磯崎新さん、大江健三郎さん、大岡信さんと共に雑誌「へるめす」の編集同人としても活動した。
ナイジェリア・イバダン大講師、仏パリ大第10分校客員教授などを歴任。札幌大学長も務めた。東京外語大名誉教授。
著書に「アフリカの神話的世界」「知の遠近法」など。96年「『敗者』の精神史」で大佛次郎賞受賞。11年文化功労者。
http://mainichi.jp/select/news/20130311ddm041060075000c.html
大学学長としてユニークな大学運営をしたこと、東京外国語大学に籍を置いていたこと、専門分野にとどまらない該博な知識の所有者であることなど、先に亡くなった中嶋嶺雄さんと共通する要素も多い。
⇒2013年2月20日 (水):中国論をこえた浩瀚な学識・中嶋嶺雄/追悼(28)
大知識人と呼ぶべき先達が相次いで鬼籍に入る時代ということか。
合掌。
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