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2013年2月13日 (水)

体罰はいかなる場合もゆるされないか?/花づな列島復興のためのメモ(192)

体罰の問題が噴出している。
運動の名門高校から発火し、まさに燎原の火の如く燃え広がった。
女子柔道日本代表の問題も、パワハラといわれていることは、体罰的なことであろう。
⇒2013年2月 3日 (日):「プロセス」と「結果」の関係/花づな列島復興のためのメモ(187)
⇒2013年2月9日(土):コーチングと体罰/花づな列島復興のためのメモ(191)

これから体罰にどう向き合うか、いろいろな意見が出ると思われる。
体罰とは何か?
Wikipediaでは、次のようである。

体罰は、父母や教員などが、子供や生徒などの管理責任の下にあると考えられる相手に対し、教育的な名目を持って、肉体的な苦痛を与える罰を加えることを指す。この場合の苦痛とは、叩くなどの直接的なものから、立たせたり座らせるなどして動くことを禁ずるなど間接的なものも含む。体罰に明確な定義はなく、一般的に身体刑や虐待や暴行や訓練とは異なる行為とするが、該当することもある。軍隊や部活動等における先輩から後輩への指導が肉体的苦痛を伴う時も、体罰とされることがある。

ここで「いかなる場合でも体罰は許されないか?」という疑問が湧く。
学級が荒れて、授業ができない、いわゆる学級崩壊や死に至るイジメなどを、指導できるのか?
問題は生徒だけではない。モンスター・ペアレントといわれるような保護者もいる。
「出席停止処分」という制度はあるけれども、義務教育でこれを実施すると必ず「教育を受ける権利を奪った」との抗議があるらしい。

学校教育法の規定は、次の通りである。

第十一条 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

明確に体罰を禁止している。
したがって、体罰は制度的に存在しえないはずである。

しかし、平成19年2月5日付の文科省の「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について(通知)」の「別紙」の「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方」において、「1 体罰について」で、以下のように説明されている。

(4)児童生徒に対する有形力(目に見える物理的な力)の行使により行われた懲戒は、その一切が体罰として許されないというものではなく、裁判例においても、「いやしくも有形力の行使と見られる外形をもった行為は学校教育法上の懲戒行為としては一切許容されないとすることは、本来学校教育法の予想するところではない」としたもの(昭和56年4月1日東京高裁判決)、「生徒の心身の発達に応じて慎重な教育上の配慮のもとに行うべきであり、このような配慮のもとに行われる限りにおいては、状況に応じ一定の限度内で懲戒のための有形力の行使が許容される」としたもの(昭和60年2月22日浦和地裁判決)などがある。

どうも回りにくい表現であるが、「場合によっては体罰もOK」と解釈するのが自然であろう。
とすれば、「場合によっては」の「場合」の解釈が問題になるはずである。

そして、「場合」の解釈は、日本社会では「空気」によって決まる、というのが山本七平の卓見である。
「空気」とは何か?
その場の雰囲気であり、その背景にある社会通念とか世の大勢である。
⇒2008年4月28日 (月):山本七平の『「空気」の研究』

空気は目に見えない。
しかし、きわめて強い力を持っている。
気の弱い人間はそれに抗することができない。

密室のような閉鎖社会では、「空気」はどのように作用するか?
不可視であるが故に、力の強い側の恣意になることは容易に推測できる。
日本代表チームのような一流の選手でも、反対はできない。
今回のように、決死の覚悟で、一致団結した行動に出る以外にはないであろう。
「万国の労働者よ、団結せよ!」と同じことである。

校内暴力やいじめなどにおいて、「有形力」が必要であるようなケースもあるかも知れない。
しかし、透明性のある形で行われるべきである。
そうすれば、恣意的な判断がまかり通ることもなくなるであろう。
「有形力」を行使される側も納得できるのではないか。

私は学校現場の事情に詳しくないが、今年度から武道が必修化されたと聞く。
武道の中でも柔道が最もポピュラーであり、実際に話題になっているのは柔道が中心であるようだ。
柔道界が、女子日本代表や内村容疑者のような不祥事が続くとすれば、武道の必修化そのものを見直すことにならないか。

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