今年の抱負-力を抜くことマスターしよう
明けましておめでとうございます。
今年も爽やかな初日に映える神々しい富士山を拝むことで1年がスタートしました。
世界文化遺産への登録が実現することを、静岡県民いや日本国民の1人として、願っています。
静岡県の川勝平太知事は、静岡県は「食の都」「茶の都」「花の都」であるとし、新東名の開通によって、東海道新時代が始まったと言っています。
京都が東洋文明、東京が西洋文明の影響下にあるのに対し、静岡には日本列島のアイデンティティがある。その象徴が富士山である、というようなことを語っています。
全国に多数の富士山があると同時に、富士山はオンリーワンでもあるということではないでしょうか。
新しき年の初めにあたり、さて今年の目標は何だろうか、と考えました。
リハビリ中の身でもあり、今さら何かを新しく達成しようという齢でもないし、と思いましたが、次のようなことを考えてみました。
たとえばOTの一環として、字を書く練習をしています。
字を書く動作と言うのは、腕から指先にいたるさまざまな筋の複合した動作です。
筆記事態に握力や指先の力は、さほ必要がないのですが、指や手首の制御が重要になります。
回復期の病院で、左手で字を書く練習に精を出した結果(だと思いますが)、箸の使い方も上手になりました。
もちろん、右手のようなわけにはいきませんが、日常生活の大部分を左手だけでこなしています。
振り返ってみれば、当初左手では単純な銭を引くこともできず、箸を使うこともできませんでした。
字を書く練習の効果は大きい、というのが実感です。
⇒2010年5月 9日 (日):闘病記・中間報告(5)回復期リハビリについて
しかし、左手の場合、何とか読めるような字が書けるまでになりましたが、右手はマヒしたままで鉛筆を握ることさえままなりません。
字を書こうとすると、上腕部にまで力が入ってしまい、とても疲れます。
不自然な力が入っているのが主因だと思います。
マヒした指の運動の回復は本当になかなか改善されません。
同じように通院している人からも、よく嘆き節を聞きます。
私は、退院して初めての正月に、「年内にジャンケンができるように」という目標を立てました。
⇒2011年1月 4日 (火):ジャンケンができるように-今年の目標/闘病記・中間報告(19)
ところが、満2年経った現在、依然としてジャンケンができません。
これでは、孫と遊ぶのもままなりません。
私は、元来幼児が大好きで、甥や姪が子供の頃はよく一緒に遊んだものです。
その姪の子供についても同様です。
ところが、自分の孫が遊びたい盛りに、半身マヒになってしまったわけです。
まあ、自業自得ではありますが、孫におじいちゃんの思い出を残せないのでは、それこそ心残りです。
何とか、一緒に遊べるくらいの運動能力を回復したいと思っています。
よく、自然体とか肩の力を抜いて、といいます。
リハビリの極意は、この自然に力の抜けた状態になれるかどうかだと、見当をつけています。
ということで、力を抜くことをマスターする年にしたいと考えています。
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