天孫降臨と高千穂論争/やまとの謎(75)
初代天皇である神武天皇が即位した年を元年とする暦の数え方があった。
私が生まれる前のことではあるが、昭和15(1940)年が2600年目になるということで(いわゆる皇紀2600年)、盛大な祝賀式典が行われたということである。
この年に生まれた私の従姉に紀子という名前の人がいるが、明らかに皇紀を意識した命名である。
西暦2013年の今年は、紀元2673年ということになる。
神武即位は、『記紀』神話をベースに推測されたものである。
『古事記』が1300年ということであったから、神武の即位年から現在までの半分くらいの頃の計算になる。
しかし、現在では、皇紀という数え方はほとんど絶滅したといえよう。
神武は天孫降臨のニニギノミコトの3代後の子孫である。
霧島神宮のサイト
それでは、天孫降臨の地はどこか?
1つの候補地が、高千穂峰である。
⇒2012年4月19日 (木):入院しました/闘病記・中間報告(42)
ところが、同じ宮崎県にもう1つ高千穂町があって、こちらも天孫降臨の地を主張している。
白洲信哉『白洲正子の宿題』世界文化社(0710)では、こちらの高千穂について書いている。
⇒2012年7月 9日 (月):天孫降臨の高千穂峰/やまとの謎(66)
高千穂町には高千穂神社がある。
http://takachiho-kanko.info/sightseeing/detail.php?log=1336615324&cate=all&nav=1
また、天岩戸神社もある。
http://takachiho-kanko.info/sightseeing/detail.php?log=1338295932&cate=all&nav=1
双方ともに、それらしい雰囲気を持つ。
この両地の論争については、以下のような状況である。
高千穂については西臼杵郡の「高千穂町説」と霧島連山の「高千穂峰説」の二つがあり、人々は答えの出ない論争を繰り広げてきた。
各地の文化・風土について古事記編さん後に書かれた地誌・風土記でも2説が並び立つ。
高千穂論争は奈良時代には既に始まっていた。
論争が最も熱を帯びたのは1940(昭和15)年前後。
同年は神武天皇即位から数えて2600年の節目とされ、記念事業が数多く催された。
宮崎、鹿児島両県はそれぞれ、皇族ゆかりの地として全国にPRしようと知恵を絞り、熱い火花を散らした。
「みやざき仰天話 松本こーせいの宮崎歴史発見」(鉱脈社)によると本県は38年、ニニギノミコトや神武天皇が住んだとされる「高千穂宮址」が県内にないか国に調査を依頼。
鹿児島も追随したが、本県側が「高千穂宮址にあたる場所はないとしていたのに、割り込んできた」と猛反発した。
隣県同士の関係悪化を懸念した国はあえて結論を出さなかった。
戦後は国家神道の解体もあり、双方の主張もトーンダウン。
論争はすっかり過去のものになった。
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1348337138/
しかし、2つの候補地があるのも考えてみれば不思議な感じがするが、史実をめぐる論争というわけではないので、余り真剣に争うほどのことでもないということだろう。
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コメント
二箇所ある・・・そういうことは、よくあるように思います。面白いと思います。
老舗にも、本家を名乗る所、元祖と看板に上げる所、など、同じ饅頭を売るのに、由緒を競っていることがあります。
何事も二つある、というのは、日本だけのことなのでしょうか?。
投稿: 五節句 | 2013年1月 5日 (土) 17時55分
五節句様
明けましておめでとうございます。
確かに温泉饅頭に、本家-元祖と言い合っていることがあったように思います。同じ屋号を使っている鰻屋などにも。
人でも、卑弥呼や聖徳太子など、「二人いた」という説がありますね。
投稿: 夢幻亭 | 2013年1月 6日 (日) 20時26分