「キレ」の思考と「コク」の思考/知的生産の方法(28)
最近は、思考技術についての良書が数多く出版されるようになった。
私が某リサーチ・ファームに在職していた頃(1970年代)に、同僚たちと思考技術研究会というインフォーマルな組織によって、手探りの学習をしていた時代に比べると雲泥の差である。
⇒2007年11月22日 (木):コンセプチュアル・スキル
⇒2010年12月25日 (土):イシュードリブン/知的生産の方法(1)
私が、これは良書だ、と思ったのは、村山昇『「キレ」の思考 「コク」の思考』東洋経済新報社(1211)である。
「キレ」と「コク」といえば、まず思い浮かぶのは、ビールのテイストである。
【コク】
ビールを口に含むと、「にがみ」とか「しぶみ」とか、「すっぱさ」などといった味成分が舌の粘膜に吸着する。この味成分が、飲んでいる間にたくさん舌の粘膜に吸着すると、ビールにはコクがある、と感じる。
【キレ】
ビールを飲み終えたときに、吸着した味成分がスッと舌から洗い流されると、ビールにはキレがある、と感じる。
サッポロビール・価値創造フロンティア研究所
http://www.sapporobeer.jp/kenkyu/frontia/kokukire.html
つまり下の粘膜に吸着するか、吸着した成分が洗い流されるか、ということであるから、両立し難い概念であると考えられる。
それを逆手にとって、「コクがあるのにキレがある」というコピーで市場を席巻したのがアサヒビールのスーパードライであった、
国内のビール市場は、4社が競う典型的な寡占市場である。
キリン、サッポロ、アサヒ、サントリーである。
中ではキリンが抜け出ていて、長らくガリバー的な地位を占めていた。
アサヒビールは、1980年代には後発の(ウィスキーが本業と考えられていた)サントリーと、最下位を争うという危機的な事態を迎えていた。
スーパードライが販売を開始したのが1987年。
圧倒的な人気を呼び、ついに1997年にはキリンを抜いてトップに立つという劇的な展開は、商品開発や市場浸透のサクセス・ストーリーとして、多くの人が知るところである。
それでは、「キレ」の思考・「コク」の思考とはどういうことか?
ビールでお馴染の言葉・概念を応用した感覚に先ずは脱帽するが、内容的にも目を見張るようなことが沢山ある。
著者のプロフィールは、奥付によれば以下のようである。
概念工作家、組織・人事コンサルタント、キャリア・ポートレートコンサルティング代表
企業の従業員・公務員を対象に、「プロフェッショナルシップ」(一個のプロとしての基盤意識)醸成研修、キャリア教育のプログラムを開発・実施している。
概念工作家とは余り耳にしない言葉であおるが、私自身、調査・企画といった業務に携わっていた頃、コンセプチュアル・スキルと呼ばれているものを工学的に、言い換えれば合目的的に、整理できないだろうかと考えて、コンセプチュアル・エンジニアリングという言葉を考えたことがあった。
したがって、概念工作家という村山氏の表現に違和感はなかった。
かの松岡正剛氏に『概念工作』というタイトルの著書があり、しばらく蔵書していた記憶がある。
書棚を整理する中で行方不明であり、Amazonで検索しても確認できない。
村山氏は、「キレ」の思考・「コク」の思考を次のような図で説明する。
つまり、思考の運動の座標軸を、以下のような3次元で考える。
・Logic-Image
・Abstract-Concrete
・Subjective-Objective
「キレ」の思考は、C(具象)×L(論理)×O(客観)領域を運動の範囲とする思考であり、「コク」の思考は、A(抽象)×I(イメージ)×S(主観)の領域を運動の範囲とする思考である。
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コメント
夢幻亭様
はじめまして。『キレの思考・コクの思考』の村山です。
このたびは拙著をご紹介いただき有難うございます。思考技術に関し、かなり以前から取り組まれていたことに敬意を表します。そして「コンセプチュアル・エンジニアリング」の概念をお持ちになっていたことも興味深く感じました。
私も「概念工作家」なるものを造語しましたが(松岡正剛さんがすでにこの言葉を使っていたことは、この記事で初めて知りました)、これを英語で表記すると「コンセプチュアル・クラフツパーソン」となりましょうか。私はかつてメーカーに勤めておりまして、「クラフツマン」「クラフツマンシップ」ということにあこがれておりまして、そんなところからこの語の発想に至ったわけです。
夢幻亭様のご発信もなかなかユニークな観点で、どの記事も粒ぞろいな印象を受けます。今後ともご活躍ください!
投稿: 村山昇 | 2013年1月20日 (日) 18時15分
村山昇様
早速に恐縮です。
お目に留まって幸いです。
かねてより関心のあるテーマでしたので、珍しく一気に読み、いささか興奮してfacebookや口頭で周囲に紹介しております。
今後とも参考にさせて頂くつもりで、amazonの書評で紹介されていたブログ等も読ませて頂く予定です。
今後とも精力的なご活躍を。
投稿: 夢幻亭 | 2013年1月20日 (日) 22時01分