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2012年12月19日 (水)

さわやか or 泥沼流・米長邦雄さん/追悼(23)

永世棋聖の米長邦雄さんが、12月18日亡くなった。
1943(昭和18)年6月10日生まれで、69歳だった。
前立腺がんだというが、まだまだ元気な姿を見たい人だった。

記憶に新しいのは、今年の1月14日のボンクラーズ(コンピュータ将棋)との対局である。
ボンクラーズは、富士通研究所の伊藤英紀氏が開発したソフトウェアである。
コンピュータ将棋選手権で優勝経験のある将棋プログラム「ボナンザ」をベースとし、6台のサーバを並列処理させることで、高速演算を可能としたといわれる。

ボンクラーズは、2011年5月のコンピュータ将棋世界選手権を制した。
現役棋士との公式対局が期待されたが、60歳で現役を退いていた米長さんが大役を引き受けた。
しかし当時68歳となっていた米長さんに既に全盛期の棋力はなく、正座で対局を行う体力もなかったと言われる。

米長さんは自宅にパソコンを導入、ボンクラーズをインストールして、対策を研究した。
若手棋士やタイトル保持者を自宅に招待してボンクラーズと指させてはみたものの、ほとんどは敗れてしまったそうである。
正攻法では勝てないことを悟った米長さんは、コンピュータが苦手な序盤に大優勢を築き、そのまま逃げ切る作戦を立てた。
米長VSボンクラーズは、インターネットで生配信され、好評を博した。

私は将棋については駒の動かし方程度の知識しかない。
しかし、米長さんの生き方は興味をもって眺めていた。
容姿や考え方からは「さわやか流」と呼ばれていたが、棋風からは「泥沼流」と評された。
以下は、ボンクラーズとの対戦に関するWikipediaの解説である。

米長は「ボナンザ」開発者である保木邦仁の勧める、初手▲7六歩に対する△6二玉に着目する。これは定跡に無い手で、ボンクラーズのもつ膨大な序盤の定跡データを無効化できるかもしれないと言うのだ。さらにコンピュータは構想力が劣り、6二玉からの狙いを看破できず、金銀で6筋、7筋の位を張る米長陣を、金銀が上ずり玉飛が接近しており、自身が優勢と誤判断する。米長はこの筋を研究し、述べ300時間の準備の上で対局に臨んだ。
来る2012年1月14日、実戦でも米長は6二玉からの構想で、79手目までに6筋、7筋を制圧、ボンクラーズを抑え込む形で大優勢となった。だが直後に、米長に見落としが出て位を奪還されてしまう。その後は「人間と違い、ミスをしない」コンピュータであるボンクラーズが、逆転勝利を収めることとなった。
局後の記者会見で米長は、△6二玉は最善手であったはずで、負けたのは単に私が弱かったからだと語った。米長の構想については羽生善治、谷川浩司、森下卓らトップ棋士も評価しているほか、複数のコンピュータ将棋開発者からも比較的良い評価を受けている。

米長さんは、棋界だけでなく、一般社会にも大きな影響力を持った。
1993年に、7度目の挑戦で、49歳で念願の名人位に就いた。
名人在位中に50歳になり、在位の最年長記録を作ったが、1期だけで失い、以後タイトル戦から遠ざかった。
名人位奪取に際しては、30歳も若い棋士の研究会に参加し、教えを乞うたという。

3人の兄は東大に進んだ。
そのうちの泰氏は、全日本学生名人戦で優勝を果たすなどアマチュア強豪として知られ、都市工学の専門家であるが、将棋の棋風分析の一人者という。
「兄達は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」という言葉は米長語録として有名であるが、実際は親友の故芹沢博文九段が言い始めたということである。

芹沢九段は、沼津の出身であり、実の妹は私の友人である。
天才肌の人で、酒豪で知られたが、肝不全で51歳で亡くなった。
尋常ではない酒量で体調を崩した結果の早逝であり、その死は「時間をかけた、ゆるやかな自殺」と言われている。
文学者などにみられる破滅型の人だったといえよう。
妹は兄と違い、全くアルコール類を嗜まないが、飲み会の座を盛り上げてくれる心遣いの人である。
米長さんは芹沢さんと大の仲良しだったという。
個性的な棋士に合掌。

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