« 土壌中の放射性セシウム除去の新技術/花づな列島復興のためのメモ(180) | トップページ | 今年の抱負-力を抜くことマスターしよう »

2012年12月31日 (月)

今年を振り返る

2012年も今日で終わりだ。
年々、1年が過ぎるのが早くなって行くような気がする。
多分に加齢によるものだろう。
⇒2007年12月29日 (土):年齢と感覚時間

今年1年は、自分にとってどんな年であったか?

突然の脳梗塞の発症から満3年が過ぎた。
⇒2010年3月 6日 (土):闘病記・中間報告
恐れていた再発も、今のところは大丈夫のようである。
右半身のマヒは相変わらずだが、きわめて緩徐的にしても改善しつつあることは確かだ。
個人的には、全体として穏やかに過ごせたのではないかと思う。

後遺症のリハビリは未だ改善の途上にあることを実感する。
4月~5月に、約5週間鹿児島大学病院霧島リハビリテーションセンターに再入院して、川平法を受術した。
⇒2012年4月18日 (水):川平法に期待して再入院/闘病記・中間報告(41)

世評の高い川平法とはいえ、回復期を過ぎてからの回復には限界がある。
できれば急性期の直後に受術したかったとは思うが、やむを得ない。
しかし、川平教授をはじめとするスタッフの方たちの真面目な取り組みはよく分かった。
⇒2012年4月30日 (月):川平法の印象/闘病記・中間報告(47)

現在は、引き続き通院してOT(作業療法)とPT(理学療法)を受けており、その効果はあると思う。
半年ぶりぐらいに会う人は、歩き方が早くなったとか、手がよく上がるようになった、などと言ってくれる。
しかし、脳梗塞に罹患したことは、初対面でも一目で分かるようだ。

社会的なニュースで印象的なものは次のようなことであろうか。
1.民主党政権の自壊と自民党の政権復帰
⇒2012年12月17日 (月):総選挙の結果をどう見るか?/花づな列島復興のためのメモ(175)
2.脱原発運動の高まり
⇒2012年6月30日 (土):「日本の春」になるか、官邸への反原発デモ/花づな列島復興のためのメモ(98)
3.山中伸弥教授のノーベル賞受賞
⇒2012年10月 9日 (火):山中伸弥京大教授のノーベル賞受賞/花づな列島復興のためのメモ(148)

民主党政権にはまったく期待を裏切られた。
しかし、私は政権交代前の自民党に戻すことにも賛成できなかった。
したがって、いわゆる第三極の動向に期待したが、余りパッという結果とはならなかった。
⇒2012年12月 3日 (月):総選挙における各党のポジショニング/花づな列島復興のためのメモ(167)

争点や価値観が多様化すれば、多党化現象は必然である。
選挙区で1人しか当選しないという制度は、二大政党制を定着させるため、ということであったが、多量の死に票、無効票が発生している。
少数政党が生き残る道を考えた方がいいのではないか。
ものの見方・考え方のもよるが、自民党圧勝という結果は、必ずしも民意を的確に反映したものとはいえないだろう。
自民党幹部もその辺りは承知しているようで、「自民党は下野して変わった」と盛んに吹聴していたが、どうであろうか?

民意を全体として最も適切に議席数に反映させるためにはどうすべきか?
選挙制度改革にパーフェクトな解など期待し得ないだろうが、先ずは違憲とされている現状を何とかしなければならないであろう。
個人的には、全国1区の選挙区で、獲得票数に比例配分すべきだと考える。
ムリに争点を絞ると、野合に近い合従連衡が生じる。

今年は秋口に、個人的にお世話になってきた2人の先達が亡くなった。
こちらの年齢も相応に高くなっているのだから、まあ仕方のないことではあるが、往時の元気な姿を思うとやはり寂しい気持ちは拭えない。

著名人にもこのブログで何人かの方に追悼の意を表させていただいた。
特に、吉本隆明氏の死は、やはり時代の画期ということを感じざるを得なかった。
⇒2012年3月16日 (金):さらば、吉本隆明/追悼(20)
吉田茂以来64年ぶりという安部首相の再登板によって、名実ともに戦後レジームは終焉を告げるのではなかろうか。

追悼文を書けなかった人にも、死を惜しみたい人はいる。
原田正純氏などがその1人である。
Wikipediaによる略歴は以下の通りである。

鹿児島県さつま町出身。ラ・サール高校、熊本大学医学部卒業。熊本大学医学部で水俣病を研究、胎児性水俣病も見いだす。水俣病と有機水銀中毒に関して数多くある研究の中でも、患者の立場からの徹底した診断と研究を行い、水俣病研究に関して詳細な知識を持った医師でもあった。 熊本大学退職後は熊本学園大学社会福祉学部教授として環境公害を世界に訴える。1989年、『水俣が映す世界』(日本評論社)で大佛次郎賞を受賞。2001年、吉川英治文化賞受賞。2010年、朝日賞受賞。
2012年6月11日、急性骨髄性白血病のため熊本市内の病院から退院後自宅にて死去。77歳。

福島原発事故と水俣病とは、原因は違うが、強者が引き起こして被害を受けた弱者が救済されにくい、という構造は同じである。
⇒2012年8月 2日 (木):水俣病と福島原発事故/「同じ」と「違う」(49)/因果関係論(18)
われわれは、福島で水俣と同じ失敗を繰り返してはならないが、世の中の雲行きは怪しげである。
野田前首相は、基本的に善意の人であろうが、そして自ら正しいと信じて、消費税の増税や大飯原発を再稼働させたのであろうが、ドジョーを自認したこの人の顔を見ると、「地獄への道は善意で舗装されている」という言葉を思い出してしまう。

|

« 土壌中の放射性セシウム除去の新技術/花づな列島復興のためのメモ(180) | トップページ | 今年の抱負-力を抜くことマスターしよう »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

あけましておめでとうございます。
昨年は霧島のほうに三回行きました。
車で走りながら、ここが夢幻さんがリハビリされていたんだなぁと感慨深いものがありました。

僕は科学的資質がないのでそちらのテーマは弱いんですが、夢幻さんの花づな列島復興シリージやまとの謎シリーズや「邪馬台国」シリーズや知的生産シリーズや、それらがどれも僕の一番関心が深いことで、でも夢幻さんのようにちゃんと分析できなくて、いつもblog拝見させていただいて、得るところがたくさんあります。

今年も多くの人に訃報に、あらためて心を動かされました。
http://blog.goo.ne.jp/kimion20002000/e/4a353704ada40fe176766ab2e267c58b

本年も楽しみにしております。よろしくお願い申し上げます。

投稿: kimion20002000 | 2013年1月 1日 (火) 13時01分

kimion20002000様

明けましておめでとうございます。
早速にありがとうございます。
あらゆることがなかなか思うようには行きませんが、
それも定めと開き直って行こうと思っています(思わざるを得ない?)。

kimionさんのように目配りはできませんが、
気になることをその都度書きとめるというスタイルを保ちたいと思います。
「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」というように、
訃報は一度だけですが、それぞれ別の思いが湧いてきます。
今年もよろしくお願いします。

投稿: 夢幻亭 | 2013年1月 3日 (木) 18時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/48531835

この記事へのトラックバック一覧です: 今年を振り返る:

« 土壌中の放射性セシウム除去の新技術/花づな列島復興のためのメモ(180) | トップページ | 今年の抱負-力を抜くことマスターしよう »