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2012年11月 7日 (水)

反面教師のロールモデルを果たした田中文科相

田中文科相の新設大学設置認可をめぐる騒動がマスコミを賑わしている。
昨日の静岡新聞のコラム「大自在」は次のように書いている。

 「やっぱり」「とうとう」―。問題となった言動よりも就任後1カ月間“無風”だったのを意外に感じた人もいるかもしれない。正規の手順でお膳立てされた3大学の新設を“ちゃぶ台返し”した田中真紀子文部科学相である▼大学教育が質より量になっている。世界に貢献する視点がほしい。学歴より真の学力が大切。問題意識は共有できるが、それがなぜ3大学の不認可になるのか。説明が足りない▼大学教育に関して積極的に発言してきたわけでもない。唐突感は、ご自身が「暴走老人」と批判した人にも比肩しよう。副大臣を含め省内でほとんど議論せずに、自分の考えだけで審議会答申を覆したことを認めている▼「大学設置認可の在り方を抜本的に見直す」という。事後対応ではなく、事前のふるい分けを厳しくしたいらしい。いわば規制強化論で行政改革の流れには逆行する。「総理にはご報告をしてあった」と言うが、政権の基本方針にも関わる大問題に思えるのだが▼話題を振りまいて課題を顕在化させ、議論の波を立てる手法はさすがではある。ただ、ぶち上げ方が「思いつき」と変わらないようでは、政治家として落第だ。ノーベル賞受賞者に洗濯機を贈るのとは違う。とばっちりを受ける人がいるのだから▼個人の多様性を尊重し、自立や生きがいにつながる教育を。見直しにはそんな理由も挙げていた。まさか大臣もかくあるべしと多様性を発揮し、役人から自立した姿を見せようとしたのではあるまい。暴走が生きがいにも見える人だけに、つい疑念を抱いてしまう。

私はこのコラムから、ロールモデルという言葉を思い出した。
辞書で確認すると、以下のようである。

ロール‐モデル【role model】
役割を担うモデル。模範。手本。「革命家の―にゲバラを挙げる」

一般的には、学ぶべき手本であろうが、反面教師ということもある。
ついでにこの言葉も辞書で確認してみよう。

悪い面の見本で、それを見るとそうなってはいけないと教えられる人や事例のこと。それを見ることで、反省の材料となるような人や事例。その言行が、そうしてはいけないという反対の面から、人を教育するのに役立つのでいう。

どういうところが反面教師たるゆえんか?
田中文科相の問題提起は、正論のようにも思える。

 記者会見での話はこんなふうだった。大学が多くつくられ、教育の質の低下が進み、就職難にもつながっている。大学間の競争が激しく、運営が問題化するところもある。相変わらずの審議会制度そのものを見直すべきだ、と。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012110602000140.html

確かに大学の数が多すぎるのでは、という気はする。
2000年に649校だった4年制大学は2012年で783校に、20%を越える伸び率である。
希望すれば、どこかの大学に入れるという状況である。
しかし、そのこと自体は悪いということではないだろう。
大学間の競争が激しくなっていることは、切磋琢磨を促しているのではないか。
その結果淘汰される大学も当然あるだろう。
教育を市場原理だけで考えるわけにはいかないだろうが、競争に耐え得ない大学を補助して延命させることはないだろう。

教育の質の低下は大学だけの問題ではない。
というよりもむしろ、大学以前の段階での教育のあり方を考えるべきだろう。
就職難は、就職先を選ぶ側の問題もあろう。
いわゆる3Kのイメージが広く流布してしまっている介護・看護職などは、慢性的な人不足で外国人の採用が検討課題になっている。

審議会制度は、実態をよく知らないが、仄聞するところでは、官僚の都合に合わせた人選が行われているようである。
しかし、これはこれとして解決すべきであり、個別の許認可問題とは別であろう。

実際問題として、大学の設置準備には、多くの時間と資金を必要とする。
学生募集等も勘案すると、できるだけ早い段階で是非を決定すべきだろうが、そうなるとペーパーだけの審査に依存する部分が多くなりそうであり、別の問題が起きよう。
橋下大阪市長は次のように語っている。

 橋下徹大阪市長は6日、田中真紀子文部科学相が3大学の新設を不認可とした問題について、「大学の需給調整は国の役割ではない。切磋琢磨にさらさないと、大学の発展はない」と述べ、田中氏の対応を批判した。市役所内で記者団に答えた。
 橋下市長は「大学の新規参入は認めるべきだ。(大学が)良いか悪いかはユーザーがきめればいい」とし、大学レベルの向上には大学間の競争が不可欠との考えを強調。その上で、「大学がつぶれたときに、学生が他大学に移れるようにするなどのセーフティーネットを作るのが国の役割だ」と持論を述べた。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/121106/waf12110621480025-n1.htm

橋下氏の教育行政には批判が多いが、この問題に関しては正論だと思う。
最終的に、田中文科相は、再審査ということで幕を引くつもりになったようである。

 田中文科相は6日、記者会見を終えた後、再び会見場に姿を見せ、一転して3大学の再審査に言及した。文科省幹部によると、同省12階の会見場からエレベーターで移動したところで森口泰孝次官から「言い忘れたことはありませんか」と問われ、思い返して会見場に向かったという。
 田中文科相が3大学の不認可を表明したのは11月2日。省内では3大学の不認可を回避するため複数の案を作成し、5日に森口次官が大臣室に入ったという。混乱する事態の収拾を図ろうとしたとみられる。
 同省幹部によると、新たな検討会は、今週中に財界人など幅広い分野からメンバーを人選。田中文科相の了承を得た上で今月中に発足させ、財務状況や学生の募集状況の見込み、地域から要請があるかなど、現行より厳しい基準を設ける。その後、田中文科相が認可を最終判断する。年内の判断なら、来春開学に間に合う目算だ。

http://mainichi.jp/opinion/news/20121107ddm003040066000c.html

ところが、茶番劇はさらに急展開した。
衆院文部科学委員会で、午後になると午前までの主張を全面的に撤回し、現行基準の下での認可ということになった。

    あくまで3大学への不認可の撤回を固辞し、新基準のもとでの再審査を主張していた田中氏が同じ文部科学委員会の場で、既定方針を急転させたのは午後三時半を過ぎてから。来春の3大学の開学に向け、同委員会の川内博史委員長(民主)が「速やかな対応を」と求めたときだった。
 田中氏はこれに応えて、11月2日の不認可発表以来の発言をすべて覆す形で「3大学の認可については現行の基準や制度にのとって適切に対応したい」と述べた。
 閉会後の会見でも記者の質問に答え、不認可決定の撤回に加えて「この3校については認可します」と明言した。

http://www.j-cast.com/2012/11/07153100.html

落ち着くべきところに落ち着いたといえようが、「真紀子劇場」の自作自演の茶番劇である。
「新たな基準」で審査となると、ゲームの途中で、審判に合わせてルールを変えるようなものであって、さらに新たな問題を派生させることになる。
田中文科相は、見事に反面教師としてのロールモデルを演じたのではなかろうか。
それにしても、野田首相の適材適所の人事も、「お見事!」である。

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