冷戦と原水爆の肯定的位置づけ/戦後史断章(4)
映画『ゴジラ』は、どうやら私が考えていたレベルを超えて、戦後史において大きな位置を占めているらしい。
⇒2012年10月21日 (日):ゴジラは何の隠喩なのか?/戦後史(2)
私は単純に香山滋の原作があって、それを映画化したものだと考えていた。
そこで原作を読むつもりで小説版を読んだのだが、実際は田中友幸プロデューサー(東宝)による映画の企画が先にあって、香山が台本を書いたという経緯だった。
私が読んだのは、いわゆるノベライズの作品である。
⇒⇒2011年5月 9日 (月)誕生の経緯と香山滋/『ゴジラ』の問いかけるもの(1)
それでは、田中プロデューサーはどうして発想したのだろうか?
吉見俊哉『夢の原子力: Atoms for Dream』ちくま新書(1208)によると、原子力怪獣というような一群の映画が、『ゴジラ』に先行してハリウッドでハリウッドで製作されていたらしい。
そして、その前史には冷戦期の初期に、アメリカ大衆文化の中で原水爆が重要な位置を占めていたらしい。
原水爆の破壊力が、東(共産主義)陣営に対抗する上で大きな役割を占めると期待された。
日本のヒロシマ、ナガサキに次ぐ第三の被爆である第五福竜丸はビキニ環礁における水爆実験によるものであった。
女性の露出度の高い水着、すなわちビキニ、はこの実験地であったことに由来する。
水着のビキニの場合、一九四〇年代末にこれが最初に考案されたときには、文字通り「アトム」と名づけられてもいたようだ。ビキニ=水着は、それを身につけた女性が周囲の男たちに与える「破壊的刺激」が「アトム=原爆」に喩えられ、やがてその実験が集中的に行われていた「ビキニ環礁」の海と「原爆級に刺激的な」水着の女性というイメージが合体して現在の名称が確立していくのである。
p200
被爆者からすれば何ともノーテンキなネーミングということになるが、核爆弾はアメリカの大衆には肯定的に捉えられていたのである。
『アトミック・カクテル』『アトミック・ベイビー』『ウラニウム・フィーバー』『放射能ママ』などの歌は、いまではブラック・ユーモアかと思うようなタイトルであるが、大衆音楽としてヒットしたものだという。
その1つに、1957年に女性ロカビリー・シンガーだったワンダ・ジャクソンが歌った『フジヤマ・ママ』という曲があるそうである。
「フジヤマ・ママ」は、ビキニに象徴される原爆の「破壊的刺激」とオリエンタリズムを結びつけたものであるが、「被爆側に対する徹底的な鈍感さ」と吉見氏は言っている。
しかも、驚くべきことに、ワンダ・ジャクソンは1959年に、日劇のウェスタン・カーニバルに出演し、日本の聴衆は熱狂した。
私は、片田舎の中学生だったから、日劇ウェスタン・カーニバルなるものがあることは知っていたが、その内容についてはまったく無知だったし、関心もなかった。
しかし、後年、同世代の人に、結構ロカビリー・ファンがいたことを知った。
原水爆のモチーフは、もちろん音楽だけに取り入れられたわけではない。
ハリウッドでも行われた。
しかし、音楽に比べ映像はより具象的であるから、扱い方が難しい。
冷戦の初期においては、受容され得るストーリーは、「「悪辣な」共産主義の攻撃に対する「自由の」アメリカの圧倒的勝利」だけだったが、軍や政府の広報のような映画は、基本的には面白くないだろう。
そして、このような「面白くなさ」を打破する工夫として考えられたのが、「放射能の主体を隠喩のレベルにとどめる」ことであった。
典型的には、「原水爆実験の影響を受けて蘇った太古の怪獣や巨大化した昆虫」である。
1950年代のアメリカでは、そういう映画が何本も作られている。
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