「満州事変」をひき起こしたのは誰か/満州「国」論(3)
歴史の因果関係は複雑である。
しかし、何が根幹で、何が枝葉であるかは、事実関係を調べることによって、自ずから明らかになる面もある。
満州事変についても、現在は石原莞爾らが柳条湖で南満州鉄道を爆破し、これを中国軍の仕業とする謀略により起こしたもの、という見方が定着している。
⇒2012年9月18日 (火):柳条湖事件から81年、拡大する反日デモの行方/満州「国」論
しかし、当時の一般民衆は、情報がコントロールされていたため、中国軍が満鉄を爆破したと信じた。
歴史教育者協議会編『100問100答日本の歴史5近代』河出書房新社(9907)に、「「満州事変」をひき起こしたのは誰か」という項目がある。
「奉軍鉄線を爆破・日支両軍戦端を開く」という見出しとともに「暴戻なる支那兵が満鉄線を襲撃したので、我が守備隊は時を移さずこれに応戦した」という新聞報道(一九三一年九月一九日付)は、日本の民衆に衝撃を与え、排外感情を燃え立たせた。
暴動とも言うべき反日デモのTV映像を見ていると、日中の立場こそ逆転しているものの、情報管制下にある民衆の姿が、かつての大日本帝国の姿と重なる。
9月19日の東京新聞コラム「筆洗」は次のように記す。
かつて魚釣島に日本人が住んでいたこと、豊富な海底資源が眠る可能性を指摘されるまで、中国は領有権を主張しなかったことなどを知る中国人は少ない。反日デモが略奪や放火までエスカレートしたことも、ほとんど報じられていない▼「国恥日」と呼ばれる柳条湖事件から八十一年を迎えたきのうも、中国の百以上の都市で反日デモが繰り広げられた。禁漁期明けの漁船千隻が尖閣沖に向かったという報道もあった。破壊された日系企業の打撃は大きく、国交正常化以来、最大の危機である
http://www.tokyonp.co.jp/article/column/hissen/CK2012091902000104.html
現在の日本は、インターネットなどのオープンなメディアの効果により、比較的情報は自由に流通しているように見える。
しかし、福島第一原発事故におけるSPEEDIの予測情報を秘匿するなど、真に重要な局面で都合の悪い情報を隠すといったことが未だにまかり通っていることも事実である。
⇒2011年5月27日 (金):情報の秘匿によりパニックは回避されたのか?/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(37)
満州事変当時、日本軍の行動は国民の多くから熱烈に支持された。
「向こうから仕掛けたんやよって、満州全体、いや支那全体占領したらええ」「大体支那の兵隊といえば卑怯なやり方ですからね。うんと仇討ち、賛成ですね」「これで景気がよくなれば助かります」(「神戸新聞」三一年九月二〇日付)
上掲書
年表を見てみよう。
1923 関東大震災。戒厳令発動。
1925 普通選挙法公布。治安維持法公布。
1926 日本労働組合総連合結成。昭和と改元。
1927 金融恐慌。第一次山東出兵。
1928 普通選挙実施。「3・15」事件。張作霖爆殺事件。
1929 ニューヨーク株式大暴落。世界恐慌。
1930 禁輸出解禁。昭和恐慌。
1931 柳条湖事件。
関東大震災から金融恐慌までが4年。その2年後には世界恐慌へ。そして柳条湖事件が起きたのはさらに2年後である。
めまぐるしく世相は動き、関東軍のブレーキが外れるのに時間はかからなかった。
当時の日本は、他に有効な解を構想し得なかったともいえよう。
世界恐慌の影響で、満州の主要生産物である石炭・大豆の価格が下落し、満鉄が創業以来はじめて赤字を出した。
また五四運動以来の民族運動の高まりで、満州における日本の権益が危うくなってきた。
こうした事態を、武力で解決しようと「謀略により機会を作製し」(石原莞爾)たのである。
3年前の張作霖爆破事件の失敗を踏まえ、計画(謀略)は綿密に立てられた。
張作霖事件の「失敗」とは、「国民の満州に対する関心」を喚起し得なかったことである。
そのため、国民の危機意識を高めるため、「満蒙は日本の生命線」「満蒙の危機」が繰り返し叫ばれた。
また、関東軍だけでは満州を占領できないので、朝鮮軍(林銑十郎司令官)が独断で満州へ越境した。
政府は、この朝鮮軍の行動を「出タモノハ仕方ガナキニアラズヤ」と、追認した。
1932年1月8日、昭和天皇は関東軍の行動を、「自衛ノ必要上関東軍ノ将兵ハ果断迅速、寡克ク衆ヲ制シ」「朕深ク其忠烈ヲ嘉ス」と称賛した。
天皇の称賛の言葉により、満州事変は「不可侵」のものとなって、1945年までの14年間の泥沼への出発点となったのである。
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