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2012年10月22日 (月)

60年安保と岸信介/戦後史断章(3)

自民党の総裁に返り咲いた安倍晋三氏の祖父・岸信介(母・洋子の父)の名前は、戦後史において、日米安全保障条約とセットで記憶されていると言っていいだろう。
保守合同後の最初の総裁選は、激しい争いだった。
決選投票の末、石橋湛山が岸信介を抑えて逆転勝利を収めた。
⇒2012年10月 3日 (水):自民党総裁選の決選投票をめぐる因縁/戦後史(1)

石橋内閣で副総理兼外務大臣に就いた岸は、石橋が2か月で病に倒れて総理を辞任すると、自然な形で石橋の後を継いだ。
石橋内閣を引き継ぐ形の「居抜き内閣」で前内閣の全閣僚を留任させ、外相兼任のまの総理大臣就任であった。
石橋が東洋経済新報に拠るリベラルな経済ジャーナリストとして、「小日本主義」として植民地放棄論を唱えたのに対し、岸は大東亜共栄圏を実践した高級官僚だった。
保守合同で誕生した自民党は、このような対蹠的な2人が総裁の座を争うという幅の広さがあった。
それが、長期政権を可能にしたのだと思われる。

岸は1955年8月、鳩山政権の幹事長として重光葵外相の訪米に随行し、ダレス国務長官と重光の会談に同席した。
このとき、重光は安保条約の対等化を提起したが、ダレスは日本国憲法の存在や防衛力の脆弱性を理由に拒絶した。
以来岸は、安保条約の改正を政権獲得時の重要課題としていた。

岸は、敗戦後直ぐにA級戦犯容疑で逮捕されたことがあったが、東条英機らが処刑された翌日に釈放されている。
岸内閣は、軍事・教育・治安三点セットでの統制を強めた(福井紳一『戦後史をよみなおす――駿台予備学校「戦後日本史」講義録』講談社(1111)。
統制経済を主導した官僚の政治家としての姿ということだろう。

1957(昭和32)年2月に内閣総理大臣就任すると、自衛隊の装備を近代化するため、防衛力整備計画を策定した。
次いで、教員の統制を図るため、教員の勤務評定に実施を図った。
1958年、全国で一斉に教員の勤務評定が実施されると、日教組(日本教職員組合)を中心に激しい反対闘争が繰り広げられた。

1958年10月には、警察官職務執行法改正案が国会に提出された。
激化していた勤評闘争を押さえることが目的といわれ、「戦後版治安警察法」などといわれた。
この法案は廃案になったが、その過程で、社会党・総評を中心に市民レベルに反対闘争が広まった。

岸は、1957年訪米して、アイゼンハワー大統領と「日米新時代声明」という共同声明を出す。
そして、1960年1月、ワシントンで日米新安全保障条約に調印する。
1960年という年は、ある世代にとっては生涯忘れることのできない年と言えよう。
それは、「60年安保」であり、「三井三池炭鉱争議」の年であった。

1960年に私は田舎の高校に入学した。
今思い返せば、ずいぶんとノンビリした雰囲気の学校だったと思うが、その高校の所在地へ電車(当時は電化されていなかったので、正確には汽車もしくは気車(=気動車:ディーゼル機関車)で通学した私には、憧れの高校生活だった。
中には政治活動をやっていた人もいたのだろうが、個人的に接触していた範囲では皆無だった。
ずっと後になって、民青同盟員だった(?)という友人もいたが、少なくとも在学中にそんな様子を見た記憶はない。

「60年安保」は、戦後史における大きなエポックだった。
それは、形式的にはサンフランシスコ講和条約と同時に締結された日米安全保障条約の改定に反対する運動であった。
しかし、現時点で振り返れば、安保条約の中身を問題とするというよりも、改定を進めようとする岸内閣および自民党のやり方に対する反感だったといえる。
⇒2007年10月11日 (木):「60年安保」とは何だったのか
その意味で、岸信介という政治家は、やはり戦後政治史において特筆すべき人物だった。

「60年安保」を戦後史にどう位置づけるか?
「もはや戦後ではない」という名文句を残したのは、1956年の経済白書であった。
笠井潔氏は、それを以て「第一の戦後」と「第二の戦後」の画期とする。
その日米関係における表現が、「旧安保」の改定であり、それは1960年に行われた。
「三井三池炭鉱争議」と合わせ、「敗戦後」という時代が明確に終わったということだろう。

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