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2012年8月20日 (月)

三分一湧水と先人の知恵

「水を治める者は国を治める」と言われる。
「水を治める」は、一般的にはいわゆる治水、すなわち水害の防御であろう。
しかし、広義には、水の活用すなわち利水や、水環境の保全すなわち親水等も含む、水との付き合い方全般を含むと考えるべきであろう。

戦国時代は、各地に割拠した武将が、全力で統治能力を競った時代であった。
そのため広義の治水にも優れた知恵が発揮された。
有名な「水五則(訓)」は、豊臣秀吉が最も頼りにしたといわれる黒田官兵衛の教えである。
官兵衛は如水という号でも知られる。
Photo_3
http://matiere.at.webry.info/200702/article_2.html

武田信玄も、優れた戦国武将として、水問題に関して多くの治績を残している。
信玄堤はその代表である。
⇒2008年5月25日 (日):都江堰と信玄堤

今回念願の「三分一湧水」を訪ねることができた。
山梨県北杜市長坂町小荒間にあり、名水百選に選ばれている。

三分一湧水は古くから下流集落の生命の源泉であり、住民これにより田畑を耕し、くらしを立ててきました。三方向に等量に分水する独特の手法は、争いを避けるための先達の知恵であり、学術的にも高く評価されています。そのような歴史の中で、26代を数える旧小荒間村の坂本家は、累代「水元」と敬称され、湧水の維持はもとより、村落間の和平を維持するために心を砕かれてきました。今も毎年6月1日に、同家を首主座に関係集落立ち合いのもと分水行事が行われるのはその故です。平成14年7月甲府市にお住まいの坂本家当主静子様には待ちの懇望に応え、三分一湧水周辺一帯の所有地をお譲り下さることになりました。ここに本湧水と水元坂本家の由来の一端を記し深く感謝の意を表します。
(石碑記載文章より)

http://www.zephyr.dti.ne.jp/bushi/siseki/sanbu-ichiyusui.htm

「三分一湧水」のしくみを、実際に武田信玄が考案したかどうかについては諸説あるらしいが、信玄の手に成るということがしくみを維持する上で有効だったのだろう。

  • 1943年(昭和18)に「押ん出し(おんだし)」と呼ばれる山津波によって、当たり一帯が押し流されが翌年に再建された。
    現在は親水公園として整備され、観光スポットの1つとなっている。
    052
    真ん中の三角形の石が、水を三分する上で重要な働きをしている。
    厳密に三等分ということではないだろうが、利害関係者が納得することが重要である。
    062
    リハビリに好適な遊歩道である。
    もちろん、リハビリを意図しているわけではないが。
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