敗戦の日と原発/花づな列島復興のためのメモ(131)
67回目の終戦記念日(敗戦の日)だ。
1945年8月15日、ポツダム宣言を受諾して日本は降伏した。
Wikipediaによれば、この間の事情は以下のようである。
ナチス・ドイツ降伏後の1945年(昭和20年)7月17日 - 8月2日にかけ、ベルリン郊外ポツダムにおいて、米国、英国、ソ連の3カ国の首脳(アメリカ合衆国大統領ハリー・S・トルーマン、イギリスの首相ウィンストン・チャーチル、ソビエト連邦共産党書記長ヨシフ・スターリン)が集まり、抗戦を続ける日本への対応と第二次世界大戦の戦後処理について話し合われた(ポツダム会談)。ポツダム宣言は、この会談の期間中、米国、英国と中華民国の3カ国首脳の共同声明として発表されたものである。
会談に加わっていたソ連は、日本に対して中立の立場をとっていたため宣言発表の時点では加わっていない。英国代表として会談に出席していたチャーチル首相は、本国での総選挙敗北の報を受け急遽帰国、後継首相のクレメント・アトリーは総選挙後の後始末のために不在、さらに中華民国の代表である蒋介石(政府主席)はそもそも会談に参加していなかったため、トルーマンが自身を含めた3人分の署名を行った(蒋介石とは無線で了承を得て署名した)。
1945年(昭和20年)8月14日、日本政府は宣言の受諾を駐スイス及びスウェーデンの日本公使館経由で連合国側に通告、このことは翌8月15日に国民に発表された(玉音放送)。9月2日、東京湾内に停泊する米戦艦ミズーリの甲板で日本政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎及び連合各国代表が、宣言の条項の誠実な履行等を定めた降伏文書(休戦協定)に調印した。これにより、宣言ははじめて法的な効力を持つこととなった。
それにしても、この戦争は、何だったのだろうか?
もちろん簡単には総括できない問題であるが、少なくともアジア諸国と国内のヒロシマ、ナガサキをはじめとする多くの被害者の上に、戦後のレジームは成り立っている。
東西の冷戦の中で、戦後復興から高度成長へ。
Only Yesterdayともいえる時代である。
その戦後レジームは、「3・11」によって、根底から揺れた。
ポツダム宣言の受諾は、明らかに「敗戦」であって、丸山真男が言ったように「革命」ではなかった。
⇒2007年8月15日 (水):戦後神話とは?
吉本隆明さんたちの世代は、「戦争に敗けたら、アジアの植民地は解放されないという天皇制ファシズムのスローガン」を信じて戦争に行く(すなわち生きて還らない)ことを覚悟した(『高村光太郎』春秋社(1966))。
国体の護持、すなわち天皇制の存続のために、戦争終結が遅れた。
その開戦から終結に至る過程は、原発の推進と事故発生の経緯と相似である。
縦割りの統治機構と曖昧な責任の所在。
敗戦の日に、改めて原発事故とそれを今後にどう生かすかを考える。
7月16日に名古屋で行われた将来の原発比率に関する「意見聴取会」において、中部電力の幹部社員(課長)が次のような発言をした。
放射能の直接影響で亡くなった方は1人もいない。今後、5年10年たってもこの状況は変わらないと思う
⇒2012年7月22日 (日):因果関係がはっきりしない事態への姿勢/花づな列島復興のためのメモ(116)/因果関係論(14)
上記の中電社員の発言はさすがに政府を慌てさせたようだ。
反原発の世論を後押しすることになりかねない・・・・・・
以後の「意見聴取会」では、電力会社関係者は発言を制限された。
聞くところでは、「意見聴取会」の仕切りは博報堂だそうである。
「やらせ」かどうかは分からないが、広告会社としては失敗だったといえよう。
清水修二『原発とは結局なんだったのか いま福島で生きる意味』東京新聞(1207)に、次のような記述がある。
仮に福島で起こった事故で全く放射線による犠牲者が出なかったとして(それは何より願わしいことだ)、だからといって原発OKということにはならない。原発事故の間接的な影響で命を落とした人はいっぱいいるし、地域社会も産業も人間関係もズタズタにされてしまい、地域の未来も奪われてしまった。これだけやられれば沢山である。
原発ゼロでわれわれの生活はどうなるのか?
私も正直に言って不安である。
だからこそ、社会実験としてでも、大飯原発を再稼動させないで、原発ゼロの状態でこの夏を過ごすべきではなかったかと思う。
高速道路の無料化という社会実験よりはるかに有益であったはずである。
多くの国民が、「暑い夏」を覚悟していたのではないか?
野田首相の「決断」は、その覚悟を無にするものであった。
決定的に歴史的な洞察力に欠けていたと言わざるを得ないだろう。
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