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2012年8月

2012年8月31日 (金)

原発訴訟はどう変わるか?/原発事故の真相(45)

原子炉の運転差し止めなどを求めて住民から提起された「原発訴訟」については、判決が確定したものの主なものは、すべて原告(住民側)敗訴という結果であった。
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東京新聞120831

「原告に適格性がない」などという理由で、手続き上の瑕疵の有無に争点が限定され、原告が提起している安全性そのものは対象にされなかったのである。
事実上の門前払いと言ってよい。
⇒2012年6月19日 (火):フクシマ原発訴訟が問う「無責任の体系」/原発事故の真相(37)

「原告に適格性がない」は、言葉を換えれば、国の裁量権の独占である。
しかし、われわれは、福島第一原発事故の後でさえ、国が非論理的な裁量によって大飯原発の再稼働を決定したことを目の当たりにした。
⇒2012年6月14日 (木):再稼働の裁量権とクリティカル思考/原発事故の真相(35)

また、相次いで明らかにされている原発直下の活断層の存在は、今までの判断の根拠がいかに不十分なものであったかを示している。
⇒2012年4月28日 (土):活断層の上の原発/花づな列島復興のためのメモ(57)

さすがに福島第一原発事故によって、そのような判断を改革しようという動きが出てきたようである。

 最高裁が開いた原発訴訟をめぐる裁判官の研究会で、国の手続きの適否を中心としてきた従来の審理にとどまらず、安全性をより本格的に審査しようという改革論が相次いでいたことが30日、共同通信が情報公開請求で入手した最高裁の内部資料などで分かった。
 裁判所はこれまで原発訴訟のほとんどで「手続き上適法」などとして訴えを退けてきた。改革論が浮上した背景には、東京電力福島第1原発事故を踏まえ、このままでは司法の信頼が揺らぎかねないとの危機感があるとみられる。原発訴訟の審理の在り方に変化が起きる可能性がある。
・・・・・・
 内部資料によると、ある裁判官は「放射能汚染の広がりや安全審査の想定事項など、福島事故を踏まえ、従来の判断枠組みを再検討する必要がある」と提案。安全性の審査・判断を大きく改めるべきだとの考えを示した。国、電力側の提出した証拠の妥当性をこれまで以上に厳しく検討する狙いとみられる。
 別の裁判官は「原子炉の安全性を審理判断するに当たり、専門的・科学的知見をどのような方法で取り入れていくべきか」と問題設定した上で、証人調べは「一方に有利になることは避けられない」と指摘し、「複数の鑑定人による共同鑑定が望ましい」と述べた。
 裁判官の独立は憲法で保障されている。最高裁は「研究会は裁判官の研さんが目的で、個々の判断を縛るわけではない」としている。
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201208310088.html

もっとも重要な安全審査を、専門性の名目の下に事実上審理を避けてきたわけであるが、それでは社会正義に反する。
遅きに失した感もあるが、当然再考をすべきであろう。
因果関係などが交錯している事案は、国に有利な結果になりがちである。
しかし科学的思考と健全な常識で判断すれば、つまりもって回った論理構成などは考えなくても済むはずである。

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2012年8月30日 (木)

南海トラフ大地震にどう備えるか?/花づな列島復興のためのメモ(136)

友人たちとの東北旅行の時、25日の夜は松島のホテルに泊まった。
⇒2012年8月27日 (月):大川小学校の悲劇と避難誘導の難しさ/因果関係論(20)
リニューアル記念とかで格安になっていたが、もともと立派なホテルである。

その夜、地震があって、目が覚めた。
発症以来、音に過敏になっているが、揺れについても感度が敏感になっているのかも知れない。
⇒2012年5月19日 (土):安眠のコスト/闘病記・中間報告(50)
昨晩(というよりも今朝)も仙台方面でかなり強い地震があったようである。

 30日午前4時5分ごろ、宮城県沖を震源とする地震があり、宮城県南三陸町、仙台市で震度5強を観測した。名取市や塩釜市、東松島市で震度5弱を観測したほか、気仙沼市や栗原市など広い範囲で震度4を記録した。東日本大震災の余震とみられる。
http://www.asahi.com/national/update/0830/TKY201208300003.html

まだ余震が続いているのだから、あの地震の大きさはやはりスケールが違っていたのだろう。
それにしても、地震の揺れには「慣れる」ということがない。

国会の猿芝居に「喝」を入れるタイミングをはかっていたかのように、南海トラフ大地震の想定被害が報じられた。
国民からすれば、問責に値するのは野田首相だけではない。
民主も自民も公明も、まとめて問責したい。

マグニチュード9の巨大地震が南海トラフで発生した場合、最大で32万人超の死者が出る、という予測である。
もちろんその確率は極めて低いものだろうが、東日本大震災の大津波を目の当たりにしたばかりである。
特に、静岡県は10万9千人というから凄まじい。
120830
静岡新聞120830

余りに大きな数字でなかなか実感に結びつけるのが難しいが、三島市クラスの都市の人口がまるまる喪われるという想定である。
しかし、下田などは観光面で結構打撃だろうなあ。

つい先日は、7世紀の大地震の津波跡が発見されたばかりである。
⇒2012年8月24日 (金):7世紀(白鳳)の3連動大地震/花づな列島復興のためのメモ(135)
この期に及んで、まだ原発を動かそう、増強しようという為政者・財界人には驚くばかりである。
⇒2012年8月23日 (木):将来の原発比率に関する民意/花づな列島復興のためのメモ(134)
⇒2012年8月29日 (水):直下に活断層があっても原発運転?/原発事故の真相(44)

巨大地震がいつ来るかは分からない。
東海地震が話題になって、静岡県が防災活動に本腰を入れ始めたのは、1970年代のことである。
学者肌の山本敬三郎知事の時代で、「地震知事」などと呼ばれた。
「静岡県は危険だということを宣伝するようなもの」という批判があったようだが、東海地震の危険性を訴求し続けた。

爾来30年以上が経つが、東日本大震災により、その先見性が裏付けられた。
減災のために、やれることは何か、改めて問われている。

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2012年8月29日 (水)

直下に活断層があっても原発運転?/原発事故の真相(44)

参議院本会議で、野田首相に対する問責決議案が可決した。

野党7会派がすでに提出していた案を修正し、自民党が賛成した。公明党は採決に加わらなかった。採決は賛成129票、反対91票だった。
問責決議により、野党は議員立法など一部の法案を除いて審議に応じない方針で、今国会は9月8日までの残り期間、事実上空転することになる。

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE87S05G20120829

「今国会は残り期間、事実上空転することになる」というが、そんな場合か?
野田首相の問責決議可決は当然であるが、自民党の姿勢も分かりづらい。
3党合意を批判する問責決議に賛成?

法的拘束力のある衆院の不信任案決議には反対し、法的拘束力のない参院の問責決議には賛成する。
もともと「近いうちの解散」を条件に合意ということが、論理的にオカシイのである。
⇒2012年8月 9日 (木):民自を自壊に導く茶番的談合/花づな列島復興のためのメモ(126)
いよいよ、民自の自壊が本格的になってきた。
両党の歴史的役割は終わったのである。

それはともかく、原子力安全・保安院という役所は、何としてでも原発を運転させたいらしい。
活断層の上に原発は建ててはいけないという従来の方針を転換し、一律には考えないということだ。
現に既存の原発が活断層の上に立地している可能性が想定されるためであろう。
まるで後出しジャンケンのようで、ルールなどどうにでもなる、という感じだ。

 原発直下に地盤をずらす「断層」があっても原発の運転を一律に禁止せず、継続の可能性を残す新たな安全評価基準の導入を、経済産業省原子力安全・保安院が検討していることが28日、分かった。
 保安院は従来「活断層の真上に原子炉を建ててはならない」との見解を示していた。新基準では、これまでは活断層と判断される可能性があった一部の断層について、原発の直下にあっても、ずれの量が小さく原子炉建屋などに影響が生じないと評価されれば原発の運転継続も可能になるとみられる。
 だが「ずれの量の正確な評価手法はまだ完全ではない」(保安院)など課題も多い。新組織「原子力規制委員会」が近く発足するのに伴い解体される保安院による「安全規制の抜け道づくりではないか」との厳しい声も出ている。

http://www.47news.jp/47topics/e/233990.php

原子力安全・保安院の発想は不可解である。
私たちは、「3・11」によって、未だ知らないこと、分かっていないことに対してどう対処すべきだったかの指針を得たのではなかったのか?
それは故武谷三男さんの古典的な名著、『安全性の考え方』岩波新書(6705)に示されている。
安全性の問題については、「疑わしきは罰する」という原則である。
⇒2012年7月25日 (水):政府事故調の報告書/原発事故の真相(41)

しかし、原子力安全・保安院は、「疑わしいだけでは罰しない」ということだ。
どういう結果であれば安全性が証明されたと言えるのか?
⇒2012年7月24日 (火):何をもって安全性の証明とするのか?/花づな列島復興のためのメモ(117)/因果関係論(15)

活断層の疑いのある原発は少なくない。
というよりも、地震多発国の日本では、活断層の疑いのある場所を避けるのは難しい。
120829_2
日本経済新聞120829

そもそも、活断層であるかどうかについて、専門家の意見が分かれている場合も少なくないという。
電力会社は、曖昧な判定基準と専門家の見解の相違を、原発立地に利用してきたのではないか。
原子力安全・保安院がそれを追認するということでは、存在意義を問われよう。
今こそ、「安全性の考え方」に立ち戻るべきである。
ところが、わざわざ新しく分類を作って、稼働させる余地を広げようというのだから、不可解である。

120829_3 保安院によると、原子炉直下や原発敷地内の断層について/(1)/「地震を起こす活断層」(主断層)/(2)/主断層とつながるなど、構造的に関係する「副断層」/(3)/ 主断層、副断層以外で、ほかの地震の揺れでずれる恐れのある「弱面」 ―の三つに分類。
 直下の断層が主断層や副断層の場合は原発の運転ができなくなるが、弱面と分類された場合は、近くで起きる地震の揺れなどで生じるずれの量を予測し、原子炉建屋への影響を評価する。

静岡新聞120829

国会は、党利党略ばかりで、空転すると言われている。
言い換えれば、重要法案が棚晒しという状態である。
ムダの極みである。
もちろん、倫理の崩壊状態の野田政権は早く衆院を解散して、信を問うべきだろう。
⇒2012年7月20日 (金):野田政権における「倫理の崩壊」/花づな列島復興のためのメモ(115)

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2012年8月28日 (火)

「脱原発」と「脱原発依存」/「同じ」と「違う」(50)

官僚特有のレトリックを、「霞が関文学」というらしい。
曖昧で紛らわしい言葉づかいを駆使し、大衆的な理解を超えた本音を隠すような表現の仕方である。
⇒2012年5月 5日 (土):原発ゼロをどう考えるか?/花づな列島復興のためのメモ(60)

一般社会人は、「文章は分かりやすく書け」といわれている。
そのために、語彙の選び方や句読点の打ち方などを注意された。
文章のクセというのはなかなか自分では気がつかない。他人の目で見てもらうのが一番である。

多くの名文家といわれる人たちも、師匠筋から真っ赤になるほど添削されたという。
霊長類学の伊谷純一郎氏は今西錦司氏から、環境問題の華山謙氏は新沢嘉芽統氏から徹底的な添削指導を受けたという文章を読んだ記憶がある。
伊谷氏も華山氏も、私が、かくありたい、という文章の書き手であった。
第一に、論理性が際立っていて、明快である。
と同時に、心に響いてくるものがある。
この二つを高いレベルで両立させている文章は数少ないと思う。

「霞が関文学」は、まさにその真逆である。
論理構造あるいは論理の道筋(理路)をなるべく分かりづらくする。
心に響くかどうかは、全く考慮の外である。
語彙はもっともらしい専門用語風のものを散りばめる。
これはこれで修練を要するものであろう。

元経済産業省の官僚である古賀茂明氏が、分かり易い例を週刊現代120904号で書いている。
「官々愕々」という連載の『「脱原発依存」に潜む官僚マジック』という文章である。

野田首相が、首都圏反原発連合の代表者と会談した時のことである。
首相は、「政府の基本的な方針は、脱原発依存だ」と言ったと報じられている。

野田佳彦首相は22日午後、反原発市民団体「首都圏反原発連合」の代表者11人と首相官邸で面会し、国の原子力政策について「基本的な方針は脱原発依存だ。中長期的に、原子力に依存する体制を変えていく」と述べた。首相は関西電力大飯原発(福井県おおい町)の再稼働について理解を求めたが、団体側は運転再開中止を訴え、議論は平行線に終わった。
http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_498720

「脱原発依存」ならば、首都圏反原発連合と同じベクトルのように思える。
「議論は平行線に終わった」のなら、ベクトルは同じだろう、というのは冗談である。
「脱原発依存」と「脱原発」は似て非なるもの、というか「全く意味が違う」というのが古賀氏の解説である。 

「依存」とは「あるものに頼る」ことである。
それは原発ゼロを意味するか?
もちろん原発ゼロなら頼っていない。
それでは1%なら、・・・・・・・10%なら「たった1割だから」頼っていることにはならないだろう。
15%ぐらいまでは頼っていることにはならない。
つまり3つのシナリオの中で、政府が元々狙っていた15%は「脱原発依存」の範疇だ、というのが官僚の理屈である。

言い換えれば、野田首相は、このような官僚のレトリック(=思考様式)にそのまま乗っかっているというわけである。
しかし、官邸前のデモなどで示されている「民意」が徐々に政府を追い詰めている。
意見聴取会や討論型世論調査などにより示されたのも、「脱原発依存」ではなく、「脱原発」であった。
⇒2012年8月23日 (木):将来の原発比率に関する民意/花づな列島復興のためのメモ(134)

国民は覚悟を示しているのである。
120828
東京新聞120828

処暑も過ぎて日中は相変わらず暑いが、朝夕はさすがに盛夏とは異なる。
大飯原発の再稼動は本当に必要だったのか、明確になる日もそう遠くない。
民主党に政権交代して最大の罪は、大衆が政府の言うことに信頼を置かなくなったことであろう。
あるいは、功と言うべきかもしれないが。

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2012年8月27日 (月)

大川小学校の悲劇と避難誘導の難しさ/因果関係論(20)・みちのく探訪(1)

知人たちのグループの東北旅行に便乗した。
昨年、一緒に龍谷ミュージアムに行った人たちで、私以外は小学校以来の仲間である。
⇒2011年11月30日 (水):龍谷ミュージアム/京都彼方此方(3)
秋田、岩手、宮城の3県を2泊3日で訪ねるというなかなかハードな旅行だった。
足手まといになることに躊躇いもあったが、車いすまで用意してくれるという好意に甘えさせて貰うことにした。

最終日の昨日は、松島のホテルを朝発って、先ず石巻に行った。
みな、実際に被災地の現場に行ってみたいという思いを持っていたようである。
沼津に現住している人間が過半なので、津波の状況を現認しておきたいということでもある。

日和山公園から俯瞰的に港の様子などを眺めたが、誰ともなしに、大川小学校に行こうということになった。
前夜、小学校時代の思い出話に花を咲かせたことが、潜在的な意識として働いたのだろうか。

大川小学校の悲劇については、津波で児童74人、教職員10人が亡くなったことで「3・11」の災害の中でも大きく伝えられている。
学校は、北上川の河口近くに位置している。
Photo
http://kaikaedoki.seesaa.net/article/207189187.html

児童の避難誘導に関して、学校側の対応が適切なものであったか否かが問われている。
今日の東京新聞にも、26日に公表された石巻市教育委員会の調査結果に関する記事が載っていた。
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東京新聞120827

 校内の三つの時計は3時37分で止まっており、津波はその時間に校舎に到達したとみられる。当時学校にいた近所の男性によると、児童や先生が校庭を出て交差点に向かって裏山沿いの道を歩いていた時、前から来た津波にのまれた。とっさに裏山を駆け上がった児童たちが難を逃れた。
 学校に一番近い高台は学校の裏山。なぜすぐに裏山に逃げなかったのか。保護者の多くがその1点に疑問を持っているが、詳細な経緯は不明だ。

http://kaikaedoki.seesaa.net/article/207189187.html

詳しい状況について知らないが、学校側の責任を問うことはいささか酷ではなかろうか。
しかし、学校が避難場所に指定されていたことも含め、反省点はあると思われる。
児童を含む多数の生命が喪われたのは事実であり、どうすれば良かったのか、検証は必要であろう。
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校舎は津波の威力を伝えるかのように破壊されたままの状態である。
日頃陽気なTさんが、大粒の涙を流していた。
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校庭も一部雑草地に化しつつある。
賑やかな声が弾んでいただろうことを考えると辛い。
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子供たちはどんなに怖かっただろうか。
私も、声を立てることはなかったが、熱いものがこみ上げてくるのを抑えきれなかった。

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2012年8月26日 (日)

大岡信『二人の貧窮者の問答』/私撰アンソロジー(15)

『万葉集』には、恋とか叙景の歌以外に、現実の生活を詠った歌がある。
代表的なものとして、山上憶良の『貧窮問答歌』がある。
苛政に苦しむ民衆の姿が描かれており、読んでいて胸が痛くなる。
Photo
石森愛彦・絵、工藤雅樹監修『多賀城焼けた瓦の謎 』文藝春秋(0707)。

奈良時代、律令国家は勢力を拡大すべく、陸奥に手を伸ばした。
そこは蝦夷(えみし)と呼ばれた人々が、すでに長年にわたり生活を営んできたところだった。
蝦夷との争いのため、多くの民が徴収され、生活は疲弊した。
⇒2007年9月28日 (金):律令国家と多賀城
⇒2007年9月29日 (土):多賀城炎上
⇒2007年10月 1日 (月):歴史の転回点

『貧窮問答歌』はそのような疲弊した民の姿であろう。

三島駅北口の「大岡信ことば館」で、「大岡信の万葉集展 旅人と憶良」を開催中である。
⇒2011年7月 9日 (土):「大岡信ことば館」における『私の万葉集とことば』座談会
⇒2011年11月27日 (日):柿本人麻呂の時代と日本語/やまとの謎(49)
山上憶良は、奈良時代を代表する歌人で、『万葉集』に78首が選ばれている。
『貧窮問答歌』の展示が中心に置かれている。

展示は、毎回造形的な工夫が凝らされているが、今回も外側から眺めるだけでなく、内側から眺めるというものだ。
「逆転の発想」の一種である。
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上の写真は内側から見た作品である。

消費増税法案が可決した。
毎日新聞調査では、「暮らしに影響」するとした回答が9割を占めた。

10日成立した消費増税法は、現行5%の消費税率を14年4月に8%、15年10月に10%へ段階的に引き上げる。暮らしに「影響しない」と答えた人は「あまり」(4%)、「全く」(1%)の計5%にとどまった。「影響する」との回答は20代と70代以上を除き、9割強。特に子育て世代とみられる30代で96%、40代でも95%に達した。
http://mainichi.jp/select/news/20120813k0000m010125000c.html

山上憶良の頃から、民の状況は余り変わっていない?
大岡訳の末尾の部分は以下の通りである。
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2012年8月25日 (土)

水俣病の因果関係/因果関係論(19)

因果関係とは、「原因」と「結果」の関係である。
しかし、物理・化学的な事象ならともかく、社会的な事象については、因果関係が明確でない場合が多い。
⇒2012年7月22日 (日):因果関係がはっきりしない事態への姿勢/花づな列島復興のためのメモ(116)/因果関係論(14)

水俣病に代表される公害、過労病のような労働災害、交通事故、食中毒、最近問題になっている胆管がん・・・
これらは、常に因果関係をめぐって争いがあった。
争いの中には、概念整理が不十分であるが故に、因果関係の捉え方が混乱しているような場合もある。

津田敏秀『水俣病における食品衛生に関わる問題について』(水俣病研究会編『水俣病研究Vol.3』弦書房(0406)所収)は水俣病の「原因」についての考え方を整理している。
津田氏は、「水俣病の原因が塩化メチル水銀であることはよく知られているが、改めて水俣病が発生した「原因」は何かと問えば、塩化メチル水銀以外にさまざまな答えが想定されるという。

たとえば、漁業が稼業である場合には、魚の摂取量が他の家に比べ大きく違うであろう。
あるいは、漁業という文化や魚を食べる食習慣がなければ、水俣病は発生しなかったであろう。
また、野口遵が水俣に工場を作らなければ、さらには立地条件-不知火海一帯が良質の石灰石の産地であり、天草が無煙炭の産地で、水俣が天然の良港で、低賃金の労働者が大勢いた)のいずれかが欠けていたら・・・
これらはいずれも水俣病の原因と考えられる。

水俣病の場合、1957年9月11日に、熊本県の照会に応えて回答がなされた。

一 水俣湾特定地域の魚介類を摂食することは、原因不明の中枢性神経疾患を発生する恐れがあるので、今後とも摂食されないよう指導されたい。
二 然し、水俣湾特定地域の魚介類のすべてが有毒化しているという明らかな根拠が認められないので、該特定地域にて漁獲された魚介類のすべてに対し食品衛生法第4条第2号を適用することはできないものと考える。

「一」に「原因不明」という言葉が出てくる。
現在は塩化メチル水銀であることが分かっているが、当時は諸説あった。
しかし、塩化メチル水銀まで特定されていなくても、魚もしくは魚食が原因であることは共通認識だった。
魚介類の中にある何が有害なのかが特定されていなかったということである。

「二」の「水俣湾特定地域の魚介類のすべてが有毒化しているという明らかな根拠が認められないので」という文言は、「明らかな根拠が認められ」るもののみに、「食品衛生法第4条第2号を適用すること」ができると解釈できる。
言い換えれば、悉皆調査をして、有毒化しているものを特定しろ、ということである。

それは正しい態度か?
有毒化しているか否かは、原因物質が分からない段階では、たとえばネコに食べさせてみて判別しなければならないだろう。
しかし、それを行えば、人間の食べるものが無くなる。
結果として人間の被害は発生しなくなる。
厚生省の意図はそういうことだったか?

そうではない。
「明らかな根拠が認められ」るもの以外は、法の適用ができないということだ。
「疑わしきは罰せず」ということである。

しかし、被害の拡大を防ぐという観点からは、安全が証明されたもののみを摂食するように指導しなければならないだろう。
安全性の場合、「疑わしきは罰する」を原則としなければならない。

活断層の上に原発をつくることはマズイことは共通認識である。
活断層の疑いのある場合、どうするべきか?
私たちの政府は、「国民生活を守るために」活断層であることがはっきりするまでは稼働すると言っている。
噫!

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2012年8月24日 (金)

7世紀(白鳳)の3連動大地震/花づな列島復興のためのメモ(135)

文献に残る最古の大地震といわれる白鳳地震と同時期に東海地震も起きていたらしい。
白鳳地震とは、Wikipediaによれば、以下のようなものであった。

天武天皇13年10月14日人定(亥時)(ユリウス暦684年11月26日20 - 22時頃、グレゴリオ暦684年11月29日)、西日本太平洋沿岸に大地震が発生した。
山崩れ、河涌くとする液状化現象を思わせる記録があり、諸国の郡の官舎、百姓の倉屋、寺塔、神社が多く倒壊した。伊予の道後温泉や紀伊の牟婁温泉が埋もれて湧出が止まり、津波が襲来し土佐における被害がひどく調を運ぶ船が多数流失、田畑50余万頃(約12km2)が海中に没した。この様相は昭和南海地震、安政南海地震および宝永地震にも見られた現象であり、田畑の水没は南東上がりの地盤変動によると思われる。土佐の沈降して海となった地は、江原真伍による土佐市の高岡付近とする説および、今村明恒の高知市東部とする説などがあり、昭和南海地震による類推から高知市東部の可能性が高いが、高岡方面の沈降も否定できないと推定される。
マグニチュードはM8.4ないしM8.3などと推定されているが、その根拠は畿内から土佐と広い範囲に被害が及んだ南海トラフ沿いの巨大地震との推定のみであり、断片的な記録しか有しない歴史地震であるため数値は不確定性を含む。

「白鳳」という年号は肝心の『日本書紀』には記載がなく、いわゆる古代逸年号とされるものの1つである。
⇒2008年1月12日 (土):「白鳳」という時代
⇒2008年2月20日 (水):白鳳年号について
したがって、白鳳地震という呼び方には注意が必要であろう。
しかし、遥かな昔のこととしてロマンティックに考えていた「白鳳」という時代が、生々しく迫ってくるような気がする。

産業総合研究所の藤原治主任研究員らによれば、静岡県磐田市の太田川河口から約2・5キロの元島遺跡と、さらに500メートル上流の河川改修工事現場の調査から、津波跡を確認した。

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藤原主任研究員らは、両地点で深さ約5メートルの地層に四つの砂層があるのを確認。海から運ばれた貝の化石や鉱物を含み、堆積構造が海から陸へ流れ込んだ状況を示していることから、洪水ではなく津波と判断した。
 四つの砂層の年代は、炭素同位体による年代測定で7世紀後半、9世紀後半、11世紀後半、15世紀後半と判明。南海トラフを震源域とする白鳳南海地震、仁和南海地震(887年)、永長東海・東南海地震(1096年)、明応南海地震(1498年)と一致した。仁和南海地震も、同時期の東海地震を示す文献は見つかっていなかった。
 仁和地震の痕跡は白鳳地震より小さく、3連動の可能性は低いとみられる。

http://www.at-s.com/news/detail/397739235.html

磐田市で見つかった津波堆積物は、『日本書紀』の記述では南海地震しか窺えないものが、東海地震も起きていたことが確認されたわけである。
調査地点は、浜岡原発にも近い。
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さすがに中電も浜岡原発地域における津波跡調査を実施するという。
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しかし、津波を防げても万全とはとても言えない。
3連動地震のまさに震源域にあるのだから、地震の揺れの基準はどうなのか?
国会事故調は、福島第一原発事故の直接的な原因として、地震の揺れも否定できないとしている。
⇒2012年7月21日 (土):原因を「想定外の津波」に限定していいか?/原発事故の真相(40)

将来的な電源構成はともかく、大地震の震源域にあり、大津波の記録が発見された浜岡原発は、即時廃止とすべきではないか。

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2012年8月23日 (木)

将来の原発比率に関する民意/花づな列島復興のためのメモ(134)

2030年時点の原発依存度をどう考えるか?
政府は意見聴取会や討論型世論調査により民意を探り、今後のエネルギー・環境政策に反映するとしている。

 古川元久国家戦略相は13日午前に会見し、12日に締め切ったパブリックコメントの意見が8万件超に上ったと明らかにした。「公正性、中立性、透明性を担保する観点に立ち、結果をどう整理するか専門家に意見をいただく」と述べた。会合は世論調査を専門とする学者らで構成、インターネットなどで公開する方針。
 政府は中長期的なエネルギー構成の選択肢として、30年時点の発電量に占める原発比率が「0%」「15%」「20~25%」の3案を提示。7月からパブリックコメントのほか、約1300人が参加した全国14都市での意見聴取会や、市民286人による「討論型世論調査」を開いてきた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120813/plc12081310530005-n1.htm

国民的議論を検証する専門家会合が22日開かれた。
意見聴取会、パブリックコメント、討論型世論調査のいずれにおいても、「原発ゼロ」の選択肢が「15%案」「20~25%案」を圧倒する結果となった。
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東京新聞120823

初めての試みである討論型世論調査では、国民同士で意見を交わした結果、「原発ゼロ」を期待する声がより一層強まる結果となった。

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 結果について、DPの実行委員会(委員長・曽根泰教慶応大大学院教授)は「政府や電力会社、専門家が発する情報への信頼は大きく失われている」と指摘。「国民の熟慮が進むほど、国民は自ら発想を転換し、原発から(再生可能エネルギーなど)グリーンへ向かう政策転換を引き受ける用意があることを示唆している」と分析した。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012082290135908.html

政府とは別に、民間版「討論型世論調査(DP)」の討論会が12日、上智大で開催され、約60人が参加して1日がかりで議論した。
幅広い論点や将来予測の不確実さに戸惑いがみられたというが、やはり「原発ゼロ」を選択する人が過半数だった。

このような結果は、そもそもの政府の狙いとは異なるものといえよう。
国民はすでに脱原発に「腹を据えて」いるのである。
政府の先を行っているのであり、「3・11」から学ぶことをしない民主党政権とは対蹠的である。

政府は何を企図していたか?
大前研一氏は、政府のやり方を次のように批判している。

 政府は、原発依存度のシナリオを3つ並べて国民に選ばせれば、喜んで飛びつくし、国民の意見をよく聞いたことになると思っているのである。実に安直な手法と言わざるを得ない。
 「三択」で国民に問うというやり方は、いまの政権が自ら考え、正しい政策を国民に提示するという能力がまったくないことを示している。実態はもっとお粗末で、三択を議論させたところ、真ん中の15%という原発依存度が選ばれる(ハズだ)という卑怯な仕掛けとなっている。
 いままでの意見聴取では圧倒的に「原発ゼロ」という意見陳述者が多いので、細野豪志環境大臣兼原発事故担当大臣だけでなく、古川大臣に近い仙谷由人政調会長代行などは15%が望ましい、などと助け船を出さざるを得ないハメになっている。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20120806/318886/?ST=rebuild&P=2

大前氏ならずとも、政府が「15%案」を落としどころと考えて誘導しようとしていただろうことは察しがつく。
政府の設置する専門家会合は、世論をどう反映していくであろうか。

それにしても、意見聴取会等の野田政権のやり方は拙劣と言わざるを得ない。
意見聴取会も討論型世論調査も、業務受託は大手広告会社の博報堂である。
⇒2012年7月15日 (日):エネルギー・環境会議の意見聴取会の実態/花づな列島復興のためのメモ(111)

しかし、その選定過程の詳細はベールに包まれている。
自民党時代は電通が圧倒的なシェアを占めていたそうである。
本間龍『電通と原発報道――巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配のしくみ』亜紀書房(1206)は、大手広告会社のメディア支配力と世論誘導の実態を描いている。
博報堂は、将来の原発比率に関する業務においては、ヘタを打ったようだ。

そもそも将来の電源構成に民意は生かすべきだが、専門家もきちんと役割を果たすべきだ。
民意頼り、民意に丸投げは、ポピュリズムそのものであろう。
今月や来月といった短期間に結論を出せるような問題ではないだろう。

廃炉にしても、全体構想が見えていない。
使用済み燃料の処理もメドが立っていない。
そんな状況で、三択など示されても考えようがないではないか。

先ずは、福島原発事故を「真の意味で収束させる」ことが先であると思う。
それまでの間は、原発の稼働は見合わせるべきではないか。

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2012年8月22日 (水)

事故の損害賠償をしきれない装置は動かすな/原発事故の真相(43)

福島第一原発事故の損害賠償額はいくらに上るのか?
もちろん、被害の全容が把握されていない現時点では推測の域を出ない。
分かっているだけで、東電が被害者に支払う額は約2兆5千億円だという。
また、原子力委員会の試算では、損害額は5兆5千億円になるという。

電力会社の支払い能力の面からみるとどうか?
原子力損害賠償法の規定により、電力会社は、民間保険会社の保険に加入するか、保険金と同額を法務局に供託することになっている。
保険金額は原子力損害賠償法ができた1961年当時は約50億円だったが、漸増して現在は1箇所あたり1200億円である。
しかし、この保険の対象は運転ミスなどの人為的事故の場合に限られる。

地震や津波などの自然災害による事故の場合は、電力会社と国が契約している政府補償が適用される。
保険と政府補償は、適用されるのは二者択一で、福島第一原発事故の場合は政府補償の適用となった。
しかし、支払い上限額はやはり1200億円である。
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東京新聞120820

仮に損害額が原子力委員会の試算通りだとして、1200億円は5兆5千億円に対して2.2%程度に過ぎない。
福島第一原発事故では、昨年8月急遽、原子力損害賠償支援機構法を成立させて、賠償資金を賄うこととした。
機構法はあくまで対症的なもので、根本的な措置とはいえない。
⇒2011年5月20日 (金):東電の賠償スキームをめぐって/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(33)
⇒2011年8月 3日 (水):形式的な法令遵守(コンプライアンス)だけでは問題を見逃す

国内の事故救済体制すら不十分なのに、ベトナムとの間で、賠償制度の整備に協力することで合意したと報じられた。
俗な言い方をすれば、「自分のケツも拭けないで・・・」という感じである。

損害額を賠償するに足る保険料はいくらになるのか?
その場合、原発のコストはどうなるのか?
さらに、廃炉と除染の費用はどうなのか?

肝心な点を開示しないまま、なし崩し的に再稼働が実施されていく。
こんな不条理が許されるはずがない。

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2012年8月21日 (火)

明野町の日照時間と「ひまわり」園

北杜市の明野町は日本で日照時間が最も長い場所として知られる。

明野町は日照時間日本一、日照時間年間2,500時間以上、日照率50%以上という太陽の多照地帯です。  
場所は、茅ヶ岳の麓に位置し、南に富士山、北に八ヶ岳、西に南アルプス東に茅ヶ岳が望めます。
http://www.hokuto-kanko.jp/akeno/2007/04/post.php

バブル経済華やかなりし頃、「光の楽園(?)」というテーマパーク計画があった。
縁あって模型を拝見した記憶があるが、コンセプトや具体的な施設内容については覚えていない。
しかし、その頃から明野という場所に関心があった。

その明野で、「明野サンフラワーフェスティバル」というイベントが開かれている。Photo
http://www.hokuto-kanko.jp/calendar/result.php?id=00654

「ひまわり」を利用したイベントは全国に何箇所もある。
しかし、日照時間が一番長い明野がふさわしい場所であることは間違いない。
南アルプスや八ヶ岳の山々を背景にした一面のひまわりは見事であった。
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ひまわりという花は、やはり夏が似合う。
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近くに、「フラワーセンター・ハイジの村」というテーマパークがある。
2006年4月のオープンということであるから、ひょっとするとかつての「光の楽園(?)」計画が紆余曲折を経て実現したのかも知れない。

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2012年8月20日 (月)

三分一湧水と先人の知恵

「水を治める者は国を治める」と言われる。
「水を治める」は、一般的にはいわゆる治水、すなわち水害の防御であろう。
しかし、広義には、水の活用すなわち利水や、水環境の保全すなわち親水等も含む、水との付き合い方全般を含むと考えるべきであろう。

戦国時代は、各地に割拠した武将が、全力で統治能力を競った時代であった。
そのため広義の治水にも優れた知恵が発揮された。
有名な「水五則(訓)」は、豊臣秀吉が最も頼りにしたといわれる黒田官兵衛の教えである。
官兵衛は如水という号でも知られる。
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http://matiere.at.webry.info/200702/article_2.html

武田信玄も、優れた戦国武将として、水問題に関して多くの治績を残している。
信玄堤はその代表である。
⇒2008年5月25日 (日):都江堰と信玄堤

今回念願の「三分一湧水」を訪ねることができた。
山梨県北杜市長坂町小荒間にあり、名水百選に選ばれている。

三分一湧水は古くから下流集落の生命の源泉であり、住民これにより田畑を耕し、くらしを立ててきました。三方向に等量に分水する独特の手法は、争いを避けるための先達の知恵であり、学術的にも高く評価されています。そのような歴史の中で、26代を数える旧小荒間村の坂本家は、累代「水元」と敬称され、湧水の維持はもとより、村落間の和平を維持するために心を砕かれてきました。今も毎年6月1日に、同家を首主座に関係集落立ち合いのもと分水行事が行われるのはその故です。平成14年7月甲府市にお住まいの坂本家当主静子様には待ちの懇望に応え、三分一湧水周辺一帯の所有地をお譲り下さることになりました。ここに本湧水と水元坂本家の由来の一端を記し深く感謝の意を表します。
(石碑記載文章より)

http://www.zephyr.dti.ne.jp/bushi/siseki/sanbu-ichiyusui.htm

「三分一湧水」のしくみを、実際に武田信玄が考案したかどうかについては諸説あるらしいが、信玄の手に成るということがしくみを維持する上で有効だったのだろう。

  • 1943年(昭和18)に「押ん出し(おんだし)」と呼ばれる山津波によって、当たり一帯が押し流されが翌年に再建された。
    現在は親水公園として整備され、観光スポットの1つとなっている。
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    真ん中の三角形の石が、水を三分する上で重要な働きをしている。
    厳密に三等分ということではないだろうが、利害関係者が納得することが重要である。
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    リハビリに好適な遊歩道である。
    もちろん、リハビリを意図しているわけではないが。
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    2012年8月19日 (日)

    身曾岐神社/やまとの謎(67)

    山梨県の北杜市は、いわゆる平成の大合併により誕生した市である。
    先ず、北巨摩郡の長坂町・高根町・大泉村・白州町・武川村・須玉町・明野村の7町村が合併して生まれ、残った小淵沢町も同市へ編入されて北巨摩郡は消滅した。
    八ヶ岳山麓に広がるリゾート地帯である。

    北杜市小淵沢町に、身曾岐神社という神社がある。
    今まで名前を知らなかったが、道の駅においてあったパンフレットには、「古神道本宮」とある。
    由緒のある古い神社かと思いきや、創建は1985年というからずいぶん新しい。
    新しい創建の割に広大な境内は静寂で、古社の雰囲気がある。
    Photo_2
    神社のパンフレット

    同パンフレットには次のようにある。

     南に甲斐駒ヶ岳、東に霊峰富士というまたとない絶景に包まれ、南北に連なる日本列島の中央に屹立する八ヶ岳。山脈の南麓、約十二万平米におよぶ自然豊かな清緑の地を、万象調和のまほろば「高天原」と定め、古神道本宮・身曾岐神社は鎮座する。
     匠たちの伝統の技が惜しみなく注がれた神明造りの本殿。古神道の神学、「神は火水なり」を具現した火祥・水祥の両殿。東域には日本伝統文化の象徴として、能舞台が神池に浮かぶ。・・・・・・

    教義は別として、立地は素晴らしい。
    神池上に浮かぶ能舞台は、自慢に足る立派なものであった。
    Img_12583_2

    どうやら古神道とはいうものの、新興宗教の一種らしい。
    Wikipediaを参照すると、以下のようであった。

    祭神である天徳知徳乍身曾岐自在神こと井上正鐵が伝えた古神道の奥義「みそぎ」の行法並びに徳を伝える1985年創建の神社。2011年10月20日には歌手の北川悠仁とフリーアナウンサーの高島彩が挙式したことで知られるようになった。

    それにしても、宗教法人格を取得すると大きなメリットが得られることの証のようでもある。

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    2012年8月18日 (土)

    政権交代の大義を売った野田首相/花づな列島復興のためのメモ(133)

    「近いうちに」ということで、野田首相と自民党・谷垣総裁は、何を合意したのか?
    第三者の解説はいろいろあるが、結局、野田氏がもともと自民党的だったということだろう。
    政権交代に託した国民の期待を担った民主党とは無縁だったと言ってもいいかも知れない。
    ⇒2012年6月10日 (日):政権は自民党野田派か?/花づな列島復興のためのメモ(82)

    一貫した自民党支持者にとっては、「してやったり」ということになるのだろうか?
    私は必ずしも、「そうではない」と考える。

    密室の会談では、「解散時期」のみならず、「解散後の協力関係まで話し合われたのでは」という見方がある。
    「とりあえず増税党」の勝利 民主党を見切った野田首相
    確かに、そう考えれば、多くのことがスッキリ理解できる。
    「税と社会保障の一体改革」と言っておきながら、社会保障改革の姿は霧の中である。

    民主党3代で、政権交代の大義はほとんどが反古にされた。
    解散がいつになるかは不明確だが、そう先延ばしはできないだろう。
    総選挙になれば、民主党は惨敗必至である。
    かといって、自民党が回復するとも思えない。

    いくら鈍感な首相でも、人心がどんどん離れていくのは実感しているのではないか?
    民主党の中にも、潜在している反対論者、反野田の立場の議員はいるだろう。
    考えてみれば、それは民主党政権のお定まりのパターンである。
    「国民が聞く耳を持たなくなった」として退陣した鳩山元首相。
    “菅災”という言葉まで生んだ末に退陣せざるを得なくなった菅前首相。
    ⇒2011年8月27日 (土):菅首相の退陣演説&記者会見の欺瞞と空虚

    総選挙によって、民自の2大政党の相対的な議席数は減るだろう。
    特に、民主党は激減するはずである。

    本来ならば、菅退陣の時点で総選挙を行うべきであった。
    しかし、衆院で絶対多数を占めていた民主党は、まさに「たらい回し」で野田氏を首相に選んだ。
    東日本大震災後という非常時でなければ、許されることではないだろう。

    そういう状況の下で、野田氏は財務省の振り付け通り、踊ることに政治生命を賭けたのである。
    政治あるいは行政のしくみとして、財務省のバックアップがなければ、モノゴトがすすまないというのが現実であろう。
    しかし、それでは「旧態」を繰り返すだけではないか。
    国民の政権交代に託した願いとは、そういう「旧態」からの脱皮である。

    財務省主導の政治とは、企業でいえば「経理部」が主導しているのと同じである。
    「経費節減」によって、収支償うことが至上命題化している。
    しかし、そのような企業から活力やイノベーションは生まれるとは思えない。
    いま、日本という国が何を必要としているのか、改めて問われているように思う。

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    2012年8月17日 (金)

    生活習慣病の進展と対策/闘病記・中間報告(54)

    昨日、某リサーチファームのOB3人で歓談する機会を持った。
    同世代であるが、人生行路はそれぞれである。
    1人は新卒で入社以来役員定年まで同じ組織で過ごし、悠々自適の生活を送っていたが、今年になって心筋梗塞を発症した。
    手術をしたが、術後の経過は良好で、特に問題はないらしい。

    私が脳梗塞を発症したのが2年半のことになるが、なんとか日常生活(ADL=Activity of Daily Life)をこなせるようになったことから、旧交を温めようということになった。
    心筋梗塞も脳梗塞も、共に生活習慣病といわれている。
    生活習慣と発症までの経過は、下図のように説明されている。
    Photo
    http://www.cityhosp-kumamoto.jp/health/lecture/talk/post-93.php

    つまり、生活習慣により高血圧症等の生活習慣病を発症し、それが進展して脳梗塞や心筋梗塞等の疾病を発症する。
    リサーチャーの業務は不定形なものが多い。
    特にわれわれの所属したリサーチファームは、問題の構造が不明確で、アプローチの方法論が定まっていないようなテーマが少なくなかった。
    つまり、well‐definedな問題ではないものである。

    結果として、仕事は無限定、無定量ということになる。
    「長時間の残業や休日抜きの勤務は美徳」というような風土にならざるを得ない面がある。
    ⇒2012年7月29日 (日):ポスト「3・11」の課題としての過労社会からの脱却/花づな列島復興のためのメモ(120)

    「高血圧症の基礎疾患のある地方公務員のくも膜下出血の発症について公務起因性が認められた事例」(「判例ジャーナルNo.1367」(2012.5.15))に、「脳・心臓疾患の発症機序等について」記した項がある。

     脳・心臓疾患は、医学経験則に照らせば、被災職員に係る加齢等の属性と発症の基礎となる高血圧症、血管病変等個体的要因に生活的要因、職務上の要因が相加・相乗に作用して発症するものである。したがって、被災職員が有する発症の基礎となる高血圧症、血管病変等の素因・基礎疾患の病態が高度であると認められる場合には、公務が相対的に有力な原因となって発症したか否かついては、医学的経験則に照らし、慎重に判断することが必要である。

    つまり、医師の胸先三寸次第ともいえるのであるが、この事例の場合も、原告に有利な意見を述べた医師と、被告に有利な意見を述べた医師がいた。
    多様な要因が相加・相乗に作用するのであるから、単純には割り切れないのが普通であろう。

    結局は業務の過重性を量的な面と質的な面とから検討して総合的に判断するということになる。
    上記事例に照らせば、リサーチャ-時代のわれわれの業務は、量的にも質的にも、十分過重であったのではないかと思う。
    しかし、発症した年齢を勘案すれば、加齢、生活習慣等の要因が相対的に大きくなっている。
    業務起因を主張するには、距離があるだろう。
    それにしても、かつての業務が潜在的な要因となっていることは十分に考えられる。
    一般社会人よりも細心の注意をもって、生活習慣を形成しなければならなかったのではないかと思う。

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    2012年8月16日 (木)

    電力需要の実際/花づな列島復興のためのメモ(132)

    野田首相が、多くの国民の反対の声を無視して、大飯原発再稼動という意思決定をしたのは6月8日のことだった。
    ⇒2012年6月 9日 (土):なぜ事故調報告を待てないのか?/花づな列島復興のためのメモ(81)
    以後、首相官邸前等で行われる原発再稼動のデモは、急速に人数が増大してきた。
    また、野田政権に対して、民主党から消費税増税で小沢一郎氏らが反旗を翻したのに続き、原発再稼動でも離党者が出るに至った。

     野田首相の消費税増税路線に相いれないとして、小沢氏を中心とする衆参両院議員約50人が7月2日に離党して、政権を揺るがしたが、原発再稼働反対を掲げて7月13日には民主党女性議員3人が離党し、野田首相はさらに不安定な政権運営を強いられることになった。
     離党したのは民主党が躍進した07年の参院選で初当選した舟山康江(山形選挙区)、行田邦子(埼玉選挙区)、谷岡郁子(愛知選挙区)の3氏。3氏は小沢新党には合流せず、国民新党を離党した亀井亜紀子氏(島根選挙区)と原発再稼働反対などを掲げて4人の参院会派「みどりの風」を結成した。この3人の離党により参院の民主党会派は88議席に減り、第2会派の自民党会派との差が2議席に縮まった。
     谷岡氏は会見で「再稼働で責任が取れるというなら福島原発の安定化を国の責任でやってほしい」と述べ、再稼働見送りの訴えが受け入れられなかったことが離党の理由であることを明らかにした。
     野田首相は消費税増税問題では、自民党・公明党と手を握ることで法案成立にめどをつけたが、原発の再稼働問題では思わぬ反発を招いているようだ。

    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33217?page=3

    野田氏も、このような声に耳を傾けるポーズを示さざるを得なくなっており、デモ主催団体代表社と面談することになった。

     野田佳彦首相は1日、原発再稼働への抗議活動を毎週金曜に首相官邸前で行っている市民団体の代表と近く面会する意向を固めた。首相周辺が「首相は面会に前向きだ」と明らかにした。抗議活動の急速な拡大を受け、政府・民主党内にも「反対の声を無視しているように受け取られる」と懸念の声が出ていることに配慮した。
    http://mainichi.jp/select/news/20120802k0000m010138000c.html

    野田首相が誰と面会しようと私が云々するものではないが、再稼動を意思決定した理路については、広く国民に説明が必要だと思う。
    実際に今年の夏の電力需要がどうであるのか?
    もちろんまだまだ残暑厳しい折ではあるが、政府の見込みに対して、実際の需要がどうだったかはおおよその傾向は分かっていると思う。

    東京新聞は以下のように報じている。
    120815

     これまでの最大需要は、大阪市の最高気温が三六・七度に達した八月三日午後二時台。一〇年夏は八月十九日に最大需要を記録したが、その時の気温は三六・六度だった。
     関電管内は大飯3、4号機が七月二十五日までにフル稼働した。直前の需要予測に基づいた電力供給量に対し実際どれだけの電力が使われたのかを示す電力使用率は最大需要を記録した八月三日でさえ、89%で10%以上の余裕があった。
     今夏は企業や家庭の節電が定着し、気温が三五度を超える平日の猛暑日でも最大需要は二千五百万~二千六百万キロワット台で推移した。
     本紙が今夏の発電実績を参考に原発を除く関電の発電設備能力を調べたところ、火力、水力、揚水、地熱・太陽で計二千八万キロワット。これに中部電力など他社からの融通電力など七百四十二万キロワットを加えると、計二千七百五十万キロワットで、これまでのところ大飯3、4号機のフル稼働がなくてもカバーできた計算になる。

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012081502000108.html

    私たちは、「実際のところ」がどうなのか、を知りたいと思うのである。

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    2012年8月15日 (水)

    敗戦の日と原発/花づな列島復興のためのメモ(131)

    67回目の終戦記念日(敗戦の日)だ。
    1945年8月15日、ポツダム宣言を受諾して日本は降伏した。
    Wikipediaによれば、この間の事情は以下のようである。

    ナチス・ドイツ降伏後の1945年(昭和20年)7月17日 - 8月2日にかけ、ベルリン郊外ポツダムにおいて、米国、英国、ソ連の3カ国の首脳(アメリカ合衆国大統領ハリー・S・トルーマン、イギリスの首相ウィンストン・チャーチル、ソビエト連邦共産党書記長ヨシフ・スターリン)が集まり、抗戦を続ける日本への対応と第二次世界大戦の戦後処理について話し合われた(ポツダム会談)。ポツダム宣言は、この会談の期間中、米国、英国と中華民国の3カ国首脳の共同声明として発表されたものである。
    会談に加わっていたソ連は、日本に対して中立の立場をとっていたため宣言発表の時点では加わっていない。英国代表として会談に出席していたチャーチル首相は、本国での総選挙敗北の報を受け急遽帰国、後継首相のクレメント・アトリーは総選挙後の後始末のために不在、さらに中華民国の代表である蒋介石(政府主席)はそもそも会談に参加していなかったため、トルーマンが自身を含めた3人分の署名を行った(蒋介石とは無線で了承を得て署名した)。
    1945年(昭和20年)8月14日、日本政府は宣言の受諾を駐スイス及びスウェーデンの日本公使館経由で連合国側に通告、このことは翌8月15日に国民に発表された(玉音放送)。9月2日、東京湾内に停泊する米戦艦ミズーリの甲板で日本政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎及び連合各国代表が、宣言の条項の誠実な履行等を定めた降伏文書(休戦協定)に調印した。これにより、宣言ははじめて法的な効力を持つこととなった。

    それにしても、この戦争は、何だったのだろうか?
    もちろん簡単には総括できない問題であるが、少なくともアジア諸国と国内のヒロシマ、ナガサキをはじめとする多くの被害者の上に、戦後のレジームは成り立っている。
    東西の冷戦の中で、戦後復興から高度成長へ。
    Only Yesterdayともいえる時代である。

    その戦後レジームは、「3・11」によって、根底から揺れた。
    ポツダム宣言の受諾は、明らかに「敗戦」であって、丸山真男が言ったように「革命」ではなかった。
    ⇒2007年8月15日 (水):戦後神話とは?
    吉本隆明さんたちの世代は、「戦争に敗けたら、アジアの植民地は解放されないという天皇制ファシズムのスローガン」を信じて戦争に行く(すなわち生きて還らない)ことを覚悟した(『高村光太郎』春秋社(1966))

    国体の護持、すなわち天皇制の存続のために、戦争終結が遅れた。
    その開戦から終結に至る過程は、原発の推進と事故発生の経緯と相似である。
    縦割りの統治機構と曖昧な責任の所在。
    敗戦の日に、改めて原発事故とそれを今後にどう生かすかを考える。

    7月16日に名古屋で行われた将来の原発比率に関する「意見聴取会」において、中部電力の幹部社員(課長)が次のような発言をした。

    放射能の直接影響で亡くなった方は1人もいない。今後、5年10年たってもこの状況は変わらないと思う

    ⇒2012年7月22日 (日):因果関係がはっきりしない事態への姿勢/花づな列島復興のためのメモ(116)/因果関係論(14)

    上記の中電社員の発言はさすがに政府を慌てさせたようだ。
    反原発の世論を後押しすることになりかねない・・・・・・

    以後の「意見聴取会」では、電力会社関係者は発言を制限された。
    聞くところでは、「意見聴取会」の仕切りは博報堂だそうである。
    「やらせ」かどうかは分からないが、広告会社としては失敗だったといえよう。

    清水修二『原発とは結局なんだったのか いま福島で生きる意味』東京新聞(1207)に、次のような記述がある。

    仮に福島で起こった事故で全く放射線による犠牲者が出なかったとして(それは何より願わしいことだ)、だからといって原発OKということにはならない。原発事故の間接的な影響で命を落とした人はいっぱいいるし、地域社会も産業も人間関係もズタズタにされてしまい、地域の未来も奪われてしまった。これだけやられれば沢山である。

    原発ゼロでわれわれの生活はどうなるのか?
    私も正直に言って不安である。
    だからこそ、社会実験としてでも、大飯原発を再稼動させないで、原発ゼロの状態でこの夏を過ごすべきではなかったかと思う。
    高速道路の無料化という社会実験よりはるかに有益であったはずである。

    多くの国民が、「暑い夏」を覚悟していたのではないか?
    野田首相の「決断」は、その覚悟を無にするものであった。
    決定的に歴史的な洞察力に欠けていたと言わざるを得ないだろう。

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    2012年8月14日 (火)

    民自の自壊により政党は流動化へ/花づな列島復興のためのメモ(130)

    3党合意により、「政権交代が可能な、2大政党という形が崩れた。
    結果として、民主党、自民党という2大政党は自壊していくだろうと予測される。
    ⇒2012年8月 9日 (木):民自を自壊に導く茶番的談合/花づな列島復興のためのメモ(126)

    小沢一郎氏らの民主党離党、「国民の生活が第一」の結党が政界再編成の第一幕だとすれば、第二幕の中心になるのは、「大阪維新の会」だというのは大方の見方だろう。
    今日の読売新聞は、1面で「大阪維新の会」との連携を前提とした民主・自民・みんなの3党の国会議員が、研究会を発足させていたことを報じている。
    1208141
    読売新聞120814

    現在の「大阪維新の会」は政党要件を満たしていず、いざ選挙になれば、圧倒的に不利な条件で立候補せざるを得ない。
    政党は、小選挙区と比例選の重複立候補ができるだけでなく、小選挙区での政見放送が可能になる。
    公職選挙法が定める政党要件は以下の通りである。
    1.国会議員が5人以上
    2.直近の国政選挙での得票率が有効投票総数の2%以上

    研究会の名称は、「道州制型統治機構研究会」。
    メンバーは、会長代行の松野頼久氏(民主党)、幹事長の松浪健太氏(自民党)のほか、石関貴史氏(民主党)、西村康稔氏、平井卓也氏(以上、自民党)、小熊慎司、上野宏史氏(以上、みんな)らだという。
    「近いうちに」行われるはずの総選挙の前に新党を結成し、「大阪維新の会」と合流するということも話題になっているという。

    松野氏は、祖父が松野鶴平、父が松野頼三という寝業師の家系にある。
    その血脈が、政界流動化必至の流れを読み取っているのだろう。

    読売新聞は、政策軸を、消費税とTPPに設定している。
    1208142
    読売新聞120814

    読売新聞社の世論調査では、次期衆院比例選の投票先で、「大阪維新の会」は自民党に次ぎ、民主党を上回っている。
    政権交代により期待したことにまったく応えず、見方によっては政権交代前より後退している現在の民主党に世論は厳しいが、自民党が復活するとも思えない。




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    2012年8月13日 (月)

    将来の原発比率に関する経団連の考え/花づな列島復興のためのメモ(129)

    将来の原発比率について、さまざまな立場から意見が表明されている。
    たとえば経団連は、政府の3つの選択肢について、、「いずれも実現可能性に乏しく経済への悪影響など問題が多い」として再考を求める意見書を発表している。

     意見書は3つの選択肢は、経済成長率の前提を2010年代に実質1.1%、20年に0.8%としており、実質2%、名目3%を目指す政府の成長戦略と整合性がないと強調。省エネや再生可能エネルギーの導入目標も現行のエネルギー基本計画を上回り、実現可能性や対策が不透明だと指摘し、電気料金の上昇や雇用の減少などの悪影響が出ると批判した。
     その上で原発を「エネルギー源のひとつとして維持すべきだ」と明記し、原発に対する信頼回復と安全性向上に努力する一方、省エネや再生エネの導入見通しを現実的なものに変更すべきだとして3つの選択肢の見直しを強く求めた。
    http://www.sankeibiz.jp/business/news/120728/bsg1207280502002-n1.htm

    経団連の8月13日付の「エネルギー・環境政策の選択肢等に関するアンケート結果」と題する文書を見てみよう。
    政府の示した3つの選択肢について、各産業に及ぼす影響を調べたものである。
    120813

    この結果概要を見ると、いずれのシナリオでも利益、生産、雇用、国内の設備投資、国際競争力を減少させる。
    では、どのような代替案を考えているのか?
    「こうすべきだ」という案は示されていない。

    逆に問えば、原発比率を政府シナリオを越えて、たとえば40%とか50%にすれば、利益、生産、雇用、国内の設備投資、国際競争力は向上するという意見か?
    どうもそうではないようである。
    それに、もう一度原発事故を起こしたら、利益、生産、雇用、国内の設備投資、国際競争力のいずれも、壊滅的なダメージを受けるであろうという視点が欠けている。

    世界有数の地震多発地帯に、原発はマッチするか?
    シンプルに考えれば、答は自ずから定まる。
    面倒な計量分析など要らないといいたい。

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    2012年8月12日 (日)

    地方都市から書店は消えていくのか?

    地方都市における書店経営は苦しい。
    要因はいろいろある。
    先ず、需要そのものが減少しているだろう。
    若年層を中心に、活字離れが言われて久しいが、出版物の出版部数は、90年代半ば以降漸減してきている。
    Photo
    http://research.goo.ne.jp/database/data/000624/

    加えて、Amazonなどのネット通販が一般化した。
    書籍自体は、どこで買っても無差別であるから、購入したい本が決まっていればネットで購入する方が利便性が高い。
    書店の魅力の第一は品揃えであろう。
    品揃えに関しては、ロングテールの言葉を持ち出すまでもなく、ネット書店の方が有利である。

    街の本屋の魅力は、実際に手に持って確かめられることである。
    内容の確認はもちろんだが、装幀などの醸し出す雰囲気は、ネットでは分からないこともある。
    本好きの多くは、モノとして愛好する。
    一種のフェティシズムの徒である。

    しかし、手に持って確認できることは、書店側からすれば大きなリスク要因でもあるのだ。
    本屋にとって最大の敵は、インターネットや衛星放送ではなく、万引きだという。
    何冊分かの粗利が、1冊の万引きで吹っ飛ぶ。
    利益なしには経営が成り立たない。

    上記のような事情で、街の本屋の廃業が目立つ。
    先日も閉店のお知らせの張り紙を見た。
    3
    私の知人も、大分前に文房具と兼業していた本屋を止めた。
    とても割が合わないということだ。

    今朝の東京新聞が1面トップで「増える 書店ゼロの街」という記事を掲載している。
    120812
    東京新聞120812

    街の本屋は、品揃えという点で大型書店に太刀打ちできない。
    例外的なケースとしては、留萌市の「留萌ブックセンター」がある。
    市民が積極的に誘致活動を行い、三省堂の支店が出店した。150坪の店に10万冊を置いているという。
    かつて、街の映画館が次々と消えていった。
    現在、シネコンというような形で、少しずつ復活してきている。
    街の本屋も、単なるビジネスを超えた価値を提供する存在として、復活の日が来るのであろうか?

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    2012年8月11日 (土)

    空疎なレトリックの野田記者会見/花づな列島復興のためのメモ(128)

    消費税増税が可決した後の野田首相の記者会見の模様をTVで視聴したが、何ら誠実性が感じられない空疎な言葉を連ねたものだった。

    消費税引き上げは、2009年の衆院選で民主党のマニフェスト(政権公約)に記載していなかった。深く国民の皆さまにおわびしたい。引き上げられた増収分は全て社会保障として国民に還元される。
     決断しなければならない時に決断する政治を行うことこそ、最大の政治改革だ。先輩政治家たちが消費税を導入、税率を引き上げた時、筆舌に尽くし難い大変なご苦労をした。私自身も想像を超える厳しい困難があった。政治生命を懸ける覚悟がなければ、ぶれたり、逃げたり、避けたり、ひるんだりする可能性があった。だからこそ、不退転の覚悟を述べた。
    ・・・・・・
     (解散について)特定の時期を明示的に示すことはふさわしい話ではない。
    http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012081001251

    「深く国民の皆さまにおわびしたい」と言いつつ、心からそう思っているわけではないことが透けて見える。
    野田氏は政権交代を実現した総選挙で「書いてあることは命懸けで実行する。書いていないことはやらない。それがマニフェストのルール」と演説していた。
    http://www.youtube.com/watch?v=y-oG4PEPeGo

    それが消費税増税に政治生命を懸けるという。
    これ以上の「マニフェスト違反」は考えられないくらいだろう。
    もちろん、マニフェストを絶対視するのもどうかとは思うが、考えが変わったときには、きちんと理路を説明すべきだろう。

    将来の社会保障のあり方も決まらず、身を切る改革も進んでいないままである。
    野田氏は、「増税の前にやるべきことがある」という批判にたいして、「今求められるのは、重要な課題を先送りしない決断する政治』だ」と言った。
    しかし、やるべき順番がやっぱりおかしいのではないのか?

    「重要な課題」は消費増税だけではない。
    いまの状況だと、消費増税法案を可決した「だけ」で退陣せざるをえなくなるのではないか。

    「政治生命を賭ける」のだから、あるいは本望かも知れない。
    野田氏の胸中を忖度すれば。「国の財政を考えるとこれ以上、借金を増やして、孫子の代にツケを回すことだけは避けたい。国民に嫌われても、自分が首相である問に消費税増税を決めなければならない」ということであろうか。

    確かに、税収を上回る借金を毎年重ねていたら、破綻することは多くの国民も理解するところである。
    しかし 同時に、60%近くの国民が、「消費税増税法案は、今国会で成立しない方がよい」と答えているのである。
    野田氏の胸の中の思いは、国民に響いていないのだ。
    何故か?

    あまりにも説明がないからだろう。
    将来の年金、医療、介護はどうなるのか?
    歳出削減はどうなるのか? 
    特別会計の実態はどうなにか?
    まさかパフォーマンスのような仕分け劇場で終わり、ということではないだろう。

    それでも足りないのは、どれくらいなのか?
    電力需要の構造の説明抜きに、原発再稼動を決めた思考とそっくりである。
    そして、増税するにしても、なぜ消費税が優先的か?

    野田氏を見る国民の目は、野田氏の思いとは逆に、「決断してはいけない時に決断した政治家」ということではないか。
    「近いうち」に来るであろう意思表示の機会に、国民の声を顕在化しなければならないだろう。

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    2012年8月10日 (金)

    今の時点で、消費増税すべきなのか?/花づな列島復興のためのメモ(127)

    消費税増税法案が参院で可決・成立した。

     消費増税を含む一体改革関連法案は10日夕の参議院本会議で、民主、自民、公明など与野党の賛成多数で可決、成立した。投票総数237のうち、賛成188、反対49。
     本会議で採決したのは増税、年金、子育て関連6法案と3党で共同提出した社会保障制度改革推進法案、認定子ども園設置法改正案。
     法案の成立で消費税は2014年4月に8%、2015年10月に10%に引き上げられる見通しとなった。ただ、実際の引き上げは経済状況を勘案して時の政権が判断することになる。景気条項として名目3%、実質2%の成長を政策の努力目標とする。
     消費増税で見込まれる新たな税収は13兆5000億円。全額を社会保障4分野に充てる。消費増税に伴う低所得者対策を実施することも法案には盛り込まれているが、8%への引き上げ時は一時的な現金給付、10%に引き上げる際は給付付き税額控除もしくは軽減税率の導入となる見通し。
     社会保障制度を議論するための社会保障制度改革国民会議を設置する。
    http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPT9E8H101820120810

    実際の引き上げは経済状況を勘案して実施されるが、増税はわが国経済にどのように影響するだろうか?
    日経新聞はもちろんのこと、朝日、毎日、読売、産経といった全国紙はこぞって増税を後押ししてきた。
    他方、地方紙には批判的な論調が少なくない。
    ⇒2012年6月 7日 (木):何のための政権交代か?/花づな列島復興のためのメモ(79)
    ⇒2012年6月18日 (月):消費税と政界再編成/花づな列島復興のためのメモ(88)

    私は、消費税増税については、よく理解できない部分があるが、反対派の方が説得力があるように思う。
    ⇒2012年6月25日 (月):造反有理?/花づな列島復興のためのメモ(93)
    たとえば、原英次郎・ダイヤモンド・オンライン編集長も『小沢グループの造反に理あり 理念を掲げて総選挙を実施せよ』と述べている。
    http://diamond.jp/articles/print/20611

    その論旨は大要以下のようである。

     今回の消費増税には、反対せざるをえない。
     最も大きな理由は、明確な民主主義のルール違反である。03年の衆議院選挙以降、各政党が発表するマニフェスト選挙がようやく根付き始め、09年の衆議院選挙では、国民はマニフェストを参考にして民主党に投票し、政権交代を実現させた。
     そのマニフェストでは行政のムダをなくし、財源を組み替えることで、16.8兆円の財源をねん出して、増税は行わないと言っていたはずだ。実際の消費税率引き上げが、民主党の政権担当期間中より後に行われるから、マニフェスト違反ではないというのは、全く国民を馬鹿にした詭弁としか言いようがない。
     二つ目の理由は、社会保障・税一体改革の問題の本質が、国民1人1人に十分に理解されているとは言えないことだ。日本の社会保障制度は、長い自民党政権下において、対症療法を重ねてきた結果、非常に複雑な仕組みとなっている。
     社会保障制度の中心は年金、医療、介護だが、最も大きいのは年金であり、また問題の本質はほぼ同じである。年金を理解するキーワードは、「賦課方式」と「積立方式」、それに「社会保険方式」と「税方式」の4つである。現在、日本の公的年金は、賦課方式でかつ社会保険方式である。
     国民が知りたいのは、今後、ますます労働力人口が減り、高齢人口が増える中で、現状の社会保障制度のままでよいのか、それとも抜本的な改革が必要なのか、それぞれの場合に、長期的な負担と受給の関係はどうなるのかということだ。結局、その道筋は示されることなく、消費増税だけが先行されようとしている。しかも消費税の使途が社会保障に限定されたために、社会保障が赤字だから、大切な社会保障を維持するために、という理由でいくらでも増税が可能になりかねない道を切り開いてしまった。
     社会保障と税のあり方は、国のかたちでもある。自己責任を重視し、格差を受け入れるのか。格差を小さくするために、再配分を重視する社会を目指すのか。まずは、その理念が求められる。理念が明確にならなければ、4つのキーワードを組み合わせて政策を練り上げることができない。
     理念と政策を同じくするものが結集しない政党は、結局のところ分裂せざるを得ない。今回、消費増税が実現したとしても、国民の信頼を失った政党・政治家が、さらなる国民負担を求めることに国民は納得しないだろう。

    大筋において納得的ではないだろうか。
    消費税増税は、消費者、生活者を直撃する。
    すでに電気料金の値上げが決まっている。消費行動を抑制せざるを得ない。
    企業にとっては仕入れコストが上昇する。
    経団連のように価格に転嫁できる企業は別として、多くの中小企業はそうもいかないだろう。
    廃業せざるを得ないという企業も少なくない。Ws000001
    東京新聞120810

    消費増税問題は、引き続き私なりに考えていくつもりだが、原発再稼動問題、オスプレイ配備・運用問題等の経緯を見ていて、野田政権がまったく信用できないことを確信した。
    有田芳生氏など何人かの民主党議員は反対票を投じた。
    逆に言えば、民主党議員はごく少数しかいなかった。
    彼らは、国民の期待をどう受け止めているのか。

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    2012年8月 9日 (木)

    民自を自壊に導く茶番的談合/花づな列島復興のためのメモ(126)

    野田首相が、昨8日夜自民党の谷垣総裁と会談し、消費税増税を柱とする税と社会保障の一体改革関連法案について「(民主、自民、公明の)3党合意を踏まえて早期に成立を期し、成立した暁には近いうちに国民に信を問う」ことで合意した。
    国民の支持を失っている2大政党の談合である。

    ロンドン・オリンピックと時を同じくして、国会の迷走が続いていた。
    日本選手団の健闘ぶりと対照的な醜い姿を晒し続けた。
    自民党は、3党合意によって次回総選挙での与党復帰を目論んだのだろうが、その命脈が尽きていることを国民に改めて知らせることになった。
    おそらく自民党復活の目は無くなったとみていいだろう。

    民主党はまたしても詐欺的なレトリックで急場を凌いだ。
    「近い将来の解散」を「近いうちに解散」と言い換えて、自民党の矛を収めさせたのだ。
    短期的には民主党の勝ちと言えようが、こんなことが長く続くはずがない。
    急場は凌げても、大局を凌ぐことはできない。
    「近いうちに」民主党は自壊していくだろう。

    昨年の菅首相に対する不信任決議の状況を彷彿とさせる。
    菅氏は、「東日本大震災からの復旧・復興と東京電力福島第一原子力発電所事故への対応に一定の目途がついた段階で」という曖昧な条件の下に「退陣」を表明した。
    実際この条件は、現在に至るまでクリヤされていないと考えることもできる。
    その後、この条件の曖昧さをめぐって重要な時期に不毛な争いが続いた。
    まさに「機会損失」である。

    野田首相は、菅氏の詭計に学んだのか。
    「近いうち」とはいつのことか?
    Ws000000
    日本経済新聞120809

    曖昧な表現の解釈をめぐって、紛糾は必至だろう。
    民主党側の声は次のようである。

     輿石氏に近い党執行部の一人は、今国会での解散の可能性を否定した。閣僚経験者も「来年1月の通常国会冒頭だって近いうちといえば近いうちだ」との見方を披露した。
     消費税増税法案の衆院採決で反対した松野頼久衆院議員は「『近いうち』というのは理解不能だ。(来年8月の)衆院議員の任期満了も含まれていると思う」と語った。

    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120809/stt12080909570003-n1.htm

    これに対し、自民党は以下のようである。

     谷垣氏は8日夜、党本部で臨時に記者会見を開き、首相の提案を評価した。ただ、「近いうちに」とはいつを想定しているのかという問いには「皆さんの解釈に任せる」とはぐらかし、「(解散について)私の考え方をいろいろ開陳した。それについて首相からもいろいろ開陳があった」と思わせぶりに語った。わざと臆測をかき立てようとしているかのようでもあるが、3党合意破棄を主張してきた若手らの賛同を得るには曖昧すぎる表現だ。
    同上

    密室での会談の内容は分からない。
    しかし、常識的に考えれば、谷垣総裁が「矛を収める」に足る内容に踏み込んで野田氏が何らかの条件を提示したのだろう。
    それは解散の時期に関すること以外には考えられない。
    首相の専権事項と言いつつ、その専権事項と引き換えに増税を選択した(ように思わせることに成功した)。

    まさに、菅氏が退陣表明した時に、鳩山氏が納得し、直後にペテン師と非難したのと瓜二つである。
    谷垣氏も、野田首相を「近いうちに」ペテン師呼ばわりすることになるのではないか。
    しかし、時すでに遅し、である。
    おそらく、野田氏は菅氏に倣い、居座りを続けるだろう。

    だが少数野党が一致して不信任決議案を提出したことは、やがてボディブローのように効いてくるだろう。
    不信任決議案は自民党の欠席により反対多数で否決されたが、民自の2大政党が、少数野党に化すのも「近い将来」のことだと確信する。

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    2012年8月 8日 (水)

    「想定外」の出来事の連続した5年間

    このブログを書き始めたのが、2007年の今日だから、5年が過ぎた。
    WEB2.0の時代を実感してみようというのが主な動機だったように思う。
    最初は、徒然なるままに、日々の感想を気が向いた時に記すつもりだった。
    しかし、大きなインパクトのある出来事が、次から次へと起きた5年間だったように思う。

    2008年9月、リーマン・ショックが起きた。
    アメリカの住宅金融問題に端を発したリーマン・ブラザーズの破綻は、日本にも大きな影響を及ぼした。
    日経平均株価は、9月12日(金)の終値は12,214円だったが、10月28日には6,000円台にまで暴落した。
    日本の金融機関はサブプライムローンにあまり手を出していなかったため、直接的な影響は軽微であった。
    しかし、世界的な消費の落ち込みや、資金の日本円への集中による円高により、輸出産業が大きなダメージをを受けた。
    結果的にリーマン・ショックの日本経済に与えた影響は大きく、後遺症も残っている。
    言われたように「百年に一度の経済危機」だったかどうかはともかく、長期不況から脱出する契機が損なわれたことは間違いないだろう。

    リーマン・ショックによる混乱が治まり切れない中、2009年8月の総選挙で、長く続いた自民党政権が終止符を打った。
    すでに公明党と連立を組まなければ政権を維持できなくなって久しかったが、引退を表明した森喜朗氏で事実上自民党は政権を失っていたのではないか。
    小泉純一郎というマジシャン(トリック・スター)によって、奇跡的な延命を続けたと考える。

    個人史的には、2009年の12月の脳梗塞の発症が大事件であった。
    振り返ってみれば、何の不思議はない生活習慣であった。
    積年のストレスとそれを紛らわすための飲酒。
    因果関係の枝葉は複雑に入り組んでいるであろうが、根幹は間違いないであろう。
    相当因果関係ということであるが、自業自得という方が適切だとも思う。

    生まれて初めての入院生活を体験した。
    朝家を出るときにはまったく想定していなかったことだった。
    もちろん救急車で搬送されたのも初めてである。
    救急病院で衣服を脱がされた記憶はある。
    意識が戻ったのは集中治療室のベッドの上だった。
    しかし、自分の身の上に何が起きたのか、まったく分かっていなかった。
    12月23日のことだったが、年内には家に帰れると思っていた。
    手の運動神経も、完全には失われていなかったのである。

    入院生活を送っている間に、期待した政権交代が、期待はずれであることが次第に明確になってきた。
    自分の不分明を恥じるが、現実とはそういうものかとも思う。
    2010年5月末に退院した。
    住んでいるマンションで会う人が、見てはいけないもののように、目を逸らすように感じられた。

    退院直後の6月に、総理大臣が鳩山由紀夫氏から菅直人氏に代わった。
    市民運動出身という経歴は、今度こそ政権交代の意義が顕現するのではないか、という期待感があった。
    しかし、鳩山内閣時代の国家戦略担当大臣や財務大臣経験によって、すっかり財務省の言うがまま。
    市民運動という出自が、悪しき政治主導意識となったようにも感じられる。

    そして、2011年3月11日。
    文字通り日本列島が激震した。
    映画のような大津波と福島第一原発の爆発事故。

    戦後日本が目を瞑ってやり過ごしてきたさまざまな矛盾が露わになったように思われる。
    その矛盾に無頓着なドジョウを自称する野田総理に代わった。
    戦後日本史の原点ともいうべきヒロシマ、ナガサキの被爆。
    フクシマ原発事故は、その原点に戻って考えることを突き付けた。

    昭和19(1944)年生まれの私の人生は、戦後日本史とほぼオーバーラップしている。
    「3・11」によって、名実共に戦後は終わったと言われる。
    あと何年の人生かは分からない。
    しかし、見ることができる限りは、見ることに意志的・意欲的であろうと思う。

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    2012年8月 7日 (火)

    上山春平さんを悼む/追悼(21)

    8月3日、上山春平さんが亡くなった。
    戦中派と呼ばれる世代の人が、寿命が尽きようとしているのだ、と改めて思う。
    日本でいう戦中派は、第二次世界大戦中に10代後半から20代を過ごした世代である。
    特に、1920年代(大正年間末期から昭和一桁年代)に生まれた人たちである。

    上山さんは1921年1月16日の生まれ。
    海軍予備士官として人間魚雷「回天」の特攻隊員として出撃した経験を持つから、典型的な戦中派といえよう。
    ちなみに、先頃亡くなった吉本隆明さんも、少なくとも初期においては、戦中派であることを旗幟としていた。
    吉本さんは1924年11月生まれだから、上山さんの方が5歳年長ということになる。

    私は、吉本さんの『現代日本思想大系〈第4〉ナショナリズム 』筑摩書房(6406)で、激越な上山批判を目にした。
    上山さんの中央公論掲載論文『再び大東亜戦争の意義について』(6403)について、次のように書いている。

     わたしは、上山春平のこの到達点を、安田武の近代主義的な「戦争体験論」や、解体期スターリニズムとの融着をすすめつつある井上光晴の文学表現とともに、戦争世代の面汚しだとおもう。わたしは、人を唖然とさせることが嫌いではないが、上山春平のこの国土防衛論は、もっともわたしを唖然とさせる。わたしのなかに潜在している戦争世代の同窓会意識を、どんなにかきたてても、感応するものはふくまれていない。いったい、この社会の現実は、上山春平の脳髄のなかで、どういうことになったのか? かつての海軍士官は、こういう結論に到達するために、戦後知識人の思想史を歩んできたのか?

    まさに全否定である。
    全力を挙げての、最大級の否定といえよう。
    私は上山さんの論文を見ていないので、吉本さんの逆鱗に触れたのがどのような側面かを理解できないが、上掲書に引用されているのは、次のような内容である。

    新しい国家体制にふさわしい新しい防衛体制の基本的特徴について、今、私の念頭にあるのは、次のような諸点である。
    (1)国の政治的独立を維持するに必要な、徹底的に防禦的で、住民の分業的生活体系と密着した、国土の外では機能しえない、非侵略的組織であること。
    (2)国の独立と安全をおびやかす人災ならびに天災に適時対応しうる体制をととのえることを目標とし、仮想敵国は想定しないこと。
    ・・・・・・

    以下(7)まで挙げられているが、現実に可能であれば、「3・11」後に提案されたとしても大きな違和感はないように思える。
    実際、最近出版された上田篤『小国大輝論 〔西郷隆盛と縄文の魂〕』藤原書店(1205)と類似しているのではなかろうか。
    上田さんは人文研の客員教授だったこともあるから、上山さんとこのようなテーマで議論していた可能性は大きい。
    ⇒2012年6月10日 (日):政権は自民党野田派か?/花づな列島復興のためのメモ(82)
    「3・11」後の日本について、見解を聞きたかった人の1人である。

    上山さんの略歴を京都新聞記事から引用しよう。

    1943年、京都帝国大(現・京都大)文学部哲学科卒。京都大人文科学研究所教授を経て82年に同所長。退官後の85年に京都国立博物館長に就任し、京都市立芸術大学長を経て94年に文化功労者表彰を受けた。京都市特別功労者。
     高校時代から仏教と西田哲学に傾倒。京都大では現代哲学を出発点に研究領域を広げ、自然社会、農業社会、産業社会という3段階の文明論を提起。明治維新を農業社会から産業社会への転換点ととらえる視点で、マルんクス的手法を日本史にあてはめる従来の歴史観を批判し、西欧的な方法論の哲学と東アジアの思考法を生かして日本の文明史を探った。
     また、日本文化の底流として「照葉樹林文化論」を提唱し、西洋の概念によらない国家論の構築を目指した。京大人文研では、故今西錦司氏や故桑原武夫氏らに学んで多くの共同研究で成果をあげ、故梅棹忠夫氏や梅原猛氏らとともに「新京都学派」と呼ばれた。
     著書に「空海」「天皇制の深層」など多数。京都新聞夕刊コラム「現代のことば」の元執筆メンバー。

    http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20120806000081

    私は、埋もれた巨像』岩波書店(7710)や『日本の成立』文藝春秋(9407)などの古代史関連著作を興味深く読んだ。
    ⇒2007年9月 1日 (土):大津皇子処刑の背景・・・②上山春平説
    ⇒2010年12月 4日 (土):日本文明史と藤原京/やまとの謎(12)
    合掌。

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    2012年8月 6日 (月)

    野田内閣不信任の根拠/花づな列島復興のためのメモ(125)

    今日の大手紙の社説は良く似た書き出しである。

    朝日新聞
      広島はきょう、長崎は9日に、被爆から67年を迎える。
    毎日新聞
      広島は6日、長崎は9日に「原爆の日」を迎える。
    読売新聞
      広島は6日、長崎は9日に原爆忌を迎える。

    いずれもヒロシマ、ナガサキの被爆体験を後世に伝えていかなければならないとする。
    第二次大戦後の世界の主要な課題は、核兵器の拡散防止と原子力の平和利用、たとえば原発の推進であった。
    わが国は、核兵器を保有せず、しかし核の平和利用(原発)については世界第3位の大国となった。
    ⇒2011年5月19日 (木):核エネルギー利用と最終兵器/『ゴジラ』の問いかけるもの(3)

    しかし、ヒロシマ、ナガサキに加え、原発事故の発生により、フクシマの地名が世界的に有名になってしまった。
    唯一の核兵器の被爆国は、同時に世界に3カ国しかない原発のシビヤアクシデントの発生国となったのである。
    Ws000002
    上図をみれば、日本が如何に特異なポジションにあるかが分かる。
    これからの日本は、唯一の被爆国という立場を、脱原発のために有効に使わなければならないだろう。
    理解しがたいのは読売新聞社説が次のように説いていることである。

    疑問なのは、東京電力福島第一原子力発電所の事故以来、一部で核軍縮や平和への希求に絡めて脱原発が主張されていることだ。
     原発も大事故に至れば放射性物質の拡散を招くが、大量殺りく兵器と原子力の平和利用とを同列に論じるのはおかしい。
     原発事故は、安全対策をしっかり講じれば防ぎ得る。事故の教訓を生かし、世界の原発の安全性向上に貢献することが、むしろ日本の責務ではないのか。

    http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120805-OYT1T00982.htm

    原発大国になるについて、正力松太郎が大きな役割を果たしたことが縛っているのであろうか。
    大量殺りく兵器と原子力の平和利用とを同列に論じるわけではないが、現に大事故は起き、大量の放射性物質を放出しているのである。
    ⇒2011年9月20日 (火):原発と原爆/「同じ」と「違う」(32)

    その事故の原因究明が不十分なまま、そして最小限の安全対策もなされないまま、原発再稼働が行われている。
    野田内閣を信任するわけにはいかない大きな理由である。

    野党7党の内閣不信任決議案は、いつ提出されるか?
    あるいは、自民党はこれと別に、内閣不信任決議案を提出するのか?
    私は、政党間の駆け引きで、いずれの不信任決議案も否決という結果にならないことを願う。

    野田内閣支持率は、もはや末期的である。
    Photo
    http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_pol_cabinet-support-cgraph

    私は政治を支持率を根拠にして行うべきだとはとは思わないが、野田氏は国民に支持されないことを推進することが政治家の仕事だと勘違いしているのではなかろうか?
    確かに、国民の嫌がる政策であっても、国家の計にとって必要な政策はあるだろう。
    私はそうは思わないが、仮に「消費税増税」が待ったなしの課題であるとしよう。
    しかし、消費税増税が、相対的に優れた解決策であることについて、納得するまでの説明は行われていない。
    「ギリシャのようになる」という脅し以外は。

    消費税の問題は、考え方の違いということもあるかも知れない。
    あるいは、私の理解が浅いということもあろう。

    しかし、国民生活の安全性ということについては、論理的に信頼できない。
    オスプレイの配備・運用について、「安全が確認されるまで飛行を行わない」という説明がされている。
    しかし、どうやって「安全」を立証するのだ?

    森本防衛相が、実際に搭乗してみてその感想を語っていた。
    まさか、その一度の搭乗体験で安全性をいうことはないだろうが、米国関係者の中にも疑念を持つ人がいる状態で、どういう説明をしようとしているのだろう。

    野田氏の思考回路が混乱している(というよりも思考が停止している)のは、原発再稼動問題で明らかである。
    清水修二福島大学教授は、著書『原発とは結局なんだったのか いま福島で生きる意味』東京新聞(1207)の、6月10日の日付のある「あとがき」で次のように追記している。

    「福島後」の政治的試金石であった福井県大飯原発の再稼動問題は結局、総理大臣の「元の木阿弥宣言」でケリがつけられそうだ。「(防潮堤もできていないのに)安全対策は整った」「(原子力政策大綱も見直されていないのに)夏場を乗り切るためだけでなく今後も原発は必要」「(国民が節電の覚悟を固めようとしているのに)原発を動かさなければ国民生活は成り立たない」云々。全く何も変わっていない。呆然とするばかりだ。

    こんな首相を信任するのは誰か?
    民主党と自公両党の全代議士が信任(不信任案を否決)するのか?
    私は、個々の代議士の態度を記憶に留めておきたい。

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    2012年8月 5日 (日)

    原発事故のビデオ映像の公開/原発事故の真相(42)

    東京電力が、福島第一原発事故に関する映像をようやく公開するという。
    6日から、東京・内幸町の本店で報道機関やフリー記者向けに公開するが、録画・録音の禁止など公開に制限を設けていることに、報道側からは反発の声も出ている。

     東電は、公開に当たり録画・録音の禁止のほか(1)他者が違反して記録したものを報道することも禁止(2)東電の事故調査報告書で個人名が記載されている役員らを除き実名報道の禁止(3)従わない場合は視聴室からの退出や、今後の記者会見への参加を認めず-などの条件を付け、事前の同意を求めている。
     視聴室へのカメラや録音機器、携帯電話の持ち込みは認めていない。東電によると、これまでに報道機関などから60件を超える視聴申し込みがあり、多くは東電の出した条件に同意しているという。
    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120804/dst12080417460014-n1.htm

    その一部が、関係者の証言という形で伝えられている。

     第1原発事故では昨年3月12日、まず1号機の原子炉建屋が水素爆発した。テレビ会議の映像には、免震重要棟2階にある緊急時対策本部が激しく揺れ、余震と思ったのか天井を見上げる社員や、慌ただしく情報収集する技術系幹部らが写っている。
     14日に3号機が爆発した後、2号機でも状況が悪化。2号機での同様の爆発を恐れた吉田所長が本店に「もう至急、外からヘリコプターでも何でもいいので(建屋内にたまった水素を抜くため)穴を開けることを考えて」と懇願する姿も。

    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120804/dst12080419020016-n1.htm

    「百聞は一見にしかず」といわれる。
    各種事故調の報告書でも、事故の経緯は明らかにされ得ていない。
    ⇒2012年7月25日 (水):政府事故調の報告書/原発事故の真相(41)

    もちろん、映像公開が事故原因の究明に直接繋がるわけではないだろう。
    しかし、すべての主要な事故調の報告書が出た後で、しかもかなり限定された形で公開しようという姿勢の背景は何か?
    さまざまな推測(邪推?)をしたくなるが、業務上過失致死傷などの疑いもあって、告訴をされている事案である。
    告訴は受理されたが、立件は困難であるという。

    東京、福島両地検が中心になって業務上過失致死傷罪などの成立を検討するとみられるが、法律上の壁がいくつもあり、立件は極めて困難との見方が大勢だ。
     「捜査は尽くすが、現状では起訴できない可能性が高い」。告訴や告発を受理する一方、検察幹部は厳しい見通しを示唆した。ハードルになるのは事故原因の特定だ。業務上過失致死傷罪を問うには「結果が予想でき、かつ不注意により結果を回避しなかった過失」を立証する必要があり、事故に至ったメカニズムの解明は不可欠。検察当局が告訴・告発の受理を保留し、政府や国会など四つの事故調査委員会の結論を待ったのは、そのためでもあった。
     だが、4事故調は事故原因について異なる分析結果を導き出し、検察内部からは「もっと絞り込まれると思っていた」と困惑する声が漏れた。

    http://mainichi.jp/select/news/20120803k0000m040102000c.html

    あれだけの事故が単純な原因に帰せられるとは思わない。
    しかし、「人災」を指摘されながら、責任の所在が不明確なままというのは、大きな違和感がある。
    政府が新たな原子力規制組織「原子力規制委員会」の委員長候補として提示した田中俊一・前原子力委員会委員長代理は、再稼働した大飯原発に関し、「活断層があれば止めてもらう」と言っている。
    しかしこれは逆立ちした発想である。
    「活断層ではないことが証明されるまで、稼働は止める」ということでなければならない。

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    2012年8月 4日 (土)

    野田内閣不信任決議案可決の条件/花づな列島復興のためのメモ(124)

    来週は政治の動きが慌ただしくなりそうである。
    増税法案の成立阻止を狙う野党7党が、内閣不信任決議案を提出することで合意した。
    野田首相は、3党合意を根拠に、不信任決議案を否決しようと言う構えだ。
    各政党のスタンスは下図のようである。
    Ws000000
    東京新聞120804
    微妙なのは自民党の動きである。
     自民党は4日、野田佳彦首相が消費税増税法案成立後の衆院解散・総選挙を確約しないことに反発し、内閣不信任決議案と首相問責決議案を7日にも同時提出する方向で検討に入った。執行部では「3党合意破棄論」も強まっており、週明けからは解散を視野に入れた攻防が激しさを増しそうだ。
     自民党は当初、消費税増税に賛成する立場から参院で早期に法案を成立させた上で、解散に追い込む方針だった。しかし、首相が3日のインタビューでも解散・総選挙日程に踏み込んだ発言をしなかったため不満が噴出。執行部にも「解散の確約が必要だ。採決日程を10日に早めても駄目だ」(参院幹部)との見方が広がった。

    http://www.chunichi.co.jp/s/article/2012080401002735.html
    自民党が求める「解散の確約」とは、よく言えば「話し合い」、一般的な語感からすれば談合による解散である。
    解散総選挙になれば、民主党の惨敗は必至であり、責任は当然野田氏が問われることになる。
    消費税増税に政治生命を賭けるといっても、そう簡単には「解散の確約」には応じないだろう。
    野田氏自身、「衆院解散・総選挙の時期について「明示的なことを言うつもりは全くない。寝言でも言うつもりはない」と表明している。
    7党による内閣不信任決議案は、自公両党にとっても「踏み絵」になるという見方がある。
    3党合意からすれば、7党の提出する内閣不信任決議案を否決するのが論理的帰結だろう。
    しかし、以下のような問題が出てくる。
     第1に、不信任案に反対した場合、解散・総選挙は遠のきます。同一国会での「一事不再議」のルールがあるため、消費増税法案採択後に不信任案を出すことができなくなるからです。
     第2に、一年以内に任期満了を迎えて実施される総選挙において、民主党と共に自公両党は消費増税の共同責任を問われ、「火の粉」を浴びることになります。とりわけ、支持者に消費増税反対論が多い公明党は、このような「火の粉」を振り払うことができるのでしょうか。
     第3に、不信任案の採決に際して、内部からの造反が生じて分裂状態に陥る危険性があります。3党合意を破棄して否決し、今国会で野田政権を衆院解散に追い込むべきだとする緊急声明を出した小泉進次郎青年局長ら自民党の中堅・若手の衆院議員は不信任案に賛成するかもしれません。
    http://blogos.com/article/44332/
    自民党が検討に入った7日にも内閣不信任決議案と首相問責決議案の同時提出はあり得るか?
    その理由は何か? 
    他の野党はどういう反応か?
    いずれにせよ野田内閣は、薄氷の上を歩むことになる。
    そもそも、消費税増税は、「社会保障と税の一体改革」ではなく、こともあろうに「公共事業と税の一体改革」であることが明らかになりつつある。
    3党合意は破棄すべきである。

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    2012年8月 3日 (金)

    野田内閣不信任案によって露わになるもの/花づな列島復興のためのメモ(123)

    自公以外の野党が、野田内閣不信任案で歩調を揃えたようだ。

     新党「国民の生活が第一」や共産党など野党7党は3日午後、国会内で党首会談を開き、消費増税関連法案の成立を阻止するため、参院での法案採決前に野田内閣に対する不信任決議案を提出する方針で一致した。提出時期は幹事長・書記局長レベルで詰めるが、参院特別委員会の中央公聴会が終わる7日にも共同提出する方向で調整が進む見通しだ。
    http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_488498

    不信任案は可決されるか?
    現時点では、下図のように、与党からの15人以上の賛成というかなり高いハードルだ。
    Photo_3
    http://news.biglobe.ne.jp/domestic/0802/mai_120802_1455803725.html

    それでは不信任案の提出はムダなのか?
    私は、野田内閣の性格を浮き彫りにするという効果はあると考える。
    2009年総選挙のマニフェストを弊衣のごとく脱ぎ捨て、なおかつ国民に信を問おうともせず、重要な政策を推し進めようとする野田首相にはあきれるばかりである。

    こともあろうか、日経新聞は、「首相が先頭に立って政権公約を撤回すべき」だと主張した。
    撤回するのは結構だ。
    しかし、政権交代の正当性が失われるので、当然総選挙を行うべきだろう。
    ⇒2012年6月 7日 (木):何のための政権交代か?/花づな列島復興のためのメモ(79)

    岡田副総理は、かつて自らを原理主義者と規定していた。
    私はそれを、原理原則を大切にすることと理解していた。
    ところが、次のように論旨不明瞭な発言をした。

    岡田克也副総理は6日の衆院社会保障・税一体改革特別委員会で、政権交代を実現した平成21年衆院選について「マニフェスト(政権公約)というよりは、政権交代を望む国民の大きな流れで勝った」と述べた。
    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120606/plc12060623170031-n1.htm

    政権交代を望む国民がマニフェスト選択と関係がないとは?
    不信任案への態度から考えてみよう。
    今日の日経新聞によれば、各政党のポジショニングは下図のようになる。
    Photo_2

    「政権交代を望む国民の大きな流れ」とは何を意味しているか?
    「自公政権NO!」というレッドカードではなかったか。
    いま自公と組んで、他の野党がこぞって反対している「社会保障と税の一体改革関連法案」を押し通そうとしている野田政権は、まさに国民という審判が提示したレッドカードを破り捨てたのである。

    法律が成立してもいないのに、消費税増税によって余裕ができた財源で公共事業の拡大を目論む動きが顕在化してきている。
    誰が不信任案に反対したか、次の総選挙のためにもしっかりとウオッチングしておこう。
    そして、原発推進か脱原発かを争点に加えた総選挙としよう。
    ⇒2012年6月28日 (木):戦い(消費増税法案、東電株主総会)済んで、日が暮れて/花づな列島復興のためのメモ(96)

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    2012年8月 2日 (木)

    水俣病と福島原発事故/「同じ」と「違う」(49)/因果関係論(18)

    将来の原発比率に関する国民の意見の聴取会が、1日福島市で開催された。
    原発事故の被災地では、従来のような欺瞞的な方法はとても通用しなかったようだ。
    3つの選択肢を「公平に」扱う方式ではなく、発言希望者から無作為に選ばれた30人が1人5分で意見表明した。
    事故収束宣言や大飯原発再稼働など、福島原発事故を教訓にすることを全く考えないかのような政府に、不信感と怒りの声が集中した。
    120802_2

    そもそも、選択肢の設定そのものが欺瞞的なのである。
    ⇒2012年7月13日 (金):将来の原発比率と「討論型世論調査」/花づな列島復興のためのメモ(109)
    ⇒2012年7月15日 (日):エネルギー・環境会議の意見聴取会の実態/花づな列島復興のためのメモ(111)

    前日の7月31日は、水俣病特措法による救済の締切日だった。
    私たちは、水俣病救済の教訓を福島原発に生かすことを考えなければならないだろう。
    水俣病は未だに被害の全容が分からないといわれている。

    大阪市大の除本理史准教授(環境政策論)は、福島原発事故と水俣病の共通性として、以下を指摘している(静岡新聞120801)。
    1.健康被害の実態解明の必要性
    2.国による被害者の線引き
    3.原因企業を国が支援

    水俣病の原因物質がメチル水銀化合物であることは、すでに1960年代には知られていた。
    熊本大学研究班は、1962年夏頃に、アセトアルデヒド製造工程スラッジ(排出汚泥)から、塩化メチル水銀を抽出することに成功し、1963年2月、水俣病は水俣湾産魚介類を摂食することにより発症し、その原因毒物はメチル水銀化合物と正式に発表した。
    しかし、政府が水俣病についての正式見解として、チッソ水俣工場アセトアルデヒド設備内で生成されたメチル水銀化合物と断定したのは、1968年9月26日であり、熊大発表の実に5年半後であった。
    ⇒2009年7月 9日 (木):水俣病の原因物質

    相当因果関係説に立てば、ずっと早い段階で、水俣病がチッソ水俣工場の廃液に起因すると考えるべきであっただろう。
    しかし、水俣病の病像や発生機序についてはさまざまに考えられ、厳密な意味での因果関係が完全に立証されているともいえない。
    たとえば、西村肇、岡本達明『水俣病の科学 』日本評論社(0106)は、因果関係について完全に解明しえたかのように思われる労作であるが、これに対してもなお、工場からのメチル水銀の排出の実態等については異論が存在するのである。
    ⇒水俣病研究会編『水俣病研究Vol.3』弦書房(0406)

    東洋医学に未病という概念がある。
    2_2
    http://kenko100.info/health/mibyou/

    最近はTVのCMなどでもよく使われている。
    健康と病気のグレイゾーンである。
    公害による健康被害や放射能の被曝についても、同様のゾーンが考えられよう。
    たとえば、被曝の影響は次図のように示される。
    Photo_3
    http://blog.livedoor.jp/bia/

    線引きを厳格に行おうとするあまり、未然の被害者が救済対象から外されるようなことがあってはならないだろう。
    その意味で、救済申請に締切日を設け、その後の申請を受け付けないということには疑念が残る。

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    2012年8月 1日 (水)

    水俣病救済特別措置法の申請締め切り/花づな列島復興のためのメモ(122)

    水俣病被害者救済特別措置法(特措法)に基づく救済策の申請が、7月31日締め切られた。
    特措法は、水俣病の症状がありながら国の基準では水俣病と認められない被害者に一時金などを支給するものである。
    最終的な申請者数は、熊本、鹿児島、新潟の3県で約6万人に上る見通しで、国の想定を大きく上回る。

    細野豪志環境相は、申請者が国の当初見込みの3万人を大きく上回ったことについて、「周知広報を徹底してきた。あたう限り(可能な限り)の救済へ努力してきた結果だ」と述べた。
    しかし、申請締め切りによって、すべての被害者が救済されることになるわけではない。
    細野氏は、8月以降の対応は、改めて8月に説明したい、としているが、環境省の担当者は、今後の救済については行わない方針であるといっている。

    「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法」は、「水俣病問題の最終解決を図り、環境を守り、安心して暮らしていける社会を実現すべく、この法律を制定する」とうたっている。
    申請締め切りによって、「水俣病問題の最終解決」は図られたと言えるのだろうか?

    「水俣病問題の最終解決」は、法律が第三条で規定しているように、「継続補償受給者等に対する補償が確実に行われること、救済を受けるべき人々があたう限りすべて救済されること及び関係事業者が救済に係る費用の負担について責任を果たすとともに地域経済に貢献することを確保すること」である。
    とりわけ「救済を受けるべき人々があたう限りすべて救済されること」は重要である。
    もし、7月31日で線引きを確定させるとなると、「救済を受けるべき人々があたう限りすべて救済されること」にはならないのではないか?

    水俣病患者救済の経緯を見てみよう。
    Photo_2
    http://news.livedoor.com/article/detail/6781422/

    水俣病の発生が公式確認されてから、56年が経過した。
    この間の救済の歴史は、国の認定基準が厳格すぎて認定されない患者が、裁判などを通じて救済を求める、という図式であった。
    特措法が、水俣病関西訴訟最高裁判決(2004年)で、国の認定基準より幅広い基準が採用されたことを受け、認定基準見直しと救済拡大を期待する認定申請者が急増したことに対応するために、議員立法で成立した。
    国は、立法の趣旨に立ち戻って、今後の対応を考えるべきであろう。

    そもそも、「損失(費用)の社会化と利益の私物化」が公害問題の基本構造である。
    渡良瀬遊水地もしかり、福島原発事故もしかり、である。
    ⇒2012年7月11日 (水):渡良瀬遊水地と福島原発事故/花づな列島復興のためのメモ(107)

    「水俣病問題の最終解決」に近づいていくために、以下のような条件・検証が必要であろう。
    1.認定基準の適切性
    2.補償の適切性
    3.加害企業の負担の適切性

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