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2012年7月25日 (水)

政府事故調の報告書/原発事故の真相(41)

政府事故調の報告書が出た。
これで主要な事故報告書は出そろったことになる。
それぞれ、力点や視角が違っているので、同じないようのところもあれば、違う箇所もある。
Photo
http://news.goo.ne.jp/picture/sankei/politics/snk20120723093.html

いずれ多くの専門家が、細部にわたって検証するであろうし、逐次いろいろなコメントも出てくるであろう。
ここでは、先ず私が先日触れた論点について見てみよう。
すなわち、「原発事故の直接的な原因を津波だけに限定していいのか」という問題である。

国会事故調の報告書では、重要な機器・配管類の損壊が、津波ではなく地震により起きた可能性を、全面的には否定できない、というものであった。
⇒2012年7月21日 (土):原因を「想定外の津波」に限定していいか?/原発事故の真相(40)
政府事故調は、地震の影響を否定した。
1207242_2
東京新聞120724

他の事故調も、地震が原因であることを否定している。
もちろん、現時点ではいずれの事故調の報告書がより妥当であるか、真相に迫っているかは分からない。
それは、各事故調が揃って、現場確認の必要性とそれができなかったこと、したがって調査に限界があることに言及していることによる。
その大きな要因は、未だ放射能の値が大きいので、現場への立ち入りを制限されていることによる。
言い換えれば、真相は不明、というのが現時点の暫定的な結論というべきであろう。

一般論としていえば、安全であるを言うことは難しいが、安全でないと言うことは容易である。
1例でも、危険なことが起きれば、危険だとは言えても安全だと言うためには、さまざまなシチュエーションを検証しなくてはならない。
地震による損傷も、無かったというよりも無かったとはいえないという方がより妥当ではないかと思う。
国会事故調以外が、地震の影響を否定する理路がいかなるものか、ゆっくりと確認したい。

もう一度、武谷三男さんの『安全性の考え方』岩波新書(6705)から引用しよう。

裁判は“疑わしきは罰せず”だが、安全の問題は“疑わしきは罰しなくてはならない”ということだ.公共・公衆の安全を守るためには“安全が証明されなければやってはならない”のであって、危険が証明されたときには、すでにアウトになっているのである。

政府は、それでも原発の稼働を進めるのであろうか。

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