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2012年6月 5日 (火)

「なし崩し」に壊れていく「国のかたち」/花づな列島復興のためのメモ(77)

「安全第一」という標語がある。

Photo

上図のようなデザインのポスターや看板類を、工場や工事現場でよく見かける。

Wikipediaでは、次のように解説されている。

安全第一 (safety-first)は、アメリカ合衆国で誕生した標語である。
1900年代初頭、アメリカ国内では不景気のあおりを受け、労働者たちは劣悪な環境の中で危険な業務に従事していた。 結果、多くの労働災害に見舞われていた。
当時、世界有数の規模を誇っていた製鉄会社、USスチールの社長であったエルバート・ヘンリー・ゲーリーは労働者たちの苦しむ姿に心を痛めていた。 熱心なキリスト教徒でもあった彼は人道的見地から、当時の「生産第一、品質第二、安全第三」という会社の経営方針を抜本的に変革し、「安全第一、品質第二、生産第三」としたのである。
この方針が実行されると、労働災害はたちまち減少した。 品質・生産も上向いた景気の波に乗り、この安全第一という標語はアメリカ全土に、やがて世界中に広まった。
日本において安全第一の標語は工事現場や工場などで掲示されており、目にすることができる。「安全」と「第一」の間に緑十字が配置されることが多く、旗や垂れ幕のほか、作業員のヘルメットや作業車両などに書かれる。

野田首相は、大飯原発の再稼働を「私の責任で判断する」と言っている。
⇒2012年5月31日 (木):野田首相に理はあるか/花づな列島復興のためのメモ(75)
「私の責任」とはどういうことか?
6月1日付け毎日新聞社説は、『再稼働と原発の安全 「私の責任」という無責任』と題されている。

 東京電力福島第1原発の過酷事故から1年2カ月。これほどの事故を経験しながら、国の原子力政策についても、原発のリスク軽減についても、国民の心に響くメッセージを発していない。にもかかわらず「私の責任で判断する」といった具体性に欠ける言葉で再稼働を推し進めようとしている。
 私たちは原発再稼働のためにはいくつかの条件を満たす必要があると考えている。事故の検証を踏まえ、新しい規制組織が再稼働の判断基準を示すこと。その基準は各原発の弱点を比較できるようなものであること。免震棟のように時間のかかる対策が未整備であることのリスクも評価すること。原発を動かさないリスクが動かすリスクを上回ることをきちんと示す、といったことだ。
 しかし、いずれも納得のいく状況ではない。
 第一に事故の検証は終わっていない。国会事故調査委員会による真相解明は遠く、政府の事故調の最終報告は7月だ。大飯再稼働の根拠とする安全基準は経済産業省の原子力安全・保安院が作成した「ストレステスト」が基になっている。保安院は原発の「安全神話」を醸成してきた組織だ。事故時に危機管理能力がなかったことも明らかになっている。
 4月に新組織に移行する予定だったため、現時点での当事者能力にも疑問がある。保安院が「妥当」としたストレステスト結果を追認した内閣府の原子力安全委員会も同様だ。
 各原発のリスクを横並びで比較していないため大飯原発の相対的なリスクもわからない。このまま大飯原発を再稼働すれば、他の原発もなし崩しに再稼働することになるのではないかとの国民の不信は当然だ。
 国際原子力機関(IAEA)は「5層の防護」として、過酷事故対策や、放射能放出に備えた防災対策までを求めている。大飯原発でこの国際基準がどう満たされているのかもよくわからない。
 結局のところ、「原発を動かさないと電力が足りない」という経済原理や不安解消を優先し再稼働を決めようとしている。原発事故前と根本的に何も変わっていない。

http://mainichi.jp/opinion/news/20120601k0000m070116000c.html

この無責任の図式は、国会事故調における菅前首相の言葉にも表れている。

「国策として続けてきた原発によって引き起こされた。最大の責任は国にある」

菅氏が、上記のように発言するのは、一見謝罪しているように聞こえるが、明らかに自分の責任逃れとしか言いようがない。
確かに、原発は国策として進められてきた。
その大部分は、政権交代前の自民党政権によって。
しかし、菅氏自身が、脱原発を唱える以前は、原発輸出による成長政策路線であったことの反省なしに、「最大の責任は国にある」と言っても空しい。

さらに、昨年6月に菅が首相の座に就くと、“逆コース”をたどり始めた。就任直後に政府の「エネルギー基本計画」を改定し、「2030年までに、少なくとも14基以上の原子力発電所の新増設を行う」と、自民党政権を上回る数値目標を定めたのだ。
菅政権は原発の売り込みにも前のめりとなった。原子炉プラント、その基幹部品だけでなく、メンテナンスまでを含めたインフラ輸出を日本の成長戦略の柱に据え、自民党政権の「原子力安全神話」をドンドン踏襲していったのだ。
「特に熱心だったのが、前原、仙谷両大臣です。東電や原子炉メーカーと一緒にベトナム政府に働きかけ、原発のトップセールスを展開した。昨年10月に事業規模1兆円の原発2期工事の独占契約権を獲得すると、鼻高々で成果をアピールしたのです」(政界関係者)
菅政権が、原発輸出を基軸とした経済成長を夢想している最中に、最悪の事故が起きたのだ。政治評論家の森田実氏は「原発売り込みが、今回の原発災害を拡大させた」とこう続ける。
「菅首相は事故発生直後に福島原発を『廃炉』にする決断を下せず、初期対応が遅れてしまった。廃炉を渋ったのは、日本の成長戦略の柱が失われることを恐れたのではないか。この判断ミスが放射能の漏出につながったのだから、最悪です。国民の生命や財産より、輸出政策を優先するとは、菅政権は自民党以上に犯罪的政権です」
http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-2800.html

何らの自己反省なしに、時流に応じて態度を変える様子は、先頃亡くなった吉本隆明氏の初期の戦争責任論、たとえば『前世代の詩人たち』を思い起こさせるものである。
⇒2012年3月16日 (金):さらば、吉本隆明
私たちの思考様式は、特にサヨクにおいて、半世紀一日の如く変わっていない。

「なし崩しに再稼働」という毎日新聞社説の表現は、原発だけの問題ではない。
消費税の問題も、東電の料金値上げも、「なし崩しに」やってしまおうという魂胆が、露骨に現れている。
「なし崩しに」この国のかたちは壊れていくのであろうか?

 

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コメント

私の責任で判断する・・・私の一存で、ということですか。
正気のことばとは思えません。大勢の国民の命や国土の存命に関わることを、私事にするなんて、出来ることではない筈です。
一人が考えてもどうにもならないことですから、国が考えなければならないことではありますけれど、総理一人の一存にしていいことではありません。
甚だしい勘違いをしていると思います。
フクシマを見て、感じるべき恐怖をどこかにやってしまって、聞こえの良い台詞作りに専念しているような政治は、愚だと思います。

投稿: 五節句 | 2012年6月 8日 (金) 22時45分

五節句様

いまこの国の指導者たるべき人々は、黒川国会事故調委員長が言うように、完全にメルトダウンしていると思います。
もう、見切りをつけた方がいいようですね。

投稿: 夢幻亭 | 2012年6月10日 (日) 15時08分

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