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2012年6月

2012年6月30日 (土)

「日本の春」になるか、官邸への反原発デモ/花づな列島復興のためのメモ(98)

毎週金曜日に行われている首相官邸へのデモが大変なことになってきたらしい。
昨日(6月29日)には、空前の規模になった。
120702
「日刊ゲンダイ120702」号(6月30日発行)

デモ参加者の正確な数字は分からない。
各メディアの報じ方も以下のようにまちまちである。

TBS       20万人
主催者発表  15万人
朝日新聞    15万~18万人
鳥越(報ステ) 4~5万人
産経      2万人弱
NHK      前回を越えた
警視庁発表  約1万7千人
毎日    主催者発表と警視庁発表をそのまま
読売    記事すら見当たらず

http://hibi-zakkan.sblo.jp/article/56780832.html

私が見た記事では主催者は20万人としているようだが、数字の推測は難しいだろう。
ツイッターやフェイスブックでの呼びかけなどで集まった人々は組織動員されたものでなく、個人の意思で参加した人がほとんどだろう。
人が集まり始めたのは午後4時ごろで、午後7時には参加者が歩道からあふれた。
警備側の要請を容れ、8時までの予定だった抗議は7時45分に打ち切られた。
つまり、どの時点で、どこまでを参加者とするかが特定しにくいのである。

このデモは、有志の市民ネットワーク「首都圏反原発連合」が呼びかけて、始まった。
3月の末からほぼ毎週金曜日に行われ、29日は13回目である。
前回の22日の様子は下記参照。
⇒2012年6月26日 (火):消費税増税は衆院で可決された/花づな列島復興のためのメモ(94)
⇒2012年6月28日 (木):戦い(消費増税法案、東電株主総会)済んで、日が暮れて/花づな列島復興のためのメモ(96)

不特定多数の市民が、ツイッターやフェイスブックなどの呼びかけで集まる。
「アラブの春」と同じ構図である。
果たして、「日本の春」と呼ばれるような事態に発展するのであろうか。

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2012年6月29日 (金)

今後予想される未来図/花づな列島復興のためのメモ(97)

小沢民主党代表は、増税反対を主張したが、衆議院で大差で可決したことにより、政策論争に負けた。
それは事実として認めなければならない。
朝日新聞等のメディアは、衆議院での政争を、もっぱら政局として見ていないようであるが、やはり今消費税率を上げるべきかどうかをめぐって争われた政策論争が軸であったと考えるべきであろう。
小沢憎しという眼鏡が、偏った見方をさせているとしか思えない。
そうでなければ、増税に反対票を投じた他の政党(議員および支持者)に対しても失礼であろう。

野田総理が自民党に擦り寄った時点で、大勢は決したのである。
公明党も、乗り遅れまいと相乗りした。
民主党は、「総理が政治生命を賭けるといっているのだから」という不思議な論理で多数が同調した。
3年前の主張を何ら反省することもなく。
吉本隆明氏が『前世代の詩人たち』等で、戦中の言動を何ら反省することなく、抵抗者のような顔で戦後の活動を開始している文学者を断罪したことを思い出す。
⇒2012年3月16日 (金):さらば、吉本隆明
⇒2012年6月 5日 (火):「なし崩し」に壊れていく「国のかたち」/花づな列島復興のためのメモ(77)

日本の政党を検索してみた。
Ws000005

いまさらながら、数多いのに驚く。
残念ながら、少数政党はメディアへの露出も少なく、その主張を聞く会が限られている。
しかし、代表的な(?)少数政党である新党大地・真民主の松木兼公氏が次のように言うのには、肯かざるを得ない。

 新党大地・真民主の松木謙公代表代行は26日の衆院本会議での消費税増税法案の可決について「民主党のかなりの方々が平気なお顔で賛成されたことにかなりショックを受けた。むしろ、民主党議員で賛成できるという感覚のほうがよくわからない」と批判した。
 そのうえで「3年前の前回の衆院選で民主党が増税する政党だと思って投票した人はそういなかったはずだ。3年間で何か増税しなければいけないという大きなことはなかった。あれだけ多くの人が本当は増税だが、選挙のために増税を言わずに戦ったということになる。残念だ」と述べた。国会内で記者団に語った。

http://www.sankeibiz.jp/macro/news/120626/mca1206261934042-n1.htm

本当に、「3年前の前回の衆院選で民主党が増税する政党だと思って投票した人」はどれ位いるのだろうか?
念のため言えば、私は、新党大地・真民主の支持者でもないし、松木兼公氏を好ましいと思って見ていたことはない。
スジ論として、肯くということである。

野田首相が民主党の代議士会で、「年金、子ども関連の法案は修正はあったが、勝ち取ろうとしたことは、しっかり勝ち取った。政権公約で掲げた最低保障年金も後期高齢者医療制度の廃止の旗は降ろしていない」と強弁した。
⇒2012年6月26日 (火):消費税増税は衆院で可決された/花づな列島復興のためのメモ(94)
しかし、楽天証券経済研究所客員研究員の肩書の山崎元氏の見方違う。

一体改革法案は、不十分ながら景気に配慮して実施する条項が付いたり、民主党なりの年金改革案が付いたりするなど、民主党の政策と議論をいくらか反映した形で提出されたが、自民・公明両党と三党で協議するプロセスで、消費税率引き上げを実施するため以外の重要事項は、木っ端微塵に粉砕された。
ダイヤモンド・オンライン誌2012年6月27日号

まったくその通りであろう。
野田総理の言葉には、滑舌はいいが魂が感じられない。
山崎氏は、社会保障を今後検討することになる社会保障制度改革国民会議について、次のように予測する。

 社会保障制度改革国民会議は、通常の審議会がそうであるように、官僚に都合よく利用されるだけの「仕掛け」になるはずだ。長いものに簡単に巻かれる、民主党の「中間派」の腰引け議員さんたちが主導権を取ることなど、夢のまた夢だろう。

なんとも暗澹たる未来図である。
菅前首相以後、わが国財政は、「このままでは、ギリシャになる」というのが、ごく一般的な理解のようである。
街頭インタビュー等でも、「将来世代のためには、増税を受忍しなければ・・・」という声が多いようだ。
しかし、古賀茂明氏は、逆の主張である。

 「ギリシャにならないために増税」「将来の安心のために増税」っていうキャッチフレーズで、何となく国民の皆さんもやっぱり財政が大変だという理解はある程度深まっている。「やっぱり増税、しょうがないな」と思っている方も多いと思うんですね。ですが、私が今日申し上げたいのは、いまのまま増税していけば確実に「ギリシャへの道」だということです。つまり財務省は「ギリシャにならないために増税だ」と言っていますが、私は「いまのまま増税すればギリシャへの道だ」と反対のことを言っています。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/26804

野田総理は、歴史に名を残すことになるかも知れない。
自分の政治生命を、増税と原発に賭けた総理大臣として。

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2012年6月28日 (木)

戦い(消費増税法案、東電株主総会)済んで、日が暮れて/花づな列島復興のためのメモ(96)

最近の朝日新聞には、よく驚かされる。
今朝(6月28日)の社説は、次のように始まる。

マニフェストについて民主党が非難されるべきなのは「約束を果たさなかったから」ではない。「果たせない約束をしたから」である。  
http://www.asahi.com/paper/editorial20120628.html#Edit1

気の利いたレトリックのつもりのようだが、典型的な詭弁である。
よく言われるように、政治が結果責任だとしたら、そしてその通りだと思うから、もちろん「約束を果たさなかったから」という理由で非難されるべきである。
その原因が、「果たせない約束をしたから」であろうと、他の理由であろうと、非難されるべきであることに変わりはない。

朝日社説のいうところでは、マニフェストに増税を書かなかったのは、当時の代表の小沢氏であり、野田総理等は責めを負う筋合いではない、ということのようだ。

 だが、野田首相に「約束を果たせ」と言いつのる小沢氏らは財源の裏付けのない「果たせない約束」をつくった責任をどう考えるのか。
同上

あたかも、野田氏が小沢氏の犠牲者だ、と言っているようである。
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
野田氏が、政権交代選挙で、「(マニフェストに)書いてあることは命懸けて実行する」と演説していた映像は有名である。
http://www.youtube.com/watch?v=y-oG4PEPeGo
寡聞にして、野田総理が、あの演説は間違いでした、と詫びたということは聞かない。
まあ、それくらいの鉄面皮でないと、民主党の中でしたたかに代表の座を得ることはできなかったということだろうが。

企業で考えてみると分かりやすいだろう。
経営計画が達成できなかった場合、その責任は現社長にはなく、計画策定時の社長が負うべきだ、というのが朝日新聞の論理である。
朝日新聞とは対照的に、北海道新聞は次のように書いている。

 3党が一体改革関連法案の修正案を共同提出してから採決まではわずか6日だった。3党を合わせれば過半数は十分確保できるという「数の論理」で少数の意見を切り捨てるような政治は民主的とはいえない。
 首相は国会答弁で3党連合について「選挙があっても、政権交代があっても、国民のために責任ある政党がしっかり合意をしていこうという趣旨だ」と次期衆院選後もこの枠組みを維持する考えを示した。
 次の選挙で有権者がどのような意思表示をするかは分からない。今から選挙後の枠組みについて言及するのは早すぎる。
・・・・・・

 09年衆院選で「マニフェストに書いてあることは命懸けで実行する。書いてないことはやらない」と言ったのは当時民主党幹事長代理の野田氏だ。「一体改革」はその逆だ。
 国会論戦では「いま消費税率を上げなくても国際的信任は失わない」「増税しても税収増にはつながらない」と疑問が提起されていた。
 首相はこれに正面から答えず「先送りしたらこの国は持たない」と強引に押し通した。明確な理由を示さず、国民の不安をあおって法案を通すやり方は納得できない。
 国論を二分するテーマがあれば議論を尽くしてまとめていくのが政治のあるべき姿だ。首相の手法はあまりに一方に肩入れし、もう一方に対する配慮が足りない。首相は謙虚に足元を見つめ直す必要がある。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/383139.html

朝日新聞ともあろうものが、小沢憎しのあまり、冷静さを失っているとしか思えない。
この演説の中で、野田氏は、「消費税1%分は2兆5千億円です。12兆6千億円ということは、消費税5%分ということです。消費税5%分のみなさんの税金に、天下り法人がぶら下がっている」と定量的な数値を挙げて説明している。
朝日新聞は、もう一度上記のYouTubeをしっかり見たらいい。
そして、野田政権が、天下り法人を極限まで減らしたという事実を示すべきだ。
そうでなければ、自民と同じ穴に落ち込んでいる野田政権と変わりがないではないか。

野田総理によって、旗幟を色分けする軸が用意された。
つまり、消費税を今上げるべきか否か、今後原発利用を推進すべきか否か。
この座標軸を用いれば、4つの立ち位置が明確になる。
Photo_5
さしあたって、各政党は自党のポジショニングをしてみたらどうか?
とりあえずはっきりしているのは、日本共産党である。Photo_3

民主党が政権交代時の期待された姿から変質し、交代前の与党と区別が付けがたくなっている以上、なるべく早く総選挙を行うべきだろう。
定数が違憲状態だから、というのは自らの不作為を棚に上げたとしか言いようがない。
次の総選挙の選択肢はどうなるのか?

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2012年6月27日 (水)

「昔陸軍、今〇〇」/花づな列島復興のためのメモ(95)

東電などの電力会社の株主総会が一斉に行われた。
ひと頃に比べると集中度合いは減っているが、電力会社は日程を横並びにした。
集中することにより、1社への注目を分散させることが狙いであろう。
総会では、東京都などの株主提案はすべて否決された。

菅前首相が、国会事故調査委員会の参考人聴取において、「原子力ムラは戦前の軍部と同じ」と語ったことは記憶に新しい。
「軍部と同じ」といえば、自分は免責されると思っているようだ。
菅氏には最高責任者だったという自覚がないらしい。

それはともかく、かつて軍部が「統帥権」を楯に、他からの批判を封殺していたのは歴史的事実である。
統帥権とは、大日本帝国憲法下における軍隊を指揮監督する最高指揮権のことである。
ロンドン海軍軍縮条約に反対した海軍軍令部長加藤寛治大将らは、統帥権を拡大解釈した。
すなわち、兵力量の決定も統帥権に関係するとして、浜口雄幸内閣が海軍軍令部の意に反して軍縮条約を締結したのは、統帥権の独立を犯したものだとして攻撃した。
以後、日本の政党政治は弱体化し、軍部が暴走を始めた。

大日本帝国憲法とは異なり、自衛隊の最高指揮者は総理大臣、すなわち事故当時は菅氏であった。
菅氏にその自覚があったかどうかは別として。

軍部でも、陸軍がより横暴だったというのが通念になっている。
そのため、「昔陸軍、今〇〇」という言い方がされる。
「昔陸軍、今東電」、「昔陸軍、今霞ヶ関」・・・・・・。
労働運動が戦闘力を持っていた頃は、「昔陸軍、今総評」という言葉もあった。
後身の連合は、民主党の支援部隊として、「消費税増税に反対するなら応援しない」などと自ら恫喝する立場にまわっているが。

東電の株主総会を伝えるニュースで感じるのは、確かに「昔陸軍、今東電」である。
株主からの提案に、結局耳を貸すことはなかった。
猪瀬東京都副知事が、「電気料金の根拠を情報開示することを定款に付加せよ」と提案したが、否決された。
また、関電の株主総会で、橋下大阪市長が、「国策として、原発ゼロということになったとき、関電の経営は立ちゆかなくなるのでは・・・・・・」とリスクに関する質問したことには、答がなかった。

同じような光景は、消費税増税をめぐる民主党の決定手続きにおいてもみられた。
議論が終わっていないのに、スケジュールの都合で「打ち切り」を宣した前原政調会長。
偽メール事件の失態を教訓として生かすかと思っていたが、これではなあ、という感じである。
前原氏や岡田氏が中間派に「賛成するように」と電話したことが、反発を増幅したともいわれる。

反骨の外交官こと天木直人氏のブログに以下のようなことがかいてある。

 三党合意の有効期限はいつまでなのか、解散・総選挙後には政界再編が予想され、三党合意をした政党さえ存続しているか不透明な中で、その合意が選挙後も有効であるはずがないと思うが、と阿部知子議員は問い質した。
 それに答えて野田首相は何と言ったか。
 消費税増税は、党の存続を超えた重要な政策であり、解散・総選挙を経てもなお有効だ、と明言したのである。
 もはや戦争でさえも起こしかねないほどの傲岸不遜な答弁を繰り返している野田首相だが、さすがにこの発言にはあきれ果てる。
http://www.amakiblog.com/archives/2012/06/25/#002305

「消費税増税は、党の存続を超えた重要な政策であり、解散・総選挙を経てもなお有効だ」というのは、統帥権を振りかざす軍部を彷彿とさせるものだろう。

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2012年6月26日 (火)

消費税増税は衆院で可決された/花づな列島復興のためのメモ(94)

消費税法案が衆議院を通過した。
民主党内からは、57人が反対票を投じたとみられる。
メディアの報道は、もっぱら「造反者が何人になるか」ということに集中しているようである。
私は、もちろん数も重要であるが、賛否の論理の方が重要であると考えている。

地方都市に住んでいると、どうしてもメディアの情報に頼りがちである。
しかし、起こっている事象の何をどう取り上げるかは、多分に考え方・価値観による。
たとえば、一連のジャイアンツをめぐるスキャンダルについて、読売新聞は見事に渡邊主筆の意向に沿ったモノだった。
皮肉な言い方をすれば、ナベツネ氏の統治力の大きさを示していた。

あるいは、先週の金曜日に首相官邸前で行われた大規模な反原発デモも、メディアではほとんど報じられていないから、余り知られていない。

6月22日、首相官邸前で大飯(おおい)原発再稼働に反対する大規模デモが行なわれた。主催者発表によると約4万5000人、警視庁発表では約1万1000人が参加。約2時間に渡って再稼働反対を訴えた。
http://wpb.shueisha.co.jp/2012/06/26/12229/

だいたい主催者発表と警備側発表の間にあるとみるのが妥当だろうから、少なくみても2万人ほどのデモということになる。
これは特筆すべき規模である。
静かな、しかし大きな変動が起きつつあるのではないか。

読売の今日の社説は、「一体法案採決へ 首相は造反の抑制に全力を」だった。
反対勢力を「造反」と表現していかにも悪い印象を持たせようというのは、朝日も読売も無差別である。
しかし、以下のような見方もあるのだ。
さらば外務省!―私は小泉首相と売国官僚を許さない』講談社(0310)を上梓して外務省を辞めた天木直人氏のブログである。

 メディアは一斉に「造反」と書いて小沢新党を悪者扱いにしている。
 とんでもない偏向報道だ。
 マニフェストを破り、民主党支持者のみならず国民の大半の意思を無視して消費税増税を強行する野田首相こそ裏切りなのだ。
 民主党を名乗る資格はない。
 野田執行部こそ民主党を出て自民党に合流すべきなのだ。

天木氏の言うことも少数意見だろう。
フクシマ以前から反原発活動を行ってきた元駐スイス大使の村田光平氏と同様「反骨の外交官」である。
⇒2012年6月 9日 (土):なぜ事故調報告を待てないのか?/花づな列島復興のためのメモ(81)
外交官というのは、ある程度自立した成熟思考が必要ということだろう。

野田首相は、昨日の民主党代議士会で、「この法案通過に向けてご支援ご賛同をたまわるよう、心から、心から、心から、お願い申し上げます」と訴えた。
「心から、心から、心から」と3回繰り返したところに必至さは窺えるが、逆に「心に響く」フレーズはなかった。
一国のリーダーの演説というよりも、地方議員の選挙演説という感じであった。

民自公の合意の過程を、信濃毎日紙の社説を借りて、振り返ってみよう。

 3党の実務者による修正協議が始まったのは8日である。1週間で合意にこぎつけた背景には、野田首相が会期末までの採決を強調したことが挙げられる。
 政府提出の法案は税制や社会保障分野など7法案に上る。一つ一つが重い課題であり、全体の整合性も検証しなければならない。衆院特別委員会で論議を重ねたとはいえ、短期間に合意できるテーマではないはずだ。
 突貫工事でつくった修正合意は、多くの問題点を残している。
 例えば、最低保障年金制度の創設など民主党の目玉政策が事実上棚上げにされたほかにも、重要な変更がみられることだ。
 政府案が目指した所得税と相続税の引き上げが年末の税制改正論議に先送りされている。パート労働者の厚生年金と健康保険への加入拡大も、対象者が当初案より縮小した。
 幼稚園と保育所の一体化に向けた「総合こども園」創設も断念し、現行の「認定こども園」を拡充するとした。
 民主党にとって修正案は妥協に妥協を重ねた産物であり、当初案との隔たりは大きい。党内から異論が出るのは当然だろう。丁寧に党内合意を図る必要がある。

http://www.shinmai.co.jp/news/20120621/KT120620ETI090006000.html

野田首相が、「年金、子ども関連の法案は修正はあったが、勝ち取ろうとしたことは、しっかり勝ち取った。政権公約で掲げた最低保障年金も後期高齢者医療制度の廃止の旗は降ろしていない」と言っても空しい強がりにしか聞こえない。
結局党内合意が得られずに、自公との合意を優先したのである。

もともと、民主党は政権交代のための寄せ集め集団に過ぎなかったということだ。
⇒2011年1月12日 (水):出口の見えない菅政権と民主党解党という選択肢
⇒2011年8月24日 (水):綱領なくして漂流する民主党の出口戦略を問う
アイデンティティを問うということ自体、無い物ねだりだといえよう。
⇒2012年6月16日 (土):民主党と野田政権のアイデンティティ/花づな列島復興のためのメモ(86)
⇒2012年6月17日 (日):政党のアイデンティティを徴表するもの/花づな列島復興のためのメモ(87)

天木氏のいうように、「野田執行部こそ民主党を出て自民党に合流すべき」が正論かも知れないが、その可能性はゼロであろう。
とすれば、「造反派」が離党する以外にない。

としたら、どういうシナリオが想定されるか?
読売新聞社説に次のようにあった。

 問題は、小沢氏ら離党する衆院議員が42人以上を数える場合だ。民主党から昨年末に集団離党して生まれた新党きづなと組めば、野田内閣に対する不信任決議案の提出が可能になる。
 安倍元首相は、小沢氏が主導して不信任決議案を提出した場合、自民党も賛成を検討すべきだとの考えを示している。
 自民、公明両党は、対応に苦慮することになろう。参院で法案が成立する前に、不信任案が可決されて、衆院解散・総選挙という事態になれば、せっかくの3党合意はご破算になってしまう。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120625-OYT1T01490.htm

渡邊体制の危機意識が奈辺にあるかが露呈しているようである。
なるほどなあ、とだけ言っておこう。

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2012年6月25日 (月)

造反有理?/花づな列島復興のためのメモ(93)

6月23日付の朝日新聞社説を読んで、驚いた。

 民主党の小沢一郎元代表がみずからのグループを率い、来週の消費増税関連法案の衆院採決で反対票を投じる構えだ。
 すでに約50人が離党届に署名し、小沢氏とともに集団離党して新党結成をめざすという。
 それならそれで仕方がない。
 だが、小沢氏が「私どもの大義の旗は国民の生活が第一だ」と、造反を政策論で正当化するのは納得できない。私たちには、今回の行動は「大義なき権力闘争」にしか見えない。
 政権交代した09年総選挙で、民主党が掲げた「国民の生活が第一」の旗印は色あせた。 
・・・・・・
 震災の痛手が生々しい昨年6月、小沢氏は、菅内閣に対する不信任案に一時賛成しようとした。春には、グループの議員たちに野田内閣の政務三役や党役職の辞表を次々と出させた。
 その小沢氏がいま「公約こそ大義」と叫ぶのは、驚きを通り越してこっけいですらある

http://www.asahi.com/paper/editorial20120623.html#Edit1

要するに、小沢氏および彼に同調する者はケシカランということだろう。
論者がそう思うのは勝手だが、それを社説に書くか?
ずいぶんと「上からの目線」である。
いやしくも選挙によって選ばれた人たちである。
有権者(大衆)をバカにした朝日新聞記者(論説委員?)のエリート意識が丸出しである。

論旨も支離滅裂である。
「民主党が掲げた「国民の生活が第一」の旗印は色あせた。」のは事実かも知れない。
消費税増税を自公と談合して推し進め、福島の事故の調査結果も出ていないのに大飯原発再稼動の旗を振る野田総理こそ、「国民の生活が第一」の旗印は色あせさせているのではないか。

「色あせた」としても、「国民の生活が第一」が間違いとは言えまい。
その証拠に、野田総理も「国民の生活を守るため」大飯原発を再起動させるべきと言っている。

菅内閣の不信任案に賛成しようとしたことも、別に非とされることではないだろう。
あの時点で菅氏が退陣すべきだと考えたのは、小沢氏だけではないだろう。
多くの民主党議員がそう考えていたと思われる。
だからこそ、不信任案が可決されそうな雰囲気となって、だからこそ、奇計的な方策で切り抜けなければならない状況に追い詰められたのだ。
⇒2011年6月 2日 (木):哀しき奇兵隊内閣の末路

春の野田内閣の政務三役や党役職の辞表が、小沢氏が「出させた」ものかどうかは分からない。
これも、上記のように、辞表を出した人に失礼な言い方だとは思うが。

「「公約こそ大義」と叫ぶのは、驚きを通り越してこっけいですらある。」には、それこそ「驚きを通り越してこっけいですらある」。
野田政権が、公約から大きく後退しているのは事実である。
「公約こそ大義」ではないのか?
朝日は、何を大義だと考えているのだろう。
総理が政治生命を賭けると言っているのだから、それに盲目的に従うのが大義か?

以下は、あるクリスチャンのブログである。

 民主党は先の選挙で、<減税・政治改革天下り禁止・高速道路無料化>をマニフェストに掲げて政権を取りました。野田さんは、有名な街頭演説で「政治家国民との約束を守らなければいけない」「書いてあることは命懸けて実行する」「まして文字に書いて国民約束したことは、命をかける・・・つまり、もしやらなければ自分の命を差し出す・・・政治家を辞める」とまで明言していました。
・・・・・・
☆かの有名な「
マニフェストに命をかける」野田さんの街頭演説
http://www.youtube.com/watch?v=y-oG4PEPeGo
http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/touch/20120623/p3 

学生時代、中国の文化大革命の時期に、「造反有理」というスローガンが紅衛兵によって掲げられた。
それを真似て全共闘運動などでも、よく大書されていた。
今昔の感であるが、しばしば「造反には理がある」だろう。

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2012年6月24日 (日)

消費税増税に義と理はあるか?/花づな列島復興のためのメモ(92)

義理という言葉がある。
バレンタインデーに貰うチョコレートを義理チョコなどというような使い方が典型だろうか。
辞書を引くと、以下のような説明がある。

物事の正しい筋道。また、人として守るべき正しい道。道理。すじ。「―を通す」「―にはずれた行為」
社会生活を営む上で、立場上、また道義として、他人に対して務めたり報いたりしなければならないこと。道義。「―が悪い」「君に礼を言われる―はない」「―をわきまえる」
つきあい上しかたなしにする行為。「―で参加する」
血族でない者が結ぶ血族と同じ関係。血のつながらない親族関係。「―の母」
わけ。意味。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/04748400/

義理チョコは、上記の「」である。
」や「」の意味でもよく使われると思うが、「」や「」のような使い方は、余り見聞しないように思う。
私が浅学だからであろうか。

Wikipedia では以下のような説明がある。

義理(ぎり)とは、本義は物事の正しい道筋。対人関係や社会関係において、守るべき道理。
一般には日本の社会において、
社交上、礼儀を以て旨とする行動規範を指す。冠婚葬祭などの場に於いては義理を欠く事の無い様、各地域に合わせた礼節に基づく義理の行為が執り行われる事が多い。これは無用なトラブルを極力避ける手法でもあり、義理をスキルとして昇華する意味を持つ。
一方、本心はやりたくないけれども、仕方なく行わざるを得ない事柄を意味する言葉でもある。 義理チョコなどの語は、こうしたニュアンスが強い。
また、
血縁以外の者が、婚姻(縁組)などの儀式を経て、血縁と同等の関係を結ぶこと。配偶者の父母を義父母(義理の父母)と呼ぶなどの用例が、これに当たる。 ここから転じて、ヤクザ社会における義兄弟のような用例もある。

つまり、「」が本義で、、「」や「」などは派生的な意味だということである。
義理を「義*理(*は、たとえば和とか積である)」と考えると、「」が本義であるということも理解できる。
義は以下のようである。

儒教におけるは、儒教の主要な思想であり、五常(仁・義・礼・智・信)のひとつである。正しい行いを守ることであり、人間の欲望を追求する「利」と対立する概念として考えられた(義利の辨)。孟子は羞悪の心が義の端であると説いた。羞悪の心とは、悪を羞じる心のことである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9

理については以下のようである。

(り、Lĭ)とは、中国哲学の概念。本来、理は文字自身から、璞(あらたま)を磨いて美しい模様を出すことを意味する。そこから「ととのえる」「おさめる」、あるいは「分ける」「すじ目をつける」といった意味が派生する。もと動詞として使われたが、次に「地理」「肌理(きり)」(はだのきめ)などのように、ひろく事物のすじ目も意味するようになる。それが抽象化され、秩序、理法、道理などの意に使われるようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%86

上記からすると、「義*理」で、モノゴトのスジが通った人間としての行い、というようなことになる。
つまり、「」である。

増税に政治生命を賭けるという総理・党首と、いま増税することには絶対反対であり、場合によっては党から出るという人たちがせめぎ合っている。
どちらに、義や理があるだろうか?

総理は、危機的状況にある財政のためには、増税が不可欠であるという。
しかし、長い不況が続いており、増税は、不況(デフレ)を加速することになると思われる。

政権交代時のマニフェストに書いてあることは、ほとんど実行されていない。
そういう中で、書いていないことに政治生命を賭けるという。
どう考えても説明不足は否めない。

しかし、党を割っても増税に反対票を投ずるを言っているメンバーの人相をみると、何だかなあ、という気持ちを抑えきれない。
まあ、ベストがなければベターを選ぶしかないのだけれど・・・。

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2012年6月23日 (土)

消費税増税で税収は増えるのか?/花づな列島復興のためのメモ(91)

「社会保障と税の一体改革」をめぐって、政権与党が分裂しようとしている。
野田総理が、政権交代前の街頭演説で、「マニフェストに、書いてあることは命懸けで実行する。書いてないことはやらないんです」といっているYouTubeが評判のようであるが、実際は、書いていない消費税の方はしっかり決め、マニフェストに書いてある年金改革は先送りである。
財政再建が喫緊の課題といっても、スジが通らない。

大メディアは、増税反対を唱える小沢氏グループに非があるような論調が多いが、それでいいのだろうか。
地方紙に増税反対論が少なからずあるのと対照的である。
⇒2012年6月18日 (月):消費税と政界再編成/花づな列島復興のためのメモ(88)

素朴な疑問が、消費税率を上げれば、本当に税収が上がるのだろうか、という点である。
GDPの分配は、下図に示されるとおりである。
Photo
http://www.gci-klug.jp/mitsuhashi/2011/10/11/013969.php

つまり、GDPは税と国民の可処分所得の合計である。
当然、税収とGDPの間には強い相関がある。
Photo_2
http://diamond.jp/articles/print/15804

したがって、GDPが同じならば、税率を上げれば税収は上がる。
政府は、消費税を5%上げることにより約13兆円の税収増になるとしているが、増税にはGDPにとってはマイナスの効果を持つと考えられるから、それを考慮に入れないというのは不思議である。
もし、意識的に除外しているとすれば、詐欺に近い。
あるいは、福島第一原発事故を、「収束した」というようなものであろう。

シンプルに考えれば、税率が上がれば可処分所得が減る。
一般の国民は、可処分所得が減った分、投資的な支出は当然、消費も減らすことで凌ごうとするだろう。
なおかつ「社会保障と税の一体改革」というものの、社会保障の内容が不確定であれば、先ずはできるだけ生活を切り詰めて、貯蓄ということになるのが自然である。
つまり、それだけモノやサービスが売れなくなる。

ということは、結局GDPは縮小するのではないか。
経団連などが、GDP縮小の旗振りに賛成だというのが解せない。
そして、GDPが縮小すれば、上図にみるように、基礎的財政収支も低下し、財政再建どころか財政はますます悪化するのではないか。

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2012年6月22日 (金)

原子炉の内部の状態/原発事故の真相(38)

東京電力が事故調査最終報告書を公表した。

東京電力は、みずから行っていた福島第一原子力発電所の事故調査の最終報告を公表し、「原子力災害への備えが甘く実践的な考えが十分でなかった」と総括しました。しかし、放射性物質の大量放出の原因や地震の影響など未解明の問題も多く、事故から1年以上たっても疑問が多く残されたままです。
・・・・・・
しかし、多くの住民を避難に追い込んだ大量の放射性物質がどこからどのように放出されたのか、いまだ明らかになっていないほか、本当に地震の影響はなかったのか、確定させる調査もできておらず、事故から1年以上がたっても疑問が多く残されたままです。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120620/k10015982111000.html

民間事故調は、すでに最終報告書を開示している。
⇒2012年2月29日 (水):民間事故調報告書/原発事故の真相(18)
政府事故調、国会事故調はこれからであるが、現場の放射能濃度などから、現地・現場での調査は東電の社内調査に任さざるを得ないとされる。

その結果が上記のようである。
要するに、放射性物質がどのように放出されたのか分からず、地震の影響と津波の影響の区分けも明確ではないのだ。
このような状態で、安全基準を決めたという関係閣僚とやらの神経を疑う。
特に、細野環境相と枝野経産相は、紛れもない事故当事者である。

福島第一原発事故に関しては、昨年の12月16日に「収束」が、野田首相によって宣言された。
その欺瞞性については、上記事情だけからしても明らかであろう。

原子炉の内部は、どうなっているか?
事故の起きたものと同型の原子炉は次図のような構造をしている。
Photo_2
http://cari.seesaa.net/article/190742069.html

この格納容器の底部に溶融燃料がたまっていると考えられている。
その状態は未確認であるが、スリーマイル島の事故で取り出されたものから、以下のような状態であろうと推測されている。
Ws000001
水野倫之『原子炉内部はどうなっているのか』文藝春秋2012年4月号

まだ燃料棒取り出しの具体的方策も検討段階なのである。
この燃料棒は、ずっと冷やし続けなければならない。
完全な閉鎖系でない限り、冷却水は環境汚染水でもあることを忘れてはならない。

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2012年6月21日 (木)

福島原発事故「収束」宣言と消費税/花づな列島復興のためのメモ(90)

野田首相が出席したG20首脳会議で、行動計画に日本の消費税増税が明記されたという。

 環境保護と経済成長の両立や、雇用の創出、食料安全保障などについて協議する。会議は同日午後(同20日朝)、首脳宣言を採択して閉幕する。
 首脳宣言に併せて採択されるロスカボス行動計画には、昨年の仏カンヌ・サミットに続き、日本の財政再建の取り組みが盛り込まれる。2015年10月までに消費税率を10%に引き上げる方針を明記する。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120620-00000008-yom-bus_all

どこかで見聞したような構図だ。
そう、昨年12月の福島原発事故「収束」宣言である。
私は、この「宣言」は、国内外の世論をミスリードするものであると思った。
⇒2011年12月17日 (土):フクシマは「収束」したのか?/原発事故の真相(14)

なぜ、この時点で「収束」を、「冷温停止」ではなくて、冷温停止「状態」などという言い方までして、宣言したか?
その後、この時点でならなければならなかったことの理由が、就任早々の国連演説のせいであったことが分かった。
⇒2012年3月28日 (水):冷温停止の大本営発表/原発事故の真相(22)

今西憲之+週刊朝日取材班『福島原発の真実 最高幹部の独白』朝日新聞出版(1203)などを読めば、福島原発事故がとても「収束」などといえる状態ではないことが理解できる。

 実際、現場に突きつけられた危機的状況は、何も変わっていなかった。この宣言後も、フクイチでは、汚染水の浄化システムの配管で水漏れが相次ぐなど不安定な状態が続いた。・・・・・・

消費税増税も、国際公約だから、という理由でこのまま強行するのであろうか?
民主党も手続き的に、党内了承を取り付けたということになったらしい。
⇒2012年6月20日 (水):民主主義を葬った民主党/花づな列島復興のためのメモ(89)

琉球新報社説(120618)が次のように書いている。

何のための政権交代だったのか。それを思えば嘆息が漏れる。社会保障と税の一体改革関連法案の修正協議で民主、自民、公明3党が合意した。内容をみると、民主党の政権公約の理念・哲学に関する部分は後退一色だ。
 単なる増税案との印象が強い。はっきり決めたのは消費増税の方策だけで、社会保障についてはあいまい、後退、棚上げの連続だ。これで「一体改革」とは、詐称ではないか。
・・・・・・
 税収増を図るにしても、格差社会が進む中、なぜ逆進性の強い消費税を引き上げるのか。なぜ高額所得者への所得税や資産課税の強化ではないのか。こうした疑問を払拭(ふっしょく)しないまま、3党は法案を採決してはならない。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-192697-storytopic-11.html

まったく、「何のための政権交代だったのか」である。
解散して民意を問うべきだと考えるが、選挙制度が違憲状態のままでは解散できないという意見がある。

 民主党の藤井裕久税制調査会長は18日、都内で開かれたシンポジウムに出席し、衆院解散・総選挙について「今は違憲状態だ。解散を決めるのは野田佳彦首相だが、『違憲状態の選挙はありえない』と野田さんに言っている」と述べ、最高裁が違憲状態と判断した現行制度の「一票の格差」を是正しない限りは行えないとの考えを改めて指摘した。
http://sankei.jp.msn.com/smp/politics/news/120618/stt12061820000005-s.htm

違憲状態を放置しておくのはまさに「不作為」そのものであろう。
直近の国政選挙である2010年の参院選で、民主党は惨敗しているのである。
⇒2010年7月12日 (月):日本の政治はどうなるのだろうか?

違憲との判断があったならば、何を置いてもその解消に努めるべきだろう。
その後、東日本大震災という国難的事態が発生したことを理由にして、意見解消のための手立ては行っていない。
一方では、とりあえず消費税率は上げ、原発は再稼動させるという。
国難への対応が第一優先であるが、火事場泥棒のように、重要政策を決定していいはずがない。

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2012年6月20日 (水)

民主主義を葬った民主党/花づな列島復興のためのメモ(89)

消費税増税をめぐって民主党は大荒れ模様である。
昨日の段階では議論百出の状態であったが、前原政調会長が強引に、「今日決めさせていただくことを約束している。異論が出ている以上、私、政調会長にご一任いただきたい」と宣言して閉会した。
「異論があるから、一任せよ」というのは不可解な言い方である。

これではもちろん反対派が納得するはずもない。
引き続き、今日(20日)午後5時から両院議員懇談会で討議が続けられていたが、結局、野田首相と輿石幹事長への一任という形で閉会したらしい。
いつまで議論しても尽きることはないのであろうが、それでもスケジュールありきで議論を打ち切ったのは事実である。
もう民主党という政党には未練はないが、皮肉なことに、民主党という名前の政党によって現代日本の民主主義は葬り去られたのだ、ということを忘れないようにしよう。

前原政調会長は、もともと「社会保障・税一体改革関連法案の修正協議に関する党内手続きについて、両院議員総会や両院懇談会は政策決定を行う場ではない」という意見であった。
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPTK082843020120614 
とすれば、昨日と今日の会合は何のために行われたのか?
単なるガス抜きということか?

民主党が民主的手続きを放棄した行く末に何があるか?
消費税も、原発再稼働も、結局問答無用である。
問答無用の風潮が勢いづくことを危惧する。 

野田首相が、「私が責任をとる」と言ってみても、どうにもならない。
現に、福島第一原発事故について誰が責任をとったのか?
被害を受けるのは、声なき大衆(サイレント・ピープル)である。

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2012年6月19日 (火)

フクシマ原発訴訟が問う「無責任の体系」/原発事故の真相(37)

黒木亮氏の進行中の新聞小説『法服の帝国』は、原発訴訟の理屈にならないような法理を描いていて、興味深い。
原発訴訟をWikipediaでみると、書きかけ項目ではあるが以下のような説明がある。

原発訴訟(げんぱつそしょう)とは、原子力発電所の安全性や人体・環境への影響をめぐって争われる訴訟の総称、一般呼称。原子炉の設置許可取り消し、建設差し止め、運転差し止め、あるいは、作業員・住民の健康被害の賠償が請求の原因とされる場合が多い。

個別のケースをピックアップしてみると以下の通りである。
●伊方原発訴訟 1973年1号機設置許可取り消し請求。1978年松山地方裁判所請求棄却。1992年最高裁判所原告敗訴確定。
●東海第二原発訴訟 1973年設置許可処分取消請求。1985年水戸地方裁判所判決。2001年控訴審判決。2004年最高裁決定。
●柏崎刈羽原発1号機の設置許可処分取り消し訴訟 1979年請求。1994年新潟地方裁判所請求棄却。2005年東京高裁控訴棄却。
●福島第2原発1号機の設置許可処分取り消し訴訟 1992年最高裁原告敗訴確定。
●もんじゅ訴訟 1985年原子炉設置許可処分の無効確認、建設・運転の差止め請求。2005年最高裁で請求棄却が確定。 
●志賀原発訴訟 1988年1号機建設差し止め請求。1994年金沢地方裁判所請求棄却。1999年名古屋高等裁判所控訴棄却。2000年最高裁で確定。

上記のように、最高裁で判決が確定したものはすべて、住民側敗訴という結果である。
原発の安全性が、今まで恣意的に、あるいは地質学的な知見が不十分なままに、審査されてきたことがようやく明らかになりつつある。
⇒2012年4月28日 (土):活断層の上の原発/花づな列島復興のためのメモ(57)

現実に、福島第一原発で重大な事故が起きた。
これによって、原発訴訟の法理はどう影響を受けるのか?

有名な「ハインリッヒの法則」によれば、重大な事故が発生するに至った背景には、次のような構造がある。

Photo
軽災害をなくせば、重大災害もなくなります。ヒヤリ・ハットをなくせば、軽災害もなくなります。不安全状態、行動をなくせば、ヒヤリ・ハットもなくなります。300件のヒヤリ・ハットを分析、原因を探り対策をとること、つまりその背景にある、「不安全行動」や「不安全状態」を取り除くことが、1件の重大災害、29件の軽災害を未然に防ぐことに繋がるのです。
http://www.imimed.co.jp/magazine/safety/vol_006-1.html

「ハインリッヒの法則」は、労働災害のみならず、医療事故等にも該当するとされている。
原発事故についても、上記のような構造が想定されるとしたら、「不安全行動」や「不安全状態」が何であるのか、それを取り除くにはどうしたらいいのか、を調べることが必要である。
それぞれの事故調(政府、国会、民間、東電)の責務の1つに、「不安全行動」や「不安全状態」の調査があるのではなかろうか。
政府事故調も国会事故調も最終報告が出ていない時点で、原発の安全性を「政治的に決定する」というのは、原発事故については、「ハインリッヒの法則」が適合しないと考えているということであろう。

福島第一原発事故についても、裁判が始まろうとしている。

 福島第1原発事故で、かけがえのない日常を壊された県民1324人が立ち上がった。11日午後に行われた「福島原発告訴団」による福島地検への告訴・告発状提出。原発事故を招き被ばくを拡大させたとして、業務上過失致死傷などの容疑で、東京電力や国の幹部ら個人の責任を問う。この日、県内外から約200人が集まり、福島市内で記者会見や報告集会を開催。「個人の責任を問わずして福島の復興はありえない」「事故で分断されたつながりを取り戻す出発点に」などと訴えた。
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20120612ddlk07040058000c.html

告訴がどうなるか予断は許されないが、もはや過去の原発訴訟の一部にあったような、「原告に適格性がない」なという理屈は通用しない。
国政調査権を持っている国会事故調においても、事故の構造を明確化することには限界があった。
⇒2012年5月29日 (火):依然として不明朗な「藪の中」/原発事故の真相(32)

あれだけの重大事故が起きたにもかかわらず、関係者が責任をとったという話は伝わってこない。
丸山眞男のいう、この国における「無責任の体系」は、戦後66年を生き延びているのだ!
司法がどこまで事故の真実に迫れるか、新たな原発訴訟が「無責任の体系」を突き崩すことに期待しよう。

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2012年6月18日 (月)

消費税と政界再編成/花づな列島復興のためのメモ(88)

社会保障と税の一体改革をめぐる修正協議で民主・自民・公明の3党が合意に達した。
しかし、肝心の社会保障制度改革は先送りされ「社会保障と税の一体改革」には程遠い決着とである。
6月16日付の中央紙の論調は、おおむね3党合意に好意的である。

朝日新聞:修正協議で3党合意―政治を進める転機に
毎日新聞:民自公修正合意 「決める政治」を評価する
読売新聞:一体改革合意 首相は民主党内説得に全力を

しかし、本当に3党合意は良い結果なのであろうか?
地方紙はかなり異なる意見のようだ。

海道新聞:崩れた一体改革 禍根残す社会保障棚上げ
東京新聞:「一体」改革 消費増税も棚上げせよ
信濃毎日新聞:3党協議決着 「一体改革」の名が泣く

この違いは何だろうか?
朝・毎・読が、合意にこぎつけたことを評価しているのに対し、北・東・信は、合意の内容が問題であるとしていることである。
どちらを支持すべきか?
私は、当然合意が評価し得るか否かは、その中身次第だと考える。
そして、「社会保障と税の一体改革」とする以上、あくまで一体であるべきで、税だけ先行しようというのは納得しがたい。
以下の東京新聞社説が真っ当な考え方ではないか。

 ところが年金の最低保障機能や高齢者医療制度の見直しなど、消費税増税と一体であるはずの社会保障の抜本改革は棚上げされ、有識者らによる「国民会議」で一年以内に結論を出すことになった。
 与野党が協力して社会保障改革に取り組むのは是とするが、それならば改革案がまとまって必要な財源額が確定するまで、増税決定も見送るのが筋ではないか。
 社会保障の全体像が見えないまま消費税増税に踏み切るのなら、最初から増税だけが狙いだったと批判されても仕方があるまい。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012061602000108.html

消費税増税については賛否両論あるが、社会保障政策の中身もさることながら、政治・行政の「身を削る」改革も具体化されないまま、消費税のみ先行して決定されようとしていることに違和感を持つ。
問題は、消費税負担が増大する時期に、家計の負担が増大するようなことが同時に起きることが予定されていることだろう。

Photo_2 東日本大震災の復興費用をまかなうための増税は所得税分が来年一月から、住民税分は一四年六月から始まる。所得税分は二十五年間続く実質的な恒久増税だ。
 子育て世帯は、さらに厳しい。民主党政権で導入された子ども手当(現・児童手当)は、昨年から減額。十六歳未満の子どもがいる世帯に適用される年少扶養控除は六月に完全廃止となった。控除の廃止は子ども手当を導入する代わりに決まったが、控除が廃止される前に手当は減額されてしまった。
 厚生年金の保険料も上がり続けている。
 一九八九年に導入された消費税は九七年に5%に引き上げられた。導入時、増税時は、所得税などの減税がセットで行われたが今回は減税措置はない。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012061502000114.html

上記以外にも、東電は電気料金のアップを計画している。
波及して、多くの消費関連物価も上昇するであろう。
消費増税は、税収の増加という面でも、本当に効果があるのか?

わが家では、消費税が増額される分、全体の消費を切り詰める予定である。
家計の「入り」が確定しているとすれば、かなり多くの家で同じような行動をとるであろうから、税収が計画通り増えるか疑問である。
というよりも、消費抑制の結果、景気はいっこうに改善されず、下手をすれば全体の税収は減少するのではないか。

ダカーポ特別編集の『消費税増税はなぜダメなのか』マガジンハウス(1205)というムックがある。
消費税増税をめぐっては、識者も政治家も、意見、立ち位置が複雑に入り乱れているが、修正協議が成立しても、法案の可決までにはまだまだ波乱がありそうである。
2
消費税に対する態度は政党を区分けするにはなっていない。
これに原発に対する考え方を組み合わせれば、現在よりすっきりした選択肢になるのではなかろうか。

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2012年6月17日 (日)

政党のアイデンティティを徴表するもの/花づな列島復興のためのメモ(87)

今日放映された『たかじんのそこまで言って委員会』は、時宜を得た企画であった。
ゲストに、上祐史浩・ひかりの輪代表と、映画監督の若松孝二氏を迎え、オウム真理教と三島由紀夫の自衛隊事件を取り上げ、その意味を、現在(特に大震災後)の時点でどう考えるかを問うた。
http://www.ytv.co.jp/takajin/

テロやクーデターなどの暴力的手段によらないで、社会変革は可能なのか?
今の日本の政治は、政党を基本としている。
国政選挙は政党間の争いとして行われ、多数の国民の支持を得た政党が内閣を組織する。

であるからには、有権者である国民の意識が一番重要になる。
しかし、一般の国民には、政党間の差違が分かりにくくなっている。
折しも、社会保障と税の一体改革に関する民自公の修正協議が合意したところである。

合意したにしても、別の政党である。
それぞれの政党の本質がどこにあり、どう違うか?
修正協議の過程で、民主党は揺れ続け、なお党分裂の可能性を秘めているといわれている。
民主党という政党のアイデンティティはどう考えたらいいのだろうか?

また、政権交代によって、何が変わったのかということも改めて問われる事態となってもいる。
政党でなければ、比例区へ立候補できないし、政党交付金もないなど、政治活動は大きな制約を受ける。
そもそも、政党であるための要件は何か?

政治資金規正法上の政党要件は以下の通りである。

1.国会議員が5人以上所属する
2.直近の衆院選または参院選で、選挙区か比例代表の選挙で有効投票総数の2%以上の得票がある―のいずれかを満たす

公職選挙法にも同様の規定がある。
政党と認められると、企業・団体献金を受け取ることができる。党公認候補が小選挙区選挙に出た場合、はがきやビラの枚数で優遇されるほか、政見放送を利用できる。

http://note.masm.jp/%C0%AF%C5%DE%CD%D7%B7%EF/

政党のアイデンティティは、一般に綱領として取り纏められている。
綱領とは以下のようなものである。

一般に政治組織・党派の目的とそれに至る筋道を定めた文書をいう。政治組織はみずからの存在理由と趣旨とを簡潔に表現した文章をもつことが多い。歴史的には体制変革をめざす政党,とりわけ科学的社会主義をかかげる政党が緻密な党綱領を作成し,これによって党建設を行ってきた。これに対し保守主義政党や非宗教的中間政党のように特定の世界観を基礎としていない場合には,一般的かつ抽象的な綱領をもつにとどまることが多い。国際的には,マルクスの《共産党宣言》(1848)が共産主義者同盟の綱領草案として有名であるが,ドイツ労働運動ではゴータ綱領(1875)やエルフルト綱領(1891)といった文書が採択された。・・・
http://kotobank.jp/word/%E7%B6%B1%E9%A0%98

たとえば、自民党は平成22年に新綱領を定めているが、その中に以下のような文言がある。

 綱領はいわば政党の憲法です。憲法があるから、具体的な法律や予算ができあがり、行政が執行され、日常生活が動きます。それと同じように、新綱領の精神を基本に執行部が適格な党運営をし、党員がその基本的考えを共有して選挙で国民の信を問うことが大切です。綱領なき政党は、政党として不完全と言わざるを得ません。
http://www.jimin.jp/activity/colum/112332.html

それでは、民主党の綱領はどうなっているか?

 民主党は22日の常任幹事会で、策定を進めている党綱領について、平成10年の結党時に「民主中道」の政治路線を掲げて定めた「基本理念」を部分改定し、綱領に充てることを決めた。党内では外交や経済政策で意見対立が大きいため、ゼロから綱領を練り上げることは断念した。
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=80299508&blog_id=405618

つまり正式に綱領と銘打った文書はない。
自民党の上記表現は、綱領なき民主党へのアテツケとも言える。
⇒2011年8月24日 (水):綱領なくして漂流する民主党の出口戦略を問う
綱領が定められていない理由は、「外交や経済政策で意見対立が大きい」からであるとされる。
経済政策については、消費税増税への姿勢等にも表れているが、これで果たして政党と言えるのであろうか?

政治評論家の森田実氏は次のように言う。

 民主党には「綱領」がない。綱領は政党の「本」である。民主主義国において綱領ももたない政党が政権をとるというのはきわめてめずらしいことである。
 政党とは、共通の政治理念をもつ政治家の同志的集団であり、政治権力をめざし、政治権力を通じて自らの政党の政治理念を国民社会の上に実現することを目的とする集団である。したがって、政党には、政治理念を実現すべき政治目標を示す「綱領」と組織の規律を定めた規約がある。この二つの基本文書があって初めて政党らしい政党になるのである。

http://www.asyura2.com/10/senkyo88/msg/541.html

「綱領ももたない政党が政権をとるというのはきわめてめずらしいことである」ということであるが、それだけ人心は自民党政治に倦んでいたということである。
民主党に愛想を尽かしても、支持は自民党に戻っていないことは、両党の支持率の低迷が裏書きしている。
綱領はないにしても、マニフェストは掲げられた。
Wikipediaでは、マニフェストを、「個人または団体が方針や意図を多数者に向かって知らせるための演説や文書」としているので、綱領類似あるいは綱領代替文書と考えられる。

同時多発テロ時に、米国のアーミテージ国務副長官が柳井駐米大使(当時)に「ショー・ザ・フラッグ」と発言した。
つまり、旗幟鮮明にしろ、ということであろう。
綱領もマニフェストも、この旗幟ということであろう。
修正協議の過程で、民主党の長妻氏らが、「マニフェストの旗は降ろしませんから」と粘ったのは、そういうことではないのか?

しかし、今や民主党は綱領も定めず(定められず)、マニフェストも放棄した。
何をもって、どうアイデンティティを示そうというのだろうか?
そして、にもかかわらず政党の受ける特典だけは享受しようというのだろうか?

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2012年6月16日 (土)

民主党と野田政権のアイデンティティ/花づな列島復興のためのメモ(86)

最近はアイデンティティという哲学的用語も一般的になってきた。
インターネットを使って何かをしようと思えば、必ずIDとPWを訊かれる。
このIDがアイデンティティすなわちその人の識別をするための記号であり、PW(パスワード)は本人であることを確認するための記号である。
PWは本人しか知らないことが前提であるから、容易に推測できるようなものは不適とされる。

私がこの言葉を意識するようになったのは、湯川秀樹博士の「同定理論」に触れて以来である。
⇒2011年1月30日 (日):馴質異化と異質馴化/「同じ」と「違う」(27)
その後、CIすなわちコーポレート・アイデンティティ(Corporate Identity )などとして広く使われるようになり、企業人には常識の用語となった。
しかし、アイデンティティの本質は依然として難解ではなかろうか。

オウム真理教の地下鉄サリン事件の関係者として特別手配されていた高橋克也容疑者が逮捕された。
高橋容疑者の監視カメラの映像だとか筆跡などがTVで広く繰り返し露出していたので、国内に潜行するのは所詮ムリであったであろう。
しかし、高橋容疑者は、監視カメラの死角を選んで逃亡し、メガネを買い換えて容貌の印象を変えようとし、偽名を使って漫画喫茶や個室ビデオ店を利用していたという。
彼なりにアイデンティティを偽装しようと努力していたということだろう。

民自公の消費税増税法案の修正協議の様子は次のように伝えられている。

 14日夕から15日未明にかけて行われた協議では「マニフェストの旗は降ろしませんから」とかたくなに言い張る長妻氏に自民党は手をこまねいた。マニフェストは断固撤回しない-。党内の反発を懸念した前原氏の指令だった。
 14日夜の自民党幹部会合では不満が噴出した。
 「民主党はなんでグズグズ言っているんだ!」
 それでも自民党が民主党と折り合ったのは、関連法案成立と引き換えの「話し合い解散」を引き出すためだった。民主党関係者は「14日の電話会談で首相から谷垣氏に解散の時期に関する何らかのメッセージがあったはずだ」と語る。

http://sankei.jp.msn.com/smp/politics/news/120616/plc12061601310001-s.htm

ロシア文学の優れた翻訳家だった米原万里さんに『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)』(9712)という絶妙なタイトルのエッセイ集がある。
一見セクハラまがいのタイトルであるが、翻訳の難しさを示している。
不実か貞淑か、すなわち原文忠実性と、美女か醜女か、すなわち文章として自立した美しさを確保することが、翻訳という作業では、二者択一にならざるを得ないそうだ。

あるいは「忠ならんと欲すれば孝ならず孝ならんと欲すれば忠ならず」などという言葉もある。
主君に忠誠を尽くそうとすれば親の意に逆らって不孝となり、親の意に従おうとすれば主君に背いて不忠となるというわけである。
世の中には、どちらかを選ばずにはならない選択というものが往々にしてある。

マニフェストの旗を降ろすか、自公との合意を選ぶか。
これはタテマエに拘るか、実質をとるかの選択と言えなくもない。
しかし、政治家をstatesmanと言うように、statementは命のはずである。
もっとも、statesmanには、「(公正でりっぱな)政治家」と説明されている。
マニフェストに拘らない政治家は、(公正でりっぱな)とは言えないということであろう。

「マニフェストで勝ったわけではない!」と岡田副総理のように開き直るのは論外としても、せめて形だけでもマニフェストを守りたい(つまり旗だけは降ろしたくない)と思っている民主党議員は少なくないようである。
まったく反古にしてしまうと、自分に投票した有権者に説明し難いのだろう。
自民党はそこを突いていたわけだが、妥協したのは、自民党にも余り追い詰めない方が得策という思惑があったと推測される。
言ってみれば、談合そのものである。

かくして、民主党のアイデンティティは揺れる。
もっとも野田総理自身は、自民党と識別し得ないアイデンティティでも一向に構わないと考えているようであるが。
⇒2012年6月 4日 (月):乾坤一擲の覚悟で自民党に擦り寄る野田首相を嗤う/花づな列島復興のためのメモ(76)
⇒2012年6月10日 (日):政権は自民党野田派か?/花づな列島復興のためのメモ(82)

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2012年6月15日 (金)

原子力ムラの中の民主党/原発事故の真相(36)

野田総理は、自分をドジョウにたとえて総理デビューをした。
誠実さをアピールしたかったようであるが、いまや川底に本性を隠しているわけにも行かないようだ。
何に使うのかはともかくとして、とりあえず消費税を上げさせて欲しい?
暫定的な安全だけど、原発は再稼働すべきだ、という表現にそっくりである。
⇒2012年6月 5日 (火):「なし崩し」に壊れていく「国のかたち」/花づな列島復興のためのメモ(77)

今朝の黒木亮『法服の帝国(321)』は、伊方原発訴訟二審の判決シーンである。

 スリーマイル島事故については、福島第二原発一審判決同様、「事故は主として運転操作の誤りに起因するもので、本件安全審査の合理性に影響を及ぼすものとはいえない」とした。同事故の原因となった二次冷却水系の給水停止は「まず考えられない」と一審どおりの認定をし、ECCS(緊急炉心冷却装置)の有効性についても、「必要な耐震設計、多重防護が施されている」として、スリーマイル島事故によって無効が実証されたとする住民側の主張を退けた。

判決文は歴史の検証に耐え得なかった。
奇しくも産経新聞「正論」欄に、『原発「不信と否定の空気」変えよ』という京都大学原子炉実験所教授・山名元氏の文章が掲載されている。
山名氏といえば、原子力ムラの代表的な住人である。
1206152
「週刊朝日120615」号

山名氏は、次のように文章を始めて、野田総理の「英断」を賞賛している。

翌日に行われた産経新聞社とFNNによる合同世論調査では、再稼働への賛成意見が反対意見を上回り、原子力の「負の側面」に強く反応したまま推移してきた世論に対し、「正の側面」も含めた総合的な判断が必要であることを、国のリーダーが国民に訴えたことには意義があった。
http://sankei.jp.msn.com/economy/print/120615/biz12061503060001-c.htm

これ以上読む気もしなくなるような文章だが、次のような責任転嫁は看過できない。

 「不信と否定の空気」が今後も続くと、多くの人材を失うことに繋(つな)がりかねない点も指摘したい。実際、東京電力はもちろん、電力事業や原発関連産業での技術者の流出が起こり始めていると聞く。文部科学省の調査によれば、全国の大学の原子力関係学部への入学者が2年連続で減少している。

「不信と否定の空気」が自然発生したわけでもあるまい。
司法までも巻き込んで原子力の「平和」利用を強引に推し進めてきたことの結果が、「不信と否定の空気」を生み出したことへの真摯な反省がない限り、もはや「不信と否定の空気」は消えないであろう。
山名氏を含む原子力ムラが「不信と否定の空気」の発生源であることに自覚はないのであろうか?

野田首相、枝野経産相(事故当時官房長官)、仙谷政調会長代理なども原子力ムラに住んでいることを下図が示している。
Photo
http://mirage365.blog.fc2.com/blog-entry-61.html

黒木氏の『法服の帝国』の全体構想は分からないが、昨日と今日の連載部分を読む限り、原発訴訟の判決に批判的である。
ひょっとすると、今日の産経新聞は、「原子力政策の正負」両面を考える上で、永久保存の価値があるかも知れない。

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2012年6月14日 (木)

再稼働の裁量権とクリティカル思考/原発事故の真相(35)

クリティカル思考という言葉がある。
訳せば、批判的思考になるだろうが、批判的というのは、事象を多面的に吟味することといえよう。
⇒2010年9月22日 (水):クリシンはどこへ行った?

原発が安全だとか、検察が正義の味方で無謬のものだ、という通念が神話に過ぎないことが明らかになった。神話化したということの背景には、クリティカル思考の欠如があったといえよう。
疑うべきではないように仕向けられていたといってもいいだろうか。

原発神話も検察神話も、抽象化すれば、裁量権を独占してきたものの裁量(判断)が、結果的に間違っていたということである。
たまたま産経新聞に連載中の黒木亮『法服の帝国』は、6月13日掲載分が、「福島第二原発訴訟第一審」の判決言い渡しのシーンであった。
訴訟は、伊方原発一号炉、東海第二発電所に次ぐ三番目の原発訴訟である。
アメリカのスリーマイル島で事故があった後、最初の判決で、判断の行方が注目された。

判決の内容は、原告の主張を退けるものだった。

原発設置の許可処分は「政策的、専門技術的判断を要するもので、国の裁量権」とし、安全審査については「原子炉等規制法の体系上、審査の対象は原子炉に限られ、核燃料などは、段階的に別途規制される」とし、住民側の「安全審査は核燃料から放射性廃棄物処理までの原発全体で行われるもの。審査の基準もあいまいで、法的根拠も乏しい」という主張を退けた。

連載が終わったらいずれ単行本化されるだろうからその時点でまとめて読もうと思い、毎日読んでこなかったのが悔やまれるが、実にタイムリーに話が進行している。
ほとんど事実に沿って構成されているようである。
12日には、前川誠一という名前の京大の2回生が登場しているが、前原誠司民主党政調会長がモデルであるのは分かりやすい。

大飯原発が再稼働しようという今の時点で読めば、原発設置の許可処分と再稼働問題が同じ論理構造である。
つまり、原発再稼働が「政策的、専門技術的判断を要するもので、国の裁量権」と考えていることが分かる。
しかし、再稼働を決めた関係閣僚会議において、政策的判断はあったかも知れないが、専門的技術的判断が可能であるはずがない。
小説の中で、前川誠一青年がどのような行動をとるかは分からないが、前原政調会長の親分(?)仙谷由人政調会長代行は、今の時点では原発がないと「ロウソクの生活になる」としている。

 民主党の仙谷由人政調会長代行は13日、産経新聞のインタビューに対し、政府が近く関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を決定することを受け、「ストレステスト(耐性検査)が済めば、その他の原発も粛々と動かすべきだ」と述べ、経済産業省原子力安全・保安院が安全性を確認した四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)など各地の原発再稼働を急ぐべきとの考えを示した。政府・与党の幹部で大飯以外の再稼働推進を明言したのは仙谷氏が初めて。
・・・・・・
 仙谷氏は党代表として、大飯原発再稼働に関する野田佳彦首相と枝野幸男経済産業相ら3閣僚の会合に出席するなど、再稼働を主導してきた。
・・・・・・
「脱原発」の動きが、福島第1原発事故の深刻さと絡み、国民の感性的な部分で確かに存在する。しかし、今さらロウソクの生活には帰れない。アジア各国と違い、日本では良質で安定的な電力供給が確保されているからこそ、多くの製造業があるということを忘れてはならない。日本には石油、石炭、天然ガスなどの天然資源がほとんどない。石油価格がどんどん上がってアラブ諸国へ利益が流出している。結果として「働けば働くほど貧しくなる」という経済構造にある。原子力か火力を基盤に置かなければならない。

http://sankei.jp.msn.com/smp/politics/news/120614/plc12061400260000-s.htm

なぜか会長より会長代行が上のような物言いである。
仙谷氏も法曹出身であるから、この判事のような判断をするのであろうか。
今の時点で振り返れば、法曹の専門家よりも住民の方が正確な判断をしていたことは明らかである。

国家がある部分の裁量を独占することはやむを得ないことであろう。
しかし、慎重なクリティカル思考が要求されるのは当然である。
つまり、批判者の意見をよく聞くということである。
それにしても、仙谷氏などは、福島原発事故をどう総括しているのだろうか?

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2012年6月13日 (水)

原発神話と検察神話/花づな列島復興のためのメモ(85)

私たちは、2011年という年に、2つの神話の崩壊を目の当たりにした。
原発神話と検察神話である。
神話とはもちろん、『古事記』等に描かれている神話の意味ではない。
広辞苑に次のように説明されている派生的な意味での神話である。

比喩的に、根拠もないのに、絶対的なものと信じられている事柄
広辞苑第六版より引用

福島第一原発の事故により、原発が絶対に安全だという神話は脆くも崩壊した。
事故前から原発の危険性を訴求してきた内橋克人氏は次のように言う。

私は福島第一原発の事故はまさしく人災だと思う。「原発は安全でクリーンなエネルギーだ」と嘘を唱えてきたわけだが、その安全神話が崩れて、地震・津波という自然災害に加えて、原発事故という人災が追い討ちをかけてしまった。
・・・・・・
次に原発PA(public acceptance)戦略の徹底ぶりについて。原発を社会に受け入れさせるための戦略的働きかけは大きく3つの柱に分けられており、壮大な規模において展開されてきた。
1)電気事業連合会が行ってきた言論に対する抗議戦略。
様々な報道機関・メディアに抗議書や「関連報道に関する当会の見解」という共通見出しの文書を送り続ける。
2)小学校低学年から中学・高校までエネルギー環境教育という名の原発是認教育を授業として実施。
社会・理科・総合などの授業で児童・学生らに教師が教え込んでいく。それが生徒の成績も左右する。
3)有名文化人を起用していかに原発は安全かを語らせるパブリシティ記事をメディアを使って展開。費用も膨大だったはず。男女の文化人を原発の地下施設などに案内し、ヘルメット姿で語りをやらせ、それを記事にする。ある有名テレビ・キャスターは「原子力問題は論理的に考えよう」などとご託宣を下しているわけである。
内橋克人「原子力安全神話はいかにして作られたか」/ 正統性を喪失したエリート支配層

そして、民主党政権(事故時菅首相、現在野田首相)の対応は、「民主党よ、お前もか!」という形で政治不信を増大させることになった。
事故発生直後の政府の対応をめぐって、リアルタイムの証言(2011.03.14の記事)である。

 東京電力福島第1原子力発電所では引き続き深刻な状況が続いている。3号機が爆発する前の14日未明、同発電所の放射線量は2回、制限値を超えた。政府は「健康に影響を及ぼす状況は生じない」(枝野幸男官房長官)としているが、これまで、マニフェスト違反を続け、尖閣沖漁船衝突事故でも証拠映像を隠蔽した“前科”があるだけに、まだ全面的な信頼はできそうにない。
・・・・・・
 そもそも、第1原発1号機での爆発事故が発生したのは12日午後3時半すぎ、約1時間後にはテレビ局が爆発によって大きな白煙が湧き上がる映像を流し、インターネットなどを通じて全世界に広まったが、枝野氏の会見は事故から2時間後。
 それも、「何らかの爆発的事象」という表現で、明確に「爆発」と認めたのは何と5時間後の会見。その際も「格納容器の爆発ではない」「放射性物質が大量に漏れ出すものではない」「現時点で大きな変化はない。冷静な対応をしてほしい」などとした。
 避難指示の範囲も、当初は第1原発から3キロ圏内だったが、五月雨式に10キロ、20キロと広がった。枝野氏と保安院の会見内容が異なり、担当記者らが混乱・激怒する場面もみられている。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110314/dms1103141632025-n1.htm

上記の枝野氏が、今度は経産相として、再稼働の是非の判断をしているのだ。
⇒2012年4月13日 (金:拙速に過ぎる政府の大飯原発再稼働判断/原発事故の真相(26)
⇒2012年4月 4日 (水):「大飯原発再稼働」の政治判断?/原発事故の真相(24)
いくらなんでも、国民をナメているとしかいいようがないだろう。

もう1つは、検察が「正義の味方」であるという神話の崩壊である。
厚労省の不正郵便事件において、証拠を捏造するという検察庁を代表する特捜部の、信じられないような実態の一部が明るみに出た。
⇒2012年4月 8日 (日):厚労省不正郵便事件の不可解な着地点/花づな列島復興のためのメモ(49)

われわれは、たとえば元検事の郷原信郎氏などによって、司法権力の一端を窺い知っている。
⇒2009年3月25日 (水):西松建設献金問題における違法性の成否
小沢一郎民主党元代表に対する捜査では、検察審査会という本来検察神話の暴走を防止するための装置さえ援用されている。
⇒2012年5月14日 (月):虚偽報告書による権力の組織犯罪/花づな列島復興のためのメモ(67)

郷原氏とそれぞれ有罪判決を受けている人との対談集『特捜神話の終焉』飛鳥新社(1007)のAmazonの紹介欄を引用する。

知られざる検察の世界を語り尽す!! 元検事・郷原信郎と堀江貴文、細野祐二、佐藤優が対談!! ライブドア事件、キャッツ事件、外務省背任事件の真相から、小沢一郎・陸山会の政治資金事件、2000年代特捜検察の惨状、政権vs検察まで、検察の正体を撃つ―― くすぶり続ける検察問題を読み解く決定版!! ●対談ゲスト 堀江貴文(元ライブドア社長)/2006年、ライブドア事件で東京地検特捜部に逮捕。誤解され続ける事件の真相を解明する(現在、最高裁で係争中)。 細野祐二(公認会計士)/2004年、キャッツ事件に関連して東京地検特捜部に逮捕。2010年、最高裁で上告棄却、有罪判決が確定。 佐藤優(作家・元外務省主任分析官)/2002年、外務省背任事件で東京地検特捜部に逮捕。2009年、最高裁で上告棄却、有罪判決が確定。

直近の話題としては、いわゆる「東電OL殺人事件」のネパール人被告の再審決定のニュースがある。
厳正な証拠を根拠にし、法律によって判断するという常識が、砂上の楼閣でしかない。
「東電OL殺人事件」という名称からして時の流れを感じるが、事件当時5歳と3歳だったゴビンダ被告の2人の娘は、20歳と18歳になっているという。
かけがえのない、そして取り返しのつかない時間が流れたのだ。

本事件に関しては、佐野眞一氏が、早くから捜査批判をしてきた。
東電OL殺人事件』新潮社(0005)のAmazonの書評の中の言葉である。

本書は、事件の発端から一審判決に至るまでの一部始終を追ったものである。その3年もの間、著者は、事件にかかわりのある土地に足繁く通い、さまざまな証言を集めた。事件現場となった円山町は言うにおよばず、ゴビンダの冤罪を晴らすべく、はるかネパールにまで取材に行った。立ちはだかる悪路難路を越えて、彼の家族友人から無罪の証言を得ようとする著者の姿には、執念を感じてしまう。
ネパール行脚が終わると、裁判の模様が延々と書かれている。ゴビンダを犯人と決めつけている警察の捜査ひとつひとつに、著者はしつこく反論していく。このくだり、読み手は食傷気味になるかもしれない。だがその執念も、ともすればステロタイプにくくられがちな「エリート女性の心の闇」に一歩でも迫りたいという一念からきたのだろう。著者は、確信犯的に堕落していった渡辺泰子に対して、坂口安吾の『堕落論』まで引用して、「聖性」を認めている。その墜ちきった姿に感動している。この本は、彼女への畏敬と鎮魂のメッセージなのである。(文月 達)

この批判の書が出版されてからでも12年ということになる。
権力を持った人間は、謙虚にならなければならないだろう。
同時に、いわゆるクリティカル・シンキングの重要性を再認識させられた。

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2012年6月12日 (火)

ドジョウとサメの脳みそ比べ/花づな列島復興のためのメモ(84)

最近の野田総理を見ていると、自民党の守旧派と見まごうばかりである。
⇒2012年6月 4日 (月):乾坤一擲の覚悟で自民党に擦り寄る野田首相を嗤う/花づな列島復興のためのメモ(76)
⇒2012年6月 7日 (木):何のための政権交代か?/花づな列島復興のためのメモ(79)
⇒2012年6月10日 (日):政権は自民党野田派か?/花づな列島復興のためのメモ(82)

自民党の守旧派の代表格は、森喜朗元総理であろう。
「日本は神の国」とか「無党派層は投票に行かないで寝ていろ」などの無神経な発言によって、自民党凋落の直接的な原因を作った。
その粗野な表現によって、「サメの脳みそ」と揶揄されたことはよく知られている。
森氏は、「週刊朝日120615」号で、田原総一朗氏を相手に、『消費増税法案を成立させ、自民・民主の大連立政権だ』と語っている。
まさに「語るに落ちる」とは、こういうことを言うのだろう。

ところで、「サメの脳みそ」という比喩は正鵠を射ているのか?
「サメの脳みそ」について、よく知らない。
ネットで、サメとイルカの脳の比較をしている記事を見つけた。

イルカは知能を持った動物としてよく知られている。
日本のイルカ漁が批判されるのも、知能の故であろう。

Photo_2 どちらとも、海の中に居て、魚を食べて
生存している。
生存にさしさわるような行動はしないし、
ぱっと見るとどちらも適応という意味では
十分適応して生きている。
しかし、その脳を見てみると驚いてしまう。
左のつるっとしたものがサメの脳で、
右の人間のものに似ているのが
イルカの脳である
http://d.hatena.ne.jp/macho-co/20071102

確かにサメとイルカでは、脳みその様子がだいぶ異なっているようである。

野田現総理はドジョウを自任しておられる。
とすれば、ドジョウの脳みそについて知りたくなる。
どなたか知っておられる方がいればご教示願いたい。

Photoそこで、私が回復期にお世話になったドクターの西大絛学先生の著書-『「恐竜の脳」で生きる』太陽企画出版(9310)-のことを思い出した。
西大絛先生は、「人間の脳」は次のような3層の構造をしているという。
そして、現代人は「新皮質」の思考がが肥大化して、ひ弱になっているので、脳幹思考を取り戻せ、と説いている。
⇒2010年4月25日 (日):「恐竜の脳」の話(1)最近の政局をめぐって
⇒2010年5月 2日 (日):「恐竜の脳」の話(2)オウム真理教をめぐって
⇒2010年5月16日 (日):「恐竜の脳」の話(3)ホリスティック医学の可能性
⇒2010年5月23日 (日):「恐竜の脳」の話(4)山椒魚

Photo_4 

現代において、政治家は例外的に脳幹が発達すると西大絛先生は肯定的に書いている。
脳幹が発達するのは必ずしも悪いことではないだろう。
しかし、(サメやドジョウのように?)脳幹だけの存在だと、当然限界があり問題が生じる。
大脳辺縁系や新皮質もバランスよく発達することが重要であろう。

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2012年6月11日 (月)

電源構成と核燃料サイクル/花づな列島復興のためのメモ(83)

2030年の電源構成をどう考えるか?
現行のエネルギー基本計画では、2030年に原発の比率が約45%である。
いま考えれば、よくそんな想定をしてきたか、と思うが、後知恵で批判する気はない。

将来のエネルギー問題はさまざまな機関で検討されている。
Photo
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120531/232772/?P=2&ST=rebuild

焦点の原発比率の問題にしても、核燃料サイクルをどうするかについて、議論が深まっているとは言えない。
核燃料サイクルは、再処理工場で使用済み核燃料から燃え残ったプルトニウムなどを抽出して再利用し、高速増殖炉で使うのが最終目標となっている。
Photo_2

 井上氏は、「原発埋蔵金」が進める「核燃料サイクル」の破綻ぶりについて、青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場、プルサーマル計画、高速増殖炉「もんじゅ」の実態を示して追及。枝野経産相は、再処理工場は18回も完成期日を先のばしにしたと説明し、本格稼働した場合に生じる高レベル放射性廃棄物の最終処分場を受け入れる自治体は「ありません」と述べ、破綻を認めました。
 中川正春文科相は、もんじゅは16年間で運転したのはわずか250日しかなく、維持費だけで1日4000万円かかることを明らかにしました。
 井上氏は「とてつもない無駄遣いだ。中止を決断し、推進費用を事故対策に回せ」と追及。野田佳彦首相は、「核燃料サイクルについては今後の原子力政策の見直しの中でしっかり議論する。原子力周りのお金と制度は仕分けの対象となっている。その議論を踏まえ対応する」と答えました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-11-17/2011111701_01_1.html

リサイクルが破綻しているのならどういう案が考えられるか。
徳島新聞5月24日付社説は次のように論じている。

 核燃料サイクル政策の要である青森県六ケ所村の再処理工場も、福井県敦賀市の高速増殖炉原型炉もんじゅも、トラブル続きで実用化のめどが立っていない。使用済み核燃料の全量再処理を目指した現行の原子力政策には、そもそも無理があったと言わざるを得ない。
 さらに、小委員会の検証作業では他の二つの処理方法と比べて最もコストがかかることも判明した。
 こうしたことから「再利用」路線は、技術的にも経済的にも継続させる根拠が見いだせなくなっている。定期検査で停止している原発の再稼働はもとより、新設計画もままならない現状を踏まえれば、従来政策の見直しは自明の理といえる。
 これに対し、将来の原発ゼロも見据えた場合は「地中廃棄」が有力な選択肢になる。小委員会の総合評価では、最終処分までに要する費用が最も安いとされた。
 ただ、現行政策からの全面転換となる「地中廃棄」処理に切り替える場合は、使用済み核燃料を最終処分する技術の確立と処分場の確保が欠かせない。核燃料を一定期間保管する中間貯蔵施設も必要になる。「地中廃棄」の行く手には極めて厳しい課題が待ち受けている。
 青森県は、核燃料サイクル政策の推進を前提として再処理工場を受け入れている。方針を全面転換した際の地元反発は必至で、最悪の場合は使用済み核燃料が行き場を失う恐れもある。「地中廃棄」を選択するのであれば、政府は最終処分に向けた具体策や工程表を示さなければならない。
 このため小委員会では、今後の政策決定に柔軟性が持てる「再利用と地中廃棄の併存」への支持が最多だったという。とはいえ、「併存」は使用済み核燃料の扱いを曖昧にする選択肢だけに、政策決定そのものを2~5年先送りする「留保」の考え方とともに、国民の理解を得られるのかどうか見通せない。
 政府は、使い道が決まらないまま保有している再処理後のプルトニウムについても明確な方針を示すべきである。国際社会から無用な疑念を持たれないよう、核兵器数千発分ともいわれる保有量を減らすことに全力を挙げなければならない。

http://www.topics.or.jp/editorial/news/2012/05/news_13378212013.html

冷静になって考えてみれば、核燃料サイクルが困難あるいは破綻しているのなら、原発を動かすという選択肢は基本的にない、と考えるべきではなかろうか。
明確な結論に絞りきれずに、いくつかの選択肢を提示することは、本来有識者としての期待に反する。
シンプルに考えれば、原発を柱にした生活・生産は、少なくとも現段階ではあり得ないのだ。

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2012年6月10日 (日)

政権は自民党野田派か?/花づな列島復興のためのメモ(82)

「政治生命を賭ける」といっている消費税増税に向かって、野田首相は全力を尽くして(なりふり構わずと言う方が妥当か?)、今国会での成立を目指しているようである。
そのために、「反対」の意思表示を明らかにしている小沢元代表と会談もし、内閣改造も行って、自民党に擦り寄っている。
⇒2012年6月 4日 (月):乾坤一擲の覚悟で自民党に擦り寄る野田首相を嗤う/花づな列島復興のためのメモ(76)

しかし、民主党の政権公約(マニフェスト)など無関係という態度には、2009年の政権交代総選挙で民主党に票を投じた多くの国民を裏切るものであろう。
⇒2012年5月31日 (木):野田首相に理はあるか/花づな列島復興のためのメモ(75)
⇒2012年6月 5日 (火):「なし崩し」に壊れていく「国のかたち」/花づな列島復興のためのメモ(77)
⇒2012年6月 7日 (木):何のための政権交代か?/花づな列島復興のためのメモ(79)
⇒2012年6月 8日 (金):政権に正統性、正当性はない/花づな列島復興のためのメモ(80)

私は一連の流れを見ていて、野田政権は、もはや姿を変えた自民党政権政権ではないかと思う。
内閣改造人事も、もっぱら自民党との協議を進めることが目的のようだ。

 野田佳彦首相は4日、官邸で記者会見し、第2次改造内閣の閣僚名簿を発表した。5閣僚を交代させ、防衛相に防衛庁長官時代を含め民間から初めて森本敏拓殖大大学院教授を起用した。首相は消費税増税関連法案の今国会成立に向け「自民党と協議し成案を得るのが一番重要だ」と述べ、自民党との修正協議を最優先させる考えを表明。谷垣禎一自民党総裁との会談にも「どこかの段階で必ずやらなければならない」と強い意欲を示した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120605/plc12060500500005-n1.htm

これでは、消費税増税のための環境を整えるための内閣改造だと言っているようなものである。
自民党の谷垣総裁は、わが意を得たといった感じである。

 自民党の谷垣禎一総裁は三日のNHK番組で、野田佳彦首相の内閣改造方針を「即刻やってもらわねばならない」と評価、首相との党首会談に関しても「困難な課題で与野党党首が会談することは否定すべきものでない」と述べ、応じる意向を示した。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012060402000106.html

民主党代表選で野田首相を選択した民主党の国会議員たちはどう考えているのだろうか?
私には選挙権もないが、ポスト菅は選挙管理内閣であるべきだという考えから、民主党代表選挙自体に余り関心を持つことができなかった。
⇒2011年8月26日 (金):民主党代表選の虚しき狂騒

菅前首相の「私は未だ仮免」という発言が物議を醸したことがあったが、民主党政権自体が仮免だったのだと思う。
⇒2011年8月31日 (水):仮免だったのは、菅(前)首相か民主党政権か

大飯原発再稼働の「判断」をみても、野田首相にはおよそ「理念」というものが伝わってこない。
「理念」はドジョウには似合わないと考えているのだろうか?
⇒2011年9月10日 (土):「閣内てんでんこ」の野田ドジョウ政権と言葉の力

改造人事で意外感があったのは、防衛相の森本敏拓殖大大学院教授だろうが、森本氏は民主党の防衛政策を批判してきた人である。
野田首相は、民主党の政権公約よりも自民党の主張が正しいと言っているようなものである。
これでは政権交代を期して民主党に票を投じた人は詐欺にあったようなものである。

思えば野田氏を選出した民主党代表選において、菅前首相が、代表戦を西南戦争にたとえたことがあった。⇒2010年9月 3日 (金):民主党代表戦と西南戦争/「同じ」と「違う」(20)

要は、宿敵の小沢一郎氏を西郷隆盛に擬し、「明治維新(すなわち政権交代)に功はあったが、結局西南戦争に敗れて消えた」と言いたかったようだ。
検察が起訴できず、検察審査会による強制起訴で裁判化し、その裁判で無罪がでたら、検察官役の弁護士が控訴するというとても法治国家とはいえない方策を講じてまでも、消費税に反対する小沢氏を被告状態にしておくことの背後に、どのような権力が存在するのか?
⇒2012年5月11日 (金):小沢裁判控訴の狙いは?/花づな列島復興のためのメモ(64)

弁護士が検事の諦めた事件の被告を執念を持って有罪にしようということは不思議な構図である。
それはともかく、本当に西郷は消えたのか?
鹿児島大学病院霧島リハビリテーションセンターに入院し、久しぶりに鹿児島を訪れた。
鹿児島における西郷人気は決して衰えていないようである。

それどころか、意外なところから「西郷再評価論」が出ていることを知った。
上田篤『小国大輝論-西郷隆盛と縄文の魂』藤原書店(1205)である。
上田氏は建築・地域計画の大家であるが、阪神淡路大震災に遭遇して、「人生が変わった」という。
そして、東北大震災である。
未だ購入したばかりで読了していないが、この碩学が何を語るか大いに期待したい。

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2012年6月 9日 (土)

なぜ事故調報告を待てないのか?/花づな列島復興のためのメモ(81)

昨日、多くの人の反対や疑問を無視して、野田首相は、大飯原発再稼働すべし、とした。
この「判断」について、国会事故調委員長の黒川清氏が、疑問を呈している。

 福島第一原発事故の原因を調査する国会の原発事故調査委員会の黒川清委員長は8日、野田首相が記者会見で、「国民の生活を守るために、大飯原発(福井・おおい町)3・4号機の再稼働が必要だ」と国民に理解を求めたことについて、「ぜひ国会から委託された独立した調査、その報告をしっかり見て、何も待たないで(再稼働を)やるのかなと。国家の信頼のメルトダウンが起こっているんじゃないのというのが私の感じです」と話した。(06/09 03:12)
http://www.ytv.co.jp/press/society/TI20077299.html

国会事故調は、6月中に最終報告書をとりまとめるとしている。
黒川委員長ならずとも、不快あるいは不信に思うのは当然だろう。
ちなみに、黒川氏は日本学術会議会長などを歴任した有識者であるが、同時に気骨ある人として知られる。
⇒2012年5月28日 (月):国会事故調への期待/原発事故の真相(31)

野田首相の「判断」は、最終報告を待っていたら、夏の電力供給に間に合わないということだろう。
確かに関西電力の試算では、今夏の電力供給は、大飯原発を稼働させないと15%の不足が見込まれるということである。
15%というのは節電では乗り越えられない量かも知れない。

しかしまだまだ手を尽くしているとは思えない。
福島第一の事故を教訓とするならば、相当思い切った手段を講じることも是とされるのではないか。
たとえば電力需要がピークになるといわれている「全国高等学校野球選手権大会」の中継である。

朝日新聞社と高野連が主催し、NHKが放映する。
先頃、数土文夫・JFEホールディングス相談役という人が、NHK経営委員長と東京電力社外取締役との兼職が問題視され、経営委員長を辞任したことが報じられた。
数土氏は、兼職を「問題ない」としていたが、批判の高まりによって辞任したものである。

「全国高等学校野球選手権大会」は魅力的なコンテンツである。
私も、プロ野球に興味を失っても、高校野球には魅力を感じる。
しかし、現実に国土の一部をかなり長期間にわたって失うという事態が発生したのである。
故郷を離れて生活しなければならない人が多数いるのである。
今年くらい、やり方を考えたらどうだろうか。

野田首相は、意図的に福島第一から目を逸らしているようにみえる。
今日の東京新聞社説は次のように批判している。

 経済への影響、エネルギー安保など、原発の必要性は、執拗(しつよう)に強調された。だが国民が何より求める安全性については、依然置き去りにしたままだ。
 「実質的に安全は確保されている。しかし、政府の安全判断の基準は暫定的なもの」という矛盾した言葉の中に、自信のなさが透けて見えるようではないか。
 会見で新たな安全対策が示されたわけでもない。緊急時の指揮所となる免震施設の建設や、放射能除去フィルターの設置など、時間と費用のかかる対策は先送りにされたままである。これでどうして炉心損傷を起こさないと言い切れるのか。どんな責任がとれるのか。首相の言葉が軽すぎる。
 未来のエネルギーをどうするか。脱原発依存の道筋をどのように描いていくか。次代を担う子どもたちのために、国民が今、首相の口から最も聞きたいことである。それについても、八月に決めると先送りしただけだ。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012060902000148.html

福島第一は、野田首相の欺瞞的な「収束宣言」にもかかわらず、決して収束しているわけではない。
⇒2011年12月17日 (土):フクシマは「収束」したのか?/原発事故の真相(14)
⇒2012年3月14日 (水):冷温停止「状態」とは?/原発事故の真相(20)
⇒2012年3月28日 (水):冷温停止の大本営発表/原発事故の真相(22)
⇒2011年12月18日 (日):収束と終息/「同じ」と「違う」(37)

依然として大惨事が発生する危険性を抱えているのである。
特に、4号機が一触即発というか一揺即発の状態にある。
⇒2012年6月 2日 (土):不安な4号機の状況/原発事故の真相(34)
週刊現代120616」号のグラビアに、『反骨の外交官・村田光平』という記事が載っている。

村田氏は、駐スイス大使等を歴任した外交官であるが、外務省在職中から私人として原発の危険性について訴えてきた。
記事の冒頭部分は次のようである。

 今、世界は破滅の危機に瀕しています。
 昨年3月、福島第一原発の事故で大量の放射性物質が撒き散らされ、深刻な被害が生じましたが、実は、現在、それを上回る大惨事が起こる可能性が高まっているのです。原因は、福島第一原発4号機の使用済み燃料プールにあります。
 プールは4号機の建屋の3階と4階にあり、そこに1535本の核燃料棒が残っています。・・・・・・

4号機の問題は東電1社で解決できるレベルを超えている。
これを放置したまま、原発再稼働に猛(盲)進する野田首相は即刻退陣して頂きたい。

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2012年6月 8日 (金)

政権に正統性、正当性はない/花づな列島復興のためのメモ(80)

茶番と言うべきであろう。
野田首相が、「大飯原発再稼働が私の判断だ」と明言した。

 野田首相は8日夕、官邸で記者会見し、関西電力大飯原発3、4号機について「国民生活を守るため、再稼働すべきだというのが私の判断だ」と表明した。「今原発を止めてしまっては日本の社会は立ち行かない」と指摘、橋下大阪市長らが求めている夏季限定の再稼働は「国民生活は守れない」と否定した。
 同時に「関西を支えてきたのが(原発立地の)福井県とおおい町だ。敬意と感謝の念を新たにしなければならない」と強調。安全監視体制の強化に取り組んできたとして「東京電力福島第1原発事故の時のような地震や津波が起きても事故は防止できる」と自信を示した。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2012060801002057.html

判断するのは勝手だが、およそロジカルとは言い難い判断と言わざるを得ない。
政府事故調も国会事故調も事情聴取の最中である。

 東京電力福島第1原発事故で、政府の事故調査・検証委員会(委員長・畑村洋太郎東大名誉教授)は8日、福島県庁で佐藤雄平知事から原発事故への県の対応などについて事情を聴いた。
(2012/06/08-18:41)

http://jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012060800871

 東京電力の清水正孝前社長が8日、国会が設置した福島第1原発事故調査委員会(黒川清委員長)に参考人として出席し、事故が深刻化する中、原発からの全面撤退を政府に申し出たとされる問題について「緊急時に対応する人を残すという意味だった。『全員』とか『撤退』とは、まったく申し上げていない」と否定した。
(06/08 17:50)

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/dogai/378714.html

政府事故調、国会事故調の最終報告も待たないで、「東京電力福島第1原発事故の時のような地震や津波が起きても事故は防止できる」ということが、どうして自信を持って言えるのか。
不思議な精神構造である。
再稼働ありきで、盲目状態になっているとしか思えない。

あるいは、フクシマ原発事故は過去のこと、という認識だろうか?
⇒2011年12月17日 (土):フクシマは「収束」したのか?/原発事故の真相(14)
⇒2012年3月14日 (水):冷温停止「状態」とは?/原発事故の真相(20)
⇒2012年3月28日 (水):冷温停止の大本営発表/原発事故の真相(22)

事故から何も学ばない、というような固い決意があるようでもある。
16万人が未だに避難生活を余儀なくされているにもかかわらず、である。
これを「失敗の本質」と言わずして、他に何があるというのであろうか。

記者会見では、政府自身が安全基準は暫定的と認めている。
にもかかわらず、再稼働に動くとは理解できない。
しかも、稼働は、需給ギャップが生じるとされる夏季に限定するものではないとも言う。
結局、原子力ムラの代弁者に過ぎない。

野田首相は、消費税増税についても、自公との修正協議を経て15日には成案を得るつもりだという。
消費税増税も大飯原発再稼働も、見切り発車ということであろうか?
国論が分かれている重要なテーマを、なし崩しに実現しようということだろうか?
⇒2012年5月31日 (木):野田首相に理はあるか/花づな列島復興のためのメモ(75)
⇒2012年6月 4日 (月):乾坤一擲の覚悟で自民党に擦り寄る野田首相を嗤う/花づな列島復興のためのメモ(76)
⇒2012年6月 5日 (火):「なし崩し」に壊れていく「国のかたち」/花づな列島復興のためのメモ(77)
⇒2012年6月 7日 (木):何のための政権交代か?/花づな列島復興のためのメモ(79)

そもそも、野田政権には正統性があるのだろうか?
6月3日付の東京新聞社説を参照する。

 よく知られているように、野田首相は二〇〇九年の総選挙で「消費税を上げる前に天下り法人に巣くったシロアリ退治が必要」と訴えていました。インターネットで「野田、シロアリ」と検索すれば、街頭演説でそう力説する姿が出てきます。
 天下り根絶は首相に限らず、民主党の国民に対する政権公約(マニフェスト)でもありました。
・・・・・・
 いま野田政権は「増税実施は衆院議員の任期が切れた後になるから公約違反ではない」と言っていますが、こんな説明で納得する国民は少ないでしょう。
・・・・・・
いま野田政権が消費税引き上げに加えて、目玉だったはずの社会保障政策も捨てるなら、民主党という政党はいったい何を目指すのでしょうか。自民党と何が違うのか、よく分かりません。

 それから大飯原発の再稼働。
 福島事故の後、国民がもっとも心配したのは「同じような事故が他でも起きないか」という点でした。事故は地震と津波が直接の引き金でしたが、実は原子力安全・保安院という規制するはずの組織が原発推進の経済産業省と一体だった。それが遠因です。
 原発のストレステスト(安全評価)導入に際して、枝野幸男官房長官ら菅政権当時の三閣僚は文書で「保安院による安全性の確認について疑問を呈する声も多く…」と認めていました。
 そうであれば、保安院ではない独立機関が安全を確認するまで原発は動かせないはずです。
・・・・・・
 そもそも安全に関する規制や政策は現行の法律上、原子力安全委員会が「企画し審議し、および決定する」と定められています。国会で審議中の原子力規制庁法案には安全委の衣替えが盛り込まれていますが、政権が勝手に決められるような性格のものではないのです。「再稼働ありき」で基準をいじるのではなく、しっかりした基準をつくって安全を判断する。それが基本です。
・・・・・・

 政権が国民に対して「正統性」を主張するには、まず公約を守ることが大前提です。増税のような重大な路線変更をするなら、衆院解散か内閣総辞職によってけじめをつけてほしい。
 福島事故の重大さを考えれば、原発再稼働問題の扱いも国民が納得できる筋道を示す必要がある。野田政権の扱い方は、いかにも場当たりで乱暴です。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012060302000112.html

安易で場当たり的な野田首相のやり方は、無責任であり、将来に禍根を残すことになるだろう。
民主党が政権を担うに値しない政党であることはもはや明白である。

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2012年6月 7日 (木)

何のための政権交代か?/花づな列島復興のためのメモ(79)

いよいよ消費税増税へ向けて、民・自・公の協議が始まるらしい。

 野田佳彦首相は15日までに合意し、今国会会期末の21日までに衆院で採決したい考えだ。ただ各党の主張に隔たりは大きく、難航は必至。民主党では小沢一郎元代表らが消費税増税への反対姿勢を強めており、修正で合意できても党内手続きに手間取る可能性がある。
 民主党の輿石東幹事長は7日の記者会見で修正協議について「やってみなければ分からないが、法案成立に全力を尽くす」と強調。合意に至れば、党内の了承手続きを進める意向を示した。
 一方、自民党の谷垣禎一総裁は会見で「社会保障を中心に議論を行い、わが党の対案である社会保障制度改革基本法案を受け入れるよう強く求める。これが議論の前提だ」と述べた。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201206070183.html

社会保障と税の一体改革とはいうものの、社会保障の全体像はさっぱり見えないままで、「なし崩し」に消費税増税を先行して決めようということだろうか。
⇒2012年6月 5日 (火):「なし崩し」に壊れていく「国のかたち」/花づな列島復興のためのメモ(77)
協議という名の談合と言ってもいいだろう。

 中央紙の論調は、おおむね協議を急げ、というようだ。
6月4日付の読売新聞と朝日新聞は、共に社説で野田改造内閣を後押ししている。
とんだ呉越同舟である。

消費税率引き上げ関連法案の成立に向けて、野田政権は、体制を立て直し、自民党などとの協議を急ぐべきだ。-読売新聞

それでも、社会保障と税の一体改革関連法案の成立に向け、野田首相がようやく自民党との協調にカジを切る覚悟を鮮明にしたことを歓迎したい。 -朝日新聞

また、日本経済新聞は5日付け社説で、修正協議で首相が先頭に立って政権公約を撤回すべきだと主張する。

修正協議では民主党が2009年の衆院選マニフェスト(政権公約)で掲げた「後期高齢者医療制度の廃止」などの公約撤回が焦点になる。民主党内には根強い反対論があるが、譲るべきところは大胆に譲歩して成案をまとめるべきだ。首相は党内取りまとめの先頭に立つ必要がある。

政権公約の撤回の先頭に、首相が立つ?
政権公約があってこその政権であり、首相ではないのか?
こともあろうに、岡田副総理は、政権公約を無視するかのような意味不明の発言をしている。

岡田克也副総理は6日の衆院社会保障・税一体改革特別委員会で、政権交代を実現した平成21年衆院選について「マニフェスト(政権公約)というよりは、政権交代を望む国民の大きな流れで勝った」と述べた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120606/plc12060623170031-n1.htm

政権交代に票を投じた国民の意思をないがしろにするものといえよう。
政権交代の原動力となったのは、政権公約そのものではないのか。
野田政権はもはや錯乱の域にあるとしかいいようがない。

中央紙の翼賛的な論調に比し、地方紙の冷静さが目立つ。
6月4日付の信濃毎日新聞の社説は次のようだ。

 消費税増税をめぐり、世論の賛否は割れている。有権者からすれば、自民党と民主党が消費税増税の一点で協力し、法案を成立させることには疑問がある。
 大型増税には、国民の理解が欠かせない。そのためには時間をかけて問題点を明らかにし、論議を深めていく必要がある。増税一直線の首相には、とくに冷静なかじ取りを求めたい。

6月5日付東京新聞社説も鋭く正鵠を射ている。

 野田佳彦首相が再び内閣改造に踏み切った。問責二閣僚の交代は当然としても、再改造が消費税増税を進めるための環境整備というのは納得できない。
・・・・・・
 さらに今回の内閣再改造には、首相が「政治生命を懸ける」と断言した一体改革法案の今国会成立に向けて、自民党など野党側との法案修正協議に入る環境整備という側面があることを見逃せない。
 財政状況に対する危機感はわれわれも首相と共有する。少子高齢化社会の進展で、現行の社会保障制度が持続可能だとは思わない。
 しかし、再三指摘してきたように、衆院で審議中の法案は現行の社会保障制度の維持を基本としており、一体改革の名に値しない。
 政府や国会の無駄削減や社会保障制度の抜本改革を後回しにし、消費税増税の前例づくりの法案をいくら修正したところで、国民の理解が得られる改革に仕上げるのは難しいのではないか。
 内閣再改造を機に、与野党が本格的に協議を始めるというのなら、まずは政党交付金や歳費、文書通信交通滞在費の削減など国会議員が身を削る姿勢を示すことから始めてほしい。
 さらに、「官」の抵抗で遅々として進まない行政改革にこそ与野党が力を合わせ、同時に、政権が代わっても大きく変える必要がないよう安定的な社会保障制度づくりに知恵を絞るべきである。
 もし消費税率を上げる以外に財源を見つけることが難しいというのなら、増税前にやるべきことをやり尽くした上で、国民に理解を求めるのが筋だ。
 国会は各党の主張がせめぎ合う場だ。特に「ねじれ国会」では、与党の思い通りにならないことも多いだろう。かといって民主党らしさを失っては意味がない。

もはや政権交代の意味はまったく失われたと言えよう。

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2012年6月 6日 (水)

電源構成とスマート文明への移行/花づな列島復興のためのメモ(78)

経済産業省の総合資源エネルギー調査会が、2030年の電源構成に関する報告書をまとめた。
焦点となっている総発電量に占める原子力発電の比率については、0%、15%、20~25%、数値を定めず市場の選択に任せる、という4案が示された。
原発事故前の比率は26%であり、現在の計画では原発比率を45%まで高めるとされている。
2030
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2012052902000078.html

当初、35%という選択肢も挙げられていたが、さすがに現下の情勢では、参考意見に格下げし、選択肢から外さざるを得なかったようだ。
しかし、三村明夫委員長(新日本製鉄会長)は、「35%案は少数意見を尊重して残してきたが、断腸の思いで外した」と未練たっぷりである。

そもそも、選択肢しか示し得ないという「調査会」とは、本来のミッションを果たしていないのではなかろうか。
原発推進か廃止か、国論が割れているが、そういう状況だからこそ、1つの案を提示すべきだったのではないか?
あるいは、首相が「自分の責任で判断する」とでも。

4案といっても、「数値を定めず市場の選択に任せる」というのは、計画論としてあり得ないだろう。
残りの3案の中で、「20~25%」というのは、フクイチについての現状をみれば、廃炉を代替する新規建設など考える余地もないので、現実的ではないだろう。
2030年といえば18年後である。
たとえ長期的に原発の積極的な活用を推進しようという立場であったとしても、新規に稼働させて電源としてカウントするのは、ノーテンキというべきである。

とすれば、現実論とすれば、「0%」か「15%」かということになる。
今の「原発ゼロ」の状況で、何が問題で、どこまで対応可能なのか。
今夏は絶好の機会であるように思う。

もはや危険な活断層の上にある原発の再稼働は、国民の意思をもって止めるべきだろう。
⇒2012年4月28日 (土):活断層の上の原発/花づな列島復興のためのメモ(57)
われわれは、エネルギーをふんだんに使うという価値観とは決別するときである。
電源構成の問題は、文明転換、スマート文明へ方向転換していく道程の一里塚であろう。

「スマートフォン」や「スマートグリッド」など「スマート」を含む単語が増えてきた。普通の日本人にとって「スマート」は「やせている」とか、「かっこいい」のような意味で使われている。実際私も英会話を勉強するまではそう思っていた。ところが、「smart」が形容詞で使われる場合、実はほとんどの場合「頭がよい」を意味する。
「スマートフォン」は「多機能携帯電話」と訳されているが、文字通り通話以外の他の機能をたくさん持っている「頭がよい電話」なのである。決して「かっこいい電話」を意味するものではない。
「スマートグリッド」とは人工知能や通信機能を持った計測機器を設置して、電力需給を最適化する電力網である。「頭がよい電力網」なのである。

http://tryvis.blog133.fc2.com/blog-entry-37.html

エネルギー制約を前提として、その範囲内で何が可能か?
生活や生産の様式を見直す好機として考えたい。

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2012年6月 5日 (火)

「なし崩し」に壊れていく「国のかたち」/花づな列島復興のためのメモ(77)

「安全第一」という標語がある。

Photo

上図のようなデザインのポスターや看板類を、工場や工事現場でよく見かける。

Wikipediaでは、次のように解説されている。

安全第一 (safety-first)は、アメリカ合衆国で誕生した標語である。
1900年代初頭、アメリカ国内では不景気のあおりを受け、労働者たちは劣悪な環境の中で危険な業務に従事していた。 結果、多くの労働災害に見舞われていた。
当時、世界有数の規模を誇っていた製鉄会社、USスチールの社長であったエルバート・ヘンリー・ゲーリーは労働者たちの苦しむ姿に心を痛めていた。 熱心なキリスト教徒でもあった彼は人道的見地から、当時の「生産第一、品質第二、安全第三」という会社の経営方針を抜本的に変革し、「安全第一、品質第二、生産第三」としたのである。
この方針が実行されると、労働災害はたちまち減少した。 品質・生産も上向いた景気の波に乗り、この安全第一という標語はアメリカ全土に、やがて世界中に広まった。
日本において安全第一の標語は工事現場や工場などで掲示されており、目にすることができる。「安全」と「第一」の間に緑十字が配置されることが多く、旗や垂れ幕のほか、作業員のヘルメットや作業車両などに書かれる。

野田首相は、大飯原発の再稼働を「私の責任で判断する」と言っている。
⇒2012年5月31日 (木):野田首相に理はあるか/花づな列島復興のためのメモ(75)
「私の責任」とはどういうことか?
6月1日付け毎日新聞社説は、『再稼働と原発の安全 「私の責任」という無責任』と題されている。

 東京電力福島第1原発の過酷事故から1年2カ月。これほどの事故を経験しながら、国の原子力政策についても、原発のリスク軽減についても、国民の心に響くメッセージを発していない。にもかかわらず「私の責任で判断する」といった具体性に欠ける言葉で再稼働を推し進めようとしている。
 私たちは原発再稼働のためにはいくつかの条件を満たす必要があると考えている。事故の検証を踏まえ、新しい規制組織が再稼働の判断基準を示すこと。その基準は各原発の弱点を比較できるようなものであること。免震棟のように時間のかかる対策が未整備であることのリスクも評価すること。原発を動かさないリスクが動かすリスクを上回ることをきちんと示す、といったことだ。
 しかし、いずれも納得のいく状況ではない。
 第一に事故の検証は終わっていない。国会事故調査委員会による真相解明は遠く、政府の事故調の最終報告は7月だ。大飯再稼働の根拠とする安全基準は経済産業省の原子力安全・保安院が作成した「ストレステスト」が基になっている。保安院は原発の「安全神話」を醸成してきた組織だ。事故時に危機管理能力がなかったことも明らかになっている。
 4月に新組織に移行する予定だったため、現時点での当事者能力にも疑問がある。保安院が「妥当」としたストレステスト結果を追認した内閣府の原子力安全委員会も同様だ。
 各原発のリスクを横並びで比較していないため大飯原発の相対的なリスクもわからない。このまま大飯原発を再稼働すれば、他の原発もなし崩しに再稼働することになるのではないかとの国民の不信は当然だ。
 国際原子力機関(IAEA)は「5層の防護」として、過酷事故対策や、放射能放出に備えた防災対策までを求めている。大飯原発でこの国際基準がどう満たされているのかもよくわからない。
 結局のところ、「原発を動かさないと電力が足りない」という経済原理や不安解消を優先し再稼働を決めようとしている。原発事故前と根本的に何も変わっていない。

http://mainichi.jp/opinion/news/20120601k0000m070116000c.html

この無責任の図式は、国会事故調における菅前首相の言葉にも表れている。

「国策として続けてきた原発によって引き起こされた。最大の責任は国にある」

菅氏が、上記のように発言するのは、一見謝罪しているように聞こえるが、明らかに自分の責任逃れとしか言いようがない。
確かに、原発は国策として進められてきた。
その大部分は、政権交代前の自民党政権によって。
しかし、菅氏自身が、脱原発を唱える以前は、原発輸出による成長政策路線であったことの反省なしに、「最大の責任は国にある」と言っても空しい。

さらに、昨年6月に菅が首相の座に就くと、“逆コース”をたどり始めた。就任直後に政府の「エネルギー基本計画」を改定し、「2030年までに、少なくとも14基以上の原子力発電所の新増設を行う」と、自民党政権を上回る数値目標を定めたのだ。
菅政権は原発の売り込みにも前のめりとなった。原子炉プラント、その基幹部品だけでなく、メンテナンスまでを含めたインフラ輸出を日本の成長戦略の柱に据え、自民党政権の「原子力安全神話」をドンドン踏襲していったのだ。
「特に熱心だったのが、前原、仙谷両大臣です。東電や原子炉メーカーと一緒にベトナム政府に働きかけ、原発のトップセールスを展開した。昨年10月に事業規模1兆円の原発2期工事の独占契約権を獲得すると、鼻高々で成果をアピールしたのです」(政界関係者)
菅政権が、原発輸出を基軸とした経済成長を夢想している最中に、最悪の事故が起きたのだ。政治評論家の森田実氏は「原発売り込みが、今回の原発災害を拡大させた」とこう続ける。
「菅首相は事故発生直後に福島原発を『廃炉』にする決断を下せず、初期対応が遅れてしまった。廃炉を渋ったのは、日本の成長戦略の柱が失われることを恐れたのではないか。この判断ミスが放射能の漏出につながったのだから、最悪です。国民の生命や財産より、輸出政策を優先するとは、菅政権は自民党以上に犯罪的政権です」
http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-2800.html

何らの自己反省なしに、時流に応じて態度を変える様子は、先頃亡くなった吉本隆明氏の初期の戦争責任論、たとえば『前世代の詩人たち』を思い起こさせるものである。
⇒2012年3月16日 (金):さらば、吉本隆明
私たちの思考様式は、特にサヨクにおいて、半世紀一日の如く変わっていない。

「なし崩しに再稼働」という毎日新聞社説の表現は、原発だけの問題ではない。
消費税の問題も、東電の料金値上げも、「なし崩しに」やってしまおうという魂胆が、露骨に現れている。
「なし崩しに」この国のかたちは壊れていくのであろうか?

 

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2012年6月 4日 (月)

乾坤一擲の覚悟で自民党に擦り寄る野田首相を嗤う/花づな列島復興のためのメモ(76)

野田再改造内閣が発足した。
首相自身の解説によれば、狙いは以下の通りである。

 「法務大臣、滝実さん。国民にとって身近な司法を実現するとともに、検察の信頼回復を図る大事な役割を担う、その大臣として、法務副大臣を繰り返し務められ、法務行政に精通をしておられます滝さんにお願いをすることといたしました」
 「農林水産大臣、郡司彰さん。食と農林漁業の再生は、被災地だけではなく、日本全国で待ったなしの課題であります。・・・」
 「国土交通大臣、海洋政策担当、羽田雄一郎さん。大震災の教訓も踏まえ、持続可能で強靱(きょうじん)な国土作りを進めなければなりません。・・・」
 「防衛大臣、森本敏さん。改めて申し上げるまでもなく、安全保障に関するわが国の第一人者のお一人でございます。・・・」
 「郵政民営化担当、内閣府金融担当特命大臣、松下忠洋さん。郵政民営化法に基づき、郵政改革はこれから実行段階であります。・・・」

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120604/plc12060414410017-n1.htm

既に問責決議が成立していた田中防衛相、前田国交相及び李春光・元在日中国大使館一等書記官のスパイ容疑で追及が必至の鹿野農水相を更迭することに主眼があったことは明らかであろう。
問責大臣の更迭は、野党第1党の自民党の国会審議入りの条件だから、自民党との協議を進める環境作りということになる。

何のために自民党の意を汲まなければならないか?
もちろん、参院では民主党は過半数に達していないので、自民党の協力が必要である。
乾坤一擲の覚悟で臨むとした小沢元代表との会談は、当然の如く「物別れ」に終わったが、ご丁寧に再会談まで行っている。
要は、手続きとして、小沢氏に会って話をしたということで、いわばアリバイ作りのようなものである。

与野党が歩み寄るのは悪いことではない。
しかし、一連の野田首相の行動は、歩み寄りというよりも、がむしゃらな「擦り寄り」というべきだろう。
政権交代を選択した国民の思いは、完全に踏みにじられた。

琉球新報6月2日社説は以下のように批判する。

国民に多大な負担を強いる消費税増税にもかかわらず、熟議を尽くさずに法案の採決に走るのは疑問だ。
 小沢氏は首相との会談で「国民に大きな税負担をさせる前に政権としてやることがある」と指摘。2009年の衆院選マニフェストに掲げた政策の実現をあらためて主張し、徹底した行政改革や地域主権改革、社会保障制度の将来像の提示、経済再生―などを求めた。
 首相は、増税法案の今国会成立に「政治生命を懸ける」と明言したが、そもそも増税や一体改革について国民に納得のいく説明がなされたとは到底言い難い。小沢氏の指摘はもっともであり、「これが国民大多数の思いだ」との発言を首相は重く受け止めるべきだ。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191989-storytopic-11.html

野田首相は、乾坤一擲と表現した小沢氏との会談の終了直後、消費税増税に対する決意と時を同じくして、原発の再稼働を表明した。
同時発表により、報道の分断・分散を狙ったとされる。
事実、マスコミはこれらを同時に扱わざるを得なかった。
⇒2012年5月31日 (木):野田首相に理はあるか/花づな列島復興のためのメモ(75)

鳩山元(前々)首相、菅前首相が余りにお粗末だったので、もう少しマシだろうという淡い期待があった。
しかし、相田みつをの言葉を引用した時から、胡散臭い感じはあった。
一国の首相の就任時の言葉としては品格に欠けよう。

どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ

「どじょう」の正体は、夏の電力が足りないというキャンペーンで地元自治体を切り崩し、原発再稼働を「私の責任で判断」という無責任男だった。
二度あることは三度あったのである。
鳩山、菅両氏と同様に、6月末の通常国会会期末には、、命運が尽きているのではないだろうか。

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2012年6月 3日 (日)

『わが母の記』と沼津・伊豆

近くのシネコンで、『わが母の記』を観た。
井上靖の原作を原田眞人監督が映画化したものである。
井上靖は、旧制沼津中学(現沼津東高校)の出身で、沼津に隣接している静岡県駿東郡長泉町に、井上靖文学館がある。
⇒2011年6月 5日 (日):沼津における津波の歴史
⇒2011年12月 6日 (火):心暖まる「手づくりMoms'」展示即売会
⇒2011年10月 1日 (土):松原景観受難の年/花づな列島復興のためのメモ(7)

出身地については、Wikipedia によれば次のようである。

  • 北海道生まれだが出身地は静岡県である。随筆『郷里伊豆』に「私は北海道旭川で生まれた。しかし年鑑や名簿などでは私の出生地は殆ど静岡県になっている。自分で書く時は出生地は旭川、出身地は静岡県と区別して書くが…」と記している。
  • 『私の自己形成史』の中の<自然との奔放な生活>には「この少年時代を過ごした原籍地の伊豆が私の本当の意味での郷里であり、ここで私という人間の根底になるものはすべて作られたと考えていいようである」と記している。

原田眞人は沼津東高校の出身であるから、井上靖の後輩である。
主人公は伊上洪作(井上靖)とその母である。
伊上洪作という名前は、井上の自伝的先品『しろばんば』、『夏草冬涛』、『北の海』で用いられている名前である。

私も、井上靖、原田眞人の両氏と同じ高校の出身であるから、この映画が制作されていることは知っていた。
先日、友人たちが開いてくれた鹿児島大学病院霧島リハビリテーションセンターからの「帰還歓迎会」(という名目の飲み会)で、観てきたという友人たちの話で盛り上がった。
そこで早速出かけたという次第。

映画は、学校を卒業してからはめっきり観る機会が減ってしまったが、原田監督の作品は、沼津出身ということを知らないで観た『金融腐食列島』が最初で、『クライマーズ・ハイ』などを観ている。
⇒2010年8月12日 (木):転換点としての1985年
テンポのいい演出が持ち味という印象があったが、『わが母の記』は、むしろ映像の美しさが印象的だった。

ロケ地も馴染みのある場所が結構出てくるので、その面の楽しみもあった。
Photo
http://wagahaha-shien.com/modules/location/index.php?content_id=1

全体としては、原田監督の、井上靖に対するオマージュという印象も大きい。
井上靖だけでなく、沼津や伊豆の風土というべきかも知れないが。

キャストは、伊上洪作役が役所広司、母親役を樹木希林が演じている。
特に認知症になった母親の、樹木希林の迫真の演技が凄い。
幸いにして私の母親は、認知症ということもなく(MRI像は白い部分が目立ったが)、天寿を全うした。
しかし、私自身、脳の病気を発症したことでもあり、そのうちに高次脳機能に障害が出てくるのではという不安を拭えない。

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2012年6月 2日 (土)

不安な4号機の状況/原発事故の真相(34)

野田首相が、福島第一原発の事故について、安定した低温停止状態に達した、として「収束宣言」を発したのは昨年の12月16日のことであった。
⇒2011年12月17日 (土):フクシマは「収束」したのか?/原発事故の真相(14)
⇒2011年12月18日 (日):収束と終息/「同じ」と「違う」(37)

しかし、判断の基準である冷温停止状態という言葉に、一種の詐術的要素があるらしい。
⇒2012年3月14日 (水):冷温停止「状態」とは?/原発事故の真相(20)
こういうことを重ねているうちに、政府に対する不信感は、高まりこそすれ一向に解消されていないと言わざるを得ない。
⇒2012年3月28日 (水):冷温停止の大本営発表/原発事故の真相(22)

私たちは、日本国総理大臣の言葉が、いかに信頼できないものであるか、空疎なものにすぎないか、を知ってしまった。
とりわけ、政権交代という大きな期待を背負った民主党政権は、鳩山→菅→野田と全滅である。

ということで、福島第一原発の現状も、「収束宣言」にもかかわらず、決して安心できる状態ではないだろうと思っている。
はたして、「週刊現代120609」号に、『福島第一原発4号機が「爆発する危険性」をどう考えるべきか』という記事が載っている。
リードの文章は以下のとおり。

原発がないと電力が足りない! 再稼働の是非に揺れる日本を、世界が危ぶんでいる。「フクシマ4号機」をなぜ忘れたように放置するのか。そこで異変が起きれば、明日にも日本は消滅するというのに。

福島第一原発の各号機の状況表は下記のように説明されている。
Photo
http://www.jaero.or.jp/data/02topic/fukushima/status/hyou.html

上表を見る限りでは、4号機は最も問題が少ないような印象を受ける。
4号機については、5月26日に細野環境省が視察し、内閣記者会の代表社が同行した。
まだ危険な状態のため、代表社に限定したらしい。
これでは、安全性をアピールしようという目論見も馬脚が現れているというしかない。

5月26日時点の4号機の姿は写真のようである。
4_2
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/120526/cpd1205261619006-n1.htm

今西憲之+週刊朝日取材班『福島原発の真実 最高幹部の独白』朝日新聞出版(1203)には、「4号機の前で体が固まった」という見出しで以下のような記述がある。

 迫るように視界に入ってきたのは、4号機だった。地震・津波と爆発で、建屋のコンクリート壁はゴツゴツとした岩の塊のように様変わりして散乱し、鉄骨がむしり取られたように飛び出している。巨大なコンクリート片が鉄筋に引っかかったまま、壁面にぶら下がっていた。
 鉄骨のフレームが大きく陥没しているところがあった。その下には、薄い緑色で組まれた大きなフレームが見える。あの付近に燃料プールがあるという話ではなかったか。すぐに崩れてしまいそうに見えた。
 これまで見てきた新聞の社写真やテレビの映像とは、これはまったく違う。圧倒的な迫力。震えが止まらず、体が固まってしまった。
 「東京電力や政府の公表してきた写真や動画はなんだったのか。だまされた。」
 ただ、呆然とするばかりだった。

pp154~155

首都圏近郊には、M7クラスの直下型地震の危険性が迫っていることが指摘されている。
⇒2012年2月 6日 (月):地震の発生確率の伝え方
⇒2012年2月10日 (金):地震の発生確率の伝え方②/東大地震研平田教授の意見

上記でも触れたように、地震の発生確率をどう理解するかは、なかなかやっかいではある。
⇒2011年5月12日 (木):地震の発生確率の意味/やっぱり菅首相は、一刻も早く退陣すべきだ(26)

しかし、もはや「想定外」などという言い訳は通用しない。
最悪事態を想定して対策を講じなければならないのは、改めて言うまでもないことだろう。
もちろん、直ちに実施できる対策と実施できない対策とがあることは理解する。
いま直ちに万全の対策を、と言うわけではない。
しかし、想定はしておかなければならないと考える。

上記記事に、米国スリーマイル島原発事故の調査に参加したことがある原子力技術者のアーニー・ガンダーセンという米国人の「警告」が紹介されている。

4号機の燃料プールに問題が生じたら、チェルノブイリ以上の大惨事になることは確実です。そうなれば、周囲の広大な土地は居住不能になり、日本はその居住不可能エリアによって、北と南に大きく分断されてしまうでしょう

つまり、菅政権の官邸が隠ぺいした「最悪シナリオ」である。
⇒2012年1月24日 (火):議事録の不作成は故意か過失か?/原発事故の真相(17)
⇒2012年2月29日 (水):民間事故調報告書/原発事故の真相(18)
⇒2012年4月 7日 (土):官邸が隠した“悪魔のシナリオ”とは?/原発事故の真相(25)
少なくとも、枝野経産相、細野環境相という現職の大臣は、このシナリオを熟知しているはずである。

菅前首相は、国会事故調で、原子力ムラを軍部に喩えた。
⇒2012年5月28日 (月):国会事故調への期待/原発事故の真相(31)
⇒2012年5月29日 (火):依然として不明朗な「藪の中」/原発事故の真相(32)

原子力ムラが問題であることは同感である。
⇒2012年5月27日 (日):原子力ムラの懲りない人たち/原発事故の真相(30)
しかし、独走する権力という意味でなら、まさに政府が軍部に喩えられるべきではなかろうか。
改めて、恐ろしい国だなあ、と思う。

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2012年6月 1日 (金)

福島原発事故の水問題/原発事故の真相(33)

水収支という言葉がある。

一定の地域において一定の期間に流入する水の量と流出する水の量との差引勘定。流入には降水や地表および地下の流入水、流出には蒸発散する水や地表および地下の流出水がある。
http://www.weblio.jp/content/%E6%B0%B4%E5%8F%8E%E6%94%AF

収支とは、収入と支出、つまり「入りと出」である。
保存則が成り立つものについては、ある状態、たとえば一定の地域における水の量、は入ってくる量と出ていく量で決まる。
お金も水も、エネルギーも同じことである。
⇒2009年8月27日 (木):熱と温度 その4.熱伝導率と熱拡散率(続)/「同じ」と「違う」(6)

ところで、今年の3月26日に公開された原子炉内部の映像(内視鏡映像)によって、原子炉の水位が想定よりずいぶん低いことが明らかにされた。
⇒2012年3月29日 (木):2号機内部の内視鏡映像/原発事故の真相(23)

水位は、水収支の関数である。
水位が想定外だったということは、水収支が想定外であったことを意味する。

5月30日付の東京新聞に、福島第一原発の水収支に関する解説記事が載っていた。

Photo

 Q 2号機の水位も六十センチという記事があったけど、どういうこと?
 A 格納容器が損傷している証拠。1~3号機とも炉心溶融が起きた時、原子炉(圧力容器)の底部が壊れ、格納容器も高熱と高圧で弱い接合部などが壊れた。1号機には毎日百六十トン、2号機には二百二十トンの水が原子炉に注入されているけど、すぐに格納容器に漏れ出し、さらには原子炉建屋地下に流れ込んでいる。
・・・・・・
 Q 処理した水はどうしているの?
 A 先週だと、一日平均で約九百トンの汚染水を処理して、うち五百トンを1~3号機の核燃料を冷やすのに再利用した。でも、残りの四百トンは使い道がなくて、敷地内のタンクにためている。
 Q ずっとため続けるの?
 A それが問題なんだ。敷地内に大小約一千基(容量は計約二十万トン)のタンクを設置したけど、もう残りは四万トン強。あと三カ月もすれば満杯になる計算だから、また増設する。地下のため池も造る。でも、十年くらいは注水を続けるし、タービン建屋地下には一日数百トンの地下水が流れ込み、高濃度汚染水と混じって水量を増やしてしまっている。何とかしないと。
 Q タンクの水を海に捨てるのでは?
 A 東電は昨年末、そうしようとした。でも、漁協などの猛反発で断念した。セシウムは除去できても、ストロンチウムなどは残っているから。こうした放射性物質も除去できる装置を秋ごろ導入するそうだけど、効果はやってみないと分からない。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012053002000094.html

常識的に考えれば、水収支の計算の合わない量は、環境中に流出した(している)のだろう。
6月1日付の「ダイヤモンド・オンライン」誌に、『福島・小名浜港に水揚げされた初ガツオ/築地市場で値段がつかない風評被害の深刻』という記事が載っている。

 漁業の復興を願う被災地の生産者の思いはまたも打ち砕かれた。
 震災前には国内有数のカツオの水揚げ港であった福島・小名浜漁港で、5月21日、今年初めてのカツオの水揚げが行われた。水揚げされたカツオは翌日、一部が東京の築地市場に卸された。
 ものによっては最高値でカツオ1キログラム当たり2100円の値が付いたこの日、小名浜で水揚げされたものは同105円という“捨て値”しかつかなかった。
 このカツオは、汚染が心配される福島沖で漁獲されたものではない。福島県から500キロ以上離れた八丈島沖で取れたものだ。静岡や千葉など他の漁港で水揚げされた、同じ水域で漁獲された同じカツオは、通常の価格で取引されている。まったくいわれのない、まさに風評による被害だ

http://diamond.jp/articles/print/19388

同誌のように「風評による被害」と言い切ってしまっていいのか。
それだけ、小名浜のブランド価値が毀損された「実害」とも言える。
正当な補償がされるのか、心配である。
フクイチでは、冷却用の水の処理の問題さえ解決していないのである。

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