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2012年5月 7日 (月)

『古事記』の冒頭とビッグバン/やまとの謎(64)

宇宙の始まりは、ビッグバンという言葉で語られている。
ビッグバンとは、以下のようなものである。

宇宙は一点から始まった。その始まりは、いまから140億年くらい前に起きたビッグバン(大爆発、big  bang)といわれている。そして宇宙は現在に至るまで膨張を続けている。初め、超高温・超高密度だった宇宙(火の玉宇宙)は膨張したため、今日の冷えて空疎な空間になってしまった。このビッグバンによって、“空間”ができたばかりか、“時間“もここから始まったと考えられている。このビッグバン・モデルは1948年、アメリカのG.ガモフ(ロシア→アメリカ、1904年~1968年)によって提唱された。
http://www.s-yamaga.jp/nanimono/uchu/bigbang-1.htm

時間の始まり、と言われても私にはピンと来ない。
つい、「その前はどうだったのか?」と訊きたくなる。
それを問うこと自体が無意味だということであろうが、素人には釈然としない。

『古事記』には、数多くの謎がある。
誰が、どのような意図のもとに構想したか?
『日本書紀』との関係は?
⇒2011年11月23日 (水):『古事記』と『日本書紀』/「同じ」と「違う」(36)
⇒2011年11月24日 (木):『古事記』偽書説/やまとの謎(48)

『古事記』は次のような描写から始まる。

そもそも、元始の混沌はすでに凝り固まったものの、気配も現象も未だ現れず、名もなく動きもなく、誰もその形を知りませんでした。しかしながら、天地が初めて分かれると、三神(天之御中主〔アメノミナカヌシ〕神、高御産巣日〔タカミムスヒ〕神、神産巣日〔カムムスヒ〕神)が創造の初めとなり、陰陽が分かれると、二霊(伊邪那岐〔イザナキ〕命、伊邪那美〔イザナミ〕命)が万物の親となりました。そして(伊邪那岐〔イザナキ〕命が)黄泉國〔よみのくに〕に出入りし、目を洗うと日月(天照〔アマテラス〕大御神、月讀〔ツクヨミ〕命)が現れ、海水に浮かんだり沈んだりして身を漱ぐと神々が現れました。このように、元始以前のことは定かではありませんが、言い伝えによって、神が国土を娠み島を生んだ時のことを知ることができ、また、元始は遥か太古のことですが、古の賢人たちのおかげで、神が生まれ人が育った世のことを知ることができます。
http://j-myth.info/kojiki/kojiki01.html

ビッグバンを連想させるものではなかろうか?
もちろん、太安万侶らが、ビッグバンのような現象を想定していたとは思えない。
しかし、世界の始まりに対する想像力が、「混沌とした状態」を考えさせたのであろう。

『古事記』のWikipediaの解説は以下のようである。

古事記(こじき、ふることふみ)は、その序によれば712年(和銅5年)太朝臣安萬侶(おほのあそみやすまろ、太安万侶(おおのやすまろ))によって献上された、現代確認できる日本最古の歴史書である。上・中・下の全3巻に分かれる。原本は存在していないが、後世の写本の古事記の序文に書かれた和銅年及び月日によって、年代が確認されている。
『古事記』に登場する神々は多くの神社で祭神としてまつられ、今日に至るまで日本の宗教文化と精神文化に多大な影響を与えている。

今年は、太安万侶の献上から1300年にあたる節目の年である。
『古事記』と『日本書紀』という2つの正史が、それほど時間が違わない時期に編纂されたことは大きな謎であり、その理由について、諸説ある。
⇒2008年5月13日 (火):二冊の正史

『古事記』は決して読みやすい書物とはいえないが、Wikipediaにあるように、日本文化のさまざまな面に影響力を持ってきた。
『古事記』には『日本書紀』にはない序文が付されている。
この序文には、『古事記』本文の大まかな流れや『古事記』編纂の経緯が記されている。

天皇の仰せられますには、「私の聞き及んでいるところでは、諸家が先祖から伝え持っている帝紀と本辞とは、今ではもはや真実と違って、虚偽を加えているものも多いという。
今においてその誤りを正さなかったならば、幾年も経たないうちに、言い伝えの本旨が滅びてしまうだろう。それは帝紀と本辞とが、国家の行政の根本であり、天子の事業の基礎であるからだ。そこで帝紀と旧辞とが、真実のままであるかどうかを調ベ、偽りの部分を取り除いた上、これを記述して後世に伝えようと思う。」このように仰せになりました。
この時たまたま、姓は稗田( ひえだ)、名は阿礼(アレ)という舎人がありました。年は28、生れつきはなはだ聡明であり、どのような文章でも1度目で見れば暗誦することが出来、1度耳で聞いたことは、心に刻んで忘れません。そこで天皇はアレに御命令になり、帝皇の 日継及び先代の旧辞を、読み習わしめたまいました。しかしながら天皇の御世が変って、この御事業はいまだ実現するに至らなかったのであります。

 (『古事記』〈日本の古典1〉福永武彦訳 河出書房新社)

『古事記』編纂の経緯を自ら明かしているわけだが、実は、この序文が疑われているのである。

さて、どういうわけか、天武天皇が稗田阿礼に「帝紀」などの暗誦を命じたことや元明天皇が太安万侶にその文字化を命じたことについては、『古事記』序文以外になんの記録もない。
さらに、714年(和銅7)に紀清人と三宅藤麻呂に国史を撰ばせたことと、720年(養老4)に『日本書紀』が完成したことが『続日本紀』に記されているにもかかわらず、712年(和銅5)の『古事記』撰上に関する記録はどこにもない。
それどころか、多くの史料を活用している『日本書紀』が、8年前に成立しているはずの『古事記』を完全に無視している。
この不自然さを何とか合理的に説明しようとして、『古事記』偽書説が唱えられることになる。

http://www.geocities.jp/yasuko8787/z038.htm

果たして『古事記』編纂の実相は?

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