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2012年5月20日 (日)

入院生活とICT/知的生産の方法(20)

約2年前の入院生活と比べ、今回の入院の最大の相違点は、計画性の有無である。
前回は、突然の発症で、家を出た状態のままの入院であった。
当然、何の準備もない。
⇒2010年3月6日:闘病記・中間報告

今回は、計画的な入院である。
⇒2012年4月18日 (水):川平法に期待して再入院/闘病記・中間報告(41)
準備もそれなりにできた。
とりわけ、パソコン、スマートフォンなどのICTの機器類を持参できたのは大きい。

世紀の変わり目の頃、「IT革命」という言葉が流行した。
IT=Information Technologyすなわち情報技術である。
これに対し、ICTは何か?

ICTとは、情報・通信に関連する技術一般の総称である。従来ひんぱんに用いられてきた「IT」とほぼ同様の意味で用いられるもので、「IT」に替わる表現として日本でも定着しつつある。
ICT(Information and Communication Technology)は、多くの場合「情報通信技術」と和訳される。IT(Information Technology)の「情報」に加えて「コミュニケーション」(共同)性が具体的に表現されている点に特徴がある。ICTとは、ネットワーク通信による情報・知識の共有が念頭に置かれた表現であるといえる。
情報の共有化という点において、ICTはITに比べても一層ユビキタス社会に合致した表現であるといえる。日本でも、2000年頃に盛んに提唱された「e-Japan構想」では「IT」が盛んに用いられたが、2005年を始点とする「u-Japan構想」ではもっぱら「ICT」が用いられている。総務省の「IT政策大綱」も、2005年までにはすでに「ICT政策大綱」に改称されている。
すでに海外では、ITよりもICTのほうがよく通る名称として通用するようになっている。インターネットにおいて「URL」(Uniform Resource Locator)が「URI」(Uniform Resource Identifier)という表現へ移行しつつあるように、「IT」も徐々に「ICT」へ移行していると見られる。
http://www.sophia-it.com/content/ICT

ITにプラスして、Cが入った意味は大きい。
通信の発達により、遠隔地のバリアは大幅に低くなった。
霧島温泉郷といえば、歩いて行ける範囲の小売の店は、コンビニが1軒と土産物屋があるだけである。
とうぜん、書店などあるはずもない。
しかも、滞在場所が病院では、Amazonなどを利用してよいものかどうかも分からない。

しかし、情報の入手という点では余り欠乏感はない。
朝から夕方までのリハビリ訓練でかなり疲労しているということもあるが、どうやら欲望というのは、日常的に接するから肥大化してゆくものらしい。
書物の類も、書店で容易に接するから欲しくなる、というメカニズムが働くようだ。

私は前回退院したあと、かなりの期待をもってスマートフォン(Xperia)を購入した。
しかし、期待は十分には満たせなかった。
⇒2010年12月28日 (火):スマートフォンの可能性/知的生産の方法(3)

その根本要因は、入力のしづらさにあると考えた。
そこで、次にタブレット型端末を試してみた。
⇒2011年2月22日 (火):タブレット端末とスマートフォン/知的生産の方法(12)
これで満足できるはずであったが、やはり入力に難があった。

結果的に、小型のノートパソコンで、通信機能(WiFi、WiMAX)が付いているものに落ち着いた。
1kgちょっとなので、リュック型のカバンであれば、身障者でも持ち運びに大きな負担とはならない。
その上、AU(KDDI)がiPhoneを扱うことになったので、AUの携帯電話をiPhoneにチェンジした。

小型パソコンとiPhoneを携えて、霧島にやってきた。
iPhoneはXperiaと比べてspec的に格段に違うとは言い切れないのだろうが、実際の使用感はずいぶん違うように感じる。
もちろん、私の状態そのものが1年前とは異なるのだが。

iPhoneはいまや入院生活の必需品である。
音楽プレーヤーとして、あるいはカメラとして、そしてもちろん電話として、十分な機能を持っている。
そして、入力以外のたとえば検索等は、ある部分で(たとえば起動の早さなど)パソコンを凌駕している。
私は、ネット情報の多くをiPhoneから入手し、そのままEvernoteにストックしている。
重要なことは、これらの端末機器の利便性向上と同時に、いわゆるクラウドサービスが利用しやすくなったことだろう。
若者のように使いこなせるというわけではないが、EvernoteやDropboxなどは便利に使っている。

残念ながら、ノマドというライフスタイルではない。
⇒2011年2月21日 (月):知的余生の方法とノマドスタイル/知的生産の方法(11)
しかし、霧島という遠隔地でも、仲間とのコミュニケーションはさほど不自由さは感じない。
ICTのお陰で、このブログも途切れず書き続けていられるといえよう。

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コメント

こんにちは!
記事拝見させて頂きました)^o^(

ITの発展を見るのはたのしいですね!

今やクラウドは欠かせなくなってきてるのを実感します。
クラウドビジネスでもっと世界が広がればいいですね!


そしてアプリケーション環境の拡張でビジネスプロセスを近代化させて、クラウドアプリケーションとして実行できるようにして、ますます便利になってほしいですね!!

アプリケーションの近代化やセキュリティのことなど
他にも気になる記事がたくさんありましたので、よろしかったらご覧になってみて下さい。

http://akb.cx/lFp

どうもお邪魔しました(^-^)

投稿: yusukeeeen | 2012年5月22日 (火) 14時42分

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