後期高齢者医療制度の存続/花づな列島復興のためのメモ(69)
今朝の霧島は、あいにくの曇天であった。
さして厚い雲というわけではないが、次から次に雲が湧いてきて、とても日食観測ができるような天候ではなかった。
まあ無理だろうと思いつつ念のため玄関から外に出てみた。
当直の女の先生としばらく未練がましく粘ってみたが、一向に変わる気配がないので諦めて部屋に戻ってTVに映し出される太陽の様子を眺めた。
結局、暗くなる気配すら感じられなかった。
民主党政権がマニフェストを守らないのにはもはや当たり前の感覚、ある種の「慣れ」が生まれつつある。
しかし、本当にそんなことでいいのだろうか?
別に、青臭く「違反」を咎めようというのではないが、政権交代というエポックの意味がまったく失われているのは確かだろう。
詐欺の被害にあうのは、被害者の注意が足りない、とこの場合にも言えるのかどうか?
国家運営の根本に係わる詐欺が許されていたら、この国は無法に陥ることになろう。
メルトダウンしたのは、原子炉だけでなく統治機構もまた、という気がする。
そんなわけで、いまさらマニフェストとの整合性を問題にするのもどうかな、という気もするが、自分の問題でもある後期高齢者医療制度がどうなるかはレビューしておきたい問題である。
私は、学校を卒業後、一貫して「勤め人」だったから、社会保険は「仕組み」として加入していた。
定常的な勤務を終えた後も、任意継続という形で健康保険に加入していた。
運が良かったというべきか悪かったというべきか、脳梗塞に罹ったのは任意継続に移行した年である。
入院生活、外来リハビリ等において、健康保険の有難さを実感した。
現役の「勤め人」のときには、負担している保険料に対して、受益は微々たるものであったが、どこかでバランスがとれるようにできているのだろう。
介護保険については、要支援2の認定を受けている。
バスボード(入浴補助具)の購入などには使ったが、介護サービスは未だ利用していない。
妻などのサポートで、介護サービスを利用しなくても、日常的な生活に支障はない。
今国会の焦点である社会保障改革の一環として、「後期高齢者医療制度」が話題になっている。
後期高齢者とは75歳以上の人を呼ぶが、私の周りでは、75歳を超えても「後期」どころか「高齢者」と呼ぶのも躊躇われるような人が多い。
それはともかくとして、政府・民主党の「改革案」は次のように報じられている。
政府・民主党が今国会提出を目指す「後期高齢者医療制度見直し法案」(仮称)の全容が17日、明らかになった。
75歳以上を対象にした「後期高齢者医療制度」の制度名について、「後期」という単語を外して「高齢者医療制度」に改め、75歳以上のサラリーマン約33万人を現行制度から勤務先の健康保険に移すことが柱だ。結果的に自民、公明両党の主張に配慮した内容となった。ただ、消費税増税を柱とする社会保障と税の一体改革をめぐる与野党協議で自公両党が歩み寄るかどうかは不透明だ。
法案は、自公政権時代にスタートした現行制度の一部修正にとどまり、民主党が2009年の衆院選政権公約(マニフェスト)で掲げた「後期高齢者医療制度の廃止」は事実上の棚上げとなった。
法案では、後期高齢者医療制度の運営主体である市町村の負担を軽減するため、都道府県も新たに運営に加われるようにする。後期高齢者医療制度は当面、実質的に存続となる。
ただ、法施行から5年後をメドに、年齢区分を全廃し、高齢者も現役世代と同じ国民健康保険や被用者保険に加入するとしており、最終的には、制度を「解体」する方針を維持している。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120517-OYT1T01481.htm
確かに、「後期」という名称が適切とはいえない人が多いのは事実だが、「後期」という単語を外して「高齢者医療制度」に改め」というのは、いかにも姑息である印象を受ける。
「民主党の政権政策Manifesto2009」には、「年金・医療」について、「後期高齢者医療制度は廃止し、医師の数を1.5倍にします。」と明記している。
この制度は、国の医療制度改革の一環として、第3次小泉改造内閣が提出し成立した。
当初から名称をめぐってさまざまな話題になった。
名称はどうでもいいとは言わないが、まず問われるべきは、中身であろう。
制度は、日本国内に住む75歳以上の後期高齢者全員と、前期高齢者(65~74歳)で障害のある者を対象とする、他の健康保険とは独立した医療保険制度である。
私は、健康保険と連続性のある制度だと思い込んでいたがそうではなかった。
狙いはいくつかあるだろうが、「この制度は、医療費が際限なく上がっていく痛みを後期高齢者が自ら自分の感覚で感じ取っていただくものだ」と厚労省の担当者が石川県で講演し際に話したというあたりにホンネが見える。
つまり、弱者も「応分の」負担をしろということだ。
問題は、「応分の」ということに明確な基準がないことだ。
ということは、相対的に弱者の負担がキツクなることは目に見えている。
後期高齢者を別の保険に切り離して、必要な医療が受けられなくなるということでは、今まで日本経済を支えてきた世代の人々が、高齢期になったら国から見捨てられたように感じることは必定だろう。
政府・民主党は、「民主党の政権政策Manifesto2009」の精神、実行可能性等をじっくり検証すべきではないか。
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