吉本隆明の天皇(制)論/やまとの謎(58)
吉本隆明さんが取り組んできたテーマは多方面にわたっている。
特に、国家論の問題は、時間軸的にも長く対象にしてきたものである。
鷲田小彌太『増補・吉本隆明論』三一書房(9006)は以下のような構成であるが、少なくとも第三章までの中心的イシューであると言ってよい。
第一章 敗戦期の自己意識-「近代の超克」
第二章 戦後民主主義の批判-「擬制」の終焉
第三章 戦後思想の達成-「自立」の思想的拠点
第四章 戦後思想の解体と定着-世界普遍への道
第五章 ポストモダンの思考-「超西欧的まで」
増補 戦後思想の目録と吉本隆明-21世紀を拓く思想
特に「日本」という国家のことを想定すると、天皇(制)との係わりをどう捉えるかということが欠かせない。
以下、『増補・吉本隆明論』によりつつ、吉本隆明(以下敬称略)の天皇(制)論を見てみよう。
同書の巻末の著作年譜によれば、吉本は筑摩書房から出版された2つの「思想体系」で編集・解説を担当している。
・現代日本思想体系4『ナショナリズム』(6406)
・戦後日本思想体系5『国家の思想』(6909)
5年の間に同じ出版社が企画した2つの全集の類似の巻を担当しているということは、少なくとも1回目が好評だったことを示しているだろう。
この当時筑摩書房は『展望』という総合誌を出していた。インパクトのある評論が掲載されていた。
この雑誌に載った『自立の思想的拠点』(65年3月号)は、評論集のタイトルにも使われている。
代表的論考の1つに挙げていいだろう。
鷲田氏によれば、『ナショナリズム』と『国家の思想』の意味は同じである。
このそれぞれに吉本は『日本のナショナリズム』と『天皇および天皇制について』という解説を書いている。
ここでは後者に関する鷲田氏の解説は、以下のようである。
吉本の天皇(制)に関する主張は、次の3つの命題に要約できる。
(1)天皇(制)の本質は、宗教的権威にある。
(2)戦後、天皇(制)は、政治的・経済的にブルジョワジーの影になった。
(3)天皇(制)は、日本資本主義が倒れれば、根底からなくなる。より具体的に言えば、農耕社会がなくなれば消滅する。
吉本は、徴兵される年齢に達していずれは「死」をむかえるが、そのとき「国家(お国)」のため、というのは実体を欠いていて自分が生命と交換するのには重量不足ではないか、と考える。
「お国のため」に代わるものはなにか。
(1)<お国のため>ではなく、<天皇のため>
(2)<お国のため>ではなく、<親や兄弟姉妹や親しく善き友たちや想うひとのため>
私には、(2)は自然であるが、(1)唐突である。
それは世代の差によるものなのか、個性の差によるものなのか。
なお、ここで「天皇のため」ということには、天皇の人格の問題は含まない。言い換えれば、自然人としての天皇の属性とは関係がない。
もちろん、吉本も天皇が現人神であると信じていたわけではなく、「絶対的感情」の対象でさえありさえすればよかった。
これも分かりにくいところであるが、たとえば日本浪漫派などの立場と共通なのであろうか。
吉本が戦争期に天皇(制)によって欺かれたのはなぜか。
鷲田氏は次の文章を引用する。
その根拠のひとつは、<天皇(制)が共同祭儀の世襲、共同祭儀の司祭としての権威をつうじて、間接的に政治的国家を統御することを本質的な方法とし、けっして直接的に政治的国家の統御にのりださなかったことの意味を巧くとらえることができなかったことである。
また別の根拠は、<天皇(制)>の成立以前の政治的な統治形態が、歴史的に実在した時期があったことをみぬけなかったことである。わが列島の歴史時代は数千年をさかのぼることができるのに、<天皇(制)の歴史は千数百年をさかのぼることはできない。この数千年の空白の時代を掘りおこすことのなかに、<天皇(制)の宗教的支配の歴史を相対化すべきカギはかくされているよいっていい。
宗教的権威が共同祭儀を世襲し、政治的権力とは相対的に独立して存在してきたこと、その世襲が万世一系であるかのように国民の多数にとって信じられたこと、に天皇(制)のカギがある、ということであろう。
千数百年という時間が、万世一系にまで拡大された。
万世一系はフィクションであるが、あたかもそうであるかのように信じるに足る期間、継続してきたのである。
象徴天皇制において、共同祭儀は同じような役割を果たしていくのだろうか。
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