『方法としての吉本隆明』/やまとの謎(59)
吉本隆明氏の影響は、広くかつ深い。
たとえば、『吉本隆明論』と銘打った単行本だけでも何冊あるだろうか。
その他に、室伏志畔『方法としての吉本隆明』響文社(0805)という書籍もある。
室伏氏は、奥付によれば、「60年代の自立思潮の洗礼を受け、文芸批評から90年代より歴史学への批評的介入を敢行」とある。
室伏氏が洗礼を受けたとする「自立思潮」とは、もちろん吉本氏の展開してきた思想(=吉本思想)で代表される思想の潮流である。
室伏氏の論考の一端については触れたことがある。
⇒2007年9月22日 (土):倭国のラストプリンセス?
⇒2011年1月20日 (木):平城京モデルと白村江の戦い/やまとの謎(25)
室伏氏は、『方法としての吉本隆明』の冒頭に、次のように書いている。
私は幾度となく時代の曲がり目毎に吉本隆明から顔を張られた思いがある。そのたびに私は身構えを改めてきた。それを私に促したのは吉本思想が常に手放すことのない時代への批評的介入の見事さにあった。想えば八〇年代の吉本思想の変容を踏まえることなしに私の九〇年代の出発はなかったし、その論理が赴いたところは、無意識に七〇年代の吉本国家論をなぞっていた。
この吉本思想の形成がさらに掘り下げられ、その意味の深化がさらにはかられるのを望む一方、私は吉本方法論による新領域の開拓がなおざりにされていると思い、私なりに少しくそれを展開してきた。これはその吉本方法論の応用からする一報告である。
この文章を読んで、私は、企業戦略において広く用いられているフレームを連想した。
アンゾフ・モデルと呼ばれるもので、市場と製品・技術をそれぞれ新と旧で2分したマトリクスを考える。
その中で、ある市場で成功している方法・技術を他市場に応用して新規市場を創出しようということにそうとうするのではないか。
左上が現在自分たちが事業を行っている領域です。ここで売上を伸ばすことができれば、ベストです。これを市場浸透と呼びますが、一度冷え込んだ市場に火をともすわけですから、普通のやり方では無理です。マーケティング力のある企業向きです。右上の製品開発は、もしヒット商品が出せれば願ったりかなったりですが、そう簡単ではありません。研究開発力や商品企画力に優れた企業に向いています。また、左下の市場開発は既存の製品や技術を持って新市場(ほとんどの場合海外)に打って出ることです。新市場というのはその企業にとって新規であるだけで、大概の場合、既存のプレーヤーがいます。そこでの競争は非常に厳しく、自社の製品や技術に自信があり、かつ現地適応力のある企業に向いています。一方、右下の多角化は製品も顧客も何の強みがないところに出て行くことを意味しますから、よほどのことがない限り避けるべきです。
http://special.nikkeibp.co.jp/ts/article/a0ab/107715/
室伏氏がアンゾフモデルを意識していたかどうかは分からないが、既存の方法論(吉本氏の展開してきた思考の成果)を、他の分野(日本古代史、特に九州王朝論もしくは大和朝廷論)に応用してみたら、ということである。
具体的にはどういうことか?
室伏氏は古田武彦氏の「九州王朝論」にコミットしてきた。
⇒2008年1月 7日 (月):「九州年号」論
しかし、室伏氏は古田氏の大和朝廷論へ異論を唱える。
吉本の共同幻想論から古田史学を検証し、古田武彦が踏襲した記紀の大和朝廷を中心とした「歴史的枠組み」を動かすことにあった。戦後史学は、考古学を記紀の論証に使い、大筋それを肯定してきたのは、その指示表出と共に下ったからである。
もちろん、室伏氏の説はまったくの異端であって、アカデミズムからは無視されているといっていいだろう。
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