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2012年2月18日 (土)

小沢裁判に対する疑問

小沢一郎民主党元代表の政治資金規正法違反が問われている公判で、東京地裁は、小沢被告の関与を認めた元秘書の供述調書の多くを証拠から排除する決定をした。
小沢氏に対する好き嫌いといったレベルの問題を捨象すれば、この裁判は、あり得ることが不思議な感じのする裁判ではないだろうか?

何が問われているのか?

陸山会が購入した土地をめぐり、小沢氏から04年に購入費を借りて07年に返済するなどした経緯を、04、05、07年分の収支報告書に正確に記載しなかったとされる事件。東京地検特捜部は10年1月、衆院議員の石川知裕、大久保隆規、池田光智の3元秘書を政治資金規正法違反容疑で逮捕し、2月に起訴。小沢氏については市民団体の告発も受けて捜査したが、不起訴(嫌疑不十分)とした。市民団体はこの不起訴処分を不服として検察審査会に審査を申し立て、04、05年分の事件を担当した東京第五検察審査会は10年4月に「起訴相当」と議決。2度目の審査でも「起訴すべきだ」との起訴議決を10月に公表し、強制起訴が決まった。07年分を審査した第一審査会の議決は、強制起訴に至らない「不起訴不当」にとどまった。
陸山会の土地取引事件

つまり、収支報告書の記載が適切か否かということである。
最初、西松建設からの違法献金が疑われた。
小沢民主党代表の公設秘書が、西松建設が作った政治団体をダミーにした政界へのトンネル献金疑惑で逮捕されたのだった。
政権交代へと時代が動こうとしているときだったから、衝撃は大きかった。
⇒2009年3月 4日 (水):小沢スキャンダルは、自民党の神風になるか?

推定無罪という法理がある。

刑事裁判で、証拠に基づいて有罪を宣告されるまで、被告人は無罪と推定されるべきであるということ。疑わしきは罰せずを原則とする。
デジタル大辞泉の解説

ところが、わが国の刑事裁判では、起訴されるとほとんど有罪になることから、起訴すなわち有罪と見なされる傾向がある。
そのような事情からか、当時の与党の自民党サイドに情報操作の疑いもでて、なにやら陰謀めいた成り行きになった。
⇒2009年3月12日 (木):情報源の秘匿と知る権利

結果的に小沢氏は、秘書が逮捕された責任をとって代表を辞任し、総選挙では民主党が圧勝して政権交代が実現した。
小沢氏の後を受けて代表の座についた鳩山由紀夫氏が首相になり、鳩山氏の政権運営が躓いて、菅直人前首相となった。
小沢氏は代表戦に立って菅氏と争ったが、菅氏が勝利した。
⇒2010年9月15日 (水):民主党の代表選結果の感想

菅氏が、反小沢によって支持率を上げることができると考えたのは間違いない。
しかし、軸となるべき綱領も定められないまま政権党になった民主党が迷走するのは必然だったといえる。
⇒2011年1月 5日 (水):綱領なき民主党の菅VS小沢の不毛な争い

しかも、検察が不起訴だとする判断を不服として、検察審議会の議決を受けた。
2度に渡る「起訴相当」の議決によって、法の定めによって、小沢氏は強制起訴を受けることになった。
民主党の執行部は、このことをもって小沢氏の処分に踏み切った。
ニュージーランドで起きた地震により日本人留学生が多数亡くなったという状況のとき、推定無罪の原則を捨てることに熱中したことを、われわれは記憶にとどめておいた方がいいだろう。
⇒2011年2月25日 (金):民主党の小沢処分をどう考えるか?

自然現象としてのニュージーランドの地震と、東日本東北沖太平洋地震は、直接は関係ないだろう。
しかし、震災という社会現象は、対応の仕方で被害の程度が変わる可能性がある。
少なくとも、災害の復旧や復興は、政治が何に力点を置いているかによって、大きく異なってくるはずである。

ところで、小沢氏の裁判の行方はどうなるであろうか?
もちろん予断は許されないが、まあ、証拠が不採用では有罪の立証は困難になったと見るべきだろう。
関係者の感想は以下のようなものだ。

検察幹部や識者らは厳しい検察批判と受け止め、「特捜の惨敗」という声もあがった。
・・・・・・
小沢被告の弁護団は閉廷後に記者会見。主任弁護人の弘中惇一郎弁護士(66)は、陸山会元事務担当者・石川知裕衆院議員(38)の調書の大半を却下した今回の決定によって「有罪とする証拠はほとんど消えた」と評価し、「最終的に無罪あるいは公訴(起訴)棄却を勝ち取りたい」と自信をのぞかせた。
・・・・・・
一方、指定弁護士の大室俊三弁護士(62)も閉廷後に取材に応じ、「予想の範囲。間接事実の積み重ねで、十分有罪を立証できる」と強気の構え。
特捜の惨敗?小沢氏側「有罪の証拠消えた」

小沢氏の場合、冤罪という言葉は相応しくないかも知れない。
⇒2010年10月 8日 (金):冤罪と推定無罪/「同じ」と「違う」(22)
しかし、時間は非可逆的であり、裁判の結果が無罪であったにせよ、取り返せないことがあるのも事実である。
検察審査会の制度が問われることにもなろう。
⇒2010年10月 9日 (土):検察審査会/理念と現実の乖離(4)

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