『雪国』と文体/知的生産の方法(17)
1 文章の様式。口語体・文語体・和文体・漢文体・書簡体・論文体など。
2 その作者にみられる特有な文章表現上の特色。作者の思想・個性が文章の語句・語法・修辞などに現れて、一つの特徴・傾向となっているもの。スタイル。
http://kotobank.jp/word/%E6%96%87%E4%BD%93
たとえば、『雪国』と『新・雪国』は、「1」については「同じ」であるが、「2」については「違う」と感じられる。
⇒2012年2月 9日 (木):『雪国』と『新・雪国』/「同じ」と「違う」(41)
その違いは、作者の個性を反映しているであろう。
文体について、定量的な研究は、たとえば邪馬台国研究者として著名な安本美典氏などが行っている。
『雪国』の冒頭は、日本文学の中でも最も有名なフレーズの1つであろう。
国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。………
(写真は、湯沢町観光協会のサイト)
イラストレーターの和田誠さんが、この一節を材料にして、有名作家などの文章を模写してみせる、という遊びを長いこと続けている。
手許の『倫敦巴里』話の特集社(7708)を見ると、最初は、雑誌「話の特集70年2月号」に掲載された『雪国・またはノーベル賞をもらいましょう』のようだ。
ちなみに、川端康成が、日本人としては初めてノーベル文学賞を受賞したのは、1968年10月のことであったから、和田誠さんの試みは、ノーベル賞が1つのきっかけになったのであろう。
この号では、庄司薫、野坂昭如、植草甚一、星新一、淀川長治、伊丹十三の各氏の文体が模写されている。
いずれも当時の人気文筆家であり、和田さんの本業である似顔と共に、それぞれの文体の特徴を捉えた文章載っている。
この企画は大好評だったと思われる。
同誌の72年11月号に『雪国ショー』、73年12月号に『新・雪国』、75年2月号に『又・雪国』、77年2月号に『お楽しみは雪国だ』と続いた。
これらは『倫敦巴里』に収載されているが、その後も試みは続いていて、「本の雑誌2001年1月号」に、『海外篇』が掲載されている。
『海外篇』とは、例えば、小田島雄志訳のシェイクスピアなどである。
恐れ入るばかりの才気と根気である。
雰囲気を伝えるために一部をコピーしよう。
肝心の文章は、たとえば、野坂昭如氏。
国境の長いトンネルを抜ければまごう方なきそこは雪国。夜の底白くなり、信号所に汽車が止まると向こう側の座席から一人の女立ち上がり、あれよと見守るうち、島村の前のガラス窓落としたから雪の冷気いやが上にも流れこむ。………
あるいは、伊丹十三氏。
列車が国境の長いトンネルを抜けたとお考えください。そこは雪国であった。
いや、実に雪国なんだなあ。川端康成氏なら、その時の感じを、かくも表現したであろうか。すなわち、夜の底が白くなった。
おもんぱかるに、そのあたりは新潟県湯沢温泉ということになる。………
如何であろうか。両氏の文体の特徴を実にうまく捉えている。
まさに、「野坂昭如氏ならば、あるいは伊丹十三氏ならば、かくも表現したであろうか」という感じである。
このような試みが成立するのも、和田さんが類い希なる才能の持ち主だからであるのは言うまでもない。
同時に、『雪国』そのものの魅力と、その特に冒頭の部分が、川端のノーベル賞受賞なども含めて、多くの人に知られているからであろう。
しかし、文章とは個性的である。
というより、個性が分かるような文章の書き手になりたいものだ。
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