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2012年2月11日 (土)

建国記念の日と神武天皇の遺伝子/やまとの謎(55)

今日は「建国記念の日」である。
既に下り坂にさしかかっていた気配のあったわが国は、「3・11」によって、いよいよ未曾有ともいうべき国難に直面しているようだ。
そういう時期に、あらためて国の存立に思いを致す日があってもいいだろう。
私は、「建国記念の日」を設けること自体は賛成である。
⇒2011年2月11日 (金):建国記念の日とどう向き合うか?/やまとの謎(27)

「3・11」により、「絆」ということが強調され、去年の「今年の漢字」にもこの字が選ばれた。
⇒2011年12月12日 (月):今年の漢字は、「絆」
2月11日と定めた根拠は、記紀が記す神武天皇の事績である。
今年は、『古事記』が、太朝臣安萬侶によって献上されたといわれるときから、1300年という節目の年であるし、大震災後はじめての「建国記念の日」であるから、格別の位置を占めている。

『日本書紀』によれば、初代神武天皇は「辛酉年の春正月の庚辰の朔」に橿原宮で即位した。
西暦に直すと紀元前660年の2月11日に当たるとして「紀元節」が定められた。
敗戦後、紀元節はGHQにより廃止されたが、昭和42(1967)年から「建国記念の日」として祝日化された。

紀元節が廃止されたには、いわゆる皇国史観と密接に結びついてついていたからである。
即位を前にしての神武天皇の令に、「六合(くにのうち)を兼ねて都を開き、八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)にせむこと、亦可(またよ)からずや」(国を一つにして都を開き、天地四方の人々が一緒に住む家のようにしよう。それはすばらしいことだ)という言葉がある。
ここから「八紘一宇」という大東亜共栄圏のスローガンが生まれた。

大東亜戦争(太平洋戦争)の評価も分裂している。
私は、アジア諸国への侵略という側面から目を逸らすべきではない、と考える。
「八紘一宇」という四文字言葉が、日本の植民地主義の代名詞として機能したということである。
しかし、それは反日的な自虐史観であると非難とする考えがある。たとえば、今日の産経新聞の主張(社説)欄は、次のように言う。

『古事記』や『日本書紀』などには、国生みの神話などに続いて神武天皇即位の記述がある。現在の「建国記念の日」につながるものだが、残念ながら戦後、神話も建国のいわれも皇国史観や軍国主義に結びつけられ排除された。
代わって反日的な自虐史観が勢いを増し、健全な愛国心が希薄になった面もある。自国の歴史を否定する国家にどうして民族の誇りや自信が育ち得ようか。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120211/trd12021103020001-n1.htm

私は、戦後精神が盛んだった時期に学校教育を受けたから、その影響はあるだろう。
しかし、教育現場で、あからさまに活動家の姿を見せた教師は皆無だったように思う。
そして、愛国心は自然な感情として持ち合わせていると思うし、日の丸の国旗はすばらしいデザインだと思う。
自虐史観というよりも自省史観というべきではなかろうか、と思っている。
自分たちの国の歴史を客観的に省みたいし、反省すべきは反省したい。

「絆」の根拠として、「八紘一宇」という言葉を再評価しようと考える人もいる。
たとえば、産経新聞の【土・日曜日に書く】というコラムで、論説委員・皿木喜久氏は、『日本人の絆は「神武」以来』という文章を書いている。

あの大震災以来、家族や地域、そして国民の間の「絆」の大切さが言われている。昨年の「今年の漢字」ともなった。その一方、例えば津波による膨大なガレキの受け入れ、処分を頑強に拒否する地域があるなど、「絆」のほころびも目立つ。
だが日本では「神武」の時代からそうした「絆」を国づくりの理念としてきた。そのことに気づいた明治維新期の人たちは、受け継ぐため「紀元節」を設けた。
大震災による未曽有の危機を乗り越えるため、現代の政府も国民も、もう一度そのことに気づきたい。そして虚心坦懐に今日の「建国記念の日」を祝いたいものだ。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120211/art12021103050001-n1.htm

ガレキの受け入れについては、静岡県の市町でも対応が揺れている。
総論賛成各論反対という地域エゴも感じられるが、根本に、「政府の言うことに対する不信感」があるように思う。
放射能のように、「目に見えず」「直ちには健康に影響がない」といわれる害悪にナーバスになる住民感情も分からないではない。
私自身は、一定の基準値以下のガレキ受け入れには賛成であるが。

女性宮家創設の問題等、皇室をめぐる課題は多い。
折しも、天皇陛下は心臓の検査を受けられるため、東京大学附属病院に入られたとのことである。
去年も2月11日に検査入院しているから、ちょうど1年ぶりである。
検査の結果はいずれ公表されるであろうが、現時点では不明である。しかし、急速に大事に至るようなことはないと思われる。
それはそれとして、皇室典範の論議においては、皇位継承の問題も避けては通れないであろう。

皇位は世襲によると定められている。
世襲以外に妥当な方法があるとは思えないが、世襲というのも「論理」に馴染みがたい。
そこで、神武天皇のY染色体を継承しているから天皇は男性でなければならない、という「Yの論理」が喧伝されることになる。
代表は、雑誌「正論」11年04月号に寄稿している八木秀次、新田均氏らである。
⇒2011年1月10日 (月):皇統論における「Yの論理」への疑問

しかし、神武天皇のY染色体とは何だろうか?
Y染色体は、父親から息子に継承されるといわれる。
息子の数は、今の時代では、0か1であり、2は稀、3以上は例外的である。
0があればそこで途絶する。したがって、直系にこだわれば、途絶するのは時間の問題であろう。

そこで、女性宮家の創設ということに繋がるのであろうが、皇室典範の改正論議では、皇位継承の問題は、当面封印されるらしい。
かつては、正妻以外の女性も正式に存在を認められていたから、複数人の息子を認知できた。
仮に、息子2人として計算すれば、特定の男性のY染色体を共有する男の数は以下のようになる。
1代:2人
2代:4人
3代:8人
n代:2のn乗

今上天皇は、125代だから2の125乗。
いくつになるか?
42,5352,9586,5117,3079,3292,1825,9289,7102,6432
である。
http://www.ffortune.net/kazu/kazu/bin.htm

日本人の人口を1億3,000万人(130,000,000人)とすれば、その数の余りの大きさが実感できるだろう。
言い換えれば、現代の我々の中にも神武天皇と同じ遺伝子を持つ人間が数多くいるのである。
また、神武天皇自身、同じY染色体を持つ同世代人は無数にいたであろう。
要は、価値を見いだすための差別化のファクターに、血統は意味がないということではなかろうか。
だとしたら、世襲を正当化する論理をどう考えるのか?

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コメント

Y染色体ハプロタイプについて、もしくは「マーカ」について説明させて下さい。ここで、専門的な話をしますが、日本人は正確には「D2A」「O2B1」「O3」「C1」「N」でしょうか(アイヌの人達は「D2*」)。日本人集団の中でその占める比率は、日本人であるあなた個人の体の混血比率となります。マーカ「D2A」を持っている日本人と、マーカ「O3」を持っている日本人、それと日本人女性(Y染色体を持たない)も、その混血比率は全く同じです。しかしながら、マーカはその人が偶然もっているだけで、個人に対しては何の意味もなさないのです。ここのところおわかりでしょうか。「マーカ」は動的遺伝子ではありません。突然変異でしか変わらないので「マーカ」として使えるのです。例えば、韓国の人の中にも、数こそ少ないながら、マーカ「D2A」を持っている方がおそらくいるでしょう。しかし、その人の混血比率は朝鮮民族の比率であって、日本人とは違うのです。その人は遠い過去にあったマーカ「D2A」を偶然持たされただけにすぎません。「マーカ」はいわば気まぐれカードです。色々なカードがある中で、偶然それを持っているだけにすぎません。Y染色体ハプロタイプにしても、またミトコンドリア遺伝子にしても、「マーカ」は「大規模な集団」については強力な判別情報となりますが、「個人レベル」では全く意味をなさないのです。有名な良い例をもう一つ上げますと、どこからどう見ても白人のイギリス人なのに、黒人の「Y染色体ハプロタイプA系統」を持っている人がかなりいます。これも同じです。数学の世界となりますが、「マーカ」は、その比率のみ、その集団を他と識別する情報になる意外、何にも使えないという事を理解しておいて下さい。特に個人レベルでは全く判別不能です。「遺伝子からルーツを探ろう」というのがありますが、それは「マーカ」のルーツを探るのであり、その人個人のルーツでは決してないという事です。

投稿: Y染色体 | 2012年10月27日 (土) 02時48分

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