ブラックスワンはどこに棲んでいるのか?/原発事故の真相(16)
1月16日の日経新聞に気になる記事が掲載されていた。
『原発に潜む「ブラックスワン」』というタイトルで、編集委員滝順一という署名がある。
以下のような内容から始まる。
米原子力規制委員会(NRC)が2001年の同時テロ後に発した原子力発電所の安全対策に関する文書がある。
テロ攻撃で原発が全電源喪失に陥ったり使用済み燃料プールが狙われたりする事態を想定したものである。
対策を記した文書中の「章・節」の記号から、「B5b」と関係者は略号で呼ぶ。
そのB5bを、日本原子力技術協会は知らなかった。
日本原子力技術協会は、原発のトラブル情報を共有し技術規格を作成するため電力会社やメーカーが組織した団体である。
NRCは02年に日本の原子力安全・保安院に助言を与え、B5bの内容も伝えていた。これを受け保安院は05年の法改正で核物質に関する情報漏洩の罰則を強化したが、非常用設備が攻撃され機能を失う事態をも想定した対策を電力会社に指示することはなかった。
私たちが身近に接する事象の多くは、正規分布をしている。
Wikipedia
平均値が出現頻度が最も高く、平均値から遠ざかるに従い低くなる。
たとえば、標準偏差をσとすると、平均±3σの間に99.7%が存在するので、品質管理においては、3σの外にあるものは無視する、といった扱いをする。
偏差値の概念が有効な、学力の分布や運動能力の分布などは正規分布である。
正規分布とまったく異なるが、重要な分布としてべき分布が知られている。
これまで正規分布は統計の基礎となり、特に、経済学が数学モデルを作る時に使う確率分布には自然科学の分野で考案されたこの正規分布が多かったが、近年の経済物理学の研究から、経済現象の多くは正規分布ではなくベキ分布に従っていることが判明している。例えば、所得や純資産などの富の分布や株価などの価格の変化といった経済現象は正規分布ではなく、ベキ分布に従うことが分かっている。
ベキ分布は確率分布の一つに過ぎないが、正規分布では起こりえない事象が実際にはある程度の確率で起こってしまう(不確実性の)問題を考える上で、有効なツールと考えられている。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h20/01_honpen/html/08sh21310c.html
べき分布では、極めてまれだが、巨大な変動をもたらす出来事が必ず起きる。
上手の右端、いわゆる「ロングテール」の部分である。
黒い白鳥の出現確率がきわめて稀であることから、比喩的にブラックスワンと呼ばれ、過去に例がないような事象が社会に大きな衝撃を与えることを「ブラックスワン」現象と呼んでいる。
つまり、べき分布事象にはブラックスワンが棲んでいるといえる。
東日本大震災やフクシマ原発事故によって、ブラックスワンが現実の問題として注目されている。
ブラックスワン対策はどうあるべきか?
東日本大震災は1000年に1度かどうかは別として、まさにブラックスワン的であろう。
しかし、フクシマ原発事故はブラックスワンであろうか?
池田信夫氏は、発災間もない頃の2011年03月19日に次のように書いた。
この点で今回の事故は、1000年に1度の最悪の条件でもレベル7の事故は起こらないことを証明したわけです。誤解を恐れずにいえば、国と東電の主張が正しく、軽水炉(3号機はプルサーマル)が安全であることが証明されたといってもいい。しかしこういう論理は、政治的には受け入れられないでしょう。今後、日本で原発を建設することは不可能になったと考えるしかない。これは日本経済にとって深刻な問題です。
http://agora-web.jp/archives/1284518.html
不幸にして、フクシマ原発事故はレベル7の事故となった。
この時点ではやむを得ないことかも知れないが、池田氏の見通しは間違っていたのである。
しかし、「今後、日本で原発を建設することは不可能になったと考えるしかない」という結論はその通りであろう。
記事は、フクシマ原発事故をブラックスワンとして、原発の設計思想や安全評価のあり方をいま一度再検討すべきだ、と書いている。
確かに、原発の設計思想や安全評価のあり方については反省をしなければならないだろう。
しかし、いま考えなければならないのは、再稼働の要件を厳しくすることよりも、原発なしの社会のあり方の構想であり、廃炉をどう進めていくかの工学的検討ではなかろうか。
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コメント
一読しただけの、少し軽率なコメントになってしまうかもしれませんが、
ブラックスワンという、綺麗なことばでの喩えが引っ掛かります。
福島の原発事故は、本当に怖ろしいことです。事故後、東京電力の人達は、殆ど、なす術もない、手も足も出ないような有様でした。
その不安で一杯の心を抱えたまま、うろたえていたであろう作業員の胸の中に、一体、ブラックスワンを見るような、何処かロマンチックな気持ちが、ほんの一抹でも起こったでしょうか!?。
・・・寝惚けた表現、私は、そういう風に感じます。 安全神話、という矛盾した発想から始まった日本の原発の、いつの間にか浸透してしまっている、愚かな概念が今だに残っている、そういうことであるような気がしてなりません。
投稿: 五節句 | 2012年1月21日 (土) 18時26分
すみません、上のコメントの‘安全神話’は、‘原子力の平和利用’ということばに替えて、読んで頂きますように、お願い致します。
投稿: 五節句 | 2012年1月21日 (土) 18時29分
五節句様
コメント有り難うございます。
確かに比喩を使うことによって、本質を見失ってしまう危険性はあると思います。
私は、地震と震災は別、特に原発事故と東日本大震災はセットで考えるべきではない、という立場です。地震はブラックスワン的であり、不可避かも知れませんが、震災を軽減する努力は永続的にすべきだし、今の段階で原発は稼働させるべきではないと思います。
フクシマ原発事故は決して「収束」していないし、事故の全容が分かっていない段階で、ストレステストと言っても再稼働の条件にはなり得ないと考えています。
投稿: 夢幻亭 | 2012年1月22日 (日) 17時59分